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2004年ぐらいから使っているブログサイト、特に2006年から2010年のプロジェクトについてはかなりまめに記述していました。それはプロジェクトごとにページ下のカテゴリーごとに収められています。
2006年 07月 31日 富山の氷見のプロジェクトがひと段落して、なんの打ち合わせもないままにようやく新潟に。 現場にスタッフはいるのかな。 一緒に何かを考える人はいるのかな? いないようだったら・・・やめて帰ろう! ああ、氷見でのプロジェクトのブログ上の報告遅れていますね。ごめんなさい。 毎日なんだかんだと雑用におわれて、夜は夜でなんだかんだと飲んでしまって・・・ ・・・・・ ...
2006年 07月 30日 氷見に残る天馬船の技術を伝え残そうと考え出されたミニチュア天馬船レース。今回のヒミングの3本の柱のひとつが実現する。これはアメリカのダックレース(おもちゃのアヒルを川に流し上位入賞に商品を与えるというもの)がヒントとなり、中村政人が長年興味をもって温めてきたアイデアの展開形。今回はこの実現の為に地元の有志と富山大学の学生の力を借りて1000個の船を切り出し、制作。それぞれにナンバーをうち、イ...
2006年 07月 29日 ヒミングのひとつの柱の氷見クリック。アートプロジェクト「ヒミング」は今年が初めてだが、氷見クリックは今年で3年目? (あれ?4年目?)○○クリックというのは僕の記憶によれば、中村政人が磯崎さんがらみで大分に呼ばれて大分駅の裏側のグランドで2002年春ごろ行った青空クリックがたぶんはじめで、その後、帯広のデメーテル経由で氷見に上陸し、氷見クリックになったと捉えている。(間違っていたらつっこんで...
2006年 07月 29日 氷見の祭りでかえっこが開催されていた。これはヒミングの企画の一部にも関連企画にもなっていない。地元の商工会(?)が祭りに参加する形での出店。去年は僕らが氷見のお寺で開催したが、その後この周辺でいろいろ開催され、地元で僕から完全に手離れした形での開催。かえっこ会場に行ってみると、ちょっとおもちゃの配置とバンク、レジの配置などが気になるけれど、一応うまく動いている。こうやって地元で定着しているか...
2006年 07月 26日 地域の様々な場を使うということは、その場所に深い関係を持つということだ。 使い方が様々にあるように、深い関係の持ち方にもいろいろある。 今回のヒミングはいろいろな場といろいろな深い関係が仕掛けられていてかなり高度だと捉えているのは僕だけ? ちなみにここは氷見の山際にある正木さんのお宅。 この地域の独特なつくりをしているお屋敷。 お屋敷の庭がそのまま裏山に繋がっている。 ...
2006年 07月 24日 軽茶(カルチャ)ステーションとはカルチャする場をつなぐステーションであればいいと思った。軽茶(カルチャ)することとは・・・。 カルチャの概念について深く語ったこともなかったし、そんなチャンスもなかった。できれば今回、カルチャについて語り合いながらカルチャすることとそれをつなぐネットワークのようなものについて語りながら構想を深めてみたかった。カルチャとは軽くお茶することを象徴する造語であり、そ...
2006年 07月 23日 富山県氷見市で開催されているヒミングというアートプロジェクト。去年は現場に滞在し、映像作品を制作するという氷見クリックに参加した。今年はその参加ではなく、川沿いの古い漁具倉庫に面した部屋を利用して、なんらかの活動が発生する現場を仕掛けようとした。 こちらに来て初日、地元の建築家でもあり、茶人でもある実行委員の川合さんを中心として富山大学に新設された芸術学部の1年生が集まり、何を行おうかという...
2006年 07月 22日 なんでもない竹林に手をいれ、気持ちをいれ、整備するうちに竹のドームができる。それを利用してコンサートを行おうという試みが富山県の氷見市で開催されている「ヒミング」の企画のひとつとして開催され、…すんごくよかった。 ほとんど予算がない状況での住民手作りの開催。予想できない数の来場者数。駐車場整備や会場誘導、観客の安全確保などいろいろな問題が未整備のままの、ひやひやのライブ。 連日雨が降り続く中...
2006年 07月 21日 富山県の氷見でのプロジェクト「himming」 そのプログラムの一部でおもしろそうな実験が行われる。それが天馬船レース。詳しくはそのインターネットで参加できるオンラインショップをのぞいてみてください。で、ぜひ参加してくださいね。ということで、ここにきて、ごたごたと動いています。氷見での活動についてはこちら とか こちらとかで とりあえず追っかけてください。おやー、氷見はおいしいぞ!…。
2006年 07月 20日 富山県の高岡にある創作機械工房Piccolo S.P.A.を訪ねてみる。去年ここのうわさを聞き、さらに金沢の香林坊ハーバーで作品を体験し、興味を持っていたので、念願の訪問。京都から北陸自動車道路を富山県を目指して走り、目的地の氷見市へ入る前に、氷見の隣町の高岡市にあるこの工房を訪ねてみる。 もともと機械設計を専門とする柿田さんのこの工房は所狭しと様々な不思議な道具がいっぱいあり、まるで映画の...
2006年 07月 19日 京都市の西の端の竹林と柿木畑の中にある京都市立芸術大学のすぐ裏側に京都縦貫道路から東名高速道路に繋がるインターチェンジが計画されているらしい。それに伴い周辺の景観や環境が変化することに対して何かアクションを起こそうとはじまったのが「大枝アートプロジェクト」だとか。その企画のひとつで実現したのが1986年にパプアニューギニアのセピック川の上流で出会った民族学研究者の山田陽一さんとの20年ぶりの...
2006年 07月 19日 京都市の西の端の桂坂に隣接してある京都市立芸術大学の真ん中にある池。 そこの池にはハニワがいて、それに上るカメを発見! 今日は増水していて水が多く、ハニワがほとんど見えない状態・・・ということは今日の水深は170cmぐらい… なぜわかるのかといえば、このハニワは1984年にこの大学の大学院在学中に僕自身が中にすっぽりと入るようなサイズの「踊るハニワ」を制作し、1985年3月の卒業式...
2006年 07月 18日 現場から現場の移動の途中、幸いにも1日時間の余裕があったので大学時代の友人の杉山雅之君の家に遊びに行く。 2~3年に一度ぐらい、関西方面での時間の隙間を見つけて遊びに行くが、こうやって気軽に遊びに行って飲んで語って泊めてもらって…そのようなことができる友人も少なくなった。 僕の活動を見ている多くの視線の中のどこかにいつも彼の視線を意識している。大学時代に僕自身の中のまだまだ...
2006年 07月 18日 京都東福寺の駅すぐにある小山田徹君たちの共同スタジオを訪ねてみた。 自分達で設計して作ったという共同スタジオの話は聞いていたがどんなものなのか気になっていた。 建築家のグループEXPOとグラフィックデザイナーとの共同スタジオT-ROOM 先日、鹿児島の情報誌上での対談もあったが、小山田徹は高校の美術部の後輩で大学時代も演劇部とバレーボール部で後輩で、同じアパートに住みそこから同じ...
2006年 07月 17日 iop都市文化創造研究所の永田さんのプロデュースでみかんぐみがデザインした京都の三条通にあるオープンカフェ「soboro」のオープニングイベントで、永田さんや曽我部さんが出るトークセッションがある。 先日、辰野金吾や村野藤吾が唐津出身であることを唐津で知り、唐津の文化度の高さを改めて驚いたが、このオープンカフェが位置するのは京都文化博物館別館(旧日本銀行京都支店←辰野金吾の作品)の...
2006年 07月 17日 いや、強い風だった。 いや、すごい雨だった。 せっかくうまく行きそうな瞬間の大雨 兵庫県西宮市御前浜での海岸のワークショップ で、8月5日にリベンジ? 詳しくはプロジェクトのサイトで・・・。
2006年 07月 16日 僕の母校の京都市立芸術大学が行っている地域プロジェクト 「大枝02」 その企画のひとつで7月19日に現在京都市立芸術大学の音楽学部の教授の山田陽一さんと対談することになった。 山田さんは1987年、僕がパプアニューギニア芸術学校でデザイン科の講師をしている頃、おなじパプアニューギニアの奥地をフィールドとしてその地域のことを研究している社会学者だった。 友人の紹介で山田さんの...
2006年 07月 16日 福岡から車で関西に入る。一人で運転するのは何年ぶりだろう。 昔は鹿児島から水戸までほとんどノンストップで運転したこともあったが、もうだめだ。 この10年はスタッフのだれかに運転してもらって、僕はひたすら助手席をあたためる役。 今回はいろいろな工具、道具、いす、テーブル、テント、カフェ用食器などツール、キャンプ用ツール、リヤカー、プロジェクター、PC,音響設備、発電機、パラソル・...
2006年 07月 14日 宮城県の仙南地域の文化芸術の中核施設として10年前につくられた えずこホール 地域住民が主体となってその施設を利用し、様々な活動が行われていてとてもうらやましい施設。 あー、うらやましい。 先日突然作曲家の野村誠さんからメールをもらう。 野村さんとは2002年ぐらいだったか、山口情報芸術センターができる前に一緒にワークショップを仕掛けたときに出会った。その後京都で一緒にト...
2006年 07月 13日 東北地域の人にはあたりまえの風景なのかもしれないが、東北・上越新幹線を使い慣れない僕にはやはり違和感があるこの足元の高さの視線。 人々のつま先までわずかに30cmの視線でホームを走る。 しかも自分の頭の上にはいっぱい人が乗っているということをイメージするとさらに違和感は増す。2階建て新幹線の1階に座ってしまった。 10代の頃、自分の歩く道路のアスファルトやコンクリートの重さを...
青森ねぶたの終わったあとの廃材を・・.. 8月はじめのほどんど一週...
いわき湯本の三函座 アリオスでのもやもや会議...
土佐の高知の桂浜 土佐の高知のはりまや橋、...
「描く」の現在進行形 draw+in.. この一週間、ほとんどこ...
大阪の新世界から西成を歩く。 新世界、西成で何か活動を...
存在しないのに龍はなぜ存在してきたのか? 決して好きというわけでは...
トイ・ザウルス(Toys Sauru.. 水都大阪2009の中之島...
本田紘輝・13年の命 本田紘輝(ほんだこうき)...
美術館をつくるという設計の課題 九州大学の建築学科での授...
創作機械工房 Piccolo S.P.. 富山県の高岡にある創作機...