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e-space Lobby + gallery 制作時間切れ。
a0010575_21513791.jpg空間をつくるのは簡単だが、それを持続させる仕組みをつくるのが難しい。

しかもこのe-terraceという空間の場合、税金で成立している公共空間でもなく、大きな資金を持つどこからかの補助や助成で成立しているわけでもないので運営はとても困難。


a0010575_2152444.jpg竣工した1998年当時、まさか10年間も維持運営できるとは思っていなかったが、どうにかまだそこにある。

この10年間でいろいろな人がこの建築物を利用し、この周辺の風景も随分と変化した。

建物ができて数年後に、鹿児島空港に行く空港高速バスの停留所が建物の前にできたのには驚いた。


a0010575_21505838.jpg最近は教室や講座、講習会などの利用が増えて、興味深い人の出入りも活発になった。

せっかく、魅力的な人が出入りしているので、このロビイという場が、利用者達の滞留できる縁側のような場になればいいのかなと思っている。


a0010575_21533134.jpgこのロビイという場があることがこの建築物の利用の魅力を高めて、あと20年、維持管理できればそれでいい。

そして、さらに面白い人が出入りしてくれて、刺激的で魅力的な活動が発生すればもっと面白い。



a0010575_21564366.jpg生活の中に可能性と期待感が芽吹いている状態。

それを刺激するような場を地域社会に成立させることが大切なのだと思う。

この9日間、みっちりこの空間に手をいれながら、その成立のイメージを描き続けた。


a0010575_21545276.jpgしかし、時間切れ。宮城のえずこホール、愛知の豊田市美術館でのワークショップとレクチャーのために一旦現場を離れ、福岡に車でもどる。

4月はじめにもう一度鹿児島に戻り、床と壁の仕上げ塗装と、テーブル椅子の搬入と、サインの取り付けと、常設作品の設置をして仕上げるとしよう。

4月ごろからぼちぼちとこの空間 イイスペイス・ロビイ オープンします。5月にオープニングトークでもやりましょうか。管巻三十郎さん、いかが?


場所は鹿児島市交通局電停前、下の地図のところ。
このイイスペイス・ロビイの隣の部屋と斜め上のフロア、空き部屋あります。


by fuji-studio | 2009-03-10 23:45 | ○イイスペイス@イイテラス
Lobby、ロビイというあり方はどうだろうか?
空間をつくりつつ、それに名称を与えようといろいろと思いを巡らす。

あらゆるモノゴトは名称を与えられることによって社会的に位置づけられ、動き始める。

a0010575_218479.jpgちょうど20年前、1989年のこの時期にも、同じようにこの場所で、週末ごとに東京から通いながら空間作りをしていた。

築40年経過したコンクリート2階建ての生まれ育った実家を休日の時間を利用して、半年間かけて改装し空間をいじってみた。


a0010575_2294054.jpgパブリックアートのあり方のひとつとして、空間の作品を街にインストールするために、カフェという表情を持つことを思いついた。

当時は、カフェの運営そのものにも興味があったし、空間の作品としてカフェという表情をしているのが画期的で面白そうだと思っていたのになぁ・・・。


a0010575_233069.jpg今回、築10年の実家の建物をいじっているという点は同じだが、もうカフェという表情をかぶせるつもりはない。カフェの経営に対する大変さもわかってしまったし、場を運営する方法も難しいことも知ってしまった。

空間作りの技術としては、20年前は全部釘打ちだったが、今はビス止めになったことぐらいでほとんど同じだが、考えているポイントは随分と違う。


a0010575_232837.jpg昔はカフェ経営そのものでその場を存在させようとしたが、今は建築物全体の運営の一部としてこの空間を設定している。

で、街のLobbyという空間の概念はどうだろうか。 Lobby+galleryといくのは・・・。

鹿児島に来てこの現場に入って一週間。

どうにか本棚の作品はできた・・・かな。

作品「管巻三十郎文庫」の完成。地味な作品ですが、僕としては久々に自分で作った空間。


a0010575_23449.jpg後は絵に描いたようなホワイトキューブギャラリー空間の下地塗装と仕上げ塗装と照明取り付けと床のはがしと床の制作・・・まだまだ終わりそうにないなー。

でも時間切れ。あとは3月末か4月に作品持ってきて仕上げるとしよう。

4月ごろからぼちぼちと e-space Lobby +gallery オープンする予定です。

この空間壊したくないなー・・・。
by fuji-studio | 2009-03-10 02:18 | ○イイスペイス@イイテラス
e-terrace の2階まだまだ作業は続きます。
鹿児島の交通局電停前のe-terraceの2階の改装作業・・・まだまだ続きます。

a0010575_948226.jpg鹿児島に3日以上滞在するのは久しぶり。

桜島の古いテーブルの本棚と一辺が2700mmの立方体のギャラリー空間だけでは中途半端だったので、仕上げに事務所部分とかバーカウンターとかつくることに。


a0010575_9492541.jpgバーカウンターテーブル作るのはとても楽しい。人がカウンター越しにどのように接するかをイメージしながら、微妙な距離感を生み出してゆく作業。どうでもいいようで、とても重要。

そこから始まる関係性に思いを巡らし、期待感を作る作業だからとてもワクワクするのだと思う。


a0010575_95046.jpg実はこれで7つめぐらいかな。自分で手を動かしてバーカウンターテーブルつくるのは・・・。イベントとかだったらもっといっぱい作っているのかな・・。

またもやホームセンターにいって、70本の木材を仕入れ、デリカワゴンに積み込み、今度は姉に手伝ってもらって運び込み・・・ああ、楽しい。


a0010575_9515631.jpg空間に手をいれて、空間が変わってゆく時間が一番楽しい。

つくりながら、あれこれとネーミングを考えてみる。

機能としてはロビーのような、ラウンジのような・・・そこにギャラリーもある・・・ということで。
by fuji-studio | 2009-03-07 09:51 | ○イイスペイス@イイテラス
e-terraceの2階に空間をつくっています。
鹿児島e-terraceの2階空間をいじる。

a0010575_025577.jpg桜島プロジェクトの現場の所有者が変わったとかで、桜島に制作した作品、管巻三十郎文庫がいよいよ解体されて行き場を失っていた。


a0010575_22155614.jpg僕としては次の展開を予感させる好きな作品だったので、どうにかどこかに再生させたいと考えていた。

大阪にしようか・・・北本にしようか・・・福岡にしようか・・・空間と予算があるところに移動しようとしていたが、福岡大阪はどうやら予算が厳しい様子。


a0010575_0282925.jpg北本はなかなか空間を借りるメドがたたないのだとか。

桜島のほうはとにかく3月末までにどうにか移動しなければならないとのことで、とりあえず鹿児島のe-terraceの2階に新しく空間をつくるのに利用してみることにする。


a0010575_029086.jpge-terraceはこの10年で10階ホール利用者も徐々に増え、4階には南日本リビングというところのやっているカルチャーセンターが入居し、なんだか創作系や表現者系の人たちの出入りが多くなった。


a0010575_0293418.jpgそんな時、2階の角の部屋の入居が決まらずにいたので、11階を貸し出す代わりに、2階にまさにホワイトキューブなギャラリーとフリースペースを設けて、e-terrace利用者の休憩室にすることにする。


a0010575_0311732.jpgその空間の属性をきめてしまうのが、この管巻三十郎文庫。

福岡からつれてきたソン君と桜島からのテーブルや本を車からおろしているところへ救世主のように登場したのが永里君

本当に助かりました。結局、彼のおかげで桜島と鹿児島市内をフェリーで3往復して本を運び終わり、そのあといつものようにホームセンターのパネルソーで60円分だけ(木材30本とコンパネ4枚のカットなのに重ねて行って3カットで済ませる長年の経験で培ってきた極技)カットし、一日で進んだとは思えない作業量。

しかし、久しぶりに大工さんしました。

仕上げまであと何日かかるかな・・・。
by fuji-studio | 2009-03-03 08:44 | ○イイスペイス@イイテラス
マイナス要因に手をあてる…ドローイングの第4段階。
実家の法事で鹿児島へ。ついでに家族や親戚縁者がこれからどうにかしてゆかなければならない場に向き合いながら、いろいろ手を入れる方向性を探ってみる。

a0010575_1050593.jpg何かをイメージする前に、その場を構成している要素の中で、排除すべきもの、問題となる事柄、やっかいなこと等、手を入れるべきものに視線を向けて、それをどういじるかを考えることろからはじめてしまう。

もちろん、プラスとなる要素に気づき、それを残したり活かしたりするもの大事だが、それはむしろ手をいれる部分ではなく、手を入れなくてもいいところなので、最初は考えなくてもいい・・・。


a0010575_10491771.jpgこれって、昔、絵やドローイングを描き始めた頃にやっていたキャンバスづくりで体得した手法と同じじゃないか・・・。

高校時代に絵を描き始めた頃、画材屋で販売されているキャンバスやスケッチブックに描くことからはじめたが(第1段階)、美術大学で描くことに少し深く入り込むようになると、キャンバスは買うのではなくて作るものだということを知る。

最初はマニュアル通りに麻布を買い下地塗料を塗り…(それが第2段階)。


a0010575_10494390.jpgあるいはベニヤ板でパネルを作り、綿布を張り…、そのうちにお金がなくなってきたのも原因のひとつであるが、古いキャンバスの裏を使ったり、その辺の古いカーテンを使ってみたり、そこに転がる木材の破片やベニヤ板を使ってみたり・・・。

ドローイングにしても、まじめにクロッキー帳に描いていたのは最初だけで、模造紙、わら半紙、ポスターの裏紙などを経由して古新聞やちらしの類まで使えるという当たり前のことに気づき…


a0010575_10501298.jpg空間にしても、当初はいわゆるホワイトキューブ的なニュートラルな空間を想定しておこなったものの、そのうちそこにある扉とか天井とか、床の材質を面白がって使うようになり…ついには古い取り壊し前の廃墟にイメージを描く面白さに気づき…。

最近はまちのいろいろな組織や慣習や法律や常識に手を入れることを考えるようになったり…。

まずニュートラルにするのではなくて、マイナスと感じる要素に手を入れて面白くしようとする方向性…。


a0010575_10503283.jpgとにかく、絵を描き始めた当初はニュートラルな状態からはじめるものだと思い、画材を仕入れなくとも、ごちゃごちゃと色や質が重なり合う状態のものをとりあえず、均質に白く、あるいはグレーに塗りつぶすところからはじめたものだが…それを第3段階とすると…。

そのうちに、ニュートラルにするのではなく、その手順をすっとばして、すでにある状態の中からまずマイナス要因とされる部分に手を入れながら、許せる状態にするところからはじめていた。

そのプロセスの中で、実は大切なイメージがすでに発生し、その連鎖からイメージが形作られているというつくり方をしていた。・・・それが第4段階かな・・・。


a0010575_10481468.jpg今となってはホワイトキューブにしろ、白いキャンバスにしろ、ニュートラルな状態に見せているものも、現実にはあらゆるシステムによって存在しているので、必ずなんらかの属性があるという意味からしても・・・ニュートラルな存在なんて概念上にしかないということも常識になりつつあるが・・・

むしろ、その空間を成立させているシステムの、あるいは属性の、ある一部の要因をつつくことで、実は空間に面白く興味深いイメージが発生するということがわかってきた。

いい要素を見出し残してゆく作業と、マイナスな要素に手をいれつつ、排除するのか変えてゆくのか、いじる作業と・・・その結果イメージは自ずと立ち上がってくる。

ちらしに印刷されていたバラの花の図柄を無視することなく、それと対話しながら描いた一枚のドローイングから現在の僕の活動は連鎖したのかな・・・との雑感。
by fuji-studio | 2009-02-05 18:41 | ○イイスペイス@イイテラス
鹿児島の交通局電停前のe-terraceに空き部屋あります。
a0010575_9364161.jpgそういえば・・・

カフェとして7年間営業していた鹿児島の実家を取り壊し、莫大な借金をして鹿児島の交通局電停前にe-terraceが竣工したのが1998年7月。・・・気づいてみるともう10年。

あと20年借金を支払わなければならないが・・・。


a0010575_93719100.jpg20年後、建物の借金が払い終わってから僕が生きていたらその一時代前の建築物をアートセンターとしてリノベーションできないかなと企画、計画してつくった建築物がこのe-terrace。

地下、1階は駐車場で、2階から4階が貸事務所。5階から9階が個人事務所として利用可能なワンルーム。10階と11階はメゾネットでつながった貸しホールと貸しスペース。


a0010575_937471.jpg一応企画は当時の僕がやって、設計管理は鹿児島の設計事務所のアトリエ環。

この建築物ができてから、空港バスの停留所もできて周辺にコインパーキングも増えて便利になった。

10年間は順調に借りてもらえて空き部屋もなかったが、この夏にいくつかの事務所が縮小したり移転したりで急に空き部屋が出た様子。


竣工以来、僕らも中に入ったことがなかった空き部屋に入ってみる。

10年経ったとは思えないぐらいにきれいに掃除されていて、お金があれば借りてみたい。

もっとぼろぼろになれば思い切って手をいれることができるんだけどなー・・。

ということで、大きな事務所スペースとかワンルームとかいくつか空いています。

借りたい方は川商ハウスとかに問い合わせてみてください。

2階のカフェスペースとして最適なところも空いています。それとも、だれかここで一緒にカフェやりたいひといますか?
by fuji-studio | 2008-09-16 15:08 | ○イイスペイス@イイテラス
イイスペイス と表記する e-space
a0010575_23175247.jpgお正月はほとんど毎年鹿児島の実家に帰る。

これまで帰らなかったのはパプアニューギニアに派遣されていた2年間だけかもしれない。


a0010575_1162575.jpgこの数年、鹿児島の実家には山ほどやらなければならないことがあり、忙しいので心地いい。

去年は壁を制作して大変だったが、今年は入り口の看板を数枚作ったり、クスタケシの黒猫作品を庭のあちこちに設営したり・・・軽めの作業。 


a0010575_28599.jpgちなみに看板の制作ですが、宅急便の送り状のカーボン紙を利用させていただき、プリントアウトした文字をトレースして、ボールペンで黒く塗り、仕上げてみました。


a0010575_1175355.jpg
…これ、昔からたまにつかう技術。…だれにでもできるので一度やってみてください。

ところで、ボールペンのインクって日光堅牢度高いのかな?


a0010575_1194265.jpgそういえば、京都で暮らしていた大学時代、鹿児島の実家に帰っても掃除をするぐらいしかやることがなく、コミュニケーションの苦手な父親とのズレに、・・・いや、実は自分自身のコミュニケーション能力の不足が原因で・・・、年末、鹿児島に帰ると喘息が出て苦しんだ。

※写真は去年制作したのぞき穴のたくさん空いている壁


a0010575_1535040.jpg東京で就職した頃、ますます鹿児島の実家の家族との関係性が薄れてゆくのを察知し、ある偶然の重なりから僕の生まれ育った実家を改装し、両親と姉達とでオルタナティブスペースを経営することになった。

げ! それってもう20年前なの?

それが鹿児島市内の交通局電停前にあった media garden E-space

1989年(平成元年)7月7日七夕にオープンし、その後7年間、1996年12月24日まで数多くの運営上の問題を家族それぞれが抱えながら、それを乗り越えるための多くの対話と作業を重ねてきた。 


a0010575_157789.jpgそこからe-terraceという建築物の計画が連鎖し、さらに多額の借金をすることになり、その運営とその中のオルタナティブスペースの運営がはじまり、さらに両親が暮らす実家でのe-space gaedenの運営まで行うことになり、次から次へと家族の中で乗り越えなければならない問題が湧き出てくる環境が整う。


a0010575_2173294.jpgしかし、そこに家族とともに、あるいは家族の為に行わなければならない対話が生じ、作業が生じる。…実はそこが大切なところ。 紆余曲折ありながら両親とのプロジェクトを始め、気づいてみると20年、その対話と作業が結果としてコミュニケーションのぎこちなさを克服してくれたような気がする。 


a0010575_218765.jpgコミュニケーションの苦手さを自覚していないとこのプロジェクトは発生しない。喘息が出るという体の反応がなければ、もしくは両親との関係を深めようとするベクトルがなかったら、わざわざやる必要のないことだと思う。

おかげで20年前から鹿児島の実家に帰っても喘息で苦しむことはなくなった。


a0010575_216923.jpg20年もたつと、昔ほどギスギスした対話にはならず、皆がそれそれ受け流し、あるいはイツモどおり辟易し、それぞれがやるべきことを最低限でやることができるようになる。

※写真は1989年当時、テーブルの上の常設展示のために制作した作品の一部。木彫りの木の作品


a0010575_23222160.jpgできる限りの時間で看板を作り直したり、空間の配線をやり直したり、空間の整備をしたり、やらなければならないことはたくさんあるが、ゆるやかに楽しみながらできるようになった。


a0010575_1232570.jpgということで、実家はいろいろな展示会や発表会、教室などのいい活動の為に利用してもらうゆるやかな場となっていますので、どうぞご利用ください。

・・・・・・


a0010575_1242766.jpgそうそう。e-spacegardenの入り口に飾ってある額縁ですが、交通局電停前にmedia garden E-spaceがオープンしたときに、とりあえずのつもりで僕が作ってそのまま7年間ずっと使われた看板と、お店で配っていたマッチです。

マッチ?!

当時はカフェではオリジナルのマッチをつくり、どの店でもレジのところにおいて配っていたんですね。禁煙が拡がった今の時代からは考えられないですよね。

マッチには当時僕がノリで描いてしまった地球君というキャラクター。

今は陳腐になりましたが、1989年当時はキャラクター化したものを表現に取り入れることがなんだか美術表現っぽくなくて面白いと思っていたのでしょうね。

そういえば、カフェを作って運営する表現がいかにも美術的行為からかけはなれていたので、あえて美術表現の手法の一つだと考えることが面白い時代でした。

マッチのようなグッズを作ったりすることも・・・。


a0010575_23233330.jpgしかし、20年も経つとそれが当たり前のように美術表現の手法のひとつとして流通しているのが面白いですよね。

面白いというより、気をつけなければね。当時斬新だと思っていたことでももうすでに流通してしまって、陳腐なことになっているんだもんね。

そういえば、e-なんとかというネーミングがもうやばいですよね。89年当時は斬新だと思っていたのになー。

古いね。 もうすぐ二十歳なんですね。

ああ、気をつけなければ・・・。

※写真は天気のいいときにe-space gardenの正面に見える霧島連山。
by fuji-studio | 2008-01-03 09:41 | ○イイスペイス@イイテラス
今年最後の仕事は鹿児島の実家の改装。
ちょうど去年の今頃まではまだカフェとして営業していたが、ついに店としての営業をやめて演奏会や展覧会の貸し会場として整備している鹿児島の実家。

a0010575_0484132.jpgここでもなんども紹介しているが、眺めだけはいい。

今日は特に正面の霧島連山が美しい。

右の大きな山が活火山の桜島。そのいちばん右端ぐらいに桜島アーツホテルの現場がある。


a0010575_049417.jpgその桜島の改装も考えなければならないが、とりあえず、この実家の改装。両親が2階に住んでいるし、住宅地なのでがんがん営業する雰囲気でもないし、これ以上銀行から借金してほしくないので、時間のあるたびごとに少しずつ僕自身が改装している。

しかし、時間の隙間がないので、なかなかうまく進まない。

とりあえずの今回の作業は前回展覧会をやるために作った壁の延長と、キッチン横の空間に壁をたてる。


a0010575_0504152.jpg今回は微妙な年頃の娘2人(小6と中2)にも木材運びから電ドリでのビス打ち、塗装まで手伝ってもらう。

このショット、おそらく20年後には記念になるのかな。


a0010575_1143714.jpg桜島では壁をはずし、天井をはがす作業なのに、なぜか鹿児島ではそれができずに壁を立てる作業となる。

これは廃墟となったところと、両親が住んでいる住宅との違いなのか、それとも雰囲気なのか。


a0010575_0514973.jpgいずれにしても、図面をひいてどうこうするものではなく、現場で実際に木材をおいていって決まってゆく。

昔、すんでいた家の隣に祖母が一人暮らしをしていて、その家の塀が焼いた杉板の塀だった。 


a0010575_0521919.jpg焼き杉板の塀の隙間や、杉板の目からのぞけそうな世界が子ども心をくすぐった。

その板塀の記憶をたどるように、妙な隙間をつくったり、のぞき穴のような穴を開けてみたり・・・。

一見普通の壁だがよくみるとありえない・・・!・・・っというのが好み。 この微妙な空気感って実際に空間を触らないやりかたで図面で業者に指示して工務店が制作できるのもなのだろうか・・・。

しかもこの基地作りのような手探り感覚が空間として成立してくる感触がたまらなくうれしい。

で、とりあえず、屏風上に折れ曲がりながら部屋の形を変える壁を作ってみる。
ここをステージにする人もいれば、バーカウンターに使う人もいるかもしれないな。

で、今回は最低限の音響システムもハードオフで購入、設置。これでようやく小さなアンプを使っての演奏会に対応できる。


a0010575_0535842.jpg廊下の中庭をふさぐのはもったいなかったので、3本のスリットを入れてみる。あー、ださい。

この感じがすきなんだな。

なかなかシャープな建築系デザイナーではできないこのラインだと思う。

ということで、2006年も31日の夜まで仕事をしてしまった。

来年こそは自分を変えたいな。こんなところでうろうろしていないで、もっとちゃんとした仕事をしたいなー。

それにしても、この木材、ホームセンターで70本程度切断してもらったけど、切断費、60円って安すぎないでしょうかね。おじさんが1時間ぐらいかけて積み上げて、切断は確かに3回ぐらいだったけど。福岡のホームセンターの1カット50円でも安いと思っていたが、鹿児島では1カット20円とはこれいかに。

あー、せこいことかいているうちに2006年が終わる・・・!

あーーーー!
by fuji-studio | 2006-12-31 23:59 | ○イイスペイス@イイテラス
e-space garden の運営
a0010575_15432848.jpgかえっこビニプラという表現が妻や子ども達と深く関わるため始まったプログラムであるのに対して、この鹿児島でのe-spaceという表現は僕の実家の両親や3人の姉達との関係を再構築するために仕掛けられた家庭内のプロジェクト。
1988年にパプアニューギニアから帰国して、東京で会社員として勤め始め、鹿児島に帰る用事がなくなったことを自覚した。
そのことがきっかけとなり、意図的に両親や兄弟と何かをつくり続けようと、生まれ育った住宅を手作りで改装してカフェをつくり、それを運営してゆこうとするところから始まった現場。
a0010575_15455237.jpg当時、僕は両親や兄弟と対話する内容が見出せないでいた。年末に実家の鹿児島に苦労して帰ってみても、特に会話すべきことを見つけられずに、ひととおりの近況報告のあと、年越しのお決まりのテレビ番組歌合戦を見ながら、どうでもいいような会話をする時間が耐えれなくて喘息が出た。
僕がゼーゼーいい始め不機嫌になると、家族の中に黒い雲がかかり、一刻も早くその空間から逃げ出したくなったのを記憶している。
僕は対話が苦手だった。友人との対話も苦手だったし、兄弟との対話も両親との対話も苦手だった。特に会話を作り出そうという努力もしていなかったし・・・。

パプアニューギニアでの2年間の生活で、僕の中であらゆる価値観が変換され、つまらない対話がいかに楽しく重要で、価値あることであるかを思い知って、そんなことが実家の家族たちとも可能なのかと思い始めた。
そんなときにたまたま空き家になっていた生家を改装して始めたのがe-space。

それからかれこれ17年。紆余曲折、四苦八苦、右往左往ありながら、未だにプ「イイスペイス」をつくるプロジェクトは続いている。
おかげで運営しなければならない空間は拡大し、莫大な借金もでき、それを返済しなければならない責任もできて、80になる父親と75になる母親や3人の姉達との深い対話や価値観のぶつかり合い、言い争いの類は未だに絶えることがなく、大切な時間を過ごすことができている。

ということで、紫原で2004年から運営を始めたe-space gardenは当分の間、カフェ、レストランの営業を停止して、パーティや発表会、演奏会等の貸し会場として、あるいは1週間単位で利用いただける貸しギャラリーとして静かに運営してゆくとこになりました。

どうぞよろしくお願いいたします。

藤浩志
by fuji-studio | 2006-04-17 15:46 | ○イイスペイス@イイテラス
e-space gardenのテーブルのやもり
a0010575_732331.jpg鹿児島に帰るとe-space gardenのいろいろな仕事が山積み。ほとんど時間がないのでなかなか進まない。1週間ぐらいじっくり鹿児島に滞在していろいろ整備もしたいし、作りたいものも山ほどある。

続き
by fuji-studio | 2005-09-24 07:33 | ○イイスペイス@イイテラス