2004年ぐらいから使っているブログサイト、特に2006年から2010年のプロジェクトについてはかなりまめに記述していました。それはプロジェクトごとにページ下のカテゴリーごとに収められています。
2006年 08月 13日 鹿児島の実家に帰省する。 鹿児島の実家は鹿児島市内に面したシラス台地の上に開発された住宅地の端っこにあるため、眺めだけはいい。正面に霧島連邦を望み、右側に櫻島、左側に城山を望む。 ここはサラリーマンの父親がその半生の労働賃金のすべてを使って借金し購入したところ。 僕はここに越してきた中学3年の秋から高校時代3年間と、就職して東京を脱出して鹿児島に移動してきた1年間・・・...
2006年 08月 04日 本日、義母の葬儀が終わる…。
2006年 07月 18日 現場から現場の移動の途中、幸いにも1日時間の余裕があったので大学時代の友人の杉山雅之君の家に遊びに行く。 2~3年に一度ぐらい、関西方面での時間の隙間を見つけて遊びに行くが、こうやって気軽に遊びに行って飲んで語って泊めてもらって…そのようなことができる友人も少なくなった。 僕の活動を見ている多くの視線の中のどこかにいつも彼の視線を意識している。大学時代に僕自身の中のまだまだ...
2006年 03月 19日 1991年のクリストのアンブレラプロジェクトのサポートを行っていたとき、たまたま同じチームになったことがきっかけで知り合った友人、佐藤君。 彼のことはここでは詳しくは語らないが・・・たぶん彼が嫌がるので・・・。 それなりに知る人ぞ知るある種ある面すごい人。 僕が東京にいることを察知して佐藤君から珍しく携帯電話がなった。 彼が大学受験時代から30年近く棲んでいるアパートをいよいよ引っ越さ...
2006年 02月 07日 写真は神保町のとある出版社でカメラマンをやっているあまのくん。 夜中の2時に飲みすぎて帰ろうとしていると雪が積もっていて思わず撮影。 彼は僕が1988年に東京の会社に入社したときの年下の先輩社員。その後一緒に小さな都市計画事務所に移動。92年の6月まで一緒に働いたかなり縁の深い同僚。 当時はおそらく2食以上は一緒に食事をし、ほとんど夕方には一杯やって、また事務所に戻って夜中...
2006年 01月 30日 去年亡くなった妻の実家の父親の遺作展が奈良県文化会館で開催され、その設営を手伝う。 義父は京セラの取締役を引退したあと、水彩画教室に通い、水彩画を描いていたが、それがなかなかのもの。高齢者の公募展で大賞を受賞したりしていた。久しぶりに純粋に風景と対峙し、それを描くというシンプルな作品群を目にし、なんだか心が洗われる気持ちになる。なんだか忘れかけていた感覚。描くモチーフが目の前にあるってなん...
2005年 08月 16日 鹿児島市内から空港方面に車で約30分。大きな楠の木と祭りで知られている蒲生町という人口7300人、3000世帯程度の町がある。これまで鹿児島県の頴娃町というところで有機農業を営んでいた京都芸大の後輩の浜地君がその蒲生町の古い農家をかりて暮らし始めたとかいう話を聞いていた。なんとなく昔から蒲生町という響きにはなじみがあり、気にはなっていたが立ち寄ったことがない。鹿児島に行くついでにそこに立ち寄...
2005年 07月 29日 人間は生まれ数年もしくは数十年の営みを行い死に至る。そしてその連鎖の中にだれもがいる。とてもシンプルな事実であるが、日常の中で見失いがちな事実でもある。 2005年7月26日、午後10時32分、妻の父親、僕にとっては義父に当たる木村謙次郎、享年76歳が他界した。僕はもう20年ほど前にその娘と出会い縁を結ぶことになったゆえにその父親との縁が生じ、その後、妻を通してその父親という人間との付...
土佐の高知の桂浜 土佐の高知のはりまや橋、...
八十郎の仕事が増えつつあります・・・.. 連日、連夜、藤島八十郎の...
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