藤浩志Report:宮城・えずこホールとの活動
2012-04-03T00:04:46+09:00
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2004年ぐらいから使っているブログサイト、特に2006年から2010年のプロジェクトについてはかなりまめに記述していました。それはプロジェクトごとにページ下のカテゴリーごとに収められています。
Excite Blog
被災地にソフトクリームは役に立つのか!シンポジウム
http://geco.exblog.jp/14927852/
2012-03-24T23:36:00+09:00
2012-04-03T00:04:46+09:00
2012-03-26T08:42:07+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
なかでも最大のキーワードはソフトクリーム。
女川で活動する岡さんの登場し、ソフトクリームの話を熱弁。
いやー、ソフトクリーム、昔から力はあると思っていたが、・・・なるほど。
しくみや場にはツールが必要という話で、ソフトクリームのパワーは意外とすごいという話。
そのうち詳しくお話しできるかな・・・。
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えずことかんがえる活動を再編集するディスカッション
http://geco.exblog.jp/14476414/
2012-01-21T09:29:00+09:00
2012-01-23T23:58:42+09:00
2012-01-21T09:29:45+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
誰と語るのかによって今回の災害後の状況も意味も変わる。
だから…やっぱり多く語らなければならないし、もっともっと深く語り合う現場は重要だと思う。
去年の6月からえずこホールと、災害後の現場で様々な活動を行っている人にヒヤリングをおこない、そこから考えたことをさらに考える為に、第三者の編集という視点を入れて2日間のスケジュールでディスカッションを重ねる。
ランダムに気になった意見を列記してみる。
・ピストルを撃ちこまれるようにいきなり外部から襲い掛かった災害ではなく、もともと地域社会がもっていた問題、内包していた問題がデフォルメされてあぶりだされてきた。
・自然災害と人的災害ではどう向き合うべきかが本来違うべきだ。そのことについてもっと深めて考えるべきじゃないの。
・震災前から興味のあったことについての活動が、結局災害後、やるべきことが明確になり活動が加速しているのが特徴的?
・仮住まいが続いているが、仮住まいによって新鮮な視点が身に着いた。
・仮住まいであると同時に意識の上でもなかなか安定できないでいる。
・人生ずっと仮住まいであり、落ち着くことないことが自然なのかも。
・昔ながらの小さな地域の特性や対立までもがあぶりだされてきた。
・語れないことがたくさんある。語れること声の大きなことだけが伝わってしまう。その違和感
・あたりまえだが、何度も通ってようやくお互いの理解の違いのギャップを埋めることができる。
・災害の現場で活動している人との対話からは、学ぶべきことがたくさんある。
・なげかける言葉が蓄積されて…重い。
・記憶の風化の速度は本当に早い。直後のことは本当に忘れている。
・マスメディア的な扱いではなく、小さな被災や小さなエピソードをしっかり拾ってゆくことが大切
・言葉によって情景が見えなければならない。
・自分自身が思っていたことを語れなかった時期が長かったが最近ようやく語れるようになってきた。
・境界線にいるから発言ができるのではないか。境界線にいることの自覚と責任
・こうまでしても…なぜ残りたいのか。なぜ出てゆこうとしないのか
・自分自身に問いたいことが浮かび上がってくる。
・もともと人との関わりを持っている人は前に進むのが早い。
・白黒ではなく「考える」というある種のモラトリアムな手法はアートならではの有効性なのではないか。それでも少しは前に進む。
・問題について語り考えるうちに何かがズレて活動が始まる。その結果問題からズレて問題から距離をとることができる。
・自分自身へのカウンセリング
・狂言/呆者能の台本をつくり、上演してみる。
その他もろもろ以下省略。
現場でのヒヤリングや活動の紹介もまとめつつ、参加者が何を考え、何を学んだのかについてディスカッションの中からキーフレーズを抜出し、対話形式で語ってゆくのはどうかとの話が出た。
しかし、参加者はえずこホールの周辺の人だけではなく、福島からとか金沢とか大阪からの参加があり興味深かった。さて、どうまとめるか。とにかく何らかの形にしなければ存在しないことになる。
記録を存在させることで、いや、伝わるものとして存在させることでしか、この災害で考えなければならない多くのことが消えてしまう。
そうはさせるものか。
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カンがえるの第三弾
http://geco.exblog.jp/14012284/
2011-11-12T23:01:00+09:00
2011-11-15T23:32:22+09:00
2011-11-15T23:32:22+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
今回は沿岸部から離れ、2次避難所となった温泉街で活動をしていた女将たちの話を聞きつつ温泉でアーツキャンプ形式の合宿。
そのために大河原に到着すると、以前掃除プロジェクトをしたことがある駅前の佐藤屋さんがなんと公開されている。
地元の有志でいろいろから借りてきた古美術、工芸品の展示会。
それにしても佐藤屋さんの土蔵も地震でやられていて痛々しい。
左官研究会のメンバーを呼んできてワークショップを開催してどうにか土蔵の再生できないかな・・・。
とにかく災害後、せっかく生き残ってきた多くの地域財産の古民家がどんどん取り壊されている。
それと同時にそこに収蔵されていた古文書とか工芸・美術品の類も、あるいは昔の生活用品の数々もまた廃棄処分されていっている。
それらも残したいし、それらに手を入れ、光をあてたいし…
それにしても廃棄処分されつつある、いわゆる廃材…確保して素材にしたい。
崩れかけた土蔵の中を利用して、佐藤屋さんの厚意で食品の放射性物質の汚染量を測るサービスステーションができていた。
自然農業系の有志が自分たちの野菜の安全を確かめるためにオープンしている測量サービスの場所なのだとか。
大切な活動…。
合宿の内容は…いつもに増して相当濃かったのだが…なかなかまた文章にならないなぁ…。
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えずこと遊ぶ日! 放射能を吹き飛ばせ!
http://geco.exblog.jp/14018693/
2011-09-04T00:50:00+09:00
2011-11-18T00:47:06+09:00
2011-11-17T00:52:21+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
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明治29年や昭和8年の津波の記憶はいたるところに…
http://geco.exblog.jp/13481607/
2011-09-03T23:07:00+09:00
2011-09-05T17:55:46+09:00
2011-09-05T17:41:02+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
前回は福島県境の海岸部や南三陸、女川を巡ったが、今回は気仙沼と仙台空港の海岸部から塩竈にかけての海岸部を中心に巡る。
途中閖上(ゆりあげ)周辺を巡っていると小さな築山のようなところに一本だけ象徴的に残っている松の木を発見。わずか5-6mの築山だがもともと神社だったらしきところ。その下に落ちているいくつかの鎮魂の石碑に目をとめる。
昭和8年の津波被害を後世に伝えようと当時の被害状況が事細かに記載された石碑。当然昭和初頭の石碑なので全文漢字で読みづらいが、意味は読み取れる。しかしよく見てくるとちゃんと丁寧に当時刻まれた文字の横の隙間に近年だれかによって刻まれた「地震が来たら津波に用心」の文字が。
しっかり先人の警告を受け継ぎ後世に伝えようとした意志も数多く存在したことを…皮肉なことに…津波で壊滅的な被害を受けてなお知ることになる。
山内さんの話を聞いていても思ったことだが、戦前まではまだいろいろな警鐘や知恵は地域に色濃く残っていたのかもしれない。
問題は戦後の復興の在り方だったのだと思う。戦争で受けた忘れたい記憶を忘れてはいけない記憶も一緒に一掃し科学技術を過信し経済発展に浮かれてしまった。
僕はひとつだけずっと気になることがある。
記録や記憶は生き残った強者によってのみ作られてきたし、編集されてきたという事実。
語れない、語りたくない人が多い中で、語ることで乗り越え、努力している人も多いものの、死者や弱者は語れないし語るところにいない…という事実だ。
いろいろなことを考えるうえで常にささやかな吐息を感じとる感受性を失いたくない。
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えずこホール企画でリアス・アーク美術館の山内さんの話を聞く
http://geco.exblog.jp/13450003/
2011-09-03T01:28:00+09:00
2011-09-06T13:57:46+09:00
2011-09-03T01:28:34+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
リアス・アーク美術館の山内さんとは僕がまだ鹿児島で活動していた頃、香川県の佐野画廊と通して紹介してもらいメールのやり取りをしたことがある。
その頃から気になっていた美術館だったが、ようやく訪ねることができた。
えずこホールのおかげで彼の長年の活動の一端を聞かせてもらう。
それにしても…数年前に彼が企画した展覧会…
明治29年に気仙沼を襲った津波被害の様子を描いた当時の絵画の展覧会。
当時気仙沼を襲いかかった6mの津波の再現や当時の被害者27000人の死者の紙人形等…気仙沼市民に向けた警告の展覧会…あまりにも凄い。
おそらくかなりの危機感を抱いていたのだと思う。多くの市民にその現実を知ってもらおうと展覧会を構成したがわずかな来場者しかいなかったのだとか。これを全市民が見て津波の実態をイメージし、それに備える感覚を身につけていたら…
彼の話を聞きいて初めて気仙沼の津波被害の拡大は特に人災によるものが多いことを知る。
入り江の入口に作られていた石油基地。
その重油の基地が津波で押し流され重油が流出し、20もの巨大なタンクが市街地の建造物に襲い掛かりなぎ倒していった。もちろん漁船やタンカーも市街地に押し流され…その流れた先の住宅やビルはことごとく潰されていったという惨状が起こっている。
津波を想定した都市計画…ゾーニングさえしていたらこのような惨状はおこならかった。
山内さんの暮らしていた4階建ての鉄骨のビルも津波による二次被害によって潰され数百メートルも押し流されていたのだとか。
今回の津波被害は地域によって被害状況は全く違う。想定を超えた津波が来ることを想定して…つくられた街と、津波が来る事実を隠蔽され作られた街。
そこで暮らす人の意識は全く違うということを痛感する。
山内さんは展覧会の後、自分の経験をもとに小説を書いたのだとか。それが「砂の城」読んでみよう。
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えずこホールの企画「カンがえる。」の2日間。
http://geco.exblog.jp/13002725/
2011-06-29T23:43:00+09:00
2011-07-03T10:36:37+09:00
2011-07-01T09:43:51+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
被災地で活動している知り合いの現場を訪ね、いろいろ話を聞き、夜にディスカッションを重ねるという2日間のワークショップ。
最初は宮城県の県境を超え福島の新地の避難所で活動している北沢潤君のところを訪ねる。
北澤君はこの数か月、ボランティアで現場の支援をしながら避難所でマイタウンマーケットという活動の準備をジワーっと展開。
仮設の避難所の集会所が工房のようなところになっていて、企業から提供をうけた素材で市場ようのマットを制作していた。がんばるな。
そこから北上し、山元町の山下中学校へ。一部はいまだに避難所になっているが、中学生が普通に授業をうけている。その校長の渡辺校長がとても魅力的な人で、避難所として学校を開放し、大家さんとして振る舞い、自主的な避難所の自治組織(シクミづくり)を促していた時の話を伺う。
基本的に毎日部屋ごとの連絡係の人とのミーティングを欠かさずおこない、必要なものやシクミを自主的につくってゆく自治組織へと導いたのだとか。
食糧不足、不公平、不衛生、精神的苦痛が多いといわれる避難所生活も多い中、この山下中学校での避難生活は機知をはたらかせ協力し合い、比較的安全で快適な工夫がなされていったのだとか。
学校が避難所として機能するためのハードや物資の問題だけでなく、システムの在り方がどうあるべきなのかを考えるうえでとても重要な話。
いろいろな人のつながりの為に、四葉のストラップや卵の置物などのおみやげもみんなで作っていたりして、とても前向き。
それにしてもこの山下中学校ってそもそも空間がいい。天然の木材が使われ廊下がやたらと広く面白い空間がある。数年前に改築してできたらしいが、建築の空間がもたらす明るさとか解放感とか、安心感がある。当たり前の話だが、建築的なデザインも実は防災施設への転換を考えた時にとても重要だということを確認する。
そこからさらに沿岸部を北上し亘理町のコミュニティレストラン「いちごっこ」へ。
震災後いろいろなボランティアやサポートの形を模索し続けている代表の馬場さんの話を伺う。
被災地で困っている人にいろいろな角度からいろいろな活動を、まさに模索し動き続けているエネルギー。
そういえば、沿岸部のあちこちビニールハウスだったものの残骸のようなものをたくさん見かけたがこのあたり亘理はいちごが有名なのだとか。豊島もいちご。福岡の僕の暮らす地域もいちご。いちご繋がりだな。
夕方になってえずこホールに戻り、ディスカッション。
昼のツアーには参加できなかった参加者や、仙台の村上タカシさんや塩釜の島でワークショップを行っていたという日比野さんチームも合流し、とにかく意見を出し合う。
やはり特に不安なのは放射能。ゼロからの復興ができればまだいい…という感覚。放射能汚染が止まらない限り、ゼロの地点にも立てない。そのもやもやが大きい。
2日目は仙台、塩釜と過ぎて南三陸町の現場へ。さらにその裏側の歌津から入りぬける小さな湾へ。
ここでカキの養殖を行っていた高橋さんに話を伺う。
6mの津波は来るといわれてきた地域だけに、その心づもりはあったが、まさかのその倍以上の高さまで津波が襲い、すべてを持っていったのだとか。
しかし、いち早く、「海を捨てない」ことを決め、自分の敷地に自分自身で仮設住宅を建て、数年はそこで暮らす覚悟をして生活再建を試みている。
しかし、この湾、津波があったとは思えないほどきれいな海。実は海底は津波以前よりもきれいになったのだとか。
数百年蓄積された海底のヘドロを津波が全部掃除してくれて、アワビとかウニとか…とてもいい状態で育っているのだとか。大きな希望。
人間の視線で見たら甚大な被害をもたらす津波だが、地球サイクルで考えると当たり前の大掃除なのかもしれない。
その意味で海の復興も希望は見えるが、やはり問題は唯一…放射能汚染。
これだけはどうにもならない。本当に放射能汚染のない世界の素晴らしさをあらためて感じる。
さらに北上し、女川の復興の拠点となっている病院へ。えずこホールを拠点として屋台プロジェクトを行っている海子さんの関係者が協議会のメンバーとコミュニティづくりの拠点をつくろうとしているという話で、その現場を訪ね、女川の現状について話を伺う。
この地域の人のエネルギーはとびきりで誇り高く本当に頼もしい。分断された地域住民に向けたコミュニティづくりなど、やはりこの地域の記憶を新しい形でどうにか再構築する必要があるとの話が心に残る。
この地域にはもともと獅子舞が部落ごとに残っていたり、神楽があったなどの話を伺い、その再興などでこれまでえずこが培ってきた関係や手法、ノウハウが生かせるのではないかなどの話も出てきた。
あるいは音の風景を再構成したり、町の人の散歩道をヒヤリングして、何らかの形で失ってしまった生活の風景をたどることのできる散歩マップなどの制作ができないかなどのアイデアもにじみ出てきた。
僕は…できるなら狂言舞台でも立ち上げ、「ほおしやのう、こわいこわい。」と歌いながら舞ってみたいと思ったり…
とにかく現場で強く動いている人の話は宝物のようなイメージの宝庫。
ああ、放射能さえマイナスに向かってくれれば… それにしても…文化交流拠点のホールが地域住民といろいろな復興の現場を巡りいろいろ語り合いイメージを共有するというこの手法、相当意味深いです。
もっと、続けたいな。このワークショップ。
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阿武隈蔵王アーツキャンプと連鎖度数。
http://geco.exblog.jp/8748886/
2009-08-02T23:57:00+09:00
2009-08-27T18:08:43+09:00
2009-08-03T16:25:23+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
いやー、よかった。
でも・・・疲れました。
朝の5時半まで話し続けていた人たちもいたとか・・・。
それにしても・・・本当に面白い出来事は起こるものだとつくづく思う。
エネルギーのある人がなんらかの場にかかわった瞬間・・・、
あるいは人に関わった瞬間・・・
自然発生的に、化学変化のように・・・何かが発生する時がある。
それは、イメージだったり、言葉だったり・・・
行動だったり、出来事だったり、事件だったり・・・
じわーっとしていたり、激しかったり、ささやかだったり、どろどろしていたり・・・
それは予感と期待感に満ち溢れていたり、一見見過ごしてしまうようなものだったり・・・
予定された物事が予定通り発生しても、あまり語り草にもならないし、記憶として刻まれることは少ない。
しかし、予期せぬ出来事の・・・、ひとに話してしまったり、語り草になったり、記憶の中で反復したり・・・、そのエネルギーはすごい。
まるで、旅行先でどこを廻って何を食べたかは忘れても、盗難にあってしまったり、病気で寝込んでしまったり、思いがけない人に出会ったりした記憶だけが鮮明に記憶されているように・・・
記憶度数はシナリオからどれだけズレたかを示す「ズレ度数」と比例するかのように・・・
連鎖度数も予定調和からいかにズレているかの「ズレ度数」に比例する・・といえるんじゃないかな・・・。
ところで、「ズレ度数」って言葉どうでしょう? (今思いついて作ってみた言葉ですが・・・)
あ、法則の仮説ができましたね。
「記憶度数」や「連鎖度数」は「ズレ度数」に比例する!
・・・って、ダメ? まだまだ甘いな。
とにかく、そんな何かが発生する現場に立ち会える喜びがこのような仕事を続けている原動力になっていることは確かだと思う。
そしてそこから何かが連鎖しそうな・・・そんな期待感がたまらない。
とにかくいろいろな面白いイメージが立ち上がり、何か期待感に満ちて、今後の活動のきっかけになったような気がする。
参加者の皆様、お疲れ様でした。
さて、ここから何が連鎖するのか、乞うご期待。
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阿武隈蔵王アーツキャンプ! 急ですが、開催します。
http://geco.exblog.jp/8616551/
2009-07-10T19:26:00+09:00
2009-07-12T11:40:43+09:00
2009-07-12T10:26:10+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
詳しくはhttp://www.ezuko.com/2050/schedule.htmlでご覧ください。
小山田君と仙台の村上君もゲストで迎えます。
いやー、この夏のキャンプも始まっていますね。
先週の交野市の合宿もよかったけど・・・
そういえば去年は北本でキャンプしましたね。
宮城、福島、山形エリアに興味ある人、ぜひ参加してくださいね。
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2050阿武隈蔵王環境芸術圏構想・・・その第一歩。
http://geco.exblog.jp/8364931/
2009-06-05T23:49:00+09:00
2009-06-08T10:44:48+09:00
2009-06-07T10:03:20+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
阿武隈蔵王環境芸術圏という妄想に「2050阿武隈蔵王環境芸術圏構想」というタイトルが与えられ、いよいよ今年、種として歩き始めることになりそう。
さて、どうなるか。
やはりサマーキャンプから・・・ということになりそうです。
やっぱり、「阿武隈蔵王アーツキャンプ」ですか・・・?
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阿武隈蔵王の地域がどのように変化してゆくのか。
http://geco.exblog.jp/8065655/
2009-03-13T23:37:00+09:00
2009-03-15T07:56:53+09:00
2009-03-15T01:39:09+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
自分自身にどのような価値を見出すのか。
それもまた自分がどのような人との関係において、どのようにあるのかによって変わる・・・
・・・ということなのだなぁ~。
地域づくりとはそんなことなんだなぁ~。
阿武隈蔵王芸術環境圏への道・・・かな?
もっと違うプラットフォームが必要ですよね。
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ホールは地域に対してどうあるべきなのかを考える。
http://geco.exblog.jp/8060831/
2009-03-13T19:41:00+09:00
2009-03-14T09:20:13+09:00
2009-03-13T19:42:55+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
今日は住民創造グループの代表者とのディスカッション。
1993年活動の拠点を東京から鹿児島に移した当時、地域にどんどんできつつあった音楽ホールについて、僕自身まったく違う視点で興味を持ち、それがどうあるのかについて積極的に知りたいと思っていたことがある。
まさか、15年後にこんな形で音楽ホールについて考えるようになるとは思ってもみなかった。
活動は常にズレながら連鎖してゆくのだなー・・・。
たまたま1000㎡程度の小型の文化館(児童館と老人福祉施設が合わさった複合施設)を鹿児島県内に101箇所つくり、それをネットワークするというイメージを持ってしまったことがあった。
その漠然としたイメージを、より具体的にするためのリサーチとして、いろいろな音楽ホールを使う立場になってみようと思ったのが事のはじまり・・・。
個人的には・・・音楽ホールといえば・・・、幼稚園から小学校にかけて日本舞踊を6年ほど習っていて、鹿児島の一番大きなホールで踊ったことがあるのと、中学生の時に県立の大きな音楽同じホールで一人でイタリア語の歌を独唱させられた経験がある。
どちらかとえいば受身での舞台だった為か、決められたことをやるので精一杯だった為か、・・・とにかく自分として感動した記憶はない。
ふとしたことで、地元の合唱団に入れば音楽ホールを使う側になれる・・・との単純な理由をおもいつき、鹿児島混声合唱団に入団。
なぜだか、ポスター、ちらし、ニュースレター、パンフレットなどビジュアルに関係する仕事をひきうけつつ、合唱団活動にはまり、毎日数時間歌い続ける生活がはじまり、気づいてみると毎年全国大会上位入賞の大変な合唱団になっていた。
僕は特に高松の金沢の音楽ホールに立って歌った瞬間の感動・・・ホール全体に自分の声が、自分の声としてではなく合唱団のひとつの歌として溶け込みながら響き渡る感動を忘れない。
感動の中歌い終わった瞬間、大きな拍手喝采が観客席から帰ってきた感動。一緒に歌っていたメンバーが皆僕と同じ状態にある感動。日常では予想することもできないといんでもない状態に出会うことができた。
使う側からすれば、それが最大の喜びであり、目的であってもよい。
その感動が日常生活の延長にあるというのがいい。
そのような感動の体験を知っているか、知っていないかで生き方や暮らし方が変わる。
生活がそのような感動の状況に縁があるのか、もしくは無縁なのか。
今日参加した住民グループの代表者の意見を聞きつつ、僕がそちらに座っている立場だったら、どのような意見を持っていたのかを考えていた。
地域社会での暮らしの中で感じる力・感性を持ち続け、それを表現できる技術を身につけ、なおかつ、それをぶつける場と仲間があるということ。
そして日常を超えるような体験に出会う可能性があるところにいるということ。
そのために音楽ホールのような場が作られたというのに・・・なかなか地域を管理している仕組みの中で、このような文化施設への風当たりは強いようだ。
今回、音楽ホールの周辺空間をいろいろ回ってみた。ここの写真はホールの周りの使えそうな空間。
まだまだ使われていない空間がたくさんある。
ホールの中でも、外でも、まちでも、どこでもいい。
このホールの「ありかた」はこのホールとの「かかわりかた」で変わってくるということは確かだと思う。
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大河原町の佐藤宅の「お掃除&ミニコンサート」
http://geco.exblog.jp/7668384/
2008-11-16T23:02:00+09:00
2008-11-20T13:04:50+09:00
2008-11-18T00:55:01+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
「このまち、関係ないところ多すぎ!」そんな言葉を女子中学生は僕にぶつけてきた。
当時、福岡にできて15年になる街をリサーチし、開発でつくられた街について検証する仕組みが必要なのではないか。そんな提言を福岡市に行った共同研究の中で、たまたま出会った中学生の女の子のひと言。
これを聞いたのはもう数年前だが、この言葉が年月を経て僕の中でふくらみ、編集され、最近いたるところでこの言葉をぶつけてみる。
彼女にとって自分の暮らす地域は関係のない建物や場所ばかりだったという悲劇。
これについて、学校の先生向けに書いた文章もあるので暇だったら読んでみてください。
地域の人が、自分の暮らす地域にある建物や場所、空間に関係を持つこと。そのこと自体に意味がある。
今回は公共の空間でもなく、まったく個人のお宅。しかし、公共のシステムがまちの人とそんな気になる空間との接点をつくった。
佐藤宅の庭掃除と掃除。
そして2世代以上経た部屋でのささやかなアコースティックコンサート。
ささやかな活動だが、とても大事な活動だと思う。
たぶん、もっと子ども達や、中高生にも開放したほうがいい。
ところが、このような活動は、これまでの貨幣経済中心の価値観が排除してきた活動でもある。まだまだ地域を動かしているシステムにはこのような価値観を理解できない人も多い。・・・つらいなぁ~。
いい活動が連鎖してゆくことが大事なのだと思う。
あきれめないことも・・・。
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えずこホールと遊ぶ一日 1250人の来場者!
http://geco.exblog.jp/7574208/
2008-10-13T23:45:00+09:00
2009-03-19T12:07:39+09:00
2008-10-15T10:45:53+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
えずこホール全体をつかってかえっこ。
大ホールや練習室などえずこホールの全体を、いつもえずこホールを使って練習・発表しているそれぞれの団体がさまざまなワークショップを考案。
吹奏楽、バイオリン、合唱など、子どもたちがいろいろな体験ができるコーナーで遊ぶと、カエルポイントがもらえるという仕組み。
大ホールでは指揮者体験コーナー。
子どもたちは大ホールの舞台の真ん中で指揮者体験を行うとカエルポイントがもらえる。
ここではサックスとか、トランペットとか、楽器の音をならす体験を行なうとポイントがもらえる。
ほかにもバイオリンを鳴らすとポイントだとか、合唱を聞いて、タイトルをあてるとポイントだとか・・・。
最後のかえっこオークションはホールのステージで。
二人でかなり急いでやりましたが、それでもたっぷり1時間15分のオークション。
あー、大変でした。
しかし、ワークショップ、簡単で楽しいのを開発できるといいですね。楽器体験コーナーはもっと大々的にやってもいいなー・・・。
個人的には演劇とかダンスのワークショップコーナーがほしかったなー・・・。
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大河原駅前での屋台プロジェクト
http://geco.exblog.jp/7574104/
2008-10-12T23:59:00+09:00
2008-10-19T00:25:41+09:00
2008-10-15T09:50:10+09:00
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■宮城・えずこホールとの活動
ゲストで、きむらとしろうじんじんも参加。
実は屋台チームが大河原駅前での野点、随分前に仕掛けていたが雨で中止になったことがある。
今日はそのリベンジ。
で、天気はどうにか大丈夫だったが、風が強く、なんだかとても冷え込む日。
それにしてもじんじんの存在は凄い。
あらゆる人の垣根、境界線を超えることのできる存在。
皆、口をあんぐりあけて眺めてしまう。そしてついつい話しかけてしまう吸引力。
存在が常識を超えている。
そんなじんじんの屋台活動に刺激をうけて発生したのが屋台プロジェクト。
去年の2月にえずこホールで行なった10年事業、十年音泉のときにつくられた「こたつ屋台」がじわじわと展開し、竹でマイ箸をつくる屋台やうちわに書いた書道を交換する屋台など興味深い活動が広がっている。
北九州で発案されたスタードームも設置されて、大河原の駅前には手作りの幸せな空間がひろがり、駅を利用する人が足をとめて和んでゆく。
とても幸せで良質な空間。
参加無料ということで、僕もうちわに久しぶりの書道を行なう。
何か一文字ということだったが、いじっているうちにヤセ犬の絵になってしまう。
自分が描いたうちわを持って帰れるわけではない。
そこが面白い交換屋台のルール。
書を描くとだれかほかの人が描いたうちわをひとつもらって帰ることができるという仕組み。
誰がかいたのか不明だが、僕はこの黒い塊のような字のあるものをもらう。
夜になり寒くなってきたところで、だれかが火をおこして秋刀魚を焼き始める。
幸せな空間に幸せ度がますます増す。
じんじんの楽焼窯のためにちゃんと火気使用許可をとっていたので、大丈夫なのだとか。
外の焚き火で焼く秋刀魚は最高においしい。
大阪の中之島でもちゃんとできるかな。秋刀魚。
スタードームでコンサートがはじまる時間に合わせて、強風の中、竹の灯篭がともる。
あかりはいいなー。
禁酒中だがお酒がおいしい。(・・・にちがいない。・・・)
寒空と強風の中、ギターアンサンブル、ウクレレ、チェロ、自作カリンバの演奏・・・etc.がある。
この強風と寒さがなければ、とても幸せな空間なのだが・・・。
まちを使う。まちで活動する。
いろいろなハードルはあるが、この風景が定着するような仕組みがあればいいのに・・・と思う。
現状では地域にいろいろな人材や素材が存在しても、それが自然と出会える場や状況が少ないのかな。
それぞれではもちろん活動しているのだろうが、いろいろな活動が交差する場やそれらが露出して見える状況がなかなかないのかもしれない。
いろいろな規制や境界線を超えて実験的に存在させる仕組みとして、今のところアートプロジェクトという手法はとりあえず使えるようになってきたのかな。
屋台プロジェクトの片付けが終わり、最後にじんじんが屋台をしまう様子を見て、彼のフェティシュがほどの神経の行き届いたしまい方に心ときめく。
いや、こうじゃなくっちゃ。
海子さん、皆さん、お疲れ様でした。
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