藤浩志Report:・生活周辺/LifeScape
2020-04-06T15:22:15+09:00
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2004年ぐらいから使っているブログサイト、特に2006年から2010年のプロジェクトについてはかなりまめに記述していました。それはプロジェクトごとにページ下のカテゴリーごとに収められています。
Excite Blog
ビニールテープ
http://geco.exblog.jp/20839512/
2015-02-03T09:12:00+09:00
2015-02-09T19:47:01+09:00
2015-02-03T09:13:30+09:00
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・生活周辺/LifeScape
ぼくが小学校の頃から学校の文房具売り場にでさえ売っていたロングランの商品だと思う。
子供の頃はセロハンテープとこのビニールテープの違いがほどんどわからず、セロテープよりはくっつきが悪いダメなやつだ・・・ぐらいに思っていた。
いや当時はセロハンテープがなんとなく綺麗で新しく、子供の心をくすぐるものだったので、セロハンテープに心奪われて、ビニールテープの存在価値なんて考えてこともなかったと思う。
おそらく大学で演劇の舞台を作るようになり、電気の配線などの作業をするときに、あたりまえのようにこのビニールテープを使うようになり、それが絶縁テープとして販売されていることをなんとなく知りはじめていたと思う。
いつからだか覚えていないが、ぼくはこのビニールテープをかなりよく使う。
ものを瞬時に仮止めする・・・巻きつけて固定するのにとてもいいということに気づき始めて随分経つが、いつも使っているものなので、こうやってわざわざ紹介することもなかった。
でも意外としられていないということに気づきはじめた。
しかし、数年前にオーストラリアのメルボルンのアートセンターでワークショップをおこなったとき、日本のメーカーのビニールテープがいかに安くて伸びがよく、使いやすいかを知ってしまった。
当たり前のようにあるとおもって雑貨屋、文房具屋、工具店、専門店にいってみたが、伸びが悪く、キレやすい使いにくいビニールテープが日本の価格の4倍ほどの値段で売っていてびっくりした。どうにかひとつ100円ぐらいのものをみつけたが、どうみてもロールの長さが短く使いにくい。ちなみにこのフラワーシリーズのほとんどはビニールテープで固定されている。
ビニールテープは粘着が弱いが、ひっぱりながら巻きつけると相当丈夫な固定ができる。結んだりしなくていいので作業が早い。しかもしっかり固定すると防水、耐水になり、なんといっても安価である。そして巻きつける作業をする感覚にはほんの少しの嬉しさが発生する。
・・・
ちなみにこれで仮止めした後、ビニールの巻かれた針金で固定するとズレ防止にもなりかなりよく固定される。
調べてみると・・・ビニールテープ、実は深いんですね。
久しぶりにどうでもいいこと書いたな。
ブログはこうやって使うべきだなぁ
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家のすきまに綿をつめる。
http://geco.exblog.jp/12343582/
2011-03-30T10:31:00+09:00
2011-06-13T06:57:12+09:00
2011-03-30T10:31:56+09:00
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・生活周辺/LifeScape
朽ち果てた床とか天井を外して、作業場にしようと手をいれはじめたところで瀬戸内国際芸術祭の現場に入りはじめ、自宅の隙間はそのまま放置状態になっていた。
瀬戸内の後も結局取り返しのつかない多大な出費を取り戻すために結局自宅の修理は後回しになり、気づいてみると一年が過ぎようとしている。
で、ようやく隙間の修理にとりかかる。
つい先月まで、隙間風もそれなりに重要だと思っていた。部屋の換気になるし、隙間風で外の温度や天候を知ることができる。日々の天気や温度を肌で感じ、危機を感じ、安心を感じる。
子どもが生まれ育て始めたころ、外の風や温度を感じ、自然の匂いが豊かで、火を囲む生活が重要だと思いはじめ、そのような家…(つまり古い日本家屋で、汲み取り式トイレで、薪ストーブやいろりのある…エアコンのない家庭環境)で暮らすことに憧れた。
しかし、先日の放射能汚染の話を聞き、玄海原子力発電所から30㎞圏のこの家の場合、ある程度気密性が必要になる場合がある…ことに備える必要があることを初めて自覚する…。
そこで、かえっこで集まってしまう汚れたぬいぐるみの中身の綿の登場。
ぬいぐるみの中の綿は基本的にはきれいなものが多いが、たまにぼろ布を綿上にほぐしたものが使われていて、ぬいぐるみの再生にはいやなものもある。その素材、このように古い家の隙間を埋めてゆくにはちょうどいい質感。
この家の改修作業、許されるならば一か月ぐらい続けてみたいが…そうも言っていられない。ぼちぼち飛龍の制作に取り掛からなければ…。
それにしても…隙間風の強い海沿いの冬場、よくこの隙間だらけの家で過ごしたものだ。
※古いぬいぐるみの欲しい方、箱単位で提供できます。(送料は負担してね)
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自宅の松の木が枯れていたのですが…。
http://geco.exblog.jp/11581384/
2010-11-16T22:27:00+09:00
2010-11-18T10:26:37+09:00
2010-11-17T23:14:55+09:00
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・生活周辺/LifeScape
海辺で風が相当強いので、防風林として機能している松林の一部が自宅の敷地の中にある。
その中の3本が枯れたので、家への風当たりは相当強くなり…壊れている屋根とか壁とかガラス戸とかの修理を急がなければ…。
そういえば、去年の年末、この家の松の木の枝を落としているうちに・・・スティック/ブランチシリーズが登場した。
それが3331のプレオープンの空間、そして六本木龍土町通りでの六本木アートナイト作品を経て藤島八十郎の家へと…妙な展開になってきた。
去年まではただの邪魔者の枝が…借りてしまった家の清掃整備のための無償の労働が…今年は作品制作のための素材取集のような感じで…枝打ちが楽しくて仕方ない。
しかも、大きな木は「スカイツリー」へとつながる期待を感じながら…
去年はやみくもに枝を剪定していたが、今年はそこから生まれる形を想像しながらの作業なので余計に面白い。
こんな楽しい作業、このまま一か月ぐらい続けていたいけど…また明日から東京ー大阪ー東京ー大阪とレクチャーとかワークショップとか…いろいろな用事が続き、結局スタジオでの仕事はまだまだおあずけ。
本当はこの枝の曲がり具合の面白さをどうにかいじりたいんだけど…
とにかく…じっくり制作する時間が欲しい。
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今年もまたこの海で過ごせなかった。
http://geco.exblog.jp/11293960/
2010-09-16T19:39:00+09:00
2010-09-17T15:41:14+09:00
2010-09-17T15:39:28+09:00
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・生活周辺/LifeScape
今年の春にこの海の近くに引越してきて、引越しの荷物も片付かないまま、壊れた屋根や窓ガラスの修理や改装も終わらないうちに・・・瀬戸内の豊島の現場が動き始めて・・・結局、豊島に入っても掃除と分類だけして、これから何か活動を始めるためのリサーチを行おうかというところで、青森の現場がはじまり・・・青森でも結局休むまもなく廃材の分類だけ行っているうちに暑い夏が終わり現在にいたる。
結局、この海で一日家族と過ごす・・・なんてことはまったくできなかった。
家にいた時間も・・・この夏数十時間程度・・・100時間に満たないかも。
全国各地のアートプロジェクトの身近な被害者は僕の妻と子ども達だなぁ。
申し訳ございません。
もう少し作り方とかプロジェクトの関わり方を考えなければいけないが・・・、それぞれの現場、まだまだ何も始まっていないし、ないも分かっていない。
ああ、時間と労働力がほしいなぁ。
昨日、久しぶりに自宅に戻ったというのに明日からまた豊島・・・
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些細な意思の集積の結果・・・問題だな・・・
http://geco.exblog.jp/10734358/
2010-06-02T16:41:00+09:00
2010-06-05T00:56:07+09:00
2010-06-02T16:41:34+09:00
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・生活周辺/LifeScape
・・・とはいえ、まだまだ未整理、未完成。
瀬戸内国際芸術祭に出品予定の「藤島八十郎の家」をイメージしつつ「うみかえる」をいじっているうちに棚だらけの家になりつつある。
まあ、あふれるモノや資料を分類し、ストックしようとして、そこにある空間を有効利用しようとすると、必然的に棚で埋め尽くされた部屋になる。
しかし、「不用品です」と強い意志を持てば、ずべて廃棄処分してもいいようなモノばかり。
捨てるほうが可能性が生まれる場合もあるし、蓄積することで可能性が生まれる場合もある・・・。
捨てるほうを選ぶほうがスマートで賢いという価値観は十分理解しているつもりではあるものの、集積してしまうのは性質なのだろうと思う。
しかし、自分が表現者であるという妙な自覚が、この集積を加速しているような気もする。・・・。
・・・
ところで、・・・最近バランスについてよく考える。
天秤というか、平衡状態というか、均衡というか・・・
とにかく釣り合っている状態をゼロとして、わずかにマイナスなのかわずかにプラスなのかのわずかな差異。
そのごくごくわずかな差異が生じてしまうのは偶然かもしれないが・・・、その差異を確実に重ねてゆくのは本人の意思に関わる・・・のではないかな?
その僅かな意思の差が蓄積された時に大きな違いになる。
・・・
借金か貯金か。 廃棄か集積か。 消費か生産か・・・
どちらかに加速するとすれば、その裏側で見えない何かが比例して加速する・・・。
僅かな意思をどちら側に傾け、それを続けてゆくこと。
その裏側で徐々に何かが変化してゆく・・・
・・・
もっとちゃんと言葉にできないかな・・・。
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注目の新聞 EX SANKEI EXPRESS
http://geco.exblog.jp/9880806/
2010-02-06T10:55:00+09:00
2010-02-06T12:14:47+09:00
2010-02-06T10:55:54+09:00
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・生活周辺/LifeScape
随分長い間、地元紙をとっていたが、長い出張から帰ると、誰も読んでいない新聞が山積みされている。
それストレスだった。
特に無駄な広告の束。明らかに無駄な消費のような気がして数年前に思い切って解約した。
ネットで必要な情報が入手できるので新聞はいらないと思って見たが、朝、自宅で新聞を開き過ごし、家族で話題を共有し、なんだかんだと世間話をする豊な時間がなくなったようで、なんとなく寂しい。
出張中にキオスクで見つけて以来、安いという理由で買い始めたのがこの産業経済新聞社のsankei express・EXという雑誌感覚の新聞。
これがかなり読みやすいので、これならば子ども達も使うのではないかと定期購読することにした。
1部100円で首都圏と関西圏の定期購読だと一ヶ月2100円で安いのだが、九州だと郵送費がかかるとのこと。しかしプラス900円の郵送料で東京から30日間、毎日送ってきてくれるのだと思うと割安感がある。
申し込もうと電話してみたが、なぜだか産経新聞内の連携ができていないと見えて、申し込みフリーダイヤルで2回断られた。(どうにかしてほしいな・・・) しかし、本社編集部に直接連絡すると快く送ってくれるとのこと。
今年に入ってから、毎日、前日の新聞が届くようになって、家族全員、このEXにはまってしまった。
写真がとてもよく、感覚的な編集・デザインで、記事が読み物として面白い。アート・デザイン関係の記事のバランスもいいし、妻や中高生が読み込んでしまう話題が豊富。 しかもストレスの種の折り込み広告がない。
とくに・・・「ひなちゃんの日常」は家族の栄養剤になっている。
この手の新聞だけが生き残るのかな・・・。
各社、しがらみから逃れてがんばって欲しいな・・・。
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雲ひとつなく壱岐も対馬も近くに見える日
http://geco.exblog.jp/9771117/
2010-01-26T17:37:00+09:00
2010-02-27T11:30:25+09:00
2010-01-26T17:37:31+09:00
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・生活周辺/LifeScape
いつもの散歩の場所。
今日は天気がよく、蒸気も少ない為か雲ひとつなく、遠くまで見渡せる。
天気のいいときは壱岐の島や対馬まで見えると聞いていたが、なるほど、今日は本当に近くに見える。
サハラ砂漠の空とか、アリゾナの空がこんなかんじだったな・・・。
心に沁みる。
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渋柿
http://geco.exblog.jp/9289884/
2009-11-23T01:16:00+09:00
2009-12-06T23:19:31+09:00
2009-11-23T01:16:05+09:00
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・生活周辺/LifeScape
今までずっと渋柿のたわわに実る柿木のある家に住みながら、その甘さと価値を知らずに暮らしていた。
実は渋柿は熟すと甘くおいしいなんて・・。
渋柿は渋いものだと思っていたし、干し柿は渋柿からつくるものだとは・・・なんとなく知っていたが、まさかこんなに美味しいものだとは・・・。
年齢とともに味覚が変化し、その味覚が干し柿にフィットしてきたのかな・・・。
とにかくこのシーズンの楽しみが増えて、豊かな時間が増えてしまった。
今までは知らなかった渋柿の世界。
本当はもっと深いのだろうな・・・
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ささやかなうれしい発見。
http://geco.exblog.jp/9122131/
2009-10-15T23:29:00+09:00
2009-10-18T22:42:16+09:00
2009-10-18T22:42:16+09:00
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・生活周辺/LifeScape
よくよく考えてみると・・・「なんだ! これでいいんじゃん!」という思わぬ使い方って身の回りに潜んでいるんだな。
普通に一番安く販売されているアウトドア用の折りたたみの椅子二つをテーブルの足として使ってみると以外とちょうどいい高さになることを発見して・・・なんだかささやかにうれしい。
多分、ほかでこのように使っている椅子は見たことがないので、もしかしたら僕の大発見かもしれない。
絵を描くためにこのように載せてみたり、別の形で載せてみたりで・・・4種類の載せ方をして・・・結構使える。
絵を描くことで絵を描くこと以外の何でもないことを発見してしまう。
そんなことが起こることがとてもいい。
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福岡前原のスタジオオフィス、だれかシェアしませんか?
http://geco.exblog.jp/8509781/
2009-06-26T23:36:00+09:00
2009-06-28T07:40:29+09:00
2009-06-28T02:36:04+09:00
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・生活周辺/LifeScape
安いところを借り続けてきたので、大家の都合ですぐにでも引っ越さなければならないような条件のところに暮らしてきたというのもあるが、空間のサイズやロケーションやそこに染み付いた材料の残骸に自分自身の作品が縛られるのも嫌だったし、なによりも、新しい場所に移動すると、根拠なく・・・なんだか何か、新しい活動ができる期待感が生まれて、それが必要だった。
期待感・・・これが一番大切な気がする・・・。
しかし、この前原の養鶏場跡のスタジオに出会って、はじめてまともな契約書をつくり、ちゃんと空間をつくり、制作室としてしばらくは落ち着いてみることにした。
最初は制作スペースだけだったが、事務所スペースや倉庫が必要となり、それも借りることにして整備してつくってみたものの、その頃から出張が多くなり、それでも1ヵ月の半分はいたこともあるが、この数年間はほとんどこの空間で仕事をしたことがない。
壁のホワイトボードの予定表は去年の6月で止まったままだが、その前5年ほどは3ヶ月に一回、スケジュールを書き換えるためだけに事務所にいたようなものだった。
ペットボトルやビニプラ系がはじまって、その連鎖でおもちゃ類を利用しなければならなくなって、その分別のための作業場を別に借りることになって・・・
この事務所スペースはもう使わなくなってしまったなあ・・・。
解約するのももったいないし・・・でも借りていてもちゃんと利用するようなこともないし・・・。
もちろん向い側の制作スペースはまだ確保したいけど・・・
だれかシェアして使う人はいませんかね。結構広くて月2万~3万程度払える人。掃除ができる人がいいな。
9m×7.5mのきれいな事務所系スタジオと9m×9mの汚れてもいい系制作スタジオと他に9m×3.5mと9m×7.5mの倉庫です。合計・・・247㎡つまり・・・74坪・・・150畳・・広かったんですね。
それに同じぐらいの広さの屋外があります。
だれかいれば解約しないし、誰もいなければ・・・一部解約しようかな・・・。
[#PARTS|USER|5870#]
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空(くう)と衿(えり)。
http://geco.exblog.jp/8303773/
2009-05-16T23:45:00+09:00
2020-04-06T15:22:15+09:00
2009-05-22T01:51:54+09:00
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・生活周辺/LifeScape
大阪から福岡の自宅に作業場を移し、「かえっこについてかたる。」の本の編集、デザインの追い込み。
ああ、締め切りがもうとっくに過ぎているというのに・・・
最近家族に仲間入りしたコザクラインコの空(くう)とシェルティーの衿(えり)が部屋中でくつろぎ、気分を和ませてくれる。
ああ、まだまだ続くなー・・・。
PC画面から離れて現場で体を動かしたい・・・。]]>
入学式と体育館
http://geco.exblog.jp/8181251/
2009-04-10T15:02:00+09:00
2009-04-16T09:16:33+09:00
2009-04-16T09:12:09+09:00
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・生活周辺/LifeScape
これまで1学年2クラスあったが子ども達の数も減ってきて、今年から1クラス。
僕が暮らす糸島郡二丈町も合併の波にさらされて1月から糸島市になるので、ずっと聞き続けてきた町長の卒業、入学の挨拶もこれが最後。
挨拶の中で、体育館の立替工事が始まるとの話を聞く。
そういえば、10年前、保育所や児童クラブの立替工事の時は保護者会の立場で建築に対する意見をいろいろさせてもらった。
児童クラブの建築には間に合わなかったが、その意見が骨格となって今の保育所ができた。
新しい体育館がどのような手法でどのようなコンセプトで立て替えられるのかとても気になるところ。
「子ども達の感性は日常接する空間環境で随分と変わる。」
魅力的か、魅力的でないか。心地いいか、気持ち悪いか。暗いか、明るいか。閉鎖的か、開放的か。
そのことについて重要だと思っている行政担当者は多い。
しかし、それをどのように作るかを形にできる人はまだまだ少ない。
OSをデザインすることの重要性やOSを組み込むためのハードウエアであるという感覚は、未だに浸透していないどころか、素材や空間、あるいは作り方のプロセスがいかに大切であるかもどれほど考慮されているのか疑わしい。
ちゃんと、地域の活動が発生する場として捉えているか。地域コミュニティにとって核となる場であることがシステムとしてデザインされているか。
デザインを装飾だと思っている人もまだまだ多い。
公共事業は失業対策の延長にあった時代のハラスメントがまだ浸透しているのだと思う。
それに対して多くの担当者や建築業者は無自覚に束縛されているのかもしれない。
とにかく、モノゴトがつくられるプロセスについての常識が変わらなければいけないんだろうなと思う。
「どうつくるか」よりも、「どうつくらないか」のほうが重要なのだと思うが・・・。
このあたりのことが二丈町では無理だけど、どこかちゃんと取り組んでくれる行政はないものかな・・・。
・・・と、これから取り壊されるのかと思うと、いろいろな体育館の素材が気になり始める。
床材とか、鉄の窓枠とか・・・これらを再利用する方法はないものか・・・。
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最近イノシシを見かけることが多くなった。
http://geco.exblog.jp/7980377/
2009-02-15T23:10:00+09:00
2009-03-19T11:53:34+09:00
2009-02-21T00:30:14+09:00
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日常情景/LifeScape
この前も散歩していたら目の前を2頭、ものすごい勢いで横切っていった。まさに猪突猛進。そのまんま。
先日も台所で洗い物をしていたら、窓の外の畑で遊んでいた。
最近山からイノシシがおりてきて、作物を荒らしているといううわさ。
で、今日も台所の窓の外で優雅に水溜りの水を飲むカップルを発見。
その後、向こうの家の庭に消えていった。
今年は丑年なのに・・・。
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百手祭(ももてまつり) 江戸時代から伝わる奇祭
http://geco.exblog.jp/7853455/
2009-01-25T18:40:00+09:00
2010-03-21T11:51:40+09:00
2009-01-25T18:41:34+09:00
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・生活周辺/LifeScape
百手(ももて)というのはひとつの手で200本の矢を射るという意味だとか。
その理由によるのか、全国各地の百手祭というのは大筋が弓矢で的を射て、五穀豊穣を願うというものらしい。
ところが僕が暮らす、福岡県糸島郡二丈町深江の淀川地区に伝わる百手祭は、なぜそれが的射の儀式のあとに、大飯食いで楽しむ祭事に変化したのか。
そのあたりのズレがとても興味深い。
いろいろな風習が何らかの形に伝播するときに、その場の状況や人に合わせて変化してゆく。
もちろん時代的背景によって大きく左右される。
そもそもの祭りの意味や意義にも興味があるが、何らかの意図から発生したものが伝わってゆく段階で予期せぬ方向にズレながら新しい出来事が生まれたりする。
そのズレ具合に興味がある。
あるモノゴトが、地域というメディア・・・場と人との関係性によって伝えられてゆくときに、複雑な理由によって少しずつ、たまには大きく、さらにズレる。
それが面白い方向性にズレると、とてもいい。
しかし、そうでない場合も多くある。
この地域には1850年代ぐらいから書き綴られている大福帳のようなものが残っていて、今も同じものに参加者名簿などを書き加えながらも、多くの手法を伝える重要な資料となっている。
その記録以前・・・つまり1850年代以前についてどうだったかは不明だが、それ以降はだいたい同じ食材で同じ手法でとりおこなわれてきた様子。
その準備当番を去年の百手祭の最後にくじ引きで決めた結果、2年連続その当番に大当たり。
というわけで、準備などのために東京出張から福岡の地元に戻ってきて祭祀のお手伝い。
的をつくったり、弓矢をつくったり・・・本当はセリを採り、川で泥を落とさなければならないが、なんと今日が大雪という天気予報だったので、昨日のうちに大変な大作業が終わっていた。
他の当番のみなさん。申し訳ございません。
百手祭りの詳しいことは2005年のブログを見てもらうとして・・・
この祭事、昔はもっと若い元気な人たちが中心で、さぞ盛り上がったんだろうなと思う。
この地区にある22軒ほどの世帯主の男性が行う祭事。
「一度でいいからご飯を腹いっぱい食べてみたい・・・」という単純明快でごく自然な欲求は、よく考えてみると、ありえない。
ある種のタブーだったのかもしれない。
今のような食べ放題のレストランが巷にあったわけでもなく、飽食の時代であったわけでもないところで発生したことに意味がある。
普通の感覚で「もう食べれなくなるまで食べてみたい」という一見つまらないような欲求を神事にしてしまうことで、ある意味、地域力をたちあげ、人々を繋ぐ場として正当化され、日常を超える場になりえているところが凄い。
しかし、・・・ああ、もう食えん。
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近所の塩の工房
http://geco.exblog.jp/7762791/
2008-12-24T23:43:00+09:00
2008-12-25T10:05:46+09:00
2008-12-25T00:42:15+09:00
fuji-studio
・生活周辺/LifeScape
そこが最近流行っているとかで、気になっていたので散歩のついでに出かけてみる。
この海岸、引越ししたての頃、島袋君を連れてきたり、友人たちとバーベキューをして遊んだことのある海岸。
町内の不思議な伝統行事のためにあおさのりを採りにきたこともある海岸。
・・・そういえば今年もこの祭事の当番になっていたなー・・・
この数年、来たことなかったが、いつの間にか、こんないいかんじの手作りの塩の工房ができていた。
すべて薪を燃やして釜をたき、海水から純度100%の塩とにがりを作って販売している。
このような丁寧な仕事をやっているところがちゃんと商売として成り立つ時代になったのかなとうれしく思う。
しかも僕が暮らす地域にこのような職人が育っていることも誇りに思う。
僕が育った時代は経済的な価値観が最優先され、経済的に非効率的なものや非合理的なことは排除された機運にあった。
大切なものを適正な規模で大切に作るということは、価値のないこととされ、時代の濁流が押し流しているように感じられ、そこで暮らしていることを悲愴に感じていた。
しかし、このような時代になり、確かなことでなければ生き残れなくなってきているのかもしれない。
インターネットの普及は、デザインイメージの流通とともに、全国の個人消費者に向けて中間業者の介在なしで、直接流通させることを可能にし、このような日本の端っこの海岸で海水をくみ上げて手作りで塩をつくるという生業を成立させている。
すごいな・・・と思う。
この工房のすごさは、作業をすべて見学できるようにオープンな状態で行っているということ。
工程をすべて見せることで商品への信頼を高めようとしている。あらゆることが隠蔽され、信頼できない食品加工業界だからこそ、ここまで、さらけ出しながら商売をしなければならなくなったのかもしれない。
ここで、食卓用の焼き塩と料理用の炊き塩を購入。ついでに100円の塩茹で卵を買って食べてみる。
思いがけず、竹筒に入った暖かいレモングラスのハーブティーがついてきた。
日本の端っこの半島から海を眺めながら思わず久しぶりの休日気分を味わう。
販売所で塩や卵を購入していると、見覚えのある名前のちらしを発見。「ごはんやイタル」!前原のスタジオのすぐ近くに去年ほど前からできているけど一度も入ったことのないところ。住所は僕のスタジオとほとんど同じ。
家からスタジオの移動のときに必ず通るところにあり、気になっていたが入ったことのないお店。
意外と近いところにいいところがいっぱいあるんだな。
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