2004年ぐらいから使っているブログサイト、特に2006年から2010年のプロジェクトについてはかなりまめに記述していました。それはプロジェクトごとにページ下のカテゴリーごとに収められています。
2012年 06月 06日 6月6日はかえるの日だってことを知ったのは2000年ぐらいに福岡で「福岡かえる展」というかえる好きが集まった展覧会に出品することにいなった時に教えてもらい初めて知り、偶然の一致に驚いたことがある。 6月6日というと、このブログタイトルにもなっている藤浩志企画制作室という個人事務所の設立記念日。 実は、1992年に青山スパイラルガーデンでの当時にしては大規模な個展が6月に決まり、当...
2012年 06月 06日 地域の活動を作ってゆく上で、活動を作り出すための仕組みとして、アートプロジェクトというフォーマットがとても有効に利用できるのではないかと考えている。仕組みをつくることで、地域資源としての様々な場を使い、いろいろな表現が展開することで、そこから活動の連鎖を促すことができる。 仕組みがなければただの空き地だったり空き家だったりで、そこにまさに様々なアプリケーションが起動するかのようなOS的...
2012年 06月 05日 「自分の内側からイメージが湧き出てくる…。」 美術大学で美術を勉強していた頃、イメージというのはアーティストの内側から湧き出てくるものだとばかり思っていたし、そのように教えられているような気がしていた。(誰に教えられたのかさっぱりわからないが…) 確かに周りには自分の内側からイメージが湧き出てくる人もたくさんいて羨ましかった。 しかし、僕の場合、どうも自分の内側を覗き込んで...
2012年 06月 04日 表現することって自分自身の日常の行為を超えることなんじゃないかなと考えている。 どちらかというと流されてしまっている日常の違和感をはたと立ち止まり疑問視して、客観視し、それを何らかの形として表に現す。 それはどんな手法でもいいと思うが、それぞれに得意とする、あるいはフェチとする手法があるのだと思う。言葉を使うだとか、楽器をつかうだとか、行動で現すだとか、描いてみるとか・・・、しか...
2012年 06月 03日 つくる時間を楽しむ。つくっている時間が楽しい。つくっている時、何かの作業に没頭している時間がとてもいい。当たり前の話だが、完成してしまうとその楽しい時間はその余韻を残して終わってしまう。 つくる時間は何かを期待する時間だと思う。少なくとも何かができるという希望に向かっている時間である。 希望が持てない時間にいるとすれば、とりあえず、なんでもいいから作業に没頭してみるのがいいと思う...
2012年 06月 03日 アサヒアートフェスティバルが10年経過し、その10年をまとめようということで、かれこれ1年前ぐらいからぼちぼち動き始めている。去年は10周年の本をどのようにつくるかという編集をスクール形式でおこなったが、その流れで、アーカイブはウェブ上で行ったほうがいいという話と、ちゃんとつかえるようなアーカイブや本の話を重ねてきた。 で、今年はウェブでのデジタルアーカイブについて専門家を招いて勉強会...
2012年 06月 02日 数年前、とある地域でのシンポジウム会場で「土の人」と「風の人」の話題になり、違和感を持ちながら聞いたことがある。いろいろな地域で活動を行おうとすると、外から来る人に対して「どうせすぐいなくなるのだから何も期待していない」と拒絶する態度と出会うこともある。その会場では地元の人を「土の人」と呼び、外から来たアーティストを「風の人」と呼んでいたのだけれど…。確かにそういう面もあるが、そう単純なもの...
2012年 06月 01日 イイ家族とか、イイ作品とか、いい地域というときのイイという価値について、基本的に子どもの頃から周辺とぶつかってきた。ぶつかるかゆえに考えざるを得ないことも多かった。 僕は即答できるタイプではないので、多くの場合その場では答えられずに、黙ってしまい、その分じわっと抱え込み、かなり時間がたって自分でも忘れた頃、ふと自分なりの考えを思いついてしまう。その時には周辺の話題や関心は他に移っていて...
2012年 06月 01日 アサヒアートフェスティバル(AAF)がかれこれ10年になるねと話をしはじめたのがもう2年近く前。 そこからなんだか単なる10周年の記録本とかつくっても面白くないよなぁと思い、ついついメーリングリストに投げかけた文章から10年本をつくるプロセスがAAFスクールという形になってはじまってしまった。それが去年。 いろいろ書籍とウェブの役割について日ごろから考えていることを編集者の影山君...
2012年 05月 22日 ますますこのブログから離れてきた。 2004年からはじめたこのブログが僕の中で旬の時期が終わったのかもしれないが、なんとなく、2014年までは…10年は続けてみようと思う。 しかし、このブログで当初そうとういろいろな思いを言葉にしてきたし、いろいろな現場をプロセスのままレポートしてきた。 震災以降ツイッターの利用が加速し、その後facebookの利用がさらに加速し、今はほとんどf...
2012年 05月 06日 とにかく慣れないことはするべきだ。 そもそも慣れないことだらけの中で人生は始まっていたし、慣れない状態から自分がなじんでくるときの振る舞いの奥底に自分自身の大切な部分が垣間見れするような気がしてビビッドだ。 しかしどうしても時間が経つと慣れてしまうし、慣れてしまうということはなんだか「わかったような気になってしまう。」のでそれが気に入らない。 本当は何も知らないしわかってい...
2012年 04月 11日 なんだかんだと慣れない生活をしているうちに10日が過ぎた。 3月末に十和田に入ってその日から新規採用の面接だとか引継ぎだとか、とにかく美術館という器の運営に立ち会って、それを平穏に動かすことを見つめながら右往左往しているうちに休みもなく10日が過ぎた。 久しぶりに休みたいと思ったが、実は家の中の荷物はそのまま、しかもいろいろな個人の仕事が山積みで自分の時間は混沌状態。 特別...
2012年 04月 02日 青森の十和田市は人口6万5千人の町。 そこに4年前に開館したのが十和田市現代美術館。 創造的地域に繋がってゆくためにつくられたアートセンター。 おそらくそこに必要なOSを探ることが必要なのだと思う。 これまで鹿児島や福岡を拠点にいろいろな地域を巡りながら風の人としてふるまってきましたが、昨日の4月1日よりとりあえず1年、面白くなりそうならば3年間、十和田という地域に向...
2012年 03月 29日 豊島区で去年の10月に突然たちあげたMiracle Waterという概念。その概念のネーミングを活動チームの名前として活動をはじめ、その活動のひとつとして雑司が谷の駅の中にある としまアートステーションZの一部に「モコモコラボ」というぬいぐるみ素材を自由に扱える自由工房をオープンしていた。今回僕が十和田にゆき、実質的にあまり活動に参加できないのと、アートステーションの性格からいろいろなアーテ...
2012年 03月 24日 宮城県のえずこホールで東京都文化発信事業が宮城県内で行ってきた文化事業による被災地支援事業の報告会とパネルディスカッションが開催され、かなり興味深い話が飛び交った。 なかでも最大のキーワードはソフトクリーム。 女川で活動する岡さんの登場し、ソフトクリームの話を熱弁。 いやー、ソフトクリーム、昔から力はあると思っていたが、・・・なるほど。 しくみや場にはツールが必要という話...
2012年 03月 20日 福岡の西の端っこの海水浴場、筑前深江海水浴場。そこの海の家の土地にずいぶん前から計画し、ようやくできた(?)海の家スタジオ。あまりにもシンプルな図面だが、建築コストを削ってゆくのに3年近くかかる。工事もなぜだか9月から半年間かかり・・・ようやく引き渡し。実質工事してたの2か月半ぐらいかな・・・・。引き渡されたものの、まだ内壁はなく、トイレの壁もなく排水パイプがひとつ床から飛び出している状態。...
2012年 03月 19日 高知県立美術館でまちづかいのレクチャー。福岡から高知に向かう飛行機トラブルで大変な目にあって、結局愛媛県の松山空港まで飛び、そこからレンタカーで2時間半とばして美術館への到着はレクチャー開始の10分前。 JALの言うとおりに一旦羽田まで飛んで高知へ向かう便におとなしく乗っていたら、レクチャーーに一時間45分遅れる予定だった・・・。 事前にどのような参加者かなどの確認をしなかったので、話の焦点...
2012年 03月 11日 3・11をどのように過ごしたのか・・・という自分自身の行動や思い、ありようを客観視することで、なんだかその人の本質的な部分が理解できたり、そのひとの置かれている状況がわかるような気がする。 僕自身は東京のアーツ千代田3331で行われてる震災復興関係の展示の仕込みに悩みつつ、案のじょうモヤモヤしつつ、モヤモヤはなんだか次の「イメージの種になる!」などと言い訳をつけながら、「モヤモヤ会議」...
2012年 03月 09日 「地域とアート」という言葉がどのような時期からどのような関係の中で語られてきたのかもう忘れてしまった・・・ということはそれをアーカイブする時期が来ている・・のだと思う。 というか、インターネット利用が日常化し、ビジュアルサイトや動画サイトを直ちに手元で検索する生活が定着し、ウェブ上に存在することだけが存在するようになってきた現実を考えると、地域とアートの重層的な過去の試みもちゃんとアー...
2012年 03月 03日 鹿児島市荒田(あらた)という地域の鹿児島交通局電停前という路面電車の停留所の目の前が僕の生まれ育ったところ。昔は川沿いの荒れた田んぼだったんだと思う。1950年代後半にそこに建てられたコンクリート2階建ての住宅で生まれ育ったが、そこを改修してイイスペイスという手作りのカフェを経営していたのが1989年から1996年の7年間。もう四半世紀も前の話・・・ 1993年の鹿児島の水害の都市整備の問題...
五島列島の奈留島という可能性 初めての五島列島。そもそ...
土佐の高知の桂浜 土佐の高知のはりまや橋、...
美術館をつくるという設計の課題 九州大学の建築学科での授...
自宅の細部を防災の視点で紹介してみる.. 別に防災に興味があって無...
青森ねぶたの終わったあとの廃材を・・.. 8月はじめのほどんど一週...
地域活動での土、風、光、水の性質につ.. 数年前、とある地域でのシ...
走れ!アートバス。 福岡で試みられた走れ!ア...
家の中でのテント生活 藤島八十郎の家では家の中...
岡先生を偲ぶ・・・デザイン都市・フォ.. 福岡アジア都市研究所の市...
アリゾナの砂漠を走りタレルのクレータ.. サンタフェの仕事を終えて...