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  <title>藤浩志Report</title>
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  <modified>2026-01-02T11:29:12+09:00</modified>
  <author><name>fuji-studio</name></author>
  <tabline>2004年ぐらいから使っているブログサイト、特に2006年から2010年のプロジェクトについてはかなりまめに記述していました。それはプロジェクトごとにページ下のカテゴリーごとに収められています。</tabline>
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    <title>五島列島の奈留島という可能性</title>
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    <issued>2026-01-01T15:29:00+09:00</issued>
    <modified>2026-01-02T11:29:12+09:00</modified>
    <created>2026-01-01T15:29:29+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>・その他、様々な地域での活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[初めての五島列島。そもそも九州の中でも、これまでずっと一番縁がなかったのが長崎県かもしれない。鹿児島や福岡はもちろん、宮崎、熊本、佐賀、大分とは、これまでさまざまな現場で関わってきたが、長崎にはほとんど深く関わる機会がなかった。父親が戦争が始まるまで働いていたのが長崎の造船所？鉄工所？だと聞いたことあるというのに・・・<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_09105425.jpeg" alt="_a0010575_09105425.jpeg" class="IMAGE_MID" height="282" width="500" /></center>いや、違うな。縁がなかったわけではない。いくつもの縁はありながら、個人的な用事がなかったので、遊びに行く程度で終わってしまい、結果として深く関わることがなかった。<br />
<br />
深江の自宅を作ってくれたのも五島の人だし、3,11を横浜の寿町で一緒に被災し、飲み屋で福島第一の爆発を見ていたのも五島の人だった。去年の大学院の担当学生も五島で小学校時代を過ごしていたというし、今の大学院生にも大学時代に五島をフィールドに作品制作していたと聞いた。そして最近秋田から立て続けに五島に関わる人が続出・・・五島、どうした！<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08494646.jpeg" alt="_a0010575_08494646.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>長崎県といえば島のイメージが強い。いったいどれくらいの島があるのだろうとAIに聞いてみると、1479と返ってきた。本当かいな、と思ってしまう数だ。鹿児島が605、沖縄が691ということなので、南西諸島をはるかに超えてダントツの数になる。これは国土地理院が、海岸線100メートル以上を持つものを島と定義した数だという。<br />
どうでもいい話だが、秋田県は男鹿半島の先に、ちょこっと無人島が2つあるだけらしい。<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08435028.jpeg" alt="_a0010575_08435028.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>島という言葉を聞くと、血が騒ぐ。遺伝子が黙っていない。そうだった。僕は島で活動をつくりたかったのだ。そもそも、活動をつくりたいのであって、何か「もの」をつくりたいわけではない。<br />
いや、正確に言えば、何かをつくっている時間が好きなのだ。ずっと何かをつくっていたい。夢中になって何かをつくっている時間は、病気のことを忘れさせてくれたし、息苦しさを和らげてくれた。だからものをつくるようになり、進学という進路を選択するタイミングで美術に出会った。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08485846.jpeg" alt="_a0010575_08485846.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>とはいえ、必ずしも美術を信頼してきたわけではない。その周囲にある落とし穴も、いくつも体験してきた。ただ、自分自身が夢中になれる時間をつくるために、そんなことが許される場所を探してきたのだと思う。<br />
可能性がありそうな場所に深く関わり、試行錯誤を繰り返してきた。好きだからつくるのではなく、好きなものに向き合うだけでもなく、無視できないこと、感性が動いてしまうところ、素材、技術、人、空間、環境、そして時間に向き合おうとしてきた。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08472933.jpeg" alt="_a0010575_08472933.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>そうした中で、アートプロジェクトという方法がかたちづくられてきた。そして、その現場に数多く関わることになった。・・・で、忘れていた。そうだった。島だった。<br />
<br />
島には、現在抱えている問題のさまざまな縮図がある。辺境にあるがゆえに都市部から見えにくく、時代の流れの歪みや澱のようなものがこびりついている面もある。そしてそれがその地域に長く放置されていたりする。一見、優しくのどかで何もないようにみえながら、目を凝らすと無視することができない多くの因子が見えてくる。つまり、活動をつくるための、表現するための動機となるモチーフや素材が、数多く存在している場所なのだと思う。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08480594.jpeg" alt="_a0010575_08480594.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>もちろん、それを僕一人の感性で拾い上げることなど到底できないし、向き合う時間もない。だからこそ、何か大切な活動と向き合いたいと思う人たちとの関わりを、できるだけ多くつくることができればいい。<br />
こうした現場に行くたびに、知らないことだらけだと痛感する。なぜ今まで知らなかったのだろう、と反省する。情報としては、どこかで聞いたり目にしたりしていたのかもしれないが、僕の場合、それだけではまったく身体に浸透してこない。<br />
<br />
その場所に行き、誰かに出会うことで、ぐっと身体や気持ちが開き、知らなかった自分に気づく。さらに、少し関わり、何らかの活動を行うことで、掘り下げることができるのではないかと思ってしまう。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08483102.jpeg" alt="_a0010575_08483102.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>いや、違うな。深めてゆくことを得意とはしていない。むしろ、ずらしたり勘違いしたりすることの方が得意だったんだ。白と黒の間に広がる虹色の無限の色を紡ぎ出すような作業。<br />
<br />
美術というフレームを拡張し、さまざまな現場に潜在する人や素材、空間、時間の質に関わりながら学んでいく中で、自分自身もつくり変えて行くアートプロジェクトというあり方に出会った。その方法を動かすために、マネジメントの現場を体験し、学び、模索し、拠点の必要性を感じ、人材育成や文化創造の仕組みに関心を持つようになった。<br />
その結果、アートセンターや美術館、公共文化ホール、美術大学などにも、かなり深く関わり、今、それをネットワークしたり、リンクしたり、横断したりするという方法を探そうとしている。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08481592.jpeg" alt="_a0010575_08481592.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>でも実は、本当は単純に、自分自身でつくっていたかっただけだったかも・・・。とはいえ、地域に一緒につくる人がいないと孤立するし、寂しい。<br />
何よりも、ある程度の価値観を共有できる人と試行錯誤を重ねる時間を過ごすことが、いちばん嬉しい。お酒も美味しいし、食べものも美味しい。よく眠れる。飲み過ぎはつらいけれど。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08444225.jpeg" alt="_a0010575_08444225.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>ただ、大きな目的や目標を持つような活動や、コンセプトや意義を問われるような活動は避けてきた。<br />
何ができるかわからない状態からつくり出す方が面白いし、むしろ思いもよらない意外な結果になることの方が魅力的だと思っている。だから可能な限りそのような作り方を試みてきた。<br />
でもどうしても「イメージを描いてくれ」と頼まれるし、それをしないと予算化できないと迷惑がられる。だからそんなところに関わることが難しかった。<br />
<br />
今回も、テーマや方法を決めずに、いろいろ巡りながら、とにかく滞在して向き合う時間を用意してもらうのがよいと思った。考える隙間、余地、つくる機会の共有、実践、未知への探究のための機会が提供されるところ。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08442312.jpeg" alt="_a0010575_08442312.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>幸い、空き家はたくさんありそうだ。安く貸してもらえる家もあれば、自分たちで整備しながら暮らし、働き、活動をつくっていける状況も考えられる。<br />
<br />
全国から、何かをつくりたいと思っている、情熱や技術、体力、柔軟性を持った学生や、行き場がなく時間の使い方がわからない若者が、この地域の力になる機会をつくることができればいいと思う。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08435360.jpeg" alt="_a0010575_08435360.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>アートプロジェクトや芸術祭という方法は、結果として観客や観光客とつながることも多く、その結果ばかりが注目されがちだ。<br />
「つくるプロセス」の中で出会い、発見し、共有し、変容していくことの大切さが、省略されてしまう現場もあるらしい。悲しい。<br />
<br />
つくる人、うみだす人を育てる環境をつくろうとしているのに、結果として残ってしまうものは、見えてしまうのは観客や鑑賞者、つまり食べる人、消費する人だけ、という状況もある。<br />
<br />
もちろん、関心や興味を持ってもらわなければ続けて行ったり、展開したりできないし、何かを生み出す意味などないと言われかねないが、あくまでも消費されて終わってしまうことだけが目的だったなんてことはないはず。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08501439.jpeg" alt="_a0010575_08501439.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>未知の世界に出会い、そこに関わった結果、その向こう側にさらなる未知の世界が立ち上がり、さらに次の未知の世界へとつながっていく。そんなことができる現場になればいいと思う。<br />
<br />
今回は「ツアー」のあり方に焦点を当てた方法を模索しているということだった。消費するだけのツアーではなく、これからの人生で深く関わり、つくることやつくる時間を共有し、共に未知の世界に向き合い、未知の世界をつくり出していくためのツアー。その実践ができる島であって欲しい。島は信頼されるところであって欲しい。<br />
<br />
ところで、奈留島を出るときに初めて気づいたのだが、船着場に逆光でとても読みにくいパネルが掲示されていた。裏側のイーゼルのシルエットが目立っていて、その読みづらさが面白く、近づいて見てみると、そこには潮力発電の実証実験について書かれていた。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08591700.jpeg" alt="_a0010575_08591700.jpeg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>義理の父は、太陽光発電の実用化に生涯を捧げた研究者で、かつて「プロジェクトX」でも取り上げられた人物。その功績は大きいが、現在のメガソーラーのような環境破壊が問題になることまでは、当時想像していなかったと思う。その影響もあり、自然エネルギーのあり方や利用方法、発電効率、発電設備の廃棄や再利用、そのすべてのコストについても、以前から強い関心を持ってきた。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08595683.jpeg" alt="_a0010575_08595683.jpeg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>潮力発電については、安定性や発電効率の高さ、そして何より設備が100％リサイクル可能な素材でできている点に注目していた。まさか奈留島で、すでに実証・実用段階に入っているとは思ってもみなかった。発電の最先端の島だったのだ。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08583035.jpeg" alt="_a0010575_08583035.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>東北に暮らしていると、電気料金の高さが気になる。それに加えて、発電施設の廃棄コストやリサイクルの問題、さらには原子力発電における核燃料廃棄物の再利用について、いまだ処理の見通しすら立っていないという現実を、見ないようにしなければならないというモヤモヤに向き合うことが多い。このコストは誰にどこで支払ってもらうつもりなのだろう・・・というモヤモヤ。<br />
<br />
そんな中で、小さな高低差や傾斜地、水の流れを使った小水力発電や、バイオマス発電、地熱発電とともに、この潮力発電のあり方をもっと知りたいと思っていた。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08544993.jpeg" alt="_a0010575_08544993.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>奈留島は、世界遺産となった隠れキリシタンの集落跡で注目されているが、それだけではない。歴史的にも、地形的・地理的にも、特殊な歴史と物語を持ち、生態系のあり方にも絶対的な可能性がある。一方で、人口減少や高齢化、森林の保全、土木による地域整備のあり方、魚が少なくなった魚礁、猪被害、廃船や廃墟など、無視できない社会問題・・・つまり取り組まなければならない問題も多く抱えている。若き研究者はこのようなところをフィールに頑張ってほしい。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08555060.jpeg" alt="_a0010575_08555060.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>そうした問題に向き合い、新しい発想とアイデアによって、唯一無二の圧倒的な魅力を持つ地域へと変わっていく可能性がある。そしてその可能性をつくる場所に、僕自身もこれから深く関わりたいと強く願っている。<br />
そういえば、奈留島には砂浜がなかった。海岸、海水浴場も丸い玉石でそこに打ち寄せる波の音が「パチパチ」とはじける音がすることを初めて知った。そういえば、故郷の奄美大島も瀬戸内の豊島も海岸近くの家の周りは丸い石を積み上げた石垣でできていて、この島も丸い石の石垣や段々畑の囲いが美しく残っている。畑も家もすでに少なく荒れた状態になっているのだけれど・・・<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202601/01/75/a0010575_08561045.jpeg" alt="_a0010575_08561045.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>石を海岸から拾ってきて、坂道を運び、強風と豪雨から守るために積み上げる。その基本的な行為がとても重要だったことを忘れてしまっていた。こんなに大切なことだというのに。そして斜面に積まれた石垣を見て、そこで積み上げる人の姿を思い描き心揺さぶられる。<br />
<br />
秋田で学んだアーツ＆ルーツという表現行為を模索する視座や、全国各地のアートプロジェクトの現場のマネジメントチーム、そして全国の美術大学や研究室とのネットワークで、このような多くの可能性に開かれた現場を繋いで行く仕組みが作れればいいなと思う。<br />
さて、どう動こうか。<br />
まずは<br />
の奈留島での復活でしょうかね。]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>33年後の「かえるの池」はどうなるの？</title>
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    <issued>2025-10-01T23:11:00+09:00</issued>
    <modified>2025-10-24T21:10:10+09:00</modified>
    <created>2025-10-20T23:22:08+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>デコポリ・ビニプラ系活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[だいたい33年で世代が交代するのかな。<br />
<br />
1992年、僕が32歳の歳に初めての娘が生まれた。平成生まれの娘。僕自身は父親が35歳の時に生まれた。その年の10月青山スパイラルガーデンで制作したのが世界人口の増加をモチーフとした「2025年カエルの池シンポジウム」<br />
<br />
<br />
そして今年がその2025年・・・もう33年経ってしまった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/20/75/a0010575_23293082.jpeg" alt="_a0010575_23293082.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>僕の父母が生まれた1930年頃の世界人口は20億人、僕が生まれた1960年頃の世界人口は30億人で１世代で10億人の増加だったが、1992年までの32年で世界人口は24億人増え、54億人になっていた。世界人口の爆発的な増加が起こり始めていた世代に突入する。そしてその時、33年後の2025年の世界人口は85億人になると予想されていた。<br />
<br />
<br />
そして現実の世界人口はほぼ予想通りの84億人・・・<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/20/75/a0010575_23192059.jpg" alt="_a0010575_23192059.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>1992年当時の展示では世界人口の爆発的な増加の状態を例えた「ある閉じた池の蓮の葉の増加の物語」を引用して空間へのプレゼンテーションを表現しようとした。１年で１枚の蓮の葉が2枚に分かれて増加する池があるとする。2年後にはそれぞれが2枚に増えるので4枚、3年後には8枚、4年後には16枚、32、64、128、256、512、1024、2048枚と増加し、直径15メートルの池の半分が埋まってしまうという指数関数的に増加する状態が今の地球環境の変化の問題だという象徴的な話。当時、食料問題への違和感から一ヶ月分の給料全てを使ってお米を購入したことがきっかけで、虫の湧いた古いお米を１トン近く持っていたことからおにぎりのカエルを2048匹制作して、2048枚の蓮の葉の上に載せて展示した。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/20/75/a0010575_23260352.jpeg" alt="_a0010575_23260352.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>そして今回、さらに33年後の2058年の状況をイメージしようとする試みが千葉国際芸術祭2025のデモンストレーション「33年後のかえる」そして、「かえるの池」<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/20/75/a0010575_23192088.jpg" alt="_a0010575_23192088.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
ちょうど33年前の1992年頃、千葉駅前再開発で作らたセンシティという高層ビルの1階エントランスに作られた空間は、プラスチックのおもちゃのチャラクターで埋められた直径10mぐらいの池。　蓮の葉のようなものはなく、ハスの花をイメージしたハッピーなフラワーが咲き乱れている・・・ようなイメージの池<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/20/75/a0010575_23270048.jpeg" alt="_a0010575_23270048.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>蓮の池やハスの花とは程遠い風景だが、それでも黄色いハッピーなお花の上にかえるくんが１匹だけ、そしてその池から飛び出して枝の上に小さかかえるちゃんが１匹だけいる・・・という風景・・・ができてしまった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/20/75/a0010575_23281800.jpeg" alt="_a0010575_23281800.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>この33年は急速に世界人口は増大し、30億人も増えたことになるが、次の33年、つまり2058年ごろの世界人口予測は100億人だとか。その増大の加速は減少に向かう。そしてその次の世代、103億人ぐらいで世界人口は減少に向かい始めると予測されている。今年3歳になった僕の孫が80歳になる2100年ごろには世界人口は減少し始めている・・・のか<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/20/75/a0010575_23192051.jpg" alt="_a0010575_23192051.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>33年前に娘が生まれたことをきっかけに、鹿児島に移住し、全国各地での地域での活動を見つめてきたが、結果的に世界人口の増加に反して、過疎地、人口減少の地方の現実と向き合う33年となっていた。日本各地の地方を巡り、空き家を転々とし、魅力的な人が集まる仕組みを模索し、拠点の整備を楽しみ・・・そして生活廃棄物を無視することなくがっつり向き合ってきた。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/20/75/a0010575_23192250.jpg" alt="_a0010575_23192250.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>活動は予測不能なところに連鎖するのが面白い。予想を超えた活動を作ることがきるのか、予想を超えた風景を作ることができるのか・・・そかし、その予想が絶望的なものであっては生きてゆけない。・・・・生きるための活動・・・絶望を希望に変える・・・そんなことができればいいと思いつつ・・・さらにいよいよ、もっと本気で廃棄物について向き合ってみようと思った。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202510/20/75/a0010575_23192398.jpg" alt="_a0010575_23192398.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
<br />
さてどうなるか、次の33年が楽しみだ---が33年後、99歳となる僕が生きてる確率は1%なのだとか。ということで、どのような表現につながるかは全く不明ですが、アンケートで皆さんが考えている問題意識、考え、アイデア、イメージを求めています。よろしければお付き合いください。<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>秋田での「めぐるいきものもり」</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://geco.exblog.jp/244614883/" />
    <id>http://geco.exblog.jp/244614883/</id>
    <issued>2025-09-14T08:50:00+09:00</issued>
    <modified>2025-09-15T22:31:57+09:00</modified>
    <created>2025-09-14T09:14:08+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>秋田での活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[横手にある秋田県立近代美術館での展示<br />
まさか秋田でこのような形で・・・<br />
・・・小学6年生から中学生、高校生まで１５０名の若者と一緒に<br />
空間を制作できるとは・・・<br />
<br />
しかも、期間中もずっと変化し続けることになる・・・はず。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/14/75/a0010575_08523094.jpg" alt="_a0010575_08523094.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
基本的にはこの大量の素材と作品は福岡県糸島市の制作スタジオに保管されている。そこでは全国のかえっこ開催についての問い合わせ対応と、開催サポート、全国へのツール発送、そしてイベント終了後の余ったおもちゃ類の引き取り、さらに集まってしまう素材の分別、分解、整理、ストック、そして制作などを４人体制で行っている。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/14/75/a0010575_08523026.jpg" alt="_a0010575_08523026.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>僕はとある事情により、2012年より青森の十和田市現代美術館の運営に関わるようになり、その後、美術大学をつくるという文化政策のあり方に興味を持ち（・・・勝手にそのように超解釈しただけだけど・・・）、2014年の秋から秋田公立美術大学の運営を通して秋田に結構がっつり関わることになった。<br />
<br />
十和田時代に制作スタジオをもたなかった反省から、秋田では工房跡や古民家を制作スタジオとして借りて大学業務の合間に、また研究として研究室でも制作し続けてきたが、基本的には福岡の皆が藤スタジオの活動を動かし続けてきている。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/14/75/a0010575_08523123.jpg" alt="_a0010575_08523123.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
この10年の間にも京都の文化博物館や金沢２１世紀美術館、鹿児島の霧島アートの森、群馬のハラミュージアムアークや東京のアーツ千代田３３３１、熊本の不知火美術館、宮崎の都城市立美術館、福岡筑後の芸文館、福岡城、シドニーフェスティバルやバンコクのチャンチュイクリエイティブパークなど、５００平米クラスの規模の空間から魅力的な現場まで、オーダーがあれば空間の規模と運営の状況に応じて素材を福岡から送ってもらって、秋田でアートピースを制作し、秋田と福岡から運送して現場空間を制作してきた。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/14/75/a0010575_08523167.jpg" alt="_a0010575_08523167.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
<br />
そうやって現場に集結し、出掛けて行った作品達は全て福岡の倉庫に戻されて、増え続け、次のお出かけの機会を待つばかりで、秋田に戻ってくることはないと思っていた。<br />
<br />
<br />
この春、ベトナム、ハノイの国際交流基金のギャラリーで展示されたツールと作品達が福岡に戻って行ったが、そのタイミングでその一部を秋田まで運んでくることができた。秋田で生まれ、全国各地を巡ってきたトイザウルス達が初めて秋田にもどってきたことになる。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/14/75/a0010575_08523146.jpg" alt="_a0010575_08523146.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
この活動はこの数年間秋田県立近代美術館が「みんなのミュージアム」としてさまざまな人に開くことを目的として取り組んできた企画によって実現できた結果。・・・何だかしみじみするなぁ。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/14/75/a0010575_08523211.jpg" alt="_a0010575_08523211.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
状況が変われば価値のあり方は変わる。美術作品の美しさ、美意識はそれぞれの状況とともに変化する。ここにある素材の一つ一つはこの60年の日本の消費社会が創り出してきたある種の奇形でもあり危険物でもある。捉え方によれば醜さや厄介さの象徴でもあるのかもしれない。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/14/75/a0010575_08523277.jpg" alt="_a0010575_08523277.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>ところが僕が生まれた時代とともに登場し、この世界の流通を変え、生活を変え、環境を変えてきた無視できない切実な存在でもある。無視することは最大の攻撃だというが、無視できないのだから仕方ない。向き合ってしまうのだから仕方ない。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202509/14/75/a0010575_08523350.jpg" alt="_a0010575_08523350.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
実は来年から秋田の大学を離れることになる。プロジェクトとして秋田に立ち上げたマネジメントチームと何か大切なことが実現できないかと何らかの現場を作りたいと思っているが、まだ何も決まっていない。<br />
<br />
そして近代美術館のこの展示はまた来年の3月にその規模を２倍にして秋田市文化創造館で展開する予定になっている。<br />
<br />
さて、どうなることやら。動き始めるのは2月半ばから。<br />
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<br />
<br />
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]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>Nine rabbits</title>
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    <issued>2025-03-08T16:48:00+09:00</issued>
    <modified>2025-09-02T18:56:28+09:00</modified>
    <created>2025-03-08T17:16:58+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>動物彫刻家・クスタケシ</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[神戸の垂水の瀬戸大橋の近くに大理石のうさぎさんを９匹登場させた。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/01/75/a0010575_14223287.jpeg" alt="_a0010575_14223287.jpeg" class="IMAGE_MID" height="823" width="500" /></center>瀬戸内海に張り出し、淡路島と最も近いこの土地へのコミッションワークの話があった時に最初に思い浮かんだのが山から降りてきて海を渡ろうとしているうさぎさんたちの群れのイメージだった。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/01/75/a0010575_14241270.jpeg" alt="_a0010575_14241270.jpeg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>その理由・・・というか物語については色々と妄想することはできるが、格段の特別な理由があったわけではない。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/01/75/a0010575_14213810.jpeg" alt="_a0010575_14213810.jpeg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>九州と関西をつなぐ瀬戸内海という主要航路の重要な地点で、出雲と熊野を結ぶ位置にあるこの位置と、すぐ北側の丘に五色塚古墳があり、古代より何か神聖で重要な場所であったに違いないとの直感はあった。そこにいて欲しいと思ったから。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/08/75/a0010575_16505190.jpeg" alt="_a0010575_16505190.jpeg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>うさぎのモチーフについては学生時代からしばしば魅力的で不思議な存在として、幸福や家族やそして苦しみや不自由の隠喩として扱ってきた。それは子どもの頃に自宅の小さな小屋で飼っていた身動きできなくなったうさぎとの経験によるものだと思う。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/08/75/a0010575_16501133.jpeg" alt="_a0010575_16501133.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>鳥獣戯画をはじめ、古来より描かれ、彫刻されてきたうさぎのモチーフの作品と出会うたびに魅かれていった経験もある。特に柴又の帝釈天の壁に暮らしているうさぎには何度会いに行ったことか。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/08/75/a0010575_16532318.jpeg" alt="_a0010575_16532318.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>学生時代に制作した屏風作品にも登場させたし、卒業後の初めての企画展での展示にも、石膏で制作したし、パプアニューギニアで始めた初めての木彫もうさぎさんだった。地元のギッグマイという彫刻家の作品と交換してパプアニューギニアに置いてきたけど、まだちゃんとあるのかな？<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/08/75/a0010575_16540710.jpeg" alt="_a0010575_16540710.jpeg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>神戸の六甲山にある神戸市の学習施設、自然の家の看板の一部として佇むうさぎさんをアルミの鋳造で制作したこともある。<br />
神戸の山にいるうさぎのイメージは2005年の頃からすでに醸成されていたのだと思う。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202508/01/75/a0010575_14222436.jpeg" alt="_a0010575_14222436.jpeg" class="IMAGE_MID" height="667" width="500" /></center><br />
今回は特にこの会場の３ヶ所に以前からの知り合いの遊具を作るスタジオを経営しているアーティストの牛嶋均くんとオーギカナエさんのユニットとのコラボレーションで、会場全体に何らかの使う人たちの活動の連鎖を促すような、何らかのシンボル的なもの、状況を作ることにした。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202503/08/75/a0010575_16550326.jpeg" alt="_a0010575_16550326.jpeg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>ここから先、地域の人たちがこの場を使って、色々な展示をしたり、活動を作ったり、ゲームを妄想したりと活用して行って欲しいのだけど・・・<br />
<br />
<br />
さてどうなるかな。<br />
]]></content>
  </entry>
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    <title>50年前のロボットアニメとプラスチック</title>
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    <issued>2025-02-15T08:30:00+09:00</issued>
    <modified>2025-03-08T16:47:42+09:00</modified>
    <created>2025-02-15T08:30:49+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>デコポリ・ビニプラ系活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/15/75/a0010575_08134586.jpeg" alt="_a0010575_08134586.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>ある人から紹介されてひょんなことから「勇者ライディーン」をモチーフとして作品制作を行うことになった。<br />
この機会がなかったらロボットアニメとか、あるいはこの時代のアニメの制作に関わった安彦良和さんについてもあまり深く知らないままだったかもしれない。きっかけはどこから来るかわからないものだな。ちなみに僕の一回り上の世代の安彦さんは北海道生まれで青森の弘前大学出身だということ。青森と繋がっていて、なんだか嬉しい。<br />
あ、あ・・、なんとちゃんとこの春から安彦さんの展覧会、青森県立美術館が企画しているじゃないですか！　さすが、青森県立美術館！<br />
<br />
<br />
KADOKAWAの企画のプロジェクトについては上記のリンクを見てもらうとして・・・ロボットアニメに大きな影響を与えた安彦さん所沢在住ということで、４つのロボットアニメをモチーフとして５名のアーティストがそれぞれの解釈で作品制作するという企画の話をいただいた。その中で、なぜだか僕は「勇者ライディーン」が指定された。ガンダム、マジンガーZ、そしてボルテスⅤ　作家それぞれの取り組み方が興味深い、みなさん、さすがですね。僕はただ実直に高さ2700のライディーンを作っただけ。それぞれの作家の活動の概要については上のサイトで。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/15/75/a0010575_08090831.jpeg" alt="_a0010575_08090831.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>僕は「勇者ライディーン」について、聞き覚えはあったものの、リアルタイムで体験していない。ライディーンといえば、YMOの曲を連想する世代。あ、この曲ももしかして・・・このアニメの影響か・・・？　僕の下の世代にはこのオカルト的な設定に結構ハマった人もいるらしい。もちろんガンダム、ライディーン以前のロボットアニメ、マジンガーZとか、ゲッターロボとかは結構体験していた。それよりも宇宙戦艦ヤマトやキャプテンハーロックにはどハマりで、かなりやられていた。キャプテンハーロックのアルカディア号を描こうとして絵が上手くなった・・・かも。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/15/75/a0010575_08090772.jpeg" alt="_a0010575_08090772.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>その辺りを仕掛けていたのが僕の上の世代。手塚治虫が僕の両親の世代で、その影響を受けた当時の若者が新しいアニメ文化の状況が芽吹いていたことについてあまり深く考えたことがなかった。あんなに影響を受けていたというのに。<br />
<br />
<br />
僕が直接影響を受けた建築の世界の磯崎新とか、谷口吉生とか、美術の世界での草間彌生とかオノヨーコとか、去年までうちの大学で客員教授をしていただいた高階秀爾さんとか、みなさん僕の両親と同じ世代の人たちなのですが、彼らの活動の影響については美術館とか現代美術の歴史や彼らが作ってきた状況について語ってきたが、アニメ文化の発生については盲点だった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/15/75/a0010575_08090676.jpeg" alt="_a0010575_08090676.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>素材や技術について、僕が収集しているこの大量のプラスチック素材と原油や石油化学工業との関係について考えることも多かったが、それ以前のセルロイドの発明と流通、それが写真や映画、アニメーションの文化を芽吹かせ、メディア産業を成長させていったことについて・・・技術やメディアの登場と若い人たちの関心と熱量、試行錯誤が、直接的に僕の子どもの頃の体験を作り出していたというのに、そのことについて無自覚だった。なんたること。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/15/75/a0010575_08090629.jpeg" alt="_a0010575_08090629.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>興味深いことに今回の展示が行われたのは所沢の航空発祥記念館。飛行機の技術もまたその時代に開花したもの。祖父母が生まれる頃にはまだなかった技術で、戦争によって大きく変化した技術。人が空を飛ぶことができることを知ったのがほぼ100年前。その影響を受けた漫画やアニメ制作に関わった人たちが戦後の僕らに大きなイメージを醸していった。そして僕らの世代が体験したアニメのイメージは次の世代の現実世界に確実に影響を与え、具体化している。１世代前までは現実ではあり得なかった、イメージでしかなかった技術が今はリアルな生活の中に入り込み、僕らの生活を変えている。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/15/75/a0010575_08090511.jpeg" alt="_a0010575_08090511.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>今回の展覧会のテーマは「Fighting Robots」この当時のアニメには世界征服を企む悪い顔をした悪役が登場したが、今はそれが見えにくい。あ、ハンサムな悪役が出てきたのもこの時代からか。僕らの世代の戦う相手は社会の制度だったり管理社会だったり、公害や薬害だったりしたが、今の敵は偏見だったり常識だったりなのかもしれない。そして次の世代、この作品のおもちゃに飛びつきはしゃいでいる子どもたちの将来の敵、令和の時代に育ち、その次の〇〇の時代を作ってゆく子らにとっての敵は一体何者なのだろうか。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202502/15/75/a0010575_08090401.jpeg" alt="_a0010575_08090401.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>ということで、今回はかえっこで集まる大きめのおもちゃを分解した破片だけで空間を作ってみました。この破片、この後どうなる？<br />
というか、どうする？<br />
<br />
<br />
<br />
ちなみに青森県立美術館での安彦さんの展覧会は下記の通り。<br />
<br />
せっかく作った勇者ライディーン、展示してくれないかなぁ・・・<br />
<br />
<br />
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<br />
<br />
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]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>ならまちワンダリングに関わり始めました</title>
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    <issued>2024-03-17T18:39:00+09:00</issued>
    <modified>2025-03-04T19:18:29+09:00</modified>
    <created>2024-03-17T18:59:24+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>・その他、様々な地域での活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18421211.jpg" alt="_a0010575_18421211.jpg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>奈良市の文化事業の一つ、ならまちワンダリング、小山田徹くんが急に病気になったので、代理で関わることになりました。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18421874.jpg" alt="_a0010575_18421874.jpg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>でも一体このワンダリングがなんなのかさっぱりわからず、何をやって良いのやらわからないまま・・・<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18422560.jpg" alt="_a0010575_18422560.jpg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>なんとなくそれが何かを探る場を作ってみたけど・・・<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18422560.jpg" alt="_a0010575_18422560.jpg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>予算がないということで大量のものを送ることもできず、枝はありそうだったので、枝だけ切ってもらいました。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18434124.jpg" alt="_a0010575_18434124.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>でも他の作家はちゃんと活動を作っているので素晴らしい<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18434733.jpg" alt="_a0010575_18434733.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>小山田くんもちゃんと小屋を立ててる<br />
枝を磨いたり、<br />
石を並べたり<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18435619.jpg" alt="_a0010575_18435619.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>畑の中で本を紹介するイベントしたり　は　風間くん<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18440499.jpg" alt="_a0010575_18440499.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>奈良といえば、鹿なのかなと思って、とりあえず、鹿さんだけ持ってきてみました。本当はこれはメガロケロスなんだけど。<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18441150.jpg" alt="_a0010575_18441150.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>ところで奈良市は母親が女学校に行っていたところで、僕の妻の実家があるところ<br />
流石に伝統文化には事欠かない。歴史が深く文化が重い。う０ん、まさにワンダリングしてます。<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/17/75/a0010575_18424063.jpg" alt="_a0010575_18424063.jpg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>おもしろいきものもり</title>
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    <issued>2023-09-22T18:22:00+09:00</issued>
    <modified>2023-09-22T18:25:49+09:00</modified>
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    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>福岡市・北九州等での活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[おもちゃを使った作品空間と、木彫作品と、ぬいぐるみを使った古い作品や新作のキノコ類をつかって、夏の間の子どものための展覧会を行いました。<br />
<br />
福岡県の大牟田市の動物園の中にある絵本の美術館　ともだちや美術館　<br />
そこの運営を昔からの知り合いの岡くんが行っているということで、そのギャラリー部分をつかって夏休みイベントを行うことになった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202309/22/75/a0010575_17560392.jpeg" alt="_a0010575_17560392.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
最近はかえっこのおもちゃの破片を利用したジュラシック・プラスチック関係の展示ばかりを行っていたこともあって、なんだか気分転換もふくめ、これまでつくったクスタケシ制作の木彫の動物たちも一緒に展示できないかなと考えた。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202309/22/75/a0010575_17561048.jpeg" alt="_a0010575_17561048.jpeg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>まあ、動物園のなかにある美術館なので、せっかくなので、動物のようなものを一回全部並べてみようかなと思った。で、「おもしろいきものもり」　おもしろい　いきもの　の　もり　<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202309/22/75/a0010575_17562037.jpeg" alt="_a0010575_17562037.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>せかっくなので、青森からやってきた青森ねぶた廃材を利用して九州新幹線ができたとき、つまり東日本大震災がおこった２０１１年に制作した飛龍も展示させてもらった。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202309/22/75/a0010575_17564487.jpeg" alt="_a0010575_17564487.jpeg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>それと、最近、地道に作品に利用している枝とハッピーフラワーたちの展示。枯れ落ちた枝もまた気になってこの数年コレクション（？）しつつ、たまに使っている。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202309/22/75/a0010575_17565041.jpeg" alt="_a0010575_17565041.jpeg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center>ちょっと首が長すぎるのが気になっているメガロケロスとかも展示させてもらって、嬉しい。<br />
その下にはかえっこのためのおもちゃたちをなふらべ、欲しいおもちゃを持って帰ってもらえる仕組みを美術館の人に考えてもらうことに。<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202309/22/75/a0010575_17570354.jpeg" alt="_a0010575_17570354.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
今回の展覧会には１９９２年に制作した睡蓮の葉っぱのぬいぐるみの上に、かえっこで集まったぬいぐるみの皮でつくった新作、キノコ類シリーズ。おもしろい　いきもの。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202309/22/75/a0010575_17565598.jpeg" alt="_a0010575_17565598.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>やっぱりこの睡蓮の葉っぱの作品、好きだな。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202309/22/75/a0010575_17572352.jpeg" alt="_a0010575_17572352.jpeg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>なんだか、こうやって、ブログ書くの何年ぶりだろうか。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202309/22/75/a0010575_17571868.jpeg" alt="_a0010575_17571868.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center>たまにはいいものですね。<br />
]]></content>
  </entry>
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    <title>京都文化博物館での「龍の存在を無視できない」</title>
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    <issued>2022-12-13T09:31:00+09:00</issued>
    <modified>2024-03-17T18:27:29+09:00</modified>
    <created>2024-03-17T18:27:29+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>京都での活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[FBに当時掲載した記事を転載してみる・京都歴史博物館で行った個展「龍の存在を無視できない」を展示したときの記述・・・・・・・・<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202312/15/75/a0010575_09421069.jpeg" alt="_a0010575_09421069.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
<br />
僕が活動を始めた当時、ドキュメントを作ってその活動を位置付けるということが作家の活動としては重要だと言われていた。フイルムを使った写真によるドキュメントが重要だった時代の６０年代、７０年代を経由して、８０年代、その記録の写真やテキストのドキュメントは表現者の活動を定着させる意味で大きかったと思う。しかし、そこに関心を持てなかった。なせか、自覚が無かったからだ。「作品を作っているという自覚」が欠落していた。そしてその活動の意味を早急に言語化して固定してしまうことに抵抗があった。もっと曖昧でいいのではないか？<br />
<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202312/15/75/a0010575_09420999.jpeg" alt="_a0010575_09420999.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
日常の感覚の延長で、人が無視してしまうような感情の延長に、無意識が滲み出てくるような未熟な表現手法に関心があり、作品を完成させることへの興味が欠落していてのだと思う。逆かもしれない。大島紬や仏像という高い完成度が前提の作品への興味から自分がそんなもの作れるとは思ってもいなかった。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202312/15/75/a0010575_09421146.jpeg" alt="_a0010575_09421146.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
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しかし、なんらかのまだみたみたことのないような表現を立ち上げることへの関心は深かったし、そこで醸成されてゆくさまざまな関係の連鎖に興味を持ったが、それが美術に関するステークホルダーにいかに接続するかということへの関心が薄かったので（無かったわけではないと思うが・・・）記録写真をほとんどスナップ程度にしか撮っていなかったのだ。それは現在も続いている。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202312/15/75/a0010575_09420619.jpeg" alt="_a0010575_09420619.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
<br />
企画者側に予算があるときはちゃんと写真の記録を取ってもらっているけど、自分で自由に使えないので、結局、自分が撮ったスナップしか記録で残っていない。ブレブレで、水平も保っていなくて、余計な人やなんだか関係のない風景が写っていたりして、写真としての完成度なんて全くないスナップ記録画像。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202312/15/75/a0010575_09420869.jpeg" alt="_a0010575_09420869.jpeg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center><br />
<br />
今回、過去の龍にまつわるプロジェクトに注目して、それをどうにかしようとペイントして、再編集してみたりしてみた。実はこの手法、つまり、ドキュメントの写真を利用してイメージとして、再編集して定着させようと試み、2008年のサイトサンタフェビエンナーレの出品作品から地味に試みている。https://geco.exblog.jp/i35/<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202312/15/75/a0010575_09462714.jpeg" alt="_a0010575_09462714.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
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今回、「龍を無視できない」という理由を作って、それなりの時間、イメージで遊びながら描画の時間に没頭できた。それぞれの現場で様々な関係する方々と一緒に作業に没頭する時間もこの上なく貴重で嬉しい空間と時間だけど、そこでできた結果の空間を思い出しながら、一枚の画像として筆を動かしながら描写してゆく時間もまた楽しい。そこが連動する現場をもっと作って行きたいなと、新しい現場への期待が高まる。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202312/15/75/a0010575_09421386.jpeg" alt="_a0010575_09421386.jpeg" class="IMAGE_MID" height="281" width="500" /></center><br />
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そうそう。龍だけじゃない。もっと無視できないことってたくさんあるんです。それにちゃんと、どれだけ切実に向き合えるか・・・。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202312/15/75/a0010575_09472396.jpeg" alt="_a0010575_09472396.jpeg" class="IMAGE_MID" height="600" width="337" /></center><br />
最後に会場で流していた映像も掲載できないかな。<br />
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]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>国際シンポジウムで語らせていただきました。日本語で。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://geco.exblog.jp/242110077/" />
    <id>http://geco.exblog.jp/242110077/</id>
    <issued>2022-10-27T18:55:00+09:00</issued>
    <modified>2024-03-12T19:06:28+09:00</modified>
    <created>2024-03-12T19:02:00+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>・講座／対話／研究会</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[何故だか国際シンポジウムに参加することになりました。その記録の映像。<br />
<br />
実は国際交流基金、いろいろお世話になっております。<br />
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不確実な時代だからこそ、必要な文化交流について。僕なりの意見を語らせていただきました。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202403/12/75/a0010575_19035677.png" alt="_a0010575_19035677.png" class="IMAGE_MID" height="250" width="500" /></center><br />
<br />
記録映像は下記のリンクより<br />
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  </entry>
  <entry>
    <title>はたらくことについての展覧会</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://geco.exblog.jp/242017830/" />
    <id>http://geco.exblog.jp/242017830/</id>
    <issued>2021-12-21T13:39:00+09:00</issued>
    <modified>2024-01-05T09:45:25+09:00</modified>
    <created>2023-12-19T13:40:58+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>福岡市・北九州等での活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[2013年、九州新幹線の筑後船小屋駅の駅前に隈研吾が設計した福岡県の施設、九州芸文館ができて、どんな施設なのか気になっていた。僕が福岡を離れ、公共施設の運営を学ために青森の十和田市現代美術館美術館に勤めた2年目の春のあたり。福岡県が大型の文化施設を作ったことを知り、その中身や運営のシステムが気になった。その直後ぐらいだったと思う。十和田市内に隈研吾設計の市民交流プラザができることになり2014年に完成し、美術館との連携を画策した。その後安忠雄設計の十和田市図書館もできて、西沢立衛設計の十和田市現代美術館を核とする十和田市の中心市街地の雰囲気は徐々に変化した。<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202401/05/75/a0010575_09441651.jpg" alt="_a0010575_09441651.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
<br />
<br />
今回その九州芸文館を拠点とした福岡県主催のプロジェクト、「ちくごアートファーム計画」その今年バージョン「はたらくアート」に参加することになり、先週あたりから展覧会形式のプロジェクトが始まっております。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202401/05/75/a0010575_09440905.jpg" alt="_a0010575_09440905.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>≈<br />
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単なる展覧会ではなくて、アートコミュニケーター、アートマネジメント人材育成プログラムということで、「はたらく」ことの意味を問い直す・・・ということらしい。今回はこの20年蓄積してきたちゃれんじ系のビデオテープ（人のはたらきを誘発するためのツールだったかも。でも今はもうはたらけなくなったメディア）を主題にした空間構成「チャレンジラボ」。  ここでは感性が「はたらく」状況を作り出したつもりだけど・・・感性はたらかせてくれるかな？<br />
２０２４ねんが<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202401/05/75/a0010575_09440614.jpg" alt="_a0010575_09440614.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
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https://www.kyushu-geibun.jp/main/5352.html<br />
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16件以上<br />
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すべてのリアクション:<br />
435皆川 嘉博、山本 太郎、他433人<br />
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  <entry>
    <title>Chuta Report　【チュウタの観察帖】</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://geco.exblog.jp/240681368/" />
    <id>http://geco.exblog.jp/240681368/</id>
    <issued>2021-03-21T19:19:00+09:00</issued>
    <modified>2021-07-12T22:36:43+09:00</modified>
    <created>2020-11-10T19:19:34+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>【チュウタの観察帖】</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202011/12/75/a0010575_21535132.jpg" alt="_a0010575_21535132.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>菅江真澄という記述者が旅し、様々な風景やものに出会い、それを記録していたのがおおよそ200年以上前の江戸時代後期。秋田県立近代美術館で2020年秋から2021年３月という雪深い時期に行われた展覧会「アーツ＆ルーツ　あわいをたどる旅」は記述であるとか、記録であるとかの価値や意味について再考するもの。<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202011/13/75/a0010575_20175519.jpg" alt="_a0010575_20175519.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>記述されることによって物事が記録として定着する。だからこそ、記述、記録の少なかったその時代、特に秋田という地方での菅江真澄の記述には価値がある。高い描写力と俯瞰する視点をもった彼だからこそできた業績だと思う。そのあたりについては他の専門家が分析してくれると思うので、僕は別の角度から出品することになった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202011/24/75/a0010575_19112350.jpg" alt="_a0010575_19112350.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
活動を始めた1980年代半ぐらいから、それなりの記述や記録が残っている。もちろんそのほとんどはデータ化されていない。ウェブサイトをつくりブログサイトなどで個人の記録をし始めたのが2004年以降。それがこのエキサイトブログとなる。（実はこのブログサイト、2004年頃の記述まで遡れます。ゴミのような記述ですが・・・）それ以前の活動の記録はわずかな記録写真を残してほとんど廃棄されてしまった。しかし個人的な雑記帳としていたノートと未整理ファイルがいまだに棚の中で生き延びている。<br />
<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/26/75/a0010575_12125006.jpg" alt="_a0010575_12125006.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>多くの記述、スケッチ、つぶやき、記録写真、印刷物、掲載記事など、それらは僕にとっては貴重な自分の活動の痕跡であるものの、他人にとっては・・・特に家族にとっては鬱陶しくて迷惑なゴミでしかない・・・ということを知っている。僕自身も自分の親の写真や遺品のほとんどを廃棄処分したからだ。このゴミのような記述や資料を使ってなにか形にできないものか・・・、そういえば、そもそもゴミになりそうな家庭ゴミに心魅かれ、なんとか形にならないかと悪戦苦闘してきたのだった。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/26/75/a0010575_12120818.jpg" alt="_a0010575_12120818.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>今回の展覧会のテーマの一つに「旅」がある。旅と記述がテーマとなっている。僕は旅をしてきたという自覚はない。しかし、自分の居るところ、環境を変えることには積極的だった。今の自分と違う自分をつくりたい。だから移動（もしかしたら旅）をし続けている。<br />
<br />
　それは地理的な場所の移動だけではない。最先端の都市計画の現場から狩猟生活を続けている現場への時間を遡る移動もある。プロジェクトの運営、公共施設の経営、教育、都市開発、地域計画、不動産運営、など立場を変えながら様々な現場を渡り歩く旅でもあった。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202107/12/75/a0010575_22274859.jpg" alt="_a0010575_22274859.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
<br />
そのあたりにチュウモクし、これまでの記述や記録を再編集しようと思った。この2004年から使用しているブログサイトを再利用しつつ。・・・と思ったけど、未整理の資料だけで（整理されているファイル６０冊をのぞいて）ファイルが４０冊ぐらい。ノートが１００冊ぐらい？（ざっと考えても1万ページぐらい）ぎゃ。全部は無理です。ねずみに登場してもらってランダムにかじってもらうことにします。チュウタの観察帖というカテゴリーをつくってみました。そこにノートの再掲と、その過去の記録へのチュウタのコメント時々書き込んでおります。（藤浩志）<br />
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202012/26/75/a0010575_12134815.jpg" alt="_a0010575_12134815.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>ついでに。藤浩志のこれまでの旅の拠点（居住地）を記述して残しておきます。<br />
<br />
鹿児島交通局電停前の実家（現在のイイテラス・生家）、鹿児島紫原１丁目（現在のイイガーデン・実家）、京都三条東洞院（レジデンス）、京都上桂（レジデンス）、東京練馬（レジデンス）、京都寺町二条画廊の２階三畳二間の間借り（住居）、京都帷子ノ辻のアパート２階３号（住居）、京都上桂の茅葺き古民家明騎（住居）、京都沓掛京都芸大部室（仮住居）、京都上桂森下の家（住居）、東京代々木オリンピックセンター（レジデンス）、パプアニューギニアポートモレスビーボロコ（レジデンス）、パプアニューギニア大学アンドリュー邸（仮住居）、パプアニューギニア美術学校ブロックの家（住居）、東京恵比寿ホテル（レジデンス）、東京白山共生インキ跡（住居・スタジオ）、東京白山アパート（住居・スタジオ）、東京本駒込一丁目ファクトリエ（住居・プロジェクトサイト・スタジオ）、東京水道マンション（住居）、神奈川川崎市柿生マンション（住居）、東京葛飾区亀有マンション（住居）、鹿児島市紫原の実家（住居）、鹿児島下荒田アパート（住居）、鹿児島高麗町の家（住居）、鹿児島郡山町古民家（住居）、鹿児島知覧町（スタジオ・倉庫）、鹿児島溝辺町（倉庫）、鹿児島県輝北町（倉庫）、福岡糸島郡二丈町深江淀川の農家（住居・事務所）、福岡前原市本の養鶏場（スタジオ・事務所）、大阪西中島南方淀川沿いマンション601（プロジェクトサイト、レジデンス）、大阪此花メヂア（プロジェクトサイト・レジデンス）、埼玉北本タワー（プロジェクトサイト、レジデンス）、香川豊島唐櫃藤島八十郎の家（プロジェクトサイト・レジデンス）、福岡糸島市二丈深江古民家うみかえる（プロジェクトサイト・住居）、福岡糸島市二丈深江新築うみてらす（住居・事務所・スタジオ・倉庫）、青森十和田市西三番町の家（住居）、青森十和田市奥入瀬画廊・民宿跡（プロジェクトサイト・倉庫）、青森県十和田市佐々木マンション（レジデンス）、秋田中通５丁目ライオンズマンション（住居）、秋田市旭南ハイツ407（住居）、秋田アラヤイチノ（プロジェクトサイト）、秋田新屋沖田町（倉庫）、秋田あららやの家（住居）、秋田新屋桜公園角203（住居）、秋田旭南ハイツ206（住居）、秋田旭スタジオ（スタジオ・倉庫）、サウスアベニューKG203（住居）、秋田旭南ハイツ302（プロジェクトサイト）、秋田大町クラシック（住居・事務所・スタジオ・倉庫）<br />
<br />
※なんらかの仕事（リサーチも含む）で旅した国（都市）　（日本国内はほぼ全て）<br />
パプアニューギニア（ポートモレスビー、ウェワク、ラバウル、メスカ）、インド（デリー、モディナガル）、インドネシア（ジョグジャカルタ）、バングラデッシュ（ダッカ）、パキスタン（ラホール）、ベトナム（ハノイ）、タイ（バンコク、チェンマイ、ランプーン）、マレーシア（クアラルンプール、サバ）、シンガポール、オーストラリア（シドニー、メルボルン、ケアンズ、ブリスベン）、韓国（ソウル、釜山、光州）、台湾（台北）、中国（北京、広東、上海、シンセン）、エジプト（カイロ、マルサマトルーフ、アレキサンドリア、シーワ）、ドイツ（ワイマール、フランクフルト、カッセル）、イタリア（ナポリ、ローマ）、カナダ（トロント）、アメリカ（ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、サンディエゴ、サンタフェ、マイアミ）、メキシコ（メキシコシティ、チェアパス、ティワナ）、ブラジル（サントス、サンパウロ、ブラジリア、リオデジャネイロ）<br />
※仕事はしていないけど行ったことのあるその他の国<br />
フィリピン、フランス、スペイン、イギリス、カナダ、<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>Jurassic Plastic について語ってみた</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://geco.exblog.jp/242101797/" />
    <id>http://geco.exblog.jp/242101797/</id>
    <issued>2020-10-21T20:08:00+09:00</issued>
    <modified>2024-02-29T20:15:53+09:00</modified>
    <created>2024-02-29T20:13:40+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>デコポリ・ビニプラ系活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[何のためだったか、忘れたけど、ビデオメッセージが欲しいということでジュラシックプラスチックについて少しだけ語っています。<br />
なぜだかこけしさんに向かって話しているようです。２分弱　秋田公立美術大学の研究室で。わざわざ並べてますね。<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>くらすところ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://geco.exblog.jp/240587028/" />
    <id>http://geco.exblog.jp/240587028/</id>
    <issued>2020-09-19T11:58:00+09:00</issued>
    <modified>2020-09-19T13:55:37+09:00</modified>
    <created>2020-09-19T12:05:20+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>■秋田での活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[秋田に暮らし始めて６年が過ぎようとしている。<br />
<br />
６年前の９月に、それまで活動拠点にしていた福岡の糸島と青森の十和田に加えて秋田での活動拠点を探し始めた。新しい空間や環境は自分の活動の可能性を広げる。・・・と信じている。新しい関係がうまれ、あたらしい意識が育まれる・・・に違いない。　ある意味、住環境、活動の環境は束縛し、制約する。だから、自分を変えたい時、変えようとする時、移動してしまう。それだけが理由だとは思わないが、秋田に来てからこの大町の家で７軒目になる。秋田に来てから６年で７軒目なので一年で一箇所以上引っ越してきた計算になる。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202009/19/75/a0010575_12021437.jpg" alt="_a0010575_12021437.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
実は住まい以外にも、倉庫を借りたり、制作スタジオを借りたり、学生がプロジェクトで使えるようなスタジオを借りて来たので契約した数は１０軒。もちろん解約したところも多いし、その後学生が暮らし始めたり、大学のオルタナティブな空間として使い始めたり、問題は活動の連鎖をうながすことにあり、ある意味重要な活動だと信じている・・・つもり。実際に旭南三丁目の旭南ハイツ、旭スタジオの周辺には興味深い人がたくさん暮らし始め、大家さんの思いもあり、学生の活動拠点「オルタナス」が発生しつつある。<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202009/19/75/a0010575_12023112.jpg" alt="_a0010575_12023112.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>さて、この秋田市中心街、大町にある古民家には去年の１２月から手を入れ始めた。結果としてその後コロナ禍になりここにこもることになった。おかげで、隙間だらけの床や壁、極寒の環境に手を入れる時間ができ、制作スペース、収集してきた素材のストックする場所ができつつある。そして、ここを１１月に開催される秋田県立近代美術館での展覧会の出品作品のリモート空間の拠点にすることを思いついた。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202009/19/75/a0010575_12024737.jpg" alt="_a0010575_12024737.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>学生時代より暮らす自宅の一部に事務所空間を設け、さらに作業場（制作スタジオ）をどのように確保するのかというのが自分を生かし、活かす上で切実な問題となっている。実は２０年以上かけて福岡の糸島にくらすところと活動をつくるところを作り続けてきた。養鶏場跡地のスタジオFARM、海の家のうみかえる、藤スタジオ本社のあるうみテラス・・・ところが2012年以降、十和田市美術館や秋田公立美術大学という現場の運営に魅かれ、東北の現場にも長期的に深く関わることになり、しかもこのコロナ禍で容易に移動できなくなり、リモートワークが一般的になって居住地にこもる事になった。<br />
<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202009/19/75/a0010575_12030102.jpg" alt="_a0010575_12030102.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br />
<br />
その結果、長い時間を過ごす事になったこの大町の空間。実はとても魅力的。明治３０年頃つくられた秋田市内の町家で建物の一部に土蔵が組み込まれているというレアなところ。ただし、その年月のため、土蔵も傾き、建物のいたるところが傷んでいる。通常改修すると相当な金額がかかるので、前にかりていた方からひきつづき、自費で改装しながら暮らす人しか使えないというサバイバル条件付き物件。それがたまらなく嬉しくありがたい。<br />
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<br />
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<center><img src="https://pds.exblog.jp/pds/1/202009/19/75/a0010575_12031412.jpg" alt="_a0010575_12031412.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center>くらすところ（自宅）を自分の表現空間にするというのは僕にとってはあたりまえでクラシックな考え方。オープンスタジオ的なものとしてある種一般的だと思う。個人的な経験としては古くは1985年の京都時代、上桂森下1-115という自宅を使った松の木の憂鬱プロジェクト、東京でのサラリーマン時代の本駒込Fhファクトリエでのお米の砂漠のプロジェクト、二丈町の自宅でのゴミとネズミと未来予想でのスタジオツアー、そして糸島芸農でのうみかえる、うみテラスでのオープンスタジオ。しかし、今回はこの状況で学んだ完全リモートでの公開。もちろん一般公開は映像や画像だけ。１１月末から秋田県立近代美術館ではじまる「Arts&amp;Routs展、あわいをたどる旅」にここに暮らすねずみ君の視点でこの家が舞台のドキュメントが公開される予定・・・かな。乞うご期待。<br />
<br />
<br />
]]></content>
  </entry>
  <entry>
    <title>東京ビエンナーレのインタビュー</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://geco.exblog.jp/242101834/" />
    <id>http://geco.exblog.jp/242101834/</id>
    <issued>2020-08-28T21:12:00+09:00</issued>
    <modified>2024-02-29T21:14:46+09:00</modified>
    <created>2024-02-29T21:14:46+09:00</created>
    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>東京での活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[藤浩志さんインタビュー<br />
藤浩志さんは美術家であり、秋田公立美術大学教授、NPO法人アーツセンターあきた理事長、NPO法人プラスアーツ副理事長をされている。京都の大学では染織を専攻し、在学中は演劇などの空間をつくっていた。卒業後は青年海外協力隊でパプアニューギニアに行き、現地の芸術学校で教育に携わる。その際、「原生林で「野豚を追うヤセ犬」と出会い、「社会的に価値を認められていない存在にエネルギーを注ぎ、圧倒的に感動的な状態に変化させる技術としての芸術」を着想する。」（藤浩志さんのウェブサイトより）このパプアニューギニアでの経験が原体験となり、藤さんは自身の作品制作をしながら様々な地域でアート活動に携わる。藤さんのこれまでの経歴についてご興味のある方は、ロングインタビューがあるのでぜひこちらをご一読いただきたい（http://www.log-osaka.jp/article/index.html?aid=83）。藤さんは、東京ビエンナーレでどんなプロジェクトを構想されているのか。聞き手：上條桂子（編集者）、森田裕子（東京ビエンナーレ事務局）<br />
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（小見出し）なにか表現が達成していく現場新しい活動が作られていく現場を作りたい<br />
東京ビエンナーレ（以下、Ｔ）：藤さんは3331 Arts Chiyodaで「かえっこ」のプログラムを長年されていて、その他に十和田市現代美術館の館長をされていたり、最近は秋田でアートセンターをされています。長い歴史の中で、さまざまな取り組みをされてきたと思いますが、藤さんの創作の中心には何があるのでしょうか？<br />
藤浩志（以下、Ｆ）：僕が秋田でやっている現場も、「かえっこ」もそうですが、新しい活動が作られていく現場を作りたいと思っています。それは自分の中の最優先事項です。自分自身がそういう現場に居たいし、その中で自分自身もアップデートしていきたい。その現場を発生させるシステムを新しい人たちと考えるのが面白い。そういう意味では、東京ビエンナーレで議論されている、東京ビエンナーレというシステムが東京の中でいかに機能できるかということは、僕が30年以上前から興味を持っていることでもあります。<br />
僕は1993年に東京を離れて鹿児島に活動の拠点を移したのですが、1994年に中村政人と福岡で出会い、東京の中のローカルについて話したことを記憶しています。東京を全体で捉えるのではなく、東京の中にあるローカル、例えば銀座や青山、渋谷、池袋、今回のエリアだと番町や谷中、神田、秋葉原など、東京を特有の数多くのローカルの集積地として捉えるととても面白いという視点です。<br />
Ｔ：東京を離れた理由は何かあったのでしょうか？<br />
Ｆ：東京の時間と空間からくる圧迫感のようなものから逃れたかったというきっかけがありました。時間を売って暮らしていると感じるようになったんです。活動の時間や空間の全てをお金に換算しなければいけない脅迫概念のようなものかな。例えば、１時間働くとその分のお金がもらえる、遊ぶとその分のお金が出ていく。空間の場合は、例えば本を一冊買うと、その分の場所代が家賃に換算されますよね。一冊だとあまり感じないかもしれませんが、毎日一冊買うと3年で千冊を越えます。千冊置くには一部屋必要です。90年代に東京の都市計画事務所で働いていたんですが、時間と空間に縛られる生活から逃れる為に当時にしては珍しく、週休4日の契約で年俸制にしてもらったんです。空間的には文京区で会社所有の取り壊し前の3階建の古いビルを丸々1棟無料で借りて、そこをアトリエにして、時間的には週の４日は作家として活動し、週３日だけ会社で働いていました。<br />
そんな生活をしていたんですが、半年もしないうちに都市計画の仕事の方が面白くなってしまったんです。当時、アフリカの再開発や緑化運動、NYの都市計画の仕事など面白い仕事が多かったんですよね。結局、毎日会社に行って働いていたので、アトリエはずっと倉庫状態。契約は同じで給料も週3日のままなのだけれど、そのまま3年間働いてしまったんです。それは、さっき話をした東京の“罠”みたいなものというか。目の前にある仕事が楽しくて、やっていたらそういう方向になってしまったっていう経験があったんです。<br />
Ｔ：東京にいるとどんどん仕事が来てしまって、ぼんやり作品を考える時間がなくなってしまったということでしょうか？<br />
Ｆ：自分の中のモヤモヤに向き合う作業より、与えられた仕事をこなす方が達成感もあるし、会社の人も喜ぶ。精神的にも楽で、単純に楽しいわけです。それはそれでよかった。でも、東京を離れた本当の理由はここからです。都市開発事務所にいたときにもローカルな都市計画の仕事を積極的に受けていました。その時は、ほとんど現場に行かず、先進事例を情報から引っ張ってきて、東京で企画を立ち上げることに違和感を感じていました。当時は痩せ犬の視点（*1）だったので、その土地にふさわしい計画は、その土地の人がその土地にいながらその土地の視点で作っていくべきだと思っていました。＊１＝痩せ犬の視点：藤がパプアニューギニアにいた時に出会った犬。ボロボロに痩せ細っていた犬が、必要な野豚狩りの時に、豹変して猛獣のようなエネルギーで走り出したのを目撃し、その変貌ぶりを「美しい」と感動した。<br />
Ｔ：東京はカッコいいから地方でも東京っぽくすればいいという間違った開発だったんでしょうか？<br />
Ｆ：東京というか当時はまだ欧米から先進事例を持ってきていました。最初にその土地に行って、1日だけ資料を作るための調査をして、その土地の市役所の人と会食してスナックでカラオケして、あとは東京に戻って提案書をまとめるという。こんなんでいいはずないな、と思っていて、生意気にも社長に噛み付いていました。当時の同僚たちも「都市は俯瞰して作るものだ」と上から目線で、僕だけ痩せ犬の視点に憧れていました。そうした経験を重ね、ローカルのことをもっと現場で知らなければいけないと思い、鹿児島に拠点を移したんです。地元に入り込んで何ができるだろうと、当時、実家を改装してカフェを経営していたので、そこを拠点にすることにしました。（E-SPACE）<br />
当時は新宿と神田と白山あたりの再開発や本駒込や中野の研究に関わっていたこともあり、東京のローカルが見え始めていました。僕の地域の作り方に、水と土の理論があります。何かが発生するには当然「魅力的な種」が必要です、それに興味・関心としての「水」やメディアとしての「光」を注ぐことで成長していく。「種や苗」が育たなかったとしても、「土」が醸成されていく。土にとってみると、種を遠くから運んでくる「風」の存在も必要です。そうやって地域の活動が生まれ成長し、開花するのだと思っています。その視点で東京を語ると、水耕栽培に近い。もちろん水だけでも養分をいれればどんどん育っていくと思うのだけれど、明らかに土壌といった点では少ないように思う。逆に地方に行くと、土壌はとても肥えてその土地由来の種はあるのだけど、地元は無関心で、水を注いだり光を当ててくれる人が少ないというのが現状です。<br />
90年代前半にローカルで活動を始めた時には、まさにそんな感じでした。鹿児島でE-Spaceを拠点として活動を始めたとき、面白い魅力的な人が集まってきて、市民活動のようなこともやりましたが、それが次の活動へと成長してゆくような状況を作ることが難しかった。ローカルが外部と繋がるルートが少なかったのも原因の一つです。ローカルの活動が閉じていたのです。しかし、その頃、企業がそうした地方の活動に興味を示し始めました。90年代後半になるとトヨタ、アサヒビール、資生堂、パナソニック、マクドナルドが連携して地域での活動のドキュメントに助成金を出し始め、トヨタアートマネジメント講座も始まりました。その助成をきっかけとしてローカルにいろいろな活動が興り始めました。<br />
中村政人が東京のローカルで始めた活動、「ギンブラート」（1993）、「新宿少年アート」（1994-）、「秋葉原TV」(1999-)や、ゲント現代美術館の館長であったヤン・フート（1936-2014）を総合監督に迎えて青山の商業店舗や公園などに作品を設置した『Ripple across the water 水の波紋95』展（1995）にも興味がありました。東京でも美術館ではない現場を求めている作家たちがいて、さまざまな新たな試みが生まれていた。東京ビエンナーレは東京に新たな仕組みを作ろうとしている試みであって、当然無視できないし、興味を持たざるを得ません。<br />
Ｔ：なるほど。中央対地方ということではなく、東京もある種のローカルと考えるということですね。確かに東京ビエンナーレはそういう視点があるように思います。<br />
Ｆ：東京のローカルというのはとても魅力的で深い。今回対象となっているエリアは特に面白いエリアばかりです。それぞれのエリアから絶対に何かが発生してくると確信しているし、その現場に立ち会えるとしたらそれはとても魅力的なことです。<br />
（小見出し）20周年をむかえる「かえっこ」の活動、歴史を振り返り、新たなフェーズへ。<br />
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Ｔ：東京ビエンナーレ2020/2021では、「かえっこ」のプロジェクトをされる予定だとうかがっていますが。ちなみに「かえっこ」というのは、2000年に始まったもので、遊ばなくなったおもちゃを特定の場所に持ってきて、カエルポイントに交換、それを使って新しいおもちゃを手にしたり、ワークショップに参加するという仕組み。子どもたちが自発的にコミュニケーションを行う場となります。3331 Arts Chiyodaでは2010年に開館した際のメインのプログラムとして「かえっこ」を取り入れており、現在もその取り組みは継続しています。また、「かえっこ」という仕組みは全国に波及しています。<br />
Ｆ：そうですね。「かえっこ」ではなく、新しいことをやりたい気持ちもありました。しかし、3331のこれまでの活動の流れもあり、千代田区や児童館との繋がりのなかで子ども達との活動を継続していくことは、すごく大切だし、僕自身もその延長線上で活動していきたいと思っています。それは、芸術と芸術未満の違い、文化と文化未満の違いを語ることでもあると思います。「かえっこ」は当初、子ども達との活動を発生させる作品未満のシステム型の表現だったけれど、金沢21世紀美術館の開館記念展で「かえっこ」が導入されたり、3331でアーティストプログラムとして使われるようになり、ある意味形のない作品として成長してきたわけです。さらに、その延長で生まれたトイザウルス（かえっこで集まってきたおもちゃを組み合わせて制作したオブジェ）は形のある空間の作品として完成し始めている。<br />
作家に大切なのは、常に新しいものを作る態度そのものなんだと考えています。過去に作ったものにとらわれているのは美術作家の態度としては嫌だなぁと思うわけです。もちろん流通させることも大切だけど、自分の作ったスタイルを崩したり、前例を壊していこうとする態度が魅力的で、そうありたいなと……。まあ、この歳になって悩んでいるわけでも、あんまりこだわってるわけでもないんだけど、でも、今までやってきた責任も感じつつ、どこかで新しいことをやりたいなと思いつつ、求められているものを展示してしまって、その板挟みでモヤモヤします（笑）。<br />
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Ｔ：なるほど。継続されていること、仕組みが全国にも浸透していっていることは素晴らしいと思いますが、その反面で、作家としての葛藤がおありなんですね。<br />
Ｆ：どうすればアーティストとしてモチベーションを保てるかは大事だと思います。僕はいま秋田を活動の主な現場にしていて、秋田公立美術大学の美術大学としての運営や秋田市の旧県立美術館跡地に秋田市の文化創造に関わる拠点を作ろうとしていて、その上でどのような新しいことを東京で試せるのか、3331の活動の延長になにかもっと違うことができないかなと考えているところでもあります。<br />
「かえっこ」が今年でちょうど20年経ち、かえっこのあり方もだいぶ変わってきているので、ある意味ではかえっこを終わらせる・・・というか、一度区切りをつけるようなことができたらいいなと思っています。<br />
Ｔ：具体的に考えていらっしゃることはあるのでしょうか？<br />
Ｆ：本は作りたいと思っています。「かえっこ」をこれまでとは違う語り口の一冊の本にすることは考えたい。東京ビエンナーレが1年延期になったので、本の編集を先にやってしまって、来年は書籍を空間にどう展開していくかを考えることができればいいなと思っています。<br />
Ｔ：なるほど、一冊の本を編集するように展覧会をつくっていくんですね。20年分の歴史もありますから、素材が豊富で面白そうです。藤さんは、様々な地域で対話を重ねていらっしゃいますが、最近状況はどう変わってきていると思われますか？ 地域に注目が集まって、様々な方たちが活動されるようになった状況もありますし、コロナでさらにそれが加速するような気もします。<br />
Ｆ：確実にローカルに面白い人たちが移動していると思います。それは3.11以降にも顕著になっていました。働き方の変化にまちおこしの制度もからんで、アート関係でなくてもクリエイティブな活動をしようとしている人が増えてきている。秋田も青森もそうですが、自宅のある福岡県糸島市も移住者が非常に増えました。彼らの活動は、レンジも広く深い思考を持っていて、活動力もある。東京やその他の場所での経験を積んできている人たちが、ローカルをベースとして、ネットワークを使って活動を作ろうとしているのも最近の特徴なのかもしれません。<br />
いま働いているアーツセンター秋田にしても、昔だったら絶対来ないだろうなという人がきてくれている。今までの他の地域の仕事もやりながら秋田の現場も関わってくれる人たちです。一人の人がいくつもの顔と現場を持って仕事をすることが当たり前になっている。もちろん僕もそうですが。自分の仕事は、どこにいてもできると思っています。<br />
Ｔ：一方で、いわゆる地域アートというのは批判的にも語られることがありますが、その点はどうお考えですか？<br />
Ｆ：先日ちょうど十和田で地域アートの本を出版したのですが（『地域アートはどこにある』十和田市現代美術館編／堀之内出版）、そのきっかけになったのは藤田（直哉）さんの批判的な視点でした。アートというのは政治や体制に対して批判的であるべきであるという主張だと思います。しかし、十和田市現代美術館のように地域社会に寄り添った実践は、地域に対して語りきれないほどの様々な連鎖を生み出してきて、単純な批判に晒されるものではないほど、強いものです。それを俯瞰しようとした出版でした。僕自身、とてもいい現場に立ち会えることができたと実感しています。それは確かなことなのです。<br />
アート活動の実践の現場というのは、コマーシャルなマーケットを相手にするか、美術の公募展的な場所で戦うかという二択ではなないのです。イタリアルネッサンスの歴史でも、パリの近代美術の歴史でも、NYの現代美術の歴史でも、ある特定のエリアからしか美術の歴史は発生してきていないんです。ある時代のローカルな場所のローカルな人とその社会との関係の中で作られた状況があって、その地域の政治や経済などの背景との関係性の中から次世代に大きな影響を与える新しい活動は生まれてきました。<br />
もちろん「地域アート」という活動を限定するような軽蔑的な呼び方呼び方には嫌悪感も抱きますが、ある限定された状況のなかで、もやもやと不満を持っている若い人たちの表現ぶつける仕組みを形にするとき、その状況が生まれる環境として、地域という基盤は無視できないと思います。<br />
Ｔ：なるほど。それは先ほどの東京もローカルと考えるという問題と繋がりますね。<br />
Ｆ：90年代から2000年代の時点で、地域とかサイト、場という問題を主題にすることは旬をすぎていると考えています。今はそのことを前提としてグローバリズムの問題にも結びついていくし、ネット上、メディア上のローカルという意味も重要です。さらにコロナで新たなローカルの意味が出てくるでしょうね。キャンバスがないと絵が描けないのと同じように、立ち位置というか、どこにいるというローカルは前提だと思います。「秋田」や「東京」、あるいは「ゲーム」や「YouTube」などローカルが深まることで新しい価値は発生する。そのとき基盤の優劣は問題ではなく、結果として何が発生したのかということが問題なのだと思います。<br />
東京ビエンナーレにもその地域のコーディネーターである市民委員会やエリアディレクターがいますよね。例えば、東京ビエンナーレから新たなローカル性が発生することが重要だと感じます。「かえっこ」は企業と一緒にやってきたケースが多いのですが、企業もローカルに関わって成立しています。「かえっこ」の事務局としては企業に地域住民やNPOとの関係を深める機会として捉えてもらうようにサポートしてきました。本をつくる時には、企業や行政などの法人がどういう風に子どもやその親という個人と関わってきたのかという視点で、「かえっこ」を見直してもいいかなと思っています。<br />
K：アート活動をする上で、お金がどこからきてどこに行くのかというのは非常に重要なことで、企業が入って来ると企業色が出て来るから悪という、純粋性が失われるようなイメージがありますが、それについての話が本に掲載されるということですよね、楽しみです。<br />
F：トイザウルスとかの作品を見て「本当にこれ気持ち悪いよね」って言ってくれる人がいます。この感覚はすごく重要で、僕がやっていることは、本当はとても恐ろしい世界に触れていることだと思うんです。使われなくなったおもちゃが大量に並ぶトイパラダイスを見て、観客は「すごい、きれい！」となるのですが、実はその裏側には見えない狂気が潜んでいます。僕の学生時代の活動を。鮮やかで美味しそうだけど、実は毒が入ってる「危険なおやつ」と評してくれた人がいました。「かえっこ」にはそういう面もある。「かえっこ」のプログラムも、子供の欲望をそそるものだと批判する人もいます。その通りです。必ずしも僕らはいいことをやっている活動家ではありません。今、この時代にしかできない表現を人生かけてやってるだけです。東京ビエンナーレではこの20年の結果を振り返りながら、精一杯美味しそうなパッケージに包んで圧倒的に甘く、楽しく、美味しそうな世界を作り出して見たいと思います。]]></content>
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    <title>アニメイトの袋を編む</title>
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    <author><name>fuji-studio</name></author>
    <dc:subject>デコポリ・ビニプラ系活動</dc:subject>
    <content type="html"><![CDATA[YouTubeに動画アップするのって本当に久しぶり。記録のために、たまに使うプレゼンテーションの素材として昔つくった映像をアップしている。<br />
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数ヶ月ぶりに自宅にもどってみると妻が編み物していて、それが結構いいものだったので思わず撮影してしまった。<br />
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娘が生きるために必要なお店のいわゆるレジ袋。もう有料になってしまったレジ袋。平成の遺物となってゆくのかな。このお店も有料なのかな。しかしいい色と厚みをしている。<br />
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YOUTUBE.COM<br />
レジ袋を編む<br />
うちに溜まっているとあるショップのレジ袋からショッピングバッグを編む<br />
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インサイトと広告を見る<br />
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投稿を宣伝<br />
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119山本 太郎、高橋伸、他117人<br />
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