糸島市の市長選で見えたこと。
2010年 02月 15日
何の縁もゆかりもないところだったが、日本地図を広げて、夕日が海に沈む海水浴場の近くでありながら、国際空港まで1時間でゆける地域を探し回った結果、たどり着いたところ。
たまたま1994年と96年に福岡でのプロジェクトに関係して、アジアに対して開いた福岡の態度に興味を持ち、そこに一緒に仕事ができそうな人が何人かいたのも大きな要因だった。
子育てに自信がなかったこともあり、海と山と畑と自然と地域の繋がりに助けを求めた結果、ここになったともいえる。
去年まで人口1万2千人程度の糸島郡二丈町という単なる田舎町だったが、この1月から周辺の市町が合併して糸島市という人口10万人の福岡市に隣接するまちになった。
その市長選があり、従来型の地域政策を打ち出した合併前の市長と、環境政策にシフトしようとする地域計画系デザイナーの佐藤さんとの一騎打ちとなり、結果は29100対21900で旧体制の勝ち。
選挙が始まる一月ほど前から僕の周辺では地元高校出身である旧市長を応援するための署名カードが町内のいろいろな隣人から回ってきて、政治に対してニュートラルな僕でさえも嫌な思いをした。
二丈町の頃は別段激しい選挙選もなく、のんびりした田舎だったが、その裏側に張り巡らされたいろいろな人脈や金脈があぶりだされているかのようで興味深く眺めていた。
しかし、もともと僕の立場は少数派。流通する常識の中に違和感を抱き、そこから新しいイメージを立ち上げようと必死になる。その周辺に共感する数人が集まってくる状況が最も興味深い。
それがそのうち流通し、多数派の常識に関与し、次の時代の常識となる。そうなってしまった時は、またその中の違和感を探り出し、いつのまにか少数派の中にいる。
それは性質(タチ)なので仕方ない。
しかし・・・つくづく思う。
多数派が正しいとする多数決の原理はいったい何なのか?
多数派が必ずしも正しいわけではないということは誰もが分かっているというのに。
多数の票を集める政治力を持った人の集合体が地域をつくるというふざけた現状。
これでいいわけがない。そのそものシステムが欠陥なんだろうな。
きっと専門家はすでに分析していて、新しいイメージがあるんだろうな。
僕らはそれを知らないだけ・・・
とにかく、僕らが暮らす地域は、本当に「いい」地域であってほしい。
その「いい」という価値観は右往左往している。