父 藤都喜二(ときじ)とのお別れ。
2008年 10月 30日
33年で世代は交代してゆく。33年ほど前、僕が中学生の頃、当時我が家で療養していた祖父の藤三太郎が90歳を超えてこの世を去った。
当時の記憶はそれほどなく、ただ、最後に僕にかけた「がんばってくれ。」という言葉が最後の言葉だったのを強く覚えている。
水戸芸術館での展覧会のオープニングの最中に実家から父親の状態がいよいよ悪いという連絡をもらった。覚悟はしているつもりだったが、かなり動揺した。
急いで鹿児島に飛んみると、輸血でどうにか一命はとどめ、僕に「ありがとう」と微笑みかけてくれた。
何本かつないでいる点滴のチューブをはずそうと手を動かそうとするが、思うように動かせなくて悔しそうな顔をしていた。
まだ数日は大丈夫だろうと折り返し水戸の現場にもどったが、その日の夜中に緊急の連絡を受ける。すぐに水戸駅に向かい始発を待ち鹿児島に飛んだが一時間ほど間に合わなかった。
83歳の誕生日までのあと一ヶ月が待てなかった。
そのまま自宅でごくわずかな親戚だけで父、藤都喜二(ふじときじ)の通夜と葬儀を行う。父親が生涯をかけてつくった自慢の自宅での虚飾のない静かな葬式。
父親の人生のように誠実さを大切にした葬儀を心がける。
仕事人間だったので関係者や縁者は多い。仕事関係の昔の同僚や仲間達、生前の知り合いに対して会社の後輩達が会社でお別れ会を催してくれるとのこと。
よかった。父親も喜んでいるに違いない。
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なにごともなくうまく行けば33年後、今度は僕の番か・・・。
父親がお世話になった会社、藤絹織物株式会社でのお別れ会は11月18日火曜日午後1時より鹿児島市の南栄町の「奄美の里」にて。ご香典とご供花は辞退させていただくとのことです。
