秋田に暮らし始めて6年が過ぎようとしている。
6年前の9月に、それまで活動拠点にしていた福岡の糸島と青森の十和田に加えて秋田での活動拠点を探し始めた。新しい空間や環境は自分の活動の可能性を広げる。・・・と信じている。新しい関係がうまれ、あたらしい意識が育まれる・・・に違いない。 ある意味、住環境、活動の環境は束縛し、制約する。だから、自分を変えたい時、変えようとする時、移動してしまう。それだけが理由だとは思わないが、秋田に来てからこの大町の家で7軒目になる。秋田に来てから6年で7軒目なので一年で一箇所以上引っ越してきた計算になる。
実は住まい以外にも、倉庫を借りたり、制作スタジオを借りたり、学生がプロジェクトで使えるようなスタジオを借りて来たので契約した数は10軒。もちろん解約したところも多いし、その後学生が暮らし始めたり、大学のオルタナティブな空間として使い始めたり、問題は活動の連鎖をうながすことにあり、ある意味重要な活動だと信じている・・・つもり。実際に旭南三丁目の旭南ハイツ、旭スタジオの周辺には興味深い人がたくさん暮らし始め、大家さんの思いもあり、学生の活動拠点「オルタナス」が発生しつつある。
さて、この秋田市中心街、大町にある古民家には去年の12月から手を入れ始めた。結果としてその後コロナ禍になりここにこもることになった。おかげで、隙間だらけの床や壁、極寒の環境に手を入れる時間ができ、制作スペース、収集してきた素材のストックする場所ができつつある。そして、ここを11月に開催される秋田県立近代美術館での展覧会の出品作品のリモート空間の拠点にすることを思いついた。

学生時代より暮らす自宅の一部に事務所空間を設け、さらに作業場(制作スタジオ)をどのように確保するのかというのが自分を生かし、活かす上で切実な問題となっている。実は20年以上かけて福岡の糸島にくらすところと活動をつくるところを作り続けてきた。養鶏場跡地のスタジオFARM、海の家のうみかえる、藤スタジオ本社のあるうみテラス・・・ところが2012年以降、十和田市美術館や秋田公立美術大学という現場の運営に魅かれ、東北の現場にも長期的に深く関わることになり、しかもこのコロナ禍で容易に移動できなくなり、リモートワークが一般的になって居住地にこもる事になった。
その結果、長い時間を過ごす事になったこの大町の空間。実はとても魅力的。明治30年頃つくられた秋田市内の町家で建物の一部に土蔵が組み込まれているというレアなところ。ただし、その年月のため、土蔵も傾き、建物のいたるところが傷んでいる。通常改修すると相当な金額がかかるので、前にかりていた方からひきつづき、自費で改装しながら暮らす人しか使えないというサバイバル条件付き物件。それがたまらなく嬉しくありがたい。

くらすところ(自宅)を自分の表現空間にするというのは僕にとってはあたりまえでクラシックな考え方。オープンスタジオ的なものとしてある種一般的だと思う。個人的な経験としては古くは1985年の京都時代、上桂森下1-115という自宅を使った松の木の憂鬱プロジェクト、東京でのサラリーマン時代の本駒込Fhファクトリエでのお米の砂漠のプロジェクト、二丈町の自宅でのゴミとネズミと未来予想でのスタジオツアー、そして糸島芸農でのうみかえる、うみテラスでのオープンスタジオ。しかし、今回はこの状況で学んだ完全リモートでの公開。もちろん一般公開は映像や画像だけ。11月末から秋田県立近代美術館ではじまる「Arts&Routs展、あわいをたどる旅」にここに暮らすねずみ君の視点でこの家が舞台のドキュメントが公開される予定・・・かな。乞うご期待。
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