京都市立芸術大学の学園祭での体育館トーク。
2010年 11月 01日
大学院の修了制作でおこなった「ゴジラとハニワの結婚離婚問題」これはエネルギーの溢れるゴジラ君となんとなく重要そうに見えながら中身が空っぽな美術さんとの関係を物語ろうとした表現。その結果制作したハニワを卒業式の日にラブソングを歌いながら儀式的に大学の池に沈めて卒業した。
そのハニワが大学の伝説のキャラクターとなり、ハニワフォトコンテストとかのネタにされているのだとか。ありがたい。
その真意を聞きたいのかわからないが、芸祭のゲストとして呼ばれての講演だということ。
僕らが一年の時までは東山七条にあった美術学部と平安神宮のところにあったお寺の音楽学部が一緒になり、大学2年の時にいきなり新品まっさらの大学に移転した。管理を厳しくしようとする大学側と相当闘い続けた懐かしい現場。
制作室やデッサン室はもちろんのこと、講義室、体育館、屋外ステージ、中庭、玄関の植え込み、入り口、階段下、廊下そして学食…目的外の利用法をことごとく規制しようとした現場に「過去の前例」を作り出すことに重要性を感じ、ひたすら使い続け、頭を下げ続けた。考えてみると、その時にいろいろな空間の体験を増やしていったのだろうな。
まちの盲点を見つけ出し、何かに使おうという手法はこの時身についたとしか考えられない。アパートを追い出され暮らすところがなくなったときに、警備員の目を盗みながら半年ほど大学内のクラブボックスで暮らしたこともある。バレー部にいた関係で体育館との縁は深く、ここの水シャワーが僕のお風呂場代わりだったときもある。
いやー、とにかく懐かしい。
当時の同級生やら後輩やらが大学の先生になっていて、久しぶりに学祭の模擬店で飲む。
学生やら同級生やら教授らや面白いライターやらとごたごた入り混じっての楽しい時間。
