六本木アートナイト、オマツリ騒ぎの裏通り、龍土町でしっとりとトイ・ストリートガーデニング
2010年 03月 28日
問題はそのシクミがどうあるのかということ。 「ありさまの問題」そこに個人的な関心がある。
今回、六本木という街の龍土町という通りの、しかも植え込みや鉢植えに注目し、そこをいじることにした。
それぞれ、土地やお店、住居の個人の所有する場でありながら、外、つまり通りに対して開かれている中間的な場。
オーナーの意志や外部に対しての振る舞いの意識が垣間見れる興味深いツール。
それが面白くなると通り全体も面白くなる。タイトルは「トイ・ストリートガーデニング」としてみた。
(なぜだか会場でのキャプションは違っていたが・・・)
まちには、そのまちについて深く想い、受け継ぎ、育て、伝え、誇りを大切にしながら活動している人が存在する。まちでの活動を行う時、そのコアな人たちとどのように出会い、どのように関わるかがとても重要となる。
大型の都市型イベントの場合、そのような人たちとは無関係に、まったく別の都合から別の力関係で暴力的につくられる危険性もある。
まちに興味も関心もない担当者が上からの命令でまちにリンクしようとしたり、お金で人を動かすことでお金に群がる人が地域と接点を持ち、現場に苦痛が生じる場合も多い。
まちでの、活動を通した対話や経験が引き継がれることのないまま・・・人と人とが信頼関係を築けないまま・・・組織間の責任関係でのみ、構成され、動いてしまうような現場にだけは・・・関わりたくない。
今回は幸い、まちに対して深い思いのある人たちとリンクする現場に立ち会うことができた。軽いあいさつと掃除ぐらいの関係しかできなかったと思うが、ここからはじめる意味は大きいと思っている。
特に大型施設に目がいきがちな六本木という地域で土地に根ざして活動している場と出会えたことは意味深い。※おそらく一番目に触れにくい位置にあった作品。運送屋の入り口。
問題としてはここからどのような活動が連鎖し、どれほど興味深い活動が展開するか・・・ということ。※金物店の店の商品にまぎれて飾られる熊群。夜はシャッターの前でライトアップされる。
個人的には作品の「編集」にまつわる試みも実践できたと思っている。※朝まで営業しているカラオケ店のエントランスの犬群
千代田区のアートセンター3331Arts CYDに展示中の作品の一部ツールを港区の六本木の通りに再編集し通りの飾りとしての役割を担わせ後、2日間の散歩のあとまたアートセンターの展示に戻る。その二つの場のシステムの違いを意識させ、それぞれの役割を再認識し、そこと作品との関係のあり方を再認識する試み。
日常の表現行為の結果が作品として成立しているのではなく、作品化するためには社会システムのフォーマットにふさわしい形で編集する必要があるということの実践。
そしてその表現を起動するためのシステムは多様チャンネルに存在する可能性があるということ。
「作品以前の表現」と「作品」の間に「システムのフォーマットを読み込んだ編集」(作品化)という作業があるということについてあまり語られていない。
同じ作品ツールでもシステムとフォーマットが変わることで、出会える人が変わり、見え方が変わり、存在価値が変わり、あり方が変わる。そして連鎖のありかたも変わる。
そのことがとても重要なのだが、その切り口であまり語られていないことに対する違和感。
今回六本木アートナイトに便乗して六本木「勝手に」アートナイトという動きに出会えた。その一部で、僕の作品に対する意見を書いてもらい壁に貼ってもらうコーナーを発見。
上の写真のライダータワーの作品についての面白い意見が目にとまる。面白い発想に感嘆感心。
この面白い感性とリンクできた「勝手に」のようなあり方に感謝。
もっといろいろなひとがまちをいじり、楽しめるシクミに連鎖すればもっともっと面白くなるのだが・・・
しかし、龍土町・・・本当はもっと貴重な素材にあふれる期待の場・・・なんだけどな・・・。
運営母体さえしっかりしていたら相当面白くなる。
大型の組織の中にその部分をちゃんと受け継ぐ人材を育てることができるかどうか・・・
