2009年夏以来毎年関わることになった大阪天神橋の下、中之島公園。
一昨年前の夏の2か月間、この場所にカエル工房をつくったり、常設のかえっこ会場を作ったり公園に『活動の場」をつくる実験を行った。 そして去年、青森ねぶたの廃材の木材部分だけを利用して、白龍を制作し、この場所に展示した。 そして今年の春、福岡のスタジオにほぼ3か月間こもって制作したのが青森ねぶた廃材の針金素材で制作した飛龍。6月に新博多駅のアミュプラザの吹き抜け部分に設営し、その後鹿児島の蒲生町まで旅し、青森ねぶた「天神・菅原道真」の廃材の旅、青森ー鹿児島は完結した。 しかし、龍はまだまだ暴れ続けている。今回は木材の龍と針金の龍2体を絡ませて制作してみた。 それぞれの龍が巴状に絡み合う様子。2者の異なる種類で同類の形態のものが円環状に繋がる… この巴の状態が何を表しているのかはわからないが、必然的にできてしまった形 数十万個のLEDライトがアニメキャラクターとか星だとか、ハートだとか…いわゆる一般的な明るい記号を浮かび上がらせている会場の光のイベントの会場。その片隅で、ここだけ地味に薄暗い光が針金を照らしている。 設営を終えて夕暮れになり、蛍光灯の白い光を当ててみると、昼間は見えなかった針金の線がきれいに浮かび上がり何とも言えない雰囲気を醸し出している。 明治大理石との3年間の僕の仕事は今年で終わりにさせてもらうが…ただ均質のLEDの装飾としてのイルミネーションのイベントとしてではなく、様々な新しい光の在り方について試行錯誤する実験場としての「光のルネッサンス」となるといいのになと思う。 さて、この龍の旅は少しづつ形を変えながらもまだまだ続きます。次はどこに登場するのか… 去年の夏にもらいうけた青森ねぶた一台分の廃材。
その針金部分で制作した飛龍。今年の6月に博多駅で誕生した飛龍がようやく鹿児島まで流れ着き蒲生町に登場した。 蒲生町は僕の後輩との縁が深いところで、そのおかげで僕自身もいろいろ縁が深くなってきた。木材部分でできた白龍は地元のアーティストの永里関人の手によって大蛇に変身する予定。 地元の太鼓グループ蒲生太鼓坊主のトラックで福岡から鹿児島まで素材を運搬し、地元の高校生の手伝いも借りながら蒲生交流館の庭に飛龍を再制作。 今回は作品をつりさげるリフトがないので、竹を30本用意してもらい、それを使って飛龍を持ち上げて展示。 青竹と芝生と裏の山がなかなかいい雰囲気。11月20日まで展示されています。 ![]() ![]() ![]()
博多駅のアミュプラザセンターコートでこの制作のきっかけとなった国際芸術センター青森でのアーティストインレジデンス事業「ツナガルシクミ」を企画した日沼さんをゲストに招いて話をする。
このレジデンスそのものが「ツナガルシクミ」というタイトルのように、様々な活動の連鎖、人の連鎖がテーマだった。「ツナガルシクミ」では鹿児島の甲南高等学校美術部・京都市立芸術大学バレー部、演劇部、日本美術(工芸)経由という共通のバックグランドを持つ3人のアーティストとその家族が青森の国際芸術センターというレジデンス施設に滞在し、それぞれが最長3カ月滞在して各自の活動を行うというもの。 それそれの活動はバラバラだが、妙にリンクしあってくるのが面白かった。彼らの活動の連鎖の確信もあり、僕にとって、随分と前から「予期せぬ連鎖」はとても重要で、連鎖を引き起こす活動を作り出すことへの興味は深い。 今回は青森からねぶたの廃材というツールからいろいろな連鎖を引出し、そこから新しい物語の展開を見つめている。 過去においてはこいのぼりも、やせ犬も、お米のカエルも・・・いろいろな予期せぬ連鎖が面白く物語を作り出したように、この龍の物語もまた展開するのかな?僕自身がオープンになり、誇示せず、緩やかで、フットワークを軽く・・・受け入れることで物語は展開するのだと思っている。 今後、この龍が誰と出会うかでまたその物語の展開は変化する。 で、…この活動の意味は…連鎖の延長で、「誰と関わるか」によって自然と発生し、変化してゆくものだと思っている。 それを見つめるのがまた楽しみでしかたない。 龍の旅先募集開始! 4トントラック1台で運べます・・・。 やっぱり鹿児島には旅させたいよね。 ・・・・そういえば・・・一万本近いビスが残っていた! これも龍にするのかな… そうだ! 龍の原型の馬の龍…龍馬(りょうば・りゅうば)にしようかな・・・ 博多駅のアミュプラザ3階吹き抜けに作品を設置する。久しぶりの徹夜作業。商業施設での展示も久しぶり。かなり難航…問題発生…しかしどうにか無事設営が終わり、久々の充実の時間。
やっぱり現場での設営作業はいい時間だ。 最終的な展示の為に泉山君に今回の経緯を映像化してもらおうとテキストを書いた。 ・・・・・・・・・・・・・ とりあえずブログアップしときます。テキスト中、関連ブログにリンクつけてみました。あまり知らない人は是非その時々のブログをご覧ください。・・・・・・・・・・・・ 2010年夏、新幹線開通前で賑わう青森で「ねぶた」に出会った。市民が主体となって制作するプロセスと、ありえないスケールに興味を持ち、深く関わりたいと思った。ヒヤリングを重ねるうちに、祭りの後のねぶたが廃棄処分されることを知る。大型ねぶた一台分の廃材を貰い受け、そのすべてを分類して再利用したいと願った。青森で制作される大型ねぶたの数は22台。幅9m奥行7m高さ5m重さ4トン。 ねぶた作りを本職とするねぶた師が、出品する題材を考え、3か月以上かけて市民とともに制作する。歌舞伎の名場面や歴史上の物語がモチーフとなることが多く、様々な歴史的勇者や伝説上の生き物の姿が迫力のある動きとスケールで制作され、8月はじめの一週間、300万人もの観客を魅了した。その最終日、貰い受けるねぶたが決まったとの連絡を受け、そのタイトルを聞いて驚く。「天神・菅原道真」 菅原道真は藤原時平と醍醐天皇の陰謀により福岡の太宰府に左遷されたと伝えられる。道真の死後、権力を掌握した藤原時平は蛇の亡霊にとりつかれ若くして亡くなる。天変地異が続いた後、御所を落雷が直撃し陰謀に関わった多くの者が死亡。そのような経緯もあり道真の霊は雷神として畏れられることになった。 太古の昔より天変地異や自然現象は霊の力と繋がったものとして捉えられ、その力は政治や宗教と結びつき利用されてきた。中でも菅原道真の霊は雷神として最も畏れられ、その後学問の神様として全国の天満宮に祀られるようになったという。その背景にある、人間の思惑や所業の連鎖は興味深い。 青森に新幹線が開通し、九州と繋がるというタイミングで、菅原道真の物語が込められたねぶたの廃材を貰い受けることになる。その取り壊しの現場に立ち会い、潰した廃材の塊を4トントラック2台で国際芸術センター青森の展示室に運び込み、絡み合った素材を分類する作業に約3週間没頭した。その結果、おびただしい数量の角材と針金、ビスと和紙に向き合うことになる。 分類されたねぶた素材から何か大きな形のものを作りたいと思い始めた頃、偶然なのか必然なのか…大阪と福岡から展示の話をもらう。大阪天満宮の参道に繋がる天神橋下・中之島公園での展示と、博多駅での展示。大阪では分類された角材を利用して白龍を制作し、博多では絡み合う針金素材を繋ぎあわせ飛龍をつくろうというイメージが滲み出た。 なぜ龍なのかは分からない。なぜか龍を無視できない。寺院の法堂や神社の手水所で龍を目にする度に、龍を無視してはいけないという気持ちになる。水辺の低湿地帯で、あらゆる水害と闘ってきた先祖の強い意志が僕の細胞の中に積層されているからなのかもしれない。 龍は水の湧き出るところの象徴として、暴れ狂う濁流の隠喩として、あるいは脅威や権威のシンボルとして歴史の中で伝えられてきた。人間の想像を超えた驚異的現象が起こるという事実を龍の姿に重ね、後世に伝えようとしたメッセージと捉えることもできる。 大阪での白龍の制作と展示を終え、作品素材をすべて福岡に運び込み、3月半ばから5月半ばの2カ月を飛龍の制作期間と決めてスタジオに籠る調整を行った。そして最後の出張先の横浜で3月11日午後2時46分を迎えた。想像をはるかに越えた厳しい現実が発生し、その実態は未だ誰にも把握できない状態にある。 しばらくはショックで何も手につかない日々を過ごしていたが、針金を繋ぎあわせる作業に没頭することにした。僕らはあまりにも見えていない。見えないものを見る力が欲しい。日常に隣接する隠された脅威としっかり向き合い、闘い、それを乗り越える力を身に付けたい。 見えない龍は必ず存在し続ける。無視してはいけない。 ・・・・・・・・・・・・・・ 以上。 明日、この仕事のきっかけとなったレジデンス「つながるしくみ」のディレクターの日沼さんをゲストで迎えて会場でアーティストトークが午後2時から。博多駅にて。 ここで告知するのも珍しいなぁ。展示は6月末まで一か月半ほど行っています。博多駅にきたらついでに見てね。 決して好きというわけではないし、どちらかというと趣味的には避けたいところもある。
あり方としても小さなアマガエルとかヤモリとかポニョポニョして、つるりんとしたもので、なんだか弱そうで、存在感のないものの方がよっぽど好きなので、その真逆な強そうで巨大な「龍」のような存在はどちらかというと苦手。しかし、昔からとても…なぜだか無視できないから仕方ない。 おそらく衝撃的な出会いをしてしまい、無視できなかった最初の「龍」の存在は大学時代の妙心寺の法堂の天井にいる狩野探幽が描いた「八方睨みの龍」で、なぜだか知らなければならないと信じ込んで、幾度となく法堂に通い、10m×10mのサイズの模写をろうけつ染めで制作するに至ったのが二十歳の頃。 その後、奄美大島の小さな集落で船大工だった祖父がその集落の丘に龍王神社の拝殿を作ったと聞いたことがあり、なんだか遺伝子の中に龍との縁が組み込まれているのかなと思ったりしたこともある。 1993年に鹿児島で水害に遭遇して、水は昔の地形の記憶をたどるように流れることを知り、川の流れと治水について考えを深める機会を得て、水辺でのプロジェクトに多くかかわるようになり、いろいろな地域で竜神をまつった神社や祠が目につくようになった。1996年に広島県の灰塚エリアでダム湖ができるのに伴いアートプロジェクトの構想で関わった時に、そのダム湖の形が龍の形をしている事に気づき、それを何らかの形で表現しようとしたこともある。 1998年に博多の小学校跡地でプロジェクトを行うことになったとき、博多にもっとも古くからある禅寺、聖福寺の仏殿の中を見せていただいた時に、その天井にも狩野永真の雲竜図と出会い、それを素材として灯明で龍を描いたが…、その翌年の6月に博多でも大規模な水害が発生し、博多駅周辺は水没し、龍の存在する地域と水害との関係を確信するようになった。 龍は現実には存在しない。それが現実には存在しないことをだれもが知っている。しかし、龍は太古の昔より生活の様々なところに存在する。神社の手水の水の注ぎ口に、法堂や仏殿の天井や襖絵の中に、十二支の中にも唯一の架空の動物として存在する。現在でもラーメンどんぶりのワンポイントとして、ファッションや刺青の強き者を象徴する図柄として、ゲームやアニメのキャラクターとしてまで広く様々な表情で浸透している。 人の想像のスケールをはるかに超える規模の「ありえない出来事」は必ず起こるということを知らしめるために、人の力を過信するあさはかな存在を否定する為に、太古の昔より龍の存在は語り継がれてきたのかもしれない。 今回の3.11の地震で発生した津波の被害と東京電力の放射能汚染被害の拡大を知るにつれ、「あるはずがない」「想像を超えた」「想定外」と口にする人間がいかに愚かなことであるのかを思い知る。「ありえないこと」はかならず存在する。 常識を超え、想像力を超えたことが現実に存在することを後世に思い知らせようとする知恵の象徴が「龍」という形で伝えられてきたのかもしれないな…と考えながら、「あまり好きではない」大きな存在を登場させようする作業に没頭するこの一か月… 青森ねぶたの廃材の絡まった針金をほぐしながら、やはりねぶた素材の和紙の切れ端でこよりを作り、それで針金を繋いでゆきながら…毎日8時間はこの作業に向かうように決めて一か月。 久しぶりに単純作業に没頭している。 作業に没頭できる状況に感謝… 大阪・中之島での光のルネサンスというフェスティバルがはじまりました。
初日の昼間はあいにく大雨。そんな中、なんと…青森からねぶたの廃材を追っかけて…NHKの青森放送局の記者とカメラマンとアシスタントが大阪まで取材にやってくる。実はこの記者、ねぶたが終了たあと、その廃材を解体する現場から取材に来ていて、僕がずっとその解体分別作業をしているときも、青森国際芸術センターに何度も足を運びつつ、さらに解体作業を手伝いつつ… 一般参加者がつくって持って帰る工作品に物足りなさを感じていたのか…その廃材の行く末を気にして…、大阪まで廃材を運び出す時にもカメラマンを連れて取材に来てくれてトラックを送り出すシーンを撮り…そしてついに上司を説得して大阪までやってきた。大阪の人にとっては青森まで新幹線が開通したことにしても、青森ねぶたの廃材で白龍がつくられていることについてもそれほど関心はないのだろうが、やっぱり青森の人にとってはとても大切なねぶた。 その廃材からどのような活動が連鎖するのかについて相当関心は高いだろうと…わざわざ追っかけてくれた。しかも僕らが廃材を大阪に運びだした後、「天神・菅原道真」を制作したねぶた師に会いに行き話を聞いたのだとか。ipadにこの素材となっている青森ねぶたの「天神 菅原道真」の動画まで入れて大阪まで持ってきて道行く観客に見せながらの突撃インタビューなどもしたり…本当にお疲れ様でした。 さて、次は新博多駅です。今回大阪では大型青森ねぶた一台分の廃材のうち、すべての木材 を使って制作しましたが、博多駅では残りの素材…はりがねと和紙とねじ…のすべてを使って制作する予定です。 どうなることやら… 光のルネサンスは今月25日まで。 そうそう。会場では白龍の脱皮が日々進行しています。 前回東大阪の石切の明治大理石工場で制作していた青森ねぶた「天神 菅原道真」の廃材の龍。
3日前に明治大理石が大阪中之島の天神橋の下に搬入し、その現場での設営作業が始まる。なんとここは去年の夏、ほぼ2か月間毎日通った「かえるシステム」の現場。 まさにここに「かえる工房」があり、ドラゴンヘッドのペットボトルのボートが設置され、トイザウルスを産み出した現場でもある。 台風の到来を経て閉幕した水都大阪2009から15か月…。かえるシステムはズレながらもしっかりと連鎖して、青森ねぶたに僕なりの関わり方をして、その廃材で「天神 菅原道真」を大阪の「天神橋」の下に出現させることができた。 昨日より明治大理石の丸玉石を貼り付ける作業をおこなう。 木材の強度と玉石の重さと、全体的な見栄えのバランス…今回の作業をツイッターでなんとなく呟いてみたら、京都からライターの仕事をしている阿部君と…なんと。高松から強力な助っ人Wさんが登場! おかげで予定よりも順調に作業が進行しました。ありがとうございました。 作業をしながらポツポツと話す時間はとてもいい時間で、その中で「作品の仕上がりはどうやって決めるのか?」という鋭い質問が。作品を仕上げることが苦手な僕としてはとてもするどいところを突かれた感じ。 いつも時間に追われて制作し、時間に追われて設営し、常に時間切れであきらた瞬間が結果的な終わり…と説明しつつ、実はあまり考えたことがなかった。 何かイメージが立ち上がる瞬間に感情的な盛り上がりがあるのは確かだし、その立ち上がりつつある「やせ犬が猛然と走り出す状態」を作り出すことが僕にとっての究極の作業だとすれば、その作業から解放される瞬間…かなりじわーっとした瞬間が確かに存在して、その時間はえもいえぬ放心状態にある…のも事実。 自分自身で認識したことはなかったが、ちょうど前日3331で現在展示されている日比野さんの展覧会の中のフランスのホテルでの作品についているテキストを読んで、やたらと共感していた自分を思い出し…イメージが立ち上がってくるピークがあるのと同時に、それから解放される瞬間に、実はえもいえぬ解放感…どちらかというと溶けてゆく感じ…の状態にある自分に思い当たった。 同時にそれは醒めてゆくかんじだったり、切れてゆくかんじだったり、がんがん盛り上がりつつある状態から解放される感覚…「もういいか。このへんで許しておこう」というかんじ やりだせばきりがなく、やればやるほどダメになってゆく現実も知っているので、実はその離れ際がとても大切だとは知っていながらも、その離れ際の感覚の大切さを自覚したことがなかった。 ・・・ とにかく、中之島の白龍は…手から離れました。 12月11日の夜から25日の夜まで大阪の中之島の天神橋の下に展示される予定です。 しかし、ここまでカエルシステム引っ張ってくるとは… 青森ねぶたの大型ねぶた一台分を廃棄処分する前の状態でもらいうけてきて、とにかくそれを分別する日々を送っていた。
たまたま20歳の頃に制作した八方睨みの龍モドキ作品の下で解体作業をしていた縁だろうか・・・龍のパワーか!なんとも面白く、興味深い予期せぬ展開になってきた。 ものごとはあるがままにあり、そこに関わろうとする意志をもたなければ、何の関わりもなく、そのまま過ぎてゆく。しかし、どこかで覚悟を決めて、引き受けてみることで、自分をとりまくいろいろな関係が変わり、自分の中での意味が変化し、あらゆる存在のあり方が変わる。 今回はどうにも無視できないねぶたの廃材を・・・どういしょうという方向性もビジョンもないままに・・・とにかく引き受けてみるという覚悟だけで関わってきた。 ぐちゃぐちゃに絡み合った木材と針金と和紙を取り外し、ねじを抜き取り、折れている木材をきれいに切りそろえるというかなり根気の必要な作業。搬入作業からはじめた作業だが、展覧会期間中もその作業は続き・・・展覧会終了後もその作業が続いた。 作業が展示前と展示中と展示後とまったく同じ作業をしているというのはとても珍しい。青森で作業をすすめるうちに大阪の中之島の天神橋の下に年末なんらかの作品を展示する話が湧き出てきたり・・・、 九州新幹線全線開通にともなってあたらしく出来る博多駅の吹き抜けに作品展示の話が出てきたり・・・。で、ずっといじっているねぶたの廃材がもともとなんだったのかをそれほど重要視していなかったのだが・・ もともとこのねぶたのタイトルは「天神 菅原道真」なんと大宰府に左遷された菅原道真の霊が雷神の怨霊となって復讐する様子をねぶたで表現したものだった。 菅原道真の霊を鎮めるために全国に広がった天神信仰・・・とにかく天神菅原道真の解体されたネブタが天神橋の下で海蛇になり復活し、さらに博多駅で龍になって天に登る・・・というストーリーが発生した。 結局、ねぶた一台分の廃材は夏休みの間、国際芸術センター展覧会場につくられた工房で自由に持ち帰ってもらっていたので、半分ほどの量に減り、それをさらに分別して・・・1000本ほどの木材と500ピースほどの針金の塊、それ以上の和紙のピース、そして取り外された数万本のビスと切り取られた針金破片に分別され・・・ 「天神 菅原道真」の魂は数万ピースの素材となって、大阪中之島の天神橋の下を経由して博多駅へと旅に出る。ところで・・・秋田からやってきたトラックは「大翔運送」 大阪の石切の明治大理石の倉庫に旅立った。 こんな物語、作ろうとしてもなかなか作れるものではない。何かを引き受け、現実を見渡して編集することで発生する物語なのだろうな・・・と思う。 しかし、大変なものを引き受けてしまった。 安藤忠雄が設計したかなりシャープなコンクリートの国際芸術センター青森の入り口付近にがつんと設置した青森ねぶたの塊。
それを中の展示室に入るサイズに細かく解体、分類するために・・・絡まったワイヤーを大きなペンチでプツプツと切りながら、木材のねじをはずしながら・・・ ねぶたの塊を細かくしつつ運べるサイズを切り取っては運び込みつつ・・・ 敗れた和紙は、はがしては広げながら・・・ちぎりながら、広げながら・・・重ねては運び込みつつ・・・とにかく青森ねぶたの素材の塊からいろいろなパーツを発掘してゆくような作業の日々。 通常の感覚では、この作業はなんとも面倒lくさく厄介で、大変な作業なのかもしれないが・・・、僕にとってはなぜだか苦痛にならない。 苦痛にならないどころか、むしろ心地いい。とても楽しく、時間が瞬く間に過ぎてゆく。その感覚を繰り返すうちに、これはゲームをしている時の感覚に近いのではないかと気づいた。 次から次へと敵が降りてくるのを打ち落とすシューティングゲームやテトリスやコロンの様なPCゲームのようでもあり、あるいはパズルゲームの様でもある。そういえば、昔は知恵の輪系がとても得意だったなぁ・・・。 とにかく、絡まった素材のウィークポイントを見つけだし、プチプチ切断して行きつつ・・・大きな塊が取れて小さな喜びを感じつつ・・・また次の塊の問題が提示され・・それを解決してゆく・・・ってなかんじ。 展示室の中は極めて不快指数が高い密閉空間で温室の中のようで暑苦しくむさ苦しく駄目駄目空間だが、外での作業は蝉や鳥の鳴き声をききながら、風を感じながら自然に囲まれ、まだましで気持ちいい。しかし、外でも、まったく効かない空調の音がやたらとうるさかったり、音が妙に響いたり、局面ガラス面の移りこみが歪んでいて吐き気を促したり、あぶやハチが襲いかかってきたりして・・・外も問題は多いが・・・ 表現者である以前にある種の性質(タチ)として、このような行為が好きでなければまったく成立しない作業だろうが、幸い、山ほどの廃材を崩してゆく感覚は僕にとってはとても贅沢な時間に思えてならない。 そもそも、日常的な感覚、あるいは現在の経済状況から見た感覚から言えば、この作業は膨大な無駄なのかもしれない。、だからこそ、贅沢な時間との感覚をもってしまうのかもしれないし、ゲームに没頭している時間に近いと感じるのかもしれない。 このような単純作業をしていると、頭の中はなぜだか急速に回転しはじめ、まったく関係ない様々なことを高速で考えてしまうことがある。その時々でいちいち忘れてしまうことが多いが、とにかくいろいろなことを思いついては一人でその考えを繰り返し、否定したり、納得して裏付けを探してみたり・・・無意識に反芻している自分に気づく。 そんな単純作業の中でたまにとんでもないものが発掘されて、結構大きな喜びを得たりもする。手や、顔面部分が発掘された瞬間から、作業が思わぬ方向に動き始め・・・思いもよらぬ空間が発生する。 もっともっと時間があれば、これをつかって新しい立体の作品を制作しようとするのだろうが、このままでも十分にいいような気もする。何かをつくることも大切だが、それ以上にこの状態を見せることももっともっと大切なことなのかもしれないと思いつつ・・・。 しかし、ねぶた師の技にはとことん感服する。解体するだけでも大変なこの手わざを多くの人の力を借りつつも、そのエネルギーと技術をコントロールし、これだけのものを数ヶ月で完成させるとは・・・。 しかもそれを毎年毎年作り続けているとは。そのようなねぶた師を存在させ続けている青森という風土はやっぱり凄い。 この素材全体を使って龍の立体作品作りたくなってきたけど・・・ どこか展覧会やりませんか? < 前のページ次のページ >
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