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mori yu gallery 東京での展覧会
mori yu gallery 東京での展示が今日からはじまる。

a0010575_12424894.jpg2008年、サイトサンタフェ・ビエンナーレでの出品の時に、サンタフェのオペラハウスの駐車場のプロジェクト参加者が制作した作品を、最終的にドローイングとして僕が描き、サイトサンタフェの美術館で展示した後、制作者にそのドローイングをプレゼントするということを行い、新しい連鎖の形を模索しはじめた。

参加者が主体となってつくる風景や活動の体験そのものに大きな意味もあるし、同時に一枚の素描や絵画が物語るイメージにも大きな意味がある。


a0010575_12414892.jpgその後の水戸芸術館での展示の後、展示の中から抽出されたイメージを素描として落とし込みギャラリーでの展示作品として行ったのがmori-yu galleryで行った初めての展覧会。

それから2年と少し。

地域での活動とギャラリーでの活動の双方向の編集方針がようやく見え始めた…という段階かな。


a0010575_12455026.jpg地域での活動の結果発生したイメージをその記録として素描として落とし込み、再編集するという流れは、まだまだ未完成で未消化のままだが…、ここにきて素描や作品のあり方が変化しつつあり興味深い。

去年の夏に瀬戸内海の豊島で行った「藤島八十郎をつくる」という活動。


a0010575_12462175.jpgこの時は藤島八十郎が絵本作家を目指すという設定を前もって与えることで、藤島八十郎をつくるプロセスの中から発生するドキュメントを文章とともに素描として描いてゆくことが想定されていた。

結局、藤島八十郎の活動はドキュメントされる手前の状態で妙にスローペースモードに切り替えられ、活動もまだまだこれから始まる以前の状態に戻り…実際に行われたドキュメントの素描化はできなかったが…


a0010575_12465559.jpgそれでも「藤島八十郎をつくる」という活動が僕のこれまでの活動に別のベクトルを作り始めていることは確かなのだと思う。

今回のmori-yu galleryで展示されたものは「藤島八十郎をつくる」活動の中で、それぞれ役割をはたしたツールであると同時に、八十郎に託した僕自身の中に潜在するイメージでもある。

少なくとも僕自身が抱えてしまっているkaekkoシステムと八十郎システムの上にしか生成されることのないイメージであることはゆるぎない。


a0010575_12481693.jpgこのイメージを引き出すツールと地域のプロジェクト現場に作られるイメージと、僕でしか描くことのできないイメージが、ようやく整理されはじめ…まだまだ表現技術的には追いついていないが、この手法の延長に新しい地域での活動の方向性が見えはじめていることは確か。

もっともっと動きたくなったのと同時に、もっともっと描きたくなってきた。

このまま加速すればいいのに…

まだまだだなー…
by fuji-studio | 2011-02-19 12:47 | ◎ギャラリー等での活動
六本木アートナイト、オマツリ騒ぎの裏通り、龍土町でしっとりとトイ・ストリートガーデニング
六本木アートナイトは都市型のオマツリイベントだと思うが、それにしてもまちと人の関わりに新しい関係を作り出すシクミである事にかわりはない。

a0010575_11464975.jpg問題はそのシクミがどうあるのかということ。 「ありさまの問題」

そこに個人的な関心がある。

回、六本木という街の龍土町という通りの、しかも植え込みや鉢植えに注目し、そこをいじることにした。

それぞれ、土地やお店、住居の個人の所有する場でありながら、外、つまり通りに対して開かれている中間的な場。

オーナーの意志や外部に対しての振る舞いの意識が垣間見れる興味深いツール。


a0010575_158770.jpgそれが面白くなると通り全体も面白くなる。

タイトルは「トイ・ストリートガーデニング」としてみた。
(なぜだか会場でのキャプションは違っていたが・・・)


a0010575_1583629.jpgまちには、そのまちについて深く想い、受け継ぎ、育て、伝え、誇りを大切にしながら活動している人が存在する。

まちでの活動を行う時、そのコアな人たちとどのように出会い、どのように関わるかがとても重要となる。


a0010575_11949.jpg大型の都市型イベントの場合、そのような人たちとは無関係に、まったく別の都合から別の力関係で暴力的につくられる危険性もある。


a0010575_1192521.jpgまちに興味も関心もない担当者が上からの命令でまちにリンクしようとしたり、お金で人を動かすことでお金に群がる人が地域と接点を持ち、現場に苦痛が生じる場合も多い。


a0010575_11102417.jpgまちでの、活動を通した対話や経験が引き継がれることのないまま・・・人と人とが信頼関係を築けないまま・・・組織間の責任関係でのみ、構成され、動いてしまうような現場にだけは・・・関わりたくない。


a0010575_11523970.jpg今回は幸い、まちに対して深い思いのある人たちとリンクする現場に立ち会うことができた。

軽いあいさつと掃除ぐらいの関係しかできなかったと思うが、ここからはじめる意味は大きいと思っている。


a0010575_1153386.jpg特に大型施設に目がいきがちな六本木という地域で土地に根ざして活動している場と出会えたことは意味深い。

※おそらく一番目に触れにくい位置にあった作品。運送屋の入り口。 


a0010575_11103814.jpg問題としてはここからどのような活動が連鎖し、どれほど興味深い活動が展開するか・・・ということ。

※金物店の店の商品にまぎれて飾られる熊群。夜はシャッターの前でライトアップされる。 


a0010575_11105243.jpg個人的には作品の「編集」にまつわる試みも実践できたと思っている。

※朝まで営業しているカラオケ店のエントランスの犬群


a0010575_111197.jpg千代田区のアートセンター3331Arts CYDに展示中の作品の一部ツールを港区の六本木の通りに再編集し通りの飾りとしての役割を担わせ後、2日間の散歩のあとまたアートセンターの展示に戻る。

その二つの場のシステムの違いを意識させ、それぞれの役割を再認識し、そこと作品との関係のあり方を再認識する試み。


a0010575_1112750.jpg日常の表現行為の結果が作品として成立しているのではなく、作品化するためには社会システムのフォーマットにふさわしい形で編集する必要があるということの実践。


a0010575_11122021.jpgそしてその表現を起動するためのシステムは多様チャンネルに存在する可能性があるということ。


a0010575_11162289.jpg「作品以前の表現」と「作品」の間に「システムのフォーマットを読み込んだ編集」(作品化)という作業があるということについてあまり語られていない。


a0010575_11171039.jpg同じ作品ツールでもシステムとフォーマットが変わることで、出会える人が変わり、見え方が変わり、存在価値が変わり、あり方が変わる。

そして連鎖のありかたも変わる。

そのことがとても重要なのだが、その切り口であまり語られていないことに対する違和感。


a0010575_1147503.jpg今回六本木アートナイトに便乗して六本木「勝手に」アートナイトという動きに出会えた。

その一部で、僕の作品に対する意見を書いてもらい壁に貼ってもらうコーナーを発見。


a0010575_11483282.jpg上の写真のライダータワーの作品についての面白い意見が目にとまる。

面白い発想に感嘆感心。

この面白い感性とリンクできた「勝手に」のようなあり方に感謝。

もっといろいろなひとがまちをいじり、楽しめるシクミに連鎖すればもっともっと面白くなるのだが・・・

しかし、龍土町・・・本当はもっと貴重な素材にあふれる期待の場・・・なんだけどな・・・。

運営母体さえしっかりしていたら相当面白くなる。

大型の組織の中にその部分をちゃんと受け継ぐ人材を育てることができるかどうか・・・
by fuji-studio | 2010-03-28 14:06 | ■東京での活動