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シンガポール国立博物館での展示
シンガポールの国立博物館から依頼を受けて、トイザウルス4体が旅に出ることに。
去年金沢で行った展示が海外のいくつかのメディアで紹介されているのがきっかけ。
そもそも、エントランスにあるドーム状の空間の真ん中に設置してほしいとのオーダーだったが、調整するうちに、館内の数カ所置いてほしいという話になり、二転三転して結局博物館内のアトリウムの片隅に展示することになった。

まあ、仕方ない。
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作品は制作中当たり前の話だが自分の手元にある。それがあるとき手を離れる。

自分のてから離れる瞬間、つまり「リリース」する瞬間の感覚、そのときはまだ何も見えない。


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しかし、いったんリリースされると、作品は独自に動き始める。僕の知らないところで知らない出来事が発生する。

それに関与してしまう。そっと育ててきた子どもたちをあるときじわーっと自立に向かわせる感覚にも似ている。
作品のあり方はその制作者の意図で様々にある。80年代、作品は排泄物だと信じ、制作している先輩たちがいて、大きな違和感を抱いていた。排泄物だと信じ、日々の生活の中で排泄し続けるそのような関係性は否定したかった。


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逆に作品を制作することは宝物のようなものを作ることだと信じて制作している先輩たちもいた。究極の宝物を制作し流通を作ることしか生きる道はないと諭されたがそのような態度にも屈するつもりはなかった。僕はそれを求めていなかった。

いつでもそのような答えのないところにいるような気がする。どのようなあり方がいいかはわからないが、そんな感覚をは無関係に制作し、いったんとを離れたものはそれぞれそれなりに動き始めるものだ。


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それを見守り、健康に暮らしていることを願うしかない。まさに親の気持ちだなと最近思う。

とにかく、数ヶ月、シンガポールで頑張って健康で帰国してほしい。そもそも、背骨に持病があり、そろそろ入院して大手術をしなければならない頃だった。長旅させてごめんなさい。



by fuji-studio | 2016-06-08 07:56 | ■海外での活動
福岡市美術館とヤセ犬の常設展示
福岡市美術館が大規模な改修工事を行うということで今月福岡市美術館でそれに伴うシンポジウムが開催される。そのそのためにも改めて美術館をみておこうと思い、久しぶりに常設展示とかをみさせてらったが・・・そこに、僕のパプアニューギニア時代の作品がちゃんと常設展示されているのを発見!

嬉しい。

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1994年に開催されたアジア美術展の時にお世話になって以来、深い縁のある美術館。
建築物は1979年にできた前川國男の晩年の作品で、新潟とか山梨とか上野とか宮城とか熊本とか70年代後半から80年代に作られた前川美術館建設ブームの典型的な感じだが、内部空間の変化に富んだボリューム感のつながりやテラスなどの雰囲気やディテールがなんとも言えない厳かさを醸していて、僕らの世代には染みついている感じすらある。
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しかし、さすがに内装としては床の色とか質感とかに関しては空間の作品を展開する仕様にはなっておらず、額縁とか台座とかが前提のしつらえになっている。まあ、それはそれで真っ白の空間が全ていいとも思わないので今となってはまた味があるものだが・・・このあたりが変わるんだろうね。

ところで、僕の常設の作品、昔のノートの落書きやメモ書きなども戦闘機やヤセ犬たちと一緒に展示されていて嬉しい。パプアニューギニアを離れる時、大学の教室の天井に設置して日本に帰国したが、15年ほど経ったある時、ふと思い出してその作品をパプアユーギニアまで探しに行ってみると、そのままの状態で置かれていたのが衝撃的だった。

それを持って帰ってきて、こうやって作品がちゃんと公開されているというのは嬉しいことだ。常設展で多くの観客を作品に引き込んでいる十和田市現代美術館の展示の手法や展示室を考えると、もっと観客を取り込むような展示にもできるのだとおもうと、もどかしい面もある。
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パプアニューギニアで何故だかもらった野ブタの籠編みの作品もちゃんと壁に取り付けられている。
学芸員さん、ありがとう。
この野ブタ作品は本当は当時ちゃんと展覧会に合わせて木彫で豚も作ろうと思っていたのだけど、間に合わなくて、部屋にあったもらってきたこの編みかごの野ブタをパプアニューギニア国立博物館での展示にもちゃんと使ったのです。結構めだたないところの端っこにさりげなく設置。しかし、この籠編みでできた豚のつくりがなんとも愛らしくて実は手放したくなかったのだけど・・・やっぱり収蔵してもらってよかった。

しかし、1988年頃の作品なので、かれこれ28年前の作品がちゃんと観れるのってやっぱり美術館ってすごいな。
by fuji-studio | 2016-05-13 18:04 | ■福岡での活動
藤森八十郎の「超訳 びじゅつの学校」
考えてみると、十和田市現代美術館に赴任して、美術館のブログを書かなければならないとなったときから、ブログへの書き込みの興味が失せた。 今は企画展、「超訳 びじゅつの学校」のブログサイトもあり、なんだか「書かなければならない」ものがたくさんあり、…結局できていないのだが…ふと気まぐれに、自分の古巣に戻ってきて書き込む安心感を味わってみている。

a0010575_2152756.jpgツイッターの利用に連鎖してfacebookの利用が始まってからブログへの書き込みへの関心はなくなった。しかし、やはりまとめてちゃんと記録したいとき、このページに戻るのもいい。


a0010575_21531098.jpg今日、瀬戸内国際芸術祭のオープニングの招待状が届き、2010年の夏の瀬戸内、豊島でのプロジェクトの連鎖の結果、ここ青森にいることをつくづく不思議に思う。


a0010575_21523815.jpgそもそも豊島でのプロジェクトを志し、宇野澤君とはじめたのが藤島八十郎。

藤島八十郎のプロジェクトはかなり面白く展開しそうな予兆の真っただ中で、急遽 八十郎が旅に出ることになり、中断している。 (あくまでも中断で、まだ藤島八十郎は旅の途中で行方不明なのだとか。)


a0010575_21541321.jpg本当ならば今年の瀬戸内に帰ってくるとよかったのだと思うが、世の中そうはうまくゆかない。・・・というか、どうしてもストレートに歩くことを避けてしまう。

なぜこんなに歪まなければならないのか不思議に思うが、歪み、ズレ、ねじれる方向に進もうとする性質がある。


a0010575_2155787.jpgとにかく、藤島八十郎は今年の芸術祭には登場せずになぜだか関係あるのかないのか…青森で藤森八十郎とという架空の存在が動き始めている。

物事は思わぬところで思わぬ形に予期せぬ形に連鎖するのが興味深い。


a0010575_21553152.jpgまさか、青森の十和田で藤森八十郎が登場するとは。しかもしつこく今年の空きには瀬戸内国際芸術祭を狙い撃つ十和田奥入瀬芸術祭のようなものを起動させるのだとか。どこまで歪んでるんだろう。


a0010575_2155595.jpgとにかく、藤森八十郎…どうなることか。
藤島と藤森、ややこしくてごめんなさい。しかしおそらく彼らは他人です。

そして…びじゅつの学校のブログ、お楽しみください。

http://towadaartcenter.com/blog/choyaku/

写真と関係あるかもしれない記事 http://geco.exblog.jp/6106386

http://geco.exblog.jp/11394385/
by fuji-studio | 2013-02-27 21:56 | ■青森&十和田での活動
セントラルかえるステーション、オープンしました。
秋葉原のアーツ千代田3331でのセントラルかえるステーション、わずか3日間の設営スケジュールだったが、どうにかオープンする。

a0010575_23433393.jpg今回、千代田のアートセンターでの開催ということと、ちょうど小学生の夏休みにあわせた時期での開催ということもあり、いわゆる美術展という雰囲気よりは子ども連れの家族が過ごせる場としていかに開放するか・・・というのが課題としてあった。


a0010575_23442284.jpg僕個人としては、アートセンターでしかできないようなフレームをつくることに興味があったが、もう一つの事情として、家に山ほど蓄積された膨大な量に膨れ上がりつつあるおもちゃやぬいぐるみをある程度全部展示してみたかった。


a0010575_23444628.jpg表現は立ち上げるときはとてもビビッドで個人的に熱意があるものの、それが流通する段階になると個人的には興味を失いがちになる。


a0010575_23451631.jpg2000年に立ち上げたかえっこシステムについては2003年までは積極的に熱意を持っておこなってきたものの、そこから先はかえっこに関わる業務は妻に行ってもらい、僕個人としてはいかにビニぷら、かえっこから逃れるかというのが大きな課題としてあった。


a0010575_23453690.jpgしかし、そんな思惑とは関係なく、2003年以降、借りていた養鶏場のスタジオは全国から届く返却されたかえっこのおもちゃで山積みになり、作業場が占拠される日々。


a0010575_23455816.jpg一番のピークは2005年の神戸で開催された神戸かえるキャラバンの終わった後、ほとんど一年間、制作スタジオに制作するスペースがなくなったほど。


a0010575_23462638.jpgそのあたりからおそらくスタッフにお願いしてハヘン系とM系とヌイグルミの分類をはじめたのだと思う。

同時に金沢21世紀美術館のオープニング展でかえっこシステムが出品され、地域の人たちが主役のイベントとして僕の手から離れているかえっこに寂しさを感じたこともあり、かえっこを「おもちゃの廃材が集まってくるシステム」として捉え直し、個人的な空間づくりの素材として使ってやろうともくろみ始めた。


a0010575_234764.jpgパプアニューギニアでであったヤシの林の中の太平洋戦争中の日本軍の戦闘機のイメージや、飛行機の像を神のような存在として崇めるイメージなどから戦闘機と十字架を掛け合わせたイメージの像を1990年代制作し続けていたが、それを鳥の姿に重ねるようになり、それを作りはじめたのが最初。


a0010575_23474740.jpgしかし、あまりにも多いファーストフードのおまけ系をいじるうちにリングが生まれ、花と鳥をつくるようになり、「花鳥画か!」と突っ込みをいれつつもそれなりにつくる喜びを思い出し…


a0010575_23481818.jpg妙なもので…福岡の養鶏場跡地に自由に使える作業場を確保した瞬間からモノをつくる興味を失い、対話やシステム構築を主流とする表現活動に向かったものの、作業場がその結果のおもちゃや廃材で埋まった瞬間から、ものづくりに飢えてつくるはじめる…そんなものなのかなと思う。


a0010575_23484690.jpgそして制作スタジオを確保しつつ、一生使い続けてもなくなることのない大量の素材を手に入れた瞬間に、こんどは制作する時間がないということに気付く。


a0010575_2349198.jpg可能性と経験値は反比例すると考えている。何もしない赤ちゃんは可能性は100%だが、いろいろな経験を重ねるごとに、その分野での専門性や経験値は高まるが、その経験に付随することに縛られて、結局死ぬ前の瞬間は経験値100%だが可能性は限りなくゼロに近づく。


a0010575_2351591.jpg40歳を過ぎた頃、峠にいるなと感じつつ、経験に引っ張られる自分に抵抗していたが、それをあきらめた結果なのかもしれない。

とにかくかえっこの藤といわれるのが嫌でそこから離れられない自分が嫌な面もあるが、それを逆転させようと企てたのがこの展示…なのかなぁ。

※ちなみにキャップに埋まっているのは某犬の鳴き声系の建築事務所の塚本さんです。大丈夫か!


a0010575_23515561.jpg今回は個人で集めた素材だけではなく、展示の外側に隣接して、廃棄物の中間処理業者のナカダイに素材市と素材のリビングルーム(?)を展開してもらっている。

個人で家庭から排出される素材をストックし続けながら、一方で圧倒的な量の産業廃棄物について目をつぶることができなかったことから、ついに2010年の夏、青森ねぶたの廃材を一台分丸ごと貰い受けてしまった。


a0010575_23515758.jpgじつはこの分野にも可能性や期待を大きく感じている。

ところで、オープニングや平田オリザさんとの対談などにもたくさんの方にお越しいただきましたが、なかなか話ができず、ご迷惑をおかけしました。

9月9日まで展示していますのでぜひ藤家の家の中にストックしている素材の一部…(全部ではないのが凄い!)…を体験してください。
by fuji-studio | 2012-07-15 23:19 | ■東京での活動
大阪歴史博物館にヤセ犬を散歩させたり展示ケースに破片をならべたり。
大阪歴史博物館が開館10周年ということで、美術館にヤセ犬とか夢の鳥とかおもちゃの破片を持ってゆき、会場全体各所に展示してみる。

a0010575_062486.jpgイベントとしては10周年記念日の11月3日に大阪歴史博物館を使ったかえっこを開催するのだが、その時に展示室を巡ってもらう仕掛けになるかという理由で「ヤセ犬の散歩」とか「夢の鳥」等を登場させる。


a0010575_064499.jpgそれと展示室の一角の展示ケースの中を使わせてもらい、おもちゃの破片を並べ、その破片に潜む力と可能性を見せるような展示を行う。


a0010575_065815.jpgショーケースの中という空間はさすがに展示することを目的に作られているのでなんでも様になる。


a0010575_075187.jpg展示は…あれ?いつまでだっけ? とにかく11月3日にはイベントやっています。結構おおきなかえっこになりそうです。


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by fuji-studio | 2011-10-11 22:26 | ◎大阪・新世界等での活動
大阪・ブレーカープロジェクト 絶滅危惧・風景の設営
大阪市立近代美術館(仮称だとか)の心斎橋展示室(僕らにとっては以前、出光美術館だったところというほうがわかりやすい)で明後日からはじまる「絶滅危惧・風景」の設営作業

a0010575_10503380.jpg新大阪から御堂筋線にのり、座席にすわると目の前にはってあるポスターがいきなりこの展覧会のポスターだったので驚く。

そうか。大阪市の事業なので大阪市の地下鉄にはこのポスターが貼られているのか。

NPOベースの街系プロジェクトではこういう広報が予算的にできないのだが…自治体がこのような部分で協力してくれると本当に助かる。

この展覧会は美術館で開催されるこれまでの展覧会とはかなり質が異なる。

2003年から大阪の新世界を中心に地道に活動を重ねてきたブレーカープロジェクト。

そのうち2009年から行っている「絶滅危惧・風景」で、各作家が行ってきた活動の結果が素材として近代美術館フォーマットに再編集され、それぞれの作家の作品として出品されている。

街でのアートプロジェクトに美術館が積極的に関わる関わり方について、地味であはあるが、ひとつの方向性を示しているんじゃないかな。

それにしても西尾君も下道君もトーチカもパラモデルも本当に活動自体が面白いし、みんな編集能力が高い。

特に下道君の編集能力には感服。凄いな…。僕のはダメだな。

僕は編集作業のツメが甘い。完成させる編集がそもそもできない。

この展示の裏側にある2003年からの新世界での街へのアプローチの深さを読み取る人がどれほどいるのかが疑問だが…。街の人との信頼関係がこれらの活動を実現させていることは見えてくるのかな…。

それにしても面白い展示だと思うなぁ。(…僕の以外は…)

もっともっと新世界の深い部分にこれから入り込みつつ、アジアの各都市の深層の部分とネットワークしてゆく…その気配。

今後の大阪に乞うご期待!
by fuji-studio | 2011-02-24 23:23 | ◎大阪・新世界等での活動
mori yu gallery 東京での展覧会
mori yu gallery 東京での展示が今日からはじまる。

a0010575_12424894.jpg2008年、サイトサンタフェ・ビエンナーレでの出品の時に、サンタフェのオペラハウスの駐車場のプロジェクト参加者が制作した作品を、最終的にドローイングとして僕が描き、サイトサンタフェの美術館で展示した後、制作者にそのドローイングをプレゼントするということを行い、新しい連鎖の形を模索しはじめた。

参加者が主体となってつくる風景や活動の体験そのものに大きな意味もあるし、同時に一枚の素描や絵画が物語るイメージにも大きな意味がある。


a0010575_12414892.jpgその後の水戸芸術館での展示の後、展示の中から抽出されたイメージを素描として落とし込みギャラリーでの展示作品として行ったのがmori-yu galleryで行った初めての展覧会。

それから2年と少し。

地域での活動とギャラリーでの活動の双方向の編集方針がようやく見え始めた…という段階かな。


a0010575_12455026.jpg地域での活動の結果発生したイメージをその記録として素描として落とし込み、再編集するという流れは、まだまだ未完成で未消化のままだが…、ここにきて素描や作品のあり方が変化しつつあり興味深い。

去年の夏に瀬戸内海の豊島で行った「藤島八十郎をつくる」という活動。


a0010575_12462175.jpgこの時は藤島八十郎が絵本作家を目指すという設定を前もって与えることで、藤島八十郎をつくるプロセスの中から発生するドキュメントを文章とともに素描として描いてゆくことが想定されていた。

結局、藤島八十郎の活動はドキュメントされる手前の状態で妙にスローペースモードに切り替えられ、活動もまだまだこれから始まる以前の状態に戻り…実際に行われたドキュメントの素描化はできなかったが…


a0010575_12465559.jpgそれでも「藤島八十郎をつくる」という活動が僕のこれまでの活動に別のベクトルを作り始めていることは確かなのだと思う。

今回のmori-yu galleryで展示されたものは「藤島八十郎をつくる」活動の中で、それぞれ役割をはたしたツールであると同時に、八十郎に託した僕自身の中に潜在するイメージでもある。

少なくとも僕自身が抱えてしまっているkaekkoシステムと八十郎システムの上にしか生成されることのないイメージであることはゆるぎない。


a0010575_12481693.jpgこのイメージを引き出すツールと地域のプロジェクト現場に作られるイメージと、僕でしか描くことのできないイメージが、ようやく整理されはじめ…まだまだ表現技術的には追いついていないが、この手法の延長に新しい地域での活動の方向性が見えはじめていることは確か。

もっともっと動きたくなったのと同時に、もっともっと描きたくなってきた。

このまま加速すればいいのに…

まだまだだなー…
by fuji-studio | 2011-02-19 12:47 | ◎ギャラリー等での活動
青森ねぶたの廃材を細かく分類する作業は・・・結構贅沢な時間です・・・
安藤忠雄が設計したかなりシャープなコンクリートの国際芸術センター青森の入り口付近にがつんと設置した青森ねぶたの塊。

a0010575_15225432.jpgそれを中の展示室に入るサイズに細かく解体、分類するために・・・

絡まったワイヤーを大きなペンチでプツプツと切りながら、木材のねじをはずしながら・・・

ねぶたの塊を細かくしつつ運べるサイズを切り取っては運び込みつつ・・・


a0010575_15253374.jpg敗れた和紙は、はがしては広げながら・・・ちぎりながら、広げながら・・・重ねては運び込みつつ・・・

とにかく青森ねぶたの素材の塊からいろいろなパーツを発掘してゆくような作業の日々。


a0010575_15424944.jpg通常の感覚では、この作業はなんとも面倒lくさく厄介で、大変な作業なのかもしれないが・・・、僕にとってはなぜだか苦痛にならない。


a0010575_1528875.jpg苦痛にならないどころか、むしろ心地いい。とても楽しく、時間が瞬く間に過ぎてゆく。

その感覚を繰り返すうちに、これはゲームをしている時の感覚に近いのではないかと気づいた。


a0010575_17543690.jpg次から次へと敵が降りてくるのを打ち落とすシューティングゲームやテトリスやコロンの様なPCゲームのようでもあり、あるいはパズルゲームの様でもある。

そういえば、昔は知恵の輪系がとても得意だったなぁ・・・。


a0010575_17571066.jpgとにかく、絡まった素材のウィークポイントを見つけだし、プチプチ切断して行きつつ・・・大きな塊が取れて小さな喜びを感じつつ・・・また次の塊の問題が提示され・・それを解決してゆく・・・ってなかんじ。


a0010575_1751657.jpg展示室の中は極めて不快指数が高い密閉空間で温室の中のようで暑苦しくむさ苦しく駄目駄目空間だが、外での作業は蝉や鳥の鳴き声をききながら、風を感じながら自然に囲まれ、まだましで気持ちいい。

しかし、外でも、まったく効かない空調の音がやたらとうるさかったり、音が妙に響いたり、局面ガラス面の移りこみが歪んでいて吐き気を促したり、あぶやハチが襲いかかってきたりして・・・外も問題は多いが・・・


a0010575_1759759.jpg表現者である以前にある種の性質(タチ)として、このような行為が好きでなければまったく成立しない作業だろうが、幸い、山ほどの廃材を崩してゆく感覚は僕にとってはとても贅沢な時間に思えてならない。


a0010575_15412932.jpgそもそも、日常的な感覚、あるいは現在の経済状況から見た感覚から言えば、この作業は膨大な無駄なのかもしれない。、

だからこそ、贅沢な時間との感覚をもってしまうのかもしれないし、ゲームに没頭している時間に近いと感じるのかもしれない。


a0010575_15433480.jpgこのような単純作業をしていると、頭の中はなぜだか急速に回転しはじめ、まったく関係ない様々なことを高速で考えてしまうことがある。

その時々でいちいち忘れてしまうことが多いが、とにかくいろいろなことを思いついては一人でその考えを繰り返し、否定したり、納得して裏付けを探してみたり・・・無意識に反芻している自分に気づく。


a0010575_1544326.jpgそんな単純作業の中でたまにとんでもないものが発掘されて、結構大きな喜びを得たりもする。

手や、顔面部分が発掘された瞬間から、作業が思わぬ方向に動き始め・・・思いもよらぬ空間が発生する。


a0010575_1654496.jpgもっともっと時間があれば、これをつかって新しい立体の作品を制作しようとするのだろうが、このままでも十分にいいような気もする。

何かをつくることも大切だが、それ以上にこの状態を見せることももっともっと大切なことなのかもしれないと思いつつ・・・。


a0010575_166207.jpgしかし、ねぶた師の技にはとことん感服する。

解体するだけでも大変なこの手わざを多くの人の力を借りつつも、そのエネルギーと技術をコントロールし、これだけのものを数ヶ月で完成させるとは・・・。


a0010575_1674057.jpgしかもそれを毎年毎年作り続けているとは。

そのようなねぶた師を存在させ続けている青森という風土はやっぱり凄い。

この素材全体を使って龍の立体作品作りたくなってきたけど・・・

どこか展覧会やりませんか?
by fuji-studio | 2010-08-14 15:19 | ■青森&十和田での活動
大阪のパナソニックセンターで「かえるシステム」の記録展
大阪のパナソニックセンターで水都大阪2009で実施した「かえるシステム」の記録展がはじまる。

a0010575_1730330.jpg今回のプロジェクト、たまたまパナソニックの社宅として開発された交野市の星田地区や妙見坂地区のお世話になりはじまったが、水都大阪2009の中之島会場での52日間のデモンストレーションが終わろうとしている直前、偶然にも、パナソニックセンターからその記録の展覧会を行わないかというお誘いをうけた。


a0010575_17304496.jpg面白い活動は偶然が偶然を呼び、幾重にも偶然が重なり、まるでそれは必然であったかのようにパナソニックセンターでの記録展がはじまる。


a0010575_17313057.jpg水都大阪会場でもお世話になった乃村工藝が今回の展示物を制作してくれたとかで、やたらと豪華で完成度の高い記録展。

プロセス重視の僕らがつくってもこうはならないだろうな。

ついでにフルハイビジョンプラズマ103インチモニターでの3D映像を体験させてもらい、映像の世界がさらに進化している現状を知る。

パナソニックさん、お世話になります。

展示は12月8日まで。ついでにパナソニックセンターのいろいろな展示を体験してください。

世の中進んでいるな・・・。

そういえば、何年か前、東京のパナソニックセンターにもお世話になりました。 あの時は面白かったな・・・
by fuji-studio | 2009-11-06 17:26 | ◎大阪・中之島での水都大阪
mori yu gallery 京都でのトイザウルス
11月21日まで、ほぼ一ヶ月間の展覧会が平安神宮の近くのmori yu gallery ではじまる。

a0010575_151995.jpg個人的にはいろいろやり残した課題が見えた展覧会ですが、これからのベクトルを切り開いたような気がする。

初日から東京都現代美術館のHさんや元東京国立近代美術館で今は多摩美のMさんが登場したり、京都の若い作家達が集まったり、名古屋や大阪・京都からコレクターやギャラリストがやってきたり・・・個人的には京都のギャラリーでのこのような展覧会はほとんど始めてで、とても新鮮。・・・昔京都のギャラリーでやったことといえば・・紙芝居屋とかヤセ犬専門店とか、ギャラリー空間に別の機能を持たせようとしたことはありますが・・・

あたり前の話ですが、地域のアートプロジェクトに集まってくる人とはまったく別の人が集まってくるのが面白い。

たぶん、多くの場合は・・・このようなギャラリーにあつまるアートワールドな人間関係の閉塞感から、それから逃れるために表現の現場をまちに求める・・・ということになるのだと思うが、僕の場合、その段階から幾重にも屈折してきてここにきて・・・まちでの予期せぬ出会いの面白さをさらに定着し、流通させるために、まちのプロジェクトだけでは繋がらない回路を繋げるためここに飛び込んでいるとの自覚がある。

これは水都大阪での達成感という支えがないと精神的には難しい業なのかもしれないなー。

「未熟ですが、よろしければご笑覧ください。」・・・といった感じです。

・・・そういえば・・・忘れていたが・・・最終日に林加奈さんと、この黄色のトイザウルスには名前がないのかと話していて、「ジャンキー」とか呼ばれていたなー。
by fuji-studio | 2009-10-17 23:51 | ◎ギャラリー等での活動