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青森ねぶたのありえない連鎖は大阪の中之島を経由して福岡を目指す。
青森ねぶたの大型ねぶた一台分を廃棄処分する前の状態でもらいうけてきて、とにかくそれを分別する日々を送っていた。

a0010575_10583559.jpgたまたま20歳の頃に制作した八方睨みの龍モドキ作品の下で解体作業をしていた縁だろうか・・・龍のパワーか!

なんとも面白く、興味深い予期せぬ展開になってきた。


a0010575_10593763.jpgものごとはあるがままにあり、そこに関わろうとする意志をもたなければ、何の関わりもなく、そのまま過ぎてゆく。

しかし、どこかで覚悟を決めて、引き受けてみることで、自分をとりまくいろいろな関係が変わり、自分の中での意味が変化し、あらゆる存在のあり方が変わる。

今回はどうにも無視できないねぶたの廃材を・・・どういしょうという方向性もビジョンもないままに・・・とにかく引き受けてみるという覚悟だけで関わってきた。


a0010575_115219100.jpgぐちゃぐちゃに絡み合った木材と針金と和紙を取り外し、ねじを抜き取り、折れている木材をきれいに切りそろえるというかなり根気の必要な作業。

搬入作業からはじめた作業だが、展覧会期間中もその作業は続き・・・展覧会終了後もその作業が続いた。


a0010575_1103543.jpg作業が展示前と展示中と展示後とまったく同じ作業をしているというのはとても珍しい。

青森で作業をすすめるうちに大阪の中之島の天神橋の下に年末なんらかの作品を展示する話が湧き出てきたり・・・、


a0010575_115366.jpg九州新幹線全線開通にともなってあたらしく出来る博多駅の吹き抜けに作品展示の話が出てきたり・・・。

で、ずっといじっているねぶたの廃材がもともとなんだったのかをそれほど重要視していなかったのだが・・


a0010575_11545290.jpgもともとこのねぶたのタイトルは「天神 菅原道真」

なんと大宰府に左遷された
菅原道真の霊が雷神の怨霊となって復讐する様子をねぶたで表現したものだった。


a0010575_11593585.jpg菅原道真の霊を鎮めるために全国に広がった天神信仰・・・とにかく天神菅原道真の解体されたネブタが天神橋の下で海蛇になり復活し、さらに博多駅で龍になって天に登る・・・というストーリーが発生した。


a0010575_11553850.jpg結局、ねぶた一台分の廃材は夏休みの間、国際芸術センター展覧会場につくられた工房で自由に持ち帰ってもらっていたので、半分ほどの量に減り、それをさらに分別して・・・

1000本ほどの木材と500ピースほどの針金の塊、それ以上の和紙のピース、そして取り外された数万本のビスと切り取られた針金破片に分別され・・・


a0010575_1254898.jpg「天神 菅原道真」の魂は数万ピースの素材となって、大阪中之島の天神橋の下を経由して博多駅へと旅に出る。

ところで・・・秋田からやってきたトラックは「大翔運送」

大阪の石切の明治大理石の倉庫に旅立った。

こんな物語、作ろうとしてもなかなか作れるものではない。何かを引き受け、現実を見渡して編集することで発生する物語なのだろうな・・・と思う。

しかし、大変なものを引き受けてしまった。
by fuji-studio | 2010-09-11 11:07 | ■青森&十和田での活動
豊島の藤島八十郎の家への訪問客
瀬戸内海の豊島の藤島八十郎の家は連日大勢の訪問客でにぎわっている様子。

a0010575_18482386.jpg東京、関西をはじめ、日本全国各地から、あるいは海外から、地域の常連さんやら、毎日遊びに来る近くの子ども達とか・・・たまには野菜や魚や漬物を差し入れてくれる近所の人とか、お酒やお菓子を差し入れてくれる遠方からの知り合いとか・・・。

とにかく連日150人~300人程度の数の人が藤島八十郎の家と、豊島タワーを楽しんでくれている。

有名人の家ならまだしも、無名で、実存してなくて・・・さらに駄目な奴の家にこれだけ来るのは瀬戸内国際というシステムの凄さゆえ。(いいもわるいもなく・・・)


a0010575_201383.jpg今日は地元の日焼けしたお兄さんが焼酎付けのマムシの一升瓶と生きたマムシが入っている一升瓶を2本提げてきて、なぜだか2本ともおいていってくれたり・・・危険ですね・・・。

このマムシ君、毎日水をかえてやると餌がなくてもなかり長い間でも生き続けるほども凄い生命力なのだとか。

豊島の山にはこのマムシが結構たくさんいるとかで、かまれてしまったら大変。島には救急車がきてくれないので、宇野の病院までチャーター船で走らなければならないのかな・・・?

藤島八十郎の家は撮影自由、持込自由、台所でもリビングでも、冷蔵庫の中まで自由に使っていい空間になっているので、勝手に冷蔵庫の中のビールを取り出して庭の休憩所でくつろぐお客さんや、本棚の中から気になる本を取り出して、一冊読みきって帰ってゆくお客さんも。

飲み物とかについては実費をカンパ用のサザエ型の陶器に各自が自主的に入れてもらうシステムになっていますが・・・。


a0010575_1850162.jpg不思議なことにここの来客はなぜだかとても質が高い。

ふと話し始めるとなかなかのつわものだったり、凄い人だったり、相当ズレていて興味深いことを言う人だったり。

地元のおじいちゃんが不思議がっているのは「みんな愛想がよくて、だれでもあいさつしてくる。」とのこと。確かにこの炎天下にもかかわらず、皆さん笑顔で挨拶してきてくれて、ニコニコと楽しそう。

そんななか、昨日はリリーフランキーさんという人がやってきてくれて、帰り際に自分の著作の「東京タワー」という本をかばんから取り出して、藤島八十郎の本棚に差し込んでくれた。


a0010575_18505780.jpgすかさず、サインをお願いし・・・ 東京タワーの作者が豊島タワーに上ってくれたことが妙に愉快。

リリーフランキーさんに物語がつくれない藤島八十郎の話をすると、「こんないい環境ではなかなか作品作れないでしょうね。」とのご意見。

確かに表面的に平和で穏やかな空気が流れるこの空間は、表現に対するエネルギーや欲求が蓄積される場ではないと捉えられても仕方ない。

しかし・・・、この穏やかな島の時間の裏側に見える深く切実な状況はどうだろう・・・。

ここだからこそ、常識を超える深く強い活動が育まれつつあるんじゃないかな・・・と強く感じている。

それを藤島八十郎はちゃんと形にできるのか・・・。

しかし、八十郎の日常は、やっぱりのんびりしてるかもね。
by fuji-studio | 2010-08-24 23:27 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
青森ねぶたの終わったあとの廃材を・・・どうする?
8月はじめのほどんど一週間、青森各地はねぶた(Nebuta)やねぷた(Neputa)で盛り上がる。

a0010575_14403673.jpg以前は・・・地域ごとにねぶたをつくるねぶた小屋があり、子どもたちと大人と専門家が一緒にねぶたをつくり・・・お囃子を練習し・・・街を練り歩き・・・ 日常を忘れるかのように盛り上がり・・・

街を轢きまわった後、精霊流しのように海に流して海上で火をつけ燃やし、そのまま海底に沈めていたらしい。


a0010575_1443692.jpgその方法がCO2の排出量と環境循環のことを考えると一番妥当な処分の方法のような気がするが・・・、燃やすことを表面化することが行政的にはNGなのだろう・・・ 


a0010575_14512979.jpg今は青森ねぶたの場合、祭りの終了後、廃棄場にあつめ、パワーショベルとか専用の大型重機を運んできてガンガンつぶし、大型の産業廃棄物処理車に積み込んで処理場まで運び、処分している・・・とのこと。


a0010575_14301282.jpgその処理車に載せる前の状態のものを譲ってもらえないかと青森市に頼んでみたが・・・まったくとりあってもらえなかった。・・・という話

まあ、そうだろうな。 


a0010575_14453640.jpgこの期間、弘前ねぷたや黒石ねぶた、八戸の三社大祭、五所川原の立佞武多といろいろまわってそのやり方や雰囲気、作っている現場なども体験させてもらった。


a0010575_14462356.jpg僕が1998年に博多ではじめた博多灯明の手法や2000年からやろうとしていたVPC(Vinyl Plastics Connection)やデコポリなど、地域と住民の活動の接点を作り出すしくみとしては、青森県各地のねぶたは全国数ある祭りの中でも相当完成度の高いものであることに疑いはなく、そこに関わる市民の意識の高さも驚くほどのものがある。

ねぶたをつぶす前の手続きとして、まず、目をくりぬくのだそうだ・・・


a0010575_1451781.jpgとくに五所川原や弘前のねぷたの場合、伝統的な手法やスタイルを核としながら、その周辺で住民がいろいろな表現意欲やアイデアを盛り込めるシクミに大いに共感し、かなり期待できるものだった。 


a0010575_14533269.jpg一方、青森ねぶたの場合、作品性としては圧倒的完成度ながらも・・・おそらく行政によって主導されてきたのだろう・・・観光という錘が多くの自由な表現の展開を規制しているのか、かなり管理されている空気感がにじみ出ていてもったいないと感じてしまう。


a0010575_1556312.jpg市民が相当もりあがるねぶただというのに、街の日常とのリンクのあり方がもったいない・・・そんな気がして仕方ない。

街の日常の延長に登場して発展してきたねぶたであるが、もっと街の中のいろいろな活動とリンクするシクミへと更新してゆけばいいのに・・・と余計なことを感じてしまう。 


a0010575_15584951.jpgともあれ、ねぶた祭りそのものに外部の素人が関わることはできないので、せめてその廃材を処分するところに別の迂回ルートをつくれないかと相談してみる。 


a0010575_15593074.jpg青森市や実行委員会はまったく取り合ってもらえなかったという話だが、日通が制作したねぶたの一部を切り取ってホテルとか街中に展示物として再生し納品している鉄工所の人の仲介で、切り取られたねぶたのさらに最後の処理するものをもらうことになった。


a0010575_1611515.jpgしかし、それについてもかなりナイーブなことのようで、相当難しい作業だということをかなり丁寧に指導していただき、鉄工所の社長自らがクレーントラックと社員を連れてきて、その取り壊し作業に立会い、国際芸術センター青森まで運んできてもらう。 


a0010575_1634383.jpg当初は廃棄物処理費用の代わりに運んでもらえないかな・・・と思っていたが、結局、仲介してくれた鉄工所が自主的に運搬すると申し出てくれて、トラック代と3名の作業員の費用を請求されることになり・・・ipadのいいやつがいろいろなアクセサリーをつけて買えるに十分な額の思わぬ出費。


a0010575_1610133.jpg解体作業を行った出品者の日本通運はもともと運ぶことのプロなので日通に運んでもらうほうが自然な流れだったかもしれない。

そのあたりのつなぎ方が実はもっと重要だったような気がする。もっとシクミを読み込んで、より意味深い手法を模索すべきだし、そこは急いではいけないことなんだろうな・・・


a0010575_1611268.jpgとにかく、青森ねぶたの場合、ブラックボックスを取り除き、もっとオープンにしてゆきながら、ねぶたそのものと市民の関わりを別の角度から編集しなおす余地があるんじゃないかな・・・。余計なことですが・・・。

もともと街にインストールされていたねぶたというプログラムが観光という大義名分で分断されているような気がするのは僕だけだろうか?


a0010575_16123134.jpgともかく、廃棄処分する素材を芸術センター青森に運び込み、いよいよ僕自身の現場の素材がようやく整う。

当初、展示室の中にガツンとした塊を展示する予定だったが、結局展示室に入らない塊になっていたので、入り口付近にそのまま展示し、公開制作として、その廃材の塊から部分を切り取っては展示室の中に運び込み、素材ごとに分類してゆく作業を行うことに・・・。


a0010575_16133082.jpg素材は木材(角材)と針金と和紙に分類され、たまに取り外したはずの電球とか配線コードとかも分類され・・・

特にねじ(コースレッド)が曲がっていたり、折れていたりでそれをはずすのが一苦労。


a0010575_1614141.jpgねじをはずした木材も切りそろえるとなかなか魅力的な素材になり、そこから何かが生まれる期待感。

針金もしっかっりしているので、いろいろな造形物をつくるうえでとても重要な素材になる。・・・もちろん金属回収業者に持ってゆけばいくらかで買い取っても合えるとは思うが・・・


a0010575_1615226.jpg今回こだわったのは一台分のネブタという素材とその量。

そこから何ができるか方向性だけでも示せればいいが、本当はその回収のシクミと何かに再生するしくみを街がちゃんと組み込むイメージをつくること。

ねぶたは完成されたすばらしい市民の活動のシステムだけに、そこにさらなる創造性や活動力を身につけるためのプログラムが組み込まれたシステムへと更新されなければいいいいのにな・・・と感じている。


a0010575_16154345.jpg廃材の解体を始めた瞬間、横で小山田君が子どもとその素材を利用してなにやらつくりはじめ、テーブルの上に飾っている。

材料と道具が豊富にあるスタジオが青森市内の各地区にあればいい。

そこで懸命に何かを作ろうとしている変わり者と、これから第2の人生を楽しもうと模索しているおっちゃんと、何かを学ぼうとしている若者と、とにかく遊びたくて仕方ない子ども達が一緒に素材をいじる時間をつくるイメージをつくることができればいいが・・・今回は無理でしょうね。

・・・・

それにしても、この施設、コンクリートの塊でまったく風通しが悪いので妙にむせてて暑苦しい。

外の作業ができて、結果としてよかったよかった。
by fuji-studio | 2010-08-10 23:24 | ■青森&十和田での活動
こもるはずだったのに・・・ねぶたのシステムが気になりすぎる。
国際芸術センター青森にこもって絵本作家「藤島八十郎」の絵をひたすら描くjはずだったのに・・・

a0010575_1030341.jpg森の中でじっとしていると、その自分自身の態度に違和感が生じてきて、もっと青森でできることがあるのでは・・・という疑問が膨らむ。

運命的に・・・この時期青森県の各所ではあの有名な「ねぶた」で県内全体が盛り上がっているらしい。


a0010575_10313142.jpgれを無視して、ゲイジュツに縛られ、絵本作家を演じるのはいかがなものか・・・。との自問自答。

結局、体が動いてしまう。

ねぶたのシクミを読み込もうと山をおりる。


a0010575_1033277.jpgしかし、すごいなぁ。ある意味まちかざりの完成された仕組み。

地域の企業や町内会、様々なシクミが「ねぶた」という祭りに向き合う時間を共有する場が用意されている。


a0010575_10334065.jpg青森駅のすぐ近くの海沿いに用意されたねぶたを制作するための仮設のテント。

サンタフェで美術館の裏に用意してもらったテントのような巨大なものが22張りもある。


a0010575_10343396.jpg青森のねぶたの場合、大型ねぶたは企業が協賛してつくっているとかで、ひとつ2000万円程度の予算がかかるのだとか。

それを毎年続けているシステムは凄い・・・ものの、なぜ市内を回遊させるようにこれらのテントが市内各所に点在していないのか・・・という疑問も生じたりして・・・


a0010575_1035147.jpgねぶたのストラクチャを分解していろいろ僕なりにいじってみることはもしかすると、今後の僕の活動に必然なのではないかという妄想が湧き出てきて、仕方ないのでそのあたりに可能な限り費やしてみる覚悟を決める。


a0010575_10352980.jpg素材の分解分類、社会システムの分解分類、モチーフの分解、物語の分解分類。

これらのねぶたの終わったあとの廃材の行方も気になるし、小さな地域でのねぶたやねぷた(弘前ではぶじゃなくてぷになるらしい。)あるいは八戸の山車も気になる。

とりあえず、いじるうちに何かができてしまうかな・・・。

青森の大型ねぶたの廃材もらえないかな・・・と結構難しい課題を思いついてしまい・・・日沼さん、ごめんなさい。
by fuji-studio | 2010-07-31 23:24 | ■青森&十和田での活動
八十郎の仕事が増えつつあります・・・大変になってきた。
連日、連夜、藤島八十郎の家には地元の人が訪ねてきて、いろいろな会話が重ねられ、刺激的な時間を過ごしている。

a0010575_9335084.jpg地域に入り込み、ニュートラルな立場でいると、いろいろな角度からいろいろな立場の人との接点ができて、それぞれの事情や思いが伝わってきて、興味深かったり、感動したり、心苦しかったり・・・。


a0010575_935541.jpg藤島八十郎としいうキャラクターが架空の「おまぬけ」キャラであるのと、絵本作家を目指して、物語をつくるためになんでもやります!というような態度を表出しつつ、島で暮らしているので、清掃や活動やら、みかん狩りやら、伝統行事の参加やら・・といろいろな地域の活動に声をかけられるようになってきた。


a0010575_9382852.jpg特に今回のプロジェクトパートナーの宇野澤君は6月から藤島八十郎の家に住民票を移してきて、この地域の自治会にも入会した関係で、瀬戸内国際芸術祭とは関係ないところで、地元の行事や地域で開催される説明会、清掃作業などにも参加しているので、いろいろな立場の人と島での生活を楽しんでいる。


a0010575_9393129.jpgそんななか、八十郎にもボランティアだけど仕事の依頼が来るようになった・・・。

高松側からの高速船の玄関口、家浦港に以前食堂をしていた家に、看板を掲げていたところがある。


a0010575_9405864.jpgその場所が殺風景なので、地元のいちご農家が経営している「いちご家」というカキ氷とかソフトクリームとかがおいしいお店の看板を出すという話があり・・・(いや、本当においしい。)・・・その経営者から看板作りを手伝ってくれとの八十郎への依頼。
 

a0010575_9425563.jpgお店の看板というよりも、島に来た人に向けて何かメッセージを描きたいとのオーナーの要望から、単純に「吹き出し」を看板にして、そのオーナーの子ども達に「島へ来た人に伝えたい言葉」をいろいろ考えてもらのはどうだとの八十郎の提案。


a0010575_9463769.jpgちょうど、たて看板につかっていた廃材(厚さ6mm程度のサブロクの合板がたくさん。表には30cm角程度の格子の模様・・・)がもらえることになり、その素材が具体的な形や大きさ、設置方法を決定する。

イメージを先につくりその通りにモノゴトを押し通すと相当なお金がかかるが、その場にあるものに応じてつくると無駄がない。


a0010575_9473329.jpgただし・・・時間と手間は相当かかる。

その分、心のこもったいいものができればいい。

文字も、通常だったらカッティングの文字を出力屋で頼むところだが、予算をかけられないのでカーボン紙でトレースして塗料で中を塗ってゆく手法で仕上げる。これも久しぶりの作業。


a0010575_9481850.jpg・・・というか、徒歩3分にあるホームセンター兼コンビニ兼スーパーマーケットのなんでも屋には30年ぐらい前に販売していた様子のカーボン紙が赤、青、黒と品揃え豊富に残っていて・・・おそらく僕が買わなければそのまま商品価値がなくなりそうなので・・・トレースの技術はもっと使わなければならないような気がする。


a0010575_949765.jpg取り付ける作業の段取りを決めるために、ためしにひとつだけ看板を設置しようと現場作業を行ってみるが、昔のコンクリートボードが使われていて、コンクリート用ドリルが必要なことが判明。

困っていると、その場所の所有者がちゃっちゃと工具一式を持ってきて・・・まったく無駄のない手際でちゃっちゃと取り付けてゆく。

その作業の仕業が美しい。

こんなところに美がある・・・というのに

僕らはその姿に出会えて幸せだったが・・・それを表現するのは難しい。
by fuji-studio | 2010-07-23 06:32 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
豊島での瀬戸内国際芸術祭のシンポジウムで、周縁代表として・・・。
瀬戸内国際芸術祭の主催で会期中、いくつかのシンポジウムが企画されている。

その豊島バージョンがあり、ボルタンスキー浅田彰との対談のあとに僕らのトーク。

a0010575_13394743.jpgシンポジウムというより、簡単な自己紹介で、時間切れの会だったけど・・・。

出品作家も多いし、英語やフランス語とかの通訳もありで、同時通訳というわけにも行かず、時間的にも厳しいのも確か。仕方ない。

クーラーもない炎天下の小学校の体育館でカーテン締め切っての映像プレゼンテーション自体が無理のある設定。それも仕方ない。 興味深かったのは「拡大する美術と、その周縁。」というタイトル。

どうかんがえても、周縁は僕のことを意識してのタイトルだと思えてならない。(ありがとうございます)


a0010575_13403397.jpg浅田さんは周縁を終焉と読み替えて駄洒落をいったりしていたが、確かに人口1000人の島の小学校の体育館で、世界的に有名作家や批評家や彫刻家、美術作家の中に混ざって・・・周縁活動を自称する僕が平気でそこに並んで座っているのもおかしい話で、・・・いよいよ美術も終焉なのかもしれない。 

実は、今まで島の人に対して、実行委員会に対しても・・・自分自身の事やこれまで行ってきたこと、あるいは今後行おうとしていることについて話をする機会は一度もなかった。

その意味では唯一与えられた5分程度の時間だったが・・・もっといろいろな立場の人と、この地域で行うべき新しいアートシステムの実験について語り合うべきだし、そのチャンスをもっと小さくてもいいので作らなければならないな・・・と感じている。


a0010575_1341952.jpg出来事が大掛かりになれば必ず生じてくるユガミやヒズミについてちゃんと捉え、現在のシステムの不具合について時間をかけながら検討し、修正し、更新してゆく姿勢そのものが大切だと思う。

今回の瀬戸内国際芸術祭というシステムについては、地域側の立場でコーディネートする視線を持つ人の介入がもっと組み込まれてゆかなければならないと思っている。

作家のイメージありきではじまる仕組みそのものにも問題はあると思うが、予算的問題でコーディネーターが圧倒的に不足していて、オーバーワークで・・・しかもその人の立ち位置はあくまでも地域側ではなく、アーティスト側で・・・どちらかというと事務局側ですね・・・。

まあ、それも現状をみれば仕方ない。

去年の水都大阪2009の時は、事務局と作家を繋ぐ間に地域寄りとアーティスト寄りのコーディネータに介入してもらい、その掛け合いに期待したが、どうしても不協和音が生じていろいろな問題が見えてきた。


a0010575_817572.jpg地域側のコーディネータとして、都市計画やランドスケープ系のコンサルタントという立場の人たちが関わったが、そことアーティスト側のコーディネータが水と油でなかなか混ざり合わなかった。

個人の問題としてというよりは、役割の問題として、立場の問題として、あるいは興味の志向性の問題としての不協和音だったのかもしれないが、とにかく両者が「いい状態で・・・」仕事ができたとはいえない。

瀬戸内国際芸術祭というアートシステムについて内部からその全体を見ようとすると、地域側のコーディネータとしてはむしろ地域リサーチ型の社会学系の専門家との掛け合いが必要なのではないかと考えるようになった。

僕自身も含め、アーティストは危険な毒を持つナマモノだと思っているので、それを料理する専門家が必要。


a0010575_8461844.jpgその意味で、危険なナマモノの取り扱いに詳しい人も必要だし・・・

街や構造物あるいはモノゴトが作られる段取りが分かり予算を組めるコンサルタント系も必要だし・・・

そして地域の問題を読み込み、その両者を繋ぐような役割の社会学系のコーディネータも重要なのではないか・・・という視点。

少なくとも、作家の選考も含め、地域の人や地域主体で活動する人が作家の表現を作品化する上で・・・かなり突っ込んだ形で編集作業する視点が必要だと思うが・・・、現状は作家のプラン(具体的な最終形態のイメージ)を数名の力のある人がジャッジするというような仕組みになっている。

そのあたりの問題点は実行委員会の体質次第で、意外と簡単に修正できることだと思う。

ともかく、今後の可能性や不可能性についていろいろ問題が見えてくることは歓迎すべきことだし、無視され続ける地域であるよりは期待感の高まる地域であるほうがいい。

その意味でも、瀬戸内国際芸術祭という巨大な地域実験・・・もっといろいろな角度からの視線がほしい。

・・・・・・

a0010575_8474224.jpgところで、浅田さん、1983年に岡山の牛窓のオリーブ園で開催された第一回牛窓国際芸術祭のシンポジウム会場で出会って以来・・・おお!27年ぶり。

雰囲気がぜんぜん変わっていないところが凄い。昔も若かったが今もとても若い。

当時のシステムはズタズタで、シンポジウムの会場で一緒に出品していた同級生の高橋君とか杉山君とかが怒り、そのときのコーディネータの千葉(茂夫)さんに激しい抗議と行動を投げかけ、押し倒し、暴力とともにある過激な行動をとろうとしていたことを・・・(未遂で終わりましたのでご安心ください。)・・・浅田さんも覚えていてくれた。

考えてみると、国際芸術祭というスタイルはこの牛窓ぐらいからこの瀬戸内の地域では連鎖して定着してきたといえるんじゃないかな。もう30年近く・・・。

そのシステムはかなり更新されてきたとはいえ、まだまだ不全でもっとちゃんと更新してゆかなければならないんだろうな・・・。

ちなみにそのときの牛窓国際芸術祭の翌年、リセットされて、第一回牛窓国際芸術祭が開催され、僕らが参加した第一回だったはずの国際芸術祭は抹殺されたという経験を持つ。

その後10年ぐらいは続けていたので、90年代半ばぐらいまでは開催していたはず。僕らはその時から国際なんちゃらに根拠のない不信感を持つようになったのかも・・・。

それが岡山市内での自由工場へと連鎖し、当時出来立てのベネッセハウスへと感染して、直島の家プロジェクトへと繋がり・・・

というようなことにも興味深いな・・・。
by fuji-studio | 2010-07-21 22:53 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
藤島八十郎の家の看板。
じわじわーっと、ゆっくりゆっくりと、なぜこんなに無駄な形にならないことばかりをやっているのか・・・と思えるほど、ほんの少しずつ、藤島八十郎の家の制作をすすめているうちに・・・

a0010575_21234026.jpg気づいてみると、プレス関係とか、関係者とか、知り合いとかがどどーっと家に流れ込み始め・・・

あれ? 何かがもうはじまったのかな?

・・・というかんじで、瀬戸内国際芸術祭がはじまった。

高松の方では、どうやらオープニングのセレモニーがあったり、出世組アーティスト達のツアーがあったりしているらしいが、事務局に問い合わせてみると、僕らには関係のないことなのだとか。

まあ、まだまだ当分は現場の掃除すらできそうにない状態なので、泥だらけの作業服を脱ぐのはまだまだ先のことだから仕方ない。

そうそう。藤島八十郎の家に看板を取り付ける。


a0010575_21252119.jpgどんな看板がいいか・・・悩んだ末、以前富山県の氷見でセルフのそうめん流し場を作った時につかったボールペン技術で作ってみた。

ボールペンで塗りつぶした独特の色と風味がいい味を出しているのだが、観客の多くはそんな些細な細工に気づくひまもなく、作品を探そうとする。

・・・まあ、いいっか。

ということで瀬戸内国際芸術祭、はじまったようです。

この八十郎の家はまだまだ制作が続き、ようやくこれから宇野澤君や他の参加者がじわじわーっと八十郎の活動をつくりはじめる・・・といった段階に入ります。

10月半ばぐらいにはなんとか形になればいいなぁ~。

そういえば・・・セルフのそうめん流し場。

八十郎の家にもいいかもしれないなー・・・。
by fuji-studio | 2010-07-19 21:26 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
豊島は住民が立ち上がった島として有名なのだが・・・
豊島に来て活動していると、時折、いろいろな誤解された言葉で語る人に出会い、嫌悪感を感じてしまう。

豊島が大きく誤解された言葉で語られることがあるので悲しい。

a0010575_7471327.jpg豊島は行政と戦い、自然を守りきった住民の姿で有名になった島なのであって、廃棄物で有名になった島なのではない。

わずかな言葉の使い方の違いが島に対するイメージや認識を大きく誤解させ、無神経に語る人がたまにいるので心苦しい・・・ということ。

全国各地、どんな地域にも廃棄物処理場はあるし、不法投棄の産業廃棄物の現場かある。

しかし、その現場の管理体制やありかたそのものに対して、住民がしっかり問いかけ、行政に対してちゃんと問題を提示し、なおかつ解決の道を探ろうとしている地域がどれほどあるというのか。


a0010575_7481942.jpg豊島の住民は自然豊な酪農の島に廃棄物が持ちこまれようとしたときから戦い続け、行政に対しても管理責任を問い続け、・・・しかし、無視され続けられながらも・・・なおかつ戦い続け、そしてその撤廃を約束させたというすばらしい住民達の暮らす島として有名になった。

僕は1994年頃、高松市で行われてたいた中坊公平の講演会に出席したことでそのことを知り、その住民の意識の高さと活動力、行動力に感動した。

それがきっかけで豊島に興味を持ち、2004年頃に一度、環瀬戸内海環境会議のメンバーの案内で島を訪れたことがある。


a0010575_750851.jpg豊島に入り活動し、あるいは豊島で活動するいろいろな人に語るにつれ、たまに何かを誤解して「豊島は廃棄物で有名な島ですよね・・・」と語られることがあり腹が立つ。

とんでもない誤解。

廃棄物と戦った住民で有名な島なのであって、廃棄物で有名な島なのではない。

そこの言葉の省略は修正してほしい。それで困っている人も多いからです。

日本全国、世界各地、増大する廃棄物の処理で頭を痛める地域の中で、その処理の仕組みと責任についていちはやく厳しいまなざしを向けながら、ちゃんと発言し、ちゃんと会議をし続ける力のある住民で構成された地域はそう多くはない。、

豊島はやっぱり凄くいい。

出会う人々がそれぞれ凄くいいから。

とにかく・・・日々感服。

そして大量に襲い掛かる蚊の攻撃を支える自然の力にも感服。


※写真はちゃぴ@こえび隊撮影
by fuji-studio | 2010-07-15 00:59 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
豊島タワーの階段ができました。
藤島八十郎の家にある豊島タワー。

a0010575_23452354.jpg・・・タワー・・・というか、ただ、やたらと高い位置にある土蔵の納屋の煙ぬきの屋根の通気窓から眺める風景は、豊島の集落を俯瞰できていいだろうな・・・というイメージから、そこまで上るはしごをつけて、屋根の梁を利用して、展望室をつくろうか・・・というイメージに連鎖し・・・


a0010575_23464172.jpgそれがいろいろな人のイメージをかきたてるうちに・・・いろいろな人がありえない作業に没頭し、廃材をあつめ、のこぎりをひき、作業を重ねるうちに・・・


a0010575_01345.jpg本当にできてしまった。

ほとんど地元の人の・・・特にFさんの力。

豊島の人は自然にしろ、地形にしろ、農作物にしろ、家畜にしろ、建造物にしろ・・・とにかくいろいろつくる技術と道具を普通にもっているし・・ありえないぐらの作業能力でなんでもつくることができる。


a0010575_23593399.jpg本当に凄い。

ちなみに・・・僕は何も手伝えなかった・・・。

とにかく、確実に展望室になったので、記念スタンプぐらいはつくりたいなというイメージがひろがる。

豊島タワー、できつつあります。

さて、弓木君がどのような仕上げをしてくれるか・・・。
by fuji-studio | 2010-07-14 23:41 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
豊島唐櫃の公堂の床磨きと修理をする藤島八十郎
豊島の唐櫃の公堂。もともと小学校の講堂だったところの床の色あせと汚れが気になり、藤島八十郎はその床を磨く・・・という設定で今日はこえび隊と一緒に床磨き。

着色塗装でがっと塗れば早くてきれいになるのだろうが、匂いとかいろいろ大変そうなので、カラーワックスで磨く。

a0010575_13145830.jpg磨いていると床にこびりついている塗料のしみとか、木目とかが気になり、それを小動物にたとてみたり、星にたとえてみたりとこえび隊の妄想は尽きない。

こえび隊とは瀬戸内国際芸術祭の正式サポートボランティアの名称。登録者は1500人ぐらいいるとか。

僕のところには毎日1人~3名ほどが入れ替わりでやってくる。遠いところは神奈川から、愛知から滋賀から岡山、高松から・・・いろいろな人が豊島にあつまり、いろいろな作業の時間を共有する。その時間そのものが貴重だと思う。


a0010575_9224943.jpgいろいろな人と一緒に何かをいじっていると、そこから予想していなかったイメージが湧き出てくる。それを実際に形にするのかどうかが別れ道。

実際に形にしてしまうという点のみが僕らの特性のような気もする。

床を掃除していると、床板の割れを発見。 紙ガムテープで貼っていたのがはがれている。

その割れとおなじ形に木材を削り、はめ込んで補修してみる。


a0010575_9263372.jpgこのブログやツイッターで報告しなければ、おそらく誰も気づかない作業だと思う。

そんな手わざの痕跡を豊島の各所で行ってみたい。

だれも気づかれないような仕業でも、物語をつくるというフォーマットの中では十分作品化のプロセスとして成立する行為のような気がする。

地域を圧倒するような強烈な作品をインストールすることばかりが有効な手段とは思えない。だれも気づかれないところで些細な感情に向き合いながら小さな沁みや割れに手を入れるという行為の連続や連鎖が空間の質を変えることもある。

いづれにしても辛抱強く、長い時間かかる仕事だと思う。
by fuji-studio | 2010-07-13 13:13 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎