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「藤島八十郎をつくる委員会」をつくる計画
瀬戸内国際芸術祭もだんだんと終わりが近づいてきて、いろいろと今後の話が出始めている。

この地域に新しいベクトルをつくるキックオフイベントとしてのお祭りは終わり、ようやくじわっとした地域の日常が戻ってくる。

豊島の場合、豊島美術館やボルタンスキー美術館は常時営業する美術館として残るほか、一つの地域に2点づつほど引き続き作品として常設されることが決定されているので、ゆっくりと豊島を楽しみたい人はぜひ何度でも訪れてもらい、第2の故郷として深い関係を持ってもらえそうだ。

a0010575_0195370.jpg恒久的設置になる作品のリストも出始めているが、もともと僕の出品作品は藤島八十郎という豊島で右往左往しながらも、いろいろな活動を模索する「役立たずの八十郎」をつくるというベクトルにあった。だから是非とも豊島に藤島八十郎の存在をつくってゆく活動は残したいと考えている。

当初、藤島八十郎の家を整備した後は豊島の状況を観察しながら、八十郎のできることを探りつつ活動を始めるつもりだった。

しかし、瀬戸内国際芸術祭の来場者の多さに目を回しているうちに…生活費を稼ぐ為に豊島から離れ出稼ぎに行くうちに…稼げない場合がほとんどだったが…結局、たいした活動できなかった。 ただ、こえびのササオさんが中心となって八十郎の家の庭に農園を作って野菜づくりを行ったり、自治会長の藤崎さんの指導で豊島タワーとか豊島スカイツリーを作って楽しんだり、唐櫃公堂の床を着色ワックスがけして磨いたり、自然の家の遊具を塗りかけたり、家浦にあるいちご屋の看板を子どもたちがつくるのを手伝ったり…管巻三十郎が瀬戸内国際芸術祭についてブツブツと八十郎ブログやツイッターで管(くだ)を巻いたり、…結局八十郎を支える人達はいろいろ動いたものの、役立たずの八十郎の活動は、何がやりたかったのかも、何をすればいいのかもわからないまま、とりあえずの100日が終了する。


a0010575_0401394.jpgしかし、その間にも、豊島での活動のイメージや大切に表現しなければならない活動の種とは数多く出会っているのも確かで、その部分にじっくり時間をかけながら触れてゆき、何かが発芽する期待感は相当ある。
…ということで、今後とも藤島八十郎は豊島でもっと修行してもらおうということで、藤島八十郎をつくる委員会をつくることに。

委員会は八十郎を応援係とか、菜園係とか、読書係とか、運動係とか、散歩係とか、制作係とか、企画係とか、友人交流係とか(ろくな係がないな)…そんないろいろな係が集まって…もちろん自主的な係大募集…

それで委員会をつくり活動をぼちぼちとゆっくりと持続してゆきたいなー…と。

で、できれば、藤島八十郎の家は「八十郎をつくる委員会」の部室のような拠点として利用してゆきたいなー…っと。

通常は「八十郎は旅に出てます」という書置きを残して家には入れないのですが、イベントとかワークショップを開催するときの拠点にできないかな・・・と考えていますがいかがでしょうか?

…ということで、どうぞよろしくお願いします。

…ってだれに頼めばいいんだ?

かえっこは3年で形になり、10年続いて相当なことになっていますが、藤島八十郎をつくるという表現は5年ぐらいで形になりはじめ、15年後ぐらいに凄いことになるような気がしています。いづれにしても八十郎は豊島を拠点に…たまには旅に出たりしますが…豊島に骨を埋める覚悟で生涯豊島で活動したいのだそうです。

…なに?八十郎には兄弟がいるって?
by fuji-studio | 2010-10-22 19:15 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
藤島八十郎の家での山田創平さんとのディスカッション。
山田創平さんとは2年前の新世界でのレクチャートークと散歩の時に、その誠実な語り口と知識の角度にイメージをかきたれられたのが最初の出会い。

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そして去年の7月、水都大阪が始まるという前の勉強会と、その後会期中のトークセッションでお招きしあらためてその深さに引き込まれていった。

面白いことに、後輩の小山田君も大山崎とか舞鶴とか、そして今年の夏、青森へとお招きしさらに興味は深まった。また雨森さんやブブは別府で一緒にプロジェクトを行っているのだとか…うらやましい。

なんだかこの2年、僕らにとっては、とても深く大切な視点を持つ人頼りの人になっているが…それにしても、なぜだか僕らがかかわる現場は水辺が多い。 


a0010575_2117657.jpg今回は僕のほうからお願いし、どうにか都合をつけてもらい、一番混雑している時期だが、豊島にわたってもらい、人々がアートを見て回るルートを外れて、壇山頂上から展望台、豊玉姫神社、権現様(スダジイの森)虻山跡、そして唐櫃八幡宮とお連れし、八十郎の家の庭でトークをおこなう。

八十郎の家は日曜日の混雑で、家へ入るにも、タワーに入るにも10分~15分ほど待たなければならないの状況。そこに椅子をならべて、創平さんと管巻君と僕とのトークをぐるっと囲んで聞けるようなセッティング。 話の内容は藤島八十郎のブログにも少しだけ報告があるが…とにかく興味ある発見がまた数点。


a0010575_21181544.jpg権現様にもともと数千年まえから祀られていた巨石(イワクラというのだとか)の向きが冬至の日の日の出の方向を向いているかどうか…そして、その経路に道路沿いの巨石が重なるかどうか。

海洋民の巨石信仰…

海洋民はそもそも合議制、共和制だったのだとか。その遺伝子を多く受け継いでいるのが島の特性なのではないか…とか。

そして海洋民にそもそもあった芸能。

豊島の芸能を復刻できないかどうか…の課題。

そして…紡錘形の山(もうなくなってしまった虻山)とウミヘビや龍のモチーフとの関係

豊島の問題を能として残すとか…

ああ、とにかく山田さんの話は血が騒ぐ。

豊島と僕の関係は先祖のレベルで相当繋がっているに違いない。
by fuji-studio | 2010-10-17 20:25 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
どうする豊島! で悶々と考えていました…
豊島の唐櫃の丘の唐櫃公堂で、「どうする豊島」というテレビ番組のタイトルのようなフォーラムが開催された。

a0010575_7342181.jpg副題は「豊島から考えるいろいろなこと」

実際に、豊島が抱える問題は、将来の地域社会が面する様々な問題に繋がる。そもそも豊島という名前に「豊かさ」に対する定義の問いを読み取るとすれば、「豊島」はこの島のことを指すのと同時に、島国日本そのものを指すようにも思われるのが苦々しい。

実行委員会主催のこのようなフォーラムやディスカッションがいたるところで開催されるようなイベントであってほしいが、実行委員会主催となると政治的バランスの配慮が必要だったり、体制を整えるために仕込みに代理店とか入って予算的に大きくなってしまい、妙なものになりがちだし、このような混乱状況の中、そこまで余裕はないのだと思う。実際、このようなものは市民側がどんどん勝手に手作りで多方面の角度から行うほうが健全だと思っているので、高松で活動している商店主達のこの企画は相当期待していた。


a0010575_7351673.jpg豊島にある3つの自治会長や豊島から選出されている町議や瀬戸内国際芸術祭のディレクターの北川さんまで呼び出してのフォーラム。そして僕が以前から注目していた石井亨さんの登場。

石井さんについてはずいぶん以前から豊島の産廃闘争の書籍の中で目にしていた名前だったが、1月28日に朝日新聞に掲載した瀬戸内国際芸術祭についての警鐘ともいえる石井さんの文章があまりにも的確で共感できるものだったので注目していた。


a0010575_7355692.jpgこの文章のコピーがあらためてフォーラムの会場で配られたので読み返してみると、今更ながら瀬戸内国際芸術祭が早急に解決しなければならない問題の多くを預言者のように的確に指摘している。

瀬戸内国際芸術祭が始まり3か月以上過ぎ、いろいろな問題が明快に見えはじめ、自治会長達も開催前に抱いていた不信感や不安よりは、今後の期待を膨らませている状況でのフォーラム。

地域に期待と可能性の種が発芽している盛り上がりを直に感じている観客の大きな期待の中、この瀬戸内国際芸術祭の成果に対する賞賛を誠実な言葉で刻む各自治会長の積極的な意見から始まったフォーラムは…圧倒的な強い言葉で話す北川さんのパワーに押され…戸惑う司会者と「反瀬戸芸」というレッテルを背負ったままの状態で登壇してしまった主催者のしどろもどろな突っ込みで…妙な停滞へと…ああ、もったいない時間。


a0010575_73639100.jpgどちらかというと草の根的な活動を行っている地域アート系プロジェクトの現場で試行錯誤している僕とすれば、それぞれの地域系アートプロジェクトに圧倒的に足りない集客力や浸透力などを考えると、北川フラム的大量投入の関わりをつくる手法には違和感を抱きながらも、そうでなければ動かないいろいろな現場の現実も見えてきるのも事実。

だからこそ…地域に適正な規模の検証と、それをどのようにコントロールするかの技術的な論議は必要だと思うし、あくまでも地域の住民が主体となるコーディネート組織が少なくとも豊島には…本来それぞれの島や地域で必要なのだと思う。


a0010575_7371885.jpg島の自治会や連合会などを内部に持つ瀬戸内国際芸術祭の改善委員会のようなものを住民側の組織としてつくり、そこと丁寧に協議してゆける豊島専属のコーディネート事務局が必要だと思っているし、その発生を促すためのフォーラムなのではないかと期待していた。

瀬戸内国際芸術祭の総来場者としては90万人近い数になるという話だが、僕の現場…藤島八十郎の家で正の字を書きながらカウントした来場者ですらも5万人は超えそうなので、豊島で15万人とか全体で30万ぐらいは実数として来場しているほどのイベント。

それが島の日常にどのように浸透し、影響してゆくかはこれからの課題だし、これがきっかけとなって、いろいろな人が島に興味を持ち、いろいろな方面から介入してくることは予想できる。

その、どの人にどのような形で何を提供し、あるいは何を防御してゆくのかの積極的な対策へと向かうためにも、島の将来を本当に心から大切に思う住民主体の組織が動かなければならないと思う。

そんな話ができる重要な場だと期待していたのだけどなあ…

だて、ここからが僕が話したかった提案。検討してほしい提案。

この対策委員会…改善委員会のようなものに島を離れた息子世代、孫世代の30代、40代の人が参加できる仕組みを設計するのはどうだろうか?東京都が3331で行っているinside outともリンクする活動だと思うが、豊島の問題を豊島を離れている人が積極的にかかわりをつくるオフ会議を瀬戸内国際芸術祭に組み込むイメージ。

ツイッター会議でもいいし、スカイプ会議でもいいかもしないが、離れていても内容に関わり参加できるシステムづくりのイメージ。

それは必ずしも豊島の出身者ばかりではなく、これまで深いところで関わってきた精神的な豊島の応援団でもいいし、これから積極的に豊島の活動にかかわりたいと思っている応援団でもいいのかもしれない。

とにかくあらゆる角度から豊島のそれぞれの地域のベクトルにどういう化学反応が必要なのかを話し合う時間こそ、僕はもっとも豊かな時間なのだと思っている。

何ができたかということよりも、何をつくるかと考える時間の豊かさについて・・・あまりにも無視されている現在。

ああ、この辺の話、八十郎の家でのオープンディスカッションしたいなー。

だれか話してくれる住民いないかな。
by fuji-studio | 2010-10-16 23:17 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
去年紹介したみなみ幼稚園の持つ森で大人達が遊ぶ。
去年の日本文化デザイン会議の会場となったみなみ幼稚園の魅力については去年のブログで紹介したが、そこが河川の周辺に40年前から森を作っていて、そこが園児の遊び場になっているという話を去年から聞いていて、一度訪れたいと思っていた。

a0010575_1043519.jpg今年の日本文化デザイン会議ではその自然教育園となづけられた森を会場としてお借りして、建築家やその学生たちが森のカフェをプロデュースし、大人が遊び心で森を使う実験。


a0010575_1145822.jpg初日のデザイン会議のオープニングレセプションはこの森で行われる予定だったが、あいにくの雨。

この森で開かれたらどれほど心地よかっただろう。いい音楽といい食べ物といいお酒といい友人たちと…一番の贅沢だな。


a0010575_117418.jpg森の中のカフェはイメージとしてはだれもが憧れるが、実際に運営するとなるといろいろ難しい面もある。

このような地域イベントとしてそのカフェが実現できるのはとてもうれしい。それにしても、この森には幼稚園児がやってきて、思い思いに遊ぶのだとか。

たまには保護者と園児が手作りのマーケットを出してフリーマーケットを楽しむのだとか。


a0010575_118736.jpg子どもに遊びや学びやワークショップなどのプログラムを押し付けるのではなく、子どもたちが…あるいはおとなた達も…自由にそれぞれ好き勝手に…というか、思い思いに自分の行動を発見できる場がうらやましい。


a0010575_1192065.jpg先日、福岡の自宅まで訪ねてきてくれた子ども達との活動に問題意識を持つプロフェッショナルとの会話を思い出した。

子どもの遊びを導く大人のあり方についてのヒヤリングをしにわざわざ福岡までやってきてくれたのだが、そのとき会話の中ではじめてある考えに気づかされた。


a0010575_11113370.jpg子どもにとっては遊びと学習の区別がないということ。

子どもはただ目の前の現象に夢中になる。

自分の行動に夢中になる。


a0010575_12291867.jpgそこに遊びとか学習とか教育とか…そのフレームをつくるのは大人の価値観。

何かをさせようとしたり何かを教えようとする大人の常識や価値観が子ども達の「自分で見つけ出す」という貴重なチャンスをいかに邪魔し、阻害し、歪曲させているか。


a0010575_12301218.jpgあるいは…何かにおびえ、何かを感じ、何かを見つけ出し、何かを乗り越え、何かに夢中になる…

そんな貴重な宝物のような時間をいかに阻害し、剥奪しているか。


a0010575_1230511.jpgこの森は優しいばかりではなく、しっかりその敷地の中に「不思議な怖いところ」を作っている。

そう、森はそもそも優しい安心できる場というよりはむしろ神秘的なところ。

それは意図的なのかどうかはわからないが、まるで魔法使いが住んでそうな…国籍を超え、現実を超えた空間。


a0010575_12314725.jpg実は理事長の柳瀬さんが長年趣味で集めた骨董のランプやガラス瓶が飾られた事務所。

友人の出店する蚤の市で感覚的に興味のあるものを集めていると知らず知らずのうちにランプやガラスなどがたくさん集まったのだそうだ。


a0010575_12324556.jpg何か作為的に子どもの空間を作ろうとしたわけではなく、柳瀬さんの感性や生き方や子どもの教育に対するしっかりした理念のようなものが核となり、その空間をにじみ出しているのが素晴らしい。

そしてここで幼稚園の頃育った子どもたちがまた大人になり、ここで、そのころのことを思い出し、感性に正直な活動を行うことができる「まちのシクミ」も素晴らしい。

a0010575_1219932.jpgところで…この施設の中に貼ってある一枚の写真僕は見逃さなかった。

なんと! ポニーの馬車!

これぞ僕が北本の駅前に降り立った時にイメージしてしまった姿。

北本でなくもいいが、どこかの自治体とがっつりやりたいイメージ。

牧場を市民が経営し、駅前の雑木林の中にロバやポニーがひくコミュニティ馬車が市内を運行するまち。

それが実現できるのはまだまだ先なのかな。経済のためや地域の活性化の為にはたらくのではなく、個人の精神の豊かさの為に働く人が増えるような地域に育つのはいつの日か…。
by fuji-studio | 2010-10-11 23:31 | ◎埼玉・北本ビタミン
北本ビタミン 西尾美也、wah、北澤潤からの連鎖
北本に最初にやってきたのは…2008年の5月…そうかまだ2年と少しだけなんだな。もう3年以上関わっている感じがしていた。

a0010575_22382671.jpgこのブログを書き始めてから記録がかなり正確に検索できるようになったので便利。その記録によると最初に北本に呼ばれて何ができるか考えるためにその2か月後には北本アーツキャンプのチラシポスターを制作し、北本市役所の全職員に配布してもらった。

アーツキャンプという手法は1997年に福岡で始めたミーティングテーブル「plant」の合宿型の変形で、2006年に筑前深江アーツキャンプを地元のPTA主催で実施した経験があった。


a0010575_2324227.jpg地域の中でイメージ作るためにはいろいろな人とのディスカッションを重ねることで初めて発生すると思っいたので、そこから始めた。

8月のお盆の時期の5日間の合宿はどちらかというと地域や地域で活動している人と出会う為のリサーチだったが、それを踏まえて冬のキャンプがはじまり、興味深いデザイナーやアーティストがかかわるようになってきた。 


a0010575_2341471.jpgその中でもいち早くアクションをおこし、独自のプロジェクトを展開しはじめたのが西尾美也

彼の活動は2005年の取手アートプロジェクトの時から自主的にスタッフユニフォームの提案をいろいろしてくれていたので関係が深い。


a0010575_2352026.jpg京都にある大川センター運営のCAMPが行っているワークショップ「ふくのりゆう」に注目して以来、いろいろな現場で接点があった。

今年は去年まで北本や他の各地で展開してきたプロジェクトの素材を生地として最終的に服に戻しコミュニティ活動へと繋げてゆこうという新しい展開。


a0010575_2365756.jpgその実験の場が北本に暮らす若いデザイナープロジェクト「北本デザインプロジェクト」が自主的に改装して拠点していた「氷室(ひむろ)」

今年の北本ビタミンの活動がこれまでの2年間のそれぞれの活動をベースに、それぞれがいい形でリンクしてゆく流れを感じることができて、なんだかうれしい。


a0010575_761890.jpgwahの活動が北本にリンクし始めたのは西尾君のプロジェクトの北本タワー2階の工房の後、wah document officeとしての改装が始まってから。

彼らの活動としては珍しく、まず事務所を設け、新しい活動の形態を模索していたんだなと、今になって初めてわかる。

家を持ち上げるプロジェクトの主体のチーム名が「orera」であるのに対して、北本団地の空き物件で展開したプロジェクトの主体は「はみ出し探検隊」

北本団地の小中学生が中心となって、無人島に行くというプロセスをいろいろいじっている。


a0010575_772454.jpg「はみ出し探検隊」の活動のゴールは「無人島で過ごす」という極めてシンプルなものだが、そのプロセスをめいいっぱいいじっているのがwah document。

僕が最近活動の拠点としている豊島などの瀬戸内までくれば簡単に実現できる計画だが、わざわざ無人島にわたるには漁船がいるという理由を作り出し、漁船を千葉の漁港から運んできたのだとか。

なるほど。wahの活動のツボはまともそうに見せて、実は大きくズラす。そのズレ様の魅力だなと見えてきた。


a0010575_7103090.jpgそして北本団地の商店街の空き店舗で「Living Room」という活動を続けている北澤潤

やはり北本アーツキャンプのプレゼンテーションから彼の活動を知ることになったが、興味深い取りくみを、とてもまじめに「美術」に向かいつつ、しかも、団地に半分暮らしながら、その活動を地道に展開しているのが興味深い。


a0010575_7114031.jpg意図的に意図せぬ展開を仕掛け、現象を受け入れ、それを記述し、そして次の展開を仕掛ける。プロセスのあり方として注目すべき手法だと思う。 

内容はぜひ彼のブログサイトの報告をたどってもらいたいが…何もないところから北本団地の住民に使わなくなった家具を集める所から始め、集まりつつある家具でリビングルームを制作し…子どもたちの遊び場として開放しつつ…そのうち物々交換できるリビングルームとして…。

一つの場でありながら、用途が自然と変化してゆく状況。


a0010575_7123674.jpgそして偶然なのか、意図したのか…カラオケセットとかピアノとかがそろったところで「リビングコンサート」

常連の団地の子ども達が最前列で手伝いながら、地元の人のコンサートが催され盛り上がる。

地域は素晴らしい人材の宝庫だ。アートという文脈に縛られていたのでは絶対に出会えない人材にも、開放系のシステムを持つことで出会う可能性が生じてくる。


a0010575_7132856.jpg常にあらゆることにオープンになりながら、興味深いところに自由に移動できて、興味深い人と出会うシステムを作り出すこと。

北澤君の表現はそのような方向性あるのだろうし、だとすると相当うまくいったことになる。

美術に縛られない美術表現をどこまで実現できるかが、美術表現の可能性を広げてゆくことだと意図していると信じよう。

とにかく、北本ビタミン、来年2月にさらなる展開。

ところで、僕はなにしたらいいんだろう。

そろそろ僕にも何かやらせて欲しいな。

彼らに負けない表現…無理かな。いろいろハンディあるなぁ。
by fuji-studio | 2010-10-11 23:25 | ◎埼玉・北本ビタミン
北本で家を持ち上げました。
北本ビタミンの活動がきっかけとなって北本に拠点を構えたwah document

a0010575_16543052.jpgこれまではwahの活動はwahが主体的に行うと思われてしまうことに違和感を持っていたのだろうか。

今回はwah documentというwahの記録、運営の事務所を北本に制作することから活動をはじめ、主体をいろいろなチームが行うという新しいフレームを用意して北本の様々な活動を展開している。


a0010575_1765650.jpg今回の日本文化デザイン会議の中で行った活動の中心は「おもしろ不動産」
北本市内にあるいろいろな魅力的な物件を使うシクミを模索する活動。

そのひとつ、西高尾の空き家をwah documentのメンバーでもある増井君の学生がチームをつくりその利用方法と改装方法を試行錯誤してきた。


a0010575_2235741.jpgそのチーム名はorera なんと京都造形芸術大学の一年生。

美術大学の一年生なので、…こういう言い方をすると失礼だと思うが、制作の経験もほどんどなく、地域社会にどのように接すればいいかの経験もなく、対人関係のコミュニケーションのあり方すらもまだ模索中の年頃。

もちろん家を持ち上げたことなんか一度もない。


a0010575_2273638.jpgその彼らがwah documentや北本ビタミンや北本市役所、地域住民の力を借りながら実現したのが今回の「家を持ち上げる」というミッションを設定した「筋トレハウジング」

空き家の利用と改装ほ方向性を考えるうちに「持ち上げる」という改装方法へとたどり着いたのだとか。そのズレが痛快で仕方ない。


a0010575_2285836.jpg経験が少ないということは実現可能かどうかの無意識の判断を経験から行わないという点で優位にある。

逆に経験を重ねたおっちゃんが面白い発想ができなくなってゆく根拠はそこにある。

経験がないがゆえに、(wahの場合は経験からだと思うが)あまりにもばかばかしい到達点を選択してそのありえない交渉と苦労と労働を重ね、地域の中に様々な積極的でポジティブな摩擦を生じさせるという手法。


a0010575_22114921.jpg心や感情は挫折と失望と感動を重ねることで育てられるという話を以前話したことがあるが、地域社会の中にありえない事件を生じさせて、それの参加を促し、その制作過程を共有し、問題を乗り越えつつ実現に向かうプロセスそのものが価値がある。 

そんな明るい事件を地域社会の中に発生させることができるアートプロジェクトが可能だとすれば、アートも悪くないかもしれない。


a0010575_22132278.jpgかなり興味深い活動だったので、参加前からツイッターでその参加を呼びかけつつ、僕自身も家を持ち上げる体験に参加する。

前日までは、持ち上げるために必要と予想されていた200人という人数にまったく届かないという話だったが、当日いろいろなところから…子どもから家族連れから高校生から高齢者まで…200人を超える参加者があつまり実現する。 


a0010575_2216615.jpg若いチーム、oreraの当日の現場の段取りや発言はありえないぐらいグラグラのダメダメで…しかし、その現場に集まった参加者はジワーっと彼らをささえるモードにみんなが変換され、観客も含め、みんなが我慢強く「家を持ち上げる」というあまりにもわかりやすい一点のベクトルに向かう。


a0010575_22183450.jpg9時から集まって持ち上がったのは…そういう事情なので…12時。

何度かの掛け声だけの練習の後、本番の掛け声とともに200人の肩に家が食い込む。

ググッと重さを感じた後、ふっと家を持ち上げる感触。…と同時にこぼれ聞こえる驚きと感動の
声。さん、に、いちの掛け声の後、重さと感動に耐えながら家をゆっくり肩からおろす。

肩から家を下した瞬間、家の中と外のあちこちから沸き出てくる歓喜歓声。

いやー、生涯たぶん二度と体験できない肩に刻み込まれた持ち上げた家の感触。

北本のみなさん、関係者の皆さん、本当にありがとうございました。

wah documentのブログでも報告があります。持ち上げた瞬間の動画もリンクしていますのでぜひご覧ください。そして、今後、このようなチャンスがあれば、ぜひ逃さないように。
by fuji-studio | 2010-10-11 13:28 | ◎埼玉・北本ビタミン
ボーダーを行き来する人の態度の魅力。
日本文化デザイン会議の市長の出るセッションに続いたのが日比野さんと森本千絵さんとのセッション。

a0010575_7512214.jpg日比野さんとは最近現場がやたらとシンクロし、いま一番顔を合わせる機会が多くなった。

でも森本千絵という人とは初めての出会いで、どういう人かまったく予備知識がない状態でセッションに入る。

広告の仕事をしてきた人だが、相当はみ出た仕事をしてきたらしい。最近新しくはじまったNHK朝の連続ドラマタイトルバックの踊るプロジェクトを作っている人だというので相当旬なアートディレクター。


a0010575_804438.jpg話の内容は…せっかくアトリエワン市民と作ってきた駅前雑木林計画を議員の反対でなしにしてしまった市長に対しての怒り発言を僕がいきなり高いテンションではじめてしまったので、なんだか勢いモードに。

日比野さんの発言もツボをついてきて興味深いが、広告などの流通の世界にいる人と話す機会は少ないので森本さんの態度はかなり新鮮で面白かった。

セッションの中でも話したが、最近ボーダーを行き来している活動に魅かれていることを自覚してきた。


a0010575_811937.jpg豊島の藤島八十郎を一緒につくっている宇野澤君と話しているうちにジワーっと自覚するようになったが、明確に言語化されたのは青森での山田創平さんからの入れ知恵。(そうそう。山田創平さん、今月17日昼1時から藤島八十郎の家にゲストで迎えて話をしてもらいます。)

島と縞はもともと同じ意味だったとかで、島も縞もボーダー。

ボーダーとはエリアの交差する状態をいうのだそうで。ここは俺のシマというシマともつながっているのだとか。こんな話小学校の時に聞きたかった。


僕の遺伝子の中で騒いでいるのはそのボーダーを行き来して動こうとする態度なのかもしれない・・と。

たとえば広告なり、あるいは美術なり、政治なり…なんでもいいのだが、その中心にどしっとしながら動かない態度ではなく、ある領域と別の領域の中を行き来しながらボーダレスな態度。

そこに何か魅かれるものがあるのだろう。

森本さんの話や日比野さんの話を聞いていて、司会をしてくれた森さんもまた…このセッションはまさにボーダーからはみ出ようとしたりボーダーを拡張したり、ボーダーの内部を大切にしながらもボーダーに囚われない人達だなーとうれしくなった。

行政ももっと「もはやこれは行政ではない!」というぐらいの活動ができれば魅力的なのに。

セッションのあと、森本さんが最近出版した「うたう作品集」をプレゼントしていただいた。

僕が僕にも「うたう」という作品のシリーズがあり、「うたう」っていいですよね。との話をしたからだと思う。

中身を見て驚いた。僕はテレビを見ないのでほとんど知らないが、これまで彼女が広告の世界でつくってきたイメージの膨大な仕事の態度がはみ出ていた。

なるほど。その仕事はアートの領域の仕事ではないが、もはやアートとしか言えないような内容の仕事。まさに興味あるあり方。

広告というフォーマットでいろいろな人との関係の中で無茶なイメージを作っている…ひとりwahというかんじ。

だから森君は僕にぶつけたかったのだな。日比野さんを間に挟んで。

もっともっとボーダーを行き来している人はいるんだろうな。アートの外側に特にたくさん。

もろもろ、ありがとうございました。
by fuji-studio | 2010-10-09 23:12 | ◎埼玉・北本ビタミン
基礎超識1:地域のそれぞれの場には時間軸がある。そしてモノには旬がある。
僕の中では常識だと思っているものごとでも、周辺の人にとっては超常識なこともたくさんある。

a0010575_271445.jpg作家や作品には旬があり、賞味期限があるという発想は僕の中でいつごろ常識になっていったのかは忘れたが、すくなくとも、99年に福岡市が発行したパブリックアートガイドブックに寄稿したことがあるので、その時から10年以上は経過する。


a0010575_283757.jpg瀬戸内国際芸術祭の現場でいまだにパーマネント…つまり恒久設置か会期後撤収のテンポラリー…一時的なものかという話が聞こえてくるたびにモヤモヤする。

時間軸のとらえ方の単位が永久か一時的かの2者択一しかないことは非常識だと思えてならない。


a0010575_295823.jpgその論議は90年代の初めに場の問題が発生する以前にパブリックアートの問題の現場で語られてきたはずだと思うが、あらためてここにざざーっと僕の常識を紹介しとこっと。


a0010575_2114597.jpg当時、考えていた僕の時間軸のとらえ方は…33年1世代、66年で2世代、99年が3世代でそれ以上を永久(?)。

33年は一般的な建築物の耐用年数、街は66年で完全に更新され。99年残っているとすればそれは先祖代々レベルで…人の身体的な記憶認識を超える…。


a0010575_2124986.jpg人の生涯年数が90年だとして、人間が経験する時代変化はせいせい3世代。 2世代前の祖父や祖母が二人づつ、合計4人いたことは認識していて、それぞれの姓名をたどれても、どんな名家の出の人でさえ4人の祖祖母の姓名と4人の祖祖父の姓名をちゃんと知っている人はほとんどいなくて、しかもちゃんと8つの墓参りしている人なんて聞いたこともない。 

99年以上経過しても残っているのもは完全に放置されていても仕方なかった環境にあるか、あるいは世代を超えて手あてされ、受け継がれてきたもの。


a0010575_2145628.jpg地域の中にはそれぞれ時間軸があり、1000年単位で保存され、受け継がれなければならない場もあれば、地域の誇りとして世代を超えて変化させてはいけない場もある。

その一方で、地域も新陳代謝を繰り返しているので、世代ごとに…33年ごとに変化したほうがいいエリアもあれば、10年ごとに更新されたほうがいい場も必要だったり、3年ごとに変化していくぐらいがいいところもあれば、一年ごと、季節ごと、一か月ごと、毎週、毎日、時間ごと…など限りなく多彩に変化する時間軸はそこにかかわる人の属性やそこに何を求めるのかの内容にもよるし、あるいは意志を持って不変の時間の流れを長い時間かけて更新させてゆかなければならない場もある。


a0010575_2163596.jpg70年代より90年前半ぐらいまで、日本のいたるところで拡がった「彫刻のあるまちづくり」に代表されるような、容易に排除できないような…重かったり、いやらしかったり、下品だったり、邪魔だったりする固形物を配置して、その地域の時間を固定しようとする試みについては、時間の流れを静止させようとしたり、歴史的景観地区、あるいは歴史的記念碑的な場でその歴史の固着の手助けをさせようと意図するものならまだわかるが、地域に暮らす人の新陳代謝を凝固させたり、地域の人の新しい活動を阻害するような飾り…新装開店の記念の花輪をずっと立ている店舗のように駅前に開店記念のモニュメントを恒久設置として飾り続ける感覚は制御したほうがいい。
 

a0010575_21737100.jpgとにかく、瀬戸内海の島のいろいろな場も時代とともに変化しつつあり、変化を制御したほうがいい場もあれば、変化し続けることで魅力的になるところもある。

恒久設置といわれている作品の多くも、実は建築の耐久年数に準じて消滅してゆくし、飲食店などの内装などは5年が限界とされている面もあるし…もちろん数十年変わらない味と内装のカフェも大切だが…私設財団の美術館に属する作品群はシステムの面からみても、その代表が変化したとたんにどこかほかの所有者に売却されるかとりこわわれる?あるいは用途変更する可能性を考慮すると恒久設置とは位置づけがたい。 


a0010575_2184040.jpg瀬戸内国際芸術祭が地域システムのOSを担うべき行政がかかわる芸術祭だとすれば、祭りという一時的な状況から生まれたさまざまな因子と丁寧に向き合い、それぞれの旬と賞味期限を読み込みながら地域に活かしてゆく仕組みや、更新してゆく仕組みをちゃんとつくらなければならないと思うのだが…


a0010575_2231739.jpgそのようなことが語られてきて、もう10年以上はたっていて、もう一般的なことだとおもっていたのだけどなー。

つまり、今瀬戸内国際芸術祭の周辺で必要なことは地域の時間軸をしっかり読み込むことと、この芸術祭で生まれてきたたくさんの因子について排除すべきものは排除し、使えそうなものは旬と賞味期限を読み込んでしっかり冷蔵庫に入れるなり、糠漬けにるすかり、干すなりして活かす方法を探ること・・・


a0010575_2241865.jpgとりあえず、ゴミは出してはいけないよなー。

芸術祭で廃棄処分される作品素材があるとすれば、すべて八十郎がもらいうけようかな。あの赤と水色と金色の塗装をはがしたあとの塗料カスとかも…。

それと…

それぞれの因子をアートの側の視線だけで編集されることにもつまらなさを感じる。

もちろん、地域の政策としての集客産業や地域づくりの視点からの編集もなされるのだろうが、地域の生活者視線での編集作業が一番不可欠だと思っているが、どうだろうか。

いい種をみつけて島の生活のあらゆる関係の中に面白い芽を発芽させる視点での再編集…。

さらに…大切な感覚は、もっとも楽しくて重要なのは…地域に大切なモノゴトやシクミを一緒につくってゆくという期待に満ちた時間。

ああ、語りだすときりがない。
by fuji-studio | 2010-10-08 11:48 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
たとえば足跡・・・のような心を和ませる風景。
瀬戸内国際芸術祭の会場を巡っていると、作家の作品ではなく、島の人のいろいろな行為や手わざが見えて、そちらのほうがよほど興味深かったり、面白かったりする。

もともとそのようなすばらしい風景に日常接することが少ない人へ、その体感を繋ぐシステムとしてこのような地域系のアートプロジェクトは仕掛けられたりもする。

a0010575_9461513.jpg長い年月が作ってきたものや島の人の深い志の結果紡がれてきた風景。

なるべく冷静に眺めようとするが、自分はそこにまだまだ介入できないでいる未熟者であると思い知ることしばしば・・・。もっと僕には物理的な時間が必要だ。

そのかなでも比較的軽く紹介できるのが道路に刻まれた島の動物の足跡。

だれかがつくろうとしたわけではなく、むしろ意図せぬところにできてしまったところも面白いが、それをそのまま存在させるおおらかさが素敵。

そこには島の人の価値観がにじみ出ている。

施工後にこの足跡を見て神経質に怒ってしまったか、それとも施工後ノコノコとやってきた動物の姿を想像して笑みを浮かべたのか・・・。動物の歩く姿を想像して楽しくなれる生活は素敵だと思う。

それと・・・施工者と発注者の関係も見えてくる。


a0010575_9505853.jpg島の人はあらゆる工事を自分たちの手で行っているのだろう。これが納品すべき仕事だったらこの足跡はおそらく許されない。

発注者と施工者が同じであるか、特別な信頼関係になければこのような足跡は残されていないような気がする。

あるいは、これを意図して制作していたとしたら・・・相当な表現力と豊かなイメージ力を持つ猛者かも・・・

とにかく・・・特につまらない作品を見た後やいやな感情を抱いたあとでも、このような素敵なものを見つけると心が和みます。

そういえば・・・一つめの足跡写真は興味深い作家作品のところに友人を再び連れて行ったとき、パスポートにスタンプが押されていたために300円請求されて不幸な気持ちになった時。2つめの足跡写真は30分ほど立ちっぱなしで並ばされて中に入ると悲惨な作品だったので吐き気がして気分が悪くなったあとに見つけた救いの足跡。
by fuji-studio | 2010-09-22 23:33 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
俯瞰症
瀬戸内国際芸術祭の現場、豊島の唐櫃(からと)の自分のプロジェクトサイト、藤島八十郎の家の清掃、整備をした段階で青森とか神戸とか福岡とか東京とか・・・いろいろ動かなければならなくなり、結局瀬戸内の他の地域を回ることもなければ、豊島での活動をつくってゆくこともできないままでいる。

a0010575_14404091.jpgそういえば・・・、実は子どものころから「石橋をたたいても渡らないタイプ」と言われてきたほど慎重な性質。

右側の目が生まれつき見えにくいことも大きな原因だと思うが、自分のあらゆる感覚は人より劣っていると思い込んで育ってきた要因も大きい。 片目の生活は人よりも遠近感が捉えにくいので、高いところや尖っているものがやたらと怖かったり、キャッチボールが苦手だったり、はやく走ることを避けたり・・・まあ、一般的にはノロマだと思われていた。 だから余計に何かを行うときにうろうろしながら多角的に観察して、いろいろ推測してから慎重に動いてしまうことが身についているのだと思う。

しかも動き始めたらとことん動いて自分を超えようとする性質なので始末が悪い。

喫茶店でも飲み屋でも宴会場でも会議室でも・・・必ず端っこの全体が俯瞰できる場所にいないと落ち着かないし、住んでいるところも日本の西の端っこの福岡のさらに端っこの糸島を選んで暮らしている。


美術でも王道や中心を歩くことはできずにいて、周縁をうろうろしている。


a0010575_14412842.jpg鳥瞰ではなく俯瞰だと思うが、とにかく全体を捉えないと動けないのは体質だと思う。

とりあえず、その症状を俯瞰症(ふかんしょう)と呼んでみるとして・・・そんなことはどうでもいい。

瀬戸内国際を俯瞰するのは難しい。いろいろな違う視点から見る必要があるが、実はその部分がもっとも興味深い。 豊島の中だけに目をむけがちだったが、この数日間でようやく小豆島、男木島、犬島のプロジェクトサイトだけ、観客としての体験をし・・・たったそれだけだったが、いろいろな意識が発生した。

何が悪いのかもだんだん見えてきた。

ちゃんとした態度でちゃんと島に対峙しようとしている作家が見えたり、これまでのアートシステムの方程式を空き家に変換しただけでそのまま個人の事情を持ち込み、地域の属性と乖離した状態が見えたり、コーディネート不足が見えたり、地域の人のいろいろな関心や無関心が見えたり、その場の時間軸の特性と作品の賞味期限がうまくかみ合っていない状態が見えたり・・・辛抱強く我慢する地域の人や観客の姿が見えたり・・・多くの笑顔や高揚感、驚き、期待感も見えたり、予算不足、時間不足であきらめたものが見えたり、逆にやたらとお金が見えたり。とにかく移動が大変で無駄な時間が流れてゆくのが見えたり。島のよさをほとんど体験できない悔しさが見えたり。


a0010575_1442946.jpgとにかく地域実験としては壮大で多岐にわたる要素があるのだが・・・はたしてそのどれだけが記述され、表現され、論議され、検証されるのか・・・。

その要素が現在のシステムにどれだけ組み込まれているのか、あるいはどれだけ発生するのか。

どうみてもパツパツの限界状態の事務局、運営システム。そこに余裕はなさそうだし、いや、あるいはちゃんともう動いているのかもしれないが、イベントとして動いている部分があるとすれば、失敗は許されないという「前提」が邪魔するだろうから、いづれにしてもシステム外部の記述行為、表現行為、分析、解析、検証などの作業が本当に多角的に必要な時期に突入していると思う。

地域の問題をちゃんと捉えよとしている大学機関もそうだけど、個人研究者も意見のある住民も関係者も、立場を超えてちゃんとした発言をしてゆける現場が数多く欲しい。

事務局にはそのリンクサイトぐらい作ってほしいなあ。告知サイトではなくて・・・。

とにかく・・・有益な意見や記述があれば教えてください。

藤島八十郎の活動、ぼちぼち考えはじめてゆきたいしなぁ~。
by fuji-studio | 2010-09-20 23:52 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎