タグ:地域活動 ( 99 ) タグの人気記事
茨城県北芸術祭でポリプラ
茨城県北芸術祭に芸術祭への来場者とサポーターや地域住民の接点となる場をつくろうと、ポリプラネットカンパニーという架空の会社を作ってみた。

a0010575_08172842.jpg
関係をつくるために、あえて架空の存在をつくろうとするプロジェクト。2010年の瀬戸内国際芸術祭のときに「藤島八十郎をつくる」という作品で試みた手法・・・

a0010575_08170219.jpg
ポリプラネットという言葉は横浜のバンクアートが銀行跡にあった頃に行った展示の名称を引き継いで、2014年、十和田市現代美術館での展覧会から立ち上げて札幌、上小阿仁で小さなこころみを行ってきた。実は現場でのオペレーションとファシリテーションを行うスタッフがとても重要になってくるが、なかなか難しい。
a0010575_08171468.jpg
空間としては、これまでの活動を再編集したものなので、個人的にはとても気楽に楽しませてもらっている。
a0010575_08171808.jpg
僕自身が肩の力を抜いていないと、参加する人がなかなか動けないだろうし、ゆるゆるの雰囲気をいかに芸術祭に持ち込むかのバランスも結構微妙で、そのあたりを探るのも楽しい。


今回のささやかな方向性は数年前から僕が「吟醸」「大吟醸」と呼び始めたおもちゃ箱の底に集まってしまう本当に小さなおもちゃのかけらや破片たち。

a0010575_08172346.jpg
それをちゃんと見せられたのは嬉しい。しかし、これは美術館やギャラリーピースとして見せるべき素材なのかもしれない。
a0010575_08173675.jpg
それとぬいぐるみ系のソフトスカルプチャーの展開。実はプラスチックの破片やハッピー系でつくるよりも、相当作りやすいし、材料もあつまりやすい。
海外への編成へも耐え切れる素材なのかもしれない。
a0010575_08193640.jpg
しかし県北芸術祭は広域で様々な質のものが同列に扱われていて要注意。4日かけて巡ろうとしても無理だろうな
a0010575_08182861.jpg

a0010575_08194662.jpg
a0010575_08195595.jpg
a0010575_08191506.jpg
a0010575_08183430.jpg



by fuji-studio | 2016-09-19 09:13 | ○デコポリ・ビニプラ系活動
このブログを研究のネタに使うんだって。
僕は遠くにあるものを探しに出かけて手に入れようとするタイプではない。目の前にあるもの、手の届くものを触りいじりたがる。いじり始めるとある程度までいじってしまう。ずっといじり続けていると、状態が変化することがある。別にどうしようとか思っていじっているわけではないが、いじるうちに・・・もっとこうしてみようかなとか・・・もっとこうできるなとか・・・そんな思いが湧き出てくるのが面白い。

a0010575_11134415.jpg中学、高校時代に「学習の記録」という日々の学習時間とか感想とかを書き込むという不毛な宿題のようなものがあった。別にまじめに勉強しているわけでもないが、その記録をいじり、毎日の生活の記録を必要以上に几帳面につけて行くと、自分とは別の、毎日ちゃんと学習している賢そうな人格が立ち会わられる。そんなことにはまったのかもしれない。

美術大学に入学しクロッキー帳を持ち歩くようになり、持て余す時間で落書きをはじめ、いろいろ描き始めた。その頃は色鉛筆とか万年筆とかボールペンとかポイントペンだとか、いろいろな素材をいじる事が面白く、その支持体としてクロッキー帳だったと思う。描かれたものは単なる落書きだったり、身の回りの風景のスケッチだったりして、文章はほとんどなかった。しかし、ある時特別なノートに出会い、日々そのノートに向き合うようになり、はじめて文章を書くようになった。

ノートに向き合う時間は自分に向き合う時間であり、目の前の風景と出来事と自分自身を繋ぐメディアだった。どこに行くにもそのノートと万年筆を持ち歩くようになり、自分自身と向き合う時間を重ねてきた。誰にも見せることのないノートだったので文章もめちゃくちゃ。校正などしたことない。そんな時間を20年ぐらい重ねていたと思う。

a0010575_11190047.jpgある時そのノートのデザインがマイナーチェンジした。メーカーにとっては些細な仕様の変更だったと思うが、僕にとっては魂を失う重大な事件で、そのノートに向き合うことができなくなった。新しいノートを探してみてもまったく相に合わす、メディア探しの紆余曲折が始まった。そんな時期だと思う。インターネットが普及し始め、自分でもウェブサイトを作るれるようになり、掲示板サイトが一般的になってきた。

自分の掲示板をネット上につくり書き込みはじめたのは2000年の1月。ちょうど精神的に辛い時期だったので、人に言えない自分の不満を吐き出し書き連ねる日々を過ごしたが、そのサイトを数ヶ月公開しなかった記憶がある。公開することに決めた瞬間、その書き込みをすべて消去した。

ノートに綴る言葉は閉鎖的なものだったので、自分自身の内部と向き合う時間だったが、掲示板サイトは開かれている。自分の考えを周辺の人に投げかけることで、サイトの中に新しい架空の自分が発生する感覚に興味を持ったのかもしれない。学習の記録の経験のように。a0010575_11240390.jpg
掲示板の使い方にも慣れてきた頃、ブログサイトが登場し始めた。

それまで日常なにを行っているか把握しづらかった自分自身の日々の記録を分類し、タグ付けし、整理し始め、自分自身を客観視するツールとして使えるのではないかと期待しつつ・・・いじりはじめた。それが2004年4月。

ブログ以前は藤浩志がいったいなにをして、どのように考えているのかを伝えるのがとても大変だった。それぞれの現場で担当者の経験や思惑はまったく違うので、一人一人に向きあって考えをぶつけてきた。ブログサイトを公開するようになり、それぞれの現場の担当者に見てもらい、書き込んでもらったりするうちに、いろいろな現場の担当者同士が共感しあったり、繋がりはじめた。ブログを通して現場の違和感や疑問を投げかけたりするようになり、活動が加速した。

藤浩志企画制作室という藤浩志を企画し、制作する個人事務所の立場で働いている時期だったので、日常の業務を報告する上司のかわりにこのブログがあったと捉えることもできる。全国各地にいる仕事のパートナーに向けての報告だったとも言えるし、未来の自分自身への報告だったのかもしれない。

a0010575_11114595.jpgカテゴリーをプロジェクトごとに分けることによってそれぞれの報告書代わりのアーカイブになるなと思い、なるべく記録することを心がけた。

しかし記事を重ねるうちに記事のための活動をしかねないような状況になったり、ブログサイトに個人が縛られるという感覚も味わった時期もある。サイトの中に立ち上がる藤浩志という別のキャラクターづくりにはまりそうになり、それを避けるために裏切ってみたり、なだめてみたり、離れてみたり・・・試行錯誤するうちにSNSが発達し、そちらの利用とブログのバランスを考えてみたりするうちに・・・ブログから離れてしまった。

正直な話をすると・・・、個人事務所の代表という立場であればなんでもかけたことが、公立美術館に勤めるよになって日常のことがかっけなくなったのだ。仕事上かけないことが多すぎる。どこに行き、誰と会い、何を話したのか。本音はどう思っているのか・・・立場というのは恐ろしい。

で、このブログのカテゴリー「思考雑感/Image Trash 」はそもそも、それぞれのプロジェクトの報告のカテゴリーに収まらない、個人的な違和感のようなものを、吐き出し投げかけるところとして分類し始めた。このころ吐き出した考え方や試行錯誤が様々な現場でアートに関わる人たちの共通の言葉として定着しているものもあり、今回東京都の文化発信事業プロジェクト推進室が研究対象にするのだとか。・・・という理由でこの文章をかかされている立場にある。

立場がないと書けなくなってきたのかな・・・ああ、固まってきた。

自分自身に向き合うノートとペンはまだ模索中で心を許すものに巡り合えておらず、自分を作り上げるブログサイトにも向き合うことができなくなり、・・・流れるタイムラインに公開できそうな害のない写真と報告だけを繰り返すように堕落してきた今日この頃・・・このままではダメじゃないか!

・・・って、こんなかんじでいいですか?

※写真は最近使っているノートと万年筆


by fuji-studio | 2015-02-09 22:05 | ・思索雑感/ImageTrash
新潟の水と土の芸術祭がスタートしました。
新潟の水と土の芸術祭。

打ち合わせ、仕込みのために訪れて、もろもろしているうちにあっという間に一か月。
ついにオープンしました。

このために東京と神戸に暮らす知り合い二人を中心に全国の部室的な活動と部活動的な活動事例を調べてもらっていて、その一部をブログサイトに公開し始めています。まだまだ未整理ですがよろしければ面白く、興味深い活動がたくさんあるのでご覧ください。

http://kaerugumi.exblog.jp/

で、新潟の水と土の芸術祭ではデモンストレーションとして新潟の3つの会場で部室をなんとなく公開してもらっています。一応facebookのサイトがありますのでそちらで雰囲気をご覧ください。

http://www.facebook.com/?ref=logo#!/groups/366460656736053/

a0010575_17191876.jpgしかし、いろいろ調べてみると、部活動は今急上昇。ちいきにいろいろな部活動が発生していることは間違いありません。そして部室的な居場所づくりも様々なケースがあり興味深い。しかしまさにこれぞ部室というような典型的な事例はなかなか数少なく、これから全国に広がる気配を感じています。

もっと面白いオリジナルな部室がいろいろできてくるといいなと思いながら、「部室をつくろう!」「部室募集」のフライヤーを制作して配っています。

a0010575_17202682.jpgオープニングにプレゼンテーションの展示の横の手部の部室にいるとなんと安斎(重男)さんが登場。作品の場にわずかに10分ぐらいしかいなかったのですが、そこを狙ったかのように登場し、僕の写真と部室の写真を撮影してゆきました。さすがに天才。

安斎さんはぼくが学生時代、当時部室化していた一軒家を突然訪ねてきて、部屋中に落書きしたり、東京までの長距離電話をかけたり、いたずらされたのが最初の出会い。その後も要所要所でふらりと登場して作品や僕のポートレートを撮影してくれています。

やはり凄い人だな…。

水と土の芸術祭、3つの部室以外ほとんどめぐることができませんでしたが、wahとナデガタの作品は体験し相当よかった。曽我部さんも相当頑張っていました。まだお会いしたことのない大友さんと飴屋さんの空間もかなり感じました。いちどちゃんと廻らなければ…。時間あるかな…
by fuji-studio | 2012-07-13 16:15 | ■新潟での活動
コンピューターを使い始めた世代だからかなぁ…(再考…というわけでもないが…)
僕が普通に仕事にコンピューターを使い始めたのが1988年。マッキントッシュのIIFxというグラフィック系の仕事でつかえるマシンが会社に導入され…でもまだCADはコマンド入力でAutoCadを使っていたし、ワープロは専用のワープロマシンがあった時代。



おそらく、88年ぐらいから急激にデザイン事務所ではMacを導入しはじめていたが通信ネットワークはまだこれからというかんじで、当時名刺にe-mail アドレスを入れてみたが、ほとんどの人が「何それ?」という感じで無視された記憶がある。

僕自身コンピューターの知識があるわけではなく、仕事でとにかく使わなければならないという事情から、使い始めた訳だが、いろいろな考え方が新鮮で、当時の、あるいはその後の僕自身の考え方に大きな影響を与えてしまった。

そのひとつがOSというありかた
いろいろなアプリケーションを起動させるための基本システム。オペレーションシステム。

ちょうど当時まちづくりとか地域計画のコンサルタント等を行う、都市計画事務所に勤めていて、地域に主体的な活動を作るデザインのようなことを考えていた頃、このOSという概念がぴったりときた。 

a0010575_22401584.jpg当時行政はハードとソフトという言い方をしていて、いわゆる箱モノ行政といわれるハード整備事業に対する批判が出てきて、世間ではソフト事業だと言い出して行政がイベントなどのプログラムに着手し始め、「いや、そうじゃないでしょ。OSを作らなければならないのであって、アプリケーション作っちゃいけないでしょ!ソフト事業は民間がいろいろ提案できるような基本システムを作らなけばならないのに…」と独り言のような突っ込みをいれていたが、当時はささやきにもならなかったし、ほぼ無視された。

それを美術の業界に持ち込んで、OS的なという言い方をしていたが…モノやコトをつくるだけではなくて、シクミを作ることで空間が成立するということに対して興味を持ち始め、その具体的な例をつくろうとしていた時期もある。その感覚や概念はOSが発明された以前にはなかった概念だと思っていたので、とにかく新鮮だった。

a0010575_22401124.png地域でのアートプロジェクトはまさに地域の多種多様多層なプログラムを起動するためのOS的なものだと考えるとわかりやすいと思う。決して汎用性のあるOSではなく、地域独自のOSだと思うが、重要な点は更新されてゆくというところにある。コンピューターのOSの寿命はせいぜい5年ぐらいだと思うが、地域のアートプロジェクトのOSも更新してゆかなければならない質のものだと思っていた方がいい。

そして、レイヤー(層)という概念。

CADを使い始めたときに出会ったこの概念には相当助けられている。 地域を考えるとき、いや、物事全般のあり方を考えるとき、このレイヤーの感覚を持っているのとそうでないのでは相当変わってくる。

先にちらりと言葉でつかってみたが、まさに多種、多様、そして多層な視点でとらえ、それに時間軸を加える感覚が必要なのだと思う。

先日書いた拠点と仕組みの話でも、平面的な感覚で考えていたら、それが見せるための拠点なのか、つくるための拠点なのかと二者択一の話になりがちだが、実は多層な視点を持ち込むことでそれは同居できることになる。 つくる施設なのか、見せる施設なのかは平面上のどちらがいいのかという問題ではなく、層の全く違う問題なので、それぞれの層を考える必要があると捉えることができる。

そしてアンカーポイント

アンカーポイントはイラストレータというアプリケーションを使い始めた1989年に出会った概念。イラストレータというソフトを使ったことのある人なら知っていると思うが、いわゆる曲線を描くときに曲線の変わり目となるところを指定するポイントのことで、画面上にアンカーポイントを打ち、そこに次のポイントへのベクトルを指定することで、曲線を描く。

a0010575_22411491.jpgそれまでは曲線を描くときは座標上で連続する点を集合させることで曲線に見えるようにつくるデータであったのに対し、このアンカーポイントによる曲線(ベジェ曲線というらしい)は曲線の曲がりどころにポイントを打ち、次に向かうベクトルの属性を与えることで曲線を描くという画期的な考え方だった。コンピューターのシステムのことなんかさっぱりわからなかったが、とにかくこの曲線の描き方には感動した。

当時「アンカーポイントの旅」という詩のような文章を書き、1992年の大阪での展覧会には空間一部屋使ってそのタイトルのインスタレーション作品を展示したほどの入れ込みよう…

一番何に感動したのかというと、…アンカーポイントで描く曲線を…自分の活動の紆余曲折に例えるわけだが…、現在打つアンカーポイントのベクトルの方向と強さによって、過去からここまで来ている曲線の表情が変わるという点だった。ひとつ前に打たれたアンカーポイントには座標とベクトルが与えられているわけだが、座標は変わらないのだけれども、曲線の表情は変わる。

つまり、このアンカーポイントの打ち方次第で過去の意味が変わるという点に気付き感動した。

人は生まれてから死ぬまで、時間軸をひたすら進むとすれば、後戻りできない一本の曲線を描いているようだと感じ、何かどこかの場所で何らかの表現をするということはアンカーポイントを打ち、次のベクトルを表明することなんじゃないかと思った。強い意志のときは強いベクトルだし、自信のないときは弱いベクトル…しかし、ポイントを打たなければならない節目がその時々にあり、それをどこに打つかでどのような曲線が描けるかが変わる。似たような場所に弱いポイントをたくさん打つような時もあれば、突然とんでもないところに全く違う方向性と強い意志でありえないポイントを打つことだってできる。



次に打つポイントの座標とベクトルで将来の曲線が変わってゆくということはイメージしやすいが、実は次に打つポイントの座標とベクトルで過去、つまりひとつ前に打った座標からの曲線の表情が変わるという現象は、過去は変えれないことが当たり前だと思っていた考えを覆し新鮮だった。

過去の活動の事実は変わらないとしても、その意味変わる・・・過去に行った行動の意味は現在に行っている行動によって変わる…という事実を教えてくれた。

このアンカーポイントを打つという感覚はプレゼンテーションの作り方にも活かされている。僕はアンカーポイントの終着点を設定しないやり方…つまり目標とか到達点とかいわゆる「こうありたい」とかのビジョンのようなものをなるべくつくらず、活動の連鎖を重視しているので、最終的なイメージを求められることの多いプレゼンテーションでは説得力を失うことが多い。それに対して…おそらくこれは僕のオリジナルのプレゼンテーションの作り方だと思うが…過去と現在までの状況を説明したうえで、次のポイントの座標とベクトルを明確に、しかも説得力だけを盛り込んでつくることにしている。・・・とはいえ、最近はプレゼンテーション資料すら作ったことがないが…。

とにかく、OS,レイヤー、アンカーポイント…ずべて89年ごろ心に響き、影響をうけ、その後もずっとある意味更新されていない概念。

しかし、当時は通じなくて苦労した感覚だが、さすがにそれから四半世紀が過ぎて、これらの感覚が当たり前の世代が地域での活動を動かしている。そのあたりの感覚が前提になっているのはうれしい。

でも、そろそろ更新したほうがいいのかなぁ…。 今の30歳ぐらいの人は何に影響を受けて活動しているのかな…

なんだか最近、古い話ばかりですみません。

過去の関連するブログ
秋葉原のアーツちよだ3331の設営3日目

ストラクチャル・アート?
by fuji-studio | 2012-06-07 00:10 | ・思索雑感/ImageTrash
イイという価値観について(再考1)
イイ家族とか、イイ作品とか、いい地域というときのイイという価値について、基本的に子どもの頃から周辺とぶつかってきた。ぶつかるかゆえに考えざるを得ないことも多かった。

a0010575_17384864.jpg僕は即答できるタイプではないので、多くの場合その場では答えられずに、黙ってしまい、その分じわっと抱え込み、かなり時間がたって自分でも忘れた頃、ふと自分なりの考えを思いついてしまう。その時には周辺の話題や関心は他に移っていて、だれも聞いてくれないこともしばしば。

イイという価値判断はだれがつくりどこから流れてきて、どのように定着しているのだろう?

イイという価値が大量にメディアや街に溢れ、あるいは先輩や先生から押し付けられ、とにかく濁流に流されているような気がしてならなかった。自分としての価値を考える前に多くの価値が与えられ、そのなかで上手に泳ぎわたることができなかったのだと思う。


a0010575_17394226.jpgイイという価値観は絶対的なものだという話もあったかもしれないけど、そんな幻想はもう通用しない。誰かにとってイイものが他の誰かにとってはダメなものはいっぱいある。ある人にとってのイイ関係でも他の人には迷惑な場合もある。

イイという価値観は相対的なものであり状況によって変化する。それを確信してから楽になった。そして…イイという価値は「誰と」語り合うのかによって一番変化するというあたりまえの事実に気付いてから目の前は明るくなった。

駅前に何十年もたち続けている裸の姿の女性像を具象彫刻を目指している作家とみると、その表現力の凄さ視線が行き凄い作品だなと思ってしまうけれども、女性の権利の問題を行っている人と見ると、女性を裸で立たせていることそのものが問題だと思ってしまう。思春期の子どもとそこを通るときはなるべく見ないようにして無視してしまう。


a0010575_17403595.jpg上質の水が湧き出る自然の泉の横でペットボトルに入った市販の水はほとんど価値がないと思われがちだが、その水の研究開発者といると、自然に湧き出る水よりペットボトルの中の水のほうが美味しく感じることだってある。砂漠の中でペットボトルの中に入った水はどう考えても貴重品で価値が高いが、横にペットボトル不買運動の厳しい人が登場するとペットボトルに入っていることそのものが悪いのでなんだか水の価値もなくなってしまう。

いつも通っている見慣れた駅前から次の通りまでの50mの通勤路を足の悪い両親と歩く。少しの段差が気になり交通量が気になり、信号の変わる速さにいらだつ。生まれたての赤ちゃんを抱えた妻と歩く。排気ガスと大気汚染が気になり街の騒音と下品な看板を迷惑だと思う。社会学・歴史学の専門家と歩く。まちにしみついている時間の襞がやたらと目につき石碑や表示物や地名を興味深く思う。


a0010575_17414874.jpgイイという価値は誰との関係の中で変化する。ということは何か行動を行う時に一番重要なのは、誰と行うかということだということがわかる。

あらゆることをネガティブに捉え、つまらないつまらないとつぶやく人といると何も作りたくなくなってしまうし、面白い面白いとつぶやく人といると、なんだかなんでも作れそうな気がしてくる。

地域づくりにおいても「誰と」つくるかの関係が変化しつつあるのだと思う。何をつくるかではなく、その前提として、「誰と」つくるのか。そのことが一番重要なのだと思う。

イイという価値はそれぞれの層によって全く違う。圧倒的にイイとされる大きな価値観を持ち込むのではなく、様々な層との小さなイイ関係を複層的に綿密に重ねてゆくイメージなのかもしれない。

ミルフィーユ的にじわっと積層された強度。そんなかんじかな。

でもイイは時代によってかならず変化し続ける。



※写真と本文は何の関係もありません。

これまでにブログに書いた関連記事もリンクしときます。
いいもの、いいところ、いいまち・・・の条件。あたりまえのことですが・・・。

学校の先生に向けて書いた原稿 「と」の関係性
by fuji-studio | 2012-06-01 23:40 | ・思索雑感/ImageTrash
北本の雑木林でのクスタケシの展示。
北本市での日本文化デザインフォーラムの開催はかれこれ3年目…かな。

a0010575_10523857.jpg雑木林での取り組みもじわじわと広がってきている。(全体の活動が見れるサイトはどこ?)

僕の北本との関わりはさらにその前からで、ここでもまずはじめにディスカッションの為のキャンプを企画した。

a0010575_1053589.jpgそこに関わった多くのアーティストや市民活動のグループとの関わりが、今の北本の活動へと変化しながら繋がり続けている。

その裏側には多くの葛藤や悩みや苦しみ、挫折もある。運営事務局も行政も皆素人なので多くの誤解も迷惑も渦巻いている。

a0010575_10533460.jpgしかし、その紆余曲折(プロセス)が地域の風景を作り出し、そこで人は変化し、活動も変化する。

北本でのアートプロジェクトをイメージした時に、外からの作家が大型のプロジェクトをやるような越後妻有タイプではなく、この地域の周辺の何かを作りたいと思っているエネルギーが集まってきて、ここから何かが発生するような状況を作るべきだと強く思っていた。

a0010575_1054142.jpg荒川の広大な河川敷きと雑木林が点在し、果樹園と桜が印象的で、空気と水の流れを感じるの東京近郊のこの地は、何かを作り続けて暮らしたいと考える創作者にとって魅力的な場であるはずだし、そもそも、この周辺にはそのような創作者がたくさん生まれ育ち、暮らしているに違いない。

a0010575_10543492.jpg当時は今のような「水を集める」の概念はなく、むしろ「土を開拓する」イメージだったのかもしれない。

まちの変化は世代単位で変化する。

その単位にいかに新しいベクトルを作るのかが重要だと思っている。

a0010575_1055643.jpg僕の個人的な常識では1世代は33年。66年で2世代。

今の北本のまちの風景は2世代前と1世代前の価値観によってつくられてきた。

ここに定着する人が何を考え何を行うのかで風景は変わるはずだが、時間の感覚が長いので自覚的にそれを捉えるには一生かかってしまう。

でも確実に風景はつくられ変化してゆくので、その変化に関わる人の意識がどのような経験をするのかが重要だと思う。

a0010575_10553027.jpgで、北本に関わりかれこれ4年ぐらいは過ぎているが、今回はじめて、目に見えるいわゆるブツとしての作品を展示してみる。

単純にブツが作品なのではなく、僕としてはかなり入り組んだデモンストレーションの為のブツなのだが、そのストラクチャーに興味を持ち、それを読み込もうとする人はほとんどいない。

a0010575_10555132.jpgまあいい。ブツを目にすると人は安心するし、喜んでくれる。

特にこのかわいい眼の無垢そうな動物たちに惑わされ、「かわいい」「おもしろい!」とのツイートの数は多い…だけど…

a0010575_7441647.jpg根本的なところでディスカッションしたいと思っているし、話したいこと、実践すべきことも山ほどある。

そこからわかりたいこと、知りたいことがたくさんある。そのような場を作らなければならないんだけど…

仕組みに関わる人が育つのは難しいね。

僕自身、まだまだ力不足だなー…
by fuji-studio | 2012-02-05 10:56 | ◎埼玉・北本ビタミン
クスタケシを演じることでクスタケシの工房という場をつくることになる。
埼玉県の北本市の雑木林に魅かれて北本氏にやってきた架空のB級動物彫刻家クスタケシ。

a0010575_11592465.jpg彼が雑木林に隣接する一軒家の納屋に間伐材を使って動物をつくる工房を作ったとの設定で彫刻をする。


a0010575_11535620.jpg雑木林に落ちていた間伐材を利用して、いかにもつくりそうな動物を数点制作する。

そのプロセスの結果…納屋には、木彫の為の道具や材料がそろってゆくことになる。


a0010575_11544015.jpgそれを収めるところを…やはり間伐材の枝で作りたくなる。それがなんとも楽しい作業。いままでもそちらに力を入れてきた。

僕の場合…作品を作ること以上に作品を作る環境をつくることに執着する性質がある。

彫刻はそれなりに作るながら…切れ端の枝を繋いで作業がしやすい空間を作ってゆく…その作業に数日没頭する。


a0010575_11552194.jpgその工房を…雑木林の枝に
興味を持った人が自由に使える木工の部室…クラブルーム的なたまり場にならないかなと考えながら制作する。

今後の活動で行いたいことはこの「部室」的な半分オープンな…しかし個性の充満した活動の為の場づくりだと確信している。それをどのような仕組みに組み込むのかが大きな課題。


a0010575_11563930.jpgクラブルームというと更衣室的で汗臭そうだし、クラブハウスというと高級感が漂い、なんだかその間のいい言葉が欲しい。

クラブボックスという呼び名を大学時代は使っていたが…このあたりが検討しどころ。


a0010575_11561311.jpgどちらにせよ、その空間をつくる為に活動を行い、実際に制作しながら結果として空間ができてゆくというプロセスが重要な気がする。


a0010575_11575358.jpg様々な地域に絡む活動に参加し、一緒に活動することで結果として空間が作られ、その空間をどのように開いてゆくのかのシクミをつくることが課題なのだが…北本ではこのシクミまで考えれる余裕がない。


a0010575_11583273.jpgとにかく、雑木林の枝がとても魅力的であり、可能性と期待が大きいことは確かで、その枝は生活の中からとても遠いところに行ってしまった地域社会であることも確かですね。

by fuji-studio | 2012-02-04 12:06 | ◎埼玉・北本ビタミン
北本市にクスタケシの制作工房を作る…つもりだったのだが・・・
動物彫刻家のクスタケシが埼玉県の北本市に制作工房をつくったという設定で雑木林でクスタケシ工房で制作した動物彫刻を展示し、デモンストレーションを行う…というプランを実施するために2日前から北本市に入ったものの…

a0010575_23163534.jpg北本ビタミンが用意してくれたプレハブ小屋には水がなく、電気もなく、隙間だらけで…しかも作業スペースの5m先には隣の民家の窓が…

これでは騒音や粉じんの出る作業は長時間できないし…それ以前に使えるトイレもないし…電気がないと工具が使えないし…一瞬福岡に戻ろうかと思ったが、先月から入っている若い作家が何もない屋外で孤軍奮闘している態度に接すると…僕も頑張らなければ…と思う。


a0010575_23172661.jpgそれにしても…チェーンソーなど音を出す工房にするにはあまりにも隣の民家との距離が近すぎる。それからすると僕の養鶏場跡の制作スタジオも、今の自宅の小さな作業スペースも恵まれた制作環境だな…と思う。

それはまさにクラブ活動の部室づくり的な拠点づくりでありながら、北本市内に「クスタケシの工房」という、「藤島八十郎の家」のような、パブリックアートに変わる「人を連れてゆき、案内できるポイント」をつくろうとしていることなのだが、そのあたりの仕掛けが理解されるのは難しかったようだ。


a0010575_23184355.jpgそうか。やっぱり、部室コンセプトの方がいいんだろうな。たとえば…「クスタケシクラブという雑木林の伐採された気を使っていろいろつくるクラブ活動の部室をつくる」というコンセプトの方がよかったに違いない。

とにかく、新潟での部室ビルダー「かえるぐみ」頑張ろう。


a0010575_23195612.jpgそれにしても雑木林の会の人達の活動は素晴らしく、すごい大きさのログハウスづくりに取り組んでいる。ログハウスの作り方の本を見ながら、はじめてつくるというログハウスにしてはやたらとでかすぎないか?

皆さんとてもいい感じにしっかりと作るプロセスを楽しんでいるあたりがまたなんともいい。


a0010575_2321176.jpgとりあえずレジデンスとして使っていいといわれる家に案内されて軽トラックを借りて自由に動ける環境になったが、自炊する調理道具とか調味料とか浄水器とか生活用品が微妙に足りない。

いつでもそうだが生活道具類をそろえるところから始める現場は無駄な出費と時間がかかる。

この二日間でホームセンターやスーパーに通い生活の必需品と工房の道具類がそろったので、どうにか明日からクスタケシを演じることができる。

とりあえずはこのレジデンスの納屋を工房にするとベストなのだが…ここは西尾君が展示に使うのだとか。やっぱりあの隣が民家のプレハブに移動するのは気が進まない。

移動型の工房カーにしようかな…いづれにしても今回は無理かな…

そういえばクスタケシという動物彫刻家は自分でイメージを作る人ではなかった。だれかがイメージを作ってくれないと作品はできないんだった…

とりあえず、いかにも…という感じのものをいくつか作ってみるか。

本当は大きな馬とか牛とか象とかが彫りたいんだけど…時間がなかかるな…

工房があればそこで大きな象をつくりかけているの風景もまたいい。

そうだ、雑司ヶ谷の空き地に展示できる彫刻彫ろうかな…雑司が谷のフェンスの中に入れる象の像とか…やはり小さい動物にしよう。
by fuji-studio | 2012-01-18 22:50 | ◎埼玉・北本ビタミン
糸島アーツファームというプロジェクトが始まりそうです。
僕が暮らす福岡県糸島市でいよいよアートプロジェクトが始まりそうです。

a0010575_12342026.jpg僕が暮らす地域の同じ小学校校区で数年前からアーティストインレジデンス事業を始めたスタジオkuraその松崎君が都市計画デザイナー、コンサルタントの佐藤さんの後押しもありはじめようと覚悟したのが糸島アーツファームというかなり長期的な視点を持って展開しようとしているアーツなプロジェクト。


a0010575_12352364.jpg最初に家に企画書を持ってきたときは糸島アートファームという名前がついていたが、僕がアートよりもアーツの方がいいんじゃないかな?と話したことでアーツファームになった。

アートからアーツ、つまり複数形にすることでアートの文脈から少しずらし、いろいろなジャンルを横断するような活動ができるのではないかという思惑がある。

アーツファームといえば、僕が2008年に思いついた大阪の此花区での考え方。

大阪では都市型の映像系やメディア系、デザイン系のクリエイターやアーティストが暮らし、様々な活動を育てるエリアとしての此花アーツファームだったが、この福岡の糸島の場合は地引網のある海水浴場と玄界灘と狩猟のできる山、そして田んぼと畑と畜産と水と…自然と人の営みの関係の在り方に対しての様々なアーツを実践し、探ってゆくエリアとして模索されるのだと思う。

とにかく興味を持ってくれそうな関係者が集まってミーティング。

今年からじわじわとはじまり、2年に一度、あるいは数年に一度の大型のプロジェクトを目指してゆく。

家の海の家のスタジオも当然いろいろ関わってゆくことになる。よろしくお願いします。

サポートスタッフの宿泊先を確保しなければ・・・。
by fuji-studio | 2012-01-08 11:35 | ◎福岡・筑前深江での活動
いわきアリオスモヤモヤ復興会議最終回
いわきアリオスで6月から2ヶ月に一度ぐらいのペースで開催してきたモヤモヤ復興会議。

a0010575_172026.jpg放射能汚染に対してはまだまだ不安とモヤモヤ感はあるものの、6月に開催した時に比べるとモヤモヤレベルは随分と変化し、それぞれ活動の方向性が見えてきた感じがする。


a0010575_181275.jpg今日は劇団どくんごの五月うかさんとインデアンビレッジキャンプの吉田さんをゲストに迎え、なんとも不思議な方向性から話が進行する。

劇団どくんご の活動は個人的には懐かしいテント芝居。

全国を移動しながら公演を行うという形式だが、時代を超えて活動を継続してきただけに、すでに演劇を超えていて、テント芝居という形を使った新しいプロジェクトの形。とにかく興味深いくて面白そう。


a0010575_183840.jpgテント芝居をつくるという活動プロセスが、地域の利用許可から広報、仮設構造物の設営、プレイベントの準備、開催等々様々な実践的ワークショップの要素を持っていて、地域の活動の拠点形成のプロセスの実践そのものである。

インデアンビレッジキャンプはアリオスプランツに関わりが深い活動。

山でインデアン村を作るという活動について噂は聞いていたがちゃんと話を聞くのは初めて。自然エネルギーと手作業にこだわる態度がすごくいい。


a0010575_193821.jpg参加者のディスカッションでは今後の活動として、いわき湯本温泉旅館を使った映像系、闇系、ひなび系のアートフェスの開催予告のアイデアや、アリオスでの子どもプロジェクトの手芸ワークショップの展開、歴史や郷土芸能、風習や伝説などを漫画にして残してゆく活動や、プランツから発生した いわき冒険映画祭の次の開催に向けての部室づくりの話や、中之作古民家公民館化プロジェクト。自然エネルギーを使った屋外舞台フェスの開催アイデア等…盛りだくさんの活動イメージが蓄積されてきた。

しかし、いわきの人のエネルギーのあり様はなんだかすごい。炭鉱遺伝子パワーかな。

震災被災を経て向き合うテーマが深刻なだけに、さらにパワーアップしてズレてゆくような傾向にあるのが頼もしい。

ところで、アリオスが定期的に出しているアリオスペーパーに特集される予定だが…「カモメの視線」の映像DVDを出しているパラグライダーでの撮影者がこの会議にも毎回出席して今後の活動の展開に期待が大きい。

彼の映像の一部がサイトからも見れますが、災害以前の福島の海岸線がいかに美しいかを残す…つまりもう見れなくなってしまった映像記録…が販売されている。

是非ご覧ください。




                                           
by fuji-studio | 2011-12-17 23:14 | ■福島・いわきでの活動