タグ:アートプロジェクト ( 69 ) タグの人気記事
Tokyo Art Research Labでの川俣さんとのトーク。
ひさしぶりに川俣さんとのトーク。

東京文化発信プロジェクトが千代田区のアートセンター3331を拠点として仕掛けている人材育成プログラムのひとつ、tokyo art research lab.

そこで東京芸術大学の熊倉さんがコアとなって1990年から2010年の日本型アートプロジェクトについての俯瞰と検証(?)を行っている。…詳しくはサイトで…
8回シリーズの最終回が…越後妻有とか瀬戸内国際芸術祭とか大型のアートプロジェクトについてのざっくばらんな作家としての関わり方の話など… 

a0010575_183940100.jpg煮え切れない、モヤモヤはなんだろう。

川俣さんのトーク中の発言の態度…切り込み方にズレがあるのか、話そうとしている足元をすくわれる感覚。

おそらく会場のだれも気付いていないかもしれないが…話の方向性に対して僕が発言しようとしている内容の前提をはらりとすくわれて、別の話をしなければならなくなってしまう感覚。


a0010575_18422477.jpg 随分前に名古屋で対談したときもなんだか変な気分だった。

基本的に優秀なマネジメントチームを抱えながら欧米の大型アートイベントで大型のプロジェクトを続け、そのドキュメントを出版し続けることでアートシステムの王道を歩き続けている川俣さんの発言は、アートの存在や力を確信しているゆえか、常にモノゴトを斜めに俯瞰しつつも、断定するような語りで切り込んでくる。

それが的を得ている要素も多く、話も魅力的で、どうにもごまかされてしまった違和感を抱いた瞬間…、別の興味深いトピックへと飛ばす。

話を聞いていると、多くの些細な問題点がすっ飛ばされて話が展開してゆくので、小さなもやもやが多く発生しつつも、その展開が痛快なのでついつい忘れさせられる感覚。


a0010575_1841688.jpgとにかく、大型のアートイベントに対して「もういいんじゃないか」とうんざり感漂わせながら、まだまだ大型タワーは立てる気満々を見せる。その振る舞いが魅力なのかな。 

アートプロジェクトシステムの拡張する状況に作家の流通・消費への危機感を語るあたりは教授っぽいが、批判的発言を軽快に重ねつつも、次のベクトルへの示唆的な発言が少ないので、やっぱりところどころで気分が曇る。 

昔から感じていたが…川俣さんの活動はそれそのものは凄いだけで共感するところは少ないが…、巻き込まれてゆく周辺の変化のありようが注目に値する。連鎖のありようが抜群。

例えるならば…僕は大学時代にゴジラのキグルミを着て散歩しつつ、ゴジラとハニワの関係をいじいじと捉えようとする活動しかできなかったが、川俣さんはゴジラそのもの。ハニワとの関係なんて関係ないし、散歩したあとの街へ(周辺へ)の影響(あるいは被害)なんて興味ないのだろうが…とにかく抜群。

とりあえず、越後妻有でのCIANの活動について紹介していたので、チェックしてみよう。

…しかし、この8回レクチャーをはじめとして、アートプロジェクトの1990~2010の俯瞰する作業、出版される予定だとか。

たいへんそうだな…。

※久しぶりに「ゴジラ君の散歩」、「ハニワとゴジラの結婚離婚問題」あたりの記録写真・配布漫画(1984‐85年頃)を掲載してみました。
by fuji-studio | 2011-01-21 23:54 | ・講座/対話/研究会
Asahi Art Festival2010の報告会と検証会にフル参加
2日間にわたるアサヒアートフェスティバル(AAF)の報告会とその後1日開催された検証会にフル参加。これって相当濃厚なアートプロジェクトセミナー。

a0010575_0143340.jpg2010年に開催された全国各地のAAF参加プロジェクトの代表者が一堂に集まってそれぞれ報告し、現場の問題を報告する。

時間が短いのでそれぞれ濃厚な内容の報告はできないが、それぞれブース展示を行っているので詳しく興味を持つ人はそれぞれ対話ができる仕組みが会場に作られている。

2002年からはじまったAAFだが、2005年ぐらいから全国各地で開催されるアートプロジェクトのネットワークを支援する公募がはじまった。


a0010575_0151981.jpg完成されたアートイベントを助成するという性格のものではなく、どちらかというと、地域実験として立ち上がってくる地域ベースのアートプロジェクトをネットワーク化することで、それぞれの地域で活動する人材を繋ぎ、問題を共有し、活動の連鎖を促すという質のAAFだけに、今回のような報告会はとても意味深い。


実は2002年の公募前のAAF以来所々で関わっている。2005年には現在のNPO法人プラスアーツが設立するきっかけとなった神戸での防災プログラム、「神戸カエルキャラバン!」(その後、イザ!カエルキャラバンと名称変更)とか2006年の「筑前深江アーツキャンプ」とか主体となって関わったものもあるが、「大宰府スタードームフェスティバル」とか宮城の「アート屋台プロジェクト」とか大阪の「此花アーツファーム」とか、ディスカッション参加者が自主的に応募して参加することになったものもボチボチある。

a0010575_0155528.jpgアーティストとしてとかパネラーとかディスカッションの参加者として参加したものと「かえっこ」を使ったことがある地域での開催のプロジェクトを数えると…これまでにいくつぐらいあるのだろう…。

しかし、実は選考・検証会には幾度となく参加してくるが、オープニング・交流会・報告会には、ゲストスピーカーとして呼ばれた一度を除いては参加したことがない。実行委員会にも一度も参加したことがない。

もろもろの理由で来年は選考・検証委員から離れることにしたので、今年がもしかるすると最後の関わりかもしれないので…しかも去年までビールを飲めない悲しい状態での参加だったので…美味しいビールを飲むためにも初めてがっつり参加する。

確かに…地域とアートとささやきだされて10年は過ぎたのだろう。今回もいろいろな人からもういいのではないか・・・との発言が出るくらい、「地域とアート」という言葉は流通した雰囲気がある。

80年代の都市博覧会の変わりかのように連立する全国各地でのビエンナーレ、トリエンナーレ、国際芸術祭。

あるいは商店街も空き店舗も学校跡地も歴史的建造物も…改修予算や運営予算がないときに便利に使えるアートプロジェクト…のような状態…といわれても仕方ない。たしかに瀬戸内国際芸術祭には105日で90万人を超える来場者があったとのことだし…実際に僕の現場ですら連日大賑わいだったし…。

しかしながら相変わらず…はたしてどこが成功と言えるのか、いや、成功と言えなくても、どこの周辺がどのように「いい」状態になったのか。

それがわからないに見えないので、いろいろなやり方でいろいろな実験が繰り返される。

たぶん、ずっと実験は続き、実験に参加している人はそれなりに美味しいビールに救われながら右往左往、喜怒哀楽の日々を過ごし…結局なんだたんだろうおふと振り返り、そういえば楽しかったなと過去のものとして振り返り、また美味しい…。

いづれにせよ、どこにも完璧なシステムなんてないし、すべてがプロセスにある。だからといって…どうせ完璧なものなどないのだと不完全な状態に納得するふりして無口になる態度ほどお酒をまずくする状態はないのだから、お酒を美味しくするための四苦八苦をアサヒビールが協賛しているのは理にかなっているのかもしれない。

今回「地域はすでに前提として定着したのであえてテーマにしなくてもいいのでは…」との発言もしてみつつ…ふっと地域で活動を志し、東京から拠点を鹿児島に移した89年当時の頃のことを思い出してぞっとした。

そうそう。89年頃、地域で活動し始めたころ、地域は地域と呼ばれていなかった。そうだった。思い出した。みな「地方」と呼んでいた。

「地方作家」という呼び方があり、地方で作家活動をすること…などと語られることが多かった。

僕はその呼び方に大きな違和感を抱き、「地域計画」という言葉から引用し、「地域で活動する作家」と意図的に呼びかえる努力をした記憶がある。

その結果…個人的には93年ぐらいから東京を離れた頃に東京にも地域が発生した。いや…東京も地域の集合体であることに気づき、それなりに魅力的にみる視点が発生した。

地方という呼び方には中央とか都会とかの対立概念としての意味が深い。どのエリアも属性が違うだけで、メリット・デメリットはそれぞれなので、意図的にフラットにと捉えて「地域」と呼ぶことにした。

そう考えると地域はエリアを限定する「フレーム」なのかな…。

今回の話の端々で登場していた次の方向性…「問題・課題・テーマベースのプロジェクト」これもまたフレームの話だなあ。

若手研究者、そろそろこのあたりのこと研究している人ってまだいないのかな。頑張って欲しいな。黒田さんみたいに…。
by fuji-studio | 2010-11-22 00:46 | ・講座/対話/研究会
豊島タワーの看板がようやく完成。
瀬戸内国際芸術祭が終了し、ようやく島には平穏な日々が戻ってきた様子。

a0010575_1443614.jpgしかし、だれもいない集落は、なんだか寂しい。

豊島美術館がオープンしたばかりで、年内は瀬戸内国際芸術祭のパスポートでの鑑賞が可能ということ…らしく、週末など結構来島者がいるということ…らしく、この週末から12月の半ばぐらいまで、瀬戸内国際芸術祭の一部作品を継続公開するという話が、事務局としてはまとまった…とか。


a0010575_14434491.jpgつい2日前に電話で聞いたところによると…まだ正式決定したわけではないけど、その方向性で…ということで、八十郎の家も事務局が管理しつつ週末限定で公開するのだとか。


a0010575_1444236.jpg公開するにしろ、しないにしろ、「藤島八十郎をつくる」活動は豊島で継続してゆきたいと思っているし、自治会長の藤崎さんが制作してくれた豊島タワーは相当評判がいいので…できるかぎり一般的に利用してもらえる状況をつくりたい。

…ということで、記念スタンプをつくったり、豊島タワー入り口の看板を制作したり、時間の隙間を利用して少しずつ整備してゆくつもり。

ほんとは3カ月ぐらい時間を確保できる予算があればいいのだけれど…。

そのうちに、豊島タワーの一階部分には豊島の資料館のような機能もつくっていったり…なによりも八十郎の家には露天風呂や簡易水洗のトイレや…整備しなければならないものがたくさんある。


a0010575_14444746.jpg上の段の「すごくなるところ」に海を眺めるカウンター式のセルフカフェを整備するという話もあるのですが…その予算どうにかならないものでしょか?

そろそろ建築家とか建築ゼミとかとのコラボレーションで何かつくる??

とにかく…3年後の次回の瀬戸内国際芸術祭に向けていろいろ藤島八十郎の活動を作ってゆきたいと思っていますので、どこか協力してくれるところがあれば、ぜひお願いします。

長期的な視点で…。

ところで…この書き込みの最初の写真、藤島八十郎の家の入口に最初に設置した廣田商店で購入した一輪の造花ですが、会期中かなりの来場者が生花と勘違いして撮影していたように思います。

ごめんなさい。豊島の墓場や地蔵さんで当たり前のように見かける造花でした。

墓を守る人も高齢化し、さらに減少して、地元の人は多くの人の墓守を頼まれているのだとか。しかし、その多くの人が高齢化し、なかなか多くの墓守に出回れないという事情から…造花を飾っている地蔵や墓が目について仕方ありませんでした。

そんなとき、地元の商店、廣田商店の一角にあった造花売場…。
by fuji-studio | 2010-11-08 23:13 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
此花、じわーっとした連鎖は確実に拡がっているようです。
此花の梅香、四貫島周辺でいろいろなアーティストやデザイナーが暮らせるような物件を紹介し、そこで暮らしながら、いろいろな活動が連鎖してゆけるような環境をつくってゆく・・・というイメージの此花アーツファーム構想。

その実践に向けて毎年行われているオープンスタジオ形式のイベントが「見っけ!このはな」

a0010575_21303895.jpg此花区にかかわり始めたのは3年前、このはなかえるクラブというかえっこを使ったイベントで此花区の地域づくり活動に参加したのがきっかけだった。


a0010575_21311718.jpgその関係から政岡土地建物という地元の不動産管理をしている会社に出会い…いろいろあって…そこの持っている木造家屋を利用することになり…そこで考え始めた「此花アーツファーム」構想。


a0010575_2132116.jpgその流れは僕のこのサイトの流れを見て行ってもらってもわかると思うが、僕の動きはほんの一部でしかなく、じわじわーっと多層な動きが自然発生しつつある。

2年前にiopが仕掛けたイベントでは、実は桜島アートプロジェクトで活動して、リンクした作家が桜島の延長で動き、スターターの役目を果たした。


a0010575_21335963.jpgその関係が別府混浴温泉世界でのわくわく混浴アパートメントに連鎖し、現在、京都とか柏で行われているわくわくの流れへと展開したことは此花で現在活動している人たちはあまり知らないと思う。 


a0010575_21343999.jpgでもそれはそれでいい。
いろいろな活動は捉えがたい複雑な形で少しずつズレながら連鎖して新しい関係を作り出す。

それがこの此花で確実に動き始めているような気がして興味深い。


a0010575_21351529.jpg2年前、そして去年の活動と今年の活動との明らかな違いは、この地域で実際に暮らしながら、あるいは制作の現場としながら自主的に活動している表現者がそれぞれの活動の現場を公開しているという点。 


a0010575_2136920.jpg去年までは僕が借りていた此花メヂアも建築家の大川君を中心に借りてもらうようにシフトチェンジし、彼が若い作家の吸引力となり、多くの作家が興味深い活動を模索し始めている。


a0010575_2137062.jpg四貫島商店街の中にもキスヒサタカが神戸から拠点を四貫島に移し、森巣ラボという名称で活動をはじめ、梅原さんとかが宮本マンションで活動しはじめたり、黒目画廊という不思議な活動ユニットが動き出したりフルヤさんが引っ越してきてオルタナティブスペースをつくったり… 


a0010575_21373544.jpgなんといっても奇跡的に立ち上がった梅香堂というもっとも現代美術に鋭角なギャラリーが此花に登場して一年が経過したり


a0010575_21425185.jpg 本当にじわっとした関係が少しずつ拡がりつつ、そしてそこがちゃんと定着している雰囲気が見える。

それにしても、あのキスヒサタカとオオカワアキラが一緒に活動しているこの…


a0010575_21453126.jpg土木系イメクラ。

本当にくだらなくて情けないほど…感動的にダメでいい。

なかなかやるなとは思っていたが、ここまでダメなことをこんなにゆるくやるとは… 


a0010575_2146723.jpgせっかく真面目に此花アーツファームを語ろうと思っていたのに、それをブッ飛ばすほどのくだらない活動。

しかし、これができるフィールドってなかなかない。 


a0010575_2149726.jpgそういえば、数日前、瀬戸内国際芸術祭の僕らの活動について北川さんにおこられた内容を思い出した。

「思いつきでやられても困る」とのこと。

それは本当にそうだろうと思う。その件についても僕としてはいろいろと反省する点も多かった。


a0010575_2218942.jpg確かに瀬戸内国際芸術祭ではこんな思いつきの活動は絶対に起動しない。

だからこそ、それを起動させる此花の力はすごいものだと思う。


a0010575_22294798.jpgありえないものを存在させることがアートの力なのだとすると、そんなアートであれば悪くないのかもしれない。

何よりもいいのは彼らの上に「アート」という大きなオモシがない。


a0010575_22304956.jpg 発表の場はもっといろいろなシステムがあっていいと思っているが、このようないろいろな活動を実験し、いろいろな意見に晒さらされ、いろいろな興味がぶつかり合う現場が育ってゆくような地域があればいい。 


a0010575_2233472.jpgアーティストは地域の問題とか関係なく、勝手にふるまい、自分の違和感に向かいあい、なりふり構わず表現すればいい。しかし、一方で建築家や都市計画や地域づくりを行っている専門家や学生がかかわっている現場であるがゆえに、そのような視点の活動がもっとリンクして深めてゆけばいいと思っている。

北本でも模索しているが、あたらしい賃貸借契約のあり方とか、建築家とアーティストの関係とか、まちづくりとデザイナーとの関係とか、編集者とまちの活動の関係とか…

もっとリサーチと実験を積極的に行える仕組みを模索しなければならないと思うのだが、そこで動こうという視点は不足しがち。

しかり、そこが先行している現場よりも、はるかにおバカなアーティストがありえない活動を立ち上げることが現場のほうが魅力的であることは確かだと思うが・・・。



by fuji-studio | 2010-10-31 23:35 | ◎大阪・此花アーツファーム
瀬戸内国際芸術祭の最終日記念、豊島タワーの展望記念スタンプできました。
いよいよ瀬戸内国際芸術祭も最終日。

a0010575_10332951.jpgその最終日の記念…というわけではないが、ずっと前から設置したいなーと思っていた「豊島タワー展望記念スタンプ」がようやく完成し、タワーの中の展望室の一角においてみた。

スタンプの作者は東京の美大に通う一年生のおおのさん。

以前から八十郎スタンプや宇野澤スタンプやらといろいろ作ってくれていた。


a0010575_1034251.jpg僕の中では記念スタンプを業者に発注しようという発想しかなかったが、おおのさんが彫れるかもしれないと思い、無理難題をお願いする。

いつものなじみの廣田商店でいちばん大きめの消しゴムを入手し、彫ってもらうことに。

タワーのイメージの絵を入れようかとか豊島タワーから見える風景を彫ってみようかとかの無理難題をふむふむと受け入れて筆箱の中からカッター一本を取り出してこつこつと彫ってくれた。


a0010575_1035144.jpgそこにいつもの地元の小学生が遊びに来て、スタンプの持ち手にするための木の破片を探してきてもらい、僕がそれっぽく、荒っぽく削り出す。

スタンプ台もいるだろうと廣田商店に尋ねてみると、新品はないけど古いのならたくさんあるから提供するとのこと。

ということで、こえびのおおのさんと廣田商店と近所の小学生と僕との共同作業で出来上がった豊島タワーの記念スタンプ。

「豊島タワー入り口」という看板もちゃんと制作しようと、下書きをしたところで最終日になってしまった。

今後八十郎の家がどうなるかはまだまだ未定ですが、たぶん、豊島タワーはいつでも展望できるようにしたいですねー。

瀬戸内国際芸術祭は終わりますが、豊島での藤島八十郎の活動はこれからじわじわーっと始めてゆきます。

ということで、どうぞよろしくお願いします。
by fuji-studio | 2010-10-31 10:17 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
水…か。風土…土と風をつなぐものだな。
豊島美術館がオープンして地元の人の評判があまりにもいいので思わずがまんできずに見に行った。

a0010575_10461154.jpg水だということは随分前から聞いていたが、本当に水だった。

水の流れをみていて…水について考えたり、人間について考えたり、組織について考えてしまったり、政治について考えたり、環境について考えたり…とにかくとてもいい時間を過ごせるいいところができた。


a0010575_10474286.jpg先日のかじこでのトークの時にちらっと話した風土の話に「水」の話を入れればよかったと、岡山から豊島に向かうフェリーの中で考えていた。

水は土と風を繋ぐとても重要な存在だということ。


a0010575_10484454.jpg以前このブログで書いてみた風と土についての記述をみてもらった上での水の存在についてだが…(ここにリンクしときますので是非読んでね。)

水の出どころは主に二つ。

ひとつは雨。そしてその雨が地下深く沈み浄化され湧き出てくる地下水。


a0010575_10494089.jpg地域活動と表現の関係でその役割をたとえるならば、水は土と風を繋ぐとても重要な存在。

それは土地に潜在している場合もあれば、風と共に空から降ってくる場合もあれば、あるいは川の流れのように高いところから低いところへ流れてくる場合もある。

土がどんなに肥えていて種が蒔かれても、地域に対する興味だとか、種に対しての興味がが注がれなければ種は発芽しない。それが水なのかな…と。


a0010575_10502611.jpg以前、plants!というミーティングテーブルを主宰していたときに、地域の苗を育てる水と光は「興味」と「関心」そして「批判」だという話をしていた。

どんな活動でもそこに興味や関心を注ぐ人がいなければ育たないし、批判を受けることで活動は強くなれる。

とにかく、水。


a0010575_1051614.jpg土の人もいれば、風の人もいる。そして水の人もいる。

水も大量に流れ込めば洪水になる。洪水を食い止めるのは巨大な溝やダムをつくることではなく、森を育て、池をつくり、土そのものの浸透性を高くし、水の流れを分散させ…

河川の改修についての話ではない。


a0010575_10515826.jpg瀬戸内国際のような大量に流れ込む水(興味を持つ大事な人達)の話だ。

地域にとって必要な水の存在は、ただ流れてゆくだけの大量の水ではない、地域に浸透し、ある場合は土の豊穣化を助け、ある場合は渇きを癒し、地域を清め、作物を育てるような適正で、多種多様な水。

とにかく、水の存在が適正な量だけ豊島に浸透してゆき、土と種を育てる風土になればいい。

・・・

とにかく豊島、これからの期待は相当大きい。内藤礼さん福武さん、そして実際に作ってくれた人、本当にありがとうございます。

そう。…水なんですね。

そういえば、宇野澤の存在は水だなー。
by fuji-studio | 2010-10-29 10:58 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
岡山のかじこでのトーク
a0010575_10404830.jpg瀬戸内国際芸術祭の期間に合わせて、遠くから来場する人に向けてのゲストハウスとしてオープンしていた「かじこ」

ここの活動も瀬戸内国際芸術祭終了とともに終わるのだとか。

それにしてもこの現場は、期間中、瀬戸内国際とは全く違う活動の連鎖を作り出していて、かなり面白いことになっていた様子。

やっぱりこういうのがいいなー。

そのかじこで僕としては始めて語る藤島八十郎についてのトークイベント。

しどろもどろで話が飛びまくり、とりとめなくて申し訳ございませんでした。

そうなんですよ。このかじこのような活動って、絶対に瀬戸内国際芸術祭がなければ存在しなかったのですが、瀬戸内国際芸術祭を語る文脈では語られることはないのでしょうね…そのあたりに注目するともっといろいろな活動の可能性が見えてくるに違いないのですが…。
by fuji-studio | 2010-10-27 10:40 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
「藤島八十郎をつくる委員会」をつくる計画
瀬戸内国際芸術祭もだんだんと終わりが近づいてきて、いろいろと今後の話が出始めている。

この地域に新しいベクトルをつくるキックオフイベントとしてのお祭りは終わり、ようやくじわっとした地域の日常が戻ってくる。

豊島の場合、豊島美術館やボルタンスキー美術館は常時営業する美術館として残るほか、一つの地域に2点づつほど引き続き作品として常設されることが決定されているので、ゆっくりと豊島を楽しみたい人はぜひ何度でも訪れてもらい、第2の故郷として深い関係を持ってもらえそうだ。

a0010575_0195370.jpg恒久的設置になる作品のリストも出始めているが、もともと僕の出品作品は藤島八十郎という豊島で右往左往しながらも、いろいろな活動を模索する「役立たずの八十郎」をつくるというベクトルにあった。だから是非とも豊島に藤島八十郎の存在をつくってゆく活動は残したいと考えている。

当初、藤島八十郎の家を整備した後は豊島の状況を観察しながら、八十郎のできることを探りつつ活動を始めるつもりだった。

しかし、瀬戸内国際芸術祭の来場者の多さに目を回しているうちに…生活費を稼ぐ為に豊島から離れ出稼ぎに行くうちに…稼げない場合がほとんどだったが…結局、たいした活動できなかった。 ただ、こえびのササオさんが中心となって八十郎の家の庭に農園を作って野菜づくりを行ったり、自治会長の藤崎さんの指導で豊島タワーとか豊島スカイツリーを作って楽しんだり、唐櫃公堂の床を着色ワックスがけして磨いたり、自然の家の遊具を塗りかけたり、家浦にあるいちご屋の看板を子どもたちがつくるのを手伝ったり…管巻三十郎が瀬戸内国際芸術祭についてブツブツと八十郎ブログやツイッターで管(くだ)を巻いたり、…結局八十郎を支える人達はいろいろ動いたものの、役立たずの八十郎の活動は、何がやりたかったのかも、何をすればいいのかもわからないまま、とりあえずの100日が終了する。


a0010575_0401394.jpgしかし、その間にも、豊島での活動のイメージや大切に表現しなければならない活動の種とは数多く出会っているのも確かで、その部分にじっくり時間をかけながら触れてゆき、何かが発芽する期待感は相当ある。
…ということで、今後とも藤島八十郎は豊島でもっと修行してもらおうということで、藤島八十郎をつくる委員会をつくることに。

委員会は八十郎を応援係とか、菜園係とか、読書係とか、運動係とか、散歩係とか、制作係とか、企画係とか、友人交流係とか(ろくな係がないな)…そんないろいろな係が集まって…もちろん自主的な係大募集…

それで委員会をつくり活動をぼちぼちとゆっくりと持続してゆきたいなー…と。

で、できれば、藤島八十郎の家は「八十郎をつくる委員会」の部室のような拠点として利用してゆきたいなー…っと。

通常は「八十郎は旅に出てます」という書置きを残して家には入れないのですが、イベントとかワークショップを開催するときの拠点にできないかな・・・と考えていますがいかがでしょうか?

…ということで、どうぞよろしくお願いします。

…ってだれに頼めばいいんだ?

かえっこは3年で形になり、10年続いて相当なことになっていますが、藤島八十郎をつくるという表現は5年ぐらいで形になりはじめ、15年後ぐらいに凄いことになるような気がしています。いづれにしても八十郎は豊島を拠点に…たまには旅に出たりしますが…豊島に骨を埋める覚悟で生涯豊島で活動したいのだそうです。

…なに?八十郎には兄弟がいるって?
by fuji-studio | 2010-10-22 19:15 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
どうする豊島! で悶々と考えていました…
豊島の唐櫃の丘の唐櫃公堂で、「どうする豊島」というテレビ番組のタイトルのようなフォーラムが開催された。

a0010575_7342181.jpg副題は「豊島から考えるいろいろなこと」

実際に、豊島が抱える問題は、将来の地域社会が面する様々な問題に繋がる。そもそも豊島という名前に「豊かさ」に対する定義の問いを読み取るとすれば、「豊島」はこの島のことを指すのと同時に、島国日本そのものを指すようにも思われるのが苦々しい。

実行委員会主催のこのようなフォーラムやディスカッションがいたるところで開催されるようなイベントであってほしいが、実行委員会主催となると政治的バランスの配慮が必要だったり、体制を整えるために仕込みに代理店とか入って予算的に大きくなってしまい、妙なものになりがちだし、このような混乱状況の中、そこまで余裕はないのだと思う。実際、このようなものは市民側がどんどん勝手に手作りで多方面の角度から行うほうが健全だと思っているので、高松で活動している商店主達のこの企画は相当期待していた。


a0010575_7351673.jpg豊島にある3つの自治会長や豊島から選出されている町議や瀬戸内国際芸術祭のディレクターの北川さんまで呼び出してのフォーラム。そして僕が以前から注目していた石井亨さんの登場。

石井さんについてはずいぶん以前から豊島の産廃闘争の書籍の中で目にしていた名前だったが、1月28日に朝日新聞に掲載した瀬戸内国際芸術祭についての警鐘ともいえる石井さんの文章があまりにも的確で共感できるものだったので注目していた。


a0010575_7355692.jpgこの文章のコピーがあらためてフォーラムの会場で配られたので読み返してみると、今更ながら瀬戸内国際芸術祭が早急に解決しなければならない問題の多くを預言者のように的確に指摘している。

瀬戸内国際芸術祭が始まり3か月以上過ぎ、いろいろな問題が明快に見えはじめ、自治会長達も開催前に抱いていた不信感や不安よりは、今後の期待を膨らませている状況でのフォーラム。

地域に期待と可能性の種が発芽している盛り上がりを直に感じている観客の大きな期待の中、この瀬戸内国際芸術祭の成果に対する賞賛を誠実な言葉で刻む各自治会長の積極的な意見から始まったフォーラムは…圧倒的な強い言葉で話す北川さんのパワーに押され…戸惑う司会者と「反瀬戸芸」というレッテルを背負ったままの状態で登壇してしまった主催者のしどろもどろな突っ込みで…妙な停滞へと…ああ、もったいない時間。


a0010575_73639100.jpgどちらかというと草の根的な活動を行っている地域アート系プロジェクトの現場で試行錯誤している僕とすれば、それぞれの地域系アートプロジェクトに圧倒的に足りない集客力や浸透力などを考えると、北川フラム的大量投入の関わりをつくる手法には違和感を抱きながらも、そうでなければ動かないいろいろな現場の現実も見えてきるのも事実。

だからこそ…地域に適正な規模の検証と、それをどのようにコントロールするかの技術的な論議は必要だと思うし、あくまでも地域の住民が主体となるコーディネート組織が少なくとも豊島には…本来それぞれの島や地域で必要なのだと思う。


a0010575_7371885.jpg島の自治会や連合会などを内部に持つ瀬戸内国際芸術祭の改善委員会のようなものを住民側の組織としてつくり、そこと丁寧に協議してゆける豊島専属のコーディネート事務局が必要だと思っているし、その発生を促すためのフォーラムなのではないかと期待していた。

瀬戸内国際芸術祭の総来場者としては90万人近い数になるという話だが、僕の現場…藤島八十郎の家で正の字を書きながらカウントした来場者ですらも5万人は超えそうなので、豊島で15万人とか全体で30万ぐらいは実数として来場しているほどのイベント。

それが島の日常にどのように浸透し、影響してゆくかはこれからの課題だし、これがきっかけとなって、いろいろな人が島に興味を持ち、いろいろな方面から介入してくることは予想できる。

その、どの人にどのような形で何を提供し、あるいは何を防御してゆくのかの積極的な対策へと向かうためにも、島の将来を本当に心から大切に思う住民主体の組織が動かなければならないと思う。

そんな話ができる重要な場だと期待していたのだけどなあ…

だて、ここからが僕が話したかった提案。検討してほしい提案。

この対策委員会…改善委員会のようなものに島を離れた息子世代、孫世代の30代、40代の人が参加できる仕組みを設計するのはどうだろうか?東京都が3331で行っているinside outともリンクする活動だと思うが、豊島の問題を豊島を離れている人が積極的にかかわりをつくるオフ会議を瀬戸内国際芸術祭に組み込むイメージ。

ツイッター会議でもいいし、スカイプ会議でもいいかもしないが、離れていても内容に関わり参加できるシステムづくりのイメージ。

それは必ずしも豊島の出身者ばかりではなく、これまで深いところで関わってきた精神的な豊島の応援団でもいいし、これから積極的に豊島の活動にかかわりたいと思っている応援団でもいいのかもしれない。

とにかくあらゆる角度から豊島のそれぞれの地域のベクトルにどういう化学反応が必要なのかを話し合う時間こそ、僕はもっとも豊かな時間なのだと思っている。

何ができたかということよりも、何をつくるかと考える時間の豊かさについて・・・あまりにも無視されている現在。

ああ、この辺の話、八十郎の家でのオープンディスカッションしたいなー。

だれか話してくれる住民いないかな。
by fuji-studio | 2010-10-16 23:17 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
北本ビタミン 西尾美也、wah、北澤潤からの連鎖
北本に最初にやってきたのは…2008年の5月…そうかまだ2年と少しだけなんだな。もう3年以上関わっている感じがしていた。

a0010575_22382671.jpgこのブログを書き始めてから記録がかなり正確に検索できるようになったので便利。その記録によると最初に北本に呼ばれて何ができるか考えるためにその2か月後には北本アーツキャンプのチラシポスターを制作し、北本市役所の全職員に配布してもらった。

アーツキャンプという手法は1997年に福岡で始めたミーティングテーブル「plant」の合宿型の変形で、2006年に筑前深江アーツキャンプを地元のPTA主催で実施した経験があった。


a0010575_2324227.jpg地域の中でイメージ作るためにはいろいろな人とのディスカッションを重ねることで初めて発生すると思っいたので、そこから始めた。

8月のお盆の時期の5日間の合宿はどちらかというと地域や地域で活動している人と出会う為のリサーチだったが、それを踏まえて冬のキャンプがはじまり、興味深いデザイナーやアーティストがかかわるようになってきた。 


a0010575_2341471.jpgその中でもいち早くアクションをおこし、独自のプロジェクトを展開しはじめたのが西尾美也

彼の活動は2005年の取手アートプロジェクトの時から自主的にスタッフユニフォームの提案をいろいろしてくれていたので関係が深い。


a0010575_2352026.jpg京都にある大川センター運営のCAMPが行っているワークショップ「ふくのりゆう」に注目して以来、いろいろな現場で接点があった。

今年は去年まで北本や他の各地で展開してきたプロジェクトの素材を生地として最終的に服に戻しコミュニティ活動へと繋げてゆこうという新しい展開。


a0010575_2365756.jpgその実験の場が北本に暮らす若いデザイナープロジェクト「北本デザインプロジェクト」が自主的に改装して拠点していた「氷室(ひむろ)」

今年の北本ビタミンの活動がこれまでの2年間のそれぞれの活動をベースに、それぞれがいい形でリンクしてゆく流れを感じることができて、なんだかうれしい。


a0010575_761890.jpgwahの活動が北本にリンクし始めたのは西尾君のプロジェクトの北本タワー2階の工房の後、wah document officeとしての改装が始まってから。

彼らの活動としては珍しく、まず事務所を設け、新しい活動の形態を模索していたんだなと、今になって初めてわかる。

家を持ち上げるプロジェクトの主体のチーム名が「orera」であるのに対して、北本団地の空き物件で展開したプロジェクトの主体は「はみ出し探検隊」

北本団地の小中学生が中心となって、無人島に行くというプロセスをいろいろいじっている。


a0010575_772454.jpg「はみ出し探検隊」の活動のゴールは「無人島で過ごす」という極めてシンプルなものだが、そのプロセスをめいいっぱいいじっているのがwah document。

僕が最近活動の拠点としている豊島などの瀬戸内までくれば簡単に実現できる計画だが、わざわざ無人島にわたるには漁船がいるという理由を作り出し、漁船を千葉の漁港から運んできたのだとか。

なるほど。wahの活動のツボはまともそうに見せて、実は大きくズラす。そのズレ様の魅力だなと見えてきた。


a0010575_7103090.jpgそして北本団地の商店街の空き店舗で「Living Room」という活動を続けている北澤潤

やはり北本アーツキャンプのプレゼンテーションから彼の活動を知ることになったが、興味深い取りくみを、とてもまじめに「美術」に向かいつつ、しかも、団地に半分暮らしながら、その活動を地道に展開しているのが興味深い。


a0010575_7114031.jpg意図的に意図せぬ展開を仕掛け、現象を受け入れ、それを記述し、そして次の展開を仕掛ける。プロセスのあり方として注目すべき手法だと思う。 

内容はぜひ彼のブログサイトの報告をたどってもらいたいが…何もないところから北本団地の住民に使わなくなった家具を集める所から始め、集まりつつある家具でリビングルームを制作し…子どもたちの遊び場として開放しつつ…そのうち物々交換できるリビングルームとして…。

一つの場でありながら、用途が自然と変化してゆく状況。


a0010575_7123674.jpgそして偶然なのか、意図したのか…カラオケセットとかピアノとかがそろったところで「リビングコンサート」

常連の団地の子ども達が最前列で手伝いながら、地元の人のコンサートが催され盛り上がる。

地域は素晴らしい人材の宝庫だ。アートという文脈に縛られていたのでは絶対に出会えない人材にも、開放系のシステムを持つことで出会う可能性が生じてくる。


a0010575_7132856.jpg常にあらゆることにオープンになりながら、興味深いところに自由に移動できて、興味深い人と出会うシステムを作り出すこと。

北澤君の表現はそのような方向性あるのだろうし、だとすると相当うまくいったことになる。

美術に縛られない美術表現をどこまで実現できるかが、美術表現の可能性を広げてゆくことだと意図していると信じよう。

とにかく、北本ビタミン、来年2月にさらなる展開。

ところで、僕はなにしたらいいんだろう。

そろそろ僕にも何かやらせて欲しいな。

彼らに負けない表現…無理かな。いろいろハンディあるなぁ。
by fuji-studio | 2010-10-11 23:25 | ◎埼玉・北本ビタミン