タグ:アートプロジェクト ( 69 ) タグの人気記事
ずっと発酵中! 筑前深江海水浴場の「うみかえる」


a0010575_08170242.jpg
うみかえると名付けたのはいつからだろうか。

福岡の糸島のこの海沿いの空き家のたっている土地を借りることになり、それにともなって、本来取り壊すべきところの朽ち果てつつある木造の古民家を買い取り、改修して使ってきた。

僕のブログの中から、これまでのうみかえるの記事をいくつかピックアップしてリンクしてみる。







a0010575_08175210.jpgこれまでのブログの中からうみかえるいじってきた記事リンクしてみたらたくさん出てきた・・・。

しかし、5年前この場所を離れ、十和田市現代美術館に勤務することになり、家族が隣にできた屋根と外壁だけの家に移り住み、ここが一時はかえっこのおもちゃの荷物の集配所になっていたが、雨漏りが激しく、海風が強く、天井が落ちてきて、ほとんど使えない状態になっていた。整備してもすぐ荒れ果てる・・・。

a0010575_08185038.jpg雨漏りのしない家の台所や和室部分と2階の部屋に、以前後輩が住んでいたが、そこが最近、いろいろな人が講演会をしたり、会議室になったり、舞踏の講演をしたり、気功の教室をしたりと使われ始めていた。

その延長の広い半屋外のような雨漏りのする屋根のある東屋のような感じで使えないかなと、今回3部屋分の天井をおとし、整備して、部屋の中にだるまストーブをもちこみ、発酵中の空間を作ろうとしてみた。

a0010575_08192351.jpg空間をいじり始めるといろいろやりたくなる。こうしようと決めて部屋を作るのではなく、部屋をいじりながら部屋を構築してゆくのがいい。

もっと時間があれば、ずっといじり続けているのだろうな。

a0010575_08200004.jpg糸島芸農の出品作品として空間をつくったので、まだ作業中の現場にバスツアーで100名ほどの客がくる。福岡市文化振興財団の主催のマネジメントスクールの学生が20名ぐらいで訪れる。かなり昔から僕の活動を見てくれている人たちがぽろりぽろりとやってきて、僕が作業しているのを見て驚く。




a0010575_08202552.jpgああ、もっとやりたいけど、今回は時間ぎれ。次はまた2年後、どのようになっているか、見に来て欲しい。朽ち果てているか、増築されているか・・・。



by fuji-studio | 2016-10-27 08:16 | ◎福岡・筑前深江での活動
10年前の自分からの手紙
海外を拠点に活動を続けている建築出身のアーティスト、増山士郎さんから依頼を受けて、確かに、10年後の自分に宛てた手紙を書いたことがある。 当たり前の話だが、そんなことまったく忘れていた。

突然おくられてきてきた10年前の自分からの手紙。 もっと、感動的かと思っていたが、以外とそんなことはない。見慣れた嫌いな文字、一方的でなげやりな文章、内容などもなんだかイライラさせる内容。まあ、こんなものかと放置されていた。

現在の増山さんに送り返したほうがよさそうなアンケートのようなものがあったので記入しなきゃと机の未整理の書類の山の中からまた取り出して、なんとなく目につくとろろにおいていたが、もらって一ヶ月、なんとなく、その存在が主張してくる。

もう一度ちゃんと中身をみながら、手紙の内容に対して、自分という相手に答えてみはじめるとなんだかとてもじわーっときはじめる。

自分が変わったという実感はないし、変われていない自分への苛立ちもある。しかし自分の周辺の状況は随分と変化してきた。ちょうど、今宮城県のえずこホールの20周年記念事業を組み立てているが、10年前、同じホールの10周年事業を行っていた時期。急性膵炎で倒れる前でまだまだ、内臓のアルコール漬を夜な夜な作っていた頃。facebookもTwitterもLineもスマートフォンもなく、ブログが全盛。このころ中毒的ともいえるほと、かなり書き込んでいる。

そのころ住んでいた自宅はその後2回引っ越しているが、僕は単身赴任になり、その当時からすると、8回引っ越している。東日本大震災が発生し、原発が日本各地を放射能汚染をはじめ、日本はそれを止められないどころか、それを覆い隠す為の崩壊のシナリオへと動き始めているようにも見える。

僕の家庭や、スタジオでも増え続ける廃棄物のための倉庫だけが増え続けているが、日本国内、あるいは世界全体で核廃棄物も含め、廃棄物汚染が蔓延しつつある。

僕らが行ってきた表現活動は何の連鎖も生み出すことはないのだろうか。しんどいなぁ。
a0010575_08422966.jpeg

by fuji-studio | 2016-06-28 10:46 | ・思索雑感/ImageTrash
メルボルンの中心街にカエルのテントが。
メルボルンのど真ん中にあるアートセンターのキュレイターから連絡が来たのはもう2年ぐらい前のこと。

a0010575_20593549.jpg実は僕は近年、どんどん海外からの仕事が苦手になってきてほとんど無視したり断ったりしている。国内にいてもなかなか自宅に戻れないし、自宅のスタジオにこもって仕事するのが一番いい環境で仕事ができと思っているし・・・(いや、本当に半年以上も使っていないのに家賃だけは払い続けている自分のスタジオで仕事がしたい。)

しかも近年は特に地域系の人とびっちりとディスカッションを重ねて何か活動を立ち上げようとする方向で動いていて、日本の国内のかなり深くかかわっている地域ですら難しいなぁと感じているので、文化も違い、さらに活動が連鎖し、面白イ活動が派生することが期待できそうにない海外での短期間の仕事なんて、まったく興味の対象外だった。


a0010575_20595981.jpg短期の滞在では地域のツボもわからないし、地域のキーパーソンすら出会えない。というか、地域に普通に溢れている素材のことすらわかりにくい。

昔は開発途上国に興味を持っていたし、アジアの状況に興味を持っていたので積極的に出品参加した時期もある。しかし、アジアの経済状況も随分と変わり、むしろ日本の地方の方が結構リアルに問題をいっぱい抱えていて僕としては関わりがいかあると感じている。


・・・ということで、パプアニューギニア時代には好き好んで旅したオーストラリアのメルボルンの仕事だったけど、どうにか自然と断れないかと…話をすればするほど、またこれが断り方が下手でますます興味をもたれて、去年の6月に約一週間招待されてリサーチをすることになった。


a0010575_2102785.jpg結局、ますます断れなくなり、地元で活動するアーティストグループと一緒にやるなら・・・と消極的な条件を出しつつ…そのうちそのアーティストグループが全面的にやってくれないかな…などと考えていた…が、甘かった。

結局、十和田市現代美術館での仕事や新潟での水と土の芸術祭、そして東京の千代田区のアートセンター3331での個展の最中という異常に忙しい状態を振り切ってメルボルンに来てしまった。


a0010575_2105244.jpgとにかくこの川沿いの新しくリニューアルオープンしたホールの外に何かありえない風景を…しかもこのホールの廃材を使って地元の子ども達や高校生、大学生と一緒に作り上げなければならないという結構大変な仕事。

なかなか難しい課題。ほとんど自信がないのもまた珍しい。設定条件が違うのかな・・・?

a0010575_2112189.jpgアートセンターの芝生の部分に…これは僕のリクエストだったけど…公開制作用のテント3つ立てて、ひとつはインフォメーションブース、ひとつは制作工房、ひとつは素材とか作品のストック倉庫として利用し、最終的には川沿いのテラスのあたりにインストールする…という流れ。

今回はたまた3331のオープニングの展覧会で知り合った日本人のアーティストの加藤チャコさんがメンバーの一人であるslow art collectiveというかなりシンクロする感覚のアーティストユニットと一緒にやるというのが唯一の救い。

これ、真冬のメルボルンの寒空の中、一人で制作することを考えると涙ちょちょぎれそうになる。

とにかくやれるだけやるしかない。つくろことに騙されず、がんばろ。 そうか、運動だと思えばいいんだ。・・・たぶん。
by fuji-studio | 2012-08-02 21:07 | ■メルボルンでの活動
新潟の水と土の芸術祭がスタートしました。
新潟の水と土の芸術祭。

打ち合わせ、仕込みのために訪れて、もろもろしているうちにあっという間に一か月。
ついにオープンしました。

このために東京と神戸に暮らす知り合い二人を中心に全国の部室的な活動と部活動的な活動事例を調べてもらっていて、その一部をブログサイトに公開し始めています。まだまだ未整理ですがよろしければ面白く、興味深い活動がたくさんあるのでご覧ください。

http://kaerugumi.exblog.jp/

で、新潟の水と土の芸術祭ではデモンストレーションとして新潟の3つの会場で部室をなんとなく公開してもらっています。一応facebookのサイトがありますのでそちらで雰囲気をご覧ください。

http://www.facebook.com/?ref=logo#!/groups/366460656736053/

a0010575_17191876.jpgしかし、いろいろ調べてみると、部活動は今急上昇。ちいきにいろいろな部活動が発生していることは間違いありません。そして部室的な居場所づくりも様々なケースがあり興味深い。しかしまさにこれぞ部室というような典型的な事例はなかなか数少なく、これから全国に広がる気配を感じています。

もっと面白いオリジナルな部室がいろいろできてくるといいなと思いながら、「部室をつくろう!」「部室募集」のフライヤーを制作して配っています。

a0010575_17202682.jpgオープニングにプレゼンテーションの展示の横の手部の部室にいるとなんと安斎(重男)さんが登場。作品の場にわずかに10分ぐらいしかいなかったのですが、そこを狙ったかのように登場し、僕の写真と部室の写真を撮影してゆきました。さすがに天才。

安斎さんはぼくが学生時代、当時部室化していた一軒家を突然訪ねてきて、部屋中に落書きしたり、東京までの長距離電話をかけたり、いたずらされたのが最初の出会い。その後も要所要所でふらりと登場して作品や僕のポートレートを撮影してくれています。

やはり凄い人だな…。

水と土の芸術祭、3つの部室以外ほとんどめぐることができませんでしたが、wahとナデガタの作品は体験し相当よかった。曽我部さんも相当頑張っていました。まだお会いしたことのない大友さんと飴屋さんの空間もかなり感じました。いちどちゃんと廻らなければ…。時間あるかな…
by fuji-studio | 2012-07-13 16:15 | ■新潟での活動
北本の雑木林でのクスタケシの展示。
北本市での日本文化デザインフォーラムの開催はかれこれ3年目…かな。

a0010575_10523857.jpg雑木林での取り組みもじわじわと広がってきている。(全体の活動が見れるサイトはどこ?)

僕の北本との関わりはさらにその前からで、ここでもまずはじめにディスカッションの為のキャンプを企画した。

a0010575_1053589.jpgそこに関わった多くのアーティストや市民活動のグループとの関わりが、今の北本の活動へと変化しながら繋がり続けている。

その裏側には多くの葛藤や悩みや苦しみ、挫折もある。運営事務局も行政も皆素人なので多くの誤解も迷惑も渦巻いている。

a0010575_10533460.jpgしかし、その紆余曲折(プロセス)が地域の風景を作り出し、そこで人は変化し、活動も変化する。

北本でのアートプロジェクトをイメージした時に、外からの作家が大型のプロジェクトをやるような越後妻有タイプではなく、この地域の周辺の何かを作りたいと思っているエネルギーが集まってきて、ここから何かが発生するような状況を作るべきだと強く思っていた。

a0010575_1054142.jpg荒川の広大な河川敷きと雑木林が点在し、果樹園と桜が印象的で、空気と水の流れを感じるの東京近郊のこの地は、何かを作り続けて暮らしたいと考える創作者にとって魅力的な場であるはずだし、そもそも、この周辺にはそのような創作者がたくさん生まれ育ち、暮らしているに違いない。

a0010575_10543492.jpg当時は今のような「水を集める」の概念はなく、むしろ「土を開拓する」イメージだったのかもしれない。

まちの変化は世代単位で変化する。

その単位にいかに新しいベクトルを作るのかが重要だと思っている。

a0010575_1055643.jpg僕の個人的な常識では1世代は33年。66年で2世代。

今の北本のまちの風景は2世代前と1世代前の価値観によってつくられてきた。

ここに定着する人が何を考え何を行うのかで風景は変わるはずだが、時間の感覚が長いので自覚的にそれを捉えるには一生かかってしまう。

でも確実に風景はつくられ変化してゆくので、その変化に関わる人の意識がどのような経験をするのかが重要だと思う。

a0010575_10553027.jpgで、北本に関わりかれこれ4年ぐらいは過ぎているが、今回はじめて、目に見えるいわゆるブツとしての作品を展示してみる。

単純にブツが作品なのではなく、僕としてはかなり入り組んだデモンストレーションの為のブツなのだが、そのストラクチャーに興味を持ち、それを読み込もうとする人はほとんどいない。

a0010575_10555132.jpgまあいい。ブツを目にすると人は安心するし、喜んでくれる。

特にこのかわいい眼の無垢そうな動物たちに惑わされ、「かわいい」「おもしろい!」とのツイートの数は多い…だけど…

a0010575_7441647.jpg根本的なところでディスカッションしたいと思っているし、話したいこと、実践すべきことも山ほどある。

そこからわかりたいこと、知りたいことがたくさんある。そのような場を作らなければならないんだけど…

仕組みに関わる人が育つのは難しいね。

僕自身、まだまだ力不足だなー…
by fuji-studio | 2012-02-05 10:56 | ◎埼玉・北本ビタミン
糸島アーツファームというプロジェクトが始まりそうです。
僕が暮らす福岡県糸島市でいよいよアートプロジェクトが始まりそうです。

a0010575_12342026.jpg僕が暮らす地域の同じ小学校校区で数年前からアーティストインレジデンス事業を始めたスタジオkuraその松崎君が都市計画デザイナー、コンサルタントの佐藤さんの後押しもありはじめようと覚悟したのが糸島アーツファームというかなり長期的な視点を持って展開しようとしているアーツなプロジェクト。


a0010575_12352364.jpg最初に家に企画書を持ってきたときは糸島アートファームという名前がついていたが、僕がアートよりもアーツの方がいいんじゃないかな?と話したことでアーツファームになった。

アートからアーツ、つまり複数形にすることでアートの文脈から少しずらし、いろいろなジャンルを横断するような活動ができるのではないかという思惑がある。

アーツファームといえば、僕が2008年に思いついた大阪の此花区での考え方。

大阪では都市型の映像系やメディア系、デザイン系のクリエイターやアーティストが暮らし、様々な活動を育てるエリアとしての此花アーツファームだったが、この福岡の糸島の場合は地引網のある海水浴場と玄界灘と狩猟のできる山、そして田んぼと畑と畜産と水と…自然と人の営みの関係の在り方に対しての様々なアーツを実践し、探ってゆくエリアとして模索されるのだと思う。

とにかく興味を持ってくれそうな関係者が集まってミーティング。

今年からじわじわとはじまり、2年に一度、あるいは数年に一度の大型のプロジェクトを目指してゆく。

家の海の家のスタジオも当然いろいろ関わってゆくことになる。よろしくお願いします。

サポートスタッフの宿泊先を確保しなければ・・・。
by fuji-studio | 2012-01-08 11:35 | ◎福岡・筑前深江での活動
過程と結果は…実は自己の視点と他者の視点なんじゃないか。
ワークショップや展覧会、あるいはプロジェクトで「プロセス優先か、それとも結果優先か」のような言葉を耳にすることが増えてきたように思う。

a0010575_11301279.jpgもちろん結果も大切だが、そこに至るプロセスが重要視されるようになってきた…ということ。

今回蒲生で行ったワークショップも結果を想定せず、プロセスを作り出すワークショップ。


a0010575_11312163.jpg僕の仕事…いわゆるアートプロジェクトの現場でも最終的なイメージ…つまり、結果を予想できないものとして、その広がりや可能性を担保しながらそのプロセス、あるいは初動のベクトルを提案することに力を入れた提案が…決して一般的とは言えないものの…それなりに受け入れられてくる素地が見え始めている。


a0010575_11322640.jpgそのほうがいろいろな活動の連鎖が生まれ、関係者の予想を裏切るほど面白い結果が発生する可能性が高いのでは…という経験から導き出された手法のような気もする。

ところが、このプロセス…つまり過程と結果という対立項目の設定自体に罠があることに気づいてきた。


a0010575_1133347.jpg過程と結果というと時間軸の問題に捉えられやすい。ところが視点を変えると…プロセス重視のプログラムは主体それぞれの自己の内発を促すことが問題視されているのに対して、結果重視・最終形態重視のプログラムは他者の視点を考慮した社会的な効果や訴求力が問題視されている…のではないかな…。

つまり時間軸の問題ではなく、自己へのアプローチか他者へのアプローチかの問題…かな…と。

そこに先の時間軸が絡んで来るというのが自然なのかな…と。


a0010575_11341175.jpgつまり…時間軸でその向き合う視点が変化してゆくという感覚がプロセス→結果の間にはあるという感覚、結構重要なんじゃないか思うんだけど…そんなことって皆さんの常識なのかな?

問題はその結果のイメージが内発を引きだすイメージとしてオープンにゆるやかに設定されていたらいいのかもしれないけれども、外発…つまり外から発せられたモチベーションとして束縛や重石になって参加者、あるいは当事者の主体的モチベーションの発生を抑圧するようなケースもあることに気づかってほしい。


a0010575_11353654.jpg地域系のアートプロジェクトが結果重視に向かうのもわかるが、それが故に外部からのモチベーションをてんこ盛りにすることで地域の主体、あるいは参加者の内発的モチベーションを阻害するプログラムの在り方はいかがなものかな…。

すべてはバランスの問題…ということで。

※写真は鹿児島県蒲生町で成長してきた蒲生どんと秋まつりのワンシーン。25年前に蒲生に太鼓の集団、蒲生太鼓坊主が発生し、紆余曲折あり韓国との交流が始まり、さらに紆余曲折あり毎年高校生の音楽を通した交流事業が定着し、韓国の伝統芸能を学ぶエリート高校生が蒲生町に来て地域の祭りとしていろいろな活動が連鎖していて素晴らしい。そのプロセスがいいがゆえに舞台のクオリティが感動するほど高くてびっくり。結果が素晴らしい理由にその過程の素晴らしさがある。しかもしれを地域住民はちゃんと知っていて皆が誇りを持っているがゆえに、新しい地域の祭りは盛り上がっていた。
by fuji-studio | 2011-11-21 09:27 | ・思索雑感/ImageTrash
氷見でのアーツキャンプ二日目は早朝の釣りからはじまり・・・
氷見での活動を考える為のアーツキャンプ。

a0010575_1410327.jpg前日は夕方までじっくり意見を出し合い…入口で炭火を起こし待ち構えている男子に押されるようにだらだらとした夕飯…飲み会モードの中で、釣りの体験ツアーのアイデアがにじみ出てきて…


a0010575_14105840.jpg氷見のアートセンターに出入りしている男子チームは皆さん相当の釣りの達人だとかで…いつも良質の魚等の食材を持ち込んでくれているとか。


a0010575_14114198.jpgそもそも、このアートセンターの三軒ほど先にある釣り具屋に集まる釣りプロ級のおじさん達…いや男子達が炭火も起こせるたまり場としてこちらに移動してきたのだとか。


a0010575_14124826.jpgとにかく、大工はできるし、体は動くし、船は持っているし、若い女子は嫌いではないし…

ということで、夜中の0時過ぎまで話合い(?)が続いたにもかかわらず…次の朝4時半に起きて5時から船で釣り場に移動して釣り体験を行うことになった。


a0010575_14133064.jpg参加者のほとんどはど素人だったが、釣りプロたちのテクニックで魚が集まってきてなんだかんだで結構釣れた。

釣りの素人を対象にした釣り体験ツアーというのも可能性があるかな…


a0010575_1414619.jpgそもそも、前日、いろいろなアイデアを出し合い、結果的にいろいろなツアーに編集できるのではないかという話になった。


a0010575_14144432.jpg何年か前に取手でのスタッフミーティングで同じようにツアーの話をして取手アートプロジェクト(TAP)トラベルというシクミが発生したように、ある程度までいろいろなプログラムの経験を重ねてくると恒常的に運営するカフェ・ギャラリー・アートセンター的な拠点運営活動と、ワークショップやライブ、コンサートなどのフェスティバル、イベント的な活動の企画と、それを繋ぐツアー的な活動の仕組みが必要になってくるのは常套手段になりつつある。


a0010575_14153156.jpg氷見は2003年よりいろいろな活動を重ね、数年前よりアートセンター的な拠点を持つにいたり、近所の男子チームをはじめとして、富山大学の学生(女子率が高い)やいろいろな人が関わりを持つようになった。


a0010575_1416780.jpg今年から4年間は、ドブネを象徴とする地域の持続可能な活動の展開のイメージをリサーチしつつ、形にしつつ…という位置づけで、「将来における生活の豊かさ・人生の豊かさ」について再考し実現してゆくような活動への連鎖を探る。…のかな?


a0010575_14183855.jpg参加者の多くは当然エネルギー問題にも関心は高く、放射能汚染のリスクのない地域社会への転換に向けたリサーチプロジェクトや実験のアイデアもたくさんにじみ出る。

a0010575_14171749.jpg…というか、放射能汚染のない水や空気や土の豊かな地域をどのように確保し、作ってゆくかという大きな課題が日本全国、現実的な問題としてのしかかっている。


a0010575_14192377.jpgいや、これは日本の問題ではなく、全世界の問題であるはずなのに、いまだに小さな地域の市長だとか知事だとか総理だとか賛成だとか反対だとか云々言っていることそのものがおかしい。


a0010575_1420114.jpg海の問題は川を媒介として山の問題に繋がる。

もともとドブネの為に山から大木を切り出してきたとのことで、川をさかのぼり源流まで行くツアーという意見も出た。


a0010575_14204845.jpgそのイメージをつくるために車で川をさかのぼり、源流を探してみる。

これまで貨幣経済的な価値観を中心として…合理化、効率化が優先されて作られてきた地域の活動の中で、排除され、削除され、忘れられた様々な技術。

あるいは合理化の裏で閉ざされ排除されてきた関係をもう一度繋ぎ開放する活動…。


a0010575_14213113.jpg漁業を中心とする氷見にはいい意味でまだそれらの痕跡が残っている。

それを再発見したり再現したり…将来へ繋がる大切な価値がここから繋がるかもしれない。

おいしいぶりが未来永劫食べれますように。
by fuji-studio | 2011-06-23 10:44 | ■富山・氷見での活動
大阪・ブレーカープロジェクト 絶滅危惧・風景の設営
大阪市立近代美術館(仮称だとか)の心斎橋展示室(僕らにとっては以前、出光美術館だったところというほうがわかりやすい)で明後日からはじまる「絶滅危惧・風景」の設営作業

a0010575_10503380.jpg新大阪から御堂筋線にのり、座席にすわると目の前にはってあるポスターがいきなりこの展覧会のポスターだったので驚く。

そうか。大阪市の事業なので大阪市の地下鉄にはこのポスターが貼られているのか。

NPOベースの街系プロジェクトではこういう広報が予算的にできないのだが…自治体がこのような部分で協力してくれると本当に助かる。

この展覧会は美術館で開催されるこれまでの展覧会とはかなり質が異なる。

2003年から大阪の新世界を中心に地道に活動を重ねてきたブレーカープロジェクト。

そのうち2009年から行っている「絶滅危惧・風景」で、各作家が行ってきた活動の結果が素材として近代美術館フォーマットに再編集され、それぞれの作家の作品として出品されている。

街でのアートプロジェクトに美術館が積極的に関わる関わり方について、地味であはあるが、ひとつの方向性を示しているんじゃないかな。

それにしても西尾君も下道君もトーチカもパラモデルも本当に活動自体が面白いし、みんな編集能力が高い。

特に下道君の編集能力には感服。凄いな…。僕のはダメだな。

僕は編集作業のツメが甘い。完成させる編集がそもそもできない。

この展示の裏側にある2003年からの新世界での街へのアプローチの深さを読み取る人がどれほどいるのかが疑問だが…。街の人との信頼関係がこれらの活動を実現させていることは見えてくるのかな…。

それにしても面白い展示だと思うなぁ。(…僕の以外は…)

もっともっと新世界の深い部分にこれから入り込みつつ、アジアの各都市の深層の部分とネットワークしてゆく…その気配。

今後の大阪に乞うご期待!
by fuji-studio | 2011-02-24 23:23 | ◎大阪・新世界等での活動
基礎超識: 地域イベントと地域実験の大きな違い。
川俣さんとの大型アートイベントに関するトークを終えて、ほとんど語れなかった印象をぬぐえないでいたが、次の日の朝、横浜でアサヒアートフェスティバル(AAF)の関係者と話していて、AAFがサポートしている地域系の…どちらかというと小さなプロジェクトと前日テーマになった大型のアートプロジェクトとの「違いはなんだ?」との視点を問われ…そのとき別のことを答えてしまったような気がして…その後もモヤモヤが染みついていた。

a0010575_23362185.jpgで、さらにアートイベントを研究しているという学生から質問がきて、それに答えようとしつつ…いちばん大事な前提を話していないことに気づいた。

これも僕自身の超識だと思うが

そもそも地域系のイベントと地域実験はまったく性格が異なる。…というか、前提が異なってくる。

イベントは「成功すること」を前提として成立し、失敗しないことが配慮され物事が仕組まれてゆくが、実験は「失敗することで問題を見出す」ことが前提として仕組まれてゆく。…と考えている。

僕の超識では地域は(もちろん個人や組織も…)もっと様々な実験を含む経験を積み重ねることで豊穣化してゆくと考えているので、失敗も含む地域の経験値の増大そのものに価値があるとする…そのことが前提となっている。

地域の中から新しい価値を見出す活動は実験も経験もなしに「簡単に発生させようとする」こと自体が暴力だと思っているし、成功するために「失敗を見ようとしない」視線からは何も生み出されないのではないかと考えている。

とにかく、アートプロジェクト、アートイベント、フェスティバル、トリエンナーレ、ビエンナーレ、芸術祭など地域をベースとして繰り広げられる様々な出来事が並列に語られがちで、混乱してしまう部分もあるが、あきらかに「イベント系であるか、地域実験系であるかの違い」はその呼び方に主催者の意識の違いを垣間見つつも、「何をもって成功としたか」がどの部分で語られているかを見るとその関係者の意識が明らかになる。

地域は多くの表出していない問題を抱えているし、地域で暮らす人はそれぞれ違う問題を多層に抱えている。その見えないモヤモヤ(潜在的問題)がイメージ化され、その解決に向かう「新しいベクトルを見出せたかどうか!」が地域実験における成功だとすれば、「来場者数の増加や経済波及効果の上昇」は地域イベントとしての成功なのかもしれない。

僕は個人的には大型のフェスティバルやアートイベントそのものが、実は社会実験ともいえる大型の地域実験として成立しているという視点で興味を持ち参加している。しかしもちろん、主催団体や実行委員会、あるいは事務局がそれを実験として認識していない場合があってもおかしくないし、小さなアートプロジェクトであってもそのケースはありえる…が、それほど問題だとは思っていない。

ただ、地域実験としての意識を持ち、地域のいかなる問題が浮上し地域の中にこれまで出会ったことのない新しいベクトルのイメージが発生したかどうか…それを地域の誰と関係者の誰と共有できたのか! そして「そこで暮らす人が次に動くべき行動のベクトルと出会えたかどうか!」ということなのではないかと思っている。

そのあたりについてまったく話できなかったんだけど、この部分ってたぶん重要なんだと思う。

そんなことってたぶん常識的じゃないんだろうな…。

評価の話していてもそのような話題にはならないし…。
by fuji-studio | 2011-01-22 18:18 | ・思索雑感/ImageTrash