いわき湯本の三函座
アリオスでのもやもや会議の次の日、温泉街で有名ないわき湯本の街で明治時代よりとても重要な拠点となっていた三函座を訪ねてみる。

a0010575_15534890.jpg数年前にアリオスで行ったミーティングテーブル、plants!の参加者からここの話を聞き、当時から興味をもっていたが訪ねるのははじめて。


a0010575_15542224.jpg1997年に福岡ではじめたミーティングテーブルだが、話し合ううちにいろいろと気になる場所の話となる。

当時、気になる場所に関わる関わり方として、実践したのが「清掃・整備」からはじめるというルール。


a0010575_15545777.jpg絵描きがキャンバスを貼り、下地を塗り、描く環境をつくるように、まずはイメージを膨らませる前にその場所と深く関わる必要がある。


a0010575_15552244.jpgその関わり方の最も自然な手法が「清掃・整備」活動だと考えた。

当時はplant demonstration というユニットのようなものを作って博多駅近くの小学校跡地だとかその周辺を掃除して回った。


a0010575_15554566.jpgそのアイデアはいろいろなところで紹介しているが、いわきでもアリオスplants!で紹介し、その手法がいわき湯本を盛り上げようと活動している人に伝わり、この三函座にも繋がった


a0010575_15555869.jpgこの建物の立派そうに堂々としていつつも、実は日本のある時期に町の風景を変えていった看板建築であることが僕の心にしみる。

構造は古い講堂の建築とおなじような木造建築で、屋根はトタン葺。


a0010575_15561229.jpg建物の面する岩山との関係がとてもよく、なんともしみじみとしところ。

掃除の延長で、去年そこを30年ぶりぐらいに利用して、沖縄で活動する林君達がいろいろ遊んでいるのが聞こえていた。


a0010575_15562323.jpgもともと演芸場、それから映画館として利用されてきた三函座だが、戦争中はここから出兵していった人を見送ったとか、ちいきの重要な講演会とか集会とか、さまざまな記憶を持つ場だけに、地域の人の思いも強く、今後再生が期待される場でもあった。


a0010575_15563796.jpgしかし、今回の震災で相当がたついた様子。

以前の状態でも危険な場だったが、ますます危険度は増しているのかもしれない。


a0010575_15573058.jpgしかし、どうにかこれに手を入れたい。手を当てたい。手当したい。

震災、津波、放射能汚染となかなか苦しい福島だけに、記憶の再生の拠点となるところはしっかり手当して、何か凄い活動がつくられるところになればいい。

どなたか滞在してこの建造物の手当てに興味を持つ人いないかな・・・。

僕も動ける範囲で動きたいが…たぶん、相当急ぐのかも…。
# by fuji-studio | 2011-06-26 23:49 | ■福島・いわきでの活動
いわきアリオス企画のいわき復興もやもや会議
いわきアリオスで2008年の春に始めたアリオスプランツ。

そもそも福岡で1997年にはじめた目的をもたない出入り自由の企画会議。

a0010575_8134014.jpgやりたい個人的な企画を持ち寄り、いろいろとプレゼンしあい、意見を交わす場をイメージしてはじまった。

街で目的をもたない企画会議を開催するそのこと自体がひとつの表現だろうとも考えていたし、実際に学校にも企業にも団体にも属さず、個人で活動をしていると、なかなか企画以前のイメージを交わす機会がない。

イメージ以前のもやもやはもやもやの状態でいろいろな人に話すことが重要だと考えていて、それが言葉になることで形になりはじめ、イメージが蓄積されて企画が具体的に生まれてくる…と考えている。


a0010575_8142930.jpg当時は毎月2回、一年間継続開催し、途中から勉強会になったり、テーマを決めて討論したりするうちに、いろいろなアイデアが発生し、結果的にその後いろいろな活動が福岡の中で具体化していった。

2008年に開催したアリオスプランツはアリオスというホールと街を繋ぐ活動に興味を持つ人が集まって話をはじめた。じわっといろいろな話をするうちに、結果としていろいろな活動のイメージが語られ、実践されてきた。

それから3年がたち、アリオスの活動はいわきで定着しはじめてきたが…3.11の震災や原子力発電所による放射能汚染という経験を経て、いわき市民にはいろいろな意識が蓄積されて、ここでまたいろいろな意見を交わす機会が必要だとアリオスは感じたのだと思う。

アリオスの施設はまだ復旧工事中なので、駅前のラトブでのワールドカフェ形式でのアリオスプランツの開催。

大学生から75歳まで…いろいろな年齢のいろいろな立場の人がエネルギー、子育て、仕事、コミュニティ…等いくつかのテーマにそってフリーのディスカッションを行う。

それにしても、参加者の皆さん、いろいろ語りたいこと、語るべきことがたくさんある様子で、熱気あるディスカッションで盛り上がる。

これを定期的にしばらく続けてみて、いわきの新しい活動の具体的な展開を模索する。

それにしても…みんな本当に相当意識が高い。問題意識を相当抱えている。手放しで復興に湧くことができない状況にある福島の人には、大切な意識が蓄積されているのは確かである

子どもも大人も、だれもが安心していわきの魅力…山や海や川などの自然や美味しい水と美味しい空気と美味しい魚と…美味しい野菜やお米を育てる土と…ちゃんと享受できる地域に再生させなければならないのだが…

そこにたどりつくもやもやを長期的な視座のもとにイメージ化するのは難しい。

前提として放射能汚染の拡散が止まらなければ話にならないのであるが…

しかしこの延長に…大変革へと連鎖する活動は…必ず発生する。
# by fuji-studio | 2011-06-26 01:47 | ■福島・いわきでの活動
アーツ千代田3331での2012年6月からの展覧会の為に。
早いものでもう一年…というか、まだ一年…というか…

a0010575_9265388.jpg東京の秋葉原のはずれの中学校跡地にアーツ千代田3331というアートセンターが正式に誕生して一年。

入口に常設されているかえるステーションもようやくボチボチと利用してくれるチームが発生しつつある。もっともっと利用してもらいたいが、難しいところ。


a0010575_9273984.jpgで、いろいろな活動が多層的に行われている3331だが、そのメインギャラリーで来年の6月から9月個展形式の展覧会を行うことになっている。

ぼちぼち動き出さないといけない時期かなと、その方向性を探るミーティング。

できれば美術館やギャラリーの展覧会会場ではできないような人の動きや関わりの深い空間にしたい。


a0010575_9282443.jpgこれまでため込んだ素材(プラスチック系、ぬいぐるみ系、おもちゃ系、ボトル系、枝系、他)と素材から生まれたツール(リング系、鳥系、ザウルス系、枝系、龍系、ブロック系、シート系、もろもろ)で多層な空間を構成しつつも、それらを利用してもらい、あるいは流通してもらう方法の模索を公開しつつ、レポートするような現場にしてゆきたいと…漠然と考えている。

表現することと作品化することは別のことであるという僕の持論だが、展覧会という編集作業にまさに雑誌の編集感覚を持った人材と作ってゆきたいとも考えている。

会場では素材そのものを提供し作ってゆく場も、あるいは交換できる場も同時に開放したいので、かなりの編集作業が必要だと思っている。

そんな空間の制作に興味のある人と一緒に作ってゆきたいと考えているので…興味のある人はぜひ関わってください。

来年の話ですが、今年の秋ぐらいから方向性を探り…そうそう。スポンサーとも出会わなければ…。

ああ、でも、お金がないなー…。
# by fuji-studio | 2011-06-25 09:29 | ■東京での活動
東京の豊島区の雑司が谷で何かやることになりそう…
東京の豊島区の雑司が谷。

a0010575_10231611.jpg山の手の内側で文京区と新宿区の境ぐらいの盲点…

昔、文京区に住んでいた頃、自転車やバイクで都内をかなり移動していたが、何故だかこのあたりは通行したことがないエリア。

池袋と早稲田の間というのが意外と盲点なのかもしれないなー。


a0010575_10293290.jpg最近は地下鉄副都心線が繋がり、その駅があるが、以前は都営荒川線沿線(もちろん今も)

再開発に絡むエリアは当時仕事の関係でいろいろ廻ったが、いい意味で開発の嵐から守られてきたエリアだから縁がなかったのだろうな。


a0010575_1029549.jpgとにかく、その地下鉄副都心線の雑司が谷の駅ビル地下一階にアートステーションをつくるというプログラムにがっつり関わることになりそう。

何かチームをつくって活動をつくる…という話。

カフェができそうな活動の拠点はすでに確保されている。


a0010575_103023100.jpgとにかく、今日がその話を聞く最初の日。

何ができるかな。興味のある人はぜひ連絡ください。一緒に作ってゆきましょう。

ああ…予算はなさそうです。8月ぐらいからぼちぼち拠点整備をはじめ、周辺での活動を今年の10月末ぐらいまでに形にしてゆくのが第一段。

さらにその後継続的に・・・4~5年規模の視野で展開する活動。
# by fuji-studio | 2011-06-23 20:53 | ■東京での活動
氷見でのアーツキャンプ二日目は早朝の釣りからはじまり・・・
氷見での活動を考える為のアーツキャンプ。

a0010575_1410327.jpg前日は夕方までじっくり意見を出し合い…入口で炭火を起こし待ち構えている男子に押されるようにだらだらとした夕飯…飲み会モードの中で、釣りの体験ツアーのアイデアがにじみ出てきて…


a0010575_14105840.jpg氷見のアートセンターに出入りしている男子チームは皆さん相当の釣りの達人だとかで…いつも良質の魚等の食材を持ち込んでくれているとか。


a0010575_14114198.jpgそもそも、このアートセンターの三軒ほど先にある釣り具屋に集まる釣りプロ級のおじさん達…いや男子達が炭火も起こせるたまり場としてこちらに移動してきたのだとか。


a0010575_14124826.jpgとにかく、大工はできるし、体は動くし、船は持っているし、若い女子は嫌いではないし…

ということで、夜中の0時過ぎまで話合い(?)が続いたにもかかわらず…次の朝4時半に起きて5時から船で釣り場に移動して釣り体験を行うことになった。


a0010575_14133064.jpg参加者のほとんどはど素人だったが、釣りプロたちのテクニックで魚が集まってきてなんだかんだで結構釣れた。

釣りの素人を対象にした釣り体験ツアーというのも可能性があるかな…


a0010575_1414619.jpgそもそも、前日、いろいろなアイデアを出し合い、結果的にいろいろなツアーに編集できるのではないかという話になった。


a0010575_14144432.jpg何年か前に取手でのスタッフミーティングで同じようにツアーの話をして取手アートプロジェクト(TAP)トラベルというシクミが発生したように、ある程度までいろいろなプログラムの経験を重ねてくると恒常的に運営するカフェ・ギャラリー・アートセンター的な拠点運営活動と、ワークショップやライブ、コンサートなどのフェスティバル、イベント的な活動の企画と、それを繋ぐツアー的な活動の仕組みが必要になってくるのは常套手段になりつつある。


a0010575_14153156.jpg氷見は2003年よりいろいろな活動を重ね、数年前よりアートセンター的な拠点を持つにいたり、近所の男子チームをはじめとして、富山大学の学生(女子率が高い)やいろいろな人が関わりを持つようになった。


a0010575_1416780.jpg今年から4年間は、ドブネを象徴とする地域の持続可能な活動の展開のイメージをリサーチしつつ、形にしつつ…という位置づけで、「将来における生活の豊かさ・人生の豊かさ」について再考し実現してゆくような活動への連鎖を探る。…のかな?


a0010575_14183855.jpg参加者の多くは当然エネルギー問題にも関心は高く、放射能汚染のリスクのない地域社会への転換に向けたリサーチプロジェクトや実験のアイデアもたくさんにじみ出る。

a0010575_14171749.jpg…というか、放射能汚染のない水や空気や土の豊かな地域をどのように確保し、作ってゆくかという大きな課題が日本全国、現実的な問題としてのしかかっている。


a0010575_14192377.jpgいや、これは日本の問題ではなく、全世界の問題であるはずなのに、いまだに小さな地域の市長だとか知事だとか総理だとか賛成だとか反対だとか云々言っていることそのものがおかしい。


a0010575_1420114.jpg海の問題は川を媒介として山の問題に繋がる。

もともとドブネの為に山から大木を切り出してきたとのことで、川をさかのぼり源流まで行くツアーという意見も出た。


a0010575_14204845.jpgそのイメージをつくるために車で川をさかのぼり、源流を探してみる。

これまで貨幣経済的な価値観を中心として…合理化、効率化が優先されて作られてきた地域の活動の中で、排除され、削除され、忘れられた様々な技術。

あるいは合理化の裏で閉ざされ排除されてきた関係をもう一度繋ぎ開放する活動…。


a0010575_14213113.jpg漁業を中心とする氷見にはいい意味でまだそれらの痕跡が残っている。

それを再発見したり再現したり…将来へ繋がる大切な価値がここから繋がるかもしれない。

おいしいぶりが未来永劫食べれますように。
# by fuji-studio | 2011-06-23 10:44 | ■富山・氷見での活動
氷見でここからはじめるディスカッションを開催。
氷見で行われているアートプロジェクト、ヒミング。

a0010575_18473985.jpgこの数年、伝馬船をツールとした活動が続いていたが、その連鎖で定置網の要となっていたドブネをツールとしたプロジェクトがはじまりつつある。氷見は定置網の発祥の地なのだとか。 


a0010575_18555480.jpgこれから4年間かけて長さ15mの木造船をつくるプロジェクトに向かうために、今年はリサーチという位置づけ。 山と海を繋ぐドブネの意味を考えつつ、氷見で何ができるかを考えつつ、東北での災害や東京電力の放射能汚染の問題を意識しながら…この夏、いくつかの実験を実現するためのアイデア出しのディスカッション合宿。



a0010575_10421491.jpgディスカッションのつもりだけど…さすがに魚の美味しい氷見だけに…入口でお昼から魚を焼いたり、お肉を焼いたり…イカを焼いたり…

地元のおじちゃんたちがディスカッション参加者でありながら…お昼からバーベキューモード。

氷見のプロジェクトの現場は豊かでいい。
# by fuji-studio | 2011-06-18 18:50 | ■富山・氷見での活動
枝系を自宅の台所にも採用してみる。
去年春に六本木アートナイトに出品した枝系…。

a0010575_11452039.jpg少々編集をかえて、去年の夏は藤島八十郎の家でもいくつか採用し。さりげない不思議な空間の演出に使ってみた。

その枝系、なんとなく自宅の隅々においていたが、台所の中心にぶら下げてみる。

枝のある生活…。鳥は喜びそうだが、猫を飼ってるからな…。

バナナとかトングとかオタマとかぶら下げれて便利かも。

でも邪魔かな・・・? ちょっとやってみよう。
# by fuji-studio | 2011-06-10 11:53 | ◎福岡・筑前深江での活動
結局、「つくるところ」を作ってきたんだなぁ。
今日もほこりまみれになりながら、納屋の掃除をしつつ…、新しい作業場にテーブルをセットしつつ…、ふと考えてみると…、またつくるところを作っている。

a0010575_23222650.jpgここは自宅なので、ここを作ったからと言ってどこからお金がもらえるわけではないが、ここでつくるところを作らなければ、何かを作ってお金をもらうことができない。


a0010575_23231347.jpgとはいえ…実は制作スタジオとしてここから車で10分のところに1997年から借りはじめ、2000年より結構時間をかけて作った筑前前原に養鶏所の跡のRS Studio(通称スタジオファーム)があるし、ここの自宅のスタジオがどうしても必要なのかと問われれば…どうなのだろう。


a0010575_23235222.jpgしかし、何か新しい「つくるところ」をつくる時間には、まさに「ここで何ができるか!」という可能性と期待感が満ち溢れているのは確かで、その作業は楽しくて仕方ない。

そういえば…、1985年に当時住んでいた京都の自宅での展覧会をはじめてから、自分の暮らす空間はそのまま「イメージをつくる現場」であることを自覚しはじめ、制作スタジオとは性格が違うものとして自宅を捉えつつも、自宅にも必ず小さな制作空間(事務所スペース)を作ってきた。


a0010575_23243893.jpg考えてみるとちょうど一年前には瀬戸内海の豊島の唐櫃で「藤島八十郎をつくる」ための家を懸命につくっていたし、その前の年は大阪での活動をつくるために此花の梅華にあるメリアス工場跡の廃墟を作っていた。その前は埼玉県の北本市での北本タワー…か。

全部共通することは「つくるところ」を作っているということだったんだ。


a0010575_2325589.jpg1989年に鹿児島の自宅を改装してカフェを作ったが、それも考えてみると両親や兄弟家族と「活動をつくるところ」としてカフェをつくり、鹿児島にいろいろな「表現活動をつくるところ」としてそのカフェを運営していた。

※このテーブルは1998年頃制作したもの。上から見ると普通のシンプルなテーブルだが、裏面には子どもを驚かせるためにこいのぼりが彫られている。当時はまだ暇があったんだな。楠丈の作品展を秋葉原のコマンドNでやった時に実は一緒に制作されたが、発表されたことはほとんどない。

自宅は「家族との関係をつくるところ」だと考えると、ここの家の整備も腑に落ちる。

音楽ホールや美術館や公共施設と仕事をすることも多いが、できたものを「見せるだけ」ということをあまりしたことがなく、結局本来発表する場として作られた施設でさえも「つくるところ」に変換しようとしているのかもしれないなぁ。

結局、僕は何かがつくられる状態が好きなんだと思う。だから作られる現場…つくるところが必要なのだと思う。だから作品を完成させたり完結させるのが苦手なのかも…。

誰も見向きのしないような荒れ果てた空間をいじるうちにだんだんと空間が見えてきて、早い段階で必ずテーブルを椅子を入れる。

机と椅子は僕にとってはだるまの目のようなものだ。テーブルと椅子がどこを向いているかが重要だったりもする。

そのうちに湯沸しコーヒーコーナーや音響設備をインストールする。

その長いプロセスを経て、さあ、ここで何を作ろうか…となる。A型おとめ座的性格なのかな?

そこまでくると…もうその空間への興味と満足感はある程度満たされ、次に空間をどう変えようかとイメージしている。

…ていういか、はやく作品つくれや!

永遠につづく「つくるところ」をつくる作業…ああ、贅沢な時間…だから貧乏…

そういえば…秋葉原の友人M君も「つくるところ」つくりフェチ仲間だな。彼のは最近スケールが違うが…3331一周年か。
# by fuji-studio | 2011-06-09 23:34 | ◎福岡・筑前深江での活動
博多の飛龍作品メイキングの映像がアップされています。


JR博多シティが駅ビル内で流す映像を制作してくれました。

撮影する人が撮影するとちゃんと撮影できるんですね。すごいなぁ。
# by fuji-studio | 2011-06-06 08:52 | ■福岡での活動
京都文化ベンチャーネットワークの会・カフェトーク。
京都でのカフェトーク。

京都府が毎年開催している京都ベンチャーコンペティション(募集始まりました。今年も審査に参加します。)のネットワークづくりのための会。

京都府というと鴨川に自作のこいのぼり13点を無許可で設置して、結局京都府の土木事務所の方に迷惑をかけてしまったという懐かしい関わり。

京都時代の話をしているうちに横道、回り道、遠回りしてしまい、なかなか話が進まず結局ヤセ犬のところで時間切れ。

今日は久しぶりに「がまくんとかえるくん」の紙芝居を取り出してきてやってみる。

考えてみるともう25年以上前に後輩が描いてくれた紙芝居。まだまだ使えるところがすごい。当時の映像作品なんてベータマックスだったし、もうすでに再生不可能。ところが紙芝居は全然大丈夫だな。

しかも語れば語るほどいろいろな新しい意味がにじみ出てくる。新しい意味がさらに付加される。

こいのぼりからゴジラ、なまずの群像、ゴジラとハニワからカメハニワ、がま君とかえる君に至る話からヤセ犬の話はもうそろそろ編集してメディア変換しなければならないかな・・・。

出版してくれるところないかな・・・。

しかし、久しぶりの京都烏丸丸太町…懐かしかったな。
# by fuji-studio | 2011-06-03 23:52 | ■京都での活動
大阪歴史博物館10周年事業で何ができるか?
大阪城を見渡せる絶好のロケーションで、1400年ぐらい前に難波宮があったところに大阪歴史博物館はある。はずかしい話だが、実はまったく知らなかった。

a0010575_1385550.jpg縁がなかったというか、本来水都大阪を行う時に来るべきところだったと思うが、何故だか盲点だった。

その10周年記念が今年の11月3日なのだとか。

11月3日というと我が家では結婚記念日。(…関係ないですね。) だからどうというわけではないが、とにかくこの歴史博物館をいじることになりそう。


a0010575_1373615.jpg僕がどうこうというのではなく、参加者を集めてみんなで楽しい活動ができればいいと思っている。

大阪の方、そのうちメンバー募集しますので一緒に歴史博物館を楽しみましょう。

それにしても、相当興味深い視線を持つ人が歴史博物館には渦巻いていそうだ・・・。楽しみ。

大阪歴史博物館、相当面白いです。…フェチの視点で見ると…特に凄いです。
# by fuji-studio | 2011-06-02 23:58 | ・単純記録/Diary
自分の暮らす家をいじる(つくる)のは楽しいというのに・・・
自分が暮らす家を整備したり、作ってゆく作業はとても楽しい。夏から秋にかけての出張の嵐の前の隙間、ボロボロの自宅の仕事場の窓が破損がひどくて隙間だらけだったので、屋内の建具を使い、それにポリカーボネイトの波板を外側から張り、外壁に仕立ててみる。

a0010575_1754096.jpg本当は一か月ぐらいこの作業に没頭したいが、現実はなかなか時間を確保することができない。

自分の家をいじっている間はもちろん金銭的収入がないので、給与所得者でない僕のような立場の人間には特に苦しい。しかし、いちばん楽しく贅沢な時間なのだと思う。

それにしても、なんで、こんなに大切で楽しい時間をほかの建築業者に大金を支払い依頼しなければならないのがが腑に落ちない。


a0010575_1762865.jpg一年間の生活費の補償とふんだんに使える材料と自由に建築していい空間があれば、それで楽しい家づくりの一年が確保できるというのに、現実は何もない。

被災地で、仮設住宅や復興住宅の建設が急がれているが、実は被災地には相当な技術と知恵を持つ人材が多い。

自由に使える安全な土地と遠慮なく使える材料と一定期間の生活保障さえあれば、皆がそれぞれ協力しあいながら、専門家のアドバイスをもらいながら勝手に作れる仕組みをつくればいいのではないかと思う。

しかし、現実のお金の流れはそうはいかない。

もったいないなー。

もっと自分で家をつくるしくみが一般的になればいいと思うのだが・・・。

いや、家だけではない。自分たちの暮らすまちを自分たちでつくるチャンスだと思うのだが、なぜか専門家の遅い対応と決定にゆだねられ、大量のお金は様々な業者に流れ、被災者は2重の借金をすることになり、仕事を求めて出稼ぎに出なければならないことになる。

…悲しいな。
# by fuji-studio | 2011-05-31 16:48
2012年の8月、メルボルンへと続く。
約一週間のメルボルン滞在でのリサーチとミーティングの結果…リサーチといってもアートセンターの人が準備していたスケジュールに従って周辺のアートセンターやギャラリーやホールを見て回ったり、現場の人と雑談をしていただけだが…

a0010575_1718014.jpg結局2012年の8月…メルボルンでは冬だが…約一か月間滞在し、市内中心部にあたらしく改築するアートセンターの外部に一時的に「かえる工房」のようなオープン工房を制作し、そこでメルボルン在住のアーティストや学生や子ども達と公開制作しつつ、National Gallery Victoriaから The Arts Center そしてHamer Hallへつ続くエリアに何か面白い動きをつくる…ということになった。


a0010575_17184977.jpg取り扱う素材は主に2種類。ひとつは僕の個人的都合からおもちゃ系(特にぬいぐるみだと思うがまだ確かではない。)そして、もう一つはアートセンターやホールが通常廃棄処分している余剰なフライヤー、サイン、印刷物類。 


a0010575_1719318.jpgアートセンターだけではなく、メルボルン市内の関連各機関にも呼びかけてもらって、余剰のカタログとかフライヤーとか、インビテーションカードとかポスターとかバナー、ライトボックス系のプラスチックサインボード類等…もろもろの紙あるいはポリ系のペーパー類を一年分ストックしてもらい使うことにした。


a0010575_17201881.jpgとにかく出入り自由なオープン工房をつくるということと、かえっこ屋のようなところをつくることと、素材を一年と数カ月捨てずに集めてくれるということと、メルボルン在住の面白い作家たちと楽しくやるということだけがなんとなく決まった。しかし、一年分の紙類って・・・どれほどの量なのだろう???


a0010575_17212239.jpg先日の龍の制作のときに和紙でこよりを作って繋いでいった時…、紙をこよりにするというプロセスが案外新鮮で、紙にちゃんと向き合ったことがないということに気づいてしまった…のもある。


a0010575_1722760.jpgビニプラ類の廃棄物に比べて紙類は廃品回収業者が引き取ってくれて、町内会の子ども会の予算の足しになるので、積極的に使わなくても罪悪感はなかった。

だからといってその可能性を無視するのもどうかと思うし…現実問題として公共ホールやアートセンターから自然と集まる素材を無視して他に集めるのも変な話かな…とも思う。


a0010575_17232286.jpgいわきアリオスではサインをつくるのに使ったことがあるが、本格的に使ったことはない。

それと…たまたまNational gallery victoriaで準備中のオセアニアの展示室を見せてもらい、パプアニューギニアやバヌアツや…もしかしたら鹿児島のトカラ列島にも共通する「かぶりもの系」の造形物に紙類をぼうじょうにした素材がふさわしいかもしれないと思いついた…というのもある。「かぶりもの」系ももっともっとつくってみたいしなぁ。


a0010575_1724182.jpgひとの行動を刺激するツールになり得るような気がするし…

ずらずらっと写真でアップしたあたりをいじるのかな?

まだまだ何も見えていませんが、これから来年までの活動の連鎖の結果がこの場に展開されるということになるんでしょうね。

…ということで、来年のメルボルン楽しみになってきた。

加藤チャコさん、よろしくお願いします。
# by fuji-studio | 2011-05-27 17:30 | ■メルボルンでの活動
そういえば、森を歩く習慣がなかった。
a0010575_8533830.jpgそういえば、森を散歩するなんて…ほとんど経験がない。

日本にも、たくさん森があり、散歩できるところはあるのだろうが…なぜか森を散歩するという習慣がなかった。

日本では、山登りをする人は多い。

僕も子どもの頃、山登りはよく行った。

数か月前も娘の勧めで地元の山に登り相当気持ちがよくて感動した。

その途中、林道のようなところを歩いたが…森の散歩とは趣が違う。


a0010575_8542957.jpg家は海沿いなので海の散歩は日常だが、森の散歩はまたなんだか全く違う。

うまく表現できないが、深く吸い込むべき要素がたくさんある。全然違う時間軸がある。


a0010575_855295.jpgメルボルン在住で、この森のふもとに暮らす日本人のアーティスト絵本作家夫妻に案内されて…わすか30分ぐらいだろうか…森の散歩。


a0010575_8553068.jpgたったこれだけのシンプルな習慣をいつごろから忘れていたのだろう。

数カ月に一度は散歩する森を、日常の中に持っているか!?

こういうのが生活の基本になればいいなぁ。 こういうの忘れているなぁ。

「かえるの森へ!」に繋がれはいいなぁ。

そうそう。「かえるの森へ!」の合宿型企画会議…ことしの8月の初めに北杜市でおこなうことになっているという情報…どこかに詳しくありますか?

たぶん、参加者募集中だと思います。

※まだ正式募集のサイトとかはないそうです。かえっこ関係者への募集ははじまっているとか。
# by fuji-studio | 2011-05-23 09:06 | ■メルボルンでの活動
久しぶりのメルボルンで、試練ですか?
久しぶり…といっても、僕がパプアニューギニアで仕事していた当時オーストラリアへ何度か旅した頃の話なので相当久しぶり。

a0010575_20353776.jpg当時、パプアニューギニアの大学は休みが長かったので、オーストラリアのケアンズにわたり、バスでずっと南下して、メルボルンまで旅したことがある。

ひたすらギャラリーや美術館や建築物を巡っていた頃…。あの頃は結構美術・建築マニアだったかも…。

去年の秋にメルボルンのキュレイターが日本に来た時に東京で数時間話をした結果、とりあえず現場を見に来て欲しいということで、何をやるかもわからずに、とりあえず出張旅費が出るのでのこのこやってきた。

長い間欧米での仕事はやらないと決めていたが、友人のアドバイスでなるべく欧米への偏見を持つのはやめることにして僕の中では数年前に解禁した。…オーストラリアは欧米じゃないけどね。…


a0010575_20373541.jpg海外での仕事はサンタフェ以来久しぶり。あ、インドネシアがあったな。

メルボルンの中心街の川沿い駅横にある The arts Center というコンサートホールやら演劇系のホールやらギャラリーを持つパフォーマンス系のアートセンター。そこの改修工事現場にヘルメットをかぶり見せられたり、郊外のコミュニティアートセンターを訪ねてスタッフと話し合いをしたり…久しぶりの英語での仕事は慣れていなくて、意味不明なことも多いながらもなんとなく話は進んでゆく。


a0010575_20381461.jpgえ?結局、来年の夏にリニューアルオープンするうえで結構大がかりなワークショップ系のインスタレーションプロジェクトを仕掛けてほしいということか…。

相手がいろいろ話すことは半分ぐらいしか理解できていないと思うが、僕が小学生レベルの英語でいろいろ話し出すとなんだかやたらと理解してくれて共感してくれて気持ち悪い。何が伝わっているのだろう???


a0010575_20384462.jpgで、ミーティングを重ねるうちに話し相手の数が増えてくる。

いろいろ紹介されるが結局誰が誰だったのか…これは日本でも同じなので英語の問題ではないが…全く分からなくなる。

で、とにかく…来年また来てチームつくってワークショップやってオープニングのイベントとか、飾り付けとかすることになる…のかな?

素材の選定と…ツール・技法の開発と…繋げるべき組織と…制作の場所と…制作チームの募集と…ワークショップと…8月頃滞在とかいっていたけど…3331での展覧会っていつだったっけ?そういえば何も準備していないね。

とにかく、まだ数日間、打ち合わせの日々が続きます。メルボルンは秋が深まりもう冬という感じ。

オーストラリアには原発はないが、ウランを輸出しているのだとか。いろいろ複雑ですね。こちらの人達もいちいち津波や原発は大丈夫かと心配してくれています。大丈夫じゃないんだけどね。
# by fuji-studio | 2011-05-19 20:48 | ■メルボルンでの活動
博多駅でのトーク「意味は連鎖の結果発生し、変化する」
博多駅のアミュプラザセンターコートでこの制作のきっかけとなった国際芸術センター青森でのアーティストインレジデンス事業「ツナガルシクミ」を企画した日沼さんをゲストに招いて話をする。

a0010575_94649.jpgこのレジデンスそのものが「ツナガルシクミ」というタイトルのように、様々な活動の連鎖、人の連鎖がテーマだった。

「ツナガルシクミ」では鹿児島の甲南高等学校美術部・京都市立芸術大学バレー部、演劇部、日本美術(工芸)経由という共通のバックグランドを持つ3人のアーティストとその家族が青森の国際芸術センターというレジデンス施設に滞在し、それぞれが最長3カ月滞在して各自の活動を行うというもの。


a0010575_9465341.jpgそれそれの活動はバラバラだが、妙にリンクしあってくるのが面白かった。

彼らの活動の連鎖の確信もあり、僕にとって、随分と前から「予期せぬ連鎖」はとても重要で、連鎖を引き起こす活動を作り出すことへの興味は深い。

今回は青森からねぶたの廃材というツールからいろいろな連鎖を引出し、そこから新しい物語の展開を見つめている。


a0010575_9473388.jpg過去においてはこいのぼりも、やせ犬も、お米のカエルも・・・いろいろな予期せぬ連鎖が面白く物語を作り出したように、この龍の物語もまた展開するのかな?

僕自身がオープンになり、誇示せず、緩やかで、フットワークを軽く・・・受け入れることで物語は展開するのだと思っている。

今後、この龍が誰と出会うかでまたその物語の展開は変化する。

で、…この活動の意味は…連鎖の延長で、「誰と関わるか」によって自然と発生し、変化してゆくものだと思っている。
それを見つめるのがまた楽しみでしかたない。






龍の旅先募集開始! 4トントラック1台で運べます・・・。
やっぱり鹿児島には旅させたいよね。

・・・・そういえば・・・一万本近いビスが残っていた! これも龍にするのかな…

そうだ! 龍の原型の馬の龍…龍馬(りょうば・りゅうば)にしようかな・・・
# by fuji-studio | 2011-05-16 09:52 | ■福岡での活動
博多駅、アートゲートでの展示。飛龍の設営とテキスト
博多駅のアミュプラザ3階吹き抜けに作品を設置する。久しぶりの徹夜作業。商業施設での展示も久しぶり。かなり難航…問題発生…しかしどうにか無事設営が終わり、久々の充実の時間。

やっぱり現場での設営作業はいい時間だ。

最終的な展示の為に泉山君に今回の経緯を映像化してもらおうとテキストを書いた。

・・・・・・・・・・・・・

とりあえずブログアップしときます。テキスト中、関連ブログにリンクつけてみました。あまり知らない人は是非その時々のブログをご覧ください。・・・・・・・・・・・・

a0010575_18491836.jpg2010年夏、新幹線開通前で賑わう青森で「ねぶた」に出会った。市民が主体となって制作するプロセスと、ありえないスケールに興味を持ち、深く関わりたいと思った。ヒヤリングを重ねるうちに、祭りの後のねぶたが廃棄処分されることを知る。大型ねぶた一台分の廃材を貰い受け、そのすべてを分類して再利用したいと願った。
青森で制作される大型ねぶたの数は22台。幅9m奥行7m高さ5m重さ4トン。
ねぶた作りを本職とするねぶた師が、出品する題材を考え、3か月以上かけて市民とともに制作する。歌舞伎の名場面や歴史上の物語がモチーフとなることが多く、様々な歴史的勇者や伝説上の生き物の姿が迫力のある動きとスケールで制作され、8月はじめの一週間、300万人もの観客を魅了した。その最終日、貰い受けるねぶたが決まったとの連絡を受け、そのタイトルを聞いて驚く。「天神・菅原道真」

菅原道真は藤原時平と醍醐天皇の陰謀により福岡の太宰府に左遷されたと伝えられる。道真の死後、権力を掌握した藤原時平は蛇の亡霊にとりつかれ若くして亡くなる。天変地異が続いた後、御所を落雷が直撃し陰謀に関わった多くの者が死亡。そのような経緯もあり道真の霊は雷神として畏れられることになった。

太古の昔より天変地異や自然現象は霊の力と繋がったものとして捉えられ、その力は政治や宗教と結びつき利用されてきた。中でも菅原道真の霊は雷神として最も畏れられ、その後学問の神様として全国の天満宮に祀られるようになったという。その背景にある、人間の思惑や所業の連鎖は興味深い。

青森に新幹線が開通し、九州と繋がるというタイミングで、菅原道真の物語が込められたねぶたの廃材を貰い受けることになる。その取り壊しの現場に立ち会い、潰した廃材の塊を4トントラック2台で国際芸術センター青森の展示室に運び込み、絡み合った素材を分類する作業に約3週間没頭した。その結果、おびただしい数量の角材と針金、ビスと和紙に向き合うことになる。
分類されたねぶた素材から何か大きな形のものを作りたいと思い始めた頃、偶然なのか必然なのか…大阪と福岡から展示の話をもらう。大阪天満宮の参道に繋がる天神橋下・中之島公園での展示と、博多駅での展示。大阪では分類された角材を利用して白龍を制作し、博多では絡み合う針金素材を繋ぎあわせ飛龍をつくろうというイメージが滲み出た。

なぜ龍なのかは分からない。なぜか龍を無視できない。寺院の法堂や神社の手水所で龍を目にする度に、龍を無視してはいけないという気持ちになる。水辺の低湿地帯で、あらゆる水害と闘ってきた先祖の強い意志が僕の細胞の中に積層されているからなのかもしれない。

龍は水の湧き出るところの象徴として、暴れ狂う濁流の隠喩として、あるいは脅威や権威のシンボルとして歴史の中で伝えられてきた。人間の想像を超えた驚異的現象が起こるという事実を龍の姿に重ね、後世に伝えようとしたメッセージと捉えることもできる。

大阪での白龍の制作と展示を終え、作品素材をすべて福岡に運び込み、3月半ばから5月半ばの2カ月を飛龍の制作期間と決めてスタジオに籠る調整を行った。そして最後の出張先の横浜で3月11日午後2時46分を迎えた。想像をはるかに越えた厳しい現実が発生し、その実態は未だ誰にも把握できない状態にある。

しばらくはショックで何も手につかない日々を過ごしていたが、針金を繋ぎあわせる作業に没頭することにした。僕らはあまりにも見えていない。見えないものを見る力が欲しい。日常に隣接する隠された脅威としっかり向き合い、闘い、それを乗り越える力を身に付けたい。 

見えない龍は必ず存在し続ける。無視してはいけない。

・・・・・・・・・・・・・・

以上。

明日、この仕事のきっかけとなったレジデンス「つながるしくみ」のディレクターの日沼さんをゲストで迎えて会場でアーティストトークが午後2時から。博多駅にて。

ここで告知するのも珍しいなぁ。展示は6月末まで一か月半ほど行っています。博多駅にきたらついでに見てね。
# by fuji-studio | 2011-05-13 12:00 | ■福岡での活動
いないのにいることと、あるのにないようなこと。
もう5年ぐらい前からだろうか…。 関係と存在の在り方についての思いが染みついていて、なんだかいつもそのことについていろいろな角度から思いを巡らしている。

a0010575_10315329.jpg去年、瀬戸内国際芸術祭に出品した「藤島八十郎をつくる」という作品も存在しない人を存在させることで、関係の在り方を探るような表現から発したものだった。

で最近、僕の中に、もうずいぶん以前に亡くなってしまった友人や後輩たちが活き続けていることを自覚するようになった。


a0010575_10332371.jpg彼らはことあるごとに僕に関係してくる。だから余計に彼らの存在は僕の中で大きくなってゆく。この世の中に存在していても関係がないともちろん存在を知らないし、知っていても、存在を意識することすらない。

今回青森ねぶたの廃材の針金の塊をほぐしながら「龍」を作っていて、龍の存在に思いをめぐらす。

存在しないものは関係をつくることで存在するということ。

龍が意図的に「ありえない存在」を作り出すものとして様々な関係が歴史の中で、風習の中で作られてきた人間の意志を思うにつけ、その裏側で、存在しているが消そうとしてきた悪意の所在を考えざるをえなくなる。

つまりなるべく関係を持たないようにし、なるべく存在感のない状態をつくろうとしている人間の意志があるということ。その存在は密室の中で物事を動かそうとし、閉鎖状況をつくることで保身を保とうとする…。

実は太古の昔より…そのような性質の存在が地域社会の仕組みの中枢を作り上げてきたのかもしれない…閉鎖関係の中で仕組まれているのかもしれない。…という疑念。

そんな仕組みに対して開示せよといったところで…開放しオープンなシクミをつぶやいたところで…届かないのかもしれない。

しかし、そろそろ、そんなシクミ、崩れてもいいと思うのだが…。

隠さなければならないことはそんなに大切なことなのか…
# by fuji-studio | 2011-04-30 18:51 | ・思索雑感/ImageTrash
存在しないのに龍はなぜ存在してきたのか?
決して好きというわけではないし、どちらかというと趣味的には避けたいところもある。

a0010575_091958.jpgあり方としても小さなアマガエルとかヤモリとかポニョポニョして、つるりんとしたもので、なんだか弱そうで、存在感のないものの方がよっぽど好きなので、その真逆な強そうで巨大な「龍」のような存在はどちらかというと苦手。

しかし、昔からとても…なぜだか無視できないから仕方ない。


a0010575_095112.jpgおそらく衝撃的な出会いをしてしまい、無視できなかった最初の「龍」の存在は大学時代の妙心寺の法堂の天井にいる狩野探幽が描いた「八方睨みの龍」で、なぜだか知らなければならないと信じ込んで、幾度となく法堂に通い、10m×10mのサイズの模写をろうけつ染めで制作するに至ったのが二十歳の頃。

その後、奄美大島の小さな集落で船大工だった祖父がその集落の丘に龍王神社の拝殿を作ったと聞いたことがあり、なんだか遺伝子の中に龍との縁が組み込まれているのかなと思ったりしたこともある。


a0010575_0104549.jpg1993年に鹿児島で水害に遭遇して、水は昔の地形の記憶をたどるように流れることを知り、川の流れと治水について考えを深める機会を得て、水辺でのプロジェクトに多くかかわるようになり、いろいろな地域で竜神をまつった神社や祠が目につくようになった。

1996年に広島県の灰塚エリアでダム湖ができるのに伴いアートプロジェクトの構想で関わった時に、そのダム湖の形が龍の形をしている事に気づき、それを何らかの形で表現しようとしたこともある。 1998年に博多の小学校跡地でプロジェクトを行うことになったとき、博多にもっとも古くからある禅寺、聖福寺の仏殿の中を見せていただいた時に、その天井にも狩野永真の雲竜図と出会い、それを素材として灯明で龍を描いたが…、その翌年の6月に博多でも大規模な水害が発生し、博多駅周辺は水没し、龍の存在する地域と水害との関係を確信するようになった。


a0010575_0114588.jpg龍は現実には存在しない。それが現実には存在しないことをだれもが知っている。しかし、龍は太古の昔より生活の様々なところに存在する。

神社の手水の水の注ぎ口に、法堂や仏殿の天井や襖絵の中に、十二支の中にも唯一の架空の動物として存在する。現在でもラーメンどんぶりのワンポイントとして、ファッションや刺青の強き者を象徴する図柄として、ゲームやアニメのキャラクターとしてまで広く様々な表情で浸透している。

人の想像のスケールをはるかに超える規模の「ありえない出来事」は必ず起こるということを知らしめるために、人の力を過信するあさはかな存在を否定する為に、太古の昔より龍の存在は語り継がれてきたのかもしれない。


a0010575_013517.jpg今回の3.11の地震で発生した津波の被害と東京電力の放射能汚染被害の拡大を知るにつれ、「あるはずがない」「想像を超えた」「想定外」と口にする人間がいかに愚かなことであるのかを思い知る。

「ありえないこと」はかならず存在する。

常識を超え、想像力を超えたことが現実に存在することを後世に思い知らせようとする知恵の象徴が「龍」という形で伝えられてきたのかもしれないな…と考えながら、「あまり好きではない」大きな存在を登場させようする作業に没頭するこの一か月…

青森ねぶたの廃材の絡まった針金をほぐしながら、やはりねぶた素材の和紙の切れ端でこよりを作り、それで針金を繋いでゆきながら…毎日8時間はこの作業に向かうように決めて一か月。

久しぶりに単純作業に没頭している。

作業に没頭できる状況に感謝…
# by fuji-studio | 2011-04-24 19:19 | ・思索雑感/ImageTrash
滋賀県の余呉で懐かしのNature Arts Camp!
滋賀県の余呉にある研修施設「ウッディパル余呉 森林文化センター」(渡辺豊和建築)でプラスアーツのスタッフやサポートチームに滋賀県立大学の学生・OBが加わりNature Arts Camp!を実施する。

a0010575_2132412.jpg以前、プラスアーツが生まれるきっかけともなったのが六甲山で神戸市が開催していたNature Art Camp
その企画をしていたのが当時iopという会社を立ち上げたばかりの永田さんだった。


a0010575_214291.jpgその当時は小学生を対象としたワークショップを中心に行い、そのサポーターとして大学生を集め、僕の時は2週間も六甲山の自然の家にこもってアートキャンプを楽しんだ。

考えてみるとこのキャンプでのスタッフとの関係がなかったら此花や中之島での活動もなかったし、もちろんイザカエルもなかった。

さらに筑前深江や北本でのアーツキャンプの発想もなかったので、今の棲家もなければいろいろな活動や関係はなかったことになる。

…活動の連鎖とは…そういうものだ。


a0010575_2145783.jpgNPO法人プラスアーツが設立されて以降、国内外いろいろなところで防災系のワークショップの開発を行ってきた。

しかし、僕自身プログラムにかかわることも少なくなり、最近スタッフたちともじっくり話し合う機会もなかったので、一度合宿をやろうということで、半年ぐらい前からこのキャンプの企画をお願いしていた。


a0010575_2153615.jpgそこに2011/3/11の事故が発生。

まだまだこの災害がどんな災害なのかが見えない状態が続いているが…、一度率直な考えをぶつける機会としても重要だと思っていた。


a0010575_2161956.jpg本当はまだまだ話したりないことがたくさんあったが…それは今後の課題ということで。

とにかく、地域に課された課題は多く、もっともっと積極的に話し合う場が必要で、行動力も必要だということが分かった。

東北のことではなく、自分の地域で起こりうる災害をしっかり把握し、どのように防ぎ、逃れるか。それを具体的なイメージとして真剣に考えるべきなのだが…

とにかく、自然の活動と人間の活動をしっかり考えるキャンプ、もっともっと仕掛けてゆきたい。

それにしても…初体験の渡辺豊和建築もヘンだったが、木之本地蔵もヘンだったなー…特に身代わり蛙の山…初体験。

恐るべし滋賀県。知らなかった…。
# by fuji-studio | 2011-04-17 17:57 | ・単純記録/Diary
鹿児島の蒲生で、水のありかたについて考える。
a0010575_20595282.jpg桜が満開の鹿児島。

日本一大きなクスノキがあることで有名な古い町並みがそのまま残されている蒲生(かもう)というところで、ディスカッションがあり参加する。

水は様々に表情を変える。水…

豊島美術館が見事に表現した水の表情…しかし、今回の災害ほど水の恐ろしさを表現したものはない。


a0010575_211985.jpgそれはさておき…水が澄んでいて豊かであることほど贅沢なものはないと…つくづく思う。

今はそれ以前に水と風が…そして土が安全なことが第一。

それ以外の豊かさはないともいえる。


a0010575_2115361.jpg水と風と土の豊かな蒲生で話をしつつ、そのありがたさをつくづく思う。

これを守るのも大変な時代になってきた。…ということか…。

大切なモノゴトや関係をちゃんと守っているところに…最終的には人は集まってくるんだな…。
# by fuji-studio | 2011-04-04 23:50 | ■鹿児島での活動
家のすきまに綿をつめる。
去年の春、豊島の藤島八十郎の現場に入る前に修理しかけていた筑前深江の海沿いの古い家。
a0010575_10333060.jpg朽ち果てた床とか天井を外して、作業場にしようと手をいれはじめたところで瀬戸内国際芸術祭の現場に入りはじめ、自宅の隙間はそのまま放置状態になっていた。

瀬戸内の後も結局取り返しのつかない多大な出費を取り戻すために結局自宅の修理は後回しになり、気づいてみると一年が過ぎようとしている。

で、ようやく隙間の修理にとりかかる。

つい先月まで、隙間風もそれなりに重要だと思っていた。部屋の換気になるし、隙間風で外の温度や天候を知ることができる。日々の天気や温度を肌で感じ、危機を感じ、安心を感じる。

子どもが生まれ育て始めたころ、外の風や温度を感じ、自然の匂いが豊かで、火を囲む生活が重要だと思いはじめ、そのような家…(つまり古い日本家屋で、汲み取り式トイレで、薪ストーブやいろりのある…エアコンのない家庭環境)で暮らすことに憧れた。


a0010575_10341298.jpgしかし、先日の放射能汚染の話を聞き、玄海原子力発電所から30㎞圏のこの家の場合、ある程度気密性が必要になる場合がある…ことに備える必要があることを初めて自覚する…。

そこで、かえっこで集まってしまう汚れたぬいぐるみの中身の綿の登場。


a0010575_1034504.jpgぬいぐるみの中の綿は基本的にはきれいなものが多いが、たまにぼろ布を綿上にほぐしたものが使われていて、ぬいぐるみの再生にはいやなものもある。その素材、このように古い家の隙間を埋めてゆくにはちょうどいい質感。 
この家の改修作業、許されるならば一か月ぐらい続けてみたいが…そうも言っていられない。ぼちぼち飛龍の制作に取り掛からなければ…。

それにしても…隙間風の強い海沿いの冬場、よくこの隙間だらけの家で過ごしたものだ。

※古いぬいぐるみの欲しい方、箱単位で提供できます。(送料は負担してね)
# by fuji-studio | 2011-03-30 10:31 | ・生活周辺/LifeScape
政党って必要なのかな・・・?
最近、いろいろな日本のシステムのほころびを目にするにつけ、政党の存在が諸悪の根源なのではないか思うようになってきている。

a0010575_15263356.jpgもちろん政治についてまったく詳しくないので、素人考えなのだろうが、選挙のたびに抱く違和感は「政党」の存在…。

(それ以前に多数決の原理のままの選挙システムにも疑問はあるが)

結局、政党に関係なく人で選ぼうとしているが、つまるところ今の社会システムの大きい部分で、政党の権力抗争から余計なお金が動き、思惑が動き、エネルギーが注がれ、健全なシステムからは程遠いズレが生じているような気がしてならない。

無所属であっても「〇〇党公認」の文字が判断をゆがませる。

政党禁止!ぐらいになって政治家が個人で…政党を超えて、様々な研究会や委員会、専門分野を持ち、日本の歪みを修正するような動きにならないかと思うが…それにしても…政党が重石になっているような気がする。

政党が無くなって困る国民はどれだけいるのだろうか?…政党が無くなって困る政治家はたくさんいるとは思うが…

このあたり専門家に、あるいは研究者に意見を聞きたいところ。

それと…今回の東京電力の原子力発電事故に接していて思うのは、エネルギー管轄が経済産業省にあるというシクミのゆがみが原因なのではないかということ。

そして今回の災害の根底にある腐食は今のシクミのままでは払拭できないのではないかという疑念。

あらゆるエネルギー資源も含め、エネルギー政策は環境省の管轄に持ってゆくのはどうだろうか。

経済産業の従来の発想を転換し、環境型のシステムを構築しなければどうにもならないと見えてきたような気がする。

…政党政治の変革とともに…今の政治のシステムをリニューアル、リノベーションをしなければ今回のような人災はまだまだ継続する気がするのですが…それは僕だけ?

このあたりも専門家や研究者の意見が知りたい…。

だれかいい意見があったら教えてください。

・・・・

ああ、こんな事態でもまた選挙が始まろうとしている。選挙をやめて選挙費用を全部被災者支援にまわせばいいのに…。政党が選挙の邪魔だなー…本人を見えなくしているような気がする。
# by fuji-studio | 2011-03-27 14:25 | ・日常と雑言?
屋内でテントは暖かい
a0010575_12234535.jpg体育館とか広いところとか…隙間風だらけの屋内とか…まだまだ埃だらけの廃屋とかでも…ドーム密閉型のテントを張って寝れば暖かい。

プライベートも確保できるし、かなり便利なんだけど…あまり常識的ではないのかもしれない。

災害後かなり時間が経ってきて、水や食料、医療など緊急が要する状態が続いているのもわかるが、いまだに避難所でテントなしで生活をしている風景に違和感を覚える。

長期的避難所生活に是非テントを!

アウトドアメーカー、テントメーカー、ご支援をよろしくお願いします。今こそテントの力を!

仮設住宅とかプレハブの中でもテントを使うほうが暖かいですよ。

ちなみに僕はテント生活歴20年ほどです。夏は蚊帳がわりになります。

藤島八十郎の家でもテント生活でしたし、大阪の此花メヂアでも北本タワーでもテントを張っています。

もちろん家でも。

そうそう。テントは別にテントでなくてもいいんです。段ボールでも布でも廃材でも物干しでもビニール袋でもペットボトルでもなんでもいいので、自分の空間を確保する…ということだと思います。

※ちなみにテントの下にはなるべく段ボールとかビニール袋とかエアキャップとか、発砲トレイとか…断熱効果の高いものをとにかくいろいろ敷き詰めて空気の層をつくることができれば相当いいです。
# by fuji-studio | 2011-03-25 12:23 | ・単純記録/Diary
おもちゃ・ぬいぐるみ類の提供と…一時的に九州で一緒に暮らす家族…
藤スタジオとかえっこ事務局でも今回の災害で地域に住みにくくなった人を対象に一時的に受け入れをしようということになりました。

もともといろいろな人(おもにアーティストやアートマネジメントをやりたい人)が、勝手に長期滞在したりしていましたが、今回は子連れなどで困っている人を対象に…でも一緒に動いてくれそうな人を受け入れることにしました。

a0010575_2033236.jpg敷地だけは広いのですが、家はボロボロで汚く貧乏なので、一緒に動きつつ、長期的に生活再建を考える人が対象となります。。

海沿いで玄海原子力発電所から25㎞圏なので、災害にそれほど強い地域ではないし、隙間風だらけで、家の中でテントを張って生活しているようなところですが(テントの中は暖かいです。被災地で隙間風の多いところにおすすめ。)もしも一緒に暮らしてもいいという人がいれば是非連絡ください。屋内に家族用のテントは用意できると思います。こちら5人家族(高校生女子2名と小学校2年生男子1名、そして夫婦)との共同生活になると思います。…あ、家の中に犬と猫や鳥がうろうろしています…。(アウトドア系じゃないと無理かも…)

制作の仕事とかおもちゃの仕分け、ぬいぐるみの解体作業、いろいろな手工芸的制作、家の修理等大工、巨大な龍の制作、畑作業、庭作業、廃墟の掃除、骨董類の掃除…とか、ほとんどバイト代にもならないかもしれない軽作業は山積みです。近所に自然農業をやっている人達もたくさんいますので紹介できます。

もしもその気があれば海の家とかカフェとかを一緒に運営してしばらく生活費をどうにかするようなことを考えていってもいいかもしれません。

そういえば、鹿児島で、カフェをやってもいいという人がいれば、場所は提供できるかもしれません。

鹿児島もさいきんダブルの火山灰で大変ですが・・・・・・・・・・・・・・

それと・・・・

おもちゃとか絵本とかぬいぐるみとか…かえっこの残りものですが、山ほど在庫がありますので、支援団体などで必要なところがあれば連絡ください。段ボール箱単位で提供いたします。(送料は要相談、お金がないからな…) 


a0010575_2043079.jpgぬいぐるみの中にはきれいな綿がたくさんはいっているので、ぬいぐるみを解体すると相当な綿が取り出せます。それで布団作るとか、家では隙間風を防ぐ材料に使っています。一方、ぬいぐるみの綿を外した皮(僕らはスキンと呼んでますが…)は縫い合わせると相当暖かい着ぐるみが作れます。防災ずきんにも使えます。

そういえば、北本タワーにぬいぐるみ入りの段ボールたくさんあったなー。あれ、埼玉アリーナに持って行ってもらうとか…。

避難所で皆が熊とか猫とかの着ぐるみ着て暮らしているとなんだか…いいかも…

…とりあえず…

連絡はかえっこ事務局まで。
# by fuji-studio | 2011-03-21 15:21 | ご案内/Information
突然敵は目の前に立ち現われて、そこから闘いがはじまる。
敵はとても身近なところにいて、いつもは見えていないのだが、何かのきっかけで急に見えはじめ、怒りと悲しみがこみ上がり…闘いがはじまる。

自分が信じていた存在がいきなり裏切り、自分に向かって脅威を剥きだしてくる。

a0010575_14585125.jpgそれは自分の内臓や細胞だったり、好物の食べものだったり、自分の信じる家族の病だったり、日常利用しているメディアだったり、日常接している環境だったり、…一般的な常識だったり…

一度はじまった闘いは問題が深いほど長引き、元の状態には戻れないが、…その闘いを乗り越えたあと…積極的に捉えると、自分の愚かさを反省し、自分の見えていなかったものを見極める機会になり、平穏に隠された見えていないものを読み取ろうとする能力は長けてくる。

今回の様々な災害も予測されていたことだが、誰も見ようとしなかったし、まさか現実になるとは思っていなかった…と思っていた。

まだ災害は終わっていないので今の状態で今回の災害をとらえることは不可能だが、隠されてきたものが随分と見えてくるのは確かである。

a0010575_1051674.jpg3.11災害が起こる数週間前、瀬戸内海の玄関口(山口側)に原子力発電所をつくる着工の情報がきっかけとなり、氷見でのプロジェクトで知り合いになった鎌仲ひとみさんのドキュメント映画のDVD2本を妻がネットで購入していて、放射能汚染についての無知を認識しはじめていたところだった。

地震災害は自然災害としてとにかく収まることを願うばかりだが、原子力発電所での放射性物質漏えいの災害は明らかに電力会社と行政の責任にあり、その責任の重さを理解していない関係者の姿や声に触れるごとに怒りが込み上げてくる。

いかなる理由であろうとも生活に被害をうけている人は加害者から補償を受ける権利がある。

今回明らかに見えてきたことは、一度災害が起こると放射能は必ずある程度流出するという事実と、その放射能を受けないために避難し、生活の場を離れたり、あるいは家から出ないような生活を強いられることが起こるという事実。

そして「最悪の事態の場合」どういう状態になるのかの想定を電気事業関係者や政府は語らないという事実。

そして、まだ解明されていない脅威を数多く抱えた存在であり、数世代後には必ず問題を発生させる存在であるという事実。

僕が暮らす地域は玄海原子力発電所から25㎞圏の海岸にある。たとえばこの距離をどのように捉えて、ここでの危機がどういうものなのかイメージできないようにされているのも、結局だれも本当のことなんて知らないからなのだろう。

これまでもいろいろな現場を体験してきたように…今回もまた「わからない」「知らされない」ことの不安を実感した。

個人的対人関係でもそうだが、不都合なことは話したがらない。決して話さないことの奥に一番重大な知るべきことが隠されている。これは資本主義経済の…経済活動を行う上での常識なのかもしれないが、やはり僕らは知ろうとしなければならないし、知らないふりはできない。

違和感を無視できず、それに立ち向かおうとするのは性質なので仕方ない。

「ただちに影響を与えることはない」とされている放射能汚染と人体や地域環境汚染との関係についても、現在の段階では解明されていない…科学的根拠がない…つまりわからない状態…とされながらも癌の発生率の上昇という現象は無視できないし、現実的に放射能汚染された地域の農作物や海産物は地域ブランドとして相当なハンディを背負うことになる。

多くの苦しみが想定されているにもかかわらずそれを「関係ありません。安心です。」とすることに対して不信感は募るばかり。

そして具体的な経済的被害や精神的被害に対して国や都道府県、あるいは電力会社がどのような補償を行うのかという数字は今のところ目にしていない。

そのうち巨額の税金がまたこの補償に投入されるのだろうか…

災害直後より、災害の状況や被災・困窮している人の状況、そして復旧に必要な情報収集と行動に全てのエネルギーを注ぐべきところ…にもかかわらず…自身の身の危険回避の為に注目しなければならなかった「原子力発電所の事故」。

そのことにより情報伝達や救難救助、物資の輸送が遅れ、命を落とした人がどれほどいるのだろうか。そしてその命に対して東京電力の原子力発電関係者はどれほどの責務を感じているのか。

まだまだ続く天災と人災が収まり、その災害について見極めた上で、それぞれの間違いに向き合い、数世代も先に危険を引き継がせるようなリスクの大きい社会活動に対しては闘う姿勢を固めなくてはならないのだと覚悟する。

…そしてまた自分の無知と無能を知るのかな…

とにかく今、現場で闘っている人、みんな頑張れ。…勝たなければならない勝負には勝たなければ…

記録は存在している人によってしか作られない…というのも事実…。
# by fuji-studio | 2011-03-19 08:38 | ・思索雑感/ImageTrash
業務連絡系 様々な中止
大変な状況にいるみなさん。ここは冷静に淡々と乗り超えましょう。

新しい関係がいろいろな角度から求められている状況が今後多方面で必要になると思います。頑張りましょう。

a0010575_1511545.jpg当たり前の話ですが…

本日アーツ千代田3331予定されていた日本文化デザイン会議のフォーラムも中止になり、明日アサヒアートスクエアで予定されていた中村政人・芹沢高志との対談も中止になり(相当楽しみだったのになー)さらに次の日のアーツ千代田3331でのInsideout/Tokyo Projectの森司と中村政人と藤浩志とのセッション…あれ?これはまだ中止の連絡来てないなー…でもとりあえず僕は出演を遠慮させdていただきます。(中止になるかどうかは不明)

ということで、楽しみにしていたありえない連続トーク、幻になりました。

…なんていってられません。もっと多くの存在が幻となりつつあります。

今必要なことは安全確保。

それぞれがしっかり動ける行動力。

がんばりましょう。
# by fuji-studio | 2011-03-13 09:41 | ご案内/Information
大変なことになってしまった…3.11災害
寿お泊りフォーラムで横浜の寿町…いわゆるドヤ街…簡易宿泊所の集まっているエリア…でのレクチャーの途中、大きな揺れに遭遇。

a0010575_10153061.jpg建物がギシギシとうねり始めたので思わず、避難経路を確保すべく…非常階段から外に避難…

道には簡易宿泊所から出てきた住民たちも大勢、揺れを感じながら行動に戸惑っている。

その後公園に移動。徐々に住民が集まってくるが、どのように行動していいのかがしばらく分からない。

電話は使えなかったがツイッター経由でいろいろな情報がリアルタイムで流れ状況がみえてくる。

ツイッターの力は凄い。


a0010575_104812.jpg僕が泊まることになったのはドヤの中でももっとも高級な一泊2000円代のホステル、

三畳一間だが、写真のようにベッドもあり電気も液晶テレビもある。

東北の被害状況をテレビで知り、周辺でも公共交通機関が全部ストップし帰宅できない人が大勢いるとかで、今晩のこの環境がいかに贅沢かを思う。

それにしても…M8.8…予測されていた最悪のシナリオの災害とはいえ…しかし、想像をはるかに超えた現実。

この現実が起こることから意識をそむけさせてきた社会のシクミについて考えざるをえない。


a0010575_10163574.jpg流通している間違った常識。

間違った常識を流通させている人間のエゴ

とにかく…親しい人達がいっぱい現場にいるので…本当に心配。


a0010575_10171022.jpgさらに心配なのは原子力発電所…もっと大きな2次災害が起こらないことを願うのみ。もし何かあったら明らかに人災。

これを契機に日本のエネルギー政策に大きな意識転換がおこり、太陽光発電と蓄電池開発にシフトすることを本当に願う。


a0010575_10175126.jpgせめて各戸、ラジオやモバイル端末が使えるぐらいの最低限の電力が確保できる発電システムは急速に普及すべき。

とにかく、意識変換するターニングポイントであることは確か。情報で隠されていたとはいえ、見ようとしなかった現実をしっかり見極める時。

3.11災害。これが現実。

※写真は寿児童公園とその周辺。炊き出しをするシステムが児童公園の遊具に組み込まれている。 炊き出し用の道具も収納されている。 今日はどうみても災害避難所に必要な最低限の設備にみえてしまう。

災害を日常的に乗り越えようとする暮らし方、本当にリアルに考える時期に来ているなあ。

# by fuji-studio | 2011-03-12 07:39 | ・講座/対話/研究会
結果として…連続することが多い。
自分として「こうありたい!」との強い意志を持たず、大きくは流れに身をゆだねているような感じで、誘われるがままに、行動していると、いろいろな物事がシンクロしてきたり、バイアスが見えてきたりする。

過去には渡辺さんと仕事をすることが多い年があったり、ナガタさんと仕事することが多かったり、近年は森さんとの仕事が多かったり…2008年の書き込みにも森さんとのことが書かれているが…

仕事の傾向としても、地域系プロジェクトが多かったり、美術館系が続いたり、廃墟いじりが続いたり…大学でのレクチャーが続いたり…その時々でなぜだか偏りが見えてきて興味深い。

で、明日からの出張、やたらと偏っている。

明日大阪の釜ヶ崎での散歩ツアーのあと、横浜の寿町での2泊の寿合宿。

いわゆるドヤ街の中での連続宿泊も希少だと思うが、その後のトークがありえない。

中村政人との3日連続対談。さらに中日を除いて森司と3人で話す…。しかもこれが全部別企画。

初日は日本文化デザイン会議でのフォーラムでの一コマ。テーマはASIA。日本文化デザイン会議はなぜだか北本で始めたため日比野さんとの関係もあり抜けられなくなってきたが、さらに3331に絡んできたのでさらに込み入ってきた。ちなみに僕と中村政人との最初の出会いが1994年に福岡市美術館で開催された「第4回アジア美術展」
このときのアジア各地から参加していた作家の活動がそれぞれ結果としてリンクしていった。

で、次がアサヒアートフェスティバル絡みのAAF Cafe 本来ここがコアとなって結果として連鎖した企画。中村政人の秋葉原とか富山、秋田などの活動をAAFの周辺の人に紹介したいし、なんだかいろいろ動いてきてここらでまた話したいと考えて実現した二人のトーク。

で、最後の締めが東京アートポイント計画のInsideout/Tokyoの可能性を語るセッション。地域系アートプロジェクトを東京と繋ぐ仕組みを模索するInsideout/Tokyo Projectだが、その拠点や事務局が3331にあるので、3331の代表の中村政人と東京都の森司と…九州を活動の拠点としながら彼らと相当な時間を過ごしてきた僕が…ある意味本音で話を深める…のか…な?

それにしても…2011年のこの時点でこれまでの地域系アートプロジェクトのアーティスト側からの仕掛けのプロセスを再認識することは、今後のベクトルを大きく作るような気がしてならない。

…だれかちゃんと文章化できる人がいればいいのにな…この3日を繋ぐ新しい編集の視線が欲しいな…

僕としては…こんなことしてる場合じゃないな…

珍しく、予告してみました。

そうそう。このようなシンクロやリンク、あるいはバイアスって何か大きな流れの中に身をゆだねていると結構頻繁に遭遇する出来事…じゃないのかなってこと。
# by fuji-studio | 2011-03-10 10:19 | ・思索雑感/ImageTrash
京都文化ベンチャーコンペティションの最終審査会
京都で京都文化ベンチャーコンペティションの最終審査会。

ビジネス部門、アイデア部門の最終選考の候補者の興味深いプレゼンテーションの後、選考会。

そして表彰式と懇親会。

京都文化をつくろうとする意識を引き出すシステムにかかわることができて興味深い時間を過ごす。

ありがとうございました。
# by fuji-studio | 2011-03-06 23:19 | ・単純記録/Diary