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外壁とか窓とかも付きました。
筑前深江海水浴場の海の家のところに建てている「つくる家」。

a0010575_1451451.jpg外壁と窓まで付きましたが…中身は空っぽです。

外壁、強風に耐えれるかどうか不安な感じ。窓はしっかりしているのですが。

やはり外壁もうちょっとしっかり作ろう。格安で丈夫な素材無いでしょうか?


a0010575_146151.jpg中身は空っぽのままで内壁とか内装とか…一番楽しいところは自分で行うつもりでそのままにしてもらっています。

…というかお金がないのでここまでしか頼めない。

この建築・・・半分セルフビルドな建築、此花とかでも試みたかったやり方。


a0010575_1471543.jpgお金がないというのと時間がないというのと…結局時間の隙間を作ってちまちまと何年もかけて内装してゆくのかな。

つくるプロセスを楽しいと思っているので仕方ない。

隣の昭和初期のボロボロの家もいじりどころ満載。


a0010575_148552.jpgああ、時間が欲しい…と思いながら、なぜだか時間は刻々と過ぎてゆき

ああ、もう今年も終わりじゃないですか。

ああ、来年もまたウロウロしながら、ゴミまみれ、廃棄物まみれになりながら、整理整頓、掃除、清掃…重ねるうちに一年が終わるのかな…

自分の家をいじる時間はなさそうだけど、さらに「部室ビルダー」という活動を始めるつもりで、さらに空き家とか空き店舗とか空き地とかいじる生活になるのかな…

まあ、運命というか、宿命というか…

この場所でじっくり作品を作りながら暮らす生活…って理想ですが、結局活動つくる為にドタバタと動きまわってしまう性質だから仕方ない。
by fuji-studio | 2011-12-27 14:14 | ◎福岡・筑前深江での活動
オリジナルのタンブレロのバット。
久しぶりに家に帰ると、原田君から荷物が届いている。

原田君が理事長をしている日本タム協会というのはイギリスとかイタリアとかで伝統的なタンブレロというスポーツを日本で広めようとしている協会。

a0010575_1539112.jpg原田君はイギリスでそのスポーツに出会い、日本にまだ伝わっていないことに気づき日本での協会をつくった。

その競技に必要なバット(テニスのラケットのようなもの)が国内で販売されていないので、輸入することになったが、ついでにオリジナルのバットをつくることになり、デザインを頼まれた。

僕もタンブレロをやりたいと思っていたが、バットがなかったのでオリジナル作品を4つオーダーし、送られてきた。


a0010575_15412316.jpgさっそく興味深々の息子を連れだし、隣の駐車場で試しに使ってみる。テニスと違って直接ボールの感触が伝わり気持ちいい。

時間さえあれば…僕もタンブレロのクラブ活動をはじめたいのだが…問題は時間。

時間がないのは結局、マネジメントが悪いからなんでしょうね。…っていうか、セルフマネジメントが全くできていない。

マネジメントできる人と一緒に仕事したいですね。…永遠の課題だな。

ちなみに…日本タム協会の豊島支部長って誰だか知っていますか?知る人ぞ知るあの人です。ちゃんと生きていたんですね。

そうそう。このバット4000円で販売されていたそうですが、実はもう売り切れだとか。残念でした。
by fuji-studio | 2011-12-22 23:16 | ・単純記録/Diary
いわきアリオスモヤモヤ復興会議最終回
いわきアリオスで6月から2ヶ月に一度ぐらいのペースで開催してきたモヤモヤ復興会議。

a0010575_172026.jpg放射能汚染に対してはまだまだ不安とモヤモヤ感はあるものの、6月に開催した時に比べるとモヤモヤレベルは随分と変化し、それぞれ活動の方向性が見えてきた感じがする。


a0010575_181275.jpg今日は劇団どくんごの五月うかさんとインデアンビレッジキャンプの吉田さんをゲストに迎え、なんとも不思議な方向性から話が進行する。

劇団どくんご の活動は個人的には懐かしいテント芝居。

全国を移動しながら公演を行うという形式だが、時代を超えて活動を継続してきただけに、すでに演劇を超えていて、テント芝居という形を使った新しいプロジェクトの形。とにかく興味深いくて面白そう。


a0010575_183840.jpgテント芝居をつくるという活動プロセスが、地域の利用許可から広報、仮設構造物の設営、プレイベントの準備、開催等々様々な実践的ワークショップの要素を持っていて、地域の活動の拠点形成のプロセスの実践そのものである。

インデアンビレッジキャンプはアリオスプランツに関わりが深い活動。

山でインデアン村を作るという活動について噂は聞いていたがちゃんと話を聞くのは初めて。自然エネルギーと手作業にこだわる態度がすごくいい。


a0010575_193821.jpg参加者のディスカッションでは今後の活動として、いわき湯本温泉旅館を使った映像系、闇系、ひなび系のアートフェスの開催予告のアイデアや、アリオスでの子どもプロジェクトの手芸ワークショップの展開、歴史や郷土芸能、風習や伝説などを漫画にして残してゆく活動や、プランツから発生した いわき冒険映画祭の次の開催に向けての部室づくりの話や、中之作古民家公民館化プロジェクト。自然エネルギーを使った屋外舞台フェスの開催アイデア等…盛りだくさんの活動イメージが蓄積されてきた。

しかし、いわきの人のエネルギーのあり様はなんだかすごい。炭鉱遺伝子パワーかな。

震災被災を経て向き合うテーマが深刻なだけに、さらにパワーアップしてズレてゆくような傾向にあるのが頼もしい。

ところで、アリオスが定期的に出しているアリオスペーパーに特集される予定だが…「カモメの視線」の映像DVDを出しているパラグライダーでの撮影者がこの会議にも毎回出席して今後の活動の展開に期待が大きい。

彼の映像の一部がサイトからも見れますが、災害以前の福島の海岸線がいかに美しいかを残す…つまりもう見れなくなってしまった映像記録…が販売されている。

是非ご覧ください。




                                           
by fuji-studio | 2011-12-17 23:14 | ■福島・いわきでの活動
二体の龍神、天神橋下、3年目の中之島公園
2009年夏以来毎年関わることになった大阪天神橋の下、中之島公園。

a0010575_8484642.jpg一昨年前の夏の2か月間、この場所にカエル工房をつくったり、常設のかえっこ会場を作ったり公園に『活動の場」をつくる実験を行った。


a0010575_8491874.jpgそして去年、青森ねぶたの廃材の木材部分だけを利用して、白龍を制作し、この場所に展示した


a0010575_849453.jpgそして今年の春、福岡のスタジオにほぼ3か月間こもって制作したのが青森ねぶた廃材の針金素材で制作した飛龍。

6月に新博多駅のアミュプラザの吹き抜け部分に設営し、その後鹿児島の蒲生町まで旅し、青森ねぶた「天神・菅原道真」の廃材の旅、青森ー鹿児島は完結した。


a0010575_8501676.jpgしかし、龍はまだまだ暴れ続けている。

今回は木材の龍と針金の龍2体を絡ませて制作してみた。


a0010575_8511022.jpgそれぞれの龍が巴状に絡み合う様子。

2者の異なる種類で同類の形態のものが円環状に繋がる…

この巴の状態が何を表しているのかはわからないが、必然的にできてしまった形


a0010575_10283841.jpg数十万個のLEDライトがアニメキャラクターとか星だとか、ハートだとか…いわゆる一般的な明るい記号を浮かび上がらせている会場の光のイベントの会場。

その片隅で、ここだけ地味に薄暗い光が針金を照らしている。


a0010575_10285143.jpg設営を終えて夕暮れになり、蛍光灯の白い光を当ててみると、昼間は見えなかった針金の線がきれいに浮かび上がり何とも言えない雰囲気を醸し出している。


a0010575_1029826.jpg明治大理石との3年間の僕の仕事は今年で終わりにさせてもらうが…ただ均質のLEDの装飾としてのイルミネーションのイベントとしてではなく、様々な新しい光の在り方について試行錯誤する実験場としての「光のルネッサンス」となるといいのになと思う。


a0010575_10292393.jpgさて、この龍の旅は少しづつ形を変えながらもまだまだ続きます。

次はどこに登場するのか…
by fuji-studio | 2011-12-13 23:52 | ◎大阪・中之島での水都大阪
AAFの10年を振り返り、出版する為のSchool
先週から4回連続で始まったアサヒアートフェスティバルのAAF School

これまでの活動記録をアーカイブし、なおかつ書籍としt出版するためのプロセスをスクールという形で一般参加者に開いている。

a0010575_0324910.jpg先週に引き続きその2回目のスクール

今日はメセナ協議会の事務局長に就任したばかりの荻原さんをゲストに招いてのAAFのポジショニングを考えるレクチャーとディスカッション。

参加者には謎の言葉が飛び交いすぎて…分からなかったことも多かったかなと反省しつつも、…それにも増して興味深い話題が多かった。

何かを認識しようとすると、それぞれの立場でいろいろなズレが生じているのもまた興味深い。

アートマネジメントという言葉…つまり概念が登場したのが1990年ごろからだとか。ボランティア、NPO、コラボレーション、ワークショップ、CSR、アートプロジェクト等々以前なかった言葉がこの20年間の間にその時々発生し…つまり概念が生まれ、ひとの行動が、活動が生まれてきた歴史を見ていった。

それまでなかった意識が言語化されることで新しい活動が生まれる。

その連鎖が次の活動を産み出すんだなぁ。
by fuji-studio | 2011-12-11 23:01 | ・講座/対話/研究会
宝塚での地熱シンポジウムで遠藤秀平と。
この二日間、建築家の遠藤秀平との連続トーク。

a0010575_818989.jpg昨日は大阪中之島のデザインミュージアム de sign deで開催されている関西の6人の建築家(KANSAI 6)によるオノマトペ(擬態・擬音語)がテーマの展覧会に関連した連続トークでの対談。

そして今日は宝塚の東公民館で開催された宝塚地熱シンポジウムでのゲストとして…


a0010575_8185381.jpg青森の弘前大学から来ていた地熱発電の研究者の村岡洋文さんの発表もよかったし、本人もまたとても魅力的でよかったし、…そもそも地熱発電についてなぜだかあまりにも知らなかった。 

温泉地だけの発電の話だと思っていたが、そうではなく、全国各地どこでも可能性のある話だ。

それほど難しい話ではないのに今まで知らされていなかった…ということはこれは明らかにメディア戦略によって知らされないようにしてきた意図が働いていたとしか思えない。

だんだか将来が明るくなってきた。


a0010575_8193924.jpgさらに久しぶりにお会いした畑祥雄さんの活動がまたよかった。

遠野市でのデジタルアーカイブの活動も興味深いが駅前商業施設跡地利用の市民水栽培農園の活動…これは相当可能性のがある。

そして神戸大学の遠藤さんの学生の地熱発電所×コミュニティスペース×地下シェルター×地下野菜菜園×温水プールのアイデアもまたよかった。

地熱発電と足湯と建物内の市民農園という掛け合わせにはとても可能性を感じる。

しかし、何故いままで知らなかったのかなぁ…。

ちゃんと活動している人はちゃんと活動してるんだなぁ。

…駅前やさい部と…地熱と足湯部…とか。

その部室とか。

皆さんのまちにもどうですか?
by fuji-studio | 2011-12-11 00:49 | ■兵庫での活動
部活動から部室への発想の転換
随分以前から…KOSUGE1-16コフジビルという活動をやっていた頃だから2005年ぐらいからだと思うが…地域での面白い活動は「部活化」した方がいいと話していた。

地域に部活的活動を作ってゆく活動。

それと並行し、近年仕組みづくり×拠点づくりを心掛けて、桜島とか北本とか此花とかいわきとか筑前深江とか鹿児島イイテラスだとか…いろいろ試行錯誤をしてきた。

a0010575_0153141.png先日の中村政人との対談で確信したことだが、結局学生時代からずっと自分達の活動を作りだす拠点づくり…「つくるところ」を作り続けてきたんだと再認識。

つくるところを維持するためにカフェにしてみたり、共同スタジオにしてみたり。活動の拠点を持続する為に、運営資金を捻出するためにいろいろなプロジェクトを仕掛けてみたり…ありえない契約書を作って物件を借りたり…。とにかく自分たちが一番活動しやすい空間を手に入れ、それに手を入れることをしてきた。

最近盛んになったFacebookに出身大学、京都市立芸術大学の宴会部というのが立ち上がり、そこに掲載されていた大学の部室の写真を見て…昔の記憶がよみがえってきた。

そうなんだ。部室がすべての始まりだった。高校の時の美術部の部室。そこに小山田徹がやってきて何かが動き始めた。高校時代に通っていた研究所というよりは明らかに部室だった共同アトリエ、大学時代の演劇部の部室ではアパートを追い出された半年間、大学に隠れて暮らしていた…。


a0010575_0173349.png部室は活動を行うところではなく、活動の控室のようなところ。テーブルがあり、打ち合わせができて、着替えをしたり、倉庫になっていたり…関係ないものも蓄積されて…まさにたまり場になっていて、逃げ場になっていた。ちなみに活動は別のところで行う。演劇部は舞台で発表し、スポーツ関係はグランドや体育館で…軽音部とかは練習室ではあるが活動はライブハウスとかホールで行う。…というところが重要。

大学とか企業の中に部室があるように地域にも…地域活動として興味深いクラブ活動に「部室」が必要なのではないかと漠然と考えていた。

それと並行して…各地のアートセンターにありがちな施設に感じる居心地の悪さ。ここから本当に何がが生まれるのか…と疑問に思う窮屈な管理体制。としまアートステーションの抱える問題もそのへんにあるのかな〜。

先日「水と土の芸術祭」の下見にゆき、新潟の街を歩いていると、いたるところに目につく空き店舗や空き物件。それらが部室に見えて仕方なかった。

そうか。部室だったんだ。


a0010575_0193270.pngそこでいろいろ考えた結果…部室ビルダー「かえるぐみ」というネットワーク型のチームをつくるのはどうだろうかと考えた。

そこで街に部活を組み込みシステムを考え、街に影響力のある面白くて深くて楽しい部活動と出会い、空き店舗や空き家をいろいろな部室化するノウハウを蓄積した研究会的全国ネットワーク型のチーム…それが「かえるぐみ」

かえるぐみ…というネーミングがあまりにも建築家の「みかんぐみ」に類似しているので曽我部さんに連絡して一応承認をもらった。たぶん必要ないと思ったけど、なんとなく「みかんぐみ」が承認している「かえるぐみ」がいいと思った。

これで、来年は「かえる三部作」となる。新潟での「かえるぐみ」とオーストラリアのメルボルンでの「Kaeru Party」そして、アーツちよだ3331での「カエルメッセ!」なんだかもうほとんどやけくそ。

「かえるぐみ」を動かすためにとりあえず部活動も必要となる。

先日氷見にできた「Live×ing部」前橋でできた「コトノバラボ」「マテリアル部」ついでに「損害賠償請求預金研究会」…

部室は部活動の内容が地域社会にじわっとにじみ出てくるような縁側のある空間をしていなければならない。

部活動には顧問の先生がいたように、町内の人、地域の人が必ず顧問を置かなければならない。

様々な部室や部活のテクニックが見えてくる…

この活動、10年ぐらい続きそうだな…。

新潟で「部室ビルダー かえるぐみ」始動します。

企画書書かなければ…あ、北九州も部活関係で行きましょうか…。
by fuji-studio | 2011-12-08 00:20 | ■新潟での活動
損害賠償請求預金ってどうだろう?
多くの人がそうであるように、この数か月ずっとモヤモヤし続けている。
特にいろいろ抱えてモヤモヤしている人との対話を重ねているとさらにモヤモヤは累積する。


a0010575_12103983.jpgこの累積をどうにかできないかと考えてきたが…一番のモヤモヤの原因はこのモヤモヤをアートでどうにかしようというどうにも違和感ある方向性。

確かにモヤモヤは活動の種だと思っているし、そこから何か凄い表現が生まれてくる期待感が大きい…しかし、放射能被害に対してアートも糞もないだろうと内心つぶやき続けてきた。

はっきり言って被害を被ったと自覚した段階で「闘い」だろうと。

いや、事故が発生した段階から闘いは始まっている。 しかし…モヤモヤの問題は被害を被ったという意識が拡散されていることにもある。


a0010575_12181766.jpg意識のどこかで損害賠償請求したいと思っている人は多いが、問題はその対象…請求するべき相手にあるのだなと気づいた。

ちなみに一番精神的負担を抱え損害賠償請求をしなければならないのは当の電力会社の社員や従業員を含め原子力発電所の事故現場に近い人に違いない。そして、一番の受益者はその現場からシステムの上でも遠くに身を置いていながら多くの利益を手にしている人…


a0010575_12324365.png累積すると精神的被害も含め当事者たちは相当な額の請求ができるだろうがその分給料をもらっているので相殺される金額も多い。問題はその差額がどうなのか…だと思う。

とりあえず損害賠償請求額を計上するアプリケーションをプログラムするプロジェクトを提案したい。

避難にかかった移動費、経費、その後の日常の飲食費、水代・食費、医療費、通院費、通常仕事をしていたら当然入るだろう収入、現実の放射能汚染被害による物損。除去作業の金額や危険作業費、そして精神的負担の慰謝料等々…。


a0010575_20333129.pngそれは過去に遡るだけではなく、今後将来にわたりずっと加算されて計算されるべきものなのだろう。

それをだれもが簡単にタッチパネルで入力できるアプリをつくるのだどうだろう。

そしてそれぞれアップロードするとネットワーク上で累積計算され、地域別とかで現在の、あるいは数年後の請求されるべき損賠賠償額が見えるシステムの構築が必要だと思う。

それを貯金感覚で累積し、将来必ずもらえる貯金として蓄積してゆき、累積金額が一目瞭然に見えるアプリケーション。 もしかするとそれは世代を超えて貯蓄し続けることになるのかも。

問題はそれをどこに請求するのか…だと思う。


a0010575_2035869.pngそれをとりあえず、「放射能汚染を引き起こしてしまった精神」に対して請求するのはどうだろうかと考えてみた。

僕の中にも無自覚に…、原子力発電所周辺の住民は特に、それを認めていた精神がある。そして多少の利益を受けてきた。

損害賠償請求額の累積からその精神の量に応じて相殺される部分もあってしかるべきだと思う。


a0010575_2036473.png原子力発電所建設に反対運動を続けてきた人ならともかく、ずっと無口に無関心を装い無視することで放射能汚染を結果的に認めてしまった精神も含めて損害賠償請求を受ける必要がある。

あるいはそれを認め推進してきた知事や市長や議員、あるいは政党を当選させてきた責任もマイナス部分として累積すべきだと思う。

その算出もまたアプリケーションでしっかりフォローする必要がある。

問題はその差額が将来的にいくらになるのか…だと思う。


a0010575_12192375.pngいつでも金額入りの損害倍所請求書のフォーマットを多くの被害者が持つことのできるとても便利なアプリケーションを作るプロジェクトはどうだろう?

法律家や専門家の知恵を借りて東京電力が配布している書類や、これまでの損害賠償額の事例や過去のあらゆる慰謝料請求の事例に基づいた現実に即したアプリケーションの開発はこのモヤモヤを少しは解消してくれるんじゃないかな。

特に現場で放射能汚染にどのような態度をとっていいかわからずモヤモヤしている人はとにかく一度計算してみて、将来登場して来る「受益者」に請求する用意をするのがいいんじゃないかな。

損害ではなく将来絶対とりもどす「貯蓄」として。

…などと…最近いろいろな人に話を詩ながら意見を聞いています。

とはいえ…問題は放射能汚染を除去することなのでしょうが…数世代抱えなければいけないんですよね。地球全体で…。

…てなことをいわき湯本でもお話ししてしまいました。

こんなのいかがでしょうか?
by fuji-studio | 2011-12-06 20:40 | ・思索雑感/ImageTrash
AAFSchool AAF10年の記録を出版するために
アサヒアートフェスティバル AAF なんだかんだと関わることになりぼちぼち10年。アサヒビールの加藤さんと最初にお会いしたのが1993年だったからもうすぐ20年。

a0010575_0385314.jpg20年前ということは今の僕よりも若かった加藤さんとお会いしてたということか。

10年たったということは…じゃあ、当時いろいろ一緒に動いていた10歳上の世代の人達の当時の年齢に今の自分がなったということ。

みんな偉かったような気がしていたが、今の僕は全然えらくないなぁ。

a0010575_0393783.jpg10年前だとまだブログサイトがなかったし、ウェブサイトをつくるのがやっとで、掲示板が登場していた頃。ISDNからADSLに変わったころか。そのまえの10年になるとインターネットはなくパソコン通信時代だった…いづれにしてもPCの利用やアプリケーションの普及やOSという概念の浸透や…映像機器の普及も含めて一般の人が表現したりメディアを作ったりできる技術革新と地域系アートプロジェクトの発達の関係は無視できない。

今回のスクールはウェブサイトでアーカイブを制作している専門の入江さんと最近いろいろな美術カタログや美術本を出版している編集の影山さんと二人を講師に招いてアーカイブと出版の視点の違いについて講義してもらう。

出版だけで記録集を作っても魅情報だけが多くなり魅力がなく売れる本は難しい。しかも配布が出版部数しか配布できないし、高額になってしまうので手に取って買ってもらうという高いハードルがある。

一方、ウェブサイトでのアーカイブは大量のデータを扱えだれでもアクセスできるし、時代を超えて長期にわたり保存したり情報の追加もできるが、アクセスを促すために管理運営する視点も大切になる。

この2者の関係をちゃんと捉えてしっかりしたアーカイブを作ろうとするプロセスを今回スクールという形で公開することにした。

しかし入江さんが作ってきたウェブサイトの代表作、ネットTAMは凄すぎる。95年から2005年ぐらいまで全国で行われていたトヨタアートマネジメント講座のアーカイブをしっかり作りながら、ちゃんと今も多くの人に使われている財産のようなサイトになっている。

このような人と仕事できることが幸せ。
by fuji-studio | 2011-12-04 22:23 | ・講座/対話/研究会
いわき湯本温泉での放射能とアートのシンポジウム
椹木野衣と熊倉純子と林僚児、それに僕というなんとも不思議な…おそらくもう2度とありえないメンバーでのプレゼンテーションをいわき湯本温泉すみれ館という温泉宿で車座になり開催。

三函座という劇場跡のすぐ近くのホテル。

a0010575_1439421.jpg急遽一か月ぐらい前に連絡をもらい開催することになった。

しかし、放射能とアートとはなんとも難しい問題。放射能や放射性物質はいしれないが、実際に将来的にずっと抱えなければならない問題でもある。

全く無視して復興、再建できるものならそのほうがいいが、当分…おそらく世代を越えて抱えてゆかなくてはならない問題でもある。

そこにどのようなアプローチができるのか…。

僕なりに考えた結果二つの活動のイメージサンプルを提案してみた。

・・・・
by fuji-studio | 2011-12-04 12:30 | ■福島・いわきでの活動