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えずこホールの企画「カンがえる。」の2日間。
宮城県、えずこホールの企画で開催された「カンがえる」の2日間。

a0010575_12195964.jpg被災地で活動している知り合いの現場を訪ね、いろいろ話を聞き、夜にディスカッションを重ねるという2日間のワークショップ。

最初は宮城県の県境を超え福島の新地の避難所で活動している北沢潤君のところを訪ねる。


a0010575_1221845.jpg北澤君はこの数か月、ボランティアで現場の支援をしながら避難所でマイタウンマーケットという活動の準備をジワーっと展開

仮設の避難所の集会所が工房のようなところになっていて、企業から提供をうけた素材で市場ようのマットを制作していた。がんばるな。


a0010575_1222821.jpgそこから北上し、山元町の山下中学校へ。一部はいまだに避難所になっているが、中学生が普通に授業をうけている。その校長の渡辺校長がとても魅力的な人で、避難所として学校を開放し、大家さんとして振る舞い、自主的な避難所の自治組織(シクミづくり)を促していた時の話を伺う。

基本的に毎日部屋ごとの連絡係の人とのミーティングを欠かさずおこない、必要なものやシクミを自主的につくってゆく自治組織へと導いたのだとか。


a0010575_12225391.jpg食糧不足、不公平、不衛生、精神的苦痛が多いといわれる避難所生活も多い中、この山下中学校での避難生活は機知をはたらかせ協力し合い、比較的安全で快適な工夫がなされていったのだとか。

学校が避難所として機能するためのハードや物資の問題だけでなく、システムの在り方がどうあるべきなのかを考えるうえでとても重要な話。

いろいろな人のつながりの為に、四葉のストラップや卵の置物などのおみやげもみんなで作っていたりして、とても前向き。

それにしてもこの山下中学校ってそもそも空間がいい。天然の木材が使われ廊下がやたらと広く面白い空間がある。数年前に改築してできたらしいが、建築の空間がもたらす明るさとか解放感とか、安心感がある。当たり前の話だが、建築的なデザインも実は防災施設への転換を考えた時にとても重要だということを確認する。


a0010575_12231637.jpgそこからさらに沿岸部を北上し亘理町のコミュニティレストラン「いちごっこ」へ。

震災後いろいろなボランティアやサポートの形を模索し続けている代表の馬場さんの話を伺う。

被災地で困っている人にいろいろな角度からいろいろな活動を、まさに模索し動き続けているエネルギー。

そういえば、沿岸部のあちこちビニールハウスだったものの残骸のようなものをたくさん見かけたがこのあたり亘理はいちごが有名なのだとか。豊島もいちご。福岡の僕の暮らす地域もいちご。いちご繋がりだな。


a0010575_12235760.jpg夕方になってえずこホールに戻り、ディスカッション。

昼のツアーには参加できなかった参加者や、仙台の村上タカシさんや塩釜の島でワークショップを行っていたという日比野さんチームも合流し、とにかく意見を出し合う。

やはり特に不安なのは放射能。ゼロからの復興ができればまだいい…という感覚。放射能汚染が止まらない限り、ゼロの地点にも立てない。そのもやもやが大きい。


a0010575_12243112.jpg2日目は仙台、塩釜と過ぎて南三陸町の現場へ。さらにその裏側の歌津から入りぬける小さな湾へ。

ここでカキの養殖を行っていた高橋さんに話を伺う。

6mの津波は来るといわれてきた地域だけに、その心づもりはあったが、まさかのその倍以上の高さまで津波が襲い、すべてを持っていったのだとか。


a0010575_1224531.jpgしかし、いち早く、「海を捨てない」ことを決め、自分の敷地に自分自身で仮設住宅を建て、数年はそこで暮らす覚悟をして生活再建を試みている。

しかし、この湾、津波があったとは思えないほどきれいな海。実は海底は津波以前よりもきれいになったのだとか。

数百年蓄積された海底のヘドロを津波が全部掃除してくれて、アワビとかウニとか…とてもいい状態で育っているのだとか。大きな希望。


a0010575_12251468.jpg人間の視線で見たら甚大な被害をもたらす津波だが、地球サイクルで考えると当たり前の大掃除なのかもしれない。

その意味で海の復興も希望は見えるが、やはり問題は唯一…放射能汚染。

これだけはどうにもならない。本当に放射能汚染のない世界の素晴らしさをあらためて感じる。


a0010575_12254593.jpgさらに北上し、女川の復興の拠点となっている病院へ。えずこホールを拠点として屋台プロジェクトを行っている海子さんの関係者が協議会のメンバーとコミュニティづくりの拠点をつくろうとしているという話で、その現場を訪ね、女川の現状について話を伺う。

この地域の人のエネルギーはとびきりで誇り高く本当に頼もしい。分断された地域住民に向けたコミュニティづくりなど、やはりこの地域の記憶を新しい形でどうにか再構築する必要があるとの話が心に残る。


a0010575_12261698.jpgこの地域にはもともと獅子舞が部落ごとに残っていたり、神楽があったなどの話を伺い、その再興などでこれまでえずこが培ってきた関係や手法、ノウハウが生かせるのではないかなどの話も出てきた。

あるいは音の風景を再構成したり、町の人の散歩道をヒヤリングして、何らかの形で失ってしまった生活の風景をたどることのできる散歩マップなどの制作ができないかなどのアイデアもにじみ出てきた。


a0010575_12263589.jpg僕は…できるなら狂言舞台でも立ち上げ、「ほおしやのう、こわいこわい。」と歌いながら舞ってみたいと思ったり…

とにかく現場で強く動いている人の話は宝物のようなイメージの宝庫。

ああ、放射能さえマイナスに向かってくれれば… それにしても…文化交流拠点のホールが地域住民といろいろな復興の現場を巡りいろいろ語り合いイメージを共有するというこの手法、相当意味深いです。

もっと、続けたいな。このワークショップ。
by fuji-studio | 2011-06-29 23:43 | ■宮城・えずこホールとの活動
いわき湯本の三函座
アリオスでのもやもや会議の次の日、温泉街で有名ないわき湯本の街で明治時代よりとても重要な拠点となっていた三函座を訪ねてみる。

a0010575_15534890.jpg数年前にアリオスで行ったミーティングテーブル、plants!の参加者からここの話を聞き、当時から興味をもっていたが訪ねるのははじめて。


a0010575_15542224.jpg1997年に福岡ではじめたミーティングテーブルだが、話し合ううちにいろいろと気になる場所の話となる。

当時、気になる場所に関わる関わり方として、実践したのが「清掃・整備」からはじめるというルール。


a0010575_15545777.jpg絵描きがキャンバスを貼り、下地を塗り、描く環境をつくるように、まずはイメージを膨らませる前にその場所と深く関わる必要がある。


a0010575_15552244.jpgその関わり方の最も自然な手法が「清掃・整備」活動だと考えた。

当時はplant demonstration というユニットのようなものを作って博多駅近くの小学校跡地だとかその周辺を掃除して回った。


a0010575_15554566.jpgそのアイデアはいろいろなところで紹介しているが、いわきでもアリオスplants!で紹介し、その手法がいわき湯本を盛り上げようと活動している人に伝わり、この三函座にも繋がった


a0010575_15555869.jpgこの建物の立派そうに堂々としていつつも、実は日本のある時期に町の風景を変えていった看板建築であることが僕の心にしみる。

構造は古い講堂の建築とおなじような木造建築で、屋根はトタン葺。


a0010575_15561229.jpg建物の面する岩山との関係がとてもよく、なんともしみじみとしところ。

掃除の延長で、去年そこを30年ぶりぐらいに利用して、沖縄で活動する林君達がいろいろ遊んでいるのが聞こえていた。


a0010575_15562323.jpgもともと演芸場、それから映画館として利用されてきた三函座だが、戦争中はここから出兵していった人を見送ったとか、ちいきの重要な講演会とか集会とか、さまざまな記憶を持つ場だけに、地域の人の思いも強く、今後再生が期待される場でもあった。


a0010575_15563796.jpgしかし、今回の震災で相当がたついた様子。

以前の状態でも危険な場だったが、ますます危険度は増しているのかもしれない。


a0010575_15573058.jpgしかし、どうにかこれに手を入れたい。手を当てたい。手当したい。

震災、津波、放射能汚染となかなか苦しい福島だけに、記憶の再生の拠点となるところはしっかり手当して、何か凄い活動がつくられるところになればいい。

どなたか滞在してこの建造物の手当てに興味を持つ人いないかな・・・。

僕も動ける範囲で動きたいが…たぶん、相当急ぐのかも…。
by fuji-studio | 2011-06-26 23:49 | ■福島・いわきでの活動
いわきアリオス企画のいわき復興もやもや会議
いわきアリオスで2008年の春に始めたアリオスプランツ。

そもそも福岡で1997年にはじめた目的をもたない出入り自由の企画会議。

a0010575_8134014.jpgやりたい個人的な企画を持ち寄り、いろいろとプレゼンしあい、意見を交わす場をイメージしてはじまった。

街で目的をもたない企画会議を開催するそのこと自体がひとつの表現だろうとも考えていたし、実際に学校にも企業にも団体にも属さず、個人で活動をしていると、なかなか企画以前のイメージを交わす機会がない。

イメージ以前のもやもやはもやもやの状態でいろいろな人に話すことが重要だと考えていて、それが言葉になることで形になりはじめ、イメージが蓄積されて企画が具体的に生まれてくる…と考えている。


a0010575_8142930.jpg当時は毎月2回、一年間継続開催し、途中から勉強会になったり、テーマを決めて討論したりするうちに、いろいろなアイデアが発生し、結果的にその後いろいろな活動が福岡の中で具体化していった。

2008年に開催したアリオスプランツはアリオスというホールと街を繋ぐ活動に興味を持つ人が集まって話をはじめた。じわっといろいろな話をするうちに、結果としていろいろな活動のイメージが語られ、実践されてきた。

それから3年がたち、アリオスの活動はいわきで定着しはじめてきたが…3.11の震災や原子力発電所による放射能汚染という経験を経て、いわき市民にはいろいろな意識が蓄積されて、ここでまたいろいろな意見を交わす機会が必要だとアリオスは感じたのだと思う。

アリオスの施設はまだ復旧工事中なので、駅前のラトブでのワールドカフェ形式でのアリオスプランツの開催。

大学生から75歳まで…いろいろな年齢のいろいろな立場の人がエネルギー、子育て、仕事、コミュニティ…等いくつかのテーマにそってフリーのディスカッションを行う。

それにしても、参加者の皆さん、いろいろ語りたいこと、語るべきことがたくさんある様子で、熱気あるディスカッションで盛り上がる。

これを定期的にしばらく続けてみて、いわきの新しい活動の具体的な展開を模索する。

それにしても…みんな本当に相当意識が高い。問題意識を相当抱えている。手放しで復興に湧くことができない状況にある福島の人には、大切な意識が蓄積されているのは確かである

子どもも大人も、だれもが安心していわきの魅力…山や海や川などの自然や美味しい水と美味しい空気と美味しい魚と…美味しい野菜やお米を育てる土と…ちゃんと享受できる地域に再生させなければならないのだが…

そこにたどりつくもやもやを長期的な視座のもとにイメージ化するのは難しい。

前提として放射能汚染の拡散が止まらなければ話にならないのであるが…

しかしこの延長に…大変革へと連鎖する活動は…必ず発生する。
by fuji-studio | 2011-06-26 01:47 | ■福島・いわきでの活動
アーツ千代田3331での2012年6月からの展覧会の為に。
早いものでもう一年…というか、まだ一年…というか…

a0010575_9265388.jpg東京の秋葉原のはずれの中学校跡地にアーツ千代田3331というアートセンターが正式に誕生して一年。

入口に常設されているかえるステーションもようやくボチボチと利用してくれるチームが発生しつつある。もっともっと利用してもらいたいが、難しいところ。


a0010575_9273984.jpgで、いろいろな活動が多層的に行われている3331だが、そのメインギャラリーで来年の6月から9月個展形式の展覧会を行うことになっている。

ぼちぼち動き出さないといけない時期かなと、その方向性を探るミーティング。

できれば美術館やギャラリーの展覧会会場ではできないような人の動きや関わりの深い空間にしたい。


a0010575_9282443.jpgこれまでため込んだ素材(プラスチック系、ぬいぐるみ系、おもちゃ系、ボトル系、枝系、他)と素材から生まれたツール(リング系、鳥系、ザウルス系、枝系、龍系、ブロック系、シート系、もろもろ)で多層な空間を構成しつつも、それらを利用してもらい、あるいは流通してもらう方法の模索を公開しつつ、レポートするような現場にしてゆきたいと…漠然と考えている。

表現することと作品化することは別のことであるという僕の持論だが、展覧会という編集作業にまさに雑誌の編集感覚を持った人材と作ってゆきたいとも考えている。

会場では素材そのものを提供し作ってゆく場も、あるいは交換できる場も同時に開放したいので、かなりの編集作業が必要だと思っている。

そんな空間の制作に興味のある人と一緒に作ってゆきたいと考えているので…興味のある人はぜひ関わってください。

来年の話ですが、今年の秋ぐらいから方向性を探り…そうそう。スポンサーとも出会わなければ…。

ああ、でも、お金がないなー…。
by fuji-studio | 2011-06-25 09:29 | ■東京での活動
東京の豊島区の雑司が谷で何かやることになりそう…
東京の豊島区の雑司が谷。

a0010575_10231611.jpg山の手の内側で文京区と新宿区の境ぐらいの盲点…

昔、文京区に住んでいた頃、自転車やバイクで都内をかなり移動していたが、何故だかこのあたりは通行したことがないエリア。

池袋と早稲田の間というのが意外と盲点なのかもしれないなー。


a0010575_10293290.jpg最近は地下鉄副都心線が繋がり、その駅があるが、以前は都営荒川線沿線(もちろん今も)

再開発に絡むエリアは当時仕事の関係でいろいろ廻ったが、いい意味で開発の嵐から守られてきたエリアだから縁がなかったのだろうな。


a0010575_1029549.jpgとにかく、その地下鉄副都心線の雑司が谷の駅ビル地下一階にアートステーションをつくるというプログラムにがっつり関わることになりそう。

何かチームをつくって活動をつくる…という話。

カフェができそうな活動の拠点はすでに確保されている。


a0010575_103023100.jpgとにかく、今日がその話を聞く最初の日。

何ができるかな。興味のある人はぜひ連絡ください。一緒に作ってゆきましょう。

ああ…予算はなさそうです。8月ぐらいからぼちぼち拠点整備をはじめ、周辺での活動を今年の10月末ぐらいまでに形にしてゆくのが第一段。

さらにその後継続的に・・・4~5年規模の視野で展開する活動。
by fuji-studio | 2011-06-23 20:53 | ■東京での活動
氷見でのアーツキャンプ二日目は早朝の釣りからはじまり・・・
氷見での活動を考える為のアーツキャンプ。

a0010575_1410327.jpg前日は夕方までじっくり意見を出し合い…入口で炭火を起こし待ち構えている男子に押されるようにだらだらとした夕飯…飲み会モードの中で、釣りの体験ツアーのアイデアがにじみ出てきて…


a0010575_14105840.jpg氷見のアートセンターに出入りしている男子チームは皆さん相当の釣りの達人だとかで…いつも良質の魚等の食材を持ち込んでくれているとか。


a0010575_14114198.jpgそもそも、このアートセンターの三軒ほど先にある釣り具屋に集まる釣りプロ級のおじさん達…いや男子達が炭火も起こせるたまり場としてこちらに移動してきたのだとか。


a0010575_14124826.jpgとにかく、大工はできるし、体は動くし、船は持っているし、若い女子は嫌いではないし…

ということで、夜中の0時過ぎまで話合い(?)が続いたにもかかわらず…次の朝4時半に起きて5時から船で釣り場に移動して釣り体験を行うことになった。


a0010575_14133064.jpg参加者のほとんどはど素人だったが、釣りプロたちのテクニックで魚が集まってきてなんだかんだで結構釣れた。

釣りの素人を対象にした釣り体験ツアーというのも可能性があるかな…


a0010575_1414619.jpgそもそも、前日、いろいろなアイデアを出し合い、結果的にいろいろなツアーに編集できるのではないかという話になった。


a0010575_14144432.jpg何年か前に取手でのスタッフミーティングで同じようにツアーの話をして取手アートプロジェクト(TAP)トラベルというシクミが発生したように、ある程度までいろいろなプログラムの経験を重ねてくると恒常的に運営するカフェ・ギャラリー・アートセンター的な拠点運営活動と、ワークショップやライブ、コンサートなどのフェスティバル、イベント的な活動の企画と、それを繋ぐツアー的な活動の仕組みが必要になってくるのは常套手段になりつつある。


a0010575_14153156.jpg氷見は2003年よりいろいろな活動を重ね、数年前よりアートセンター的な拠点を持つにいたり、近所の男子チームをはじめとして、富山大学の学生(女子率が高い)やいろいろな人が関わりを持つようになった。


a0010575_1416780.jpg今年から4年間は、ドブネを象徴とする地域の持続可能な活動の展開のイメージをリサーチしつつ、形にしつつ…という位置づけで、「将来における生活の豊かさ・人生の豊かさ」について再考し実現してゆくような活動への連鎖を探る。…のかな?


a0010575_14183855.jpg参加者の多くは当然エネルギー問題にも関心は高く、放射能汚染のリスクのない地域社会への転換に向けたリサーチプロジェクトや実験のアイデアもたくさんにじみ出る。

a0010575_14171749.jpg…というか、放射能汚染のない水や空気や土の豊かな地域をどのように確保し、作ってゆくかという大きな課題が日本全国、現実的な問題としてのしかかっている。


a0010575_14192377.jpgいや、これは日本の問題ではなく、全世界の問題であるはずなのに、いまだに小さな地域の市長だとか知事だとか総理だとか賛成だとか反対だとか云々言っていることそのものがおかしい。


a0010575_1420114.jpg海の問題は川を媒介として山の問題に繋がる。

もともとドブネの為に山から大木を切り出してきたとのことで、川をさかのぼり源流まで行くツアーという意見も出た。


a0010575_14204845.jpgそのイメージをつくるために車で川をさかのぼり、源流を探してみる。

これまで貨幣経済的な価値観を中心として…合理化、効率化が優先されて作られてきた地域の活動の中で、排除され、削除され、忘れられた様々な技術。

あるいは合理化の裏で閉ざされ排除されてきた関係をもう一度繋ぎ開放する活動…。


a0010575_14213113.jpg漁業を中心とする氷見にはいい意味でまだそれらの痕跡が残っている。

それを再発見したり再現したり…将来へ繋がる大切な価値がここから繋がるかもしれない。

おいしいぶりが未来永劫食べれますように。
by fuji-studio | 2011-06-23 10:44 | ■富山・氷見での活動
氷見でここからはじめるディスカッションを開催。
氷見で行われているアートプロジェクト、ヒミング。

a0010575_18473985.jpgこの数年、伝馬船をツールとした活動が続いていたが、その連鎖で定置網の要となっていたドブネをツールとしたプロジェクトがはじまりつつある。氷見は定置網の発祥の地なのだとか。 


a0010575_18555480.jpgこれから4年間かけて長さ15mの木造船をつくるプロジェクトに向かうために、今年はリサーチという位置づけ。 山と海を繋ぐドブネの意味を考えつつ、氷見で何ができるかを考えつつ、東北での災害や東京電力の放射能汚染の問題を意識しながら…この夏、いくつかの実験を実現するためのアイデア出しのディスカッション合宿。



a0010575_10421491.jpgディスカッションのつもりだけど…さすがに魚の美味しい氷見だけに…入口でお昼から魚を焼いたり、お肉を焼いたり…イカを焼いたり…

地元のおじちゃんたちがディスカッション参加者でありながら…お昼からバーベキューモード。

氷見のプロジェクトの現場は豊かでいい。
by fuji-studio | 2011-06-18 18:50 | ■富山・氷見での活動
枝系を自宅の台所にも採用してみる。
去年春に六本木アートナイトに出品した枝系…。

a0010575_11452039.jpg少々編集をかえて、去年の夏は藤島八十郎の家でもいくつか採用し。さりげない不思議な空間の演出に使ってみた。

その枝系、なんとなく自宅の隅々においていたが、台所の中心にぶら下げてみる。

枝のある生活…。鳥は喜びそうだが、猫を飼ってるからな…。

バナナとかトングとかオタマとかぶら下げれて便利かも。

でも邪魔かな・・・? ちょっとやってみよう。
by fuji-studio | 2011-06-10 11:53 | ◎福岡・筑前深江での活動
結局、「つくるところ」を作ってきたんだなぁ。
今日もほこりまみれになりながら、納屋の掃除をしつつ…、新しい作業場にテーブルをセットしつつ…、ふと考えてみると…、またつくるところを作っている。

a0010575_23222650.jpgここは自宅なので、ここを作ったからと言ってどこからお金がもらえるわけではないが、ここでつくるところを作らなければ、何かを作ってお金をもらうことができない。


a0010575_23231347.jpgとはいえ…実は制作スタジオとしてここから車で10分のところに1997年から借りはじめ、2000年より結構時間をかけて作った筑前前原に養鶏所の跡のRS Studio(通称スタジオファーム)があるし、ここの自宅のスタジオがどうしても必要なのかと問われれば…どうなのだろう。


a0010575_23235222.jpgしかし、何か新しい「つくるところ」をつくる時間には、まさに「ここで何ができるか!」という可能性と期待感が満ち溢れているのは確かで、その作業は楽しくて仕方ない。

そういえば…、1985年に当時住んでいた京都の自宅での展覧会をはじめてから、自分の暮らす空間はそのまま「イメージをつくる現場」であることを自覚しはじめ、制作スタジオとは性格が違うものとして自宅を捉えつつも、自宅にも必ず小さな制作空間(事務所スペース)を作ってきた。


a0010575_23243893.jpg考えてみるとちょうど一年前には瀬戸内海の豊島の唐櫃で「藤島八十郎をつくる」ための家を懸命につくっていたし、その前の年は大阪での活動をつくるために此花の梅華にあるメリアス工場跡の廃墟を作っていた。その前は埼玉県の北本市での北本タワー…か。

全部共通することは「つくるところ」を作っているということだったんだ。


a0010575_2325589.jpg1989年に鹿児島の自宅を改装してカフェを作ったが、それも考えてみると両親や兄弟家族と「活動をつくるところ」としてカフェをつくり、鹿児島にいろいろな「表現活動をつくるところ」としてそのカフェを運営していた。

※このテーブルは1998年頃制作したもの。上から見ると普通のシンプルなテーブルだが、裏面には子どもを驚かせるためにこいのぼりが彫られている。当時はまだ暇があったんだな。楠丈の作品展を秋葉原のコマンドNでやった時に実は一緒に制作されたが、発表されたことはほとんどない。

自宅は「家族との関係をつくるところ」だと考えると、ここの家の整備も腑に落ちる。

音楽ホールや美術館や公共施設と仕事をすることも多いが、できたものを「見せるだけ」ということをあまりしたことがなく、結局本来発表する場として作られた施設でさえも「つくるところ」に変換しようとしているのかもしれないなぁ。

結局、僕は何かがつくられる状態が好きなんだと思う。だから作られる現場…つくるところが必要なのだと思う。だから作品を完成させたり完結させるのが苦手なのかも…。

誰も見向きのしないような荒れ果てた空間をいじるうちにだんだんと空間が見えてきて、早い段階で必ずテーブルを椅子を入れる。

机と椅子は僕にとってはだるまの目のようなものだ。テーブルと椅子がどこを向いているかが重要だったりもする。

そのうちに湯沸しコーヒーコーナーや音響設備をインストールする。

その長いプロセスを経て、さあ、ここで何を作ろうか…となる。A型おとめ座的性格なのかな?

そこまでくると…もうその空間への興味と満足感はある程度満たされ、次に空間をどう変えようかとイメージしている。

…ていういか、はやく作品つくれや!

永遠につづく「つくるところ」をつくる作業…ああ、贅沢な時間…だから貧乏…

そういえば…秋葉原の友人M君も「つくるところ」つくりフェチ仲間だな。彼のは最近スケールが違うが…3331一周年か。
by fuji-studio | 2011-06-09 23:34 | ◎福岡・筑前深江での活動
博多の飛龍作品メイキングの映像がアップされています。


JR博多シティが駅ビル内で流す映像を制作してくれました。

撮影する人が撮影するとちゃんと撮影できるんですね。すごいなぁ。
by fuji-studio | 2011-06-06 08:52 | ■福岡での活動