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自分の暮らす家をいじる(つくる)のは楽しいというのに・・・
自分が暮らす家を整備したり、作ってゆく作業はとても楽しい。夏から秋にかけての出張の嵐の前の隙間、ボロボロの自宅の仕事場の窓が破損がひどくて隙間だらけだったので、屋内の建具を使い、それにポリカーボネイトの波板を外側から張り、外壁に仕立ててみる。

a0010575_1754096.jpg本当は一か月ぐらいこの作業に没頭したいが、現実はなかなか時間を確保することができない。

自分の家をいじっている間はもちろん金銭的収入がないので、給与所得者でない僕のような立場の人間には特に苦しい。しかし、いちばん楽しく贅沢な時間なのだと思う。

それにしても、なんで、こんなに大切で楽しい時間をほかの建築業者に大金を支払い依頼しなければならないのがが腑に落ちない。


a0010575_1762865.jpg一年間の生活費の補償とふんだんに使える材料と自由に建築していい空間があれば、それで楽しい家づくりの一年が確保できるというのに、現実は何もない。

被災地で、仮設住宅や復興住宅の建設が急がれているが、実は被災地には相当な技術と知恵を持つ人材が多い。

自由に使える安全な土地と遠慮なく使える材料と一定期間の生活保障さえあれば、皆がそれぞれ協力しあいながら、専門家のアドバイスをもらいながら勝手に作れる仕組みをつくればいいのではないかと思う。

しかし、現実のお金の流れはそうはいかない。

もったいないなー。

もっと自分で家をつくるしくみが一般的になればいいと思うのだが・・・。

いや、家だけではない。自分たちの暮らすまちを自分たちでつくるチャンスだと思うのだが、なぜか専門家の遅い対応と決定にゆだねられ、大量のお金は様々な業者に流れ、被災者は2重の借金をすることになり、仕事を求めて出稼ぎに出なければならないことになる。

…悲しいな。
by fuji-studio | 2011-05-31 16:48
2012年の8月、メルボルンへと続く。
約一週間のメルボルン滞在でのリサーチとミーティングの結果…リサーチといってもアートセンターの人が準備していたスケジュールに従って周辺のアートセンターやギャラリーやホールを見て回ったり、現場の人と雑談をしていただけだが…

a0010575_1718014.jpg結局2012年の8月…メルボルンでは冬だが…約一か月間滞在し、市内中心部にあたらしく改築するアートセンターの外部に一時的に「かえる工房」のようなオープン工房を制作し、そこでメルボルン在住のアーティストや学生や子ども達と公開制作しつつ、National Gallery Victoriaから The Arts Center そしてHamer Hallへつ続くエリアに何か面白い動きをつくる…ということになった。


a0010575_17184977.jpg取り扱う素材は主に2種類。ひとつは僕の個人的都合からおもちゃ系(特にぬいぐるみだと思うがまだ確かではない。)そして、もう一つはアートセンターやホールが通常廃棄処分している余剰なフライヤー、サイン、印刷物類。 


a0010575_1719318.jpgアートセンターだけではなく、メルボルン市内の関連各機関にも呼びかけてもらって、余剰のカタログとかフライヤーとか、インビテーションカードとかポスターとかバナー、ライトボックス系のプラスチックサインボード類等…もろもろの紙あるいはポリ系のペーパー類を一年分ストックしてもらい使うことにした。


a0010575_17201881.jpgとにかく出入り自由なオープン工房をつくるということと、かえっこ屋のようなところをつくることと、素材を一年と数カ月捨てずに集めてくれるということと、メルボルン在住の面白い作家たちと楽しくやるということだけがなんとなく決まった。しかし、一年分の紙類って・・・どれほどの量なのだろう???


a0010575_17212239.jpg先日の龍の制作のときに和紙でこよりを作って繋いでいった時…、紙をこよりにするというプロセスが案外新鮮で、紙にちゃんと向き合ったことがないということに気づいてしまった…のもある。


a0010575_1722760.jpgビニプラ類の廃棄物に比べて紙類は廃品回収業者が引き取ってくれて、町内会の子ども会の予算の足しになるので、積極的に使わなくても罪悪感はなかった。

だからといってその可能性を無視するのもどうかと思うし…現実問題として公共ホールやアートセンターから自然と集まる素材を無視して他に集めるのも変な話かな…とも思う。


a0010575_17232286.jpgいわきアリオスではサインをつくるのに使ったことがあるが、本格的に使ったことはない。

それと…たまたまNational gallery victoriaで準備中のオセアニアの展示室を見せてもらい、パプアニューギニアやバヌアツや…もしかしたら鹿児島のトカラ列島にも共通する「かぶりもの系」の造形物に紙類をぼうじょうにした素材がふさわしいかもしれないと思いついた…というのもある。「かぶりもの」系ももっともっとつくってみたいしなぁ。


a0010575_1724182.jpgひとの行動を刺激するツールになり得るような気がするし…

ずらずらっと写真でアップしたあたりをいじるのかな?

まだまだ何も見えていませんが、これから来年までの活動の連鎖の結果がこの場に展開されるということになるんでしょうね。

…ということで、来年のメルボルン楽しみになってきた。

加藤チャコさん、よろしくお願いします。
by fuji-studio | 2011-05-27 17:30 | ■メルボルンでの活動
そういえば、森を歩く習慣がなかった。
a0010575_8533830.jpgそういえば、森を散歩するなんて…ほとんど経験がない。

日本にも、たくさん森があり、散歩できるところはあるのだろうが…なぜか森を散歩するという習慣がなかった。

日本では、山登りをする人は多い。

僕も子どもの頃、山登りはよく行った。

数か月前も娘の勧めで地元の山に登り相当気持ちがよくて感動した。

その途中、林道のようなところを歩いたが…森の散歩とは趣が違う。


a0010575_8542957.jpg家は海沿いなので海の散歩は日常だが、森の散歩はまたなんだか全く違う。

うまく表現できないが、深く吸い込むべき要素がたくさんある。全然違う時間軸がある。


a0010575_855295.jpgメルボルン在住で、この森のふもとに暮らす日本人のアーティスト絵本作家夫妻に案内されて…わすか30分ぐらいだろうか…森の散歩。


a0010575_8553068.jpgたったこれだけのシンプルな習慣をいつごろから忘れていたのだろう。

数カ月に一度は散歩する森を、日常の中に持っているか!?

こういうのが生活の基本になればいいなぁ。 こういうの忘れているなぁ。

「かえるの森へ!」に繋がれはいいなぁ。

そうそう。「かえるの森へ!」の合宿型企画会議…ことしの8月の初めに北杜市でおこなうことになっているという情報…どこかに詳しくありますか?

たぶん、参加者募集中だと思います。

※まだ正式募集のサイトとかはないそうです。かえっこ関係者への募集ははじまっているとか。
by fuji-studio | 2011-05-23 09:06 | ■メルボルンでの活動
久しぶりのメルボルンで、試練ですか?
久しぶり…といっても、僕がパプアニューギニアで仕事していた当時オーストラリアへ何度か旅した頃の話なので相当久しぶり。

a0010575_20353776.jpg当時、パプアニューギニアの大学は休みが長かったので、オーストラリアのケアンズにわたり、バスでずっと南下して、メルボルンまで旅したことがある。

ひたすらギャラリーや美術館や建築物を巡っていた頃…。あの頃は結構美術・建築マニアだったかも…。

去年の秋にメルボルンのキュレイターが日本に来た時に東京で数時間話をした結果、とりあえず現場を見に来て欲しいということで、何をやるかもわからずに、とりあえず出張旅費が出るのでのこのこやってきた。

長い間欧米での仕事はやらないと決めていたが、友人のアドバイスでなるべく欧米への偏見を持つのはやめることにして僕の中では数年前に解禁した。…オーストラリアは欧米じゃないけどね。…


a0010575_20373541.jpg海外での仕事はサンタフェ以来久しぶり。あ、インドネシアがあったな。

メルボルンの中心街の川沿い駅横にある The arts Center というコンサートホールやら演劇系のホールやらギャラリーを持つパフォーマンス系のアートセンター。そこの改修工事現場にヘルメットをかぶり見せられたり、郊外のコミュニティアートセンターを訪ねてスタッフと話し合いをしたり…久しぶりの英語での仕事は慣れていなくて、意味不明なことも多いながらもなんとなく話は進んでゆく。


a0010575_20381461.jpgえ?結局、来年の夏にリニューアルオープンするうえで結構大がかりなワークショップ系のインスタレーションプロジェクトを仕掛けてほしいということか…。

相手がいろいろ話すことは半分ぐらいしか理解できていないと思うが、僕が小学生レベルの英語でいろいろ話し出すとなんだかやたらと理解してくれて共感してくれて気持ち悪い。何が伝わっているのだろう???


a0010575_20384462.jpgで、ミーティングを重ねるうちに話し相手の数が増えてくる。

いろいろ紹介されるが結局誰が誰だったのか…これは日本でも同じなので英語の問題ではないが…全く分からなくなる。

で、とにかく…来年また来てチームつくってワークショップやってオープニングのイベントとか、飾り付けとかすることになる…のかな?

素材の選定と…ツール・技法の開発と…繋げるべき組織と…制作の場所と…制作チームの募集と…ワークショップと…8月頃滞在とかいっていたけど…3331での展覧会っていつだったっけ?そういえば何も準備していないね。

とにかく、まだ数日間、打ち合わせの日々が続きます。メルボルンは秋が深まりもう冬という感じ。

オーストラリアには原発はないが、ウランを輸出しているのだとか。いろいろ複雑ですね。こちらの人達もいちいち津波や原発は大丈夫かと心配してくれています。大丈夫じゃないんだけどね。
by fuji-studio | 2011-05-19 20:48 | ■メルボルンでの活動
博多駅でのトーク「意味は連鎖の結果発生し、変化する」
博多駅のアミュプラザセンターコートでこの制作のきっかけとなった国際芸術センター青森でのアーティストインレジデンス事業「ツナガルシクミ」を企画した日沼さんをゲストに招いて話をする。

a0010575_94649.jpgこのレジデンスそのものが「ツナガルシクミ」というタイトルのように、様々な活動の連鎖、人の連鎖がテーマだった。

「ツナガルシクミ」では鹿児島の甲南高等学校美術部・京都市立芸術大学バレー部、演劇部、日本美術(工芸)経由という共通のバックグランドを持つ3人のアーティストとその家族が青森の国際芸術センターというレジデンス施設に滞在し、それぞれが最長3カ月滞在して各自の活動を行うというもの。


a0010575_9465341.jpgそれそれの活動はバラバラだが、妙にリンクしあってくるのが面白かった。

彼らの活動の連鎖の確信もあり、僕にとって、随分と前から「予期せぬ連鎖」はとても重要で、連鎖を引き起こす活動を作り出すことへの興味は深い。

今回は青森からねぶたの廃材というツールからいろいろな連鎖を引出し、そこから新しい物語の展開を見つめている。


a0010575_9473388.jpg過去においてはこいのぼりも、やせ犬も、お米のカエルも・・・いろいろな予期せぬ連鎖が面白く物語を作り出したように、この龍の物語もまた展開するのかな?

僕自身がオープンになり、誇示せず、緩やかで、フットワークを軽く・・・受け入れることで物語は展開するのだと思っている。

今後、この龍が誰と出会うかでまたその物語の展開は変化する。

で、…この活動の意味は…連鎖の延長で、「誰と関わるか」によって自然と発生し、変化してゆくものだと思っている。
それを見つめるのがまた楽しみでしかたない。






龍の旅先募集開始! 4トントラック1台で運べます・・・。
やっぱり鹿児島には旅させたいよね。

・・・・そういえば・・・一万本近いビスが残っていた! これも龍にするのかな…

そうだ! 龍の原型の馬の龍…龍馬(りょうば・りゅうば)にしようかな・・・
by fuji-studio | 2011-05-16 09:52 | ■福岡での活動
博多駅、アートゲートでの展示。飛龍の設営とテキスト
博多駅のアミュプラザ3階吹き抜けに作品を設置する。久しぶりの徹夜作業。商業施設での展示も久しぶり。かなり難航…問題発生…しかしどうにか無事設営が終わり、久々の充実の時間。

やっぱり現場での設営作業はいい時間だ。

最終的な展示の為に泉山君に今回の経緯を映像化してもらおうとテキストを書いた。

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とりあえずブログアップしときます。テキスト中、関連ブログにリンクつけてみました。あまり知らない人は是非その時々のブログをご覧ください。・・・・・・・・・・・・

a0010575_18491836.jpg2010年夏、新幹線開通前で賑わう青森で「ねぶた」に出会った。市民が主体となって制作するプロセスと、ありえないスケールに興味を持ち、深く関わりたいと思った。ヒヤリングを重ねるうちに、祭りの後のねぶたが廃棄処分されることを知る。大型ねぶた一台分の廃材を貰い受け、そのすべてを分類して再利用したいと願った。
青森で制作される大型ねぶたの数は22台。幅9m奥行7m高さ5m重さ4トン。
ねぶた作りを本職とするねぶた師が、出品する題材を考え、3か月以上かけて市民とともに制作する。歌舞伎の名場面や歴史上の物語がモチーフとなることが多く、様々な歴史的勇者や伝説上の生き物の姿が迫力のある動きとスケールで制作され、8月はじめの一週間、300万人もの観客を魅了した。その最終日、貰い受けるねぶたが決まったとの連絡を受け、そのタイトルを聞いて驚く。「天神・菅原道真」

菅原道真は藤原時平と醍醐天皇の陰謀により福岡の太宰府に左遷されたと伝えられる。道真の死後、権力を掌握した藤原時平は蛇の亡霊にとりつかれ若くして亡くなる。天変地異が続いた後、御所を落雷が直撃し陰謀に関わった多くの者が死亡。そのような経緯もあり道真の霊は雷神として畏れられることになった。

太古の昔より天変地異や自然現象は霊の力と繋がったものとして捉えられ、その力は政治や宗教と結びつき利用されてきた。中でも菅原道真の霊は雷神として最も畏れられ、その後学問の神様として全国の天満宮に祀られるようになったという。その背景にある、人間の思惑や所業の連鎖は興味深い。

青森に新幹線が開通し、九州と繋がるというタイミングで、菅原道真の物語が込められたねぶたの廃材を貰い受けることになる。その取り壊しの現場に立ち会い、潰した廃材の塊を4トントラック2台で国際芸術センター青森の展示室に運び込み、絡み合った素材を分類する作業に約3週間没頭した。その結果、おびただしい数量の角材と針金、ビスと和紙に向き合うことになる。
分類されたねぶた素材から何か大きな形のものを作りたいと思い始めた頃、偶然なのか必然なのか…大阪と福岡から展示の話をもらう。大阪天満宮の参道に繋がる天神橋下・中之島公園での展示と、博多駅での展示。大阪では分類された角材を利用して白龍を制作し、博多では絡み合う針金素材を繋ぎあわせ飛龍をつくろうというイメージが滲み出た。

なぜ龍なのかは分からない。なぜか龍を無視できない。寺院の法堂や神社の手水所で龍を目にする度に、龍を無視してはいけないという気持ちになる。水辺の低湿地帯で、あらゆる水害と闘ってきた先祖の強い意志が僕の細胞の中に積層されているからなのかもしれない。

龍は水の湧き出るところの象徴として、暴れ狂う濁流の隠喩として、あるいは脅威や権威のシンボルとして歴史の中で伝えられてきた。人間の想像を超えた驚異的現象が起こるという事実を龍の姿に重ね、後世に伝えようとしたメッセージと捉えることもできる。

大阪での白龍の制作と展示を終え、作品素材をすべて福岡に運び込み、3月半ばから5月半ばの2カ月を飛龍の制作期間と決めてスタジオに籠る調整を行った。そして最後の出張先の横浜で3月11日午後2時46分を迎えた。想像をはるかに越えた厳しい現実が発生し、その実態は未だ誰にも把握できない状態にある。

しばらくはショックで何も手につかない日々を過ごしていたが、針金を繋ぎあわせる作業に没頭することにした。僕らはあまりにも見えていない。見えないものを見る力が欲しい。日常に隣接する隠された脅威としっかり向き合い、闘い、それを乗り越える力を身に付けたい。 

見えない龍は必ず存在し続ける。無視してはいけない。

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以上。

明日、この仕事のきっかけとなったレジデンス「つながるしくみ」のディレクターの日沼さんをゲストで迎えて会場でアーティストトークが午後2時から。博多駅にて。

ここで告知するのも珍しいなぁ。展示は6月末まで一か月半ほど行っています。博多駅にきたらついでに見てね。
by fuji-studio | 2011-05-13 12:00 | ■福岡での活動