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いないのにいることと、あるのにないようなこと。
もう5年ぐらい前からだろうか…。 関係と存在の在り方についての思いが染みついていて、なんだかいつもそのことについていろいろな角度から思いを巡らしている。

a0010575_10315329.jpg去年、瀬戸内国際芸術祭に出品した「藤島八十郎をつくる」という作品も存在しない人を存在させることで、関係の在り方を探るような表現から発したものだった。

で最近、僕の中に、もうずいぶん以前に亡くなってしまった友人や後輩たちが活き続けていることを自覚するようになった。


a0010575_10332371.jpg彼らはことあるごとに僕に関係してくる。だから余計に彼らの存在は僕の中で大きくなってゆく。この世の中に存在していても関係がないともちろん存在を知らないし、知っていても、存在を意識することすらない。

今回青森ねぶたの廃材の針金の塊をほぐしながら「龍」を作っていて、龍の存在に思いをめぐらす。

存在しないものは関係をつくることで存在するということ。

龍が意図的に「ありえない存在」を作り出すものとして様々な関係が歴史の中で、風習の中で作られてきた人間の意志を思うにつけ、その裏側で、存在しているが消そうとしてきた悪意の所在を考えざるをえなくなる。

つまりなるべく関係を持たないようにし、なるべく存在感のない状態をつくろうとしている人間の意志があるということ。その存在は密室の中で物事を動かそうとし、閉鎖状況をつくることで保身を保とうとする…。

実は太古の昔より…そのような性質の存在が地域社会の仕組みの中枢を作り上げてきたのかもしれない…閉鎖関係の中で仕組まれているのかもしれない。…という疑念。

そんな仕組みに対して開示せよといったところで…開放しオープンなシクミをつぶやいたところで…届かないのかもしれない。

しかし、そろそろ、そんなシクミ、崩れてもいいと思うのだが…。

隠さなければならないことはそんなに大切なことなのか…
by fuji-studio | 2011-04-30 18:51 | ・思索雑感/ImageTrash
存在しないのに龍はなぜ存在してきたのか?
決して好きというわけではないし、どちらかというと趣味的には避けたいところもある。

a0010575_091958.jpgあり方としても小さなアマガエルとかヤモリとかポニョポニョして、つるりんとしたもので、なんだか弱そうで、存在感のないものの方がよっぽど好きなので、その真逆な強そうで巨大な「龍」のような存在はどちらかというと苦手。

しかし、昔からとても…なぜだか無視できないから仕方ない。


a0010575_095112.jpgおそらく衝撃的な出会いをしてしまい、無視できなかった最初の「龍」の存在は大学時代の妙心寺の法堂の天井にいる狩野探幽が描いた「八方睨みの龍」で、なぜだか知らなければならないと信じ込んで、幾度となく法堂に通い、10m×10mのサイズの模写をろうけつ染めで制作するに至ったのが二十歳の頃。

その後、奄美大島の小さな集落で船大工だった祖父がその集落の丘に龍王神社の拝殿を作ったと聞いたことがあり、なんだか遺伝子の中に龍との縁が組み込まれているのかなと思ったりしたこともある。


a0010575_0104549.jpg1993年に鹿児島で水害に遭遇して、水は昔の地形の記憶をたどるように流れることを知り、川の流れと治水について考えを深める機会を得て、水辺でのプロジェクトに多くかかわるようになり、いろいろな地域で竜神をまつった神社や祠が目につくようになった。

1996年に広島県の灰塚エリアでダム湖ができるのに伴いアートプロジェクトの構想で関わった時に、そのダム湖の形が龍の形をしている事に気づき、それを何らかの形で表現しようとしたこともある。 1998年に博多の小学校跡地でプロジェクトを行うことになったとき、博多にもっとも古くからある禅寺、聖福寺の仏殿の中を見せていただいた時に、その天井にも狩野永真の雲竜図と出会い、それを素材として灯明で龍を描いたが…、その翌年の6月に博多でも大規模な水害が発生し、博多駅周辺は水没し、龍の存在する地域と水害との関係を確信するようになった。


a0010575_0114588.jpg龍は現実には存在しない。それが現実には存在しないことをだれもが知っている。しかし、龍は太古の昔より生活の様々なところに存在する。

神社の手水の水の注ぎ口に、法堂や仏殿の天井や襖絵の中に、十二支の中にも唯一の架空の動物として存在する。現在でもラーメンどんぶりのワンポイントとして、ファッションや刺青の強き者を象徴する図柄として、ゲームやアニメのキャラクターとしてまで広く様々な表情で浸透している。

人の想像のスケールをはるかに超える規模の「ありえない出来事」は必ず起こるということを知らしめるために、人の力を過信するあさはかな存在を否定する為に、太古の昔より龍の存在は語り継がれてきたのかもしれない。


a0010575_013517.jpg今回の3.11の地震で発生した津波の被害と東京電力の放射能汚染被害の拡大を知るにつれ、「あるはずがない」「想像を超えた」「想定外」と口にする人間がいかに愚かなことであるのかを思い知る。

「ありえないこと」はかならず存在する。

常識を超え、想像力を超えたことが現実に存在することを後世に思い知らせようとする知恵の象徴が「龍」という形で伝えられてきたのかもしれないな…と考えながら、「あまり好きではない」大きな存在を登場させようする作業に没頭するこの一か月…

青森ねぶたの廃材の絡まった針金をほぐしながら、やはりねぶた素材の和紙の切れ端でこよりを作り、それで針金を繋いでゆきながら…毎日8時間はこの作業に向かうように決めて一か月。

久しぶりに単純作業に没頭している。

作業に没頭できる状況に感謝…
by fuji-studio | 2011-04-24 19:19 | ・思索雑感/ImageTrash
滋賀県の余呉で懐かしのNature Arts Camp!
滋賀県の余呉にある研修施設「ウッディパル余呉 森林文化センター」(渡辺豊和建築)でプラスアーツのスタッフやサポートチームに滋賀県立大学の学生・OBが加わりNature Arts Camp!を実施する。

a0010575_2132412.jpg以前、プラスアーツが生まれるきっかけともなったのが六甲山で神戸市が開催していたNature Art Camp
その企画をしていたのが当時iopという会社を立ち上げたばかりの永田さんだった。


a0010575_214291.jpgその当時は小学生を対象としたワークショップを中心に行い、そのサポーターとして大学生を集め、僕の時は2週間も六甲山の自然の家にこもってアートキャンプを楽しんだ。

考えてみるとこのキャンプでのスタッフとの関係がなかったら此花や中之島での活動もなかったし、もちろんイザカエルもなかった。

さらに筑前深江や北本でのアーツキャンプの発想もなかったので、今の棲家もなければいろいろな活動や関係はなかったことになる。

…活動の連鎖とは…そういうものだ。


a0010575_2145783.jpgNPO法人プラスアーツが設立されて以降、国内外いろいろなところで防災系のワークショップの開発を行ってきた。

しかし、僕自身プログラムにかかわることも少なくなり、最近スタッフたちともじっくり話し合う機会もなかったので、一度合宿をやろうということで、半年ぐらい前からこのキャンプの企画をお願いしていた。


a0010575_2153615.jpgそこに2011/3/11の事故が発生。

まだまだこの災害がどんな災害なのかが見えない状態が続いているが…、一度率直な考えをぶつける機会としても重要だと思っていた。


a0010575_2161956.jpg本当はまだまだ話したりないことがたくさんあったが…それは今後の課題ということで。

とにかく、地域に課された課題は多く、もっともっと積極的に話し合う場が必要で、行動力も必要だということが分かった。

東北のことではなく、自分の地域で起こりうる災害をしっかり把握し、どのように防ぎ、逃れるか。それを具体的なイメージとして真剣に考えるべきなのだが…

とにかく、自然の活動と人間の活動をしっかり考えるキャンプ、もっともっと仕掛けてゆきたい。

それにしても…初体験の渡辺豊和建築もヘンだったが、木之本地蔵もヘンだったなー…特に身代わり蛙の山…初体験。

恐るべし滋賀県。知らなかった…。
by fuji-studio | 2011-04-17 17:57 | ・単純記録/Diary
鹿児島の蒲生で、水のありかたについて考える。
a0010575_20595282.jpg桜が満開の鹿児島。

日本一大きなクスノキがあることで有名な古い町並みがそのまま残されている蒲生(かもう)というところで、ディスカッションがあり参加する。

水は様々に表情を変える。水…

豊島美術館が見事に表現した水の表情…しかし、今回の災害ほど水の恐ろしさを表現したものはない。


a0010575_211985.jpgそれはさておき…水が澄んでいて豊かであることほど贅沢なものはないと…つくづく思う。

今はそれ以前に水と風が…そして土が安全なことが第一。

それ以外の豊かさはないともいえる。


a0010575_2115361.jpg水と風と土の豊かな蒲生で話をしつつ、そのありがたさをつくづく思う。

これを守るのも大変な時代になってきた。…ということか…。

大切なモノゴトや関係をちゃんと守っているところに…最終的には人は集まってくるんだな…。
by fuji-studio | 2011-04-04 23:50 | ■鹿児島での活動