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大阪・西成でのワークショップとディスカッション
大阪西成の釜ヶ崎あたりも以前から何度か歩いてきたが、釜ヶ崎で40年近く釜ヶ崎の問題と向かい合ってきた山田実さんに案内してもらい一緒に歩いてもらう。

a0010575_8463714.jpg誰と対峙するかで物事の価値は変わることと同じことだが、誰と歩くかで見えてくるものが変わってくる。

いままで見えなかったものが見えてくる瞬間は面白い。

それにしても釜ヶ崎で見かける男性の多数が60代~70代であることに驚いた。さらにほとんどが男性。


a0010575_915516.jpg釜ヶ崎が高度経済成長期の労働力を裏打ちするように形成されていったという事実について、知っているようでわかっていなかったのかもしれない。

…というよりも、労働についてあまり考えたことがなかったのかも。

仕事や作業についてはさんざん考えてきたような気がするが、労働について、あるいは労働の流れる偏りについてあまり考える機会がなかった。


a0010575_923898.jpg前日入りして街を歩き、釜ヶ崎の最もホットなスポットで夜を過ごし…次の日ココルームの仕掛けでワークショップに参加したあと、加藤さんとか樋口さんとかとのディスカッション。

未整理のまま時間切れ。

感覚としては…地域の現象に自然体で介入する感性が必要で、そこでなにかをいじる必要がある…ということがわかる。


a0010575_932088.jpg何をいじるのかで、だれといじるのかも変化するが、とにかく触れるところでの活動を行いたいが、アートというフレームがその現場から遠ざけている感覚も正直なところ感じている。

はっきり理解できることは、高度経済成長被災者としての僕自身の抱えている無視してはいけない内部の現場であるということ。

どういう形で介入できるのだろうか…?

難しいけど大切にしてゆきたい現場だなー…
by fuji-studio | 2011-01-29 23:43 | ・講座/対話/研究会
基礎超識: 地域イベントと地域実験の大きな違い。
川俣さんとの大型アートイベントに関するトークを終えて、ほとんど語れなかった印象をぬぐえないでいたが、次の日の朝、横浜でアサヒアートフェスティバル(AAF)の関係者と話していて、AAFがサポートしている地域系の…どちらかというと小さなプロジェクトと前日テーマになった大型のアートプロジェクトとの「違いはなんだ?」との視点を問われ…そのとき別のことを答えてしまったような気がして…その後もモヤモヤが染みついていた。

a0010575_23362185.jpgで、さらにアートイベントを研究しているという学生から質問がきて、それに答えようとしつつ…いちばん大事な前提を話していないことに気づいた。

これも僕自身の超識だと思うが

そもそも地域系のイベントと地域実験はまったく性格が異なる。…というか、前提が異なってくる。

イベントは「成功すること」を前提として成立し、失敗しないことが配慮され物事が仕組まれてゆくが、実験は「失敗することで問題を見出す」ことが前提として仕組まれてゆく。…と考えている。

僕の超識では地域は(もちろん個人や組織も…)もっと様々な実験を含む経験を積み重ねることで豊穣化してゆくと考えているので、失敗も含む地域の経験値の増大そのものに価値があるとする…そのことが前提となっている。

地域の中から新しい価値を見出す活動は実験も経験もなしに「簡単に発生させようとする」こと自体が暴力だと思っているし、成功するために「失敗を見ようとしない」視線からは何も生み出されないのではないかと考えている。

とにかく、アートプロジェクト、アートイベント、フェスティバル、トリエンナーレ、ビエンナーレ、芸術祭など地域をベースとして繰り広げられる様々な出来事が並列に語られがちで、混乱してしまう部分もあるが、あきらかに「イベント系であるか、地域実験系であるかの違い」はその呼び方に主催者の意識の違いを垣間見つつも、「何をもって成功としたか」がどの部分で語られているかを見るとその関係者の意識が明らかになる。

地域は多くの表出していない問題を抱えているし、地域で暮らす人はそれぞれ違う問題を多層に抱えている。その見えないモヤモヤ(潜在的問題)がイメージ化され、その解決に向かう「新しいベクトルを見出せたかどうか!」が地域実験における成功だとすれば、「来場者数の増加や経済波及効果の上昇」は地域イベントとしての成功なのかもしれない。

僕は個人的には大型のフェスティバルやアートイベントそのものが、実は社会実験ともいえる大型の地域実験として成立しているという視点で興味を持ち参加している。しかしもちろん、主催団体や実行委員会、あるいは事務局がそれを実験として認識していない場合があってもおかしくないし、小さなアートプロジェクトであってもそのケースはありえる…が、それほど問題だとは思っていない。

ただ、地域実験としての意識を持ち、地域のいかなる問題が浮上し地域の中にこれまで出会ったことのない新しいベクトルのイメージが発生したかどうか…それを地域の誰と関係者の誰と共有できたのか! そして「そこで暮らす人が次に動くべき行動のベクトルと出会えたかどうか!」ということなのではないかと思っている。

そのあたりについてまったく話できなかったんだけど、この部分ってたぶん重要なんだと思う。

そんなことってたぶん常識的じゃないんだろうな…。

評価の話していてもそのような話題にはならないし…。
by fuji-studio | 2011-01-22 18:18 | ・思索雑感/ImageTrash
Tokyo Art Research Labでの川俣さんとのトーク。
ひさしぶりに川俣さんとのトーク。

東京文化発信プロジェクトが千代田区のアートセンター3331を拠点として仕掛けている人材育成プログラムのひとつ、tokyo art research lab.

そこで東京芸術大学の熊倉さんがコアとなって1990年から2010年の日本型アートプロジェクトについての俯瞰と検証(?)を行っている。…詳しくはサイトで…
8回シリーズの最終回が…越後妻有とか瀬戸内国際芸術祭とか大型のアートプロジェクトについてのざっくばらんな作家としての関わり方の話など… 

a0010575_183940100.jpg煮え切れない、モヤモヤはなんだろう。

川俣さんのトーク中の発言の態度…切り込み方にズレがあるのか、話そうとしている足元をすくわれる感覚。

おそらく会場のだれも気付いていないかもしれないが…話の方向性に対して僕が発言しようとしている内容の前提をはらりとすくわれて、別の話をしなければならなくなってしまう感覚。


a0010575_18422477.jpg 随分前に名古屋で対談したときもなんだか変な気分だった。

基本的に優秀なマネジメントチームを抱えながら欧米の大型アートイベントで大型のプロジェクトを続け、そのドキュメントを出版し続けることでアートシステムの王道を歩き続けている川俣さんの発言は、アートの存在や力を確信しているゆえか、常にモノゴトを斜めに俯瞰しつつも、断定するような語りで切り込んでくる。

それが的を得ている要素も多く、話も魅力的で、どうにもごまかされてしまった違和感を抱いた瞬間…、別の興味深いトピックへと飛ばす。

話を聞いていると、多くの些細な問題点がすっ飛ばされて話が展開してゆくので、小さなもやもやが多く発生しつつも、その展開が痛快なのでついつい忘れさせられる感覚。


a0010575_1841688.jpgとにかく、大型のアートイベントに対して「もういいんじゃないか」とうんざり感漂わせながら、まだまだ大型タワーは立てる気満々を見せる。その振る舞いが魅力なのかな。 

アートプロジェクトシステムの拡張する状況に作家の流通・消費への危機感を語るあたりは教授っぽいが、批判的発言を軽快に重ねつつも、次のベクトルへの示唆的な発言が少ないので、やっぱりところどころで気分が曇る。 

昔から感じていたが…川俣さんの活動はそれそのものは凄いだけで共感するところは少ないが…、巻き込まれてゆく周辺の変化のありようが注目に値する。連鎖のありようが抜群。

例えるならば…僕は大学時代にゴジラのキグルミを着て散歩しつつ、ゴジラとハニワの関係をいじいじと捉えようとする活動しかできなかったが、川俣さんはゴジラそのもの。ハニワとの関係なんて関係ないし、散歩したあとの街へ(周辺へ)の影響(あるいは被害)なんて興味ないのだろうが…とにかく抜群。

とりあえず、越後妻有でのCIANの活動について紹介していたので、チェックしてみよう。

…しかし、この8回レクチャーをはじめとして、アートプロジェクトの1990~2010の俯瞰する作業、出版される予定だとか。

たいへんそうだな…。

※久しぶりに「ゴジラ君の散歩」、「ハニワとゴジラの結婚離婚問題」あたりの記録写真・配布漫画(1984‐85年頃)を掲載してみました。
by fuji-studio | 2011-01-21 23:54 | ・講座/対話/研究会
豊島タワーからの風景を描いてみたり・・・
豊島タワーからの風景を写真をベースにして描いてみる。

a0010575_10505132.jpg2月半ばからはじまるモリユウギャラリーでの展覧会の為に、このところ去年一年間でため込んだイメージを描いているが、どうしても豊島の藤島八十郎の描こうとしていたイメージを描いてしまう。

藤島八十郎のイメージは藤浩志のイメージとはどこかズレがあるのだが、そこが興味深い。

藤島八十郎がどういう視線を持っていたかをイメージしながら描こうとしてみる。


a0010575_10514893.jpgやっぱり今度の展覧会タイトルは「藤島八十郎の為に」かな?

そもそも豊島での「藤島八十郎をつくる」では島のいろいろな場所でスケッチをしてゆく予定だった。

それが現実的にはまったくできなかった。

島のいろいろな物語をヒヤリングしつつリサーチし、文章として描いてゆく役割を管巻三十郎にお願いして、僕はその物語をビジュアル化してゆこうと考えていた。

モノゴトはいつもズレながら進行する。そもそも「どうありたい」というつもりが確固たるものでないかぎり、ズレてゆくそのズレをどこまで許容するかの感性が問題となる。

現場ではズレまくることが面白かったりもする。

そのズレの面白さをどこまで具体的なイメージとして具現化できるか…それが今抱えている問題だと思っている。

そのつもりでイメージを描こうとするが…そこでもまたズレまくる。

ああ、ズレてばっかりでどこに行くのだろう…?
by fuji-studio | 2011-01-18 10:52 | ・ドローイングとか
ついつい、どこまで使えるか・・・挑んでしまうんですよね。つまらないところだと分かっているのですが…
2月の半ばから始まるmori yu gallery Tokyoでの展覧会がきっかけとなって、いっそのこと…この一年間溜めこんできたイメージを描き定着させようとする時間を過ごしている。

a0010575_11513193.jpg娘が高校に行くまえに、animateに寄るというので電話で極細の水彩筆を買うように頼んだ。

面相筆ではなくて極細の水彩筆…と頼んだはずだったが…彼女が購入してきたのはなぜだか筆ペン。

そういえば、豊島で藤島八十郎に頼まれて看板を描いた時に廣田商店に面相筆が売っていなかったので、筆ペンを購入してそれを利用して彩色した。

娘が購入してきた筆ペンは取り替えインクタイプでもともとインクが付いていなかったのでもしやと思い水彩画に使ってみると・・・意外と立派に使える。

水彩画の筆を使てちゃんと絵を描くべきところ、なぜこんなところで「どこまで使えるか・・・」無駄な挑戦しなくていいと思うのだけれど…ついついこの筆ペンで仕上げる描写に興味をもってしまう。

子どもたちがため込んだ山ほどのちびれた鉛筆のドローイングと筆ペンでの水彩画…

筆ペンもなかなか使える。

ここは闘いどころではないといくことはわかってるんだけどなー。

そんな性質なので仕方ない。

でもちゃんと水彩筆買おう!

「近くのコンビニやホームセンターで売っているものでどこまで描けるか挑戦!」 …画材屋にゆけばいいのに…先端技術ではなく適正技術だしなぁ…。
by fuji-studio | 2011-01-15 11:54 | ・スタジオ作業日誌
青森ねぶたの廃材第一弾が福岡に到着。
大阪の天神橋の下で白龍になっていた青森ねぶたの廃材の一部が福岡に到着しました。

a0010575_1045799.jpg大阪での白龍の展示を出品した明治大理石の中家さんが自ら自社の2トントラックに龍の一部とそのほかの青森からの廃材を載せて一晩運転して我が家まで。

ETCの割引を利用しての超経費節約モードでの運搬。

中家さんの人件費とガソリン代を考えると2トントラックで何往復もするよりも運送屋に頼んで一挙に運んだほうが安上がりな気もするが、中家さん自身が福岡まで自分自身で運ぶことに意味を感じているようで、お願いする。

しかし、今回運ばれてきた量は全体の三分の一ほど・・・大丈夫かなもう一回大阪から往復すると話していましたが…。

安全運転でお願いします。

さて、5月の博多駅の展示に向けて今度は飛龍の制作。…3月ぐらいから始めれるかな…久しぶりに福岡のスタジオで・・・

制作手伝ってくれる人募集しようかな…。

しかし、今回もまた予算少なそうだな…。
by fuji-studio | 2011-01-08 23:55 | ・スタジオ作業日誌
新年の桜島
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雪が溶けはじめて新年が始まりました。

今年もよろしくお願いします。

今年は仕事したいなー・・・
by fuji-studio | 2011-01-01 14:57 | ・単純記録/Diary