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Doodle 4 Googleの表彰式で全国各地から40名の入選者が六本木ヒルズに集まる。
Google が世界中の18か国で開催しているという公募展Doodle 4 Google。
その表彰式が六本木ヒルズの49階のヒルズアカデミーホールで開催され、そこに出席。

a0010575_13275677.jpgGoogle の文字に落書きして遊ぶDoodleの全国公募。2006年頃から海外ではじまった公募らしいが、日本でも去年から開催されているということで、今年は9万点以上の作品が応募されたのだとか。


a0010575_13284636.jpgその中から学校ごとに作品が選抜され数千点になり、さらに東京の体育館での審査で数百点に絞り込まれ、それを日本各地の地区別、学年別に選抜し、40点に絞り込み、それがサイト上や六本木ヒルズで公開され…なんと1000万ビュー…サイト上で行った一般投票が45万票以上…


a0010575_13292031.jpgそんな審査を勝ち抜いて、審査員賞とか学年別最優秀省とかそしてグランプリとかが発表される。

いや、さすがにグーグルがやる公募展だけに関わる人の数が違う。

9万点作品が集まるのもすごいが、サイト上での一般投票で45万以上の票が集まるのがすごい。


a0010575_1335288.jpg小学校の夏休みの宿題とかで描いて…たまたまはまって懸命に描いた結果…六本木ヒルズのグランドハイアットホテルに家族で招待されて…最優秀賞の受賞にはノートパソコンやペンタブレットがプレゼントされたり…グランプリの学校にはPC助成金の200万円が支給されるのだとか。

いいな…。


a0010575_13301528.jpgそれにしても、グーグルのようなネットの中ではよく知られている企業が現実の小学校の現場に入り込み、子ども達との接点をしっかり作ろうとしている試みには興味がある。

公募展のフレームが企業のロゴマークというもの新しいが、だからこそ繋がる可能性に興味がある。

企業のロゴマークもまた表現のツールになるんだなあ。もっともっといろいろできるに違いない。


a0010575_13362486.jpgそれにしても、この受賞会場の作りこみ方とか、授賞式の後のパーティ会場の作り方とか、受賞者への作品をプリントしたパーカーの配布にしろ、なんとも暖かい手作り感満載で、いちいち感覚をくすぐる仕掛けが多い。

常識的な仕込みの周辺でズレながらはみ出す仕草がくすぐる。

その中を子どもたちが保護者を引き連れて六本木ヒルズの話題のグーグル本社の中をうろうろしている風景がまた面白かった。

いや、仕事場の環境って大切だな。毎日の生活ですしね。そこに子ども達との接点が開かれているのがいいな。

そういえば、僕の暮らす地域の小学校の子どもも表彰式に家族で参加していた。羨ましい。

そうそう。今日一日だけですがグーグルのトップページにはグランプリ作品がロゴになっているはず。
by fuji-studio | 2010-11-28 23:38 | ・講座/対話/研究会
東大阪の明治大理石の工場での制作3日目
個人的には青森ー鹿児島の新幹線開通の高揚感を利用した長期プロジェクトの一環。

a0010575_9265751.jpgこの夏,青森で解体,分別した青森ねぶた「天神、菅原道真」の廃材を大阪の企業、明治大理石の倉庫に運び込んでいたが、2日前からその工場で廃材を繋いでゆく作業。

一度は解体された天神菅原道真の怨霊が白い龍になって大阪の天神橋の下に現れる…という「いかにも!」な展開。

実は、大阪の光のルネサンスというシステムに大阪の企業、明治大理石が賛助出品するというフレームに編集されている。

個人的には去年の水都大阪2009の流れをしつこくまだ引きずっている。

とりあえず、青森の廃材のうち木材をすべて使用して龍を制作する。

7、8日の二日間、大阪中之島の天神橋の下でこの表面に大理石の玉石をはりつける設営作業を行う予定ですので…、暖かい作業着で軍手持参で遊びにきてね。

だんだん形になってきました。
by fuji-studio | 2010-11-26 09:26 | ・単純記録/Diary
東大阪の明治大理石の工場での滞在制作
去年の水都大阪2009のサポーターとして関わり始めた明治大理石。

a0010575_943241.jpgその社長の中家さんが大阪をどうにか盛り上げたいといろいろなボランティア活動を行っている。

それに巻き込まれる形でその工場の一室で滞在制作がはじまった。

アートシステムの中に位置づけられるアーティストインレジデンスとは全く違うフレーム外の作業。

ちなみに予算がまったくないということなので、仕事になっていないという状況からすればこれは仕事ではなく、頼まれた作業。

おそらく昔はお金持ちがパトロンになりアーティストを滞在させていろいろと制作させたりしたのだろうが、今はお金のやり取りがないので、その状況とは全く違う。

いろいろ疑問はあるものの…作業をはじめて、この状況がいかに面白いかがわかる。

当然時間的なリスクを背負っているので、なかなかこのような時間に身を置くことはできないが、そういえば、常にこのような状況にいる。仕事として関わりはじめても、仕事の域をいかにはみ出して、自分の納得できる作業に身を置くか。それに到達できないと自分の人生がもったいない。

フレームづくりやシステムづくりも大切だが、がま君とかえる君の「おてがみ」のように、頼まれもしないのに…今回の場合は頼まれているが…周辺の人の喜ぶ顔が見たくて作業に没頭し、期待感を作り出すことがやはり一番大切なのだと思う。

作業をはじめ、とりあえず作業に没頭できる空間にいることの喜びを感じている。
by fuji-studio | 2010-11-25 09:04 | ◎大阪・中之島での水都大阪
Asahi Art Festival2010の報告会と検証会にフル参加
2日間にわたるアサヒアートフェスティバル(AAF)の報告会とその後1日開催された検証会にフル参加。これって相当濃厚なアートプロジェクトセミナー。

a0010575_0143340.jpg2010年に開催された全国各地のAAF参加プロジェクトの代表者が一堂に集まってそれぞれ報告し、現場の問題を報告する。

時間が短いのでそれぞれ濃厚な内容の報告はできないが、それぞれブース展示を行っているので詳しく興味を持つ人はそれぞれ対話ができる仕組みが会場に作られている。

2002年からはじまったAAFだが、2005年ぐらいから全国各地で開催されるアートプロジェクトのネットワークを支援する公募がはじまった。


a0010575_0151981.jpg完成されたアートイベントを助成するという性格のものではなく、どちらかというと、地域実験として立ち上がってくる地域ベースのアートプロジェクトをネットワーク化することで、それぞれの地域で活動する人材を繋ぎ、問題を共有し、活動の連鎖を促すという質のAAFだけに、今回のような報告会はとても意味深い。


実は2002年の公募前のAAF以来所々で関わっている。2005年には現在のNPO法人プラスアーツが設立するきっかけとなった神戸での防災プログラム、「神戸カエルキャラバン!」(その後、イザ!カエルキャラバンと名称変更)とか2006年の「筑前深江アーツキャンプ」とか主体となって関わったものもあるが、「大宰府スタードームフェスティバル」とか宮城の「アート屋台プロジェクト」とか大阪の「此花アーツファーム」とか、ディスカッション参加者が自主的に応募して参加することになったものもボチボチある。

a0010575_0155528.jpgアーティストとしてとかパネラーとかディスカッションの参加者として参加したものと「かえっこ」を使ったことがある地域での開催のプロジェクトを数えると…これまでにいくつぐらいあるのだろう…。

しかし、実は選考・検証会には幾度となく参加してくるが、オープニング・交流会・報告会には、ゲストスピーカーとして呼ばれた一度を除いては参加したことがない。実行委員会にも一度も参加したことがない。

もろもろの理由で来年は選考・検証委員から離れることにしたので、今年がもしかるすると最後の関わりかもしれないので…しかも去年までビールを飲めない悲しい状態での参加だったので…美味しいビールを飲むためにも初めてがっつり参加する。

確かに…地域とアートとささやきだされて10年は過ぎたのだろう。今回もいろいろな人からもういいのではないか・・・との発言が出るくらい、「地域とアート」という言葉は流通した雰囲気がある。

80年代の都市博覧会の変わりかのように連立する全国各地でのビエンナーレ、トリエンナーレ、国際芸術祭。

あるいは商店街も空き店舗も学校跡地も歴史的建造物も…改修予算や運営予算がないときに便利に使えるアートプロジェクト…のような状態…といわれても仕方ない。たしかに瀬戸内国際芸術祭には105日で90万人を超える来場者があったとのことだし…実際に僕の現場ですら連日大賑わいだったし…。

しかしながら相変わらず…はたしてどこが成功と言えるのか、いや、成功と言えなくても、どこの周辺がどのように「いい」状態になったのか。

それがわからないに見えないので、いろいろなやり方でいろいろな実験が繰り返される。

たぶん、ずっと実験は続き、実験に参加している人はそれなりに美味しいビールに救われながら右往左往、喜怒哀楽の日々を過ごし…結局なんだたんだろうおふと振り返り、そういえば楽しかったなと過去のものとして振り返り、また美味しい…。

いづれにせよ、どこにも完璧なシステムなんてないし、すべてがプロセスにある。だからといって…どうせ完璧なものなどないのだと不完全な状態に納得するふりして無口になる態度ほどお酒をまずくする状態はないのだから、お酒を美味しくするための四苦八苦をアサヒビールが協賛しているのは理にかなっているのかもしれない。

今回「地域はすでに前提として定着したのであえてテーマにしなくてもいいのでは…」との発言もしてみつつ…ふっと地域で活動を志し、東京から拠点を鹿児島に移した89年当時の頃のことを思い出してぞっとした。

そうそう。89年頃、地域で活動し始めたころ、地域は地域と呼ばれていなかった。そうだった。思い出した。みな「地方」と呼んでいた。

「地方作家」という呼び方があり、地方で作家活動をすること…などと語られることが多かった。

僕はその呼び方に大きな違和感を抱き、「地域計画」という言葉から引用し、「地域で活動する作家」と意図的に呼びかえる努力をした記憶がある。

その結果…個人的には93年ぐらいから東京を離れた頃に東京にも地域が発生した。いや…東京も地域の集合体であることに気づき、それなりに魅力的にみる視点が発生した。

地方という呼び方には中央とか都会とかの対立概念としての意味が深い。どのエリアも属性が違うだけで、メリット・デメリットはそれぞれなので、意図的にフラットにと捉えて「地域」と呼ぶことにした。

そう考えると地域はエリアを限定する「フレーム」なのかな…。

今回の話の端々で登場していた次の方向性…「問題・課題・テーマベースのプロジェクト」これもまたフレームの話だなあ。

若手研究者、そろそろこのあたりのこと研究している人ってまだいないのかな。頑張って欲しいな。黒田さんみたいに…。
by fuji-studio | 2010-11-22 00:46 | ・講座/対話/研究会
前橋の街で何かが始まるのか・・・?
前橋の街に来るのは何年ぶりだろう・・・。

a0010575_11172160.jpg品川の原美術館の分館、ハラミュージアムアークが群馬県の渋川にオープンしたての頃、89年、90年と展覧会ついでに駅前まで車で行ったことがある。

a0010575_11182714.jpg当時、柳健司の紹介だったような記憶があるが…(記憶は結構編集されているので確かではないが…)、渋川で活動している福田篤夫さんのconcept spaceを訪ねて、とても刺激を受けた記憶がある。

a0010575_111958.jpgなぜだか僕の中で前橋のイメージは福田篤夫さんと柳健司君。たぶん、ズレているイメージだと思うが、そうやって記憶はズレながら編集されるのかもしれない。

a0010575_111934100.jpg近年では、埼玉の北本でのプロジェクトが始まって以来、高崎線に乗るたびに北本の沿線の延長にある高崎や前橋や富岡のことが気になっていた。

どちらかというと辺境の地方で活動を志してきた性質なのか、A型おとめ座の性質なのか、あるいは海洋民の遺伝子なのかわからないが、ついつい、その地域を単体で考えるのではなく、流れを考えてしまう。

その地域を見るのに、その地域そのものを把握するうえで、その地域の周辺との関係を見ようとしてしまう。(あたりまえか…)

a0010575_11204399.jpgだから前橋といって最初から気になったことは利根川の繋がりと高崎との関係。あるいは赤城山とか榛名山との関係。…山との関係は最近の山田創平さんの影響が大きいかな…。

あ、そういえば、山田さんは高崎出身だったなー。

a0010575_11212263.jpg今度前橋に行くときは登山することにしよう。登山のワークショップから始めるとか。「私を登山に連れてって…」ワークショップとか…。(発想が貧困でごめんなさい。そう。最近発想の貧困さが売りになってきたかなー)

今回はとりあえず、中心市街地…だったところをほんの少しだけ歩く。

a0010575_11215570.jpg中心市街地の商業施設だったところにコミュニティシネマ系の劇場があり、それがとても素敵なかんじで羨ましい。

80年代、バブル期にどちらかというとキッチュに整備された街路がもはや風合いを醸し出し、年齢を感じさせる並木の中に散らばる使われなくなった建造物が秋の紅葉と落ち葉の風景にからまってうらがなしい。

さて、ここで何ができるか。

この地域にどのような態度で関わることができるのか・・・。
by fuji-studio | 2010-11-18 23:58 | ・単純記録/Diary
自宅の松の木が枯れていたのですが…。
この夏、瀬戸内に行っている間に、自宅の松の木が3本、枯れてしまった。

a0010575_22543410.jpg海辺で風が相当強いので、防風林として機能している松林の一部が自宅の敷地の中にある。

その中の3本が枯れたので、家への風当たりは相当強くなり…壊れている屋根とか壁とかガラス戸とかの修理を急がなければ…。

そういえば、去年の年末、この家の松の木の枝を落としているうちに・・・スティック/ブランチシリーズが登場した。 


a0010575_22552625.jpgそれが3331のプレオープンの空間、そして六本木龍土町通りでの六本木アートナイト作品を経て藤島八十郎の家へと…妙な展開になってきた。

去年まではただの邪魔者の枝が…借りてしまった家の清掃整備のための無償の労働が…今年は作品制作のための素材取集のような感じで…枝打ちが楽しくて仕方ない。

a0010575_2394856.jpgしかも、大きな木は「スカイツリー」へとつながる期待を感じながら…

去年はやみくもに枝を剪定していたが、今年はそこから生まれる形を想像しながらの作業なので余計に面白い。

こんな楽しい作業、このまま一か月ぐらい続けていたいけど…また明日から東京ー大阪ー東京ー大阪とレクチャーとかワークショップとか…いろいろな用事が続き、結局スタジオでの仕事はまだまだおあずけ。

本当はこの枝の曲がり具合の面白さをどうにかいじりたいんだけど…

とにかく…じっくり制作する時間が欲しい。
by fuji-studio | 2010-11-16 22:27 | ・生活周辺/LifeScape
桜島プロジェクトから3年。こんな連鎖になるとは。
物事は本当に…予想を超えて面白いほど意外な方向に連鎖してゆくものだ。

a0010575_19421931.jpg桜島の古里温泉郷の廃墟となった旅館にはじめて足を踏み入れたのが2006年の8月。

そこをどうにかできないかとまずはいつものように泊まり込みの合宿ディスカッションからはじめた。

その後僕が動けなくなって、当時家で一緒に活動をはじめた浦田琴恵を桜島に派遣することにした。

しかもその予算は当時取手アートプロジェクトからもらったギャラを取手の延長で何かに活かそうととある事情でストックしていたもの。


a0010575_19435326.jpgそして奇跡的な活動の発生。…そのあたりの状況、意外とちゃんとこのブログに書いているのでよかったら桜島活動のカテゴリーで一番下に遡ってご覧ください。

そして紆余曲折いろいろあって、ここから連鎖した活動は「わくわく系」の活動が特記すべきものだと思うが、僕の「藤島八十郎」も実はここからの連鎖


a0010575_19481584.jpgそして、まさかの…1993年の鹿児島での活動以来縁の深い鹿児島の超出版社「南方新社」に勤める反原発の活動家で、なおかつ小学校、中学校と僕の後輩にあたる同じ町内の若者鮫島君と浦田琴恵との…双子の出産が予定されている状態での結婚。


a0010575_1949680.jpgしかも結婚パーティが行われたのは…これも偶然だか…必然だか…2008年の夏に家にしばらく滞在した後、桜島への旅を勧められた田中沙樹が壁画を描いた桜島ユースホステル。

写真ではみていたが、こんなにちゃんと描いていたとは…。しかもしっかりきれいに活きているとは…。

会場で久しぶりに昔鹿児島で活動していたころ知り合っていたいろいろな人に再開し…同時に新しい活動の予感を感じさせる興味深い人に出会い…

ますますこの連鎖は意外なところまで絡んでゆきそうな予感充分。
by fuji-studio | 2010-11-14 23:43 | ■桜島での活動
豊島タワーの看板がようやく完成。
瀬戸内国際芸術祭が終了し、ようやく島には平穏な日々が戻ってきた様子。

a0010575_1443614.jpgしかし、だれもいない集落は、なんだか寂しい。

豊島美術館がオープンしたばかりで、年内は瀬戸内国際芸術祭のパスポートでの鑑賞が可能ということ…らしく、週末など結構来島者がいるということ…らしく、この週末から12月の半ばぐらいまで、瀬戸内国際芸術祭の一部作品を継続公開するという話が、事務局としてはまとまった…とか。


a0010575_14434491.jpgつい2日前に電話で聞いたところによると…まだ正式決定したわけではないけど、その方向性で…ということで、八十郎の家も事務局が管理しつつ週末限定で公開するのだとか。


a0010575_1444236.jpg公開するにしろ、しないにしろ、「藤島八十郎をつくる」活動は豊島で継続してゆきたいと思っているし、自治会長の藤崎さんが制作してくれた豊島タワーは相当評判がいいので…できるかぎり一般的に利用してもらえる状況をつくりたい。

…ということで、記念スタンプをつくったり、豊島タワー入り口の看板を制作したり、時間の隙間を利用して少しずつ整備してゆくつもり。

ほんとは3カ月ぐらい時間を確保できる予算があればいいのだけれど…。

そのうちに、豊島タワーの一階部分には豊島の資料館のような機能もつくっていったり…なによりも八十郎の家には露天風呂や簡易水洗のトイレや…整備しなければならないものがたくさんある。


a0010575_14444746.jpg上の段の「すごくなるところ」に海を眺めるカウンター式のセルフカフェを整備するという話もあるのですが…その予算どうにかならないものでしょか?

そろそろ建築家とか建築ゼミとかとのコラボレーションで何かつくる??

とにかく…3年後の次回の瀬戸内国際芸術祭に向けていろいろ藤島八十郎の活動を作ってゆきたいと思っていますので、どこか協力してくれるところがあれば、ぜひお願いします。

長期的な視点で…。

ところで…この書き込みの最初の写真、藤島八十郎の家の入口に最初に設置した廣田商店で購入した一輪の造花ですが、会期中かなりの来場者が生花と勘違いして撮影していたように思います。

ごめんなさい。豊島の墓場や地蔵さんで当たり前のように見かける造花でした。

墓を守る人も高齢化し、さらに減少して、地元の人は多くの人の墓守を頼まれているのだとか。しかし、その多くの人が高齢化し、なかなか多くの墓守に出回れないという事情から…造花を飾っている地蔵や墓が目について仕方ありませんでした。

そんなとき、地元の商店、廣田商店の一角にあった造花売場…。
by fuji-studio | 2010-11-08 23:13 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
霧島アートの森でのKTSアートマーケット
鹿児島のテレビ局KTSが視聴者の「アートに出会う機会が少ない」との意見から、じゃあ、自分たちでアートと出会う場をつくろうとはじめた「アートマーケット」も15回目をむかえるのだとか。

a0010575_95472.jpg以前は一年に一度だけ開催していたと思っていたが、現在では一年に2回開催しているのだとか。

鹿児島中央駅のアミュプラザでの開催と霧島アートの森での開催。


a0010575_97554.jpg今日も5千人を超える(
? 未確認情報)観客が霧島のアートの森にやってきて、…確かにアートマーケットを楽しんでいた。


a0010575_982534.jpg僕が最初にかかわったのは2005年・・・だと思うのでもう5年前

当初は市内の中心市街地の公園で行うフリーマーケットの延長からはじまったと思うが、2006年からこの霧島アートの森で行うようになり、随分と意味とか役割も変化してきている。


a0010575_98529.jpg最近、いろいろな現場で、特に若い作家に対して「日常の行為」と「表現行為」の違いの話をしつつ、そしてさらにその「表現行為」を作品化する「システムとフォーマット」について話をすることが増えてきた。


a0010575_991181.jpg「作品を発表する機会が少ない」という意見や、「アート作品に出会える機会が少ない」という意見は、そのままその地域がどのようなアートシステムを持っているのかの問題につながるのだと捉えている、


a0010575_992584.jpgこれまでいろいろな地域での表現の現場を体験してきた経験から話すと、どんな地域もそれなりのアートシステムは必ず存在している。

しかし、多くの場合、大学と美術館と新聞社というような近代を作ってきた力に寄り添うような美術システムが、異端の要素を排除しながら権利を獲得してきた類のものが多く、若い感性になじまないものだったり、閉鎖的なものだったり、拡張性に乏しいものだったり…趣味的な同好会だったり…


a0010575_994595.jpg地域の生活者の精神的な…あるいは身体的なニーズにかけなれたものである場合も多かったのかもしれない。

ところが、70年代以降、空間の問題が発生して以来…(なのかどうかは専門家に聞かないとわからないが…)貸しギャラリーのシステムが登場し、商業施設や企業による公募展がはじまり…


a0010575_91046.jpg空間の問題から場の問題へと繋がり、そこからシステム型の表現へと拡張する中で、表現活動を「発表する」システムは多様化してきた…ことについてはこのブログでも何度か書き込んでいるなぁ


a0010575_9102258.jpgこのアートマーケットについて捉えると、この5年間の変遷は作家の変遷も興味深いが、その構造的な変化と注目するとさらに興味深いかも…。


a0010575_9113731.jpg地域のテレビ局が番組制作の延長で発生してきたというアートシステムのあり方も興味深いが、それが新しい感性を求める表現者やアートを求める生活者に受け入れられ、地域における既存の美術システムでは実行困難なフォーマットとして機能し…


a0010575_9105968.jpgそれが鹿児島にできた商業施設や霧島アートの森などの恒例の集客イベントとして定着し始めているという面白さ。

地域アートプロジェクトの延長に瀬戸内国際芸術祭などのアートツーリズムと呼ばれはじめた地域経済とからむアートイベントが発生したのに似て、地域でのアートのポジションは変化しつつあるのかもしれない。


a0010575_9111246.jpg80年代半ばから地域が模索してきた国際演劇祭や音楽祭、映像祭などの祭りの流れと並行して、このようなマーケットというフォーマットが流通している事実も見逃してはいけない。

表現者には多くの開かれた発表の現場があるということを知ることも大切だが、そのうえで、注意しなければならないことは、あらゆるフォーマットはどのような表現をも規制し規定するという事実。


a0010575_9131335.jpg「絵画」や「ギャラリー」というフォーマットに代表されるように、フォーマットを限定するがゆえにその中で自由になれることも事実だと思うが、その自由さの裏側に多くの…無意識に排除された表現の可能性があるということ。


a0010575_9134193.jpgだからこそ自分を超えようと…自分のあり方を変えようと…右往左往する表現者は可能な限りあらゆるシステムでの作品化を試みる必要があるのだと思うし、様々なフォーマットへの編集能力も鍛えるべきだと思っている。


a0010575_9135850.jpgそして、最も重要なことはシステムを変えることで出会う人が変わるということ

霧島アートの森というそもそも美術館システムの延長に作られた場でアートマーケットというフォーマットが起動することが奇跡的で興味深いことだが、現場ではそれよりも…


a0010575_9141551.jpgその場でのその出来事に興味を持った数多くの人と出会えることではじまる可能性に注目すべきだと思う。

このようなアートシステムはもっと面白い現場とのつながりを開発する可能性があるし、そこでしか発生しえない観客と表現者との関係を思うと…ぞくぞくするなー。
by fuji-studio | 2010-11-03 19:40 | ■鹿児島での活動
京都市立芸術大学の学園祭での体育館トーク。
久しぶりの京都。久しぶりの京都市立芸術大学。
a0010575_17213045.jpg大学院の修了制作でおこなった「ゴジラとハニワの結婚離婚問題」これはエネルギーの溢れるゴジラ君となんとなく重要そうに見えながら中身が空っぽな美術さんとの関係を物語ろうとした表現。

その結果制作したハニワを卒業式の日にラブソングを歌いながら儀式的に大学の池に沈めて卒業した。

そのハニワが大学の伝説のキャラクターとなり、ハニワフォトコンテストとかのネタにされているのだとか。ありがたい。

その真意を聞きたいのかわからないが、芸祭のゲストとして呼ばれての講演だということ。


a0010575_17222529.jpg僕らが一年の時までは東山七条にあった美術学部と平安神宮のところにあったお寺の音楽学部が一緒になり、大学2年の時にいきなり新品まっさらの大学に移転した。

管理を厳しくしようとする大学側と相当闘い続けた懐かしい現場。


a0010575_1723399.jpg制作室やデッサン室はもちろんのこと、講義室、体育館、屋外ステージ、中庭、玄関の植え込み、入り口、階段下、廊下そして学食…目的外の利用法をことごとく規制しようとした現場に「過去の前例」を作り出すことに重要性を感じ、ひたすら使い続け、頭を下げ続けた。

考えてみると、その時にいろいろな空間の体験を増やしていったのだろうな。


a0010575_17234060.jpgまちの盲点を見つけ出し、何かに使おうという手法はこの時身についたとしか考えられない。

アパートを追い出され暮らすところがなくなったときに、警備員の目を盗みながら半年ほど大学内のクラブボックスで暮らしたこともある。バレー部にいた関係で体育館との縁は深く、ここの水シャワーが僕のお風呂場代わりだったときもある。

いやー、とにかく懐かしい。

当時の同級生やら後輩やらが大学の先生になっていて、久しぶりに学祭の模擬店で飲む。

学生やら同級生やら教授らや面白いライターやらとごたごた入り混じっての楽しい時間。
by fuji-studio | 2010-11-01 23:42 | ・単純記録/Diary