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此花、じわーっとした連鎖は確実に拡がっているようです。
此花の梅香、四貫島周辺でいろいろなアーティストやデザイナーが暮らせるような物件を紹介し、そこで暮らしながら、いろいろな活動が連鎖してゆけるような環境をつくってゆく・・・というイメージの此花アーツファーム構想。

その実践に向けて毎年行われているオープンスタジオ形式のイベントが「見っけ!このはな」

a0010575_21303895.jpg此花区にかかわり始めたのは3年前、このはなかえるクラブというかえっこを使ったイベントで此花区の地域づくり活動に参加したのがきっかけだった。


a0010575_21311718.jpgその関係から政岡土地建物という地元の不動産管理をしている会社に出会い…いろいろあって…そこの持っている木造家屋を利用することになり…そこで考え始めた「此花アーツファーム」構想。


a0010575_2132116.jpgその流れは僕のこのサイトの流れを見て行ってもらってもわかると思うが、僕の動きはほんの一部でしかなく、じわじわーっと多層な動きが自然発生しつつある。

2年前にiopが仕掛けたイベントでは、実は桜島アートプロジェクトで活動して、リンクした作家が桜島の延長で動き、スターターの役目を果たした。


a0010575_21335963.jpgその関係が別府混浴温泉世界でのわくわく混浴アパートメントに連鎖し、現在、京都とか柏で行われているわくわくの流れへと展開したことは此花で現在活動している人たちはあまり知らないと思う。 


a0010575_21343999.jpgでもそれはそれでいい。
いろいろな活動は捉えがたい複雑な形で少しずつズレながら連鎖して新しい関係を作り出す。

それがこの此花で確実に動き始めているような気がして興味深い。


a0010575_21351529.jpg2年前、そして去年の活動と今年の活動との明らかな違いは、この地域で実際に暮らしながら、あるいは制作の現場としながら自主的に活動している表現者がそれぞれの活動の現場を公開しているという点。 


a0010575_2136920.jpg去年までは僕が借りていた此花メヂアも建築家の大川君を中心に借りてもらうようにシフトチェンジし、彼が若い作家の吸引力となり、多くの作家が興味深い活動を模索し始めている。


a0010575_2137062.jpg四貫島商店街の中にもキスヒサタカが神戸から拠点を四貫島に移し、森巣ラボという名称で活動をはじめ、梅原さんとかが宮本マンションで活動しはじめたり、黒目画廊という不思議な活動ユニットが動き出したりフルヤさんが引っ越してきてオルタナティブスペースをつくったり… 


a0010575_21373544.jpgなんといっても奇跡的に立ち上がった梅香堂というもっとも現代美術に鋭角なギャラリーが此花に登場して一年が経過したり


a0010575_21425185.jpg 本当にじわっとした関係が少しずつ拡がりつつ、そしてそこがちゃんと定着している雰囲気が見える。

それにしても、あのキスヒサタカとオオカワアキラが一緒に活動しているこの…


a0010575_21453126.jpg土木系イメクラ。

本当にくだらなくて情けないほど…感動的にダメでいい。

なかなかやるなとは思っていたが、ここまでダメなことをこんなにゆるくやるとは… 


a0010575_2146723.jpgせっかく真面目に此花アーツファームを語ろうと思っていたのに、それをブッ飛ばすほどのくだらない活動。

しかし、これができるフィールドってなかなかない。 


a0010575_2149726.jpgそういえば、数日前、瀬戸内国際芸術祭の僕らの活動について北川さんにおこられた内容を思い出した。

「思いつきでやられても困る」とのこと。

それは本当にそうだろうと思う。その件についても僕としてはいろいろと反省する点も多かった。


a0010575_2218942.jpg確かに瀬戸内国際芸術祭ではこんな思いつきの活動は絶対に起動しない。

だからこそ、それを起動させる此花の力はすごいものだと思う。


a0010575_22294798.jpgありえないものを存在させることがアートの力なのだとすると、そんなアートであれば悪くないのかもしれない。

何よりもいいのは彼らの上に「アート」という大きなオモシがない。


a0010575_22304956.jpg 発表の場はもっといろいろなシステムがあっていいと思っているが、このようないろいろな活動を実験し、いろいろな意見に晒さらされ、いろいろな興味がぶつかり合う現場が育ってゆくような地域があればいい。 


a0010575_2233472.jpgアーティストは地域の問題とか関係なく、勝手にふるまい、自分の違和感に向かいあい、なりふり構わず表現すればいい。しかし、一方で建築家や都市計画や地域づくりを行っている専門家や学生がかかわっている現場であるがゆえに、そのような視点の活動がもっとリンクして深めてゆけばいいと思っている。

北本でも模索しているが、あたらしい賃貸借契約のあり方とか、建築家とアーティストの関係とか、まちづくりとデザイナーとの関係とか、編集者とまちの活動の関係とか…

もっとリサーチと実験を積極的に行える仕組みを模索しなければならないと思うのだが、そこで動こうという視点は不足しがち。

しかり、そこが先行している現場よりも、はるかにおバカなアーティストがありえない活動を立ち上げることが現場のほうが魅力的であることは確かだと思うが・・・。



by fuji-studio | 2010-10-31 23:35 | ◎大阪・此花アーツファーム
瀬戸内国際芸術祭の最終日記念、豊島タワーの展望記念スタンプできました。
いよいよ瀬戸内国際芸術祭も最終日。

a0010575_10332951.jpgその最終日の記念…というわけではないが、ずっと前から設置したいなーと思っていた「豊島タワー展望記念スタンプ」がようやく完成し、タワーの中の展望室の一角においてみた。

スタンプの作者は東京の美大に通う一年生のおおのさん。

以前から八十郎スタンプや宇野澤スタンプやらといろいろ作ってくれていた。


a0010575_1034251.jpg僕の中では記念スタンプを業者に発注しようという発想しかなかったが、おおのさんが彫れるかもしれないと思い、無理難題をお願いする。

いつものなじみの廣田商店でいちばん大きめの消しゴムを入手し、彫ってもらうことに。

タワーのイメージの絵を入れようかとか豊島タワーから見える風景を彫ってみようかとかの無理難題をふむふむと受け入れて筆箱の中からカッター一本を取り出してこつこつと彫ってくれた。


a0010575_1035144.jpgそこにいつもの地元の小学生が遊びに来て、スタンプの持ち手にするための木の破片を探してきてもらい、僕がそれっぽく、荒っぽく削り出す。

スタンプ台もいるだろうと廣田商店に尋ねてみると、新品はないけど古いのならたくさんあるから提供するとのこと。

ということで、こえびのおおのさんと廣田商店と近所の小学生と僕との共同作業で出来上がった豊島タワーの記念スタンプ。

「豊島タワー入り口」という看板もちゃんと制作しようと、下書きをしたところで最終日になってしまった。

今後八十郎の家がどうなるかはまだまだ未定ですが、たぶん、豊島タワーはいつでも展望できるようにしたいですねー。

瀬戸内国際芸術祭は終わりますが、豊島での藤島八十郎の活動はこれからじわじわーっと始めてゆきます。

ということで、どうぞよろしくお願いします。
by fuji-studio | 2010-10-31 10:17 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
水…か。風土…土と風をつなぐものだな。
豊島美術館がオープンして地元の人の評判があまりにもいいので思わずがまんできずに見に行った。

a0010575_10461154.jpg水だということは随分前から聞いていたが、本当に水だった。

水の流れをみていて…水について考えたり、人間について考えたり、組織について考えてしまったり、政治について考えたり、環境について考えたり…とにかくとてもいい時間を過ごせるいいところができた。


a0010575_10474286.jpg先日のかじこでのトークの時にちらっと話した風土の話に「水」の話を入れればよかったと、岡山から豊島に向かうフェリーの中で考えていた。

水は土と風を繋ぐとても重要な存在だということ。


a0010575_10484454.jpg以前このブログで書いてみた風と土についての記述をみてもらった上での水の存在についてだが…(ここにリンクしときますので是非読んでね。)

水の出どころは主に二つ。

ひとつは雨。そしてその雨が地下深く沈み浄化され湧き出てくる地下水。


a0010575_10494089.jpg地域活動と表現の関係でその役割をたとえるならば、水は土と風を繋ぐとても重要な存在。

それは土地に潜在している場合もあれば、風と共に空から降ってくる場合もあれば、あるいは川の流れのように高いところから低いところへ流れてくる場合もある。

土がどんなに肥えていて種が蒔かれても、地域に対する興味だとか、種に対しての興味がが注がれなければ種は発芽しない。それが水なのかな…と。


a0010575_10502611.jpg以前、plants!というミーティングテーブルを主宰していたときに、地域の苗を育てる水と光は「興味」と「関心」そして「批判」だという話をしていた。

どんな活動でもそこに興味や関心を注ぐ人がいなければ育たないし、批判を受けることで活動は強くなれる。

とにかく、水。


a0010575_1051614.jpg土の人もいれば、風の人もいる。そして水の人もいる。

水も大量に流れ込めば洪水になる。洪水を食い止めるのは巨大な溝やダムをつくることではなく、森を育て、池をつくり、土そのものの浸透性を高くし、水の流れを分散させ…

河川の改修についての話ではない。


a0010575_10515826.jpg瀬戸内国際のような大量に流れ込む水(興味を持つ大事な人達)の話だ。

地域にとって必要な水の存在は、ただ流れてゆくだけの大量の水ではない、地域に浸透し、ある場合は土の豊穣化を助け、ある場合は渇きを癒し、地域を清め、作物を育てるような適正で、多種多様な水。

とにかく、水の存在が適正な量だけ豊島に浸透してゆき、土と種を育てる風土になればいい。

・・・

とにかく豊島、これからの期待は相当大きい。内藤礼さん福武さん、そして実際に作ってくれた人、本当にありがとうございます。

そう。…水なんですね。

そういえば、宇野澤の存在は水だなー。
by fuji-studio | 2010-10-29 10:58 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
岡山のかじこでのトーク
a0010575_10404830.jpg瀬戸内国際芸術祭の期間に合わせて、遠くから来場する人に向けてのゲストハウスとしてオープンしていた「かじこ」

ここの活動も瀬戸内国際芸術祭終了とともに終わるのだとか。

それにしてもこの現場は、期間中、瀬戸内国際とは全く違う活動の連鎖を作り出していて、かなり面白いことになっていた様子。

やっぱりこういうのがいいなー。

そのかじこで僕としては始めて語る藤島八十郎についてのトークイベント。

しどろもどろで話が飛びまくり、とりとめなくて申し訳ございませんでした。

そうなんですよ。このかじこのような活動って、絶対に瀬戸内国際芸術祭がなければ存在しなかったのですが、瀬戸内国際芸術祭を語る文脈では語られることはないのでしょうね…そのあたりに注目するともっといろいろな活動の可能性が見えてくるに違いないのですが…。
by fuji-studio | 2010-10-27 10:40 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
スケルトンシリーズ? 誕生ですか?
自宅にもどると、かえっこのおもちゃの整理をしているところに新たな作品(?)が…。

かえっこ事務局に日々集まり増え続ける汚れたぬいぐるみ系。

a0010575_1246127.jpgうちのスタジオでは、日々その皮(スキン)を剥き、中身の綿を取り出して、スキンは色ごとに分別、綿も素材ごとに分別する作業をしているが、そのぬいぐるみの中にたまに登場する機械で動く系のハードなぬいぐるみ。

ぬいぐるみの状態では薄汚れていて、ただの豚だったり、カバだったり、大した魅力はないが…スキンを外すとなんともいえない。


a0010575_12471825.jpgスキンを外した状態を「スケルトン」と呼んでなんとなく部屋のあちこちに飾られてはじめている。

スケルトンの動きが妙におもしろいのと、気持ちわるかわいいので、なぜだかうちでは人気で、息子はすぐに電池を入れてその動きを確かめたがる。

で、この動き。

スケルトンシリーズの誕生でしょうか…。


by fuji-studio | 2010-10-24 23:28 | ・スタジオ作業日誌
「藤島八十郎をつくる委員会」をつくる計画
瀬戸内国際芸術祭もだんだんと終わりが近づいてきて、いろいろと今後の話が出始めている。

この地域に新しいベクトルをつくるキックオフイベントとしてのお祭りは終わり、ようやくじわっとした地域の日常が戻ってくる。

豊島の場合、豊島美術館やボルタンスキー美術館は常時営業する美術館として残るほか、一つの地域に2点づつほど引き続き作品として常設されることが決定されているので、ゆっくりと豊島を楽しみたい人はぜひ何度でも訪れてもらい、第2の故郷として深い関係を持ってもらえそうだ。

a0010575_0195370.jpg恒久的設置になる作品のリストも出始めているが、もともと僕の出品作品は藤島八十郎という豊島で右往左往しながらも、いろいろな活動を模索する「役立たずの八十郎」をつくるというベクトルにあった。だから是非とも豊島に藤島八十郎の存在をつくってゆく活動は残したいと考えている。

当初、藤島八十郎の家を整備した後は豊島の状況を観察しながら、八十郎のできることを探りつつ活動を始めるつもりだった。

しかし、瀬戸内国際芸術祭の来場者の多さに目を回しているうちに…生活費を稼ぐ為に豊島から離れ出稼ぎに行くうちに…稼げない場合がほとんどだったが…結局、たいした活動できなかった。 ただ、こえびのササオさんが中心となって八十郎の家の庭に農園を作って野菜づくりを行ったり、自治会長の藤崎さんの指導で豊島タワーとか豊島スカイツリーを作って楽しんだり、唐櫃公堂の床を着色ワックスがけして磨いたり、自然の家の遊具を塗りかけたり、家浦にあるいちご屋の看板を子どもたちがつくるのを手伝ったり…管巻三十郎が瀬戸内国際芸術祭についてブツブツと八十郎ブログやツイッターで管(くだ)を巻いたり、…結局八十郎を支える人達はいろいろ動いたものの、役立たずの八十郎の活動は、何がやりたかったのかも、何をすればいいのかもわからないまま、とりあえずの100日が終了する。


a0010575_0401394.jpgしかし、その間にも、豊島での活動のイメージや大切に表現しなければならない活動の種とは数多く出会っているのも確かで、その部分にじっくり時間をかけながら触れてゆき、何かが発芽する期待感は相当ある。
…ということで、今後とも藤島八十郎は豊島でもっと修行してもらおうということで、藤島八十郎をつくる委員会をつくることに。

委員会は八十郎を応援係とか、菜園係とか、読書係とか、運動係とか、散歩係とか、制作係とか、企画係とか、友人交流係とか(ろくな係がないな)…そんないろいろな係が集まって…もちろん自主的な係大募集…

それで委員会をつくり活動をぼちぼちとゆっくりと持続してゆきたいなー…と。

で、できれば、藤島八十郎の家は「八十郎をつくる委員会」の部室のような拠点として利用してゆきたいなー…っと。

通常は「八十郎は旅に出てます」という書置きを残して家には入れないのですが、イベントとかワークショップを開催するときの拠点にできないかな・・・と考えていますがいかがでしょうか?

…ということで、どうぞよろしくお願いします。

…ってだれに頼めばいいんだ?

かえっこは3年で形になり、10年続いて相当なことになっていますが、藤島八十郎をつくるという表現は5年ぐらいで形になりはじめ、15年後ぐらいに凄いことになるような気がしています。いづれにしても八十郎は豊島を拠点に…たまには旅に出たりしますが…豊島に骨を埋める覚悟で生涯豊島で活動したいのだそうです。

…なに?八十郎には兄弟がいるって?
by fuji-studio | 2010-10-22 19:15 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
藤島八十郎の家での山田創平さんとのディスカッション。
山田創平さんとは2年前の新世界でのレクチャートークと散歩の時に、その誠実な語り口と知識の角度にイメージをかきたれられたのが最初の出会い。

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そして去年の7月、水都大阪が始まるという前の勉強会と、その後会期中のトークセッションでお招きしあらためてその深さに引き込まれていった。

面白いことに、後輩の小山田君も大山崎とか舞鶴とか、そして今年の夏、青森へとお招きしさらに興味は深まった。また雨森さんやブブは別府で一緒にプロジェクトを行っているのだとか…うらやましい。

なんだかこの2年、僕らにとっては、とても深く大切な視点を持つ人頼りの人になっているが…それにしても、なぜだか僕らがかかわる現場は水辺が多い。 


a0010575_2117657.jpg今回は僕のほうからお願いし、どうにか都合をつけてもらい、一番混雑している時期だが、豊島にわたってもらい、人々がアートを見て回るルートを外れて、壇山頂上から展望台、豊玉姫神社、権現様(スダジイの森)虻山跡、そして唐櫃八幡宮とお連れし、八十郎の家の庭でトークをおこなう。

八十郎の家は日曜日の混雑で、家へ入るにも、タワーに入るにも10分~15分ほど待たなければならないの状況。そこに椅子をならべて、創平さんと管巻君と僕とのトークをぐるっと囲んで聞けるようなセッティング。 話の内容は藤島八十郎のブログにも少しだけ報告があるが…とにかく興味ある発見がまた数点。


a0010575_21181544.jpg権現様にもともと数千年まえから祀られていた巨石(イワクラというのだとか)の向きが冬至の日の日の出の方向を向いているかどうか…そして、その経路に道路沿いの巨石が重なるかどうか。

海洋民の巨石信仰…

海洋民はそもそも合議制、共和制だったのだとか。その遺伝子を多く受け継いでいるのが島の特性なのではないか…とか。

そして海洋民にそもそもあった芸能。

豊島の芸能を復刻できないかどうか…の課題。

そして…紡錘形の山(もうなくなってしまった虻山)とウミヘビや龍のモチーフとの関係

豊島の問題を能として残すとか…

ああ、とにかく山田さんの話は血が騒ぐ。

豊島と僕の関係は先祖のレベルで相当繋がっているに違いない。
by fuji-studio | 2010-10-17 20:25 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
どうする豊島! で悶々と考えていました…
豊島の唐櫃の丘の唐櫃公堂で、「どうする豊島」というテレビ番組のタイトルのようなフォーラムが開催された。

a0010575_7342181.jpg副題は「豊島から考えるいろいろなこと」

実際に、豊島が抱える問題は、将来の地域社会が面する様々な問題に繋がる。そもそも豊島という名前に「豊かさ」に対する定義の問いを読み取るとすれば、「豊島」はこの島のことを指すのと同時に、島国日本そのものを指すようにも思われるのが苦々しい。

実行委員会主催のこのようなフォーラムやディスカッションがいたるところで開催されるようなイベントであってほしいが、実行委員会主催となると政治的バランスの配慮が必要だったり、体制を整えるために仕込みに代理店とか入って予算的に大きくなってしまい、妙なものになりがちだし、このような混乱状況の中、そこまで余裕はないのだと思う。実際、このようなものは市民側がどんどん勝手に手作りで多方面の角度から行うほうが健全だと思っているので、高松で活動している商店主達のこの企画は相当期待していた。


a0010575_7351673.jpg豊島にある3つの自治会長や豊島から選出されている町議や瀬戸内国際芸術祭のディレクターの北川さんまで呼び出してのフォーラム。そして僕が以前から注目していた石井亨さんの登場。

石井さんについてはずいぶん以前から豊島の産廃闘争の書籍の中で目にしていた名前だったが、1月28日に朝日新聞に掲載した瀬戸内国際芸術祭についての警鐘ともいえる石井さんの文章があまりにも的確で共感できるものだったので注目していた。


a0010575_7355692.jpgこの文章のコピーがあらためてフォーラムの会場で配られたので読み返してみると、今更ながら瀬戸内国際芸術祭が早急に解決しなければならない問題の多くを預言者のように的確に指摘している。

瀬戸内国際芸術祭が始まり3か月以上過ぎ、いろいろな問題が明快に見えはじめ、自治会長達も開催前に抱いていた不信感や不安よりは、今後の期待を膨らませている状況でのフォーラム。

地域に期待と可能性の種が発芽している盛り上がりを直に感じている観客の大きな期待の中、この瀬戸内国際芸術祭の成果に対する賞賛を誠実な言葉で刻む各自治会長の積極的な意見から始まったフォーラムは…圧倒的な強い言葉で話す北川さんのパワーに押され…戸惑う司会者と「反瀬戸芸」というレッテルを背負ったままの状態で登壇してしまった主催者のしどろもどろな突っ込みで…妙な停滞へと…ああ、もったいない時間。


a0010575_73639100.jpgどちらかというと草の根的な活動を行っている地域アート系プロジェクトの現場で試行錯誤している僕とすれば、それぞれの地域系アートプロジェクトに圧倒的に足りない集客力や浸透力などを考えると、北川フラム的大量投入の関わりをつくる手法には違和感を抱きながらも、そうでなければ動かないいろいろな現場の現実も見えてきるのも事実。

だからこそ…地域に適正な規模の検証と、それをどのようにコントロールするかの技術的な論議は必要だと思うし、あくまでも地域の住民が主体となるコーディネート組織が少なくとも豊島には…本来それぞれの島や地域で必要なのだと思う。


a0010575_7371885.jpg島の自治会や連合会などを内部に持つ瀬戸内国際芸術祭の改善委員会のようなものを住民側の組織としてつくり、そこと丁寧に協議してゆける豊島専属のコーディネート事務局が必要だと思っているし、その発生を促すためのフォーラムなのではないかと期待していた。

瀬戸内国際芸術祭の総来場者としては90万人近い数になるという話だが、僕の現場…藤島八十郎の家で正の字を書きながらカウントした来場者ですらも5万人は超えそうなので、豊島で15万人とか全体で30万ぐらいは実数として来場しているほどのイベント。

それが島の日常にどのように浸透し、影響してゆくかはこれからの課題だし、これがきっかけとなって、いろいろな人が島に興味を持ち、いろいろな方面から介入してくることは予想できる。

その、どの人にどのような形で何を提供し、あるいは何を防御してゆくのかの積極的な対策へと向かうためにも、島の将来を本当に心から大切に思う住民主体の組織が動かなければならないと思う。

そんな話ができる重要な場だと期待していたのだけどなあ…

だて、ここからが僕が話したかった提案。検討してほしい提案。

この対策委員会…改善委員会のようなものに島を離れた息子世代、孫世代の30代、40代の人が参加できる仕組みを設計するのはどうだろうか?東京都が3331で行っているinside outともリンクする活動だと思うが、豊島の問題を豊島を離れている人が積極的にかかわりをつくるオフ会議を瀬戸内国際芸術祭に組み込むイメージ。

ツイッター会議でもいいし、スカイプ会議でもいいかもしないが、離れていても内容に関わり参加できるシステムづくりのイメージ。

それは必ずしも豊島の出身者ばかりではなく、これまで深いところで関わってきた精神的な豊島の応援団でもいいし、これから積極的に豊島の活動にかかわりたいと思っている応援団でもいいのかもしれない。

とにかくあらゆる角度から豊島のそれぞれの地域のベクトルにどういう化学反応が必要なのかを話し合う時間こそ、僕はもっとも豊かな時間なのだと思っている。

何ができたかということよりも、何をつくるかと考える時間の豊かさについて・・・あまりにも無視されている現在。

ああ、この辺の話、八十郎の家でのオープンディスカッションしたいなー。

だれか話してくれる住民いないかな。
by fuji-studio | 2010-10-16 23:17 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
去年紹介したみなみ幼稚園の持つ森で大人達が遊ぶ。
去年の日本文化デザイン会議の会場となったみなみ幼稚園の魅力については去年のブログで紹介したが、そこが河川の周辺に40年前から森を作っていて、そこが園児の遊び場になっているという話を去年から聞いていて、一度訪れたいと思っていた。

a0010575_1043519.jpg今年の日本文化デザイン会議ではその自然教育園となづけられた森を会場としてお借りして、建築家やその学生たちが森のカフェをプロデュースし、大人が遊び心で森を使う実験。


a0010575_1145822.jpg初日のデザイン会議のオープニングレセプションはこの森で行われる予定だったが、あいにくの雨。

この森で開かれたらどれほど心地よかっただろう。いい音楽といい食べ物といいお酒といい友人たちと…一番の贅沢だな。


a0010575_117418.jpg森の中のカフェはイメージとしてはだれもが憧れるが、実際に運営するとなるといろいろ難しい面もある。

このような地域イベントとしてそのカフェが実現できるのはとてもうれしい。それにしても、この森には幼稚園児がやってきて、思い思いに遊ぶのだとか。

たまには保護者と園児が手作りのマーケットを出してフリーマーケットを楽しむのだとか。


a0010575_118736.jpg子どもに遊びや学びやワークショップなどのプログラムを押し付けるのではなく、子どもたちが…あるいはおとなた達も…自由にそれぞれ好き勝手に…というか、思い思いに自分の行動を発見できる場がうらやましい。


a0010575_1192065.jpg先日、福岡の自宅まで訪ねてきてくれた子ども達との活動に問題意識を持つプロフェッショナルとの会話を思い出した。

子どもの遊びを導く大人のあり方についてのヒヤリングをしにわざわざ福岡までやってきてくれたのだが、そのとき会話の中ではじめてある考えに気づかされた。


a0010575_11113370.jpg子どもにとっては遊びと学習の区別がないということ。

子どもはただ目の前の現象に夢中になる。

自分の行動に夢中になる。


a0010575_12291867.jpgそこに遊びとか学習とか教育とか…そのフレームをつくるのは大人の価値観。

何かをさせようとしたり何かを教えようとする大人の常識や価値観が子ども達の「自分で見つけ出す」という貴重なチャンスをいかに邪魔し、阻害し、歪曲させているか。


a0010575_12301218.jpgあるいは…何かにおびえ、何かを感じ、何かを見つけ出し、何かを乗り越え、何かに夢中になる…

そんな貴重な宝物のような時間をいかに阻害し、剥奪しているか。


a0010575_1230511.jpgこの森は優しいばかりではなく、しっかりその敷地の中に「不思議な怖いところ」を作っている。

そう、森はそもそも優しい安心できる場というよりはむしろ神秘的なところ。

それは意図的なのかどうかはわからないが、まるで魔法使いが住んでそうな…国籍を超え、現実を超えた空間。


a0010575_12314725.jpg実は理事長の柳瀬さんが長年趣味で集めた骨董のランプやガラス瓶が飾られた事務所。

友人の出店する蚤の市で感覚的に興味のあるものを集めていると知らず知らずのうちにランプやガラスなどがたくさん集まったのだそうだ。


a0010575_12324556.jpg何か作為的に子どもの空間を作ろうとしたわけではなく、柳瀬さんの感性や生き方や子どもの教育に対するしっかりした理念のようなものが核となり、その空間をにじみ出しているのが素晴らしい。

そしてここで幼稚園の頃育った子どもたちがまた大人になり、ここで、そのころのことを思い出し、感性に正直な活動を行うことができる「まちのシクミ」も素晴らしい。

a0010575_1219932.jpgところで…この施設の中に貼ってある一枚の写真僕は見逃さなかった。

なんと! ポニーの馬車!

これぞ僕が北本の駅前に降り立った時にイメージしてしまった姿。

北本でなくもいいが、どこかの自治体とがっつりやりたいイメージ。

牧場を市民が経営し、駅前の雑木林の中にロバやポニーがひくコミュニティ馬車が市内を運行するまち。

それが実現できるのはまだまだ先なのかな。経済のためや地域の活性化の為にはたらくのではなく、個人の精神の豊かさの為に働く人が増えるような地域に育つのはいつの日か…。
by fuji-studio | 2010-10-11 23:31 | ◎埼玉・北本ビタミン
北本ビタミン 西尾美也、wah、北澤潤からの連鎖
北本に最初にやってきたのは…2008年の5月…そうかまだ2年と少しだけなんだな。もう3年以上関わっている感じがしていた。

a0010575_22382671.jpgこのブログを書き始めてから記録がかなり正確に検索できるようになったので便利。その記録によると最初に北本に呼ばれて何ができるか考えるためにその2か月後には北本アーツキャンプのチラシポスターを制作し、北本市役所の全職員に配布してもらった。

アーツキャンプという手法は1997年に福岡で始めたミーティングテーブル「plant」の合宿型の変形で、2006年に筑前深江アーツキャンプを地元のPTA主催で実施した経験があった。


a0010575_2324227.jpg地域の中でイメージ作るためにはいろいろな人とのディスカッションを重ねることで初めて発生すると思っいたので、そこから始めた。

8月のお盆の時期の5日間の合宿はどちらかというと地域や地域で活動している人と出会う為のリサーチだったが、それを踏まえて冬のキャンプがはじまり、興味深いデザイナーやアーティストがかかわるようになってきた。 


a0010575_2341471.jpgその中でもいち早くアクションをおこし、独自のプロジェクトを展開しはじめたのが西尾美也

彼の活動は2005年の取手アートプロジェクトの時から自主的にスタッフユニフォームの提案をいろいろしてくれていたので関係が深い。


a0010575_2352026.jpg京都にある大川センター運営のCAMPが行っているワークショップ「ふくのりゆう」に注目して以来、いろいろな現場で接点があった。

今年は去年まで北本や他の各地で展開してきたプロジェクトの素材を生地として最終的に服に戻しコミュニティ活動へと繋げてゆこうという新しい展開。


a0010575_2365756.jpgその実験の場が北本に暮らす若いデザイナープロジェクト「北本デザインプロジェクト」が自主的に改装して拠点していた「氷室(ひむろ)」

今年の北本ビタミンの活動がこれまでの2年間のそれぞれの活動をベースに、それぞれがいい形でリンクしてゆく流れを感じることができて、なんだかうれしい。


a0010575_761890.jpgwahの活動が北本にリンクし始めたのは西尾君のプロジェクトの北本タワー2階の工房の後、wah document officeとしての改装が始まってから。

彼らの活動としては珍しく、まず事務所を設け、新しい活動の形態を模索していたんだなと、今になって初めてわかる。

家を持ち上げるプロジェクトの主体のチーム名が「orera」であるのに対して、北本団地の空き物件で展開したプロジェクトの主体は「はみ出し探検隊」

北本団地の小中学生が中心となって、無人島に行くというプロセスをいろいろいじっている。


a0010575_772454.jpg「はみ出し探検隊」の活動のゴールは「無人島で過ごす」という極めてシンプルなものだが、そのプロセスをめいいっぱいいじっているのがwah document。

僕が最近活動の拠点としている豊島などの瀬戸内までくれば簡単に実現できる計画だが、わざわざ無人島にわたるには漁船がいるという理由を作り出し、漁船を千葉の漁港から運んできたのだとか。

なるほど。wahの活動のツボはまともそうに見せて、実は大きくズラす。そのズレ様の魅力だなと見えてきた。


a0010575_7103090.jpgそして北本団地の商店街の空き店舗で「Living Room」という活動を続けている北澤潤

やはり北本アーツキャンプのプレゼンテーションから彼の活動を知ることになったが、興味深い取りくみを、とてもまじめに「美術」に向かいつつ、しかも、団地に半分暮らしながら、その活動を地道に展開しているのが興味深い。


a0010575_7114031.jpg意図的に意図せぬ展開を仕掛け、現象を受け入れ、それを記述し、そして次の展開を仕掛ける。プロセスのあり方として注目すべき手法だと思う。 

内容はぜひ彼のブログサイトの報告をたどってもらいたいが…何もないところから北本団地の住民に使わなくなった家具を集める所から始め、集まりつつある家具でリビングルームを制作し…子どもたちの遊び場として開放しつつ…そのうち物々交換できるリビングルームとして…。

一つの場でありながら、用途が自然と変化してゆく状況。


a0010575_7123674.jpgそして偶然なのか、意図したのか…カラオケセットとかピアノとかがそろったところで「リビングコンサート」

常連の団地の子ども達が最前列で手伝いながら、地元の人のコンサートが催され盛り上がる。

地域は素晴らしい人材の宝庫だ。アートという文脈に縛られていたのでは絶対に出会えない人材にも、開放系のシステムを持つことで出会う可能性が生じてくる。


a0010575_7132856.jpg常にあらゆることにオープンになりながら、興味深いところに自由に移動できて、興味深い人と出会うシステムを作り出すこと。

北澤君の表現はそのような方向性あるのだろうし、だとすると相当うまくいったことになる。

美術に縛られない美術表現をどこまで実現できるかが、美術表現の可能性を広げてゆくことだと意図していると信じよう。

とにかく、北本ビタミン、来年2月にさらなる展開。

ところで、僕はなにしたらいいんだろう。

そろそろ僕にも何かやらせて欲しいな。

彼らに負けない表現…無理かな。いろいろハンディあるなぁ。
by fuji-studio | 2010-10-11 23:25 | ◎埼玉・北本ビタミン