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こもるはずだったのに・・・ねぶたのシステムが気になりすぎる。
国際芸術センター青森にこもって絵本作家「藤島八十郎」の絵をひたすら描くjはずだったのに・・・

a0010575_1030341.jpg森の中でじっとしていると、その自分自身の態度に違和感が生じてきて、もっと青森でできることがあるのでは・・・という疑問が膨らむ。

運命的に・・・この時期青森県の各所ではあの有名な「ねぶた」で県内全体が盛り上がっているらしい。


a0010575_10313142.jpgれを無視して、ゲイジュツに縛られ、絵本作家を演じるのはいかがなものか・・・。との自問自答。

結局、体が動いてしまう。

ねぶたのシクミを読み込もうと山をおりる。


a0010575_1033277.jpgしかし、すごいなぁ。ある意味まちかざりの完成された仕組み。

地域の企業や町内会、様々なシクミが「ねぶた」という祭りに向き合う時間を共有する場が用意されている。


a0010575_10334065.jpg青森駅のすぐ近くの海沿いに用意されたねぶたを制作するための仮設のテント。

サンタフェで美術館の裏に用意してもらったテントのような巨大なものが22張りもある。


a0010575_10343396.jpg青森のねぶたの場合、大型ねぶたは企業が協賛してつくっているとかで、ひとつ2000万円程度の予算がかかるのだとか。

それを毎年続けているシステムは凄い・・・ものの、なぜ市内を回遊させるようにこれらのテントが市内各所に点在していないのか・・・という疑問も生じたりして・・・


a0010575_1035147.jpgねぶたのストラクチャを分解していろいろ僕なりにいじってみることはもしかすると、今後の僕の活動に必然なのではないかという妄想が湧き出てきて、仕方ないのでそのあたりに可能な限り費やしてみる覚悟を決める。


a0010575_10352980.jpg素材の分解分類、社会システムの分解分類、モチーフの分解、物語の分解分類。

これらのねぶたの終わったあとの廃材の行方も気になるし、小さな地域でのねぶたやねぷた(弘前ではぶじゃなくてぷになるらしい。)あるいは八戸の山車も気になる。

とりあえず、いじるうちに何かができてしまうかな・・・。

青森の大型ねぶたの廃材もらえないかな・・・と結構難しい課題を思いついてしまい・・・日沼さん、ごめんなさい。
by fuji-studio | 2010-07-31 23:24 | ■青森&十和田での活動
小学校図画工作研究会の研修会で高嶺君と@青森
青森の国際芸術センターでの鹿児島3兄弟のレジデンスに途中から参加。

a0010575_97249.jpg青森に到着していきなり、青森の小学校の先生達が行っている図画工作研究会の研修会で高嶺格と二人でレクチャー。

彼と一緒にレクチャーするのは・・・20年ぶり?  もっと?

熟練の小学校の先生を対象としたレクチャーとワークショップだけに、少々緊張。


a0010575_983586.jpgしかし、日常子とも達と向き合う現場にいる人との接点だけに、ついつい気持ちが前のめりになり、いくら話しをしても時間がたりない。

なんだか日常抱いている違和感が蓄積されていて、僕自身の中での表現欲が高まっているのかもしれない。

しかし、青森のレジデンス・・・

どうしたものか・・・。

豊島への想いを引きずっているな・・・。豊島からの荷物、届かないな・・・。
by fuji-studio | 2010-07-29 08:50 | ■青森&十和田での活動
豊島タワーの展望室からの日の出と壇山の展望所からの月夜
島で出会う風景は本当にすばらしい。

a0010575_12393380.jpg朝、藤島八十郎の家の納屋にある豊島タワーに上って日の出を拝む。

当たり前の話だが、周りが海で囲まれているので、太陽や月がどこ角度にあっても、ほんの少し移動すれば朝日にせよ、夕日にせよ、満月にせよ・・・海に浮かぶ風景にめぐり合える。

海越しに見る島々の形や四国や岡山、広島側の風景は、島の中でどこから見るかで変化し、表情豊で、どこにもアクセスしやすい位置にあることが見えてきて、世界の中心にいる錯覚すら覚える。

島の人の意識が高く、心が美しいのは、この風景の中心で暮らしながら、日々喜怒哀楽、心を揺さぶりながら、心を育ていているからに違いない。


a0010575_12445157.jpg毎朝、毎夕、日の出と夕日を楽しみ、昼間は涼しい風を受けながら仕事をし、月夜や星空の明るさを楽しむ日々。

月夜がきれいと「壇山に行こう!」と地元の人が誘いに来る日々。

藤島八十郎の生活、本当にゆたかです・・・。

お金なくて貧乏なので、出稼ぎに出かけなくてはならなくなっていますが・・・。

ということで、しばらく豊島の住民の宇野澤君が八十郎とともに暮らしていますが、僕は彼らの生活のためにも、日常の家賃や食費やスタジオの経費などもろもろのためにも出稼ぎにゆきます。

・・・といっても稼げないプロジェクトが続くので「出稼がず」ですが・・・
by fuji-studio | 2010-07-26 12:00 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
家の中でのテント生活
藤島八十郎の家では家の中にテントを張って生活している。

a0010575_9491971.jpgテント生活は壁や窓、床が隙間だらけの廃墟での生活でも、蚊やムカデから身を守り、安心してねむることができる。

しかもここは風通しがいいので、フライをはずしてメッシュ状態で寝るととても涼しく、朝方は寒いぐらいの毎日。

実はこのテント生活、今にはじまったものではない。

福岡の自宅でも、大阪の此花でも、埼玉の北本でも、テント生活の空間が確保されている・・・そのことについては何度もブログで紹介してきたような気もするので省略・・・知らない人はこのリンク先で読んでくさい。そうなんです。藤島八十郎の家、実はほどんど僕の自宅の暮らしぶりがベースになっています。

ああ、テント生活は快適だな・・・。

瀬戸内国際芸術祭に出かけて豊島の藤島八十郎の家にいったら、是非2階も覗いてみてください。もちろん、豊島タワーでくつろぐことも忘れずに。

それと・・・まだまだ敷地に余裕があります。遊んでくれる大歓迎です。
by fuji-studio | 2010-07-24 23:46 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
八十郎の仕事が増えつつあります・・・大変になってきた。
連日、連夜、藤島八十郎の家には地元の人が訪ねてきて、いろいろな会話が重ねられ、刺激的な時間を過ごしている。

a0010575_9335084.jpg地域に入り込み、ニュートラルな立場でいると、いろいろな角度からいろいろな立場の人との接点ができて、それぞれの事情や思いが伝わってきて、興味深かったり、感動したり、心苦しかったり・・・。


a0010575_935541.jpg藤島八十郎としいうキャラクターが架空の「おまぬけ」キャラであるのと、絵本作家を目指して、物語をつくるためになんでもやります!というような態度を表出しつつ、島で暮らしているので、清掃や活動やら、みかん狩りやら、伝統行事の参加やら・・といろいろな地域の活動に声をかけられるようになってきた。


a0010575_9382852.jpg特に今回のプロジェクトパートナーの宇野澤君は6月から藤島八十郎の家に住民票を移してきて、この地域の自治会にも入会した関係で、瀬戸内国際芸術祭とは関係ないところで、地元の行事や地域で開催される説明会、清掃作業などにも参加しているので、いろいろな立場の人と島での生活を楽しんでいる。


a0010575_9393129.jpgそんななか、八十郎にもボランティアだけど仕事の依頼が来るようになった・・・。

高松側からの高速船の玄関口、家浦港に以前食堂をしていた家に、看板を掲げていたところがある。


a0010575_9405864.jpgその場所が殺風景なので、地元のいちご農家が経営している「いちご家」というカキ氷とかソフトクリームとかがおいしいお店の看板を出すという話があり・・・(いや、本当においしい。)・・・その経営者から看板作りを手伝ってくれとの八十郎への依頼。
 

a0010575_9425563.jpgお店の看板というよりも、島に来た人に向けて何かメッセージを描きたいとのオーナーの要望から、単純に「吹き出し」を看板にして、そのオーナーの子ども達に「島へ来た人に伝えたい言葉」をいろいろ考えてもらのはどうだとの八十郎の提案。


a0010575_9463769.jpgちょうど、たて看板につかっていた廃材(厚さ6mm程度のサブロクの合板がたくさん。表には30cm角程度の格子の模様・・・)がもらえることになり、その素材が具体的な形や大きさ、設置方法を決定する。

イメージを先につくりその通りにモノゴトを押し通すと相当なお金がかかるが、その場にあるものに応じてつくると無駄がない。


a0010575_9473329.jpgただし・・・時間と手間は相当かかる。

その分、心のこもったいいものができればいい。

文字も、通常だったらカッティングの文字を出力屋で頼むところだが、予算をかけられないのでカーボン紙でトレースして塗料で中を塗ってゆく手法で仕上げる。これも久しぶりの作業。


a0010575_9481850.jpg・・・というか、徒歩3分にあるホームセンター兼コンビニ兼スーパーマーケットのなんでも屋には30年ぐらい前に販売していた様子のカーボン紙が赤、青、黒と品揃え豊富に残っていて・・・おそらく僕が買わなければそのまま商品価値がなくなりそうなので・・・トレースの技術はもっと使わなければならないような気がする。


a0010575_949765.jpg取り付ける作業の段取りを決めるために、ためしにひとつだけ看板を設置しようと現場作業を行ってみるが、昔のコンクリートボードが使われていて、コンクリート用ドリルが必要なことが判明。

困っていると、その場所の所有者がちゃっちゃと工具一式を持ってきて・・・まったく無駄のない手際でちゃっちゃと取り付けてゆく。

その作業の仕業が美しい。

こんなところに美がある・・・というのに

僕らはその姿に出会えて幸せだったが・・・それを表現するのは難しい。
by fuji-studio | 2010-07-23 06:32 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
豊島での瀬戸内国際芸術祭のシンポジウムで、周縁代表として・・・。
瀬戸内国際芸術祭の主催で会期中、いくつかのシンポジウムが企画されている。

その豊島バージョンがあり、ボルタンスキー浅田彰との対談のあとに僕らのトーク。

a0010575_13394743.jpgシンポジウムというより、簡単な自己紹介で、時間切れの会だったけど・・・。

出品作家も多いし、英語やフランス語とかの通訳もありで、同時通訳というわけにも行かず、時間的にも厳しいのも確か。仕方ない。

クーラーもない炎天下の小学校の体育館でカーテン締め切っての映像プレゼンテーション自体が無理のある設定。それも仕方ない。 興味深かったのは「拡大する美術と、その周縁。」というタイトル。

どうかんがえても、周縁は僕のことを意識してのタイトルだと思えてならない。(ありがとうございます)


a0010575_13403397.jpg浅田さんは周縁を終焉と読み替えて駄洒落をいったりしていたが、確かに人口1000人の島の小学校の体育館で、世界的に有名作家や批評家や彫刻家、美術作家の中に混ざって・・・周縁活動を自称する僕が平気でそこに並んで座っているのもおかしい話で、・・・いよいよ美術も終焉なのかもしれない。 

実は、今まで島の人に対して、実行委員会に対しても・・・自分自身の事やこれまで行ってきたこと、あるいは今後行おうとしていることについて話をする機会は一度もなかった。

その意味では唯一与えられた5分程度の時間だったが・・・もっといろいろな立場の人と、この地域で行うべき新しいアートシステムの実験について語り合うべきだし、そのチャンスをもっと小さくてもいいので作らなければならないな・・・と感じている。


a0010575_1341952.jpg出来事が大掛かりになれば必ず生じてくるユガミやヒズミについてちゃんと捉え、現在のシステムの不具合について時間をかけながら検討し、修正し、更新してゆく姿勢そのものが大切だと思う。

今回の瀬戸内国際芸術祭というシステムについては、地域側の立場でコーディネートする視線を持つ人の介入がもっと組み込まれてゆかなければならないと思っている。

作家のイメージありきではじまる仕組みそのものにも問題はあると思うが、予算的問題でコーディネーターが圧倒的に不足していて、オーバーワークで・・・しかもその人の立ち位置はあくまでも地域側ではなく、アーティスト側で・・・どちらかというと事務局側ですね・・・。

まあ、それも現状をみれば仕方ない。

去年の水都大阪2009の時は、事務局と作家を繋ぐ間に地域寄りとアーティスト寄りのコーディネータに介入してもらい、その掛け合いに期待したが、どうしても不協和音が生じていろいろな問題が見えてきた。


a0010575_817572.jpg地域側のコーディネータとして、都市計画やランドスケープ系のコンサルタントという立場の人たちが関わったが、そことアーティスト側のコーディネータが水と油でなかなか混ざり合わなかった。

個人の問題としてというよりは、役割の問題として、立場の問題として、あるいは興味の志向性の問題としての不協和音だったのかもしれないが、とにかく両者が「いい状態で・・・」仕事ができたとはいえない。

瀬戸内国際芸術祭というアートシステムについて内部からその全体を見ようとすると、地域側のコーディネータとしてはむしろ地域リサーチ型の社会学系の専門家との掛け合いが必要なのではないかと考えるようになった。

僕自身も含め、アーティストは危険な毒を持つナマモノだと思っているので、それを料理する専門家が必要。


a0010575_8461844.jpgその意味で、危険なナマモノの取り扱いに詳しい人も必要だし・・・

街や構造物あるいはモノゴトが作られる段取りが分かり予算を組めるコンサルタント系も必要だし・・・

そして地域の問題を読み込み、その両者を繋ぐような役割の社会学系のコーディネータも重要なのではないか・・・という視点。

少なくとも、作家の選考も含め、地域の人や地域主体で活動する人が作家の表現を作品化する上で・・・かなり突っ込んだ形で編集作業する視点が必要だと思うが・・・、現状は作家のプラン(具体的な最終形態のイメージ)を数名の力のある人がジャッジするというような仕組みになっている。

そのあたりの問題点は実行委員会の体質次第で、意外と簡単に修正できることだと思う。

ともかく、今後の可能性や不可能性についていろいろ問題が見えてくることは歓迎すべきことだし、無視され続ける地域であるよりは期待感の高まる地域であるほうがいい。

その意味でも、瀬戸内国際芸術祭という巨大な地域実験・・・もっといろいろな角度からの視線がほしい。

・・・・・・

a0010575_8474224.jpgところで、浅田さん、1983年に岡山の牛窓のオリーブ園で開催された第一回牛窓国際芸術祭のシンポジウム会場で出会って以来・・・おお!27年ぶり。

雰囲気がぜんぜん変わっていないところが凄い。昔も若かったが今もとても若い。

当時のシステムはズタズタで、シンポジウムの会場で一緒に出品していた同級生の高橋君とか杉山君とかが怒り、そのときのコーディネータの千葉(茂夫)さんに激しい抗議と行動を投げかけ、押し倒し、暴力とともにある過激な行動をとろうとしていたことを・・・(未遂で終わりましたのでご安心ください。)・・・浅田さんも覚えていてくれた。

考えてみると、国際芸術祭というスタイルはこの牛窓ぐらいからこの瀬戸内の地域では連鎖して定着してきたといえるんじゃないかな。もう30年近く・・・。

そのシステムはかなり更新されてきたとはいえ、まだまだ不全でもっとちゃんと更新してゆかなければならないんだろうな・・・。

ちなみにそのときの牛窓国際芸術祭の翌年、リセットされて、第一回牛窓国際芸術祭が開催され、僕らが参加した第一回だったはずの国際芸術祭は抹殺されたという経験を持つ。

その後10年ぐらいは続けていたので、90年代半ばぐらいまでは開催していたはず。僕らはその時から国際なんちゃらに根拠のない不信感を持つようになったのかも・・・。

それが岡山市内での自由工場へと連鎖し、当時出来立てのベネッセハウスへと感染して、直島の家プロジェクトへと繋がり・・・

というようなことにも興味深いな・・・。
by fuji-studio | 2010-07-21 22:53 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
スダジイの森を守る魔人。
藤島八十郎をつくるために暮らしている豊島の唐櫃という集落から、壇山の頂上に向かう途中にスダジイの森というところがある。

a0010575_9351623.jpg島の人に聞いても「?」というかんじだが、権現様というと「ああ!はいはいはいはい」と返ってくるほど重要な場所。

ちゃんと足を踏み入れたことがなかったので、いつも買い物をしている商店のおばちゃんに近道を訪ねてみると奥から83歳のおじちゃんが足を引きずって出てきてくれた。


a0010575_9384158.jpg数年前に亡くなった奄美大島出身の僕の父親と同世代で、生前ひざを悪くしていた父親と足の引きずり方が同じで、しゃべり方まで似ているので、いつもおじちゃんには父親の姿を重ねてしまっている。 自分の車で行こうと思っていたが、そのおじちゃんが自分の軽トラックで連れてゆくというので、あまえて乗せてもらうことにした。


a0010575_9445537.jpgいつもは一歩ずつゆっくりしか歩けないおじちゃんは軽トラックの運転をはじめたとたん、がんがんすばやく走る。

何度か通ったことのある山道を走り、風景が広がり、空気が冷たくなったと感じた瞬間、車が止まり、そこが権現様だといろいろと説明してくれた。


a0010575_9412366.jpgおじちゃんを軽トラックに残して権現様の森に足を踏み入れる。

じわーっと湿気と冷気が霊気にかわったような気がした瞬間、おもわずなんだか涙がこみあがってきた。

久々の感動。


a0010575_949745.jpgここに通わなければいけないと感じつつ祠までのぼり、神仏合体の権現様のお参りの仕方に戸惑いながらお参りをさせてもらう。

樹齢250年という木々もすごいが、巨岩もすごい。

ふと気配を感じて目をこらしてみると、すぐ横に、どこかで見たことのある巨大な魔人の顔をした岩を発見!

こいつは凄い。

以前も六甲山の自然の家の池の中から同じような巨人の顔を発見して驚いたが、ここにもいた。

戦後すぐにこのあたり一帯が山火事になったことがあったらしいが、この森の手前で火は止まったのだとか。

日本の神話とも縁の深いところなのだとか。

・・・もの凄い。
by fuji-studio | 2010-07-21 09:49 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
藤島八十郎の家の看板。
じわじわーっと、ゆっくりゆっくりと、なぜこんなに無駄な形にならないことばかりをやっているのか・・・と思えるほど、ほんの少しずつ、藤島八十郎の家の制作をすすめているうちに・・・

a0010575_21234026.jpg気づいてみると、プレス関係とか、関係者とか、知り合いとかがどどーっと家に流れ込み始め・・・

あれ? 何かがもうはじまったのかな?

・・・というかんじで、瀬戸内国際芸術祭がはじまった。

高松の方では、どうやらオープニングのセレモニーがあったり、出世組アーティスト達のツアーがあったりしているらしいが、事務局に問い合わせてみると、僕らには関係のないことなのだとか。

まあ、まだまだ当分は現場の掃除すらできそうにない状態なので、泥だらけの作業服を脱ぐのはまだまだ先のことだから仕方ない。

そうそう。藤島八十郎の家に看板を取り付ける。


a0010575_21252119.jpgどんな看板がいいか・・・悩んだ末、以前富山県の氷見でセルフのそうめん流し場を作った時につかったボールペン技術で作ってみた。

ボールペンで塗りつぶした独特の色と風味がいい味を出しているのだが、観客の多くはそんな些細な細工に気づくひまもなく、作品を探そうとする。

・・・まあ、いいっか。

ということで瀬戸内国際芸術祭、はじまったようです。

この八十郎の家はまだまだ制作が続き、ようやくこれから宇野澤君や他の参加者がじわじわーっと八十郎の活動をつくりはじめる・・・といった段階に入ります。

10月半ばぐらいにはなんとか形になればいいなぁ~。

そういえば・・・セルフのそうめん流し場。

八十郎の家にもいいかもしれないなー・・・。
by fuji-studio | 2010-07-19 21:26 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
ひたすら向かい合うと、たまに予期せぬ出会いがあり、何かが加速する。タライの場合・・・
これだけの小さな家でも、もともと放置されていたすべてのモノ達とちゃんと向かい合うことは難しい。

a0010575_6512468.jpg架空の人物、藤島八十郎の存在をつくるために、廃屋の掃除をしつつ・・・

その内装のために、新しい素材を一切購入することなく・・・その家に残されたすべてのものと向き合う日々。


a0010575_6534859.jpgこえび隊というプロジェクトサポートメンバーの力を借りて、ずべての廃材をひたすら分別し、ひたすら洗浄し、ひたすら磨き・・・、どんな些細なものでも向き合い、いじろうとしている。


a0010575_6562050.jpgそのような膨大な無駄な作業の隙間に・・・ふとした感覚の隙間に・・・ふとした行為が些細な喜びを生み出すことがある。


a0010575_7021100.jpg部屋の中にあったタライ類。

プラスチックだったりアルマイトだったり。

30年以上前の政治家が香川県全域に配布したと思われるタライだったり。


a0010575_7175488.jpgそんな色々なタライを何に使おうかという問題と・・・とりあえず必要のためにとりつけた工事現場用の照明器具がまぶしいな・・・という問題がふとしたきっかけで重なりあい、新しい状態のモノゴトが生まれる。


a0010575_7183643.jpgそんな些細な発見は小さな喜びだけれど、少しの期待感を生み出し、膨大な単純作業を持続させるに十分なモチベーションに繋がる。

とりあえず、いろいろのせてみる。


a0010575_7193430.jpg妙にマッチしたり、妙にミスマッチだったり。

微妙なズレが面白い。

30年前の洗剤が入っていたプラスチックのボトルも口を切り取りつかってみたり。

妙な行為が次の行為を連鎖させる。

八十郎は変な人だなー・・・と客観視しつつ、僕の中の妙な遊び心を再確認する。

とりあえず、積極的に現場を楽しむ強い意志を持たなければ・・・

その向こう側にしか期待感や可能性はうまれないような気もするし・・・。

そんな態度がつくれればいい。

ちなみに・・・最初の写真のタライを配った福家俊一さん。ある年齢以上の香川県民であればほとんど全員知っているぐらいの有名な人らしく、いろいろな人がいろいろな角度でこの人について語ってくれる。

さらに・・・一緒に作業をしていたサポーターが一言。

「この人私の友達のおじいちゃん!」ですって。
by fuji-studio | 2010-07-16 07:26 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
豊島は住民が立ち上がった島として有名なのだが・・・
豊島に来て活動していると、時折、いろいろな誤解された言葉で語る人に出会い、嫌悪感を感じてしまう。

豊島が大きく誤解された言葉で語られることがあるので悲しい。

a0010575_7471327.jpg豊島は行政と戦い、自然を守りきった住民の姿で有名になった島なのであって、廃棄物で有名になった島なのではない。

わずかな言葉の使い方の違いが島に対するイメージや認識を大きく誤解させ、無神経に語る人がたまにいるので心苦しい・・・ということ。

全国各地、どんな地域にも廃棄物処理場はあるし、不法投棄の産業廃棄物の現場かある。

しかし、その現場の管理体制やありかたそのものに対して、住民がしっかり問いかけ、行政に対してちゃんと問題を提示し、なおかつ解決の道を探ろうとしている地域がどれほどあるというのか。


a0010575_7481942.jpg豊島の住民は自然豊な酪農の島に廃棄物が持ちこまれようとしたときから戦い続け、行政に対しても管理責任を問い続け、・・・しかし、無視され続けられながらも・・・なおかつ戦い続け、そしてその撤廃を約束させたというすばらしい住民達の暮らす島として有名になった。

僕は1994年頃、高松市で行われてたいた中坊公平の講演会に出席したことでそのことを知り、その住民の意識の高さと活動力、行動力に感動した。

それがきっかけで豊島に興味を持ち、2004年頃に一度、環瀬戸内海環境会議のメンバーの案内で島を訪れたことがある。


a0010575_750851.jpg豊島に入り活動し、あるいは豊島で活動するいろいろな人に語るにつれ、たまに何かを誤解して「豊島は廃棄物で有名な島ですよね・・・」と語られることがあり腹が立つ。

とんでもない誤解。

廃棄物と戦った住民で有名な島なのであって、廃棄物で有名な島なのではない。

そこの言葉の省略は修正してほしい。それで困っている人も多いからです。

日本全国、世界各地、増大する廃棄物の処理で頭を痛める地域の中で、その処理の仕組みと責任についていちはやく厳しいまなざしを向けながら、ちゃんと発言し、ちゃんと会議をし続ける力のある住民で構成された地域はそう多くはない。、

豊島はやっぱり凄くいい。

出会う人々がそれぞれ凄くいいから。

とにかく・・・日々感服。

そして大量に襲い掛かる蚊の攻撃を支える自然の力にも感服。


※写真はちゃぴ@こえび隊撮影
by fuji-studio | 2010-07-15 00:59 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎