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武岡台高等学校で高校生への授業
昨日の夜、高松から岡山まで移動したあと、岡山からプロペラ機で鹿児島まで移動。

a0010575_23274432.jpg3日間の鹿児島県立武岡台高等学校で高校生対象の授業。

体育館とか講堂で全員集めて3時間でも4時間でも話とワークショップでもしてもらえばよかったのだが、クラスごとに4回、ほぼ同じ内容のレクチャーをやらなければならなかった・・・

結局、同じ講義などできるわけなく、その都度学生の様子をうかがいながら、アドリブで話す。

学校の先生はこれを毎日何時間もやってるんだからえらい。

1年生からいろいろリクエストをもらって答えられていなかったぶんを以下、こちらでお答えします。

高校生からの質問の答えはこちらから。
by fuji-studio | 2009-10-26 23:58 | ■鹿児島での活動
瀬戸内国際芸術祭に参加する流れになりそうです。
昨日、大阪から高松へ移動し、高松に宿泊。

来年開催される予定の瀬戸内国際芸術祭に参加するかどうかを決めるために現場の様子を見に行く。

a0010575_23393553.jpg朝7時過ぎに高松の港で北川フラムさんから要望を聞いて、そのまま豊島へ。

豊島は5年ぶりぐらいかな・・・。


a0010575_23401690.jpg豊島で香川県の人と地元の観光協会の方の案内で何件かの空き家を見せてもらいつつ・・・

途中でありえない素晴らしい現場にめぐり合ったりしつつ・・・

今回は詳しく語れないのが残念だが・・・

本当にすごい。・・・乞うご期待!・・・


a0010575_2341110.jpgそのまま船で高松市の駅前のホールへ。

ホールではなんと賑々しく瀬戸内国際芸術祭のキックオフイベントが用意されていて、いきなり参加アーティストとして登壇。


a0010575_23413838.jpgまだ何のプランもないけど、一応何かをやるという意思表明をやたらと派手な舞台の上で行うことに。

僕としては島がテーマのプロジェクトを無視するわけにもいかないし、さらに豊島は僕にとっては神聖な場所。

重要な場所だけにじっくり関わりたい。


a0010575_23422549.jpgしかし、豊島は本当に魅力的な場所がかなりある。

その場をどのようにつなぐか、どのように編集するか・・・

そのあたりを行いたいな・・・。

風景画家でもつくってみようかな・・・。

藤島豊(ふじしまゆたか)とか・・・。

(おもいつきですが・・・)
by fuji-studio | 2009-10-25 23:42 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎
大阪市立大学の都市研究プラザが行っている地域のためのアートマネジメント講座
この夏に52日間通い続けた中之島公園まで自転車で通う途中になんとなく目にしつつも、なんとなく関係ない場所だと思っていたところ、堂島リバーフォーラム。

a0010575_22514980.jpgこのあたりは「ほたるまち」と名づけられ再開発された場所だとか。

その中にある大阪芸術大学のほたるまちキャンパスで地域のためのアートマネジメント講座があり、10回連続講座のなかの2回目の講師として参加する。


a0010575_22554133.jpgいままで関係なかったところが、何らかのきっかけで急に関係する。

関係してみると見方も変わる。接し方も変る。

まさにその関係性について熱く語ってしまった。

この講座が無料だとは。

文化庁の「文化芸術による創造のまち」支援事業の予算によるもの。

ここからいい活動が育ち地域に還元できればいい。
by fuji-studio | 2009-10-24 23:31 | ・講座/対話/研究会
九州大学の建築学科2年生の設計演習の授業
九州大学の2年生の設計演習の授業で毎年レクチャーを行っている。

a0010575_233353.jpg今年で4年目。毎年楽しみな授業のひとつ。

設計課題が美術館だから・・・。

美術館について美術について、もしくはデザイン的アプローチとアーティスト的アプローチについての僕の考えをぶつける。

九州大学の学生は毎年反応がとてもいい。反射率が高いというか、跳ね返り感があるというか・・・。

そして、課題で相当悩み、まだ表現手段を持っていないがゆえに、何が飛び出してくるかわからない。

ある意味・・・可能性に満ち溢れている状態。

ここからいろいろな現実にぶつかりながら、可能性の種が消えてゆくのかな・・・。

中間講評会と最終審査会に参加する。その変化を見るのもまた楽しみ。
by fuji-studio | 2009-10-22 23:08 | ・講座/対話/研究会
eco japan cupの審査会
東京の赤坂Bizタワーの博報堂でeco japan cupの審査会。

a0010575_23551466.jpgなかなかいい作品がなくて苦労する。

もっとがつんとした作品が出ていたら、グランプリ賞金100万なのにな・・・。

これまでの常識を覆すような感性とか、イメージとか、概念とか、アプローチとか。

・・・・・・・・・・・

来年も続きそうなので、是非出品してください。

エコかどうかに捉われるのではなく、自分の周辺の環境に対する深いところでの関わり方の態度のような気がします。
by fuji-studio | 2009-10-19 22:28 | ・単純記録/Diary
トイザウルスが此花の四貫島商店街に展示されていた。
京都のモリユウギャラリーでの展覧会の作品制作と現場での設営のために、大阪の会場からの搬出や作品移動などを任せっぱなしになってた。

a0010575_23145598.jpg京都がおちついて、大阪が気になり、トイザウルスが移動した先を確認してみる。

此花区の四貫島商店街の会長さんが、空き店舗の中に飾るということで、自らトラックを調達して移動してくれて、展示してくれたのだとか。


a0010575_23161457.jpgちゃんと飾られている。ありがたいなあ・・・。しかし・・・・・・

これの全体のストーリーを伝えたり・・・、展示方法を考えたり・・・、しっかりしたコーディネートできる人が必要だな・・・。


a0010575_2317974.jpg基本的なことなのだが、僕の周辺でさえも、いまだにここになかなかエネルギーが注がれない。

ここにエネルギーを注ぎ、もっとも適正な手法で、適正な形に編集できるコーディネーターがいない。

・・・なぜだろう・・・。

これではいけないのだけどな・・・。

・・・・・

新世界での展示もちゃんと考えなければならないなぁ・・・
by fuji-studio | 2009-10-18 22:55 | ◎大阪・中之島での水都大阪
mori yu gallery 京都でのトイザウルス
11月21日まで、ほぼ一ヶ月間の展覧会が平安神宮の近くのmori yu gallery ではじまる。

a0010575_151995.jpg個人的にはいろいろやり残した課題が見えた展覧会ですが、これからのベクトルを切り開いたような気がする。

初日から東京都現代美術館のHさんや元東京国立近代美術館で今は多摩美のMさんが登場したり、京都の若い作家達が集まったり、名古屋や大阪・京都からコレクターやギャラリストがやってきたり・・・個人的には京都のギャラリーでのこのような展覧会はほとんど始めてで、とても新鮮。・・・昔京都のギャラリーでやったことといえば・・紙芝居屋とかヤセ犬専門店とか、ギャラリー空間に別の機能を持たせようとしたことはありますが・・・

あたり前の話ですが、地域のアートプロジェクトに集まってくる人とはまったく別の人が集まってくるのが面白い。

たぶん、多くの場合は・・・このようなギャラリーにあつまるアートワールドな人間関係の閉塞感から、それから逃れるために表現の現場をまちに求める・・・ということになるのだと思うが、僕の場合、その段階から幾重にも屈折してきてここにきて・・・まちでの予期せぬ出会いの面白さをさらに定着し、流通させるために、まちのプロジェクトだけでは繋がらない回路を繋げるためここに飛び込んでいるとの自覚がある。

これは水都大阪での達成感という支えがないと精神的には難しい業なのかもしれないなー。

「未熟ですが、よろしければご笑覧ください。」・・・といった感じです。

・・・そういえば・・・忘れていたが・・・最終日に林加奈さんと、この黄色のトイザウルスには名前がないのかと話していて、「ジャンキー」とか呼ばれていたなー。
by fuji-studio | 2009-10-17 23:51 | ◎ギャラリー等での活動
モリユウギャラリー京都での展覧会明日から。
京都の東山、二条あたりにあるモリユウギャラリー・京都での設営作業。

a0010575_10463727.jpg都市キャンペーンとしての水都大阪2009で表現されたイメージを、ギャラリーシステムのフォーマットに編集し作品化する試み。

どちらかというとこれまであまり取り組んでこなかった。

空間をつくるのは得意という意識はあるし、これまでもギャラリー空間や美術館空間を都市施設のひとつとして捉えて、まちの中の一部としていかに面白い機能を作り出すか・・・という視点でいろいろいじってきたが、それらをアートシステムとしてシステムの側から捉え、そのフォーマットに再編集するという意識で展覧会を行う試みは去年ぐらいからぼちぼち行いはじめたこと。

しかし・・・単体の物を作品を完成させるのはきわめ苦手だったということを・・・忘れていた。

そうだった。僕は広げたり、拡散したり、浸透させたりする素描的な作業は得意だが、重ねたり、仕上げたりする作業は不得意だったんだ。

ギャラリー空間はいかにも京都らしい東山の疎水に面していて、ギャラリーの中で設営作業をしていても、ふと目をあげるとその疎水の緑がめに飛び込んできて、ここちいい。

昨日まで52日間の現場だった大阪の中之島公園の騒々しさとはまったく別世界の京都の静かなギャラリー空間の中での作業をかみしめるように楽しみ、数ヶ月の緊張がほぐれてゆくのを感じる。

そして、本来描かなければいけなかったイメージがぼんやりとここにきて見え始めた。

そうだ。もっと中之島の出来事をしっかり画面にするべきだったんだ。

描くべきイメージが見えてきた。

あとはどう描くか・・・だ。

大阪の水辺がどれだけすごかったかどうかの事実は事実として存在するのではなく、そのことを伝えるものがいかなる形で強く存在するかによって変わってくる・・・ということ。

もしも1世代・・・33年を超えて残るほど強い表現物であれば、伝説が生まれる可能性が連鎖する。

逆に・・・何の記録も残っていないとすれば・・・記憶に定着することもなく、事実は事実でなくなることすらある。

しかし、もちろん連鎖は繋がる。しかしその連鎖がなぜ生じたのかはそれどれの個人の記憶の中で編集を繰り返されズレながら抹消してしまう。

多くの余地と可能性を残しつつ・・・明日の夕方からオープニング。
by fuji-studio | 2009-10-16 23:38
ささやかなうれしい発見。
別に意識していたわけではなく、切羽詰って知らず知らずのうちにこういう使い方をしていたが・・・

a0010575_2239257.jpgよくよく考えてみると・・・「なんだ! これでいいんじゃん!」という思わぬ使い方って身の回りに潜んでいるんだな。

普通に一番安く販売されているアウトドア用の折りたたみの椅子二つをテーブルの足として使ってみると以外とちょうどいい高さになることを発見して・・・なんだかささやかにうれしい。


a0010575_2241951.jpg多分、ほかでこのように使っている椅子は見たことがないので、もしかしたら僕の大発見かもしれない。

絵を描くためにこのように載せてみたり、別の形で載せてみたりで・・・4種類の載せ方をして・・・結構使える。

絵を描くことで絵を描くこと以外の何でもないことを発見してしまう。

そんなことが起こることがとてもいい。
by fuji-studio | 2009-10-15 23:29 | ・生活周辺/LifeScape
此花メヂアスタジオにこもる。
水都大阪の撤収作業、搬出作業が続く中、此花メヂアスタジオにこもって水都大阪で立ち上がったイメージの編集作業。

a0010575_10552176.jpg地域活動から立ち上がってしまったイメージを、美術のシステムのフォーマットに再編集するトレーニング。

この半年ほど前から、システムのフォーマットの話をするようになった。

「表現すること」と「作品化すること」は違うレイヤーの話であるという自説は以前からよく話していたが、作品化するときに、そのシステムのフォーマットにあわせて編集する作業が必要なのではないか・・・という説明は最近特に興味深いこと。

もちろん、ベースとなる日常的な・・・システムのためではない個人の違和感に向かい合うウジウジとした言葉にならない表現活動・・・いじり活動?・・・がベースにあっての話しだが、それをどのように作品化するかは、どのフォーマットに乗っけるかによって、実は、関わる人や関係のあり方や、影響を与え、受ける状況が変わってくるということにあまり注目されていない。

近年の地域系アートプロジェクトというシステムのフォーマットも個人の表現活動を起動させる重要で新しい可能性ではあるが、それはもちろん万能ではなく、過去におけるあらゆるアートシステムと並列に存在しているということを確認したいのかもしれない。

僕自身、過去に全盛を振るった美術業界の会員制のシステムや、地方新聞社と国立大学の教授達が作ってきた地方美術界の封建的システムを否定してきたことはなく、ただ、地域で活動しようとする若者にそのシステム以外の選択肢がない状況は変えなければならないと思っていた。


a0010575_10555832.jpg作家が・・・作家を目指す者が・・・いや・・・、違和感に向き合い、何かを表現しようとしている者が、自分の表現活動を活かす社会システムと出会い、それぞれの活動を加速し、活動が連鎖してゆくことはとても重要なことで・・・、逆に・・・いい連鎖が生まれてくるシステムに出会えず、閉じた社会で腐ってゆくことほど不幸なことはない。

20年以上、地域でのアートプロジェクトのシステムに向き合い、その深く大きな可能性を目の当たりにしつつも、その限界を超える視点が見えてきたからなのだと思う。

隣接しつつもほとんど関係性のなかったアートシステムに触れ、いじり、何かを知ろうとしているのだと感じている。

地域で立ち上がったイメージをあえてアートシステムのフォーマットに編集しイメージを増幅し、固着させようとする試み。

去年のサイトサンタフェビエンナーレでも実験しようとしたが・・・、ある出来事がある事実をして存在するためには・・・、しかも強く存在するためには、その記憶が編集されなければならないと考えてきた。記憶は記録によってつくられる。

大阪の水辺で発生した52日間の出来事を存在させるためにはなんらかのイメージの再編集が必要になる。

もちろん記録集も制作するつもりである。

その記録集とはまた違うイメージを固着しようと向かい合う数日間。

久しぶりにキャンバスに向かい、その素材の違和感と立ち向かいながら、大阪の水辺で立ち上がった実像から発生した虚像の編集を試みている。
by fuji-studio | 2009-10-14 23:57 | ・スタジオ作業日誌