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国連大学での環境に関する公開シンポジウム
国連大学の2階の国際会議場で環境とか漂流ゴミとかについてのシンポジウムに参加。

a0010575_7543278.jpg津村さんとは中国以来久しぶり。

大巻君とは水戸の現場以来久しぶり。

淀川テクニック
とも取手以来久しぶり。

高谷君
はなんどかちらちらと彼らの現場で出会ったことはあるが、話をするのは大学以来かも・・・本当に久しぶり・・・大人になったなぁ・・・ってあたりまえか。

久しぶりのいろんな人とこんな舞台の控え室で一緒にいる時間は不思議で楽しい。


a0010575_755215.jpgそれにしても…環境がテーマのシンポジウム。

時間がないので表面をなでているだけのような欲求不満状態。

ぶつけてみたいことは山ほどある。

違和感や疑問も山ほどある。


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だれ話せばいいのかわからないけど、とにかく話すうちに出会えるかもしれない。

eco japan cupなどでもっとこういうディスカッションの場をがんがん作ってゆけばいいのに…。

東京でもあちこちで環境テーマのディスカッションの場をつくればいいのに…。

やっぱり合宿ぐらいして話さないと、なかなかイメージまでたどり着けませんね。

そういえば、明日から宮城で阿武隈蔵王アーツキャンプの合宿です。

その後、神戸大学で3日間のワークショップ論集中講義。よし、そこで、とことんディスカッションするぞ!
by fuji-studio | 2009-07-31 23:53 | ・講座/対話/研究会
水都大阪へ送り出すペットボトルの整理
8月22日からはじまる大阪の中之島特設自由工房「かえる工房」のために、素材として、あるいは机や椅子や壁として、これまで10年近く福岡のスタジオにストックしてきたペットボトルを送り出すために整理する。

a0010575_035460.jpgブロック状のものと、ペットボトルの状態のものをトラックに積み込みやすいように袋に入れなおす作業。

ばらばらの状態が1万本程度、ブロック状でも1万本以上のペットボトルをストックしてきた。


a0010575_05148.jpgこれで中之島の会場を飾り、中之島で何かをつくる。

倉庫の奥に2000年当時ストックしてきた緑色のお茶系のペットボトルのストックが出てくる。


a0010575_053598.jpgこれはもうすでになくなって久しい。

いやー・・・緑のペットボトル・・・あつ30年ほどストックするともっと価値がでるかな・・・などと思いながらこのあたりのレアものペットボトルさらに奥にしまいこむ。

・・・べつにペットボトルマニアではないのですが・・・。
by fuji-studio | 2009-07-31 00:05 | ◎大阪・中之島での水都大阪
青山こどもの城の隣の国連大学一階でのぬいぐるみ再生工房
a0010575_10275662.jpg去年の夏休みはお隣の青山こどもの城で展示ワークショップをやっていたが、まさかそのお隣の国連大学の一階に展示室があるなんて思っても見なかった。


a0010575_10282375.jpgさらにその裏にはトーキョーワンダーサイトというレジデンス施設があるなんてことも知らなかったなー・・・。

まさに、縁がないということは関係がないということで、関係がなければ存在すらないことになりかねない・・・。


a0010575_10285152.jpg急遽、展示することがきまったので、とりあえず展示室の広さにあわせた適正なヌイグルミを遠慮気味に送り込む。

倉庫の中に眠るヌイグルミの4分の1程度だけ・・・


a0010575_10291422.jpg一応、明日からここでヌイグルミの解体と分別工房ということでやってみよう。

ほしいヌイグルミがあればだれでももって帰ってもらえます。

解体してほしい素材だけもらうこともできます。

で、ここで一週間展示してみて、その後、北本ビタミンタワーの4階に「ぬいぐるみ再生工房」をつくり、新しい活動拠点にしようかな・・・。さらに中身の綿は屋上へ抜ける階段室のアスベスト対策に使おうかな・・・との予定です。
by fuji-studio | 2009-07-28 10:29 | ■東京での活動
種子島を離れ、自宅に戻り・・・いろいろ縁が絡んでいるな・・・と深さと複雑さにあらためてうなずく。
佐藤卓さんのかえっこをやっていた会場でのディスカッションへの参加に後ろ髪をひかれながらも種子島を離れ鹿児島へ。

鹿児島での時の芸術祭の最後のイベント、日比野さん面高さん末吉さんとのしゃべり足りないディスカッションを終えて、いくつか墓参りをし、福岡に戻る。

a0010575_024193.jpg福岡に戻ると、フライヤーの束の入った封筒がいくつも届いている。

この夏のこれから始まる展覧会関連のちらしをあけながら、種子島で一緒だった日比野さんとか森さんと微妙に連なっているフライヤーが多くて、あらためて深い縁を感じる。

環境省が2年前から行っているeco japan cup 2009の公募ちらしをあけると・・・どこかで見たようなイメージが・・・。

これ森さんが水戸芸術館にいたころにおこなった日比野さんのプロジェクトの写真に・・・たぶん、日比野さんが落書きをしたような公募ちらし・・・。 そういえば毎年、日比野さんと一緒に審査をしている。

この公募がはじまったんだ。 8月31日までだとか。 いい作品是非応募してください。審査会場を面白くしてね。

a0010575_0245067.jpg次の封筒に目をやると、東京都の東京文化発信プロジェクトの文字。

ああ・・、森さんが働いているところから。

あけてみると、なかなかクールなデザインで「Tokyo Art School」とある。なるほど、かっこいい。ストレートでいいな。

どんなんだろうと中を開けると、面白そうな人の組み合わせでのレクチャーシリーズが続く。

東京で働いていたら全部参加したくなるような興味深い名前が連なる・・・知り合いの名前もちらほら・・・と目を下の段におとしてびっくり。

僕の名前がある! そういえば、AITの小澤さんから連絡があり、なんだかレクチャーを行うことを引き受けていたことを思い出した。

来年の2月のことなので、まだまだ先のことだと思っていたので、油断していた。 ・・・霞ヶ浦のアサザプロジェクト飯島さんとのクロスレクチャーとなる。楽しみ楽しみ。

a0010575_0463299.jpgで、もうひとつ東京都の封筒が・・・。おなじく東京文化発信プロジェクトのロゴマークがついているけど、これは森さんの部署とは別のところが行っている環境とかゴミとかがテーマの展覧会とシンポジウムの案内のフライヤー。

これも相当スマートなデザイン。

なるほど今月の28日からか・・・って、もうすぐですね。 そういえば27日に東京に行って搬入、設営でした。28日からわずかに一週間だけの展覧会。・・・もったいない。三ヶ月ぐらいやればいいのに・・・さすが東京、青山。

シンポジウムが31日でこれまた知り合いの顔もちらほら混ざっていて、楽しみ楽しみ。
by fuji-studio | 2009-07-25 23:48 | ご案内/Information
皆既日食の瞬間、常識を超えているようでありながら、公倍数が永遠に続くように・・・
a0010575_1254640.jpg 日比野さんと森さんに誘われて、時の芸術祭というアートプロジェクトに参加することになり、その結果、種子島の南の端っこのJAXA(宇宙航空研究開発機構)皆既日食を体験することになった。


a0010575_1263443.jpg幸か不幸かはわからないが・・・、残念なことにどんよりとした雲に覆われ、太陽は見えず、例のダイヤモンドリングとかコロナとかは見えなかった。

個人的には満月ですらろくに見えない視力しかないので、それほど期待していなかったのですが・・・。


a0010575_127866.jpgしかし、その時間・・・日食がはじまり、まだ午前中だというのに刻々とあたりが暗くなりはじめ、水平線近くや北側の空は明るいものの上空だけは真っ暗になる。

想像を超えた神秘的な雰囲気に、いてもたってもいられないような・・・、重くて深い高揚感のようなものに襲われ、言葉を失ってしまった。


a0010575_1275530.jpgそして、そこからありえないスピードであたりが明るくなり、鳥が鳴き始め、重いものに押さえつけられていた風景全体がみるみるうちに溶けてゆくような感覚・・・。

太古の昔から多くの人のイメージを掻き立て、神話を生み出し、あるいはまつりごとや司ごとに利用され、権威をつくる力として科学へと導いたエネルギー源であったのではないか・・・との思いつきを強く確信する瞬間。


a0010575_1281679.jpgものごとには常識を超えたありえないと思われていることでも起こる。

絶対に共通性がないように思われる数字に公倍数が必ずあるように、そしてそれは永遠に続く数が無数に存在するように、ありとあらゆる物事は、常識的なありかたや存在を超えてあるのだということを証明してくれた瞬間でもあった。

物理や天文や数学も面白いが、それを認識しようとしながら、その力を利用して人間の活動を作ろうとした人間のイメージ力もまた面白い。

しかし、そんな人間の小さな思惑とは関係なく、とてつもなく大きな力で動いている存在があるのだということもまた実感した瞬間。

おそるるにたるなぁ・・・。
by fuji-studio | 2009-07-22 09:28 | ・思索雑感/ImageTrash
おいしさと食材と料理人とレストラン、そしてフードコートとか屋台村・・・とか
作品はおいしいかどうかが問題で、わかるかわからないかは問題ではない。・・・ということ。

a0010575_8483627.jpg大学時代だったか・・・もしかするとパプアニューギニアから帰国して東京で働いている頃だったか・・・とにかく、美術作品は「おいしいかどうか」という味覚に例えてみるといい!・・・という発見をして、それでいろいろな人に説明してきた。 


a0010575_8492255.jpg学校教育の影響が強いのだと思うが・・・あるいはテレビなどで現代美術作家の言動を不可解なものとして嘲笑して差別する風潮も蔓延し、多くの人は現代美術作品を「理解できない対象物」として「難しい」とか「わからない」と勘違いされている面もある。


a0010575_8502589.jpg極上の料理のレシピは謎のままでいいように、その作品の構造とか素材とか意味とかは謎のままでよくて、問題はあくまでもそれがおいしいかどうかであるし、その人の体にとって、あるいは一緒に食べる人との関係にとって必要かどうかが問題なのだと思う。

いくらおいしい極上の料理でも、療養中で自然食好きの人には脂っこい中華料理を無理やり食べさせるのは問題があるし、ベジタリアンには極上の松坂牛でさえも迷惑だったりする。

もちろんとろけるほどに煮込まれた豚足も・・・。


a0010575_8523518.jpgとにかく、おいしい、おいしくないという感覚で接するのが一番大切なことだと思うし、食べたいと思うか食べたくないと思うかがとても重要となる。


a0010575_853462.jpg僕ら食材を提供する側にしてみると自分の食材探しに懸命で、「おいしそう!」につくるとか「まずそう」に作るとかの余裕などないのも事実だと思うが・・・、客に対する作法としてそれなりの料理方法や出し方、進め方も重要で、それを間違うと、口にしてもらえないことも多々あることは自覚したほうがいい。


a0010575_8534136.jpgだから料理人が必要で・・・作家の未編集の表現を「ナマモノ」の食材に例えるとすれば、コーディネーターやキュレイターが料理人・・・といえる。


a0010575_8541476.jpgああ・・・・、僕の中で表現と作品は違っていて、表現はどちらかというと「ナマモノ」としてあり、その「ナマモノ」をシステムにあわせて編集する作業が作品化だと思っている・・・。

それについてもどこかでちゃんと文章化しないとな・・・。


a0010575_8545034.jpgとにかく刺激的でいい食材で貴重なものほど、毒があったり危険だったりするので、それなりの料理方法をしなければ、とても食べれるものにならないばかりか、時には事故で死人も出てしまうこともある。


a0010575_10341584.jpgもぎたての、泥まみれの、まだ熟す前の、発芽したばかりの、あるいjは油まみれの、熟しきった食材を皿の上にとりあえずならべてもみても戸惑うばかり。

ナマモノ素材の陳列棚においてくれればいいが、それがあたかも料理されたおいしい料理のようにレストランに並べられているので困るのだと思う。


a0010575_856463.jpgしかも芋のはっぱや、大根、にんじんの根っこの部分は切り落とされて、葉っぱの部分だけがお皿に乗っていたり・・・。

ゆでてもいなければ焼いてもいなかったり・・・それはとても困る。


a0010575_8563011.jpg塩やしょうゆぐらいはほしいものの、とりあえず、そのまま砂糖がまぶされていたり・・・やたらとタバスコだけが振りかけられていたり・・・。


a0010575_85721100.jpgとにかくどんなにすごい食材でも料理方法や食べ方がわからないとおいしくなかったり、あるいは中毒をおこしたり、ひたすらにまずかったり。・・・ああ、もったいない。


a0010575_8575014.jpgおいしい料理を作品に例え、それが出てくるところをレストランに例えるならば、美術館はホテルレストランのようなものかな? ギャラリーはオーナーシェフのレストラン…?あるいはファーストフード? 全国各地に広がる地域系のアートプロジェクトはワールド屋台村だったり、フードコートだったり、あるいはビュッフェレストランだったり・・・。


a0010575_8582199.jpg最近は個人的にはやはり漬物系とか醗酵食品系とかが好きで気になり・・・、とにかくおいしい料理と出会いそれをおいしく食べれたときの喜びは人生の中での至福のひと時。


a0010575_8585312.jpgとくに僕は、見たこともないおいしそうな食材に出会い、これからこれがどんなにおいしく料理されるのかと思うと・・・もうそれだけでおいしいのですが・・・。


a0010575_8593987.jpgもちろん、「誰と」食べるのかでまったくその味は変わってしまうのえすが・・・。

・・・そうそう。鹿児島と種子島で開催された「時の芸術祭」の話です。

有名豪華料理を横浜と東京から空輸で出前してきて、それを料理見習い人が暖めなおしたり配膳しなおしたりして一生懸命にふるまいながら、・・・同時に多くの興味深い食材が生で飾られ・・・いったいどうやって食べればいいものやら途惑っている客を前にして、食材は暴走したりして・・・料理人や素材集団を連れてきて屋台づくりを楽しんでいる逸材も混在していたり・・・


a0010575_103533100.jpg露天の生もの市場になぜだか横浜の有名中華料理店の有名メニューが5皿ほど空輸されて、調理場もレジもドリンクコーナーもないんだけど、メニューは堂々たる「ファミリーレストラン」・・・ってかんじでしょうか。


a0010575_902370.jpg個人的にはおいしいところだけしっかり選んで食べさせてもらったので、ものすごくおいしかったのですが・・・ほかの客が食あたりしたり、拒食症になったり、過食症になったりしないかと心配になった現場でした・・・。

せっかく可能性のある食材がいっぱいあるのに、全部ひとまとめにして味付けされて、全国チェーンの大型レストランの定番メニューとして消費されるよりはまだましだとは思うのですが・・・。

時の芸術祭・・・今後どんな料理人が鹿児島に育つか・・・とても楽しみ。

本当はもっともっといい食材が鹿児島にはたくさんあるんだけどなー・・・。いい料理人にリサーチしてもらいたいのだけど、鹿児島のチェーン店のシェフとかホテルシェフとかっておいしい料理の探求に興味ないのかな・・・。いや、そんなことはないはず・・・。


写真は種子島で目にしたものを作品であろうがなかろうが関係なくアップしています。
by fuji-studio | 2009-07-21 23:58 | ■鹿児島での活動
管巻三十郎文庫とロビイについて語ってみた。
鹿児島市のイイテラスの2階のイイスペイスロビイでのトーク。

東京から森さんと竹久さんと管巻さんと来てくれて、管巻三十郎文庫とロビイについて語る。

a0010575_23245943.jpgほとんど告知をしていなかったので誰もこないだろうと想定していたが・・・それも失礼な話だが・・・

20名ほどの観客でちょうどいい雰囲気。

ここからいいことが連鎖すればいいのだけど・・・

まちに文庫とロビイ・・・

本当に増えればいいと思っている。

森さんの言葉で言えば・・・なんでもないところ。

管巻さんの言葉で言えば森のようなところ。世界の断片にすぎないが世界に通じているような気にさせるところ。

そういえば、昔、森さんと「はらっぱ」について語ったころがあった。

はらっぱは、なんでもないようで、なんでもあるようなところ。

その期待感がよかった。

なんでもあるようでなんでもないところが文庫とロビイなのかもしれない。
by fuji-studio | 2009-07-20 23:59 | ○イイスペイス@イイテラス
おさめつなぐところ。
お墓というと先祖代々の墓というイメージがあるが・・・僕自身は先祖代々の墓というものに縁がなかったことは以前話をしたことがある。

a0010575_0343761.jpg僕が子どものころ、父方の祖父母は元気だったのでもちろん墓とは縁がなかったし、父親は自分の祖父母の墓がどこにあるかすら知らなかった。

まあ、とにかく墓のシステムについてはいろいろと違和感はあるものの、父親が永代権を購入した墓地だけを残して他界したので、僕が新しく墓をつくることになり、この半年ほどいろいろ動いてきた。


a0010575_0362565.jpg結果として石材店の思惑を大事にした結果、余計な納骨部分の細工が付加されてしまい、最初のイメージに戻したいところも多々あるが、まあまあ、なかなかのお墓が結果として完成し、無事納骨が終了する。

この墓にはとりあえず僕も含め数名は入る予定があり、おそらくあと数十年はお参りされることになる。

・・しかし、それ以降はどうなるのかわからない・・・

墓があるにせよ、ないにせよ、僕がここにいるという事実は脈々と続く生命発生からの連鎖の結果であることには変わりはないし、この世での「活きる」結果が次の縁への連鎖を促す。

その人体を通した連鎖の記録をデジタルではなく、石碑という現在最も記録性が保障されたメディアでおさめつなぐ場なのだと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・

考えてみると祖父母はそれぞれ長男の墓に入るとしても、次男三男がそれぞれお墓を作っていったとすると、1世代でふたつの墓が増えることになる。仮にそれが50世代以上続くと地球のすべては墓で覆われてしまうことになる・・・

ありえない・・・。

たぶん3世代ほどで価値観は大きく変化し、まったく違う弔いの様式が常識化されているのだと思う・・・。

3世代前の人からすれば・・・葬儀屋が葬儀のすべてを仕切り、駐車場完備の葬儀場がそれぞれの地域の中心で際立った存在として日々賑わっている状況なんて想像できなかっただろうし・・・。
by fuji-studio | 2009-07-18 23:00 | ・縁の深い人・家族
かえるてぬぐい2009バージョンできました。
去年、かえっこのスタッフ用に作ったカエルのてぬぐいが評判でなんと在庫がなくなってしまったので、新しいバージョンの手ぬぐいをつくってみました。

a0010575_0485190.jpg前回のはかえっこスタッフのスタッフ章としての意味合いで制作しましたが、意外とてぬぐい好きの大人に評判でいろいろお土産代わりに買ってくれたので、ちょっといい気になってちょっとだけ大人向けにつくってみました。


a0010575_0494618.jpgおそらく一枚300円。水都大阪2009の会場で販売されることになると思います。かえっこ開催関係者には卸価格の200円程度で販売できるのではないかと思います。詳しくはかえっこのブログサイトで問い合わせください。

そういえば
「かえっこについてかたる。」の本も発売中。
by fuji-studio | 2009-07-17 00:50
イメージはズレながら連鎖してきた。
イメージはズレながら連鎖してきた。その意味で正しいものとか絶対的なものとかはないのだと思う。

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交野市の天の川での7月7日のデモンストレーションをその記録写真をもとにしてイメージ化してみる。

素描化することで、写真は現実味を失い、よりイメージ化される。

2009年7月7日、交野市の天の川には確かに白龍と白鳳がいた。七夕のイベントの風景は物語のイメージへと変換される(かえる)。そのイメージをドローイングとして固着してお世話になった学校へと戻ってゆく(かえる)のはどうかとかんがえる。

ってなかんじで行きたいのですが・・・。いかがでしょうか?
by fuji-studio | 2009-07-15 19:07 | ◎大阪・中之島での水都大阪