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ほんとうに落ち着ける友人。
沖縄の出張から帰ると福岡空港で待っていてくれて合流。 娘の誕生日に付き合い、久しぶりに酒も飲まずに話し、翌日家族で鹿児島に向かう車に同乗し、途中、空港まで送っていって分かれた。
僕にとって、なんだか兄弟のような、不思議に落ち着ける心から信じれる友人のリーウェン。

a0010575_13283210.jpgイエローマンで知られるシンガポールのパフォーマー。

1994年の福岡のアジア美術展でたまたま出会い、なんだか意気投合してそのまま同じアパートの部屋で一ヶ月ほど一緒に暮らし、そのまま鹿児島の家まで一緒に旅し、その後車で四国の愛媛で一緒にパフォーマンスをやり、岡山の自由工場でレクチャーをやり、京都まで旅した。

その後彼は茨城に旅し、今のパートナーと出会い・・・。

1994年以降も、1996年のタイのチェンマイでのプロジェクトや、パキスタンのラホールでの禁酒が続いた一ヶ月のワークショップも一緒だったし、97年のメキシコのチャパスでの僕が血を吐きながら苦しんだ、石彫シンポジウムの一ヶ月も一緒だった。

僕にとっても彼にとってもお互いに人生の中で大きな節目をともに過ごした友人。

なんだか思考方法と波長がシンクロしているのだと思う。彼と話しているときはなんともしみじみとうれしい。

彼もシンガポールの中ではかなり重要な作家になっている様子。忙しそう。

忙しいわりにはお互いにいまだに金欠症だなー・・・。

そこまでシンクロしなくていいんだけどな・・・。
by fuji-studio | 2008-12-29 19:28 | ・縁の深い人・家族
感動の名所! 銀天街タワー!
a0010575_013791.jpg銀天街に新しい名所ができたというので、銀店大学の事務局長に就任したばかりの平良さんのあとをついてゆく。

商店街の中に「銀天街タワー」ができたというのだ。


a0010575_181315.jpg何のことだろうと最初は意味不明だった。

冗談だろうと思っていた。

商店街アーケードの薄暗い中のおくの空き店舗がカネボウ広場と呼ばれるコミュニティスペースができていて、その横に怪しく、そのタワーの入り口があった。


a0010575_19045.jpg細くグネグネとした階段を順路のとおりに登ってゆく。

だんだんとその不思議な細い階段がタワーに上っている感覚を導き出すから凄い。

そして上りついたところからは・・・ごらんのように普段はしたからしか見たことのない商店街のアーケードが上から俯瞰できる。

思いがけず、見事な風景。


a0010575_192263.jpgこの商店街が背負ってきた歴史や、ここで営んできた人たちの想い、風景として広がる様々な襞が見渡せるのではないかと思うほどの絶景がそこにはあった。

夜にはここから見えるビルに映像を投影するプロジェクトも行っているのだとか。

なるほど。タワーとはその地域を俯瞰できる装置であり、シンボルでもあるとも定義できる。


a0010575_013156.jpgそこには丁寧にタワー気分満載のチケットがあったり、スタンプ台があったり、本物のスタンプがあったり、順路の矢印がそれっぽかったり、ひとつひとつの作りこみが的確で心打たれる。

愛情・・・むしろよい意味での偏愛気味の細やかな感情がツールの詳細に適正な形と規模で裏打ちされていて・・・仕掛け人の心躍る様子が伝わってくる。

かといって、タワーそのものは古いビルそのもの。その4階の屋上の物干し場やベランダに最低限の適正な手を入れただけでほとんどそのまま。

凄い。これほどの不意打ちにあったことはないかもしれないと思った。


a0010575_021162.jpg世界各地にあるタワー。

そこは地上波テレビの発達とともに、地域のシンボルとしてあるいは観光の拠点としてつくられた。

東京タワーと名古屋のテレビ塔と大阪の通天閣が同じ人の設計であることはこのブログを書き込むために調べてはじめて知ったことだが、もしかしたら、ちょうど同じような時代にこのタワーも作られたのではないか・・・。

まさかこのビルがそのタワーと肩を並べて語られるとは・・・。


a0010575_024132.jpg今、東京に作ろうとしているタワーは・・・東京スカイツリーというそうだが・・・610mの高さで数百億円を投じてつくられるのだとか。

しかし、この、高さ11.1mの銀天街タワーはもともと忘れ去られていた古い4階建てのビルをほんのわずかなツールの制作とアイデアだけで、その地域を俯瞰する見事なタワーとして立ち上げた。

その手法と完成度に久しぶりの感動。

ほかにあったかな・・・。これほどの凄い作品・・・と思えるほど。

是非一度、銀天街タワーへ。

実はあらゆる地域に、その地域を俯瞰できるタワーが潜んでいるということに気づかされた。

一柳さん、ありがとうございました。
by fuji-studio | 2008-12-28 10:06 | ■沖縄での活動
沖縄・コザの銀天大学でのレクチャー
a0010575_10174957.jpg去年の6月、沖縄のコザの銀天街で行っているプロジェクトがはじまる前にレクチャーを行った。

その後、去年の夏と今年の夏と2回のアートプロジェクトを経由して今回はすべてのプロジェクトが終わってからのディスカッション。


a0010575_10271814.jpgわずか1年と半年しか経過していないというのに沖縄のアートプロジェクトの周辺の状況は随分と変化していてかなり面白い。


a0010575_10295436.jpg前回来た時に話題になっていた沖縄県立博物館・美術館がすでにできていて、普通にそこにあり、前島アートセンターも移動していて商店街の中にしっぽりと息づいている。


a0010575_10325892.jpgその活動について詳しく聞くことはできなかったが、商店の中に自然に溶け込んでいるアートプロジェクトの痕跡が興味をそそる。

うーん、ここでも暮らしてみたい。


a0010575_11522395.jpg今年の夏から秋にかけて、自転車で漬物をつけながら全国各地を旅して帰ってきたばかりの平良さんに空港まで迎えに来てもらい、那覇の要所を案内してもらった後、沖縄市にあるコザの銀天街商店街・・・銀天大学へ。


a0010575_10364397.jpg長年シャッターが閉まっていた商店街の一角が銀天大学というコミュニティスペースになっていたり、新しく屋台村ができておいしいものが食べれたり、レジデンス施設ができていたり、銀天街タワーができていたり・・・楽しめる場所・・・かかわれるところが随分と増えている。

a0010575_10423174.jpgそこで活動する人たちの関係性が増えてきて、それぞれの活動が連鎖を生み出し、様々なドラマが展開しつつある様子が十分に感じられる。

この2年間で多くの数の人がここを訪れ、何らかの活動を行い、多くの想いが蓄積されつつある。

そう。商店街で生まれ育てられている子ども達も増えていた。


a0010575_11511030.jpg商店街の隣接するコザ十字路の道路拡幅工事などに関連して商店街のアーケードそのものに手を入れるチャンスが到来したりと期待と希望の因子が増えていることは確か。

2009年のコザ十字路、銀天街はかなり面白くなる。


a0010575_1047123.jpgしかし、相変わらず、行政の「ビジョン」や予算のつけ方、つかい方と現場とのズレや溝は深く、大きく、おいしそうな話の裏には、実は大きなシステム上の問題と呪縛が潜んでいて、それを手探りで体感しつつあるのが人身御供となった林君


a0010575_1272720.jpg現場とかけ離れた書類づくりでまちをつくるのではなく、現場の手触りからくる感覚でまちをつくらなければならないと多くの人はすでに気づいているというのに、そのように動かないとすれば、それを阻止する悪い因子がいまだにシステムの中で脅威のウイルスのように働いているということ。だれも悪い風にしようと思って動いているわけではないのに、根本的なところでの大きな誤解やズレがシステム障害を引き起こしているだけだと思う。

その部分を見極めることができなきゃね。林君。



a0010575_1214786.jpg2時半から夜9時までの長時間レクチャーお疲れさまでした。

そうか、そのあとも続いたので結局、深夜3時までの約12時間レクチャーでしたね・・・。

それにしても沖縄にはありえない店がたくさんある。この店も凄かった。マネキン人形とイケメン店員が立ち並び、次から次へと食べ物が出てくるというのに1000円と少しでたらふく飲み食いできる店。

安い、おいしい、面白い。そしてありえない。

日本経済の常識ではありえない存在がちゃんと存在する可能性・・・それが沖縄にはある。

ありえないことを実現したい人はあきれめるまえに、是非一度コザのまちへ。

ところで、僕が10年以上前から妄想しているロバのバス。ヤギのバスでもポニーのバスでもいいけど、ここで実現できるかな。商店街が牧場になるという妄想も含めて・・・ああ、どこかでやりたい。
by fuji-studio | 2008-12-28 03:47 | ■沖縄での活動
近所の塩の工房
去年から計画中のロッジ建設予定地の深江海岸から、海をはさんで正面に見えるところに、昔ながらの手法で手作りのおいしい塩を作っている工房がある。

a0010575_0333229.jpgそこが最近流行っているとかで、気になっていたので散歩のついでに出かけてみる。

この海岸、引越ししたての頃、島袋君を連れてきたり、友人たちとバーベキューをして遊んだことのある海岸。


a0010575_034827.jpg町内の不思議な伝統行事のためにあおさのりを採りにきたこともある海岸。
・・・そういえば今年もこの祭事の当番になっていたなー・・・

この数年、来たことなかったが、いつの間にか、こんないいかんじの手作りの塩の工房ができていた。


a0010575_0344129.jpgすべて薪を燃やして釜をたき、海水から純度100%の塩とにがりを作って販売している。

このような丁寧な仕事をやっているところがちゃんと商売として成り立つ時代になったのかなとうれしく思う。


a0010575_035797.jpgしかも僕が暮らす地域にこのような職人が育っていることも誇りに思う。

僕が育った時代は経済的な価値観が最優先され、経済的に非効率的なものや非合理的なことは排除された機運にあった。

大切なものを適正な規模で大切に作るということは、価値のないこととされ、時代の濁流が押し流しているように感じられ、そこで暮らしていることを悲愴に感じていた。


a0010575_0354631.jpgしかし、このような時代になり、確かなことでなければ生き残れなくなってきているのかもしれない。

インターネットの普及は、デザインイメージの流通とともに、全国の個人消費者に向けて中間業者の介在なしで、直接流通させることを可能にし、このような日本の端っこの海岸で海水をくみ上げて手作りで塩をつくるという生業を成立させている。


a0010575_038292.jpgすごいな・・・と思う。

この工房のすごさは、作業をすべて見学できるようにオープンな状態で行っているということ。

工程をすべて見せることで商品への信頼を高めようとしている。あらゆることが隠蔽され、信頼できない食品加工業界だからこそ、ここまで、さらけ出しながら商売をしなければならなくなったのかもしれない。


a0010575_0361747.jpgここで、食卓用の焼き塩と料理用の炊き塩を購入。ついでに100円の塩茹で卵を買って食べてみる。

思いがけず、竹筒に入った暖かいレモングラスのハーブティーがついてきた。

日本の端っこの半島から海を眺めながら思わず久しぶりの休日気分を味わう。

販売所で塩や卵を購入していると、見覚えのある名前のちらしを発見。「ごはんやイタル」!前原のスタジオのすぐ近くに去年ほど前からできているけど一度も入ったことのないところ。住所は僕のスタジオとほとんど同じ。

家からスタジオの移動のときに必ず通るところにあり、気になっていたが入ったことのないお店。

意外と近いところにいいところがいっぱいあるんだな。
by fuji-studio | 2008-12-24 23:43 | ・生活周辺/LifeScape
海の中道海浜公園での灯明
海の中道海浜公園は日本でも数少ない国営公園のひとつ。 そこでのクリスマスイベントのキャンドルナイト。

その企画のひとつが一万個の灯明による絵画。 今日から3日間の開催。

a0010575_0481233.jpg去年の春ぐらいだったか、そこの運営スタッフがかえっこを開催したいということで、僕のスタジオを訪ねてきた。

そのときに当時出版したてのワークショップ知財研究会の本を購入してもらい、僕の活動にいろいろと興味をもってもらった。

で、それがきっかけで、僕のブログもみてくれたみたいで、いろいろなアイデアが伝わり・・・、人の関係が広がり、去年のクリスマスから海の中道での灯明によるイベントを行うことになった。


a0010575_048546.jpgそんな流れで、去年、クリスマスキャンドルイベントの仕事の話をもらったものの、僕がスケジュール的に動けなかったのと、僕よりもすでに当時一緒にはじめた山野さん達の方が灯明について経験豊富となっているので、紹介した。

・・・というか、かえっこも灯明による絵画も、僕自身はシステムを作ることに興味があり、・・・当時は特に・・・それが僕の手を離れ、どのように動くのかに興味があった。

それぞれ、運営する人にシステムをそのまま委ね、運営者が独自に展開していいことになっている。


a0010575_0502675.jpgこの灯明による地上絵画のシステムは、かえっこのシステムを作り出す2年前の1998年に、当時OS的表現を作り出そうと右往左往し始めた頃に誕生した。

簡単で、安く早い灯明のツールを考えることによって、地域の空き空間を住民が利用する仕組みとして提案した手法。


a0010575_0494387.jpgその後、この手法は、僕と当時一緒に活動していたミュージアムシティプロジェクトや、博多のまちづくりのNPOや建築家チームにそのまま渡し、当時一緒に活動をはじめた人たちによってその後もずっと継続され、じわじわと広がっている。

今では福岡を中心に、10ヶ所ぐらい、地域づくりの手法として利用されている。

全国で竹を使った灯明やガラスコップやペットボトル、プラスチックコップなどを使った灯ろうによる灯りのイベントはそのあと、シンクロするように増えていった。

しかし、僕が考案したシステムは材料費が安いという点と、だれでも間単に作れるという点、それゆえにとにかくたくさんの数を並べることによって絵を描くことができるという点で、他の灯りのイベントとは性格が違う。


a0010575_0511268.jpgどちらかというと、かなり大勢の人が参加できるワークショップとして、あるいは地域住民や各所団体が枠組みを超えて協働で作業しながら交流を深め、ひとつの空間を作り出すという場の創出のしくみとして。

気づいてみると、このシステムも最初に提案された1998年から11年。

僕自身、いったいどこで、どれだけの灯明が誰の手によって開催されているのかを知らない。


a0010575_0514086.jpg聞くところによると当時はじめた博多灯明はその後もますます集客を伸ばし、定例の人気の地域行事になっているのだとか。

最初に僕が使った小学校跡地でもいまだに校庭を使った灯明絵画が描かれ、その周辺の当時同時期に廃校になった小学校跡の校庭でも同様の灯明絵画の博多灯明はますます続いているのだとか。

毎年東京のお台場でも夏の恒例行事になっているのだとか。

今日は、一級灯明士として年間8本の灯明の現場を仕切る緒方君に頼まれて、僕・・・ではなく、中学2年と高校1年の娘達が早朝からスタッフとして出かけていった。僕は朝早起きして見送る役。

で、夕方現場の様子を見にでかけてみて、びっくり。

広大な芝生の広場に一万個の灯明を100人近い人が並べている。

で、夕方にはしっかりと光が入り、・・・・


a0010575_0521185.jpg観覧車の上からしっかりとその絵の全体像をみれることになっている。

観覧車も行列。

で、夜の8時、なんとこのイベントのための花火の打ち上げが・・・。

すごい風景。・・・ありえない。

一万個の灯明の光の海の向こうに青く光る観覧車があり、そのよこで、冬の花火が豪華に打ちあがる・・・。

作品が自分の手を離れて、勝手に一人歩きし、そして、こんな形ですっかり観客として楽しませてもらっている。

大阪の中之島でもこの灯明やろうかな。

この灯明についてのディスカッションもやらなければならないなー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

福岡の海の中道でのこの風景は明日のクリスマスイブと明後日のクリスマスの夜も楽しめます。

ぜひ楽しんでみてください。
by fuji-studio | 2008-12-23 23:37 | ■福岡での活動
まちは続く。どこまでも続く。
大阪の新世界でのプロジェクトの公開期間が終わる。

a0010575_839237.jpgしかし、まちは続く。

もともとこの地域に足を運んでもらい、まちを深く楽しんでもらうための実験だったと思う。

それだけこの地域は大切な地域だと感じている。

ここには、多くの地域が隠蔽していることが、見える形で存在している。

今の社会の現実をある角度から深く見ることができる地域でもある。


a0010575_8394998.jpgまちは常に変化する。

強い力で暴力的に変化させられる場合もあるし、住民の力で緩やかに変化してゆく場合もある。

いろいろな時代の襞がこの地域にはあふれている。

その意味で深く大切な地域であるといえる。

昨日のエンディングのパーティ以来、ずっと体の中で、無意識ではあるが、今後の展開を考えている自分に気づく。

今回関わった5つの商店街。このアーケードの飾りをがっつりやってみるイメージを模索している自分に気づく。


a0010575_8401835.jpg帰りの新幹線の中、ブログの文章を書きながら、珍しくノートを取り出し、余計な落書きをしてしまっている。

また悪趣味な龍の絵が出てきた。

これ、やっぱりやりたいのかな。・・・来年?

あ、グーグルで山王商店街の地図から航空写真でスケールを確認してしまっている。

・・・50mか。じゃあ龍は30m・・か。

結構、長いな。かなり長い。

・・・

実は来年はじめまで商店街に設置されているものはまだあります。

まちはずっと続いています。

このサイトに散歩の音源もありますので、現場に行けない方も音だけでも散歩している雰囲気をお楽しみください。
by fuji-studio | 2008-12-22 23:00 | ◎大阪・新世界等での活動
それぞれにコアがしっかりしつつも、開放系であるかどうか。そこがポイントかな。
新世界・西成での“アー”ツクールな実験。「まちが劇場 準備中」の公開実験が無事終了。

a0010575_1454040.jpg拠点マメゲキでのエンディングのパーティには関係者40名ほどがあつまり、お世話になった新世界市場の中で仕入れた食事で深夜まで盛り上がった。

その瞬間の皆の表情と話ぶりから、そのプロジェクトがどうだったのかがわかる。

今回もまた、いい時間を実感する瞬間。

なんだかいろいろなものが溶けてゆく感覚。

今回の新世界でのアーツな実験は決して派手なものではなく、どちらかというと表現の強度としてはむしろ弱いものであったが、それゆえの興味深いことがいろいろと起こった。

なによりも、今後一緒にいろいろなことを展開できそうないろいろな人や場所、物事や素材、そして地域の団体やしくみに出会えた。

そしてそれらとの関係がじわーっと深まり、なんとなく期待度が高まった気がする。


a0010575_153213.jpg表面的な仕上げを重視するイベント性の高いアートプロジェクトに見られるような、完成形を目指すところに視点をおかずに、春からの地道なディスカッションと参加者の発想で実現した「地域アーツ実験」として位置づけていたので、それぞれがそのプロセスに視線と感性を配ることができたのが適正だったのだと思う。

途中、アートプロジェクトの束縛の罠を感じつつも、それなりに等身大の感覚を麻痺することなくそれぞれが動いていたように思う。

これはこれまでブレーカープロジェクトが6年間にわたり、この地域との信頼関係を地道に築いてきた結果である。

地域とアートが絡むアートプロジェクトは近年増えてきているが、いろんな疑問や違和感を抱えているアーティストや地域も多い。

地域でのアートプロジェクトは化学反応を引き起こす実験のようなものだと思っていたが、どうも何の反応も起こらなければ、あるいはマイナスな摩擦ばかりがおこり、消耗しきっている現場もあるという話も聞こえてくる。


a0010575_1461925.jpgその原因が今回のプロジェクトを通して見えてきたような気がした。

それはそれぞれが開放系であるかどうかということ

商店街に固執せず、街の人が仕事の領域を犯されまいと身構えず、あるいはアーティストとして固執せず、またはデザイナーとして領域を守ろうとせず、お互いが何かをそこから得ようとする態度と感性を開放しているかどうかということ

お互いがお互いを理解しあえるなどと、安直で嘘っぱちな状態ではなく、あくまでもそれぞれが理解困難な状態であることを理解しながら、常識的な商店街という枠組み、あるいは地域づくりという枠組みの殻の浸透性を高め・・・ちょっと緩めた状態なのかな・・・、同時にアーテイストや研究者やデザイナーもそれぞれのこれまで培ってきた概念や表現手法を崩す覚悟で・・・いっそのこと「なにものでなくてもいいんだ!」という態度と感性で、何かを一緒にやってみようかなとする状態。


a0010575_1465931.jpgそれがとても重要。

お互いが頑固な殻をもったままでは何も変化しないし、そこから新しい何事かは発生しない。

お互いに楽しもうとする余裕がなければ、何の感性も動かない。

それぞれがしっかりと与えられた役割を演じてこなす、分業の義務とノルマの社会システム・・・つまり、閉鎖系あるいは固執タイプもしくは、保守隠蔽系同士では摩擦はむしろストレスとなる。

これまでとは違う何かを求めようとすれば、自然に開放系になる。

逆に何か立場や建前を守ろうとすればどうしても閉鎖してしまう。

いかにオープンであるか。いかに開放型の人が交差する状況ができるか。

あるいはいかに殻を打ち砕き、開放へと向かう状況をつくるのか。

そこに重要なポイントを見つけたのだけど、どうだろうか。

あ、そうか、それは何もまちとアートのことだけではないですね。なんでもそうなんだ。家族との関係も、企業と、も。 行政と、でも。
by fuji-studio | 2008-12-21 23:32 | ・思索雑感/ImageTrash
父のために描いてみる。
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父親の49日が終わり、父との別れのために描いてみた。
by fuji-studio | 2008-12-19 23:49 | ・ドローイングとか
これももうすぐ20年か。
久しぶりの・・・ほんとうに久しぶりの・・・東京都庁。

a0010575_923064.jpg僕が東京でサラリーマンをしていた頃にできたこの建物。

当時新築の頃なんとなく建物を見に来たことがあるが、それ以来、一度も用事がなかったということか・・・。

今日はその都庁の41階で打ち合わせ。

何かがはじまるかも・・・。

何かが始まるとすれば、こことの縁も深くなるなー。

この20年間、何の縁もなかったということですね。
by fuji-studio | 2008-12-18 09:22 | ・単純記録/Diary
父の四十九日
鹿児島の実家で、父の四十九日のお見送りをする。

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by fuji-studio | 2008-12-16 14:14 | ・縁の深い人・家族