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2007年が終わる。
一年の価値は年齢分の一。

この法則は1990年当時、勤めていた事務所にバイトにきていた前田君がつぶやいていたような気がするが、記憶は定かではない。

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でもそれ以降、僕の中で
「一年の価値=年齢分の一」

という法則はいろいろなところで検証されてきた。

もちろん価値は相対的なものなので、絶対的に正しい法則というわけではないが、何かをとらえ、考える上で役に立つこともある。

「なんだか齢をとるごとに短く感じるなー」という感覚はその法則で説明できるし、人生を重ねてゆくと経験の絶対量が増えてくるのでひとつの経験の価値や意味が絶対量分の一になってくることにも関連している。

とにかく、例年にもまして素早く2007年は過ぎていった。

今年もまた、何をやってんだかわからないままに、流されにまかせて流されて・・・気づいてみるとここにいる・・・といったかんじ。

今年は膵臓を壊して入院して禁酒生活が始まったのが大きな変化。

来年はもっと圧倒的な方向へ意思を持って動いて行きたいなー。

一年の価値がどんどん薄くなる感覚。

・・・にもかかわらず、

・・・やらなければならないことばかりがふえてゆくかんじ。
by fuji-studio | 2007-12-31 20:44 | ・単純記録/Diary
本田紘輝・13年の命
本田紘輝(ほんだこうき) 美術作家。 

a0010575_1281174.jpg僕の祖父の曾曾孫。

僕と同じ奄美大島の大工の遺伝子を持ち、自分の戦いをドラゴンをモチーフとして絵画で表現しようとしたあまりにも早熟な美術作家。 

昨日の朝、13年の命を全うした。

彼には明確な敵がいたのだと思う。彼は闘病生活を始めた小学校低学年の頃から自分の戦いを絵画で表現しはじめ、作品を制作することで生きてきたように見えた。

彼にとって作品は彼の命とのかかわりにおいてかけがえのない意味を持ち、彼の周辺の人との関係において疑いようのない価値を放っていた。

僕自身も彼の作品を通して彼自身について知ることができ、僕自身のなかにある何かについて知ることができた気がする。

今日、たまたま鹿児島にいて、彼の通夜に参列する。

彼は力強い表情で眠っていた。

彼は僕に「作品はもっと強くあるべきだ!」と語りかけているようだった。いや、僕の命がある限り語り続けるのだと思う。

僕自身、これまでにも多くの友人を見送ってきた。彼らは永遠にそれぞれの言葉で僕に様々なことを語り続けている。

本田紘輝という13年の命は、彼の作品に接した多くの人に語り続けるのだと思う。

紘輝君、ありがとう。
by fuji-studio | 2007-12-29 23:51 | ・縁の深い人・家族
食べないものかと思っていました。
a0010575_2322628.jpg広東での連日の中華料理。

日本的な常識では食べないものかと思っていたものでも、いろいろと食べれるものってあるんですね。

いろいろと常識が覆されます。

常識ってなんでしょうね。実は常識って、とても狭いコミュニティの中に流通している価値観なのかもしれませんね。
by fuji-studio | 2007-12-26 22:58 | ・目についちゃった。
いわゆるモノとしての、あるいは空間としての作品?
a0010575_1951763.jpgつくづく思うが、日常的に何かを表現することと、作品をつくること、あるいは作品化することにはズレがある。

もちろん、表現以前のモヤモヤと表現することの間にもズレがある。

つまり・・・必ずしも同じことではない。・・・ということ。


a0010575_195501.jpgさらにその作品化することと発表することはまたまったく別の種類のことである。

ズレ、ズレ、ズレとズレが三段階程度重ねられて作品はそこにあり、作品の体験者はそこでまた決定的にズレた捉え方をし、ズレた情報を得る。 
そのこと・・・つまり4段階以上のズレがあるという事実は一般的な常識ではない。


a0010575_1961058.jpgこれらが全くイコールの人がいてもおかしくはないが、・・・うらやましいが、・・・いや、やっぱりありえないだろう・・・。

ところが一般的には、発表されたものが、作品としてみなされ、個人の表現物そのものとしてみなされ、あるいは作家そのものとしてみなされる。

それがさらに大きなズレをうみだす。

そのズレを楽しめるうちはいいが、そのズレが亀裂となり自分にのしかかってくるとつらくなる。

その重圧に耐え切れなくなり潰れる作家も多い。

僕の場合、モノを集め、分別し、並べるという日常の表現行為があり・・・、

そのなかでも特定の行為が編集され、モノゴトやシクミとして作品化され・・・、

そのシクミを可視化するためのデモンストレーションとして編集され発表されるというパターンが増えてきた。


a0010575_23195447.jpgその説明が複雑なので、結局、今回の作品はモノとして、あるいは空間の作品として、極力語ることなく発表された。

だから、物足りないんだなー。

モノとしての、あるいは空間としての作品ならば、最低でもこの10倍の広さの空間で、10倍の時間とエネルギーをかけてやるべきなんだろうなー。


a0010575_1149455.jpgああ、やりたりない感じが僕としてはいたたまれない。 

ところで、この会場の床のおもちゃ、北京の会場ではいらなくなったものを一つ持ってくると欲しいおもちゃと交換できることにして展示していた。


a0010575_11501388.jpgこの広東での展示の為におもちゃを減らしたくなかったからという理由。

結局、北京展を終えて、3割ぐらいは中国のおもちゃに交換されていたかな・・・。

ところが今回の展示であとは日本に戻るだけなので、おもちゃを減らそうというもくろみで、欲しいおもちゃみつけてその絵を描くとそのおもちゃがひとつもらえることにしてみた。


a0010575_11504923.jpgおもちゃやぬいぐるみを欲しい子ども達が床にへばりついて絵を描く風景を想像した。

ところがオープニングに押しかけた観客で・・・

わずか2時間程度でものの見事におもちゃ、ぬいぐるみの7割が消えた。


a0010575_11511389.jpg中国、都心部といえどもまだまだ凄い!

日本ではだいたいぬいぐるみはなくならないんだけどなー。

中国人はぬいぐるみ好き?


a0010575_11513786.jpgバングラデッシュではビニール袋だけになっていたが・・・
さて、広東では何がのこるか・・・乞うご期待!

しかし、すごい勢いだったなー。

日本のかえっこユーザーの皆さん、このようにかえっこのおもちゃたちはまだまだ欲しがる人は世界中にたくさんいるようですよ。

オープニング後の食事中に、中国の作家が冗談で話してくれました。

「ああ、じゃあ、そのおもちゃ達はいまごろマーケットで売られてるかも・・・。そうそう。さらにその中からいいおもちゃがコピーされて、今頃量産されているかも・・・。」だって。

あながち冗談に聞こえないところが凄いなあ。 ・・・中国。

ちなみに広東でさえ東京より大きい街なんじゃないかなー。
by fuji-studio | 2007-12-25 23:06 | ■海外での活動
広東での設営がはじまる。
a0010575_103607.jpg見知らぬ街の見知らぬホテルのレストランで朝食を食べていると、次から次へと友人、知人が目の前に現れ、なんとも不思議で面白い。

宮島君、ヤノベ、パラモデル、西山美な子・・・きりがない・・・。


まあ、同じ展覧会に出品する作家達なので当たり前の話だが・・・、しかし、驚く。


a0010575_10372274.jpg日本で会っても、ほとんどお互いに時間がなく、すれ違いばっかりなのに、このような現場ではやたらと時間を共有し、親密になる。

さて、美術館は日本の県立美術館といった雰囲気のこじんまりとしたきれいな空間。


a0010575_10383445.jpg美術館にこもっている限りはそれがどこの地域なのかあまり関係なく、ほんの2時間でおおまかな設営が終了し、あとは微調整。

・・・さて、ここから、どこまでフェティッシュになれるかが最終的なキーポイント。

最近、このフェティッシュと作品性との関係を読み解いてゆくのにはまっている。


a0010575_1039961.jpg夜に広東市内のブックセンターみたいなところで小沢君のレクチャーがあり、彼の作品についての話しを聞きながらも、彼のフェティッシュなポイントを探ろうとしながら楽しむ。


a0010575_10394478.jpg牛乳箱、布団、鍋、しょうゆ、地蔵・・・と日本昭和なモチーフに対するフェティッシュ感なのかなとおもいながらも、美術業界と日常用品臭のズレの部分をもっとも楽しんでいるあたりかなと分析しつつ、最終的に中国語の嵐に巻き込まれるレクチャー会場を楽しむ。

しかし、広東もメトロポリスだなー。
by fuji-studio | 2007-12-23 23:09 | ■海外での活動
広東美術館での展覧会へ。
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今日から3日間、中国の広東美術館での美麗新世界展の設営。

どんな会場なのか全く知らないし、どんな展示になるのか何も考えていない。

北京の作品がそのまま移動しているので、そのパー^ツを会場にあわせて組みかえて空間をつくるとても楽しい作業。

そういえば、北京の会場では会期中、ずっとおもちゃとぬいぐるみを交換していた。
どんな風になかみが変わっているか楽しみ。

今年最後の出張。
by fuji-studio | 2007-12-22 15:08 | ■海外での活動
自宅の細部を防災の視点で紹介してみる。その2
別に防災に興味があって無理にはじめた暮らし方ではなく、僕の個人的な志向で、こうなってしまった暮らし方。

ただし、若い頃のパプアニューギニアでの暮らし方や、東京での取り壊しになる廃墟を転々としていた暮らし方、鹿児島での水害体験、福岡での地震体験などが自然とこの暮らし方を滲み出してきたのかもしれない。

この前に続き、福岡の糸島郡の自宅の様子を防災の視点で撮影して周り、紹介するその2。

このなかからいくつか1月に始まるHAT神戸の防災EXPOで紹介しようと思う。

会場では皆さんから防災に役に立つ小さな知恵を集めていますのでよろしく御願いします。

a0010575_836178.jpgタンスのない暮らし。
かれこれ30年前からタンスを持っていない。タンスがないのでタンスが倒れることはない。

服は部屋の一部にバーを取り付けそれにハンガーで掛けている。プラスチックの衣装ケースを各自4つ。この服の下においてつかう。

この暮らし方は引越しが楽なので20年前から続いている。


a0010575_8403329.jpg食器は引き出しへ収納。

この収納されている事務用のボックスは実はぼくがバブル時代に最初に就職した会社のもの。150人いた社員の事務所がバブル崩壊に伴い10人程度に縮小してゆく整理の中で、ぼくが借りていた倉庫に廃棄処分されそうになっていたオフィス家具の一部。

この事務所用の引き出しが食器整理にはとても便利。

この中に33個のグラスが収納されている。


a0010575_8441493.jpg引き出しの中の食器は福岡の地震でも何の被害もなかった。

で、この引き出しの中にいかに多くの食器をストックできるかというところが僕のフェティッシュな領域。

この引き出しとコレールの薄型の皿の組み合わせがとても気に入っている。

ちなみにこの中には40枚の皿とマグカップが6個収納されている。


a0010575_847276.jpg食器を買うときの基本的判断基準はこの引き出しの中にいかに収納できるかどうか。

ちなみにこの中の食器で20人ぐらいの宴会は普通に対応できて、40人ぐらいの立食パーティは大丈夫。 プラスチック食器は汚れを落としにくいが、コレールは洗い易く重ね易い。

もちろんイザとなって持ち出すときも効率よくたくさん重ねて持ち出せる。

a0010575_10205119.jpgビニプラ類のストック。

台所の流しの横には1997年からはじめてもう10年以上も続けている家庭からの廃棄物の分類、干し場がある。

ここは素材の宝庫。イザとなったら役に立ついろいろな素材が分類されてストックされている。

本当にすべてのものが素材として回収される日を待つ。

意外とこれらが新エネルギーとして役に立つ日が来るかもしれない・・・と期待しているのだが・・・。


a0010575_10282324.jpgエコロジカルなトイレ?・・・

このトイレは水が流れなくなっても何の問題もない昔ながらのエコロジカルなタイプのトイレ。

タンク内で換気扇が廻る仕掛けになっていいて匂いはトイレの中に吸い込まれるので意外と匂いがない。

くさいものに蓋をしたり、汚いものを覆い隠す生活スタイルが子どもの成長にとって良くないのではないかとまじめに考えた時期があり、子どもを育てる環境として意図してこのトイレのある家を選んだのは本当のこと。

強風や豪雨の恐怖や、くさいもの、腐るものと共存する意識が芽生える生活環境が大切なのではないかとまじめに考えていたが・・・どうだろうか?


a0010575_1040465.jpg半分外の空間。

これは福岡の地震で天井と床が崩れ、雨漏りをしていたのでその修復からうまれた半分外の屋内?

風が入り込み、冬はなかなか厳しい部屋だが、地震の結果できた空間として大切かな・・・と。

イザとなったときの避難路にもなる。


a0010575_10445333.jpgバールを飾る。

上の部屋の床の間には大型のバールが飾られている。(いちばん左の棒状のもの)

・・・問題はこの部屋が一番崩れ易いかもしれないということ。

バールは玄関に追いといたほうがいいかな・・・防犯にもなりそうだし・・・。


a0010575_10488100.jpg本棚は一番上までの作りこみ。

本棚というより、資料をストックしている棚だが、普通のツーバイフォー材で部屋に組み込んでいる。

一番上まできっちり詰め込むことで落ちることがない。落ちてもたいしたことはないものばかりだが・・・、本当は全部ちゃんと整理して処分しなければね。

廃品回収に出したいなー。


a0010575_10532018.jpgランタンの利用。

部屋のいたるところにランタンが常備。

コールマンのランタンを使ったことがある人はその明るさに驚いたことがあるはず。

パプアニューギニアの田舎の生活では文明的な金持ちの家にあるのがランタンだった。

夜は早く寝るのが基本だが、ランタンをつかってすごす夜はなかなかいい。

停電になると喜んでこれらが活躍する。(たぶん、ランタンは屋外で使用するように注意書きされていますが・・・。)

そういえば今日は冬至で100万人のキャンドルナイトだとか。

キャンドルの光りもいいが、ランタンの光りはまた別のもの。

光りを楽しむということは暗闇を楽しむということ。

日常的に暗がりを楽しむ生活も必要。


a0010575_110289.jpg寝室の片隅に常備している乾電池式のランタン

この電池式のライトがまた役に立つ。

皆が寝ているときに先に着替えて出てゆくときにこのランプをつかう。(なんだかさびしいね。)

電池式だが、最近家の電池はすべて充電式に変えているので電池の消費を心配しなくてもよい。

寝室のテントから出たところに常備して、日常つかうようにするととても便利。

a0010575_117966.jpgあるとうれしいリヤカー。

リヤカーはいい。リヤカーからいろいろな可能性が拡がる気がする。

何がきっかけでこのアルミ製こ小ぶりのリヤカーを購入したか忘れたが、とりあえず、毎月子ども達が廃品回収のときにこれをひっぱって町内をまわっている。

これをひっぱっていると子どもはかならずのりたがる。

リヤカーと自転車の組み合わせの表現をまだまだ極めていない。

もちろん、イザとなったら大活躍するに違いない。


a0010575_1112935.jpg一輪車を生活に組み込む。

さらに機動力を求めるとこの一輪車。

これも基本中の基本のアイテム。

農家にはかならずあるが、都市生活の中ではなかなか見られない。

これをマンション生活のなかにいかに組み込むかが21世紀のデザインの課題か!?


a0010575_11141486.jpg車は究極の避難所。

車はいつでもキャンプ生活ができる備品が詰め込まれている。

ナイフ、食器、スコップ、ほうき、ランタン、懐中電灯、望遠鏡、ライター、鍋、鉄板、フライ返し、食器洗いの洗剤、タオル数十枚、工具一式、クーラーバッグ、メジャー、のこぎり、100V電源、携帯充電器、湯沸しやかん、シート、寝袋、救急薬品セット、虫除けスプレイ、蚊取り線香、ティッシュ、ラップ、アルミホイール、ロープ、紐、ラジオ、ガムテープ、ビニールテープ、はさみ、マジック、水筒、水、かさ、レインコート(家族全員分)、カセットボンベ、カセットコンロ数種類、ホワイトガソリン、なぜかカイト(凧)、フリスビー、運動靴、まだまだあるなー・・・

燃費悪そう・・・。


a0010575_11241120.jpgセカンドハウス?

自宅から車で10分、あるいて2時間近いところにある事務所および制作スタジオ

もと養鶏場のあとで、一通り生活できる道具や材料が揃っている場所。

イザとなったらここで暮らすのもいい。

生涯使ってもなくならない量の作品の素材が眠っている。(この10年溜め込んだ廃棄物素材のこと。)

ここに1年ぐらいこもって仕事してみたい。
by fuji-studio | 2007-12-22 08:51 | ・生活周辺/LifeScape
自宅の細部を防災の視点で紹介してみる。その一
10年前に引っ越して暮らし始めた福岡県糸島郡の広くて便利なわりにはとても安い家賃の古い農家。

防災のワークショップや防災の展覧会で、いろいろな防災の知恵を集めるということで関わっているが、以前から自宅を防災の視点で捉えなおして紹介すると矛盾もいっぱいあって面白いのではないかと考えていた。

で、今日、ざっと写真を撮りながら防災の視点で・・・というより、イザというときの視点で僕の自宅の細部を紹介してみる。

ところが写真を撮影すると膨大な量になって矛盾だらけなので、まあ、さらりと代表的な部分だけでも紹介してみる。

田舎で暮らす。


田舎は田舎でそれなりの大変な部分はあるが、周りが畑や田んぼで、海と山が近いとそれだけで、食料を備えている気がする。人間が密集していない分だけ安心感がある。

地域の中でももっとも古くからある集落はたぶん一番安全なところ。

a0010575_1453751.jpg家の前のボート。

これで、逃げ出すというわけではないが、1993年に鹿児島で水害に遭遇し、一家庭に一艇は船があれば助かるかもしれないとの思いから、玄関先にボートをたてて暮らしている。

日常、ボートの後ろは物置として利用。かさたてや道具置き場になっている。


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家の中にテントをはって暮らす。


もともと1988年、東京の土地再開発業者(俗に言うところに地上げ屋)に就職して、取り壊しになる前の廃墟をスタジオ兼住まいとして暮らし始めた頃から、安全に寝ることを確保するために使いはじめたテントの寝室。

これが寝てみると寝心地がとてもいい。

古い農家に暮らすと隙間風は凄いし、夏はいろいろな虫が登場するので、それを避けるために部屋の中にテントを張ってその中を寝室として暮らしている。

こどもが小さいとき、いくら動き回っても布団からはみでることがないので、重宝した。

なによりも、寝ていてムカデや蛇が布団に入ってくるのを防止できる。

防災に役立つかどうかはわからないが、イザとなってテント暮らしになっても、日常と変わらない。

たまに家族でキャンプ場でキャンプすることがあるが、テントの中の環境は日常と全く変わらないので熟睡できる。

かえっこやイベント、展示で利用するためにテントが便利なので揃えているうちに、大型のテントが5つ程度、中型が3つ、小型が2つ、ドーム状になるフライがわりのものがひとつ、イベント一坪テントが2つ・・・倉庫にあるのでいつでも10家族ぐらいは過ごせる場がつくれる。

ちなみに折りたたみイスは40脚ほどあるので、集会場もつくれる。

筑前深江アーツキャンプのときは結構フル稼働した。


a0010575_1472046.jpgアウトドア用のマットと寝袋が日常の寝具。

基本的にアウトドア用のマットが敷布団で、寝袋が掛け布団。

僕は季節によって、布団を敷いたり、寝袋や薄い布団を重ねたりするが、基本は硬い布団。


a0010575_2144838.jpg子ども達は生まれたときからアウトドア用のマットが基本だからかどうかはわからないが、相当健康体質。

僕も、固い布団で寝はじめてから腰が痛まなくなった。


a0010575_1475035.jpgまとめ買い+買いだめが基本。

これはゴミゼロエミッションの影響だと思うが、なるべくゴミを減らすために、なるべく大詰めのものをまとめて購入する癖がついている。液体系はイットカン(18L)で購入したり一升瓶で購入したり。


a0010575_1501451.jpgで、ストックにはイザというときに役に立つように大きいサイズのクーラーボックスを利用し、さらにそれを日常の食卓のイスとして使用。


a0010575_1491944.jpgあけると米、小麦粉、豆類、麺類が一か月分ぐらいはストックされている。

このようなコールマンのクーラーボックスに3つ。食料品、調味料を満載にストックしている状態。


a0010575_151137.jpgイザとなったららそのまま持ち出すこともできるし、日常のイベント時やパーティ時にはビールを冷やしたり魚を入れたり、水をためたり・・・もちろん氷があれば冷蔵庫代わりにも使えて利用価値は限りなく多い。

大型のクーラーボックスのみならず、実は大小、ソフトタイプ、かばんタイプ、いろいろなストックボックスに、あるいは日常のかばんとしてクーラーボックスが使われている。


a0010575_1512975.jpgストックされたものを壜に小出しして並べている。

お茶系、豆系、調味料系、液体系、乾燥食材など様々。

並べるのがすきなので、これはほとんど趣味。

地震が発生すると全部落ちて割れるじゃないかという指摘もあるが、基本的にストックは水にも熱さにも強いクーラーボックスにストックされているので・・・。


a0010575_1524853.jpg調理できるストーブが真ん中にある丸テーブル

火を囲う生活は基本だと思う・・・。っというか、ほとんどこれはぼくの趣味。

その道の人ならば、きっと炭火なのだろうが、灯油の普通のストーブのところが僕には適正な技術。簡単で使いやすいですから。

鍋でも網焼きでも、鉄板焼きでもオーケー。しかも冬は足元が暖かく、コタツに入っているようなかんじ。

重たい鉄板のテーブルの真ん中にストーブがすえつけていあるので、地震がきてもストーブそのものがたおれることがない・・・たぶん。

ガスが止まっても電気がとまっても当分はこのストーブと中華鍋で豊かな食事が楽しめる。


a0010575_1542858.jpg中華なべは最高の道具。

てんぷら、すき焼き、水炊き、鉄板焼き、豆煎り、寄せ鍋、ビビンバ、もちろんいためもの・・・中華なべひとつでなんでもできるので、イザとなったときに持ち出す調理器具は、僕はこれ。

かぶって逃げるとヘルメットがわりになるし・・・。


a0010575_819519.jpg灯油は5つはストックしたい。

最近原油高騰で悩みの種。もっと安くならないかなー。

エネルギーの省エネを考えたいが、イザとなったら灯油は強い。

これに変わるものが欲しいなー。

a0010575_1534399.jpgガスはプロパンガス。

プロパンガスなので、ガスのラインがとまることはないのでイザとなっても安心。

日常の調理と湯沸しは現在このガス。

エネルギーはハイブリッドが理想だと思う。ひとつのエネルギーではなく、電気、ガス、灯油と何でも使えるような状態がいい。

太陽熱温水器もとてもありがたい。

できれば、太陽光発電、風力発電も併用したいがまだ実現できていない。


a0010575_156586.jpgちなみに水は地下水。 

井戸がある家は強い。

水が止まっても井戸に水があれば水には強い。

実際に鹿児島で水害にあったとき、水道水がとまったが、地下水をひいていたので、助かった。

地下水をくみ上げるために古い井戸はそのまま残っているほうがいいが、ポンプを動かすように発電機も2台常備している。

11年前に家賃が安くて便利のいい田舎の農家を求めて引っ越してきたが、予期せぬことについてきたとても美味しいお水。

この地域の地下水はなんとラドン系の温泉水なのだとか。

水が美味しいとご飯も美味しいし、料理も美味しい。お茶やコーヒーも断然美味しい。しかも子ども達はとても健康。

美味しい水ほどありがたいものはない。

その2へ続く
by fuji-studio | 2007-12-21 23:57 | ・生活周辺/LifeScape
ラブリンとミシランゲンニン?
兵庫県のHAT神戸で1月9日から開催される防災EXPO

その準備が進行中。

a0010575_026135.jpg兵庫県立美術館でも今回新しい震災の語り部の話をもとにして新しい物語をつくり、アーティスト数名がコレボレーションして影人形紙芝居を上演するという試みが行われる。

その衣装の一部を僕のスタジオで制作することにした。

かえっこで集まったぬいぐるみを縫い合わせて作るかぶりものシリーズの新作。

作家は一応、Arty Partyというメンバー出入り自由のアーティストユニット・・・っとなっているが、実際の制作担当は僕の制作スタジオで一年以上制作を手伝ってくれている田中ちいさん


a0010575_027128.jpg今回の作品の原画は京都のアーティストの林加奈。それをもとにしてちいさんが山ほどのぬいぐるみの中から素材を選び、制作した。

さて、これがどのような舞台になるかは1月の防災EXPOで。

しかし、このぬいぐるみを寄せ集めたかぶりもの作品、宮城のえずこホールの十年音泉でデビューして松井山手でのカンガルーに次ぐ第三弾。

こうやって増えてくると面白いなー。

そうそう。これは防災頭巾になるんです。イザとなったときにはこれをかぶって非難すべし。

写真の上がラブリンさんで、下がミシランゲンニンさん・・・という面白い名前。

さて、どんな影人形紙芝居になるのか、乞うご期待。

え? 僕も何かやっていいの? 歌うとか?

あ、それはそうと、このまえのカンガルー、イスにかけるタイプにしてソウルでの展覧会に出品しようかな・・・。
by fuji-studio | 2007-12-18 23:31 | ○デコポリ・ビニプラ系活動
8年間使っていた電話、auさんとのお別れ。
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僕が勤務先で携帯電話を最初に手にしたのは1988年、まだ大型のかばんのようなバッテリーを肩に担ぐタイプで、電話機も通話料も高額で、とても個人で所有できるものではなかった。

そのうちPHSが登場してきてどうにか個人でも持てるようになったが、90年代後半はあくまでも補助的な存在だった。

この10年で携帯電話は日常化し、ビジネスホテルやプロジェクトサイトから固定電話が消えて、公衆電話も少なくなり、仕事でも携帯電話を普通に使う時代になった。

実は8年前からずっとcasio製のauを乗り継いできた。
使い方の荒い僕にとってはこの衝撃と水に強い携帯電話とお別れすることはとてもつらい。

しかし、最近、海外で普通に日本の携帯電話を使っている周辺の人がいることが気になり、僕も海外でも使える機種に変更しようかなと・・・海外で普通に繋がる電話機種と料金プランを選択
で、結局、8年間も続いていたauからsoftbankに乗り換えることに。

最近の携帯電話って仕事先の国で普通に向こうの人の携帯とも繋がるんだって!

多少料金はまだ高めだが、ニューギニアに暮らしていた頃、大きなコインを山ほど貯めて、現地の郵便局の公衆電話に電話をかけに行っていたことを思うと比べ物にならないほど安い。

海外のボーダーがどんどん薄くなってゆくんだなーと感じる。技術の面では・・・。
あとは、人間の価値観のボーダーの問題・・・。

しかし、このようなツールはじわじわっと人の生活を変えて人の価値観を確実に変えている。携帯電話が電話だった時代はもうとっくに終わっていて、実は生活を作るためのツールとして立派に使えるものになっているのかもしれない。・・・そのことを改めて考える機会になった。

この15年以上、日常、データー通信用のノートPCを持ち歩いているので・・・、インターネット以前はパソコン通信用のザウルスだったが・・・携帯電話のデーター端末としての機能をまったく無視してきた。

しかし、カメラも2メガバイト標準、ギガバイトクラスのメモリーカードが組み込まれている様相を改めて知り、実はかなり使えるツールなのではないかと今更ながら感じる。

で、マンネリ化してきたこのブログサイトと連携してみる。

そういえばブログサイトもこの4年前まではなかった。
by fuji-studio | 2007-12-18 09:37 | ・単純記録/Diary