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九州大学での建築の授業で、建築を考える。
a0010575_1302817.jpg九州大学の建築学科の2年生がはじめて図面を描く授業に立ち会う。

課題説明からはじまり、中間の講評が2回あり、今日が最終の講評会。


a0010575_1342845.jpg建築家がどのように建築という世界に入るのか…、その最初のプロセスに立ち会うことができてとても面白い。 

それぞれの大学で建築に対するアプローチはぜんぜん違うのだと思う。


a0010575_1352838.jpg建築というものに何から入るのか。

・・・むしろ・・・、誰と入るのか・・・。

それによって建築というものの捉え方は全く違うものになる。

そのことが興味深い。


a0010575_137992.jpgそれは美術大学でも言えること。

いや、どの世界でもいえる。

「誰と」その世界に足を踏み入れるのか・・・。

それにより多くのことが変わってくる。


a0010575_1383323.jpgあれ?

これって、子どもが大人の世界に入り込むのも同じなのかな…。

誰とその世界に入るのか。

それによって何が変わるか。


a0010575_13135919.jpg信頼性?

魅力?

深度?

広がり?

可能性?

将来性?


a0010575_13143781.jpg「誰と」には同級生も含まれるし、講師や先生、先輩も含まれる。 

家族も含まれる場合もある。


a0010575_1315451.jpg建築家の学生、2年生、19歳ー20歳 etc.。

何の表現手段も技術も持ち合わせていない個人が、はじめて建築のコンセプトの言語化を模索し、模型化で右往左往し、図面化で悩む。 

ビジュアル化する技術と自分の意識や知識のギャップで苦しむ。


a0010575_1315284.jpgこれが数年経つと、いやでもある面の技術だけは身につき・・・それによりその個人の能力がフィックスされる。

出発点は大切だなー…と思うと恐ろしい。


a0010575_13154764.jpgそこから多くの価値観が発生し、蓄積されることになる。  

しかし、そこからまた転換する転換点もまた大切だなー…。


a0010575_13161375.jpg導入がつまらなくてもその途中で転換を迫られる出会いもある。

積み重ねてきた価値観の大きな変容を迫られ、また誰かと違う世界へ導かれることもある。


a0010575_1316319.jpg建築家はある種、職能として「解」を求められる立場にある。

彼らは10年後-40年後、現在立ち上がりつつある常識と戦いながら、様々な困難に対しての解を求めてゆかなくてはならないということをまだ知らない。

様々にふりかかる問題。

先日現在の建築家が論議していた以上の、予想もできないほどの困難を課題とし、それぞれの解を求めてゆく立場にある。

どこまで一緒に立ち向かえるのか・・・

ああ、楽しそうだなー。
by fuji-studio | 2007-11-29 23:18 | ■福岡での活動
HAT神戸での防災EXPOの準備
気がついてみるともう11月も終わり。

来年早々からHAT神戸という神戸の海沿いの震災復興エリアで防災EXPOを行が、その準備がかなり遅れている。

a0010575_839776.jpgで、エンジンをかけなければいけないが、スタッフが人手不足、キャパオーバーのために僕も参加して、3日連続の打ち合わせ。会議。ミーティング。(?)

兵庫県立美術館では林さんやキス君、つき山さんらがコラボレーションして阪神淡路大震災の語り部の話を人形劇×影絵×紙芝居×パフォーマンスで見せようとしている。

a0010575_8392667.jpgその公開制作で利用できるという空間を見てびっくり。

なんともシャープな空間。さすがに安藤空間。

どでかい彫刻作品が制作できそう・・・。
カエルキャラバンの時、ここまで子ども達をもってきたいなー。
by fuji-studio | 2007-11-28 23:28 | ○イザ!カエルキャラバン
り・防災とデザインのデイスカッション
a0010575_23383181.jpgパネラーの環境省の世一さんの報告にもあった。

確実に大気中の二酸化炭素濃度は加速度的に上昇し、海面水位の上昇率も加速度的に上昇している。それは紛れもない事実。

その原因がどうかとか、あるいは、温暖化やあらゆることが原因で本当に気象の変化などの自然災害の激化が進んでいるかどうかという論議はさておき、とにかく、現実として、海面が上昇し、水没する地域が世界中で拡がり、自然災害が頻発するこの時代に、どのような地域社会、あるいは都市のデザインが可能なのかということについて話し合う、極めて異例のディスカッション。


a0010575_23393311.jpg防災の専門家でプラスアーツの理事でもある室崎さんと九州大学でオランダの地域の都市研究を行っている石田さんと環境省の地球環境局研究調査室の世一さんとこの防災ドームを実際に設計した遠藤さんと場違いな僕とのトークセッション。

僕は防災についての研究者としての視点はもたないが、とにかく体を使い周辺の道具を使い、周辺との関係を使い、地域を使い、「つくることに向かうシクミづくり」のイメージを話し、そのあちこちに遭遇する災害や障害、それを乗り越えるために立ち向かう話しかできない。

イザというときに乗り越えることもそうであるが、イザという状況に立ち向かい戦う姿勢で暮らしを作ってゆくことの…暮らしてゆく態度としての新しい価値観。

そこに集約されてゆくのかな・・・。


a0010575_9554923.jpg僕にとっては新鮮で内容の濃いデイスカッションだったが、広報がまったく届いていないのか参加者が極めて少ない。会場内で同時に数箇所で同じような内容のディスカッションが並行しているので、関心を持つべき関係者すら来場していない。

有名人を数名客寄せ的に呼んで来て、来場者を増やそうという思惑がマイナスに作用して、大事な部分を作ろうとしていない代理店の匂いがさらに観客を遠のかせている。バブル時代の手法をまだまだ引きずっているのかなー。

しかしこのような地道なディスカッションの連鎖から新しい意識は生まれてくるのだと思う。

本当にそのようなことを考えなければならない時代に突入したんだなと改めて実感する。

遠藤さん、お誘いいただきありがとうございました。

もっとがんばろ。なんだかいろいろやることが増えてきたなー。
年齢をとって経験が増えれば増えるほどやることは増大している気がするなー。

動きは鈍くなる一方だが…

目の前の問題はスタジオに山積みされているゴミの問題。

そこからだが、そこだけで生涯終わりそう…。
by fuji-studio | 2007-11-25 20:55 | ○イザ!カエルキャラバン
日本文化デザイン会議2007兵庫
日本文化デザイン会議が兵庫県の三木市に遠藤秀平が設計した防災の拠点・・・あるいは屋内型テニス競技場・・・ビーンズドームで開催された。

a0010575_8291339.jpg日本文化デザイン会議、1979年にアメリカで開催されたデザイン会議に触発されて黒川紀章が呼びかけ、1980年にはじまったシステムなのだとか。

その設立について詳しくはこちらを参照していただくとして、・・・なんとその最初の代表は梅原猛だったとか。1979年~1980年の梅原さんといえば僕がちょうど大学1年で、ちょうど東山から西山に大学が移転した頃。そういえば当時そういう話をしていたようなかすかな記憶が・・・。  


a0010575_8295197.jpg考えてみると学生時代、こいのぼりの計画を作ったときに、最初に相談にのってもらい「鴨川をつかうことについてとても大切なことだ!」と教えてくれたのは梅原さんだった。

そのときの彼の助言がなかったら僕は実際にこいのぼりをやらなかっただろうし、それがなければその後のゴジラもなければハニワもなく、今の僕はない。
今の僕の活動がないばかりか、多くのいろいろな連鎖は生じていない。


a0010575_8302511.jpgその連鎖を思うと、僕の周辺の状況にとって梅原さんの存在は大きい。 

ちなみに、このドームの設計者の遠藤さんも京都芸大の出身。なんだか縁が深い。

しかし、ここでかなり大規模な会議が開催され・・・有名人も含めていろいろなデザイン関係の人がここに集まり、話し合い、ワークショップを行い、話し合い、交流を深めるのだとか。

会場に入ると早速、曽我部さん とか日比野さん とか八谷さん とか知り合いが多い。


a0010575_8305381.jpg会場で開催されているイザ!カエルキャラバンでは、なんとサッカーの岡田監督がかえっこをしている。 すごい! 

デザイナーだけではなくて、いろいろな人がいる様子。すごいな。

黒川さんがずっと面倒を見ていた会議の影響だと思うが、建築家がやたらとたくさん参加している。

とくにこのセッションは建築家のてんこもりで贅沢。

遠藤さん に若林さん曽我部さん に手塚さん


a0010575_8311137.jpg それに大江さん團さん

團さんはもう20年近く前、東京で勤めていた会社が團さんに設計を御願いしたことがあり、新入社員の僕は何もわからないままその竣工前の住宅のチェックをご一緒したことがある。

しかし、大江さんという建築家、いきなりセッション会場で吼え始めて、その場の空気が一転し、面白くなった。

「だいたいこんな無駄な建築をつくる必要があるのか!」と積極的に絡む。

この施設が必要なのかどうかはおいといて、目の前の建築家のほぼ全員に挑みかかる大江さんのオーバーアクションは面白かった。


a0010575_8313299.jpgデザイン会議というよりは建築家会議という雰囲気で熱いトークセッションのあとは、またまたさらに建築家がどっとあつまり、水没したあとの計画のコンペの白熱した審査。「水没コンペ」 

水没したあとの都市を考えるコンペとはかなり大胆だが・・・さすがに防災ドームで行うデザイン会議だけのことはある。


a0010575_832873.jpg企画はてんこもりで内容は充実していたが、なにぶん会場が広くて寒く、広報が悪いのか来場者は少なく、音響セッティングが悪いのか、少人数にやたらと大きい出力のスピーカーが会場全体に鳴り響くようにセットされ、話しづらい。聴きづらい。

大手代理店が連絡してくれていたが、送られてきた飛行機のチケットが使えなかったり、別の空港からホテルまでの利用できないタクシーチケットが送られてきたり、会場に行っても受付するでもなく、控え室にも案内されることなかったり、運営が素人くさい。


a0010575_8323041.jpgイザ!カエルキャラバン!なんて場所も悪ければ会場のセッティングも悪ければ、広報をした形跡がみえないような来場者の状況。

その中でドームの外に足場を使って作られた防災シェルターはいいかんじだし、幸せな場になっている。


a0010575_8331868.jpg風は冷たかったが天気がよくて、とてもいい気持ち。

しかし、このビケ足場というのは便利。

曽我部さんたちが学生と作ったらしいが、これはなかなか使えそう。

でも相当な数が欲しいが…これ町内に常設しておきたいなー。


a0010575_8334862.jpgところで、会場の入り口に刃物で作られた鳥が。

なんだか僕の原型がここにある。三木は刃物の町ということで、この刃物の巨大な鳥が入り口に飾られている。

こういうのってたまにあるけど、何なのだろう。

チェーンソーアートと同類のおやじアートの文化の分類?

・・・っていうか、ほとんど僕のレベルなんですけど・・・。

僕のレベルが低いのか、彼らのレベルが高いのか・・・ビミョー。

はい。もっと学びます。
by fuji-studio | 2007-11-24 23:59 | ■兵庫での活動
おお!「新日本様式100選」に選ばれちゃった!
おお!
なんと イザ! カエルキャラバン!が 新日本様式100選に選ばれてしまいました!

北九州を飛ぶ飛行機とか優れもののデザインの中に混ざってなぜかカエルが日本を代表するデザインに!

J102番で登録されていますね。
おめでとう!

先日かえっこがGood Designにノミネートされたのですが、お金が相当かかるのでびっくりして辞退させていただきました。これってお金かかんないんですよね。お金は出せませんよー。お金もらえないのかな・・・・?
by fuji-studio | 2007-11-23 19:07 | ○イザ!カエルキャラバン
日本文化デザイン会議とAAF募集中!
明日から兵庫県の三木の遠藤さんが設計したビーンズドームで日本文化デザイン会議が開催されます。24日はカエルキャラバンで25日は遠藤さんと防災のシンポジウムがあります。イベントワークショップ、シンポジウム盛りだくさんすぎるほど。

それと・・・ついでに・・・Asahi Art Festival 2008の参加団体を現在募集中
来週月曜日が締め切り! がんばれ!
詳しくはこちらを!
by fuji-studio | 2007-11-23 18:41 | ご案内/Information
走れ!アートバス。
a0010575_2325630.jpg福岡で試みられた走れ!アートバス。
無事終了。

今回は朝の10時に福岡県立美術館に集合し、アートバスについて考えるためのアートバスの実験。


a0010575_2328926.jpg2000円で特別なランチボックスとお水もついているお得な値段設定。もちろんそれぞれの入館料、バス旅行代・・・全部こみ。

しかもアイランドシティの福岡ビジネス創造センターの見学とそこでのパネルディスカッションがもれなくついてくる。


a0010575_23262991.jpg西鉄の大型観光バス2台に分乗し、僕が進行役をつとめるというパネルディスカッションに連れ込まれるという設定そのものがまさにアート(=ありえない)。・・・つまり、常識を超えている。・・・そこに感動があったかどうかはわかりませんが…。


a0010575_2327132.jpg例によって僕の独自のアート解釈とツアー解釈によるアート×バス×ツアーについての軽いイントロダクション。

本当は取手のバスツアーの話しだとか、桜島のプロジェクトの例だとかツアーそのものを表現のツールとして使った例を紹介する写真も用意していたが…


a0010575_2325482.jpg僕が話し始めるとパネリストの出番がなくなるので、ここは遠慮して、ゲストの話しを伺う。

西鉄旅行もいろいろ面白いバスツアーを企画していることを知り面白かったが、別府で2000年あたりから行っているという「オンパク」の話しははじめて聞いて新鮮だった。


a0010575_23272829.jpg地域主導の活動はそこまで熟していたんだなー。…と、しみじみ。

オンパクは構造もいいし活動もいいし、いろいろなディテールがユーモアもあってなかなかいい。

ただ…、オンパクというネーミングからは伝わりにくい面があるのだろうか…いままでオンパクという言葉は幾度となく聞いているものの、その実態を知ることがなかった…。

オンパクはまさに地域素材の再編集のプラットホーム。


a0010575_23285170.jpg僕としてはアートバスツアーを3種類に読み替えている。

1、バスそのものが常識を超えているアートな存在のものでツアーすること。(バスがシアターになっているとか、バスがツールボックスになっているとか。ドハデなラッピングがされているとか・・・)

2、普通のバスでアートスポット、アートサイト、アートプロジェクトなどのアート名な現場を訪ねるもの。(越後妻有とか直島とか、青森まで行くツアーとか・・・、昔のスキーバスを思い出すなー)

3、ツアーそのものがありえない表現ツールとして編集されたバスツアー。(海の家や廃墟で宿泊し、パフォーマンスになっているツアーだとか、なべの材料を収穫して宴会するツアーとか、地引網をやりながらおもちゃのかえっこを行うツアーだとか・・・仮装してまわるとか、合唱してまわるとか・・・、そういえば昔、宮島くんも叫びながらはとバスで廻っていたような・・・ちがう?)

すべてに可能性があると思うが、僕個人としては最後のバスツアーそのものが現在常識では考えられないような感動を生み出す表現手法として扱われたものに興味がある。


a0010575_23294058.jpg僕自身がこのバスツアーをツールとして使えないかと考えたのは、福岡のアジア美術館でアジアの作家が来ていきなり行うパフォーマンスをもったいないと思ったことに発するように記憶する。

もったいない・・・

とてもありえない質の高いパフォーマンスだったが、ほとんど観客もいなくて、なんでもない雑踏の路上で展開されていた。


a0010575_23302345.jpg僕はそのパフォーマンスを玄界灘に面した海沿いの廃墟で夕日をバックに行うとどれほど凄いだろうかと夢想した。

それを可能にするとすればアートバスツアーというツールが使えないかと考え、徳永君にも相談したことがある。

オーストラリアで夜の動物園(Night Zoo)のツアーがお酒と食事と踊りとついて妙に楽しかったのを思い出し、ボートで急流を下るツアー体験も思い出した。

90年代カフェの日常空間でいきなり始まる演劇を体験したことも思い出した。

そういえば85年ゴジラの散歩もツアーという編集で行った作品だったし、97年のスタジオツアーも05年のTAPトラベルも…僕自身、ツアーというものを表現のツールとして使ったことが何回かあることに気づく。


a0010575_2331163.jpgツアーは編集。いろいろな使われていないところをそのときだけ、時間限定で繋ぐことができる。

様々な地域素材、人材、ツール、時間を過剰につかうための編集がツアーという切り口でいろいろできそうな可能性を感じる。

もっといろいろな人と編集会議やりたいなー。合宿形式で。


a0010575_23322254.jpg今回のパネリストの経営コンサルタントの遠藤さんはビジネスという視点で見ると厳しいと批判的。

アートが商品にはならない。そこが面白い。そこのところをもっと突っ込みたかったなー。

アートの要素をどれだけ潜伏させ、商品として成立させる編集方法に知恵とアイデアが必要で、そこを考えることにいろいろな面白さがあるように予感する。


a0010575_23314872.jpgで、ツアーを見て行くと、40人とか50人とか、定員が限定されるのも興味深い。

1000人の価値に届くものが求められているのではなく、50人に届く価値が100通りあればビジネスとして成立するのかもしれない。

それもまたバスツアーというツールの魅力。


a0010575_23325319.jpgしかし、今回徳永君が本気でコーディネートしたアートバスは本当にとんでもないものが溢れる空間につれてゆく。

ありえないもの、ありえないこと、ありえない音がそこにある。

まさにアートバス。


a0010575_23334138.jpg福岡市内から1時間ほど離れた山里に潜む100年前~40年前の名品の数々。
これらがそべて当時の状態で音を聞かせてくれる。

50年、あるいは100年のタイムスリップ。

まさにツアー。


a0010575_2335129.jpgたぶん人生でいままで体験したことのない音の体験。

一見、何でもなさそうだが、そのひとつひとつがすごいし、ちゃんと使われているのが凄い。

個人コレクターの力は凄いと思い知らされる。

この存在そのものがアート(常識を超えている・・・)。


a0010575_23353175.jpgもうひとつのアートの拠点、共星の里では地元の人が神楽を披露してくれる。

昔の木造校舎で薪ストーブで暖をとりながら、その雰囲気を楽しむ。


a0010575_23355994.jpg神楽を楽しみながら、ツアーを楽しむ側の可能性ではなくて、あらためて地域で活動を作っている側の立場でアートバスツアーを考えてみる。

古くからの伝統的な活動を伝えようと努力している人にとって、あるいは新しい活動を作り出そうとしている人にとって・・・、そこに観客を持ってくる仕組みとしてツアーには可能性がある。

地域で面白い活動を作り出そうとしている人といっしょにディスカッションを重ねることでさらに面白いことが発生する予感がする。

あの神楽ももっともっとよくなりますしね・・・。

そこがツボですね。

徳永君、オープンディスカッションやりましょうね。合宿で。
今回の参加者も是非また参加してください。

ディスカッションできなかったもんね。今回は・・・。

おまけ。エジソンの最初のレコードの音。
by fuji-studio | 2007-11-22 23:36 | ■福岡での活動
取手アートプロジェクト2007
a0010575_23591347.jpg1年ぶりの取手アートプロジェクト=TAP

去年もすごかったが、今年もすごい。

なんだかんだで3年前から毎年参加しているので、僕としては今年で4年目の取手。


a0010575_025357.jpgなんだか家族に会いに故郷に帰る気分。 

いや、故郷以上に関係の深い人たちがたくさんいて、皆の成長に接するのが楽しみな場所なのかもしれない。


a0010575_072077.jpg去年はゲストアーティストと公募による若手作家が交錯しながら、かなり派手な展覧会を行ったが、今年は駅前に拠点をつくって、取手各地の作家の制作スタジオを紹介する控え目な年なので作品はないのだろうと思っていた…。ところがところが・・・。


a0010575_091840.jpg今年のゲストアーティストが中村政人で、彼のM1を使ったプロジェクトに多くの作家が参加し、しかも広範囲に点在しているということで、なかなか見ごたえのあるプロジェクトになっていて驚いた。


a0010575_1124046.jpgM1というのはセキスイハイムが1970年代に開発したプレハブユニット

それを重ねたり、並べたり、立てかけたり・・・様々な人が関わり、M1を過剰に使い、取手のはらっぱを過剰に使い・・・あらゆる人材やあらゆる組織の関係を過剰に使い…

その結果、取手周辺の風景はあきらかに変化していた。


a0010575_7583131.jpgいつも挑戦的な社会実験を繰り返し、しかもその経験値を重ねてゆくTAPであるが、今回の取手は他の地域で拡がりつつあるアートプロジェクトとは明らかにいくつかの点で違っていた。


a0010575_7591919.jpgひとつは街に作品をちりばめるときにM1というフレーム…いわば額縁や台座の役割を与えたツールに匹敵するモノゴト…を活用しているという点。

そのフレームがアーティストのプロジェクトのひとつという幾重にも重ねられた仕掛けの厚み。


a0010575_77161.jpgこれにより、街へのアプローチのスケール感とイメージが増幅され、少なくとも、作品がプロジェクト自体が街に埋没する現象を最低限に食いとどめているように思える。


a0010575_812342.jpgもうひとつは、街のシクミに深く関与し、街に潜在する多くの関係が利用されているという点。

当たり前のようにそこにあるが、多くのモノゴトが社会的常識の例外として仕掛けられている。


a0010575_861868.jpgこのような団地の集合商業施設のあとをまるごと賃貸のアートスタジオとしてオープンさせようとする試みも実現しつつある。

プロジェクトから派生する関係の連鎖が新しい風景を作ろうとしている。


a0010575_781359.jpgこれまでのプロジェクトによって街が重ねてきた経験が街のシクミに深く関わるところで、かなり多くの人たちが熱意と誠意を持って動き続け、信頼関係を獲得しつつあるという証…。


a0010575_823218.jpg2年前に始まったTAPツアー。地元のゴルフ場がマイクロバスを運転手つきで提供してくれて、去年からの固定客もいる様子。 


a0010575_711163.jpg今年はその周辺の街までツアーで出かけて、作家のスタジオを巡る。

取手周辺に多くの作家が定着して行くのもTAPの活動の連鎖がもたらすものだと思う。

僕が取手に入った日に周辺のアートプロジェクトに関係する人たちが集まってオープンディスカッションを行っていた。話を聞きながら面白いことに気づく。

作品を次の時代の価値観を作り出す苗にたとえるとすると・・・

その土地の風土にふさわしい苗に注目して、その発芽を試みる我孫子

外来種の選りすぐった希少な苗を育てる試みの守谷

実ったあとの作物を街に活かすことを試みる柏

そして土壌改良や新種の苗の開発、肥料など、成長し開花するしくみの研究を試みる取手…



それぞれの街の役割は違う。それがうまく連携しつつ、活動がさらに連鎖をうみだしてゆくと面白い。

で、取手は今月25日まで。
by fuji-studio | 2007-11-17 23:01 | ■茨城・取手Art Project
つくろうとせず、つかうこと。そこからはじめるのはどうだろう。
a0010575_1512170.jpgつかうこと。

つかうことの延長につくることがある。

最近その話をよくする。


a0010575_1515554.jpg別の言い方をすれば、

つくるまえにつかうこと。

つかっていると自然とできてくるモノゴトがある。シクミがある。


a0010575_1521815.jpg過剰につかうことで、過剰なものができる。

感動的に過剰なものが、次のつかうことの連鎖を生み出す。

過剰につかうことの連鎖の総体。


a0010575_1531044.jpgそれをさすのかな・・・。

例えば、音楽ホールが存在するということの理由。

えずこホールの次の展開を考えるきっかけのおかげで、美術館とかアートセンターの存在の意味をあらためて考えることができた。


a0010575_1534089.jpg施設が重要なのではなく、施設を運営することが重要なのではなく…

もっとずーっと以前のその先の問題までさかのぼるとする。

すると…


a0010575_1541170.jpg人がちゃんと感覚と体と心とその延長にある道具と周辺との関係とさらにそれらのある環境と…

それらをしっかりとつかうこと。

そのためにある。


a0010575_1543685.jpg…とすれば、何をすべきか。

とりあえず、地域の中にある絶滅の危機に瀕した環境をつかうという案が出てきた。

それもまた音楽ホールの重要なミッション。


a0010575_155495.jpg今日はその町内の古い屋敷が並ぶ通りを駆け足で歩いてみる。

確かにモチベーションが高まりそうな蔵がたくさん存在する通り。

無機質で効率的な30年寿命の味気ないアパートに混在して存在する。

30年後にこのアパートが建て替えられるとき、もしもこの蔵群が現在の人の意思によって使われ残されていたら…

きっと面白い風景に変化してゆくにちがいないと思う。

その風景はだれがどのように使ったか。その結果によって決定される。

さて、えずこホール、どうなるか。乞うご期待。

◎この写真は宮城県大河原町をぬける奥州街道だった通り沿い100m程度のスナップ。

by fuji-studio | 2007-11-16 11:24 | ・単純記録/Diary
ハードの整備とオペレーションシステム
a0010575_183228.jpg宮城県大河原町がコンペを行い1996年に竣工した大河原公園

設計者は槇総合計画事務所の出身の宮崎浩

立派。
立派!


a0010575_18325613.jpgおなじく大河原町にあるえずこホールの11年目以降の展開を考える上で、周辺地域のいろいろな使えそうな場所がないかと意識を広げているとき、アートプロデュース講座の参加者の建築家が教えてくれた場所。


a0010575_18334677.jpg早速気になったので訪ねてみる。

90年代のデザインテイストで、かなりシャープなハード整備なのだが、オペレーションするシステムがなかったためか利用されずに、手を入れられずに…


a0010575_18345021.jpgOS的概念のない整備事業の行く末を見るのにとてもふさわしいサンプル。

デザインというか、スタイリングは悪くない。

…というか、必要以上にスタイリッシュ。


a0010575_18354399.jpgおそらく造園の管理だけは予算がついているのだろうが、それを使うための窓口がないのか、それをつかうデモンストレーションがなされていないのか…。


a0010575_18473492.jpgもしくはOS的発想なしに、行政が直接いくつかの勝手なアプリケーションだけ起動させて使っていたものの、市民からの反応が薄い割には予算をたくさん使うために持続しなくなったのか…。


a0010575_18362114.jpg市民がいろいろな活動を行うことを想定されて(?) かなりの予算でギャラリー空間が作られていたが、オープンスペースのために運営が難しかったのか…


a0010575_18391097.jpg全国各地の壁面に見られるかなりポピュラーな常設の作品だけが残されている・・・
もっと違う表現を行いたいのだろうが、表現力が乏しく、言葉のボキャブラリーも少ないのだろ思う。 あまりいい作品だとは思わないが、全国各地の人気のない隙間に広がるかなりポピュラーな作品。 悲しい現実が読み取れる。


a0010575_18393463.jpg地域の若者のエネルギーのはけ口の痕跡なのか、旅行者が寒さをしのぐために行った焚き火の跡なのか…いろいろなイメージを喚起する作品。


a0010575_18411092.jpgかなり強い意志を持って制作したか、もしくは相当暇だったのか…ここまでしっかりした作品はなかなかない。


a0010575_18422144.jpg建築家が一度は作ってみたくなるのはとても健全なことだが、これだけがギャラリーに放置され、これがアートであるかのように物語られるのだけは多くの誤解を招くので迷惑な気がする。


a0010575_18443599.jpgぼくが面白いと思ったのはこのライトの作品。この建物が作品を展示し、それを明るくしようとした過去の意志が伝わると同時に、それを扱う人もその必要もなかったということを確実に物語ってくれる作品。


a0010575_1848030.jpgこれも世界共通のもっとも普遍的な…というより、ポピュラーな作品。

こんなところにも常設されていたなんて…。


a0010575_18503245.jpg問題はどうつかうかということ。

というよりも、つかうシステムがインプットされてきたのかどうかということ。


広い親水公園は白鳥や雁など、渡り鳥のたまり場となっていた。

ひとけがないということ、車の往来も少ないということは水鳥にとっては大事な環境なのかもしれない。

使うオペレーションシステムを行政が本気に考えたら…。

確実に風景は変わる。

…と、思う。…
by fuji-studio | 2007-11-16 10:46 | ■宮城・えずこホールとの活動