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シンガポール国立博物館での展示
シンガポールの国立博物館から依頼を受けて、トイザウルス4体が旅に出ることに。
去年金沢で行った展示が海外のいくつかのメディアで紹介されているのがきっかけ。
そもそも、エントランスにあるドーム状の空間の真ん中に設置してほしいとのオーダーだったが、調整するうちに、館内の数カ所置いてほしいという話になり、二転三転して結局博物館内のアトリウムの片隅に展示することになった。

まあ、仕方ない。
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作品は制作中当たり前の話だが自分の手元にある。それがあるとき手を離れる。

自分のてから離れる瞬間、つまり「リリース」する瞬間の感覚、そのときはまだ何も見えない。


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しかし、いったんリリースされると、作品は独自に動き始める。僕の知らないところで知らない出来事が発生する。

それに関与してしまう。そっと育ててきた子どもたちをあるときじわーっと自立に向かわせる感覚にも似ている。
作品のあり方はその制作者の意図で様々にある。80年代、作品は排泄物だと信じ、制作している先輩たちがいて、大きな違和感を抱いていた。排泄物だと信じ、日々の生活の中で排泄し続けるそのような関係性は否定したかった。


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逆に作品を制作することは宝物のようなものを作ることだと信じて制作している先輩たちもいた。究極の宝物を制作し流通を作ることしか生きる道はないと諭されたがそのような態度にも屈するつもりはなかった。僕はそれを求めていなかった。

いつでもそのような答えのないところにいるような気がする。どのようなあり方がいいかはわからないが、そんな感覚をは無関係に制作し、いったんとを離れたものはそれぞれそれなりに動き始めるものだ。


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それを見守り、健康に暮らしていることを願うしかない。まさに親の気持ちだなと最近思う。

とにかく、数ヶ月、シンガポールで頑張って健康で帰国してほしい。そもそも、背骨に持病があり、そろそろ入院して大手術をしなければならない頃だった。長旅させてごめんなさい。



by fuji-studio | 2016-06-08 07:56 | ■海外での活動
ジョグジャカルタで淺井君の作品とかに出会う。
午後からの打ち合わせまでの間の時間に浅井君たちがこの春に展示した作品を見に行く。

a0010575_9513777.jpg淺井君からメールをもらい、まだジョグジャカルタの作品が展示されているかも・・・とのこと。

会場を訪ねてみると、まだちゃんとありました。

突然の訪問にも関わらず、鍵をあけてくれて、電気をつけてくれて、ちゃんと案内してくれて・・・親切なスタッフ。


a0010575_9551643.jpg淺井君の作品ジョグジャカルタの地でひっそりと息づいているよう。

でも、もうすぐ次の展覧会の準備がはじまるとのことで、もうすぐ撤収するのだそうです。さびしいがしかたないですね。

浅井君のメールのおかげで、ぎりぎりいい空間を体験させていただきました。ありがとう。


a0010575_9573985.jpg会場を案内してもらっていると、向こうのほうからおにいさんが歩いてきて名刺交換。

この芸術大学の跡地を現代美術の国立美術館にするんだと熱く語る人が。

ふんふんと話を聞いているうちに、足早に立ち去っていった。


a0010575_1003590.jpgどうやらこの美術館の館長らしい。

スタッフに聞いてみると、王家(?)の娘婿のたいそう偉い人なのだとか。どうりで、自信に満ちていた。

とにかくそんな人が現代美術にはまっているのが面白い。


a0010575_10249100.jpgしかし、それにしても、スタードームとか、ビニプラとか、リキシャーとか、なんとも興味深い…縁深い作品が残っているなー・・・。

なんともいえず、ジョグジャカルタでしみじみ。
by fuji-studio | 2008-10-20 09:47 | ■海外での活動
アリゾナの砂漠を走りタレルのクレーターへ。
a0010575_9523274.jpgサンタフェの仕事を終えて、日本に帰る途中、水戸芸術館のアレンジでロサンゼルスからアリゾナの砂漠を車で7時間ほど走り、ジェームズ・タレルのクレーターのプロジェクトの現場に立ち寄ってみる。


a0010575_954320.jpgもう20年近く前にはじめて話を聞いて気になっていはいたが、実際の現場をみるのはもちろんはじめて。

まさか見れるとは・・・。

水戸芸術館とタレルとの関係のおけげで実現する。

なかなか凄い現場。


a0010575_9545120.jpg砂漠をずっと走ってアプローチするというそこから作品が始まっている。

クレーターの中に月や太陽を見るためのトンネルが仕掛けられていたり、クレーターの真ん中に空を楽しむ仕掛けがいろいろ配置されていたり・・・


a0010575_955288.jpg日本だと、直島の地中美術館とか、越後妻有とか、21世紀美術館にあるタレルの作品の総本山的な場所。


a0010575_9573488.jpgまだ公開されていないゲストルームや今後計画中の宿泊施設、作品プランなどの作品も説明してもらい、砂漠の真ん中にぽっこりとあるクレーターを堪能する。


a0010575_9581143.jpgもともとある火山の噴火のあとのクレータを太陽や月や空や星と深く関わる大掛かりな装置をつくる・・・というもの。


a0010575_10101980.jpg特に夏至、冬至の周辺や毎日の・・・特に日の出、日の入りの時間の空の移り変わりを堪能するための巨大装置。

まだ計画の4分の1もできていないのだとか。


a0010575_1011444.jpgああ、スケールが違うなー。

楕円にくりぬかれた空と円形にくりぬかれた空、クレータの外、途中におまけのようにある小さな円の空を移動しながら、タレルの空と現実の空の違いを堪能する。

しかし、現場で案内してくれたスタッフのおじさんがなんともいい雰囲気の人。


a0010575_10113082.jpg彼はアーティストに興味があるらしく、やたらと僕の作品について尋ねてくるが、この30年がかりのクレーター作品を前にして・・・というかクレーター作品の中で・・・自分自身のちっちゃな活動について語れるわけがない。

ああ、アメリカのスケール感はこの旅のプロセスがないと体感できないのかもしれないなー。

この巨大な大掛かりの装置の中にいながら、これをシステムとして見せることができるのではないかとずっと考えている自分がいることに気づく。


a0010575_1014446.jpg装置としてはアメリカの巨大な砂漠の中のここにあって確かに正解だと思うが、空自体は地球上のどこから見ても・・・湿度とか天候とかの違いはあるが・・・かわりはない。


a0010575_1021919.jpg星空も、夕暮れも、朝焼けも、金持ち、貧乏に関わらず、地球のどこでも獲得できる平等なもの。

スモッグがそれを遠のかせている地域もあるが・・・


a0010575_1043332.jpgとすれば、タレルの空の同質のものは実は装置という表現手段ではなく、シクミという表現手段で世界に配布できるのかもしれないなー・・・と考えている自分に気づく。

最終的な問題が質感の問題だとすれば、そこがユーザーがいじれるいちばん面白いところ。
しかし、「~と」の関係を考えると、タレルとの関係、アリゾナとの関係、タレルスタッフとの関係、砂漠との関係性が変わってくるので、当然同質のものにはならない。

しかし、それはそれでまた新しい可能性もあるのかもしれないなー・・・。
by fuji-studio | 2008-06-23 23:26 | ■海外での活動
ジョグジャカルタの小学校でのカエルキャラバン実験
a0010575_2132840.jpg今後、インドネシアで行ってゆく流れは大きくふたつ。

ひとつは何を伝えるべきなのかの情報を集めて整理する作業。この部分はガジャマダ大学の建築学科の学生がこれから夏にかけて行う。


a0010575_21414.jpg次にその集まったデータをもとに地域の特に子どもたちに浸透性のあるプログラムをつくるという作業。

秋にもう一度インドネシアを訪ね、インドネシア周辺のアーティストやデザイナー、クリエイターや地域活動に興味を持って何か面白い活動へと変換してくれそうな人とのディスカッションを行うことでイメージの方向性をつくることからはじめたいと思っている。


a0010575_212521.jpgそこで発生したプログラムについて、2009年以降3年間かけて実際に制作、地域での実験を繰り返して地域に防災の概念や知恵が浸透する方法を具体化してゆく。

・・・という流れ。


a0010575_215768.jpgで、今回は僕らがやっているカエルキャラバン方式・・・つまり防災ワークショップとかえっこを組み合わせた編集方法がインドネシアでどれだけ有効なのかの実験を小学校で行ってみる。


a0010575_2154531.jpgわずか2日間で実験的なヒヤリングを行った学生が僕らが日本で行っている防災のワークショップをインドネシアバージョンに変換。

90人の小学生がかえっこの運営や防災ワークショップに参加して・・・ものすごく盛り上がる。


a0010575_2162831.jpg実験とは思えないほどの盛り上がり。

学生も子どもたちも楽しそう。

学校の先生も防災ワークショップはさておき、かえっこのシステムに興味津々。

被災現場と関わっているガジャマダ大学の医学部の先生達もかえっこシステムの子どもを巻き込む力に少々びっくり。


a0010575_2171550.jpgこれを終えて学生からの提案で「子どもの祭り」のようなものがインドネシアの地域社会にないのでそういうものをつくったらどうかという提案がさっそく飛び出す。


a0010575_2174589.jpg絵本にする。紙芝居にする。影絵にする。音楽にする。ゲームにする。祭りにする・・・。

ああ、秋のディスカッションが楽しみだ。

やっぱり対話と実験の繰り返しから面白い出来事は生まれてくると思いますね。
by fuji-studio | 2008-03-13 23:11 | ■海外での活動
インドネシアでのヒヤリングとディスカッション
a0010575_01504.jpg活動は連鎖する。

今年の1月に開催したJICA兵庫での防災EPOの活動が連鎖し、インドネシアでのイザ!カエルキャラバンを仕掛けることになり、プラスアーツの永田さんと大阪大学の鳴海先生と僕とで3日間のジョグジャカルタ入り。


a0010575_0224181.jpg2004年の12月のスマトラ沖地震、2006年5月のジャワ島中部地震など、かなり被害が大きいものの、地域の中に防災教育というものがなかなか浸透していない・・・という話。

a0010575_0233632.jpgそれは日本でも同じで災害は起こると困るのはわかっているものの、起こることに備えて日常生活している人は少ない。

で、防災のプログラムを防災と言わずに地域にいかに浸透させるかというのがプラスアーツ的な課題。

a0010575_0244495.jpgたまたま、永田さんの大学院時代の鳴海先生(プラスアーツの理事のひとり)が25年以上前からインドネシアのジョグジャカルタのガジャマダ大学と繋がりがあり、しかも永田さんの大学院の同級生がその大学の建築学科の助教授をしているという深い繋がりもあり、不思議な縁の連鎖。

a0010575_0252389.jpg僕自身も去年の4月に一ヶ月の病院生活から退院したあとに、自分の将来のことを考えて・・・実は・・・インドネシアのジョグジャカルタの大学にJICAのシニアボランティアで行こうかと試験をうけていたりしていた。

・・・結局、退院したばっかりだったので健康診断で駄目でしたが・・・。

a0010575_0271013.jpgなぜだかここにきて急に縁が深いジョグジャカルタ。

そこでディスカッションとヒヤリングの連続。

日本で行っているイザ!カエルキャラバンのようなプログラムのインドネシアバージョンはどんな形になるのがふさわしいのか?

ヒヤリング、ミーティング、ディスカッション、小学校でのデモンストレーションとかなりハードな3日間。

・・・で、今年の秋までにヒヤリングを重ねて情報を集めてもらい、この秋にもう一度現場でディスカッションを重ねて具体的なプログラムのイメージをつくるという流れ。

インドネシアは雨季で午後からは連日の大雨。

・・・あつい。
by fuji-studio | 2008-03-12 23:12 | ■海外での活動
ジョグジャカルタでのリサーチ
a0010575_15183312.jpgインドネシアで将来的に新しい形のイザ!カエルキャラバンを仕掛けようという流れ。

そのためにインドネシアのジョグジャカルタにリサーチで入っています。

詳しくは後日。

そんなのばっかりでごめんなさい。
by fuji-studio | 2008-03-11 15:22 | ■海外での活動
Art and Capitalのセミナーとシンポジウム
a0010575_11495144.jpg韓国、インド、中国、日本・・とギャラリスト、キュレイター、経済学者等があつまって行う資本と芸術がテーマのセミナーとシンポジウム。

日本からはミズマアートギャラリーの三潴さんと辛さん がやってきてレクチャーを行う。


a0010575_11533859.jpg日本国内の・・・特に僕が活動でしている「地域活動系アートフィールド?」ではほとんど出会ったことなかったが、先日の中国とこの韓国と・・・海外では出会いやすい人たちのよう。 
活動のフィールドをほんの少しだけスリップさせるだけで、そこで出会う人が変わる。 それが面白い。


a0010575_11503494.jpgそういえば韓国のキム・ソンジョンさんもまたまた同席して、なんとも世界は狭い。

・・・これまではアメリカとイギリス中心のアートマーケットだったが、規模はまだまだ小さいものの、中国、韓国でのアジアマーケットが、作品が投資の対象となりつつあるという理由で
急激に拡大してるのだとか。 その資本に飲み込まれて、アート業界の質が低下することだとか、作家が潰されてしまうことだとかに対する危機感があっての今回の企画。


a0010575_11553861.jpgまず、状況を把握し、アジアアートマーケットがネットワークをつくることで、一部の国内資本によるマーケットコントロールを警戒することを呼びかける・・・ようなかんじ。

実は英語でのシンポジウムなので3割ぐらいは言葉の意味が理解できないでいて・・・ああ、もっと勉強しとけばよかった・・・。

まったく、どうでもいいことかもしれないが、セミナーの途中で会場に掲示されたArt and Capitalの幕のArtの部分がまず脱落。

途中、あわてて取り付けなおしたもののさらに途中でがたっと全体が崩れ落ちる。

「ああ、やっぱり、アートが落ちて資本が残った・・・」・・・そんなところに面白さを感じて気をとられていろいろつまらないことを妄想して・・・肝心の話を聞いていない・・・。

ダメだ。
by fuji-studio | 2008-02-01 12:30 | ■海外での活動
Art and Capitalでの展示作品
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kaekkoという物々交換のシステムを制作したのが2000年。

それにより、新しい流通・・・つまり使われなくなったおもちゃの流通と、子ども達が遊び場を確保する活動の流通と、様々なイメージを作り出す活動の流通・・・が発生し、その活動はますます拡大しつつある。

その流通が繰り返されることで発生するさらなる余剰品・・・

おもちゃの破片、ぬいぐるみ、おまけのおもちゃ・・・

それを利用して、さらに新しい価値を生産しようとする活動・・・。

それにより制作されたモノそのものを作品化するのではなく、それにより発生する影を作品化してみる。


a0010575_2124788.jpgここが僕の悪い癖なのだが・・・

影だけにとどまらず、ついついよけいなことを展示してしまう。

壁にパックされたカンガエルカンガルー。

かえっこの余剰品のヌイグルミでできたきぐるみ。


a0010575_2132381.jpgこの3ヶ月ぐらい作り続けていたキャラクターの余剰品の木。

その試作第一号。

これをモチーフに絵を描きたいと思っている。

展示台がなかったので、そこにあったイスにおいてみましたが・・・

低かったので、金物屋でいちばん安い棒状のものを買ってきてそれを継ぎ・・・

ぶさいくだったので、キャラクター系おもちゃをさらにくっつけてなんとなくつくってみました。


a0010575_214584.jpgで、今回はkaekkoのシクミを説明する映像作品も制作し、それによってできた幻影のような姿の映像も制作し、その繋がりを壁に落書きして説明しようとモタモタしてみた。

こんな程度しかできなかったけど、設置の2日間、結構楽しめました。

今月末まで、ソウルの Gallery LOOPで展示しています。
by fuji-studio | 2008-01-31 23:14 | ■海外での活動
ソウルのLOOP Galleryでの出題。
となりの韓国だが昔は遠かった。

たぶん、この20年でかなり近くなったのだと思う。

a0010575_11225254.jpg2000年に釜山ビエンナーレに呼ばれたときにはじめて福岡から海をわたり韓国に入り、その近さに驚いたと同時に、わずか3時間の船旅で変化する政治と歴史の境界の深さを感じた。


a0010575_11234946.jpg2002年にソウルの新聞社の工場跡で展覧会に誘われて展示したが、なんだかとても苦労した記憶しかない。

なんだか今回はとても気楽に参加しているのはだぜだろう。 国をわたって移動するという感覚はほどんどなく、都市間の移動という感覚しかない。


a0010575_8513625.jpg以前は言語に対しても、風景にしても、生活様式にしても、金銭感覚にしても・・・もっと差異があったような気がするが、今、ほとんど均質化されているからなのか?

今回与えられたスペースは壁ひとつ。そしてテーマは「Art and Capital」・・・つまり「芸術と資本」


a0010575_11241955.jpg僕自身、自分が泳がされている大きな流れのようなものをどのように捉えて、あるときはそれに反発し、あるときはそれを学習し・・・いかに超えるのかという問題に向き合っているのだとおもう。

ところが、このような一般的に強い言葉・・・つまり、資本という概念で自分自身の意識を編集したことはない。

芸術と資本がテーマの展覧会やシンポジウムが開催される背景には現在のアジア各地で起こっているある特殊な現象があることを無視できない。

つまり、美術作品が・・・とくに現代美術作品の一片が投資の対象として扱われ、ある意味とても注目されているという状況に大きな危機感を持っている人が多いということ。

現在に対する違和感に強く立ち向かい、社会の価値観を大きく覆してゆくような、表現力を持った若い作家が、流通を目的とした作品の制作に向かい消費されてゆくことへの危機感であり・・・

あるいは芸術作品や作家、あるいはその魅力に向かおうとしている活動に対する信頼の崩壊に対しての危機感なのだと思う。


a0010575_11244774.jpgとにかく、その現場で作品を設置するという難問・・・

制限時間は2日間。(12時間程度?)

もともと資本主義経済被災者でもあり、受験戦争被災者でもあることを自認しているだけに、この難問は嬉しい出題。

もちろん正解というかいとうは出せないし、出すつもりもないし、求められてもいないが・・・

とにかくこれまでの態度と意識と意志をはっきりさせようと思う。

・・・・

話をもどして・・・

つまり・・・特にアジアの都市では同じ問題が同時に進行しており、それぞれが連鎖しながら拡大し・・・、あるいは解決に向かおうとするような状況になってきているという実感なのかな・・・。
by fuji-studio | 2008-01-30 23:35 | ■海外での活動
いわゆるモノとしての、あるいは空間としての作品?
a0010575_1951763.jpgつくづく思うが、日常的に何かを表現することと、作品をつくること、あるいは作品化することにはズレがある。

もちろん、表現以前のモヤモヤと表現することの間にもズレがある。

つまり・・・必ずしも同じことではない。・・・ということ。


a0010575_195501.jpgさらにその作品化することと発表することはまたまったく別の種類のことである。

ズレ、ズレ、ズレとズレが三段階程度重ねられて作品はそこにあり、作品の体験者はそこでまた決定的にズレた捉え方をし、ズレた情報を得る。 
そのこと・・・つまり4段階以上のズレがあるという事実は一般的な常識ではない。


a0010575_1961058.jpgこれらが全くイコールの人がいてもおかしくはないが、・・・うらやましいが、・・・いや、やっぱりありえないだろう・・・。

ところが一般的には、発表されたものが、作品としてみなされ、個人の表現物そのものとしてみなされ、あるいは作家そのものとしてみなされる。

それがさらに大きなズレをうみだす。

そのズレを楽しめるうちはいいが、そのズレが亀裂となり自分にのしかかってくるとつらくなる。

その重圧に耐え切れなくなり潰れる作家も多い。

僕の場合、モノを集め、分別し、並べるという日常の表現行為があり・・・、

そのなかでも特定の行為が編集され、モノゴトやシクミとして作品化され・・・、

そのシクミを可視化するためのデモンストレーションとして編集され発表されるというパターンが増えてきた。


a0010575_23195447.jpgその説明が複雑なので、結局、今回の作品はモノとして、あるいは空間の作品として、極力語ることなく発表された。

だから、物足りないんだなー。

モノとしての、あるいは空間としての作品ならば、最低でもこの10倍の広さの空間で、10倍の時間とエネルギーをかけてやるべきなんだろうなー。


a0010575_1149455.jpgああ、やりたりない感じが僕としてはいたたまれない。 

ところで、この会場の床のおもちゃ、北京の会場ではいらなくなったものを一つ持ってくると欲しいおもちゃと交換できることにして展示していた。


a0010575_11501388.jpgこの広東での展示の為におもちゃを減らしたくなかったからという理由。

結局、北京展を終えて、3割ぐらいは中国のおもちゃに交換されていたかな・・・。

ところが今回の展示であとは日本に戻るだけなので、おもちゃを減らそうというもくろみで、欲しいおもちゃみつけてその絵を描くとそのおもちゃがひとつもらえることにしてみた。


a0010575_11504923.jpgおもちゃやぬいぐるみを欲しい子ども達が床にへばりついて絵を描く風景を想像した。

ところがオープニングに押しかけた観客で・・・

わずか2時間程度でものの見事におもちゃ、ぬいぐるみの7割が消えた。


a0010575_11511389.jpg中国、都心部といえどもまだまだ凄い!

日本ではだいたいぬいぐるみはなくならないんだけどなー。

中国人はぬいぐるみ好き?


a0010575_11513786.jpgバングラデッシュではビニール袋だけになっていたが・・・
さて、広東では何がのこるか・・・乞うご期待!

しかし、すごい勢いだったなー。

日本のかえっこユーザーの皆さん、このようにかえっこのおもちゃたちはまだまだ欲しがる人は世界中にたくさんいるようですよ。

オープニング後の食事中に、中国の作家が冗談で話してくれました。

「ああ、じゃあ、そのおもちゃ達はいまごろマーケットで売られてるかも・・・。そうそう。さらにその中からいいおもちゃがコピーされて、今頃量産されているかも・・・。」だって。

あながち冗談に聞こえないところが凄いなあ。 ・・・中国。

ちなみに広東でさえ東京より大きい街なんじゃないかなー。
by fuji-studio | 2007-12-25 23:06 | ■海外での活動