カテゴリ:・思索雑感/ImageTrash( 99 )
10年前の自分からの手紙
海外を拠点に活動を続けている建築出身のアーティスト、増山士郎さんから依頼を受けて、確かに、10年後の自分に宛てた手紙を書いたことがある。 当たり前の話だが、そんなことまったく忘れていた。

突然おくられてきてきた10年前の自分からの手紙。 もっと、感動的かと思っていたが、以外とそんなことはない。見慣れた嫌いな文字、一方的でなげやりな文章、内容などもなんだかイライラさせる内容。まあ、こんなものかと放置されていた。

現在の増山さんに送り返したほうがよさそうなアンケートのようなものがあったので記入しなきゃと机の未整理の書類の山の中からまた取り出して、なんとなく目につくとろろにおいていたが、もらって一ヶ月、なんとなく、その存在が主張してくる。

もう一度ちゃんと中身をみながら、手紙の内容に対して、自分という相手に答えてみはじめるとなんだかとてもじわーっときはじめる。

自分が変わったという実感はないし、変われていない自分への苛立ちもある。しかし自分の周辺の状況は随分と変化してきた。ちょうど、今宮城県のえずこホールの20周年記念事業を組み立てているが、10年前、同じホールの10周年事業を行っていた時期。急性膵炎で倒れる前でまだまだ、内臓のアルコール漬を夜な夜な作っていた頃。facebookもTwitterもLineもスマートフォンもなく、ブログが全盛。このころ中毒的ともいえるほと、かなり書き込んでいる。

そのころ住んでいた自宅はその後2回引っ越しているが、僕は単身赴任になり、その当時からすると、8回引っ越している。東日本大震災が発生し、原発が日本各地を放射能汚染をはじめ、日本はそれを止められないどころか、それを覆い隠す為の崩壊のシナリオへと動き始めているようにも見える。

僕の家庭や、スタジオでも増え続ける廃棄物のための倉庫だけが増え続けているが、日本国内、あるいは世界全体で核廃棄物も含め、廃棄物汚染が蔓延しつつある。

僕らが行ってきた表現活動は何の連鎖も生み出すことはないのだろうか。しんどいなぁ。
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by fuji-studio | 2016-06-28 10:46 | ・思索雑感/ImageTrash
無視できない端材たち
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どうしても無視できないんだと思う。一般的な常識としては廃棄するという事になってるのもわかる。展示の後の廃材とか、大学の廃棄物入れの中を覗いてしまう。
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素材や廃棄物や周辺の環境や状況に縛られて、表現が飛躍できないという事も理解できる。しかしついついそこにあるソレを使って何かできないかと考えてしまう。
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可能ならば全部使ってしまいたい。
ひとつのこらず使い切ってしまいたい。とりあえず短く切れた破片だからこそ作れるものもある。
最近エキスプレスつくっているトイザウルスの骨組みと木材の端材は相性がいい。
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端材だけで内装した部屋も作ってみたいなぁ〜。
なにかイメージやビジョンが先になくて、そこにあるものとの対話の中からしかイメージがはっせいしないタチだからこそ楽しめるんだろうなぁ。
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そにあたり、別のたいぷの人にはなかなかわかってもらえない。

by fuji-studio | 2015-03-13 11:51 | ・思索雑感/ImageTrash
このブログを研究のネタに使うんだって。
僕は遠くにあるものを探しに出かけて手に入れようとするタイプではない。目の前にあるもの、手の届くものを触りいじりたがる。いじり始めるとある程度までいじってしまう。ずっといじり続けていると、状態が変化することがある。別にどうしようとか思っていじっているわけではないが、いじるうちに・・・もっとこうしてみようかなとか・・・もっとこうできるなとか・・・そんな思いが湧き出てくるのが面白い。

a0010575_11134415.jpg中学、高校時代に「学習の記録」という日々の学習時間とか感想とかを書き込むという不毛な宿題のようなものがあった。別にまじめに勉強しているわけでもないが、その記録をいじり、毎日の生活の記録を必要以上に几帳面につけて行くと、自分とは別の、毎日ちゃんと学習している賢そうな人格が立ち会わられる。そんなことにはまったのかもしれない。

美術大学に入学しクロッキー帳を持ち歩くようになり、持て余す時間で落書きをはじめ、いろいろ描き始めた。その頃は色鉛筆とか万年筆とかボールペンとかポイントペンだとか、いろいろな素材をいじる事が面白く、その支持体としてクロッキー帳だったと思う。描かれたものは単なる落書きだったり、身の回りの風景のスケッチだったりして、文章はほとんどなかった。しかし、ある時特別なノートに出会い、日々そのノートに向き合うようになり、はじめて文章を書くようになった。

ノートに向き合う時間は自分に向き合う時間であり、目の前の風景と出来事と自分自身を繋ぐメディアだった。どこに行くにもそのノートと万年筆を持ち歩くようになり、自分自身と向き合う時間を重ねてきた。誰にも見せることのないノートだったので文章もめちゃくちゃ。校正などしたことない。そんな時間を20年ぐらい重ねていたと思う。

a0010575_11190047.jpgある時そのノートのデザインがマイナーチェンジした。メーカーにとっては些細な仕様の変更だったと思うが、僕にとっては魂を失う重大な事件で、そのノートに向き合うことができなくなった。新しいノートを探してみてもまったく相に合わす、メディア探しの紆余曲折が始まった。そんな時期だと思う。インターネットが普及し始め、自分でもウェブサイトを作るれるようになり、掲示板サイトが一般的になってきた。

自分の掲示板をネット上につくり書き込みはじめたのは2000年の1月。ちょうど精神的に辛い時期だったので、人に言えない自分の不満を吐き出し書き連ねる日々を過ごしたが、そのサイトを数ヶ月公開しなかった記憶がある。公開することに決めた瞬間、その書き込みをすべて消去した。

ノートに綴る言葉は閉鎖的なものだったので、自分自身の内部と向き合う時間だったが、掲示板サイトは開かれている。自分の考えを周辺の人に投げかけることで、サイトの中に新しい架空の自分が発生する感覚に興味を持ったのかもしれない。学習の記録の経験のように。a0010575_11240390.jpg
掲示板の使い方にも慣れてきた頃、ブログサイトが登場し始めた。

それまで日常なにを行っているか把握しづらかった自分自身の日々の記録を分類し、タグ付けし、整理し始め、自分自身を客観視するツールとして使えるのではないかと期待しつつ・・・いじりはじめた。それが2004年4月。

ブログ以前は藤浩志がいったいなにをして、どのように考えているのかを伝えるのがとても大変だった。それぞれの現場で担当者の経験や思惑はまったく違うので、一人一人に向きあって考えをぶつけてきた。ブログサイトを公開するようになり、それぞれの現場の担当者に見てもらい、書き込んでもらったりするうちに、いろいろな現場の担当者同士が共感しあったり、繋がりはじめた。ブログを通して現場の違和感や疑問を投げかけたりするようになり、活動が加速した。

藤浩志企画制作室という藤浩志を企画し、制作する個人事務所の立場で働いている時期だったので、日常の業務を報告する上司のかわりにこのブログがあったと捉えることもできる。全国各地にいる仕事のパートナーに向けての報告だったとも言えるし、未来の自分自身への報告だったのかもしれない。

a0010575_11114595.jpgカテゴリーをプロジェクトごとに分けることによってそれぞれの報告書代わりのアーカイブになるなと思い、なるべく記録することを心がけた。

しかし記事を重ねるうちに記事のための活動をしかねないような状況になったり、ブログサイトに個人が縛られるという感覚も味わった時期もある。サイトの中に立ち上がる藤浩志という別のキャラクターづくりにはまりそうになり、それを避けるために裏切ってみたり、なだめてみたり、離れてみたり・・・試行錯誤するうちにSNSが発達し、そちらの利用とブログのバランスを考えてみたりするうちに・・・ブログから離れてしまった。

正直な話をすると・・・、個人事務所の代表という立場であればなんでもかけたことが、公立美術館に勤めるよになって日常のことがかっけなくなったのだ。仕事上かけないことが多すぎる。どこに行き、誰と会い、何を話したのか。本音はどう思っているのか・・・立場というのは恐ろしい。

で、このブログのカテゴリー「思考雑感/Image Trash 」はそもそも、それぞれのプロジェクトの報告のカテゴリーに収まらない、個人的な違和感のようなものを、吐き出し投げかけるところとして分類し始めた。このころ吐き出した考え方や試行錯誤が様々な現場でアートに関わる人たちの共通の言葉として定着しているものもあり、今回東京都の文化発信事業プロジェクト推進室が研究対象にするのだとか。・・・という理由でこの文章をかかされている立場にある。

立場がないと書けなくなってきたのかな・・・ああ、固まってきた。

自分自身に向き合うノートとペンはまだ模索中で心を許すものに巡り合えておらず、自分を作り上げるブログサイトにも向き合うことができなくなり、・・・流れるタイムラインに公開できそうな害のない写真と報告だけを繰り返すように堕落してきた今日この頃・・・このままではダメじゃないか!

・・・って、こんなかんじでいいですか?

※写真は最近使っているノートと万年筆


by fuji-studio | 2015-02-09 22:05 | ・思索雑感/ImageTrash
開くことと閉じること
a0010575_08511964.jpg最近、開くことと閉じることのバランスがとても重要だということが気になって仕方ない。

感情や感覚の在り方、あるいは精神状態のあり方というべきか、心の在り方というべきか。

自分自身の状態を客観視できること。そのことがとても重要な気がする。

作品を作る行為、あるいは表現に向かう行為、自分自身を客観視し、さらに自分自身を超えようとする行為はあくまでも内側に向かいつつ、ある意味閉じたところから発する質のものなのかもしれない。そしてそれを発表する行為、社会化する行為は、自分の内なるものをいかに開いてゆくかということに繋がる行為のような気もする。

しかしそれぞれにも開く部分と閉じる部分が微妙なバランスでせめぎあう。

内なる自分を超えてゆく行為はまさに自分と周辺との境界を行き来する行為であるし、社会化しようと発表する行為は単に自分自身を開くだけではなく、ある部分に対して閉じながらある部分を開いてゆく微妙な操作が絡んでくる行為のような気がする。

もしかすると開くと閉じるだけのことではないのかもしれない。

前向きと後ろ向き、上向きと下向き、そして開くことと閉じること・・・そのバランスをコントロールできればすごいのだろうけれど・・・。

あたりまえだけれど、世の中はそんなに単純ではない。だから面白い。その微妙な開き具合と閉じる具合でいろいろな関係の在り方が変わってくる。

それを自覚できること・・・そんなことって子どもの頃教えられなかったなぁ。



by fuji-studio | 2014-10-26 08:49 | ・思索雑感/ImageTrash
コンピューターを使い始めた世代だからかなぁ…(再考…というわけでもないが…)
僕が普通に仕事にコンピューターを使い始めたのが1988年。マッキントッシュのIIFxというグラフィック系の仕事でつかえるマシンが会社に導入され…でもまだCADはコマンド入力でAutoCadを使っていたし、ワープロは専用のワープロマシンがあった時代。



おそらく、88年ぐらいから急激にデザイン事務所ではMacを導入しはじめていたが通信ネットワークはまだこれからというかんじで、当時名刺にe-mail アドレスを入れてみたが、ほとんどの人が「何それ?」という感じで無視された記憶がある。

僕自身コンピューターの知識があるわけではなく、仕事でとにかく使わなければならないという事情から、使い始めた訳だが、いろいろな考え方が新鮮で、当時の、あるいはその後の僕自身の考え方に大きな影響を与えてしまった。

そのひとつがOSというありかた
いろいろなアプリケーションを起動させるための基本システム。オペレーションシステム。

ちょうど当時まちづくりとか地域計画のコンサルタント等を行う、都市計画事務所に勤めていて、地域に主体的な活動を作るデザインのようなことを考えていた頃、このOSという概念がぴったりときた。 

a0010575_22401584.jpg当時行政はハードとソフトという言い方をしていて、いわゆる箱モノ行政といわれるハード整備事業に対する批判が出てきて、世間ではソフト事業だと言い出して行政がイベントなどのプログラムに着手し始め、「いや、そうじゃないでしょ。OSを作らなければならないのであって、アプリケーション作っちゃいけないでしょ!ソフト事業は民間がいろいろ提案できるような基本システムを作らなけばならないのに…」と独り言のような突っ込みをいれていたが、当時はささやきにもならなかったし、ほぼ無視された。

それを美術の業界に持ち込んで、OS的なという言い方をしていたが…モノやコトをつくるだけではなくて、シクミを作ることで空間が成立するということに対して興味を持ち始め、その具体的な例をつくろうとしていた時期もある。その感覚や概念はOSが発明された以前にはなかった概念だと思っていたので、とにかく新鮮だった。

a0010575_22401124.png地域でのアートプロジェクトはまさに地域の多種多様多層なプログラムを起動するためのOS的なものだと考えるとわかりやすいと思う。決して汎用性のあるOSではなく、地域独自のOSだと思うが、重要な点は更新されてゆくというところにある。コンピューターのOSの寿命はせいぜい5年ぐらいだと思うが、地域のアートプロジェクトのOSも更新してゆかなければならない質のものだと思っていた方がいい。

そして、レイヤー(層)という概念。

CADを使い始めたときに出会ったこの概念には相当助けられている。 地域を考えるとき、いや、物事全般のあり方を考えるとき、このレイヤーの感覚を持っているのとそうでないのでは相当変わってくる。

先にちらりと言葉でつかってみたが、まさに多種、多様、そして多層な視点でとらえ、それに時間軸を加える感覚が必要なのだと思う。

先日書いた拠点と仕組みの話でも、平面的な感覚で考えていたら、それが見せるための拠点なのか、つくるための拠点なのかと二者択一の話になりがちだが、実は多層な視点を持ち込むことでそれは同居できることになる。 つくる施設なのか、見せる施設なのかは平面上のどちらがいいのかという問題ではなく、層の全く違う問題なので、それぞれの層を考える必要があると捉えることができる。

そしてアンカーポイント

アンカーポイントはイラストレータというアプリケーションを使い始めた1989年に出会った概念。イラストレータというソフトを使ったことのある人なら知っていると思うが、いわゆる曲線を描くときに曲線の変わり目となるところを指定するポイントのことで、画面上にアンカーポイントを打ち、そこに次のポイントへのベクトルを指定することで、曲線を描く。

a0010575_22411491.jpgそれまでは曲線を描くときは座標上で連続する点を集合させることで曲線に見えるようにつくるデータであったのに対し、このアンカーポイントによる曲線(ベジェ曲線というらしい)は曲線の曲がりどころにポイントを打ち、次に向かうベクトルの属性を与えることで曲線を描くという画期的な考え方だった。コンピューターのシステムのことなんかさっぱりわからなかったが、とにかくこの曲線の描き方には感動した。

当時「アンカーポイントの旅」という詩のような文章を書き、1992年の大阪での展覧会には空間一部屋使ってそのタイトルのインスタレーション作品を展示したほどの入れ込みよう…

一番何に感動したのかというと、…アンカーポイントで描く曲線を…自分の活動の紆余曲折に例えるわけだが…、現在打つアンカーポイントのベクトルの方向と強さによって、過去からここまで来ている曲線の表情が変わるという点だった。ひとつ前に打たれたアンカーポイントには座標とベクトルが与えられているわけだが、座標は変わらないのだけれども、曲線の表情は変わる。

つまり、このアンカーポイントの打ち方次第で過去の意味が変わるという点に気付き感動した。

人は生まれてから死ぬまで、時間軸をひたすら進むとすれば、後戻りできない一本の曲線を描いているようだと感じ、何かどこかの場所で何らかの表現をするということはアンカーポイントを打ち、次のベクトルを表明することなんじゃないかと思った。強い意志のときは強いベクトルだし、自信のないときは弱いベクトル…しかし、ポイントを打たなければならない節目がその時々にあり、それをどこに打つかでどのような曲線が描けるかが変わる。似たような場所に弱いポイントをたくさん打つような時もあれば、突然とんでもないところに全く違う方向性と強い意志でありえないポイントを打つことだってできる。



次に打つポイントの座標とベクトルで将来の曲線が変わってゆくということはイメージしやすいが、実は次に打つポイントの座標とベクトルで過去、つまりひとつ前に打った座標からの曲線の表情が変わるという現象は、過去は変えれないことが当たり前だと思っていた考えを覆し新鮮だった。

過去の活動の事実は変わらないとしても、その意味変わる・・・過去に行った行動の意味は現在に行っている行動によって変わる…という事実を教えてくれた。

このアンカーポイントを打つという感覚はプレゼンテーションの作り方にも活かされている。僕はアンカーポイントの終着点を設定しないやり方…つまり目標とか到達点とかいわゆる「こうありたい」とかのビジョンのようなものをなるべくつくらず、活動の連鎖を重視しているので、最終的なイメージを求められることの多いプレゼンテーションでは説得力を失うことが多い。それに対して…おそらくこれは僕のオリジナルのプレゼンテーションの作り方だと思うが…過去と現在までの状況を説明したうえで、次のポイントの座標とベクトルを明確に、しかも説得力だけを盛り込んでつくることにしている。・・・とはいえ、最近はプレゼンテーション資料すら作ったことがないが…。

とにかく、OS,レイヤー、アンカーポイント…ずべて89年ごろ心に響き、影響をうけ、その後もずっとある意味更新されていない概念。

しかし、当時は通じなくて苦労した感覚だが、さすがにそれから四半世紀が過ぎて、これらの感覚が当たり前の世代が地域での活動を動かしている。そのあたりの感覚が前提になっているのはうれしい。

でも、そろそろ更新したほうがいいのかなぁ…。 今の30歳ぐらいの人は何に影響を受けて活動しているのかな…

なんだか最近、古い話ばかりですみません。

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秋葉原のアーツちよだ3331の設営3日目

ストラクチャル・アート?
by fuji-studio | 2012-06-07 00:10 | ・思索雑感/ImageTrash
そういえば藤浩志企画制作室20周年記念日だった
6月6日はかえるの日だってことを知ったのは2000年ぐらいに福岡で「福岡かえる展」というかえる好きが集まった展覧会に出品することにいなった時に教えてもらい初めて知り、偶然の一致に驚いたことがある。

a0010575_9291376.jpg6月6日というと、このブログタイトルにもなっている藤浩志企画制作室という個人事務所の設立記念日。

実は、1992年に青山スパイラルガーデンでの当時にしては大規模な個展が6月に決まり、当時勤めていた都市計画事務所を辞めることにして、何か事務所名が必要かなと考えて、なんとなくつけた名称が「藤浩志企画制作室」

個人事務所を語ると設立はいつですか?と聞かれることが多くなり、実はしばらくしてから設立日を設定しようということになり、なんとなく6月6日に雨ザーザー降ってきての絵描き歌が好きだったので6月6日とすることにした。その日がまさか全国的にかえるの日として認定されているとは…。

その時制作していたのが当時一か月分の給料すべてで購入した一トンのお米が古くなり、それで2048匹のお米のカエル(かえるの形のおにぎり)を作っていたころ。2048匹のお米のかえるを作るためにサラリーマンをやめて、藤浩志企画制作室をつくったわけだから、その設立の日が「かえるの日」という運命に驚いた。


a0010575_9301177.jpgそしてなんとついに20周年。さらになんと…いまだにかえるを引きずっていて、この7月15日からはじまる展覧会のタイトルが「セントラルかえるステーション」どこまでもかえるから逃れられない。(展覧会は9月9日まで・・・あ、9月9日は息子の誕生日だ!)

十和田に来てみるとなんと十和田市では昔、全国かえるジャンぴょん大会なるものを行っていたとかで、街のあちこちにかえるがいる。かえるはずっと追っかけてくる。

それにしても・・・藤浩志企画制作室という名称をつけたことで、こんなことになったんだなと思う。企画室だったら、もっとちゃんとした企画事務所になっていたかもしれないし、ちゃんと流通を目指していたかも。


a0010575_931633.jpgあるいは制作室だけだったら、現場をまわることなく、いろいろ作品を制作するスタンスで結構売れる作家になっていたりして…。

もともと制作する時間を過ごすのがたまらなくいい。しかし何を制作するのかが自分の中から湧き出てくるタイプではなかったので、それを企画するのが重要だと思っていた。企画が決まれば制作に没頭できる時間ができる。本当は制作に没頭する時間を企画したかったのかもしれないが…いろいろな現場を回るうちにいろいろと考えてしまうので、OS的とか地域の主体性とか水の役割とか・・・結果として、もろもろの状況を作ることになってきた。

実はこの企画制作室というのを数年前から離れようとしていた。そもそも、この名称の裏側には藤浩志という自分自身を企画して制作するという意思を名前にしたもの。しかし、最近、その意思が色あせてきた。

もっと流れの中にあっていいと思うようになったからかな・・・。というか、自分自身の抱える素材が膨大になり、制作するべきものが膨大になり、もっと自分とか作品そのものに向かい合う時間がほしくなったのだと思う。

コアとしての自分をひたすらオープンにするためにはそのフレームすらもう必要なくなったのかも。

とにかく、藤浩志企画制作室20年、おめでとう。 しかし、そろそろ僕自身も「かえる」時かな・・・。
by fuji-studio | 2012-06-06 06:06 | ・思索雑感/ImageTrash
仕組みが先か拠点が先か。それは問題ではなく、その在り方について(再考6)
地域の活動を作ってゆく上で、活動を作り出すための仕組みとして、アートプロジェクトというフォーマットがとても有効に利用できるのではないかと考えている。仕組みをつくることで、地域資源としての様々な場を使い、いろいろな表現が展開することで、そこから活動の連鎖を促すことができる。

a0010575_21174622.jpg仕組みがなければただの空き地だったり空き家だったりで、そこにまさに様々なアプリケーションが起動するかのようなOS的な仕組みを組み込むことで、場は活きはじめる。 

一方で仕組みをつくる為には様々な人とのつながりが必要だし、活動を作りたい人を集めるための場…つまり拠点が必要だという考え方もある。とくにまちをどうこうしようというのではなく、とにかく場を設けることでそこが吸引力となって面白い人たちが集まってくる。集まることで何かそこから活動が滲み出てきて、結果的に地域の活動の仕組みができてしまう。

仕組みと拠点の問題は鶏が先か卵が先かの問題で、地域のプロジェクトの現場では必ず論議される時期の来る問題だと思う。実はどちらが先かなんてことはあまり重要ではないじゃないような気がする。実はたぶん、何らかの形で成長する段階でどちらもが必要になってくるのだろう。問題はその在り方だと思う。

a0010575_21181514.jpg拠点をもたない仕組みの場合、不必要に集まるところや集まる時間がないがゆえに、目的志向の会議、目的志向のイベントになりがちで、不必要な、無駄な要素が排除されがちになる。目的に合致した要素を集めることができても、目的以外の要素は集まりにくい。場を持たないメリットももちろんある。 場所の運営費用に束縛されないという面はとても大きく、予算を活動そのものにかけることができる。束縛されるものが少ないので、プロジェクト事態に色が付きにくいこともあり、変幻自在に変化してゆける可能性を持っている。また逆に自由であるがゆえにプロジェクトの継続性を保ちにくい面もある。

a0010575_730363.jpg一方拠点を持ちつつ運営する場合、いつでも常時予期せぬ誰かと出会う可能性が出てくる。その場の持つ空気感のようなものが人をひきつけ、こちらから声をかけなくても、場そのものが魅力的だった場合、そこに人が集まってくる。エネルギーを持つ人が集まるとそこから自然と活動は湧き出てくる。一方で家賃、光熱・通信費、その場を運営するための人件費などの問題も発生する。場を運営してゆくために活動を作らなければならないという束縛をうけることになりがちで、場の方向性に自然と色や傾向がつくことが多い。

この仕組みと拠点が成長してゆく段階でぶつかる問題…。それはそこで展開される表現の完成度や強度に対する意識との葛藤のようなものかな…。

ここで再認識する必要があるのは、「活動をつくる」ための仕組みであったり拠点であったはずだということ。しかし当たり前のように「しっかり見せる活動」も必要となってくる。

ここで再認識しなければならないことは、「完成された活動を見せる」ための仕組みや拠点とは根本的に異なる性格のものだということ。つまりそこに過去における美術館やギャラリーのシステム、あるいは劇場等のシステムや国際芸術祭などのシステムとは異なり、あくまでも「つくること」にベクトルがあるかどうかによる。ということじゃないかなと思う。

自分自身の活動を振り返り、「つくるための拠点」づくりと「つくるための仕組み」づくりにどれだけの時間とお金を費やしてきたかを考えるとぞっとする。そしてその運営のためにもろもろの右往左往を余儀なくされてきた。

僕自身の性質として、完成されたものを楽しむ時間よりも、つくるというプロセスにいる時間が好きなだけなんだと思う。もちろん完成されたものを楽しむ時間も楽しいし、生活の中には必要だと思う。しかし、つくる時間にいる面白さを捨てることはできない。だって誰かが作らなければ、次の時代の完成品はできないんだものね。

仕組みと拠点が車の両輪のように必要だとして、その縦軸に「つくる」ところと「みる」ところはやはり両輪のように必要なのだと思う。その限りなく「つくる」ところに近い現場にもっとも興味があるということだと思う。
by fuji-studio | 2012-06-06 01:01 | ・思索雑感/ImageTrash
イメージはどこから来るのか。(再考5)
「自分の内側からイメージが湧き出てくる…。」

美術大学で美術を勉強していた頃、イメージというのはアーティストの内側から湧き出てくるものだとばかり思っていたし、そのように教えられているような気がしていた。(誰に教えられたのかさっぱりわからないが…)

確かに周りには自分の内側からイメージが湧き出てくる人もたくさんいて羨ましかった。

a0010575_23131486.jpgしかし、僕の場合、どうも自分の内側を覗き込んでみても何かを吐き出そうとしても、たいしたものはなく、自分の中には何もないということを思い知った。

自分の中から出てくるイメージはせいぜいアニメや漫画で植えつけられたイメージと、どこかで見たことのある教科書やメディアからの知識と、あまり思い出したくないような数々の体験の記憶と…。

とにかく自分の内側から湧き出てくるイメージなんてろくなものではないとあきらめた時から、意外な形でイメージが湧き出てくることに気付いた。

人との対話の中からイメージは湧き出て来る。場所との、素材との、様々な対話の中からイメージは湧き出て来る。

作家は自分の中からイメージを作り出すものだという教訓のようなものを無視して、むしろ作家なんかにならなくてもいいと思った頃から、興味深く実現したいと思えるイメージが後輩や友人との会話の中から湧き出てきた。

やりたいことがあったわけではなかった。「何かがやりたい。」という思いは強かった。自分自身をエネルギーの巨大なゴジラに例えるぐらい、単に動きたかった。動ければなんでもよかったんだと思う。

たまたま演劇をやりたいと思っていた友人が横に座っていたので、演劇をやりはじめたし、なにか面白いことをやりたいと思っていた後輩がいたから面白いことをやろうと思った。

劇団の仲間や後輩と嫌になるほどの対話を重ね、演劇空間に対しての対話をはじめ、その挙句に京都のまちとの対話の中で活動をつくってゆく面白さに出会い、右往左往して、パプアニューギニアの奥地で社会学者のフィールドワークという手法と出会う。

a0010575_23142781.jpg日本に帰り土地再開発業者・都市計画事務所での修行を経て紆余曲折の後…

地域のリサーチから始め、地域に対話の場をつくり、そこから出てきたイメージを地域実験として活動を立ち上げるという手法を導き出してみた。

ある時、イメージが立ち上がる前の状態があることに気づき、その状態を「モヤモヤ」と名付けてみた。

モヤモヤはイメージを作り出す種だとあらゆるところで話はじめると、そのモヤモヤという言葉が一部ではやり始めた。モヤモヤは個人の中にも、家庭や企業の中にも、地域社会の中にもいろいろな形であり、共感する人が多かったのだと思う。

モヤモヤはどこから来るのか。それは日常の対話の中で抱く違和感やズレのようなものから発生するのではないかと考えるようになった。多くの場合無視するように心がけている違和感やズレ。それが実はイメージを発生させる大切な種なのではないか。

あらゆる種類の対話の中でふと抱く違和感。それを無視することなく、それに向き合い、これを語ろうとする、なんらかの具体的な、具現化された形にしようとする。そこから実はイメージが発生するのじゃないかな…と思っている。

個人の違和感、地域の違和感をしっかり、なんらかのイメージとしてしっかり形にできるとすればそれはどのような手法がいいのか。それは様々な手段で表現しながら考える…というのがいいと思う。



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イメージはどこから発生し、どこにゆくのか?

3331での311のモヤモヤ会議
by fuji-studio | 2012-06-05 23:15 | ・思索雑感/ImageTrash
地域で表現することとその仕組み。(再考4)
表現することって自分自身の日常の行為を超えることなんじゃないかなと考えている。

どちらかというと流されてしまっている日常の違和感をはたと立ち止まり疑問視して、客観視し、それを何らかの形として表に現す。

a0010575_23541638.jpgそれはどんな手法でもいいと思うが、それぞれに得意とする、あるいはフェチとする手法があるのだと思う。言葉を使うだとか、楽器をつかうだとか、行動で現すだとか、描いてみるとか・・・、しかし、その手法すらも、自分自身で決めてしまい固定されてしまっていたり、不自由になっていたりして、経験を重ねればそれだけなお、自分自身を超えるハードルが高くなる。

まったく絵を描いたことのない人が絵筆を持ち、自分の感情を画面にぶつける経験ができたとしたら、その人にとってそれは大きな表現だと思うが、描き始めた絵を毎日のように描き重ねるうちにそれが日常化してしまう。その状態に違和感を抱き、そこに向き合い、自分の感情を超えることができかどうか。それがつぎの表現となる。

その意味では表現はつねに相対的な行動の中にあり、連鎖を促す特質のものだと思う。最初から強度のある表現はできないが、表現を重ねることでとんでもないところまで行く場合もある。

それはおいといて、いま、ここでは注目すべきことは表現することで周りとの関係が変わるということだと思う。 関係が変わるということは存在の仕方…あり方そのものが変わるということ…

a0010575_23545524.jpg日常料理をしたことのない人が料理という手段を使って表現をしはじめるとする。今まで興味もなかった食材、あるいは調理器具、台所との関係が変わってくる。これまでは縁のなかったスーパーの野菜売り場や市場やあるいは畑までもが関係のある重要な場として輝き始める。

しかしそのうち料理は日常の行為になる。最初は自分の食事しか作らなかった人が周りの人の分まで作るようになるとすれば、それはまた表現だと思う。同居人や家族はありがたがるか迷惑がるかわからないが、年齢や嗜好や健康を考え食材や調味料を選ぶようになり、一緒に食べるという時間をつくることになる。さらに表現が深まり、10人分作りはじめたとしたら、ホームパーティを開催することになったり、料理のデリバリィをしはじめたり…関係はさらにとんでもない方向へと広がってゆく。

日常の行為をふと客観視し、日常を超えることで表現は始まり、それは次の表現への連鎖へと導く。

いつもの通勤路をほんの少し早起きして少しだけ遠回りして歩いてみる。それが日常化したら、今度はもっと拡大してみる。降りる駅を変えてみる。あるいは自転車で通ってみる。地図をつくりはじめる。写真をとってサイトにアップしてみる…。些細なことから表現ははじまり、それは日常の関係に変化をもたらす。そして、どこまでも連鎖を促す特質を持っている。

地域の中で様々な表現を展開するのはどうだろう。

表現することは何も絵を描いたり音楽を奏でたりすることだけではない。

地域の中で当たり前になってしまっている日常をふと見つめ直し、違和感に向き合い、日常を超える表現を試みることで地域の中の様々な関係が変わり、表現の連鎖がはじまる。

地域に日常には様々な地域素材があり、活きているものもあれば、眠っているもの、まだ誰もその価値に気付いていないもの、発芽する前の状態のもの様々にある。

地域素材にはいろいろな種類のものがある。産品と呼ばれる生産物素材。生産物に付随する様々な技術素材、あるいはそこから排出される廃棄物素材。もしくは歴史的遺跡や近代遺産、あるいは空き店舗、空き家、廃墟、個人的な思い入れのある様々な建造物素材。公園や河川、海岸、山林、鎮守の森、空地などの空間素材。歴史や伝説、言い伝え、風習も含む物語素材。そして様々な人材等々…。

それらが表現しはじめたらどうなるだろう。これまで関係のなかったものが様々に繋がり始め、些細な活動は活動へと連鎖をはじめる。

(それらのものと自分自身との関係が深まるということは、自分自身の在り方、存在の仕方そのものが変わってくるということをも意味する。)

様々な実験的な表現を展開できるかなり自由度の高い仕組みとしてアートプロジェクトというフォーマットはあると考えている。

・・・と書いてみたが、その一方で…表現なんかしなくていいんじゃないか、そのままでいいんじゃないかという意見も聞こえてくる。…まさにその通り。表現なんかしなくてもいい。 しかしせざるを得ない性質の場合、仕方ないんだと思う。…それと、関係を変えたいと思っている場合とか…このままではいけないと思っている場合とか…

まあ、仕方ないんだろうね。

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by fuji-studio | 2012-06-04 23:59 | ・思索雑感/ImageTrash
つくる時間を楽しむ。(再考3)
つくる時間を楽しむ。つくっている時間が楽しい。つくっている時、何かの作業に没頭している時間がとてもいい。当たり前の話だが、完成してしまうとその楽しい時間はその余韻を残して終わってしまう。

a0010575_21102536.jpgつくる時間は何かを期待する時間だと思う。少なくとも何かができるという希望に向かっている時間である。

希望が持てない時間にいるとすれば、とりあえず、なんでもいいから作業に没頭してみるのがいいと思う。そこには不思議な時間が発生する。

子どもの頃、喘息が苦しくなるとプラモデルをつくって苦しみから逃れる技術を学んだ。

とにかく、プラモデルをつくる時間が好きだった。箱に描かれたイメージを目指してバラバラの部品を組み立て始める。一旦組み立て始めると夢中で作っていた。

しかし出来上がってみるとイメージしていたものとはなんだか違う。こんなもんかな?と 箱に描かれた絵と見比べてみるが、なんだか違う。


a0010575_211124.jpgプラモデル屋の店先に飾られたリアルな模型の数々に刺激を受けて、それなりに塗装し、汚し塗装も覚えて頑張った時期もある。その時が一番楽しかったかもしれない。

特別な材料や技術を手に入れ、なんでも作れるような錯覚を楽しんでいた。しかし、そのうち限りなく上の世界の技術と出会い、自分の限界を知りいつのまにか遠のいてしまった。

プラモデルを作りはじめた小学一年の頃、父親がまだ難しいだろうと横から手を出して作ってしまったことがある。この時ほどのショックはなかった。

完成したプラモデルをもらっても何の楽しみもない。楽しみのすべてをもぎ取られた感覚は今でも残っている。


a0010575_2112684.jpg住宅や家財道具、家庭生活全般にしても同じかもしれない。

本来生活のすべてを自分でつくることほど贅沢な時間はないとわかっているのに、すべての技術を身に着けているわけではないので、専門家に頼んだ方が良質のものが揃うことを知ってしまっている。

しかもつくる時間なんてどこにもない。せいぜい仕事をして稼いだ給料で格安のモノをそろえて生活らしさをつくることで納得しようとする。あらゆる情報を追っかけるだけで日々の時間は過ぎてゆく。


a0010575_2117395.jpg父親や母親が子どもの為にとせっせと家庭らしさを購入して揃えていった時期もあったと思う。

揃えてゆく側は楽しいに違いないが、ただ押し付けられた子ども達はどうなのだろう。何が楽しいのかなにが有難いのかさえ分からなくなってしまっているのだと思う。一緒に生活をつくる時間をはたしてどれだけ楽しんでいるのだろうか。

まちについても同じことがいえるのかもしれない。


a0010575_21174593.jpgつくるプロセスにおいて、様々なコミュニケーションが発生する。それがとても貴重だということは理解していたはずだ。

素材や道具と向き合う深いコミュニケーション。自分の感覚や常識とその場とのコミュニケーション。そして一緒につくる人との様々な質のコミュニケーション。

つくる時間がもぎ取られているとすれば、それはコミュニケーションそのものがもぎ取られていることになる。

全国各地で様々な形で発生しているアートプロジェクトを、地域の中に「つくる」プロセスを発生させる新しいシステムとして注目してみてはどうだろうか。

決して完成することのない地域活動にふさわしく、様々なつくる時間を発生させるシステムとしてアートプロジェクトはある。

そこには多層でさまざまな質のコミュニケーションが生まれ、予期しなかった関係が発生する。そしてそこから様々な活動の連鎖が生まれてゆく…のではないかなぁ。


※写真はプラモデルをつくる写真と20年以上前に購入した中古のシンクに組み込んだカウンターテーブルのイ上の使用歴10年以上と5年以上のなじんだ醤油さし、そして全国初?制作中の総ぬいぐるみ断熱の壁。
by fuji-studio | 2012-06-03 21:18 | ・思索雑感/ImageTrash