2008年 01月 13日 ( 2 )
展示=伝えるという罠
防災EXPOが始まり、展示会場の気に入らないところを触りながら、展示についてて考えてしまう。

a0010575_13333167.jpg展示は何かを伝えるものであるという常識が実は大きな罠なのではないか・・・。

最近、この課題が頭の片隅にこびりついている。

展示会、展覧会、EXPO、博覧会、ショー、トーク、ライブ・・・

これは何かを伝えるために行っているものなのか?


a0010575_1334811.jpg・・・というより、何かを伝えるために行うという編集方針に変換されたその時点でその会場の空気感に嘘っぽさがにじみ出てきて、リアリティの薄れたつまらない空気感が漂いはじめるのではないだろうか?

確かに伝えたいということがきっかけとなって伝えることが目的で行われる展示の類も多い。しかし、僕らが日常的に興味深く接している多くの展覧会やトークやライブは必ずしも伝えるというところから始まっているものではない。

少なくとも、伝えられに行くのではなく、何か新鮮な体験や驚きや深みなどの非日常を期待して出向く。実は感動を期待して足をはこぶ。

観客はだれでも、その空気感を読み取る感性を持っているのだと思う。

その空間の持つ感性が嘘で作られているのもなのか、リアリティのあるものなのか。それをそこに存在する要件から瞬時に感じ取ることを行っている。


a0010575_13344035.jpg僕らは伝えるためにモノゴトを作っているのか?

物事に接し、過剰に扱ううちに、深く関わってゆくうちに、何かしらの「えもいえぬものごと」が出来上がってしまい、その面白さを誰かと「共感したい/見せたい/聞かせたい/話したい・・・」と思う。

・・・その「共感したい・・・」の部分を「伝えたい」とやってしまい、伝えるという意味が誇張され、あたかも意味を伝える事が重要な風に勘違いされズレてしまっている。

関係において面白い状態を作り出すために展示するのであって、伝えるために展示するのではない。

伝えるために作られた展示物が嘘っぽく違和感を感じるのはそのためか。

伝えるという言葉に内在する「教える」とか「伝達する」の意味が強調され、説明的になったりする。

観客との面白い関係をつくりたいのだとすれば、だらだらとした説明は退屈で面白くないのは当然。

興味深い切羽詰った状態のモノゴトをストレートに見せる。その裏側でいくらでも「論じるフェチ」が論じていてもかまわない。

コミュニケートするとか、通じるとかの意味が重要だったりもする場合も多い。

そんな展示にしなければならないのに・・・

まだまだできていない。

・・・・・

とにかく・・・

展示は何かを伝える為のものではない。 ということを再確認する。

さらに、伝えたい本人でもないのに、伝える事を目的として代理人がつくってしまう空間(ツール)の、なんと嘘っぽいことか。・・・ということも確認すべき。

で、さらに、展示は新しい関係を築く状態を目指すできなのではないかということ・・・。 

・・・・
by fuji-studio | 2008-01-13 23:01 | ・思索雑感/ImageTrash
防災寄席とシンポジウムというアート
防災寄席、環境寄席という新しいジャンルの寄席を世界各地で行っているという笑福亭鶴笑さん。

a0010575_8403099.jpg舞台に登場するときに自分で持ち込める最低限の小道具を駆使した体全体を使った人形パフォーマンス。

久々に見た爆笑の芸だった。

彼の寄席を行って大笑いしたあとに、鶴笑さんを交えて国際協力とアートがテーマのシンポジウム開催される。

やはり、鶴笑さんにもってゆかれた。


a0010575_841340.jpg日本の笑いというものが世界には類をみない特有の文化であることと、笑いというツールが多層な切り口であまり研究開発されていいないのではないかという事が感じられて、あらためて笑いというツールを地域活動に組み込むシクミの必要性を再確認できた。

しかし、以前からうすうす感じていたことであるが、途上国の特に弱い地域では災害の後の支援復興という人災が多発し、その地域に培われていた関係を破壊している現状を理解しなければいけないんだということ。 そのことをもっと深めてみたいなと感じる。


a0010575_8412784.jpg災害は風景、人、建物、地域・・・あらゆるものを破壊するが、それによってソコに暮らしていた人の様々な関係が消滅してしまうというところに重要な問題があるということを再確認した。

つまり、協力によって必要なものは施設や物資や人手のようでありながらも、実はそれぞれとの関係を再構築することが重要だということなのかな・・・っと。

その関係のありようが歪んでしまう状況があるとすれば、それが二次災害になっているという視座をもたなければならないんだな・・・っと。

何かヒントがあるような気がする。

佐藤さん、ありがとうございました。
by fuji-studio | 2008-01-13 08:47 | ○イザ!カエルキャラバン