イイスペイス と表記する e-space
a0010575_23175247.jpgお正月はほとんど毎年鹿児島の実家に帰る。

これまで帰らなかったのはパプアニューギニアに派遣されていた2年間だけかもしれない。


a0010575_1162575.jpgこの数年、鹿児島の実家には山ほどやらなければならないことがあり、忙しいので心地いい。

去年は壁を制作して大変だったが、今年は入り口の看板を数枚作ったり、クスタケシの黒猫作品を庭のあちこちに設営したり・・・軽めの作業。 


a0010575_28599.jpgちなみに看板の制作ですが、宅急便の送り状のカーボン紙を利用させていただき、プリントアウトした文字をトレースして、ボールペンで黒く塗り、仕上げてみました。


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…これ、昔からたまにつかう技術。…だれにでもできるので一度やってみてください。

ところで、ボールペンのインクって日光堅牢度高いのかな?


a0010575_1194265.jpgそういえば、京都で暮らしていた大学時代、鹿児島の実家に帰っても掃除をするぐらいしかやることがなく、コミュニケーションの苦手な父親とのズレに、・・・いや、実は自分自身のコミュニケーション能力の不足が原因で・・・、年末、鹿児島に帰ると喘息が出て苦しんだ。

※写真は去年制作したのぞき穴のたくさん空いている壁


a0010575_1535040.jpg東京で就職した頃、ますます鹿児島の実家の家族との関係性が薄れてゆくのを察知し、ある偶然の重なりから僕の生まれ育った実家を改装し、両親と姉達とでオルタナティブスペースを経営することになった。

げ! それってもう20年前なの?

それが鹿児島市内の交通局電停前にあった media garden E-space

1989年(平成元年)7月7日七夕にオープンし、その後7年間、1996年12月24日まで数多くの運営上の問題を家族それぞれが抱えながら、それを乗り越えるための多くの対話と作業を重ねてきた。 


a0010575_157789.jpgそこからe-terraceという建築物の計画が連鎖し、さらに多額の借金をすることになり、その運営とその中のオルタナティブスペースの運営がはじまり、さらに両親が暮らす実家でのe-space gaedenの運営まで行うことになり、次から次へと家族の中で乗り越えなければならない問題が湧き出てくる環境が整う。


a0010575_2173294.jpgしかし、そこに家族とともに、あるいは家族の為に行わなければならない対話が生じ、作業が生じる。…実はそこが大切なところ。 紆余曲折ありながら両親とのプロジェクトを始め、気づいてみると20年、その対話と作業が結果としてコミュニケーションのぎこちなさを克服してくれたような気がする。 


a0010575_218765.jpgコミュニケーションの苦手さを自覚していないとこのプロジェクトは発生しない。喘息が出るという体の反応がなければ、もしくは両親との関係を深めようとするベクトルがなかったら、わざわざやる必要のないことだと思う。

おかげで20年前から鹿児島の実家に帰っても喘息で苦しむことはなくなった。


a0010575_216923.jpg20年もたつと、昔ほどギスギスした対話にはならず、皆がそれそれ受け流し、あるいはイツモどおり辟易し、それぞれがやるべきことを最低限でやることができるようになる。

※写真は1989年当時、テーブルの上の常設展示のために制作した作品の一部。木彫りの木の作品


a0010575_23222160.jpgできる限りの時間で看板を作り直したり、空間の配線をやり直したり、空間の整備をしたり、やらなければならないことはたくさんあるが、ゆるやかに楽しみながらできるようになった。


a0010575_1232570.jpgということで、実家はいろいろな展示会や発表会、教室などのいい活動の為に利用してもらうゆるやかな場となっていますので、どうぞご利用ください。

・・・・・・


a0010575_1242766.jpgそうそう。e-spacegardenの入り口に飾ってある額縁ですが、交通局電停前にmedia garden E-spaceがオープンしたときに、とりあえずのつもりで僕が作ってそのまま7年間ずっと使われた看板と、お店で配っていたマッチです。

マッチ?!

当時はカフェではオリジナルのマッチをつくり、どの店でもレジのところにおいて配っていたんですね。禁煙が拡がった今の時代からは考えられないですよね。

マッチには当時僕がノリで描いてしまった地球君というキャラクター。

今は陳腐になりましたが、1989年当時はキャラクター化したものを表現に取り入れることがなんだか美術表現っぽくなくて面白いと思っていたのでしょうね。

そういえば、カフェを作って運営する表現がいかにも美術的行為からかけはなれていたので、あえて美術表現の手法の一つだと考えることが面白い時代でした。

マッチのようなグッズを作ったりすることも・・・。


a0010575_23233330.jpgしかし、20年も経つとそれが当たり前のように美術表現の手法のひとつとして流通しているのが面白いですよね。

面白いというより、気をつけなければね。当時斬新だと思っていたことでももうすでに流通してしまって、陳腐なことになっているんだもんね。

そういえば、e-なんとかというネーミングがもうやばいですよね。89年当時は斬新だと思っていたのになー。

古いね。 もうすぐ二十歳なんですね。

ああ、気をつけなければ・・・。

※写真は天気のいいときにe-space gardenの正面に見える霧島連山。
by fuji-studio | 2008-01-03 09:41 | ○イイスペイス@イイテラス


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