広島県灰塚大橋の欄干作品「ハイヅカニイキルモノ」
地域に常設されている藤浩志作品としては珍しいタイプの作品紹介。

広島県、現在の三次市の三良坂町にある灰塚ダムエリア

僕が最初にその地域に関わったのは、1996年、鹿児島を離れる決心をして東京から岐阜、福岡と引越し先を探してトラックで移動していた夏、灰塚アースワークプロジェクトという地域活動にアートが絡む当時はかなり実験的なプログラムに参加するのがきっかけだった。

a0010575_9345227.jpgそのダム建設の計画に住民が対策同盟をつくり戦いが始まったのがもう45年以上前。

その戦い抜いた人たちからのオーダーでそのダム湖にかかる橋の欄干のデザインを行ったのがアーキプロという建築事務所の吉松さん

その吉松さんから2001年にその欄干の硝子板の絵のデザインを頼まれた。

欄干の両側に190枚の硝子板がついている斬新なデザインの橋で、そのガラス板に何か絵を描いてくれというオーダー。


a0010575_9352864.jpg吉松さんとしては何か全体の構成を考えてガラス板の図柄を1枚描いて欲しいという意味のオーダーだった。(予算もそれなりに少ない予算。)

ガラスに描く絵はガラス工場でエッチング加工するという話。


a0010575_9355779.jpg大阪のガラス工場まで出向き、その制作工程を聞いてみると、たとえば190枚全部違う絵柄でも、一種類の絵柄を190枚つくるのでも、製作コストは変わらないという話。


a0010575_9451727.jpg僕の仕事の量は190倍に増えるのは目に見えていたが、灰塚ダム対策同盟の人たちが戦ってきた45年を思うと・・・とにかく彼らが納得ゆくのものを作りたいと思い・・・というかそうせざるをえないとても凄い人たち。


a0010575_937730.jpg彼らの新しい住宅再建地(ダムができることで移転してできた新しい街)に出向き、彼らにそのガラス板に載せる図柄を決める話し合いの場をつくる。


a0010575_9383381.jpg僕からの提案は灰塚地域に暮らしていた動植物の図鑑を硝子板にするというアイデア。

ダム湖にかかる橋を記念館にみたてて、水没するエリアで暮らしていた生き物と人との関わりの記憶を保存しようという試み。

彼らは子どもの頃を思い出しながら・・・91種類の灰塚に生きる動植物をリストアップしてくれた。


a0010575_939074.jpgそのリストアップするワークショップはとても楽しかった。

ダム建設に対して長年戦ってきた表情険しい戦士達が子どもの表情になり、あの魚が・・・、あの虫が・・・あの鳥は・・・あのあたりでは・・・と昔話に華を咲かせる。


a0010575_939458.jpg作業としては、リストアップされた91種類の動植物の原画を描き、同じサイズに縮小したり、拡大したりして描き、その拡大率とどの名称の頭文字とナンバーを硝子板に描く。

ひとつのガラス板の図柄に対して原画を5枚も描かなければならないのはちょっと誤算。(ガラス板へのエンボス加工の工程で5種類の深さの違う絵を描かなければならなかった。)

結局ストライプ図案やタイトルガラスやリスト表示図案も含めると550枚を超える図面を制作したことになるなぁ。


a0010575_9414030.jpgその動植物の名称は欄干の一番入り口のところに答えが書かれている。

・・・という作品。

灰塚にイキイルモノのリストはそのまま灰塚ダムによって沈んでしまった動植物のリストと重なる。

印象的だったものがある。


a0010575_9475312.jpgリストアップの最後の絞込みの段階で住民の一人が「そうえいば一番たくさん沈んでしまうのは田んぼだなー」という話しをした。

最後に加えたれた動植物は「稲」だった。

それから6年。

その橋がこの4月に完成したという話しを聞いて、はじめて見に行く。

しみじみと人気のない橋をわたる。


a0010575_942164.jpg夜になると照明が・・・。

噴水のライトアップと橋のライトを眺めにきたのか、数名のバイクが駐車場に溜まっている。

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結果的に地域に常設で残っている藤浩志作品としては今のところ一番良質のものかもしれないなー・・・

機会があれば、ぜひ見に行って・・・くもの巣の掃除をしてあげてください。
by fuji-studio | 2007-07-31 23:08 | ・様々な地域活動の実験


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