結局、誰と・・・の連鎖なのかな・・・と。思う。
そこになにかあると、とにかくいじる癖のひとがいる。
さわり、あつかい、あそんでしまう。

a0010575_23181358.jpg別に何を作るという目的を持つわけでもなく、ただあつかう。

子ども達を砂浜につれて行くととりあえずそこで砂をさわり、掘り始める。

かなり初期の段階でそこに誰といたかによってある瞬間、何の疑いもなしに目的化される。

「ああ、トンネル掘ろう!」と横の大人がイメージと目的を与えることで砂いじり=トンネルつくりということになってしまうのかもしれない。ちなみに僕はトンネルつくりばかりしていた。

うちの子ども達は地域の祭りの影響か、もしくは僕がある時期に妙な情報を与えてしまったかわからないが、とにかく祭壇をつくり海にお供えをする。

一番下の子はまだなにやらわからない状態で、犬と一緒に散歩していたのが影響したのかとにかく堀り続ける。

そんなものかもしれないなー。



とくに目的があったわけでもなくただ扱っていただけなのに、絵がうまいとほめられて、美術だと勘違いし、それに疑問をもちつつも、表現を極めようとその気にさせられている。

その時々に誰と一緒にいてなんらかのインフォメーションを与えられ疑問を持ちながらもそのきになってゆく。その連鎖が今の状況を生み出しているのかな。

そして僕もまたいろいろな人にインフォメーションを与えつつ誤解の連鎖を生み出しているのかもしれない。



もともと素材に対峙したときについ扱ってしまう癖をもっていただけなのに・・・

鶏がらスープに浮かぶ油の斑点をみつけると、ついついお箸で合体させようとするみたいに・・・。

結局受けた情報の連鎖が活動を更新させてゆくのかな・・・。
by fuji-studio | 2007-04-30 23:20 | ・思索雑感/ImageTrash


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