義父の死で思う
a0010575_1251269.jpg人間は生まれ数年もしくは数十年の営みを行い死に至る。そしてその連鎖の中にだれもがいる。とてもシンプルな事実であるが、日常の中で見失いがちな事実でもある。

2005年7月26日、午後10時32分、妻の父親、僕にとっては義父に当たる木村謙次郎、享年76歳が他界した。僕はもう20年ほど前にその娘と出会い縁を結ぶことになったゆえにその父親との縁が生じ、その後、妻を通してその父親という人間との付き合いがはじまる。縁とは面白いものだ。


a0010575_1263382.jpg義父は工学系の研究者でシャープの前身の早川電気に入社し、新エネルギーの開発を中心的に行ってきたとのこと。

そこで彼が注目したものがその当時アメリカで発表されたという太陽光発電の原理。

で、その実用化のプロジェクトに生涯という時間を費やした。

その研究開発の段階で京セラの稲盛さんに出会い、シャープから京セラに引き抜かれ京セラで太陽光発電の開発の部長になったのが40歳を過ぎてからとのこと。

半年ぐらい前に義父から「君もそろそろ次のステップにすすまんといかんなー。僕がシャープをやめて京セラにいったのがちょうど40過ぎてからだ・・・」と話してくれた。

その後太陽江発電が実用化し日本の風景を変えつつあるのはご承知のとおり。

葬儀の場でやはり京セラに勤める長男が話した言葉が心に残った。

「若い頃、太陽光発電に興味を持ち、その後、その開発の仕事に従事することを本当に喜びに思っていましたし、世界中の太陽光発電の第一線の開発者や研究者達と一緒に人生を過ごせたことを本当に誇りに思い幸せに感じていました。」

そうですよね。

自分の取り組む姿勢で実は自分の付き合う相手が変わるんですよね。


a0010575_1291260.jpg一人の人間が情熱をささげ、まだなんでもなかった太陽光発電というものに興味を持ち、企業の枠組みを超えて共同プロジェクトとして研究、開発を重ね、その痕跡として世界の風景や価値観が変化し、その後の世代の生活が変わる。

彼の人生の結果、僕の娘が通う中学校の校舎の屋根にでさえも取り付けられているように、太陽光発電のソーラーパネルがとりつけられた屋根のある風景がそこにある。

風景は一人の人間の活動の連鎖によってかたちづくられるんだなとつくづく思い、一人の人間の思いの重さをつくづく感じる。

ああ、子ども達にそんな立派な研究者の遺伝子が引き継がれてゆく縁を不思議に、ありがたく思うのでした。

ところで、義父はつい先月例のNHKの人気番組「プロジェクトX」から太陽光発電の開発の話に関する取材を受けて11月の放映に向けて番組を制作する予定だと喜んでいた。

収録前に急逝してしまい番組に登場できなかったのが家族の僕らとしてはとてもザンネン。

プロジェクトXが始まった頃、あの番組がどれだけ地道な努力をしている若い開発者達の励みになるかというようなことを話してくれたことが耳に残っている。安らかにお眠りください。
by fuji-studio | 2005-07-29 23:24 | ・縁の深い人・家族


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