目に見える風景
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上の写真は事務所の僕の机から見える日常の風景。モニターが7つもある。これがまた視力を低下させる原因のひとつ。メガネをかけて両目で視力が大体0.6程度。この道40年以上なので運転免許の視力検査のときは気合と感でクリアする。右目は生まれつきの不正乱視でメガネをかけても0.1程度。中心部は見えるがその周りが見えにくい。視界の中にぼけているところが多くあり、物音を見るのに頭や体を動かして見えるポイントを探す癖がある。たまに疲れると黒い斑点が見える。老眼が進行中で3年前より遠近両用メガネを使用。ここまで汚い風景ではないが・・・今日の風景はこんな感じ。昔から弱いのは立体映像と月や星の観測。満月でも三日月でも多重に見えるので気分は複雑。その分、多重に複雑な柄が拡がっていると安心する。だからいっぱい並んでいると安心するのかな? 遠近感がないので、子どものころやキャッチボールができずに高所恐怖症。斜面も吸い込まれる錯覚に陥る。美術大学受験のデッサンで、見たとおりに描けといわれてもよく見えないので認識で描く術を獲得する。

最近、どうも目の調子がよくない。緑内障と診断されてかれこれ1年。緑内障と飛蚊症と不正乱視と近視と遠視(老眼)が進行中で遠くも近くも周辺も中心付近も見えにくい。眼科で目薬をもらい、緑内障の進行をおさえているはずだが、どうしても出張で目薬を忘れ、無理して遅くまで起きていたりして疲れると次の日、飛蚊症も発生し、風景の中に黒いものがうろうろ見える。どうも目の中心周辺にも見えないところが発生しているのか、やっぱり見づらい。

見えなくなってくると逆に視覚にこだわる。認識の中で物事を見ようとする。生まれつき右目はほとんど視力がないのでほとんど片目の生活には慣れているが両方犯されてくるとまた日々の暮らしの風景がいとおしくなる。毎日の忙しさでほとんど気にしていない目に見える風景だが、ふと日常の生活に戻るとその風景をしっかり認識したいと思う。

僕が風景に関わりたいとこだわるモチベーションはもしかするとこの目の特性からきているのかな?自分では自覚していないが、見えない分、それだけに見えないものを捉えようとする努力をしてきたようにも思える。こんなときにいつもある感情が芽生える「あー、絵が描きたい・・・!」日常の風景の絵を描きたい。

B級動物彫刻家の楠丈以外にもう一人B級風景画家の人格でもつくろうかな。名前何にしようかな?風景画家っぽいのがいいね。誰か名前をつけてください。老後の楽しみにしようとしていたけど、目が見えなくなるといけないので、ぼちぼち描き始めようかな?
by fuji-studio | 2005-02-23 17:03 | ・思索雑感/ImageTrash


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