地域で表現することとその仕組み。(再考4)
表現することって自分自身の日常の行為を超えることなんじゃないかなと考えている。

どちらかというと流されてしまっている日常の違和感をはたと立ち止まり疑問視して、客観視し、それを何らかの形として表に現す。

a0010575_23541638.jpgそれはどんな手法でもいいと思うが、それぞれに得意とする、あるいはフェチとする手法があるのだと思う。言葉を使うだとか、楽器をつかうだとか、行動で現すだとか、描いてみるとか・・・、しかし、その手法すらも、自分自身で決めてしまい固定されてしまっていたり、不自由になっていたりして、経験を重ねればそれだけなお、自分自身を超えるハードルが高くなる。

まったく絵を描いたことのない人が絵筆を持ち、自分の感情を画面にぶつける経験ができたとしたら、その人にとってそれは大きな表現だと思うが、描き始めた絵を毎日のように描き重ねるうちにそれが日常化してしまう。その状態に違和感を抱き、そこに向き合い、自分の感情を超えることができかどうか。それがつぎの表現となる。

その意味では表現はつねに相対的な行動の中にあり、連鎖を促す特質のものだと思う。最初から強度のある表現はできないが、表現を重ねることでとんでもないところまで行く場合もある。

それはおいといて、いま、ここでは注目すべきことは表現することで周りとの関係が変わるということだと思う。 関係が変わるということは存在の仕方…あり方そのものが変わるということ…

a0010575_23545524.jpg日常料理をしたことのない人が料理という手段を使って表現をしはじめるとする。今まで興味もなかった食材、あるいは調理器具、台所との関係が変わってくる。これまでは縁のなかったスーパーの野菜売り場や市場やあるいは畑までもが関係のある重要な場として輝き始める。

しかしそのうち料理は日常の行為になる。最初は自分の食事しか作らなかった人が周りの人の分まで作るようになるとすれば、それはまた表現だと思う。同居人や家族はありがたがるか迷惑がるかわからないが、年齢や嗜好や健康を考え食材や調味料を選ぶようになり、一緒に食べるという時間をつくることになる。さらに表現が深まり、10人分作りはじめたとしたら、ホームパーティを開催することになったり、料理のデリバリィをしはじめたり…関係はさらにとんでもない方向へと広がってゆく。

日常の行為をふと客観視し、日常を超えることで表現は始まり、それは次の表現への連鎖へと導く。

いつもの通勤路をほんの少し早起きして少しだけ遠回りして歩いてみる。それが日常化したら、今度はもっと拡大してみる。降りる駅を変えてみる。あるいは自転車で通ってみる。地図をつくりはじめる。写真をとってサイトにアップしてみる…。些細なことから表現ははじまり、それは日常の関係に変化をもたらす。そして、どこまでも連鎖を促す特質を持っている。

地域の中で様々な表現を展開するのはどうだろう。

表現することは何も絵を描いたり音楽を奏でたりすることだけではない。

地域の中で当たり前になってしまっている日常をふと見つめ直し、違和感に向き合い、日常を超える表現を試みることで地域の中の様々な関係が変わり、表現の連鎖がはじまる。

地域に日常には様々な地域素材があり、活きているものもあれば、眠っているもの、まだ誰もその価値に気付いていないもの、発芽する前の状態のもの様々にある。

地域素材にはいろいろな種類のものがある。産品と呼ばれる生産物素材。生産物に付随する様々な技術素材、あるいはそこから排出される廃棄物素材。もしくは歴史的遺跡や近代遺産、あるいは空き店舗、空き家、廃墟、個人的な思い入れのある様々な建造物素材。公園や河川、海岸、山林、鎮守の森、空地などの空間素材。歴史や伝説、言い伝え、風習も含む物語素材。そして様々な人材等々…。

それらが表現しはじめたらどうなるだろう。これまで関係のなかったものが様々に繋がり始め、些細な活動は活動へと連鎖をはじめる。

(それらのものと自分自身との関係が深まるということは、自分自身の在り方、存在の仕方そのものが変わってくるということをも意味する。)

様々な実験的な表現を展開できるかなり自由度の高い仕組みとしてアートプロジェクトというフォーマットはあると考えている。

・・・と書いてみたが、その一方で…表現なんかしなくていいんじゃないか、そのままでいいんじゃないかという意見も聞こえてくる。…まさにその通り。表現なんかしなくてもいい。 しかしせざるを得ない性質の場合、仕方ないんだと思う。…それと、関係を変えたいと思っている場合とか…このままではいけないと思っている場合とか…

まあ、仕方ないんだろうね。

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by fuji-studio | 2012-06-04 23:59 | ・思索雑感/ImageTrash


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