青森県の十和田市でなぜ暮らし始めたのか。
なんだかんだと慣れない生活をしているうちに10日が過ぎた。

a0010575_20474319.jpg3月末に十和田に入ってその日から新規採用の面接だとか引継ぎだとか、とにかく美術館という器の運営に立ち会って、それを平穏に動かすことを見つめながら右往左往しているうちに休みもなく10日が過ぎた。

久しぶりに休みたいと思ったが、実は家の中の荷物はそのまま、しかもいろいろな個人の仕事が山積みで自分の時間は混沌状態。


a0010575_20512145.jpg特別企画展として4月21日からはじまる栗林さんの設営を手伝いたいと思いつつも、実際はそれどころではなく、設営はその道のプロたちが集結していてとても手際よく物事が進んでいて、うらやましく横目でながめるばかり。

美術館の空間を巨大な装置と組み替えるようなアーティストの仕事を久しぶりに目の当たりにして、自分自身、忘れかけてきた「空間に向き合う感覚」が刺激される。


a0010575_2053116.jpgこの10年、特にビニプラ、かえっこ以降、自分自身でがっつり作りこむことを避けて、とにかく全国各地にいろいろな種まき活動をしつつ・・・それはそれで、僕にしかできない、大切な活動もあるだろうと自分を納得させつつも、なんだか大きな方向転換をしなければならないと感じていた。


a0010575_20584516.jpgとくにこの5年ほど、急性膵炎で入院したことがきっかけとなって、仕事やりかたを転換したいと切望していた。

動き続けて、年間の半分は移動時間に費やす日々を変えるきっかけがほしかったのだと思う。

それと、これまで行ってきた地域フォーマットのアーツに類する活動も次の段階に確実に入ってきていて、特に震災以降…というか、原発の事故以降、これまでの活動を文章にまとめつつ、個人的には次の段階に動かなければと思っていた。東北を活動の拠点にしたほうがいいのではないかとの発想が頭をよぎったこともある。


a0010575_213952.jpg…そんな時期に…というかほんの一か月ぐらい前のことだが…豊島区の雑司が谷の鬼子母神を朝お参りしているところに…ちょうど消防訓練をしているのを眺めているとき…信頼している稀なアーティストの友人からの電話。

その発想に思わず面白がってしまった。草の根的な地域活動の立ち上げを仕掛けてきたアーティストが地域のアートセンター(美術館?)の運営に関わるという発想。


a0010575_2133982.jpg地域のアートプロジェクトにおいて、しくみづくりと拠点形成は卵と鶏の関係とされ、そのあり方について深める時期にきているのも確か。

これまでの立場のように、風の立場として移動しつつあらゆる情報や種や意識を運ぶ存在も重要であるが、深く一つの地域に入り込み、しくみの内部からの視点で、地域に対して何が可能で、何が重石や束縛なのか・・・。

それを見極め、新しいあり方を模索する土や水の存在の視点を持つことにも興味はシフトしていた。

文章にしても、しゃべり方も、行動のとり方もそうだが、なんだかついつい遠回りをしてしまう癖がある。回りくどく遠い周辺から核心に迫ろうとしてしまう。スパッと直接の行動がとれない。

その結果…十和田市現代美術館と称されるアートセンターに常勤するという予想ですらできなかった展開。

しかもこの僕が「ナンジョウアンドアソシエイツ」の社員という立場。

そこが一番うける。地域系アートプロジェクトは確実に次の段階に来ているという証のようなものかな。

とにかく青森の十和田を拠点に何ができるか。東北を盛り上げるきっかけにもなればいい。

※写真前半は十和田市現代美術館からドライブしてはじめていった十和田湖の様子。まだ氷が張っていたがぼちぼち解け始めている様子。
by fuji-studio | 2012-04-11 19:42 | ■青森&十和田での活動


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