突然敵は目の前に立ち現われて、そこから闘いがはじまる。
敵はとても身近なところにいて、いつもは見えていないのだが、何かのきっかけで急に見えはじめ、怒りと悲しみがこみ上がり…闘いがはじまる。

自分が信じていた存在がいきなり裏切り、自分に向かって脅威を剥きだしてくる。

a0010575_14585125.jpgそれは自分の内臓や細胞だったり、好物の食べものだったり、自分の信じる家族の病だったり、日常利用しているメディアだったり、日常接している環境だったり、…一般的な常識だったり…

一度はじまった闘いは問題が深いほど長引き、元の状態には戻れないが、…その闘いを乗り越えたあと…積極的に捉えると、自分の愚かさを反省し、自分の見えていなかったものを見極める機会になり、平穏に隠された見えていないものを読み取ろうとする能力は長けてくる。

今回の様々な災害も予測されていたことだが、誰も見ようとしなかったし、まさか現実になるとは思っていなかった…と思っていた。

まだ災害は終わっていないので今の状態で今回の災害をとらえることは不可能だが、隠されてきたものが随分と見えてくるのは確かである。

a0010575_1051674.jpg3.11災害が起こる数週間前、瀬戸内海の玄関口(山口側)に原子力発電所をつくる着工の情報がきっかけとなり、氷見でのプロジェクトで知り合いになった鎌仲ひとみさんのドキュメント映画のDVD2本を妻がネットで購入していて、放射能汚染についての無知を認識しはじめていたところだった。

地震災害は自然災害としてとにかく収まることを願うばかりだが、原子力発電所での放射性物質漏えいの災害は明らかに電力会社と行政の責任にあり、その責任の重さを理解していない関係者の姿や声に触れるごとに怒りが込み上げてくる。

いかなる理由であろうとも生活に被害をうけている人は加害者から補償を受ける権利がある。

今回明らかに見えてきたことは、一度災害が起こると放射能は必ずある程度流出するという事実と、その放射能を受けないために避難し、生活の場を離れたり、あるいは家から出ないような生活を強いられることが起こるという事実。

そして「最悪の事態の場合」どういう状態になるのかの想定を電気事業関係者や政府は語らないという事実。

そして、まだ解明されていない脅威を数多く抱えた存在であり、数世代後には必ず問題を発生させる存在であるという事実。

僕が暮らす地域は玄海原子力発電所から25㎞圏の海岸にある。たとえばこの距離をどのように捉えて、ここでの危機がどういうものなのかイメージできないようにされているのも、結局だれも本当のことなんて知らないからなのだろう。

これまでもいろいろな現場を体験してきたように…今回もまた「わからない」「知らされない」ことの不安を実感した。

個人的対人関係でもそうだが、不都合なことは話したがらない。決して話さないことの奥に一番重大な知るべきことが隠されている。これは資本主義経済の…経済活動を行う上での常識なのかもしれないが、やはり僕らは知ろうとしなければならないし、知らないふりはできない。

違和感を無視できず、それに立ち向かおうとするのは性質なので仕方ない。

「ただちに影響を与えることはない」とされている放射能汚染と人体や地域環境汚染との関係についても、現在の段階では解明されていない…科学的根拠がない…つまりわからない状態…とされながらも癌の発生率の上昇という現象は無視できないし、現実的に放射能汚染された地域の農作物や海産物は地域ブランドとして相当なハンディを背負うことになる。

多くの苦しみが想定されているにもかかわらずそれを「関係ありません。安心です。」とすることに対して不信感は募るばかり。

そして具体的な経済的被害や精神的被害に対して国や都道府県、あるいは電力会社がどのような補償を行うのかという数字は今のところ目にしていない。

そのうち巨額の税金がまたこの補償に投入されるのだろうか…

災害直後より、災害の状況や被災・困窮している人の状況、そして復旧に必要な情報収集と行動に全てのエネルギーを注ぐべきところ…にもかかわらず…自身の身の危険回避の為に注目しなければならなかった「原子力発電所の事故」。

そのことにより情報伝達や救難救助、物資の輸送が遅れ、命を落とした人がどれほどいるのだろうか。そしてその命に対して東京電力の原子力発電関係者はどれほどの責務を感じているのか。

まだまだ続く天災と人災が収まり、その災害について見極めた上で、それぞれの間違いに向き合い、数世代も先に危険を引き継がせるようなリスクの大きい社会活動に対しては闘う姿勢を固めなくてはならないのだと覚悟する。

…そしてまた自分の無知と無能を知るのかな…

とにかく今、現場で闘っている人、みんな頑張れ。…勝たなければならない勝負には勝たなければ…

記録は存在している人によってしか作られない…というのも事実…。
by fuji-studio | 2011-03-19 08:38 | ・思索雑感/ImageTrash


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