製品と廃棄物の中間領域 (b_a)その2
僕が1997年に出会った福岡の養鶏場跡。

もともと9m×60~100mぐらいの養鶏舎が10棟あり、養鶏を廃業した大家さんがその利用法を模索しているところに出会った。

a0010575_1575886.jpg制作スタジオとして必要な分だけ借りれるシステムを模索し、僕がそこで作業を始めると、いろいろな人の利用が連鎖し、みるみるうちに空き鶏舎は制作スタジオに変わっていった。

結局、数十名の陶芸家、木工家、大工、施工スタジオ、造形スタジオ、人形劇団、バイク工房、倉庫等いろいろな人が利用を始め、木工家が共同でギャラリーをオープンしたり、教室を行ったり…ついには大家さんがダンススタジオを手作りしてその利用が活気づいたり…気づいてみると最近の地元の地図には「芸術村」と表記されるようになっている。正式名称はRSミサカなのだけれど…。


a0010575_164417.jpg 利用しはじめて数年がたち、建物の利用が活発になり、空き部屋が無くなりつつある頃、大家さんに中間領域を作って欲しいと提案して、現在でもそのまま利用されている。

ここでの中間領域ははっきり言うと廃材置場

廃材置場には基本的に廃棄処分するにはもったいないと思われるものをこの芸術村の利用者は無料で置くことができるし、芸術村の利用者ならば、だれでもここにある素材は利用していいということになっている。

※写真は2003年頃の写真。懐かしい。当時はまだ夕方になると乗馬用の立派な馬が放し飼いで散歩していた。一人で作業しているときとか癒されたなー。 


a0010575_15111055.jpg 鹿児島の実家の改装で出てしまったたくさんのアルミサッシ(窓と窓枠)も、廃棄処分するにはあまりにもったいなかったので鹿児島からトラックで運んできて、そこにおいていた。結局大家さんがダンススタジオを作るときに全部使ってくれた。

僕もたまに木材とかパネルとか、家の隙間風を埋めるのに利用したりする。


a0010575_15114969.jpg 学生時代に廃材置場からいろいろなものを拾ってきて制作に利用したし、大学の近くには秘密の廃棄物置き場があり、これも秘密だが、後輩たちはそこに忍び込んで利用できそうなものを拾ってきてイメージづくりに役立てた。

廃材置き場には思わぬ出会いがある。


a0010575_15122555.jpg 今の地域社会のシステムではこの廃材置き場に類する中間領域がない。

去年、地元の小学校の体育館の建て替え工事に伴って体育館の床材を処分すると聞いて相当欲しかったのだが、もちろん、無視された。

※写真のグランドピアノの廃材は亡き伝説のパフォーマーの風倉匠が福岡でパフォーマンスに使い、その後作品としてミュージアム・シティ・福岡に設置した作品の処分されたもの。廃棄されるのがあまりにももったいなくてしばらく置いときました。<br clear=all>

a0010575_15132464.jpg 先月、家の横の防風林の松の木の植え替え作業をやっていて、相当立派な松の木が何本も廃棄処分されていたが、運搬の手段と置いとくところさえあれば全部もらいたかった。 

商品や製品は安全でなければならないという裏側で廃棄物は危険であるというのが常識で、廃棄物には特別な資格をもった者しか会う使うことができない…のだと思う。そこに中間領域はいまのところ用意されていない。


a0010575_15155850.jpg廃棄物処理場は廃棄物処理法によってつくられた施設であるという縛りから…だと思うが…危険な場ということにして、一般人は立ち入ることができないが、製品と廃棄物の中間領域が社会的に位置づけられることで状況は変化するのだと思う。

この養鶏場跡のスタジオも養鶏場から廃墟の間のボーダーエリアにあるとも言える。確固たる常識的な領域にないし、どこまでいっても完成することなく変化し続ける「つくる現場」でもあるし。


a0010575_15272772.jpgそのように考えるとkaekkoのシステムもVinyl Plastics Connectionのシステムも、この製品と廃棄物のborder area(b_a)から発生した活動なのかも。

昔から地域に根付いている廃品回収などのリサイクルシステムも、ある意味中間領域だが、リサイクルという単一の価値観ではなくて、もっと新しい可能性を作り出す領域として多彩に深める視点があってもいいと思う。


a0010575_1525146.jpg使わなくなった台所用品や洋服、家電、家具などを廃棄処分、あるいはリサイクルする前に、無料でやりとりできるリアルフリーマーケット(完全に無料でやりとりできる場)のようなシステムも地域には必要だと思うし、これからの大きな課題のような気がする。 


a0010575_15281320.jpgたとえば、中心市街地の商業施設の巨大な廃墟ビルが東急ハンズのような品揃えで、全く無料でやりとりできる現場ができたとしたら、そこに人はいろいろなものを持ち込み、そこからいろいろなものを持って帰る。

少なくとも人が集まる現場はできる。それをどうやって流通に結び付けるかは人と物とお金の動きをつくるマネジメント力であり、それを形にするデザイン力だったりする。


a0010575_15295162.jpgモノを作ってモノを売るという発想ではなく、クラウド的な…地域社会全体の中のネットワーク上で動く大きな経済流通の中に位置づける視座が必要なのだろうと思う。

いや、単純に「会員制のリアルフリーのゼロバザール」のよな場をつくるだけでもいいような気がするが…。

「リアルフリーのゼロバザール」いい響きだなー。使えそうですね。

ググってみたけど、ゼロバザールという言葉はまだ見当たらないですね…。やったー。リアルフリーはビールとかでありそうだけど・・・。

…そういえば、僕の周りは…生活空間にせよ仕事仲間にせよ、中間領域ばっかりだな…。
by fuji-studio | 2011-02-16 10:20 | ・思索雑感/ImageTrash


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