藤島八十郎の家での山田創平さんとのディスカッション。
山田創平さんとは2年前の新世界でのレクチャートークと散歩の時に、その誠実な語り口と知識の角度にイメージをかきたれられたのが最初の出会い。

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そして去年の7月、水都大阪が始まるという前の勉強会と、その後会期中のトークセッションでお招きしあらためてその深さに引き込まれていった。

面白いことに、後輩の小山田君も大山崎とか舞鶴とか、そして今年の夏、青森へとお招きしさらに興味は深まった。また雨森さんやブブは別府で一緒にプロジェクトを行っているのだとか…うらやましい。

なんだかこの2年、僕らにとっては、とても深く大切な視点を持つ人頼りの人になっているが…それにしても、なぜだか僕らがかかわる現場は水辺が多い。 


a0010575_2117657.jpg今回は僕のほうからお願いし、どうにか都合をつけてもらい、一番混雑している時期だが、豊島にわたってもらい、人々がアートを見て回るルートを外れて、壇山頂上から展望台、豊玉姫神社、権現様(スダジイの森)虻山跡、そして唐櫃八幡宮とお連れし、八十郎の家の庭でトークをおこなう。

八十郎の家は日曜日の混雑で、家へ入るにも、タワーに入るにも10分~15分ほど待たなければならないの状況。そこに椅子をならべて、創平さんと管巻君と僕とのトークをぐるっと囲んで聞けるようなセッティング。 話の内容は藤島八十郎のブログにも少しだけ報告があるが…とにかく興味ある発見がまた数点。


a0010575_21181544.jpg権現様にもともと数千年まえから祀られていた巨石(イワクラというのだとか)の向きが冬至の日の日の出の方向を向いているかどうか…そして、その経路に道路沿いの巨石が重なるかどうか。

海洋民の巨石信仰…

海洋民はそもそも合議制、共和制だったのだとか。その遺伝子を多く受け継いでいるのが島の特性なのではないか…とか。

そして海洋民にそもそもあった芸能。

豊島の芸能を復刻できないかどうか…の課題。

そして…紡錘形の山(もうなくなってしまった虻山)とウミヘビや龍のモチーフとの関係

豊島の問題を能として残すとか…

ああ、とにかく山田さんの話は血が騒ぐ。

豊島と僕の関係は先祖のレベルで相当繋がっているに違いない。
by fuji-studio | 2010-10-17 20:25 | ◎瀬戸内国際芸術祭・藤島八十郎


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