基礎超識2:人の作り出したモノゴトに関する時間軸。
モヤモヤからイメージを立ち上げ、イメージが流通し、編集されて価値化されるという時間の流れがある。

a0010575_11533230.jpg芸術祭とか展覧会とかのフォーマットの中では、どうしても、あれもこれも「美術作品」と単純に一括りにされ、均一化されて見られてしまうが、実は作品にも時間軸がある。

発芽の時期があり、旬があり、完熟期があり、保存加工期があり、醸造期があり・・・あるいは告別期もあるかもしれない。


a0010575_11544269.jpgもともと博物館は役割を終えた…ある意味死後の適正な墓場として、その慰霊を尊重し保存、伝承するためのものだったろうし、近代美術館はその意味では保存加工、醸造施設だったのかもしれない。

とにかく、さまざまな活動にはイメージとして立ち上がる瞬間があり、それが時代と関わりがうごめきはじめ、存在感を放つことで次の時代の価値観へとつながってゆく流れがある。そこを旬の時期と捉える。


a0010575_1156153.jpg価値化されたもので希少なモノが高額な商品として流通するが、価値化されるプロセスにはいろいろな人の思惑が絡み合う時間の経過がある。それが完熟期とか醸造期とか…かな。

そうやって作られたものは確かに多くの人心や欲望を突き動かしただけのことはあってそれなりに凄い。


a0010575_11572422.jpg多くの具現化された作品はイメージ化されたものだが、イメージ化される前の状態があり(個人的にはそれをモヤモヤと呼んでいるが)モヤモヤからイメージが発生する瞬間がもっとも僕にとっては魅力的だと思っている。

しかし、その発芽物はまだ流通していない意識や価値観なので「なんじゃこりゃ~」だったり、「じわー」だったり、「ムムム…」だったり「がっぴょーん!」だったり…とにかく今まで出会ったことのない感情を伴うだけで、その後それがどのような連鎖を引き起こすのか、それが何を意味するものなのか理解不能のことが多く、それに価値があるのかすらもまったく保証がない。


a0010575_11584714.jpgだからこそ次の時代の価値観の種や卵になりえるし、可能性と期待感にドキドキする。だからこそ価値がある。

そこに注目する多くの人は価値化され流通してしまった過去の表現作品に多く接するうちに段々と価値化される前のイメージ…つまりまだ見たことのない、まさ体験したことのないイメージを求めるようになり、そこに出会わなければなかなか心が動かなくなってしまったのかも。

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a0010575_1214453.jpgとにかく、数百年前や数十年前に価値化された美術館の作品から美術の授業が構成され、美術の常識が流通しているために、価値化される前の発芽期や旬の状態の作品について「わかりにくい」との評価で切り捨てようとする常識に違和感を覚える。

わからないから面白いと思う感情こそ小学校で一番教えなければならない感情なのだと思うが…

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a0010575_11595419.jpgもっともわかりやすいフェイスやスキンのレイヤーをまといつつ僕自身が理解不能なところで活動している僕がいうのもなんだけど…。ね。

そうそう。熱烈なアートファンはわかりにくいスキンやフェイスのものを好む傾向にあるよね。

さて、ここで超識1の33年1世代の超識とリンクさせると、一人の人間の時間軸にも3段階の世代の変化があることに注目してほしい。

地域とアートを語るときにそれぞれの時間軸の掛け合わせがキーになると思うのだが…



※写真は文章とは直接関係ありません。豊島に設置されている美術作品の周辺で撮影してしまったモノたちです。
by fuji-studio | 2010-10-08 12:45 | ・思索雑感/ImageTrash


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