青森ねぶたの廃材を細かく分類する作業は・・・結構贅沢な時間です・・・
安藤忠雄が設計したかなりシャープなコンクリートの国際芸術センター青森の入り口付近にがつんと設置した青森ねぶたの塊。

a0010575_15225432.jpgそれを中の展示室に入るサイズに細かく解体、分類するために・・・

絡まったワイヤーを大きなペンチでプツプツと切りながら、木材のねじをはずしながら・・・

ねぶたの塊を細かくしつつ運べるサイズを切り取っては運び込みつつ・・・


a0010575_15253374.jpg敗れた和紙は、はがしては広げながら・・・ちぎりながら、広げながら・・・重ねては運び込みつつ・・・

とにかく青森ねぶたの素材の塊からいろいろなパーツを発掘してゆくような作業の日々。


a0010575_15424944.jpg通常の感覚では、この作業はなんとも面倒lくさく厄介で、大変な作業なのかもしれないが・・・、僕にとってはなぜだか苦痛にならない。


a0010575_1528875.jpg苦痛にならないどころか、むしろ心地いい。とても楽しく、時間が瞬く間に過ぎてゆく。

その感覚を繰り返すうちに、これはゲームをしている時の感覚に近いのではないかと気づいた。


a0010575_17543690.jpg次から次へと敵が降りてくるのを打ち落とすシューティングゲームやテトリスやコロンの様なPCゲームのようでもあり、あるいはパズルゲームの様でもある。

そういえば、昔は知恵の輪系がとても得意だったなぁ・・・。


a0010575_17571066.jpgとにかく、絡まった素材のウィークポイントを見つけだし、プチプチ切断して行きつつ・・・大きな塊が取れて小さな喜びを感じつつ・・・また次の塊の問題が提示され・・それを解決してゆく・・・ってなかんじ。


a0010575_1751657.jpg展示室の中は極めて不快指数が高い密閉空間で温室の中のようで暑苦しくむさ苦しく駄目駄目空間だが、外での作業は蝉や鳥の鳴き声をききながら、風を感じながら自然に囲まれ、まだましで気持ちいい。

しかし、外でも、まったく効かない空調の音がやたらとうるさかったり、音が妙に響いたり、局面ガラス面の移りこみが歪んでいて吐き気を促したり、あぶやハチが襲いかかってきたりして・・・外も問題は多いが・・・


a0010575_1759759.jpg表現者である以前にある種の性質(タチ)として、このような行為が好きでなければまったく成立しない作業だろうが、幸い、山ほどの廃材を崩してゆく感覚は僕にとってはとても贅沢な時間に思えてならない。


a0010575_15412932.jpgそもそも、日常的な感覚、あるいは現在の経済状況から見た感覚から言えば、この作業は膨大な無駄なのかもしれない。、

だからこそ、贅沢な時間との感覚をもってしまうのかもしれないし、ゲームに没頭している時間に近いと感じるのかもしれない。


a0010575_15433480.jpgこのような単純作業をしていると、頭の中はなぜだか急速に回転しはじめ、まったく関係ない様々なことを高速で考えてしまうことがある。

その時々でいちいち忘れてしまうことが多いが、とにかくいろいろなことを思いついては一人でその考えを繰り返し、否定したり、納得して裏付けを探してみたり・・・無意識に反芻している自分に気づく。


a0010575_1544326.jpgそんな単純作業の中でたまにとんでもないものが発掘されて、結構大きな喜びを得たりもする。

手や、顔面部分が発掘された瞬間から、作業が思わぬ方向に動き始め・・・思いもよらぬ空間が発生する。


a0010575_1654496.jpgもっともっと時間があれば、これをつかって新しい立体の作品を制作しようとするのだろうが、このままでも十分にいいような気もする。

何かをつくることも大切だが、それ以上にこの状態を見せることももっともっと大切なことなのかもしれないと思いつつ・・・。


a0010575_166207.jpgしかし、ねぶた師の技にはとことん感服する。

解体するだけでも大変なこの手わざを多くの人の力を借りつつも、そのエネルギーと技術をコントロールし、これだけのものを数ヶ月で完成させるとは・・・。


a0010575_1674057.jpgしかもそれを毎年毎年作り続けているとは。

そのようなねぶた師を存在させ続けている青森という風土はやっぱり凄い。

この素材全体を使って龍の立体作品作りたくなってきたけど・・・

どこか展覧会やりませんか?
by fuji-studio | 2010-08-14 15:19 | ■青森&十和田での活動


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