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えずこホールからすれば「藤浩志とカンがえる」だが、僕からすると「えずこホールとカンがえる」となるのかな。 結局だれとその状況に対峙するかでその状況の意味も変わるし、価値も変わる。
誰と語るのかによって今回の災害後の状況も意味も変わる。だから…やっぱり多く語らなければならないし、もっともっと深く語り合う現場は重要だと思う。 去年の6月からえずこホールと、災害後の現場で様々な活動を行っている人にヒヤリングをおこない、そこから考えたことをさらに考える為に、第三者の編集という視点を入れて2日間のスケジュールでディスカッションを重ねる。ランダムに気になった意見を列記してみる。 ・ピストルを撃ちこまれるようにいきなり外部から襲い掛かった災害ではなく、もともと地域社会がもっていた問題、内包していた問題がデフォルメされてあぶりだされてきた。 ・自然災害と人的災害ではどう向き合うべきかが本来違うべきだ。そのことについてもっと深めて考えるべきじゃないの。 ・震災前から興味のあったことについての活動が、結局災害後、やるべきことが明確になり活動が加速しているのが特徴的? ・仮住まいが続いているが、仮住まいによって新鮮な視点が身に着いた。 ・仮住まいであると同時に意識の上でもなかなか安定できないでいる。 ・人生ずっと仮住まいであり、落ち着くことないことが自然なのかも。 ・昔ながらの小さな地域の特性や対立までもがあぶりだされてきた。 ・語れないことがたくさんある。語れること声の大きなことだけが伝わってしまう。その違和感 ・あたりまえだが、何度も通ってようやくお互いの理解の違いのギャップを埋めることができる。 ・災害の現場で活動している人との対話からは、学ぶべきことがたくさんある。 ・なげかける言葉が蓄積されて…重い。 ・記憶の風化の速度は本当に早い。直後のことは本当に忘れている。 ・マスメディア的な扱いではなく、小さな被災や小さなエピソードをしっかり拾ってゆくことが大切 ・言葉によって情景が見えなければならない。 ・自分自身が思っていたことを語れなかった時期が長かったが最近ようやく語れるようになってきた。 ・境界線にいるから発言ができるのではないか。境界線にいることの自覚と責任 ・こうまでしても…なぜ残りたいのか。なぜ出てゆこうとしないのか ・自分自身に問いたいことが浮かび上がってくる。 ・もともと人との関わりを持っている人は前に進むのが早い。 ・白黒ではなく「考える」というある種のモラトリアムな手法はアートならではの有効性なのではないか。それでも少しは前に進む。 ・問題について語り考えるうちに何かがズレて活動が始まる。その結果問題からズレて問題から距離をとることができる。 ・自分自身へのカウンセリング ・狂言/呆者能の台本をつくり、上演してみる。 その他もろもろ以下省略。 現場でのヒヤリングや活動の紹介もまとめつつ、参加者が何を考え、何を学んだのかについてディスカッションの中からキーフレーズを抜出し、対話形式で語ってゆくのはどうかとの話が出た。しかし、参加者はえずこホールの周辺の人だけではなく、福島からとか金沢とか大阪からの参加があり興味深かった。さて、どうまとめるか。とにかく何らかの形にしなければ存在しないことになる。 記録を存在させることで、いや、伝わるものとして存在させることでしか、この災害で考えなければならない多くのことが消えてしまう。 そうはさせるものか。 動物彫刻家のクスタケシが埼玉県の北本市に制作工房をつくったという設定で雑木林でクスタケシ工房で制作した動物彫刻を展示し、デモンストレーションを行う…というプランを実施するために2日前から北本市に入ったものの…
北本ビタミンが用意してくれたプレハブ小屋には水がなく、電気もなく、隙間だらけで…しかも作業スペースの5m先には隣の民家の窓が…これでは騒音や粉じんの出る作業は長時間できないし…それ以前に使えるトイレもないし…電気がないと工具が使えないし…一瞬福岡に戻ろうかと思ったが、先月から入っている若い作家が何もない屋外で孤軍奮闘している態度に接すると…僕も頑張らなければ…と思う。 それにしても…チェーンソーなど音を出す工房にするにはあまりにも隣の民家との距離が近すぎる。それからすると僕の養鶏場跡の制作スタジオも、今の自宅の小さな作業スペースも恵まれた制作環境だな…と思う。それはまさにクラブ活動の部室づくり的な拠点づくりでありながら、北本市内に「クスタケシの工房」という、「藤島八十郎の家」のような、パブリックアートに変わる「人を連れてゆき、案内できるポイント」をつくろうとしていることなのだが、そのあたりの仕掛けが理解されるのは難しかったようだ。 そうか。やっぱり、部室コンセプトの方がいいんだろうな。たとえば…「クスタケシクラブという雑木林の伐採された気を使っていろいろつくるクラブ活動の部室をつくる」というコンセプトの方がよかったに違いない。とにかく、新潟での部室ビルダー「かえるぐみ」頑張ろう。 それにしても雑木林の会の人達の活動は素晴らしく、すごい大きさのログハウスづくりに取り組んでいる。ログハウスの作り方の本を見ながら、はじめてつくるというログハウスにしてはやたらとでかすぎないか?皆さんとてもいい感じにしっかりと作るプロセスを楽しんでいるあたりがまたなんともいい。 とりあえずレジデンスとして使っていいといわれる家に案内されて軽トラックを借りて自由に動ける環境になったが、自炊する調理道具とか調味料とか浄水器とか生活用品が微妙に足りない。いつでもそうだが生活道具類をそろえるところから始める現場は無駄な出費と時間がかかる。 この二日間でホームセンターやスーパーに通い生活の必需品と工房の道具類がそろったので、どうにか明日からクスタケシを演じることができる。 とりあえずはこのレジデンスの納屋を工房にするとベストなのだが…ここは西尾君が展示に使うのだとか。やっぱりあの隣が民家のプレハブに移動するのは気が進まない。 移動型の工房カーにしようかな…いづれにしても今回は無理かな… そういえばクスタケシという動物彫刻家は自分でイメージを作る人ではなかった。だれかがイメージを作ってくれないと作品はできないんだった… とりあえず、いかにも…という感じのものをいくつか作ってみるか。 本当は大きな馬とか牛とか象とかが彫りたいんだけど…時間がなかかるな… 工房があればそこで大きな象をつくりかけているの風景もまたいい。 そうだ、雑司ヶ谷の空き地に展示できる彫刻彫ろうかな…雑司が谷のフェンスの中に入れる象の像とか…やはり小さい動物にしよう。 アサヒアートフェスティバルのこれまでの活動を俯瞰しつつ、その10年記録本の出版の為にキーワードを抽出するワークショップ型スクールの2日間。
会場は谷中にあるオルタナティブスペースのhigure 17-15 casここは2005年にkosuge1-16と一緒に行ったコフジビル17年の最終的な展覧会を開催した懐かしい場所。 久しぶりに谷中にきました。 空間としてはこじんまりとしているが、谷中の風景が見える雰囲気は開放的でとてもいい。初日は2005年AAF参加団体のすべてを網羅した記録DVDと、たまたま泉山君がしっかり編集して残してくれていた大宰府スタードームフェスティバルの記録映像を見ながら、もろもろ説明やら裏話やら雑談しつつ…キーワードを拾い上げて行ってもらう。 たまたま2005年のAAFは僕が関わっていたプロジェクトがいくつかあり、その裏話などで脱線してしまうので、やたらと時間が経ってしまい…ごめんなさい。 しかも大宰府スタードームフェスティバルは、2004年ぐらいに僕が主催していたオープンディスカッションplants!がきっかけではじまったので、記録映像の中に2005年当時の怪しげな藤浩志が、なにやら酔っぱらいぎみに…今となってはあたりまえのような話を懸命に恥ずかしげもなく朗々と語っている。ああ、みっともない。記録映像とは恐ろしい。 しかし、2005年という時代が…わずか7年前だが…いや、もう7年というべきか…2012年のアートプロジェクトと地域の関係では当たり前のようなことが、当時は結構力説すべきことだったんだなぁ…と、時間の流れによる「あたりまえのこと」の変化を面白く思う。2日目は2011年のAAFの報告会に提出された記録画像を皆でみながら対話し、そこでキーワードを週出してもらう。 結局、時間切れになり、参加者にそれぞれ心に残ったことを語ってもらったが…その視点が僕らにしてみればなかなか新鮮で大切な言葉があった。 そのいくつかを列記してみる。・・僕の記憶で勝手に編集されてしまっていますが… ・AAFは色が鮮やかだと思いました。←日常はもっとグレイなのだとか。 ・アートプロジェクトはエネルギーが集まってきて発生するんだな。 ・問題があり解決を作ってゆこうとするプロセスにアートがあるんですね。 ・アートはタブーに触れようとしている ・ちょっとやってみようという気持ちから始まるんですね。 ・取り残された存在(場所とか建物とか人とか)と、人と違った活動をやろうとしたり、オリジナリティを探ろうとしているアーティストは相性がいいんだな思った。 ・インキュベーション・アクティベーション・カルティベーション ・利害に関係なく人が集まっている。→興味と関心で集まってくるんですよね。 ・おじさんは女の子としゃべりたいんですね。←おばさんも男の子としゃべりたいしね。 ・あたりまえの日常の中で紡ぐ自分たちの物語 ・AAFというしくみ自体が育とうとしているし、育っているんですね。 ・あなたの好きにしなさい。私たちも踊りたい。 ・いつでも「これからはじめます」という姿勢。←もう出来上がったものに途中からは入りにくい。 ・結局、どういう効果が生まれたのかが知りたい。 ・・・とまあ、いろいろ。 僕があらためて納得できたのは… 面白いことをしようとしているところには面白いことをしたいという人が集まってくる。その人達がまた面白いので、面白さが連鎖してゆき、とんでもないことが起こる期待が高まるんだな…ということ。 特にAAFの場合は「アサヒビールがスポンサー」という匂いの漂いが、やっぱり飲み会へ導き、そこでさらに面白い人達と期待に満ちた会話をしながらこの上なく幸せな時間が過ごせる…老若男女が入り乱れながら…というかんじでしょうか。実際にいくつもの妄想が現実になってゆく現場に立ち会うたびごとに…人のイメージ力と実践力の集積は凄いと思う。 次のAAFスクールはいよいよ最終回。物語へと導く授業。 1996年のミュージアム・シティ・天神に出品し、そのワークショップの時に福岡に来て、たたまたま休みの日に意を決して地下鉄に乗り訪れて見つけた筑前深江の駅から徒歩7分の農家だった家。
雨漏りしていたが、不動産屋で現状のままということで家賃3万5千円で契約し、その後13年近く暮らしていた家。子ども達も成長させてもらった家なので思い入れも大きい。出るときはほとんど内装業者のようにきれいに壁紙はったり襖張ったり、天井まで張り替えて返却した。 そのあとに若い自然農業をしている女性が暮らしはじめ、最近そのパートナーが韓国の子ども達の交流事業を行っているということで、20名近い子ども達がその家で合宿し。しかもイベントとしてかえっこを開催するというのでぼくらも手伝うことになった。 ずっと暮らしていた家でまさかのかえっこ。世の中どういう縁で何がおこるかわからない。なんとも不思議な体験だったが… 最近、自然農業のネットワークからか、いろいろな興味深い人が深江の街に興味を持ち暮らし始めている。 今日の料理は自然農の野菜のピザとか煮物とか、とても豊か。ピザは庭でダンボール箱でピザ窯をつくり焼いたのだとか。 玄海原発まで30キロ圏内というただ一点の汚点を除いては本当にいい地域。 水がありえないくらいいいし、海の幸が豊かで、山では狩猟もできる。 いろいろなおもしろい人が集まるからまたさらに面白くなる。そうやってこの地域は作られてきたんだろうな。 土地の力か。人の力か。 余談だけど、家に自転車で帰る途中近くのスーパーに立ち寄ると、かえっこで楽しんでいた韓国の子どもたちがお土産にとお菓子とかカップラーメンとかをたくさん購入していて…そのあと家に戻りカップめん大会になっていたのだとか。 うーん…。子どもに自然農の野菜の価値はわからんだろうな… 僕が暮らす福岡県糸島市でいよいよアートプロジェクトが始まりそうです。
僕が暮らす地域の同じ小学校校区で数年前からアーティストインレジデンス事業を始めたスタジオkuraその松崎君が都市計画デザイナー、コンサルタントの佐藤さんの後押しもありはじめようと覚悟したのが糸島アーツファームというかなり長期的な視点を持って展開しようとしているアーツなプロジェクト。 最初に家に企画書を持ってきたときは糸島アートファームという名前がついていたが、僕がアートよりもアーツの方がいいんじゃないかな?と話したことでアーツファームになった。アートからアーツ、つまり複数形にすることでアートの文脈から少しずらし、いろいろなジャンルを横断するような活動ができるのではないかという思惑がある。 アーツファームといえば、僕が2008年に思いついた大阪の此花区での考え方。 大阪では都市型の映像系やメディア系、デザイン系のクリエイターやアーティストが暮らし、様々な活動を育てるエリアとしての此花アーツファームだったが、この福岡の糸島の場合は地引網のある海水浴場と玄界灘と狩猟のできる山、そして田んぼと畑と畜産と水と…自然と人の営みの関係の在り方に対しての様々なアーツを実践し、探ってゆくエリアとして模索されるのだと思う。 とにかく興味を持ってくれそうな関係者が集まってミーティング。 今年からじわじわとはじまり、2年に一度、あるいは数年に一度の大型のプロジェクトを目指してゆく。 家の海の家のスタジオも当然いろいろ関わってゆくことになる。よろしくお願いします。 サポートスタッフの宿泊先を確保しなければ・・・。 筑前深江海水浴場の海の家のところに建てている「つくる家」。
外壁と窓まで付きましたが…中身は空っぽです。外壁、強風に耐えれるかどうか不安な感じ。窓はしっかりしているのですが。 やはり外壁もうちょっとしっかり作ろう。格安で丈夫な素材無いでしょうか? 中身は空っぽのままで内壁とか内装とか…一番楽しいところは自分で行うつもりでそのままにしてもらっています。…というかお金がないのでここまでしか頼めない。 この建築・・・半分セルフビルドな建築、此花とかでも試みたかったやり方。 お金がないというのと時間がないというのと…結局時間の隙間を作ってちまちまと何年もかけて内装してゆくのかな。つくるプロセスを楽しいと思っているので仕方ない。 隣の昭和初期のボロボロの家もいじりどころ満載。 ああ、時間が欲しい…と思いながら、なぜだか時間は刻々と過ぎてゆきああ、もう今年も終わりじゃないですか。 ああ、来年もまたウロウロしながら、ゴミまみれ、廃棄物まみれになりながら、整理整頓、掃除、清掃…重ねるうちに一年が終わるのかな… 自分の家をいじる時間はなさそうだけど、さらに「部室ビルダー」という活動を始めるつもりで、さらに空き家とか空き店舗とか空き地とかいじる生活になるのかな… まあ、運命というか、宿命というか… この場所でじっくり作品を作りながら暮らす生活…って理想ですが、結局活動つくる為にドタバタと動きまわってしまう性質だから仕方ない。 久しぶりに家に帰ると、原田君から荷物が届いている。
原田君が理事長をしている日本タム協会というのはイギリスとかイタリアとかで伝統的なタンブレロというスポーツを日本で広めようとしている協会。 原田君はイギリスでそのスポーツに出会い、日本にまだ伝わっていないことに気づき日本での協会をつくった。その競技に必要なバット(テニスのラケットのようなもの)が国内で販売されていないので、輸入することになったが、ついでにオリジナルのバットをつくることになり、デザインを頼まれた。 僕もタンブレロをやりたいと思っていたが、バットがなかったのでオリジナル作品を4つオーダーし、送られてきた。 さっそく興味深々の息子を連れだし、隣の駐車場で試しに使ってみる。テニスと違って直接ボールの感触が伝わり気持ちいい。時間さえあれば…僕もタンブレロのクラブ活動をはじめたいのだが…問題は時間。 時間がないのは結局、マネジメントが悪いからなんでしょうね。…っていうか、セルフマネジメントが全くできていない。 マネジメントできる人と一緒に仕事したいですね。…永遠の課題だな。 ちなみに…日本タム協会の豊島支部長って誰だか知っていますか?知る人ぞ知るあの人です。ちゃんと生きていたんですね。 そうそう。このバット4000円で販売されていたそうですが、実はもう売り切れだとか。残念でした。 いわきアリオスで6月から2ヶ月に一度ぐらいのペースで開催してきたモヤモヤ復興会議。
放射能汚染に対してはまだまだ不安とモヤモヤ感はあるものの、6月に開催した時に比べるとモヤモヤレベルは随分と変化し、それぞれ活動の方向性が見えてきた感じがする。 今日は劇団どくんごの五月うかさんとインデアンビレッジキャンプの吉田さんをゲストに迎え、なんとも不思議な方向性から話が進行する。劇団どくんご の活動は個人的には懐かしいテント芝居。 全国を移動しながら公演を行うという形式だが、時代を超えて活動を継続してきただけに、すでに演劇を超えていて、テント芝居という形を使った新しいプロジェクトの形。とにかく興味深いくて面白そう。 テント芝居をつくるという活動プロセスが、地域の利用許可から広報、仮設構造物の設営、プレイベントの準備、開催等々様々な実践的ワークショップの要素を持っていて、地域の活動の拠点形成のプロセスの実践そのものである。インデアンビレッジキャンプはアリオスプランツに関わりが深い活動。 山でインデアン村を作るという活動について噂は聞いていたがちゃんと話を聞くのは初めて。自然エネルギーと手作業にこだわる態度がすごくいい。 参加者のディスカッションでは今後の活動として、いわき湯本温泉旅館を使った映像系、闇系、ひなび系のアートフェスの開催予告のアイデアや、アリオスでの子どもプロジェクトの手芸ワークショップの展開、歴史や郷土芸能、風習や伝説などを漫画にして残してゆく活動や、プランツから発生した いわき冒険映画祭の次の開催に向けての部室づくりの話や、中之作古民家公民館化プロジェクト。自然エネルギーを使った屋外舞台フェスの開催アイデア等…盛りだくさんの活動イメージが蓄積されてきた。しかし、いわきの人のエネルギーのあり様はなんだかすごい。炭鉱遺伝子パワーかな。 震災被災を経て向き合うテーマが深刻なだけに、さらにパワーアップしてズレてゆくような傾向にあるのが頼もしい。 ところで、アリオスが定期的に出しているアリオスペーパーに特集される予定だが…「カモメの視線」の映像DVDを出しているパラグライダーでの撮影者がこの会議にも毎回出席して今後の活動の展開に期待が大きい。 彼の映像の一部がサイトからも見れますが、災害以前の福島の海岸線がいかに美しいかを残す…つまりもう見れなくなってしまった映像記録…が販売されている。 是非ご覧ください。 2009年夏以来毎年関わることになった大阪天神橋の下、中之島公園。
一昨年前の夏の2か月間、この場所にカエル工房をつくったり、常設のかえっこ会場を作ったり公園に『活動の場」をつくる実験を行った。 そして去年、青森ねぶたの廃材の木材部分だけを利用して、白龍を制作し、この場所に展示した。 そして今年の春、福岡のスタジオにほぼ3か月間こもって制作したのが青森ねぶた廃材の針金素材で制作した飛龍。6月に新博多駅のアミュプラザの吹き抜け部分に設営し、その後鹿児島の蒲生町まで旅し、青森ねぶた「天神・菅原道真」の廃材の旅、青森ー鹿児島は完結した。 しかし、龍はまだまだ暴れ続けている。今回は木材の龍と針金の龍2体を絡ませて制作してみた。 それぞれの龍が巴状に絡み合う様子。2者の異なる種類で同類の形態のものが円環状に繋がる… この巴の状態が何を表しているのかはわからないが、必然的にできてしまった形 数十万個のLEDライトがアニメキャラクターとか星だとか、ハートだとか…いわゆる一般的な明るい記号を浮かび上がらせている会場の光のイベントの会場。その片隅で、ここだけ地味に薄暗い光が針金を照らしている。 設営を終えて夕暮れになり、蛍光灯の白い光を当ててみると、昼間は見えなかった針金の線がきれいに浮かび上がり何とも言えない雰囲気を醸し出している。 明治大理石との3年間の僕の仕事は今年で終わりにさせてもらうが…ただ均質のLEDの装飾としてのイルミネーションのイベントとしてではなく、様々な新しい光の在り方について試行錯誤する実験場としての「光のルネッサンス」となるといいのになと思う。 さて、この龍の旅は少しづつ形を変えながらもまだまだ続きます。次はどこに登場するのか… 先週から4回連続で始まったアサヒアートフェスティバルのAAF School
これまでの活動記録をアーカイブし、なおかつ書籍としt出版するためのプロセスをスクールという形で一般参加者に開いている。 先週に引き続きその2回目のスクール今日はメセナ協議会の事務局長に就任したばかりの荻原さんをゲストに招いてのAAFのポジショニングを考えるレクチャーとディスカッション。 参加者には謎の言葉が飛び交いすぎて…分からなかったことも多かったかなと反省しつつも、…それにも増して興味深い話題が多かった。 何かを認識しようとすると、それぞれの立場でいろいろなズレが生じているのもまた興味深い。 アートマネジメントという言葉…つまり概念が登場したのが1990年ごろからだとか。ボランティア、NPO、コラボレーション、ワークショップ、CSR、アートプロジェクト等々以前なかった言葉がこの20年間の間にその時々発生し…つまり概念が生まれ、ひとの行動が、活動が生まれてきた歴史を見ていった。 それまでなかった意識が言語化されることで新しい活動が生まれる。 その連鎖が次の活動を産み出すんだなぁ。 この二日間、建築家の遠藤秀平との連続トーク。
昨日は大阪中之島のデザインミュージアム de sign deで開催されている関西の6人の建築家(KANSAI 6)によるオノマトペ(擬態・擬音語)がテーマの展覧会に関連した連続トークでの対談。そして今日は宝塚の東公民館で開催された宝塚地熱シンポジウムでのゲストとして… 青森の弘前大学から来ていた地熱発電の研究者の村岡洋文さんの発表もよかったし、本人もまたとても魅力的でよかったし、…そもそも地熱発電についてなぜだかあまりにも知らなかった。 温泉地だけの発電の話だと思っていたが、そうではなく、全国各地どこでも可能性のある話だ。 それほど難しい話ではないのに今まで知らされていなかった…ということはこれは明らかにメディア戦略によって知らされないようにしてきた意図が働いていたとしか思えない。 だんだか将来が明るくなってきた。 さらに久しぶりにお会いした畑祥雄さんの活動がまたよかった。遠野市でのデジタルアーカイブの活動も興味深いが駅前商業施設跡地利用の市民水栽培農園の活動…これは相当可能性のがある。 そして神戸大学の遠藤さんの学生の地熱発電所×コミュニティスペース×地下シェルター×地下野菜菜園×温水プールのアイデアもまたよかった。 地熱発電と足湯と建物内の市民農園という掛け合わせにはとても可能性を感じる。 しかし、何故いままで知らなかったのかなぁ…。 ちゃんと活動している人はちゃんと活動してるんだなぁ。 …駅前やさい部と…地熱と足湯部…とか。 その部室とか。 皆さんのまちにもどうですか? 随分以前から…KOSUGE1-16とコフジビルという活動をやっていた頃だから2005年ぐらいからだと思うが…地域での面白い活動は「部活化」した方がいいと話していた。
地域に部活的活動を作ってゆく活動。 それと並行し、近年仕組みづくり×拠点づくりを心掛けて、桜島とか北本とか此花とかいわきとか筑前深江とか鹿児島イイテラスだとか…いろいろ試行錯誤をしてきた。 先日の中村政人との対談で確信したことだが、結局学生時代からずっと自分達の活動を作りだす拠点づくり…「つくるところ」を作り続けてきたんだと再認識。つくるところを維持するためにカフェにしてみたり、共同スタジオにしてみたり。活動の拠点を持続する為に、運営資金を捻出するためにいろいろなプロジェクトを仕掛けてみたり…ありえない契約書を作って物件を借りたり…。とにかく自分たちが一番活動しやすい空間を手に入れ、それに手を入れることをしてきた。 最近盛んになったFacebookに出身大学、京都市立芸術大学の宴会部というのが立ち上がり、そこに掲載されていた大学の部室の写真を見て…昔の記憶がよみがえってきた。 そうなんだ。部室がすべての始まりだった。高校の時の美術部の部室。そこに小山田徹がやってきて何かが動き始めた。高校時代に通っていた研究所というよりは明らかに部室だった共同アトリエ、大学時代の演劇部の部室ではアパートを追い出された半年間、大学に隠れて暮らしていた…。 部室は活動を行うところではなく、活動の控室のようなところ。テーブルがあり、打ち合わせができて、着替えをしたり、倉庫になっていたり…関係ないものも蓄積されて…まさにたまり場になっていて、逃げ場になっていた。ちなみに活動は別のところで行う。演劇部は舞台で発表し、スポーツ関係はグランドや体育館で…軽音部とかは練習室ではあるが活動はライブハウスとかホールで行う。…というところが重要。大学とか企業の中に部室があるように地域にも…地域活動として興味深いクラブ活動に「部室」が必要なのではないかと漠然と考えていた。 それと並行して…各地のアートセンターにありがちな施設に感じる居心地の悪さ。ここから本当に何がが生まれるのか…と疑問に思う窮屈な管理体制。としまアートステーションの抱える問題もそのへんにあるのかな〜。 先日「水と土の芸術祭」の下見にゆき、新潟の街を歩いていると、いたるところに目につく空き店舗や空き物件。それらが部室に見えて仕方なかった。 そうか。部室だったんだ。 そこでいろいろ考えた結果…部室ビルダー「かえるぐみ」というネットワーク型のチームをつくるのはどうだろうかと考えた。そこで街に部活を組み込みシステムを考え、街に影響力のある面白くて深くて楽しい部活動と出会い、空き店舗や空き家をいろいろな部室化するノウハウを蓄積した研究会的全国ネットワーク型のチーム…それが「かえるぐみ」 かえるぐみ…というネーミングがあまりにも建築家の「みかんぐみ」に類似しているので曽我部さんに連絡して一応承認をもらった。たぶん必要ないと思ったけど、なんとなく「みかんぐみ」が承認している「かえるぐみ」がいいと思った。 これで、来年は「かえる三部作」となる。新潟での「かえるぐみ」とオーストラリアのメルボルンでの「Kaeru Party」そして、アーツちよだ3331での「カエルメッセ!」なんだかもうほとんどやけくそ。 「かえるぐみ」を動かすためにとりあえず部活動も必要となる。 先日氷見にできた「Live×ing部」前橋でできた「コトノバラボ」「マテリアル部」ついでに「損害賠償請求預金研究会」… 部室は部活動の内容が地域社会にじわっとにじみ出てくるような縁側のある空間をしていなければならない。 部活動には顧問の先生がいたように、町内の人、地域の人が必ず顧問を置かなければならない。 様々な部室や部活のテクニックが見えてくる… この活動、10年ぐらい続きそうだな…。 新潟で「部室ビルダー かえるぐみ」始動します。 企画書書かなければ…あ、北九州も部活関係で行きましょうか…。 多くの人がそうであるように、この数か月ずっとモヤモヤし続けている。
特にいろいろ抱えてモヤモヤしている人との対話を重ねているとさらにモヤモヤは累積する。 この累積をどうにかできないかと考えてきたが…一番のモヤモヤの原因はこのモヤモヤをアートでどうにかしようというどうにも違和感ある方向性。確かにモヤモヤは活動の種だと思っているし、そこから何か凄い表現が生まれてくる期待感が大きい…しかし、放射能被害に対してアートも糞もないだろうと内心つぶやき続けてきた。 はっきり言って被害を被ったと自覚した段階で「闘い」だろうと。 いや、事故が発生した段階から闘いは始まっている。 しかし…モヤモヤの問題は被害を被ったという意識が拡散されていることにもある。 意識のどこかで損害賠償請求したいと思っている人は多いが、問題はその対象…請求するべき相手にあるのだなと気づいた。 ちなみに一番精神的負担を抱え損害賠償請求をしなければならないのは当の電力会社の社員や従業員を含め原子力発電所の事故現場に近い人に違いない。そして、一番の受益者はその現場からシステムの上でも遠くに身を置いていながら多くの利益を手にしている人… 累積すると精神的被害も含め当事者たちは相当な額の請求ができるだろうがその分給料をもらっているので相殺される金額も多い。問題はその差額がどうなのか…だと思う。とりあえず損害賠償請求額を計上するアプリケーションをプログラムするプロジェクトを提案したい。 避難にかかった移動費、経費、その後の日常の飲食費、水代・食費、医療費、通院費、通常仕事をしていたら当然入るだろう収入、現実の放射能汚染被害による物損。除去作業の金額や危険作業費、そして精神的負担の慰謝料等々…。 それは過去に遡るだけではなく、今後将来にわたりずっと加算されて計算されるべきものなのだろう。それをだれもが簡単にタッチパネルで入力できるアプリをつくるのだどうだろう。 そしてそれぞれアップロードするとネットワーク上で累積計算され、地域別とかで現在の、あるいは数年後の請求されるべき損賠賠償額が見えるシステムの構築が必要だと思う。 それを貯金感覚で累積し、将来必ずもらえる貯金として蓄積してゆき、累積金額が一目瞭然に見えるアプリケーション。 もしかするとそれは世代を超えて貯蓄し続けることになるのかも。 問題はそれをどこに請求するのか…だと思う。 それをとりあえず、「放射能汚染を引き起こしてしまった精神」に対して請求するのはどうだろうかと考えてみた。僕の中にも無自覚に…、原子力発電所周辺の住民は特に、それを認めていた精神がある。そして多少の利益を受けてきた。 損害賠償請求額の累積からその精神の量に応じて相殺される部分もあってしかるべきだと思う。 原子力発電所建設に反対運動を続けてきた人ならともかく、ずっと無口に無関心を装い無視することで放射能汚染を結果的に認めてしまった精神も含めて損害賠償請求を受ける必要がある。あるいはそれを認め推進してきた知事や市長や議員、あるいは政党を当選させてきた責任もマイナス部分として累積すべきだと思う。 その算出もまたアプリケーションでしっかりフォローする必要がある。 問題はその差額が将来的にいくらになるのか…だと思う。 いつでも金額入りの損害倍所請求書のフォーマットを多くの被害者が持つことのできるとても便利なアプリケーションを作るプロジェクトはどうだろう?法律家や専門家の知恵を借りて東京電力が配布している書類や、これまでの損害賠償額の事例や過去のあらゆる慰謝料請求の事例に基づいた現実に即したアプリケーションの開発はこのモヤモヤを少しは解消してくれるんじゃないかな。 特に現場で放射能汚染にどのような態度をとっていいかわからずモヤモヤしている人はとにかく一度計算してみて、将来登場して来る「受益者」に請求する用意をするのがいいんじゃないかな。 損害ではなく将来絶対とりもどす「貯蓄」として。 …などと…最近いろいろな人に話を詩ながら意見を聞いています。 とはいえ…問題は放射能汚染を除去することなのでしょうが…数世代抱えなければいけないんですよね。地球全体で…。 …てなことをいわき湯本でもお話ししてしまいました。 こんなのいかがでしょうか? アサヒアートフェスティバル AAF なんだかんだと関わることになりぼちぼち10年。アサヒビールの加藤さんと最初にお会いしたのが1993年だったからもうすぐ20年。
20年前ということは今の僕よりも若かった加藤さんとお会いしてたということか。10年たったということは…じゃあ、当時いろいろ一緒に動いていた10歳上の世代の人達の当時の年齢に今の自分がなったということ。 みんな偉かったような気がしていたが、今の僕は全然えらくないなぁ。 10年前だとまだブログサイトがなかったし、ウェブサイトをつくるのがやっとで、掲示板が登場していた頃。ISDNからADSLに変わったころか。そのまえの10年になるとインターネットはなくパソコン通信時代だった…いづれにしてもPCの利用やアプリケーションの普及やOSという概念の浸透や…映像機器の普及も含めて一般の人が表現したりメディアを作ったりできる技術革新と地域系アートプロジェクトの発達の関係は無視できない。今回のスクールはウェブサイトでアーカイブを制作している専門の入江さんと最近いろいろな美術カタログや美術本を出版している編集の影山さんと二人を講師に招いてアーカイブと出版の視点の違いについて講義してもらう。 出版だけで記録集を作っても魅情報だけが多くなり魅力がなく売れる本は難しい。しかも配布が出版部数しか配布できないし、高額になってしまうので手に取って買ってもらうという高いハードルがある。 一方、ウェブサイトでのアーカイブは大量のデータを扱えだれでもアクセスできるし、時代を超えて長期にわたり保存したり情報の追加もできるが、アクセスを促すために管理運営する視点も大切になる。 この2者の関係をちゃんと捉えてしっかりしたアーカイブを作ろうとするプロセスを今回スクールという形で公開することにした。 しかし入江さんが作ってきたウェブサイトの代表作、ネットTAMは凄すぎる。95年から2005年ぐらいまで全国で行われていたトヨタアートマネジメント講座のアーカイブをしっかり作りながら、ちゃんと今も多くの人に使われている財産のようなサイトになっている。 このような人と仕事できることが幸せ。 椹木野衣と熊倉純子と林僚児、それに僕というなんとも不思議な…おそらくもう2度とありえないメンバーでのプレゼンテーションをいわき湯本温泉のすみれ館という温泉宿で車座になり開催。
三函座という劇場跡のすぐ近くのホテル。 急遽一か月ぐらい前に連絡をもらい開催することになった。しかし、放射能とアートとはなんとも難しい問題。放射能や放射性物質はいしれないが、実際に将来的にずっと抱えなければならない問題でもある。 全く無視して復興、再建できるものならそのほうがいいが、当分…おそらく世代を越えて抱えてゆかなくてはならない問題でもある。 そこにどのようなアプローチができるのか…。 僕なりに考えた結果二つの活動のイメージサンプルを提案してみた。 ・・・・ 前橋で出会ってしまった志を同じくするプロフェッショナルの中間廃棄物処理事業者のナカダイが、最近「西麻布工場」とか「京都工場」とかまさにアートなプロジェクトを展開していてわくわくする。
大阪からいわきに移動する途中、ちょうど京都工場を期間限定でオープンしているという情報を得たので立ち寄ってみた。 立ち寄ったとはいえ…京都でも北白川の京都造形大学の学内でのプロジェクトだったので随分遠かった。京都造形大学は随分前に一度だけレクチャーで訪ねたことがあるが、あまり縁のないところ。 行ってみると、いや、ナカダイ頑張っていました。 ナカダイマテリアルでいろいろなデザイナーやアーティストが制作した作品と、数十種類の分別された素材が陳列され、素材ごとに重さの量り売りで販売されている。 素晴らしい。実は…ナカダイとは是非一緒に仕事をさせてもらいたい思っている。 できるならば前橋の美術館の関係で仕事したいし、いつか体験入社させてもらいたいいろいろ学ばせてもらいたいと思っている。 それらもろもろの旨をお願いしつつ、この廃棄物からうまれてきたマテリアル販売促進の活動の全国展開を是非手伝いたいと思っている。 今回は京都造形大学が招聘して行われたプロジェクトでしたが、どこか、是非建築系、あるいはプロダクト系の学生の多いところや美術館やアートセンターの企画で全国展開できないものか…と。僕は分別系並んでいる系のフェチだが、素材に魅かれる系の人も多いし、見たことのない素材はイメージを刺激し、制作意欲を導く。 新潟の部活に「マテリアル部」つくってアートプロジェクトの現場で素材提供を行うシクミとかできないものかな。全国のレジデンス施設にも欲しいな。 ナカダイ〇〇工場もよろしく。興味のある方は連絡ください。 本当に素材は感性を刺激します。 ちなみにこれらの素材は一般販売されていないものばかりだし…時代の鏡のようなもの… つまり「旬」のあるマテリアルなんですよ…って廃棄物素材について語りだしたらきりがない。 震災後の地域社会とアーツがどのように関係してきたか…というような感じのテーマの国際シンポジウムが大阪の国際交流会館で開催される。
大阪市立大学の中川先生が仕掛けてアジア各地から研究者や実践者をまねいてのシンポジウムと岩手の海岸部で行われていた鵜鳥神楽の大阪公演。 神楽が地域で行われなくなった意味…地域の楽しみが失われ、地域の古くからの活動が失われ…それを繋ぎなおす活動…必要とされる活動はなんだろう?神楽を普通に公演することで苦痛を感じる人がいるかもしれないという…そんな苦痛を抱えての大阪での公演。公演自体は解放されていたが…これを大阪でやるという意味についてもまた苦しそうだった。 とにかくまだまだ苦しいなぁ。 東京都が行っている「Future Sketch Book」というプロジェクト。
東京都の文化発信事業プロジェクトの広報活動を電通に相談したところからはじまったプロジェクトだとか。漫画家とかデザイナーとかアーティストとかのファシリテーションで参加者が大きなスケッチブックに将来のイメージを様々な形で描いてゆくというプロジェクト。 その最終回、日比野克彦と中村政人がファシリテーターを行うワークショップがアーツ千代田3331で開催される予定だった。 ころが急遽、中村政人の体調がわるくなり…僕がたまたまアーツ千代田3331の裏口にある空きテナントでトイザウルスの修理作業をしていたために…ピンチヒッター参加。前回やはり日比野さんと行ったが、その時は気仙沼の小学校での実施で体調が子どもだったので随分と様子が違う。 とても意識の高い大人と未来について語る緩やかな時間。 だって普段「未来について語る」ことなんてめったにない。しかも全く出会う人達と未来について語りあう時間。これが意外と面白かった。 宇宙開発事業団(もっと長い名前だったけど)の人が大勢参加していたこともあり、イメージは宇宙へと向かう。 その前日、3331での藤原新也の展覧会の最終日のパフォーマンスを目にしたばかりだった。 そのトークの中で「月光浴」という言葉を考えた時の話をしていて、月光浴のイメージが強く残っていたところ。 月の光を浴びる時間…去年、豊島の藤島八十郎の家で夜中にひとり浴びた。福岡の自宅の近くの海岸である時期、家に帰る前に月光浴をしていた。 …そういえば、豊島で月に語りかける映像、一人で夜中に撮ったなぁ。 驚いたことに、月光浴という言葉は藤原新也が考えた言葉なのだとか。で、宇宙開発事業団に勤めている人から飛び出した「月は行くべきところなのか?」の話。 人類が月に行った瞬間の感動をひきずりながら育ってきた世代だけに、改めて気づかされた疑問。 そうか。まずちゃんと眺めて思いを馳せる。そんな存在であることが大切なんだろうなそこに山があるから登るうちはいいが、山を観光対象化して何か利益を得ようとしたり、山の資源をむさぼるように暮らし始めるとなんだか苦しい時間が生まれるばかり。山はすでに水や空気や多くのものを与えているわけだからそれをただありがたく思って暮らすように… 月もまた引力や光や影やいろいろなものを与えられているんだ考え、未来の月との関係を考えるとなんだかもっと豊かになったような気がした。 それもこれも、前提の問題…という話にもなった。 現在前提となっている当たり前のように思っているあらゆることが実は前提でもなんでもなく勘違いなんじゃないかな…ということ。地域の未来を考える部活「未来部」もいいね。 そうそう。部活の話…ちゃんとせねば。 前橋の中心市街地に美術館ができる動きに伴って街と繋がるしくみを考え、実験してみるワークショップを開催。
前回7月に3日連続で開催し、今回3日連続で開催して一応このプログラムは終了。しかし、このプログラムを実際に美術館が開館する動きにどのようにシンクロし、参加者たちがどのような活動へと展開してゆくのか、そのあたりが一番興味深いところ。 それにしても前回のスクール以来、参加者同士いろいろな現場ですでに活動を展開している様子。新たなユニットもできていたり、確実に活動が加速している。 今回は参加者のアイデアの中から街にある「いい面構え」をした建物を見つけ出し、それに名前をや人格などを妄想し、いろいろな物語を考えるというプログラムを実験的に行うことになった。 街にはおもしろい表情があふれている。それに視線を注ぎ、繋がりを作り出し、活動が連鎖する。とても面白い試み。 さらにそこからその素材をもとにして街の面白いところを紹介するマップ作りや街を利用したゲーム、あるいは街ネタかるたの制作などいろいろな活動へと可能性が広がる。 常に活動が次の活動へ広がる可能性にあるかどうか…結果を想定してそれを求めていると終了するときがくるが、街を終了させてはいけない。街での活動は常に連鎖が連鎖を産み出すプログラムじゃなければならないのだとあらためて思う。 だから結果や最終的なビジョンなどが邪魔だと思うんですよね。次のベクトルへ向かってちゃんと動き出すこと以外に方法はあるのかな・・・。 ところで前橋にはかなり興味深いお店がたくさんある。そのなかでもダントツだったのが写真のすき焼きのお店。 最初の暗い3枚の写真はそのお店の天井と壁。常識を超えたメニューと価格と内装。内装も料理も店主一人の仕業なのだとか。見どころは分身の術。 僕の周辺に数多い懐具合と感性の持ち主には最高の楽園。是非一度体験してほしいお店。これまで行ったお店の三大珍しい店の一つであることは確か。 胃の弱い人にはつらいかも。 鉄骨をくみあげ、2階の床部分にコンクリートが敷きこまれる。
これって本当にコンクリートじゃなければいけないんだろうか…板張りじゃいけないのかな?という疑問もあるが… これに屋根がかぶさり壁ができる。窓とかドアとかカタログで選びたくないけど、なぜかカタログで選ぶ羽目に。 ほかの選択肢はないのかな。中古屋で選ぶとか。 そういえば、サンタフェには中古の扉とか窓枠を売っている相当大きな中古の建材屋があったな。 しかし、まるで海沿いの展望台のようなスタジオになるな。こんなところで仕事できるのかな。毎日海を眺めてぼーっとしたりして… ・・・っていうか、またどうせ家で制作する時間なんてなくて、ずっと現場を回ってるんだろうな。 そのうちここでもプロジェクトやりたいなー。 どなたかマネジメントできる人、一緒にゆっくり活動をつくってゆきましょう。 ワークショップや展覧会、あるいはプロジェクトで「プロセス優先か、それとも結果優先か」のような言葉を耳にすることが増えてきたように思う。
もちろん結果も大切だが、そこに至るプロセスが重要視されるようになってきた…ということ。今回蒲生で行ったワークショップも結果を想定せず、プロセスを作り出すワークショップ。 僕の仕事…いわゆるアートプロジェクトの現場でも最終的なイメージ…つまり、結果を予想できないものとして、その広がりや可能性を担保しながらそのプロセス、あるいは初動のベクトルを提案することに力を入れた提案が…決して一般的とは言えないものの…それなりに受け入れられてくる素地が見え始めている。 そのほうがいろいろな活動の連鎖が生まれ、関係者の予想を裏切るほど面白い結果が発生する可能性が高いのでは…という経験から導き出された手法のような気もする。ところが、このプロセス…つまり過程と結果という対立項目の設定自体に罠があることに気づいてきた。 過程と結果というと時間軸の問題に捉えられやすい。ところが視点を変えると…プロセス重視のプログラムは主体それぞれの自己の内発を促すことが問題視されているのに対して、結果重視・最終形態重視のプログラムは他者の視点を考慮した社会的な効果や訴求力が問題視されている…のではないかな…。つまり時間軸の問題ではなく、自己へのアプローチか他者へのアプローチかの問題…かな…と。 そこに先の時間軸が絡んで来るというのが自然なのかな…と。 つまり…時間軸でその向き合う視点が変化してゆくという感覚がプロセス→結果の間にはあるという感覚、結構重要なんじゃないか思うんだけど…そんなことって皆さんの常識なのかな?問題はその結果のイメージが内発を引きだすイメージとしてオープンにゆるやかに設定されていたらいいのかもしれないけれども、外発…つまり外から発せられたモチベーションとして束縛や重石になって参加者、あるいは当事者の主体的モチベーションの発生を抑圧するようなケースもあることに気づかってほしい。 地域系のアートプロジェクトが結果重視に向かうのもわかるが、それが故に外部からのモチベーションをてんこ盛りにすることで地域の主体、あるいは参加者の内発的モチベーションを阻害するプログラムの在り方はいかがなものかな…。すべてはバランスの問題…ということで。 ※写真は鹿児島県蒲生町で成長してきた蒲生どんと秋まつりのワンシーン。25年前に蒲生に太鼓の集団、蒲生太鼓坊主が発生し、紆余曲折あり韓国との交流が始まり、さらに紆余曲折あり毎年高校生の音楽を通した交流事業が定着し、韓国の伝統芸能を学ぶエリート高校生が蒲生町に来て地域の祭りとしていろいろな活動が連鎖していて素晴らしい。そのプロセスがいいがゆえに舞台のクオリティが感動するほど高くてびっくり。結果が素晴らしい理由にその過程の素晴らしさがある。しかもしれを地域住民はちゃんと知っていて皆が誇りを持っているがゆえに、新しい地域の祭りは盛り上がっていた。 飛龍の展示を行っている鹿児島県の蒲生町。
日本一大きな大楠がある街。その横にある蒲生交流館に飛龍を設置して一ヶ月近くが過ぎ、いよいよ撤収。 木材素材の方は最近蒲生町在住になったアーティスト永里関人君に素材を提供し、期間中、大楠の下に大蛇として設置し、その後また龍になり蒲生交流館に戻ってきた。なかなか動きがあり面白い振る舞いをしている龍。やはり僕にはできないな。 これでついに青森ねぶたの廃材は龍となり青森から鹿児島まで旅をした。 その素材を利用したワークショップを開催実はこの数年間、ワークショップというのは何かをつくることが目的の場だと勘違いされていることが多いことに違和感を持っている。 おそらく何かをつくるワークショップを依頼されたのだと思うが…ちゃんと作って欲しいからこそ、「つくることに騙されず」「なにかにしっかり向き合う」ことことから始まる…という僕なりの考え方から、作ろうとせずにいじるだけのワークショップを開催した。 もちろん作ってもいいがつくろうとしないことが重要。とはいえ、やはり多くの人は作ってしまう。いや、つくることが悪いのではない。いじっているうちに何かができてしまうことに出会うことが重要なのだと思う。 ワークショップの間、青森ねぶたから現在にいたるこの素材の歴史や僕の思い、あるいは物語を…参加者のだれも望んでいなかったかもしれないが…ただひたすらつらつらと語り続けた。 参加者は素材をいじって何かそれぞれ好きにいじっている横で僕が雑音のようにひたすらしゃべるというワークショップ。なかなかないだろうな。 さて、飛龍、年末には大阪の天神橋の下に再び登場する予定です。 それにしても蒲生の秋まつり、凄かったな。特に太鼓。何度も涙出た。 筑前深江海岸に制作中の制作スタジオ、うみかえるラボ(仮称)
宮城、新潟から家に帰ると…柱がついに立ち上がっている。こうやって立ち上がるとそれなりにいいなぁ。 一階は当分そのまま。海の家したい人募集。 2階はこれから屋根と外壁がついておしまい。中は何もない状態から…内壁もトイレの壁もない状態から…じっくり作ってゆくつもりだけど、時間がないな。お金がないな。 結局銀行からまだお金借りれていません。アーティストにはお金は貸さないのだそうです。知っているけど・・・。給料がないからなぁ。貧乏だしなぁ。作品売れないしなぁ。そもそも作品つくる暇ないしなぁ。もらう予算は全部移動代と宿泊費で飛んでしまうしなぁ。予算があれば全部使うしなぁ。 娘の大学受験は無理かなぁ。学費もないしなぁ。なんだか家の中に猫だけは増えているなぁ。…関係ないけど、エサ代かさむなぁ。 にもかかわらず、相変わらずギャラの少ないプロジェクトだけはたくさんあって…時間ないなー 給料欲しいなぁ。 来年の7月から12月まで新潟市で開催されるという「水と土の芸術祭」
それに出品することになり、始めての下見と打ち合わせに行ってきた。 せっかく行くのであれば、「誰と活動を作るのかを知りたい」と、一緒に活動をつくる可能性のある人…興味を持ってくれる人を集めてもらい、ディスカッションを行うことにしてもらった。 それが、予想を超えて…なかなか濃い内容の下見とディスカッションで…結局イメージがぶぶぶぶっわーっと流れ出てきた。 思いついたわけではなく…いままで溜まってきたものがぶぶぶぶぶっワーッと…ディスカッションの最中に流れ出てきた感じ。 まさに濁流が土砂崩れとともに…流れ出てくるかんじ…って、例えが悪いね。 参加者は20名程度だったけど、参加者の皆さんの言葉を聞きつつ、僕の考えをぶつけているうちに…珍しくそのまま話が展開してしまった。 内容は…たぶん、これまで30年近くずっとやってきた活動の基本を改めて再編集したかんじかな…。やってきたことは同じでも編集の仕方で随分と違うものになる…。 雑司が谷での活動の延長にある水の人がテーマのプロジェクトでもありながら、土の人とも絡む…泥沼状態を作り出す環境整備のプラン…って意味不明ですよね。水の話についてはちょうどAITの東京事典の中で話している藤浩志の動画があるのでそちらをチェックしてください。 学生時代からの「つくるところ」を作る活動であり、場づくりでもあり、活動を発生させる仕組みづくりでもあり、藤島八十郎の家のような空間を作る話のようでもあり… で、内容は…乞う御期待! アイデアもう少し寝かしてみよっと。 おおおお、楽しみだ! 宮城県えずこホールで開催しているワークショップ、「藤浩志とカンがえる。」の第三弾。
今回は沿岸部から離れ、2次避難所となった温泉街で活動をしていた女将たちの話を聞きつつ温泉でアーツキャンプ形式の合宿。 そのために大河原に到着すると、以前掃除プロジェクトをしたことがある駅前の佐藤屋さんがなんと公開されている。地元の有志でいろいろから借りてきた古美術、工芸品の展示会。 それにしても佐藤屋さんの土蔵も地震でやられていて痛々しい。左官研究会のメンバーを呼んできてワークショップを開催してどうにか土蔵の再生できないかな・・・。 とにかく災害後、せっかく生き残ってきた多くの地域財産の古民家がどんどん取り壊されている。それと同時にそこに収蔵されていた古文書とか工芸・美術品の類も、あるいは昔の生活用品の数々もまた廃棄処分されていっている。 それらも残したいし、それらに手を入れ、光をあてたいし…それにしても廃棄処分されつつある、いわゆる廃材…確保して素材にしたい。 崩れかけた土蔵の中を利用して、佐藤屋さんの厚意で食品の放射性物質の汚染量を測るサービスステーションができていた。自然農業系の有志が自分たちの野菜の安全を確かめるためにオープンしている測量サービスの場所なのだとか。 大切な活動…。 合宿の内容は…いつもに増して相当濃かったのだが…なかなかまた文章にならないなぁ…。 筑前深江海岸の海の家スタジオの鉄骨がいよいよ搬入されてきた。
今日これから仙台空港に向かい、宮城のえずこホールとの「カンがえる」ワークショップに向かうが、帰るころには組みあがっているのかな。 たちあがるところを観たいし、撮影もしたいが…なかなかできない。というか、この資材400万円分ぐらいだと思うがやっぱり高い。 どこかで解体された鉄材って使えないのかな? それにしてもいよいよ風景が変わる。いまの家の窓から眺めることのできる海が見えなくなるな。 そのぶん、手前に移動すると相当眺めはいいだろうな。 年末までには形になるのかな。…ああ、支払いが…。 いわきアリオスでモヤモヤ会議 3回目。
前回まではいろいろテーマを決めてワールドカフェ形式のワークショップだったが、今回は以前のplants!方式。アリオスは再オープンして、随分とにぎわっているイメージ。 モヤモヤ会議も3回目に入り、かなり具体的な話になってきた。気になった発表は沿岸部で建築保存の運動に奔走する豊田設計事務所の豊田さんの活動、中之作プロジェクトv 震災や津波でかろうじて生き残った民家が今回の復興名目でどんどん取り壊わされている現状にかなりモヤモヤしている。今回面白かったのは大阪からのゲスト上田假奈代さんのワークショップ。 詩のワークショップ・・・というと皆がひいてしまうが、大切な思いや記憶を描いてもらった絵に対して、第三者がヒヤリングしながら言葉を添えるというワークショップ。 これはなかなか面白かったし、とても大切な気がした。 このモヤモヤ会議ももうそろそろ次の展開を作らなければならないなぁ… 大阪の高槻市って、いつも電車で通り過ぎているんだけど、降りて廻ったことがなかった。
随分前に京都市内のホテルが満室でどうにも宿泊できず、高槻の京都ホテルに泊まったことがある。 その時も駅からホテル直行で、ホテルから駅直行。温泉出たんですね。おめでとう。 地域としてそれほど魅力あるところだとは知らなかった。実は高槻はあなどれない。 住環境としては文句ないし、京都や大阪へのアクセスはいいし、空港や新幹線へのアクセスも比較的近いし… 高槻のまちなかでアートプロジェクトを始めた人の関係でレクチャーすることになり、今回呼ばれて…何を話していいのやら…と探るために高槻市内を巡ることになった。 それにしても…やはり大阪だけあって通りに面した植栽…植木テクニックはすごい。此花や西成と違い、ちゃんと敷地内に収まっているのが高槻風! さらに…たまたま安冨歩さんから高槻に住んでいるということで連絡をいただき、安冨さんの車でいろいろ案内してもらうことになった。 安冨さんのパートナーが高槻生まれの高槻育ちということで、高槻には詳しく、高槻で暮らす住民の視点で案内してもうことができた。 その視点で見ると高槻の魅力はやはりその歴史の深さにある。日本海から京都経由の人やモノの流れの拠点として…大阪に向けて広がる低湿地帯として… いろいろな人が経由し、滞在し、様々な痕跡を残し、あるいは定着し… 遺伝子的にも開かれた性質なのだろうか・・・?高槻市役所の最上階からの眺めは格別。この地域の地形的な特徴がよく見える。 しかし、最上階なのにこの鉄骨…さらにこの上は一度も利用したことがない…(とのうわさの)ヘリポートだとか。 相当重たいものが乗っても平気なように作られている。もったいない。こんなに重量かかるんだっけ? 高槻にはお城もあったのだとか。なかなか味のあるお城の絵を発見。 そして、駅からすぐにある京都大学の農場の築80年といわれる洋館を案内してもらう。 時代も地域も飛び越えてしまうほどの雰囲気を醸し出した建物がそこにある。 いやー、いいな。よく生き残ったものだと思う。こういう場所とちゃんと触れることができるようなプロジェクトだといいんだけど…。 こんごの高槻に注目ですね。それはそうと…高槻で出会った納豆系のアーティスト。 気になりますね。活動の立ち位置がいいなぁ。 此花メヂア、去年から大川君たちが管理運営していて、一応僕のバードロッジとして一部屋確保してあるものの、この一年間まったく利用していない。
しかし、そのぶん、いろいろなアーティストが活動の拠点として利用し続けている。 活動が連鎖してゆくことはとてもいいし、ぼくが不在であることにそれなりの意味があるようにも思える。そういえば、東京芸大の中山さんが藤浩志不在の研究をしているのだとか…いったいどうすればどうなるのか教えてほしい。 で、ちょうど此花メヂアを一般公開しているというので訪ねてみることに。 その現場のすぐ近くに知りあいの若手建築家が去年事務所を開いたのでそこを訪ねてみると…ちょうどミーティング中! 実は一昨年前、その事務所の隣にある川沿いのとても気になる物件を借りようとしてた。 結局家賃交渉で一瞬踏みとどまり、その後瀬戸内の藤島八十郎の活動がはじまったので、そのまま保留されていた物件… そこを此花で活動するアーティストグループが新しい活動の拠点として再生する可能性があるとか。 そんなミーティングの現場に立ち会ってしまい、なんともドキドキする。なんにせよ、いろいろな活動がはじまっている。これがここからどうなるのかな…。 今の段階での僕の仕事は終わったのかもしれないが…次の段階に行きたいな…シェアオフィスとかシェアアトリエとかシェアハウスのOSを組み込む建築物の提案…此花アーツファームの本題に入るのだが…さて、動くかな? 大川君。
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