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今日はスタジオでの作業の後、自宅の事務所で雑用・・・2番目の娘が高校入試なので、自宅で付き合いつつ・・・。
最近、iphoneから直接このブログに写真をアップロードすることが増えた。これまではカメラを持ち歩き、それで撮影してPCに取り込み、リサイズしてアップロードという手順だったが・・・ 以前も携帯で撮影してアップロードすることもあったが、データ通信料が馬鹿にならず、写真の画質にも問題があったので、なるべく避けていた。 しかし、iphoneにかえてから、固定のデータ通信料金ということに気づいて・・・どれだけアップロードしても結局無料・・・正確には固定で払っているのだが・・・ で、さらにカメラのアプリケーションでいろいろ面白いものがあるのでちょこちょことダウンロードして試しに使ってみる。 昔はカメラをいじって遊ぶというと相当な金額が必要だったが、このあたりのこと、画像処理も含めて、本当におもちゃ感覚になったな・・・。 逆に・・・表現が安易なシステムに取り込まれて浅くなってゆく感覚。 iPhoneから送信 随分長い間、地元紙をとっていたが、長い出張から帰ると、誰も読んでいない新聞が山積みされている。それストレスだった。 特に無駄な広告の束。明らかに無駄な消費のような気がして数年前に思い切って解約した。 ネットで必要な情報が入手できるので新聞はいらないと思って見たが、朝、自宅で新聞を開き過ごし、家族で話題を共有し、なんだかんだと世間話をする豊な時間がなくなったようで、なんとなく寂しい。 出張中にキオスクで見つけて以来、安いという理由で買い始めたのがこの産業経済新聞社のsankei express・EXという雑誌感覚の新聞。 これがかなり読みやすいので、これならば子ども達も使うのではないかと定期購読することにした。 1部100円で首都圏と関西圏の定期購読だと一ヶ月2100円で安いのだが、九州だと郵送費がかかるとのこと。しかしプラス900円の郵送料で東京から30日間、毎日送ってきてくれるのだと思うと割安感がある。 申し込もうと電話してみたが、なぜだか産経新聞内の連携ができていないと見えて、申し込みフリーダイヤルで2回断られた。(どうにかしてほしいな・・・) しかし、本社編集部に直接連絡すると快く送ってくれるとのこと。 今年に入ってから、毎日、前日の新聞が届くようになって、家族全員、このEXにはまってしまった。 写真がとてもよく、感覚的な編集・デザインで、記事が読み物として面白い。アート・デザイン関係の記事のバランスもいいし、妻や中高生が読み込んでしまう話題が豊富。 しかもストレスの種の折り込み広告がない。 とくに・・・「ひなちゃんの日常」は家族の栄養剤になっている。 この手の新聞だけが生き残るのかな・・・。 各社、しがらみから逃れてがんばって欲しいな・・・。 糸島のRSスタジオで制作作業
3月からいろいろな現場が動き始めると、こうやって使い慣れた自分のスタジオで制作する時間がなくなる。それを思うと、とても大切な時間。 スタジオで待っている膨大な量のかえっこのおもちゃの破片を整理し、スティックにひたすら繋いでゆく。 今日はサファリ系の動物系おもちゃを繋げる。 同時進行でトイザウルス第4弾 だんだんとコツがつかめてきた。分類されたおもちゃの破片を竹のフレームに繋いでゆく。 ひたすら繋ぐ。つなぐ。 たまに懐かしかったり、心くすぐられたりするおもちゃの破片に遭遇して、それをどのように活かしてやるかを考える。 それが心地いい。 単純作業にはまればはまるほど、頭の中はフル回転して、まったく無関係ないろいろなことをイメージしている自分に気づく。 その状態がまた心地いい。 Tags:ポリプラ
千代田区の秋葉原にできるアートセンター、3331アーツ千代田のプレオープンまであと1ヶ月半。
入居団体や関係アーティストが集まって記者発表を兼ねたプレゼンテーションのショー。300人の来場者で会場は熱気。 何かを作り出そうとする人たちがいろいろなジャンルから集まってのプレゼンテーションだけあってものすごくいい現場。 新しいアートシーンの発生の現場に立ち会えてありがたい。 久しぶりの期待感が充満している濃厚な現場 これは相当凄いところになりそう。 ニコニコ動画で現場中継を行っていて、しかもそれを会場で実況していて・・・面白かったなー。 いつもの散歩の場所。今日は天気がよく、蒸気も少ない為か雲ひとつなく、遠くまで見渡せる。 天気のいいときは壱岐の島や対馬まで見えると聞いていたが、なるほど、今日は本当に近くに見える。 サハラ砂漠の空とか、アリゾナの空がこんなかんじだったな・・・。 心に沁みる。 秋葉原のアートセンターでの展示と六本木アートナイトに向けて、日々作品の準備。今日完成したのは、ライダー系のかえっこおもちゃ破片でできた「Rider Tower」 これも去年、一度制作して完成したものだが、一度も発表されることなくスタジオで眠っていた。 運搬するにはかなり無理のある作り方をしていたので、展示用にもう一度制作しなおす。 ウルトラ系といい、レンジャー系といい、かえっこに多く出店され、人気の高いものだが、それでも相当量のこれ系の人形が出回っているのだろう。どうしてもたくさん余ってしまう。 特に僕のところにたまるのもは、散々遊び倒して、戦い抜いて体が傷だらけの・・・つまり塗装がはげたり擦れたりした人形。片足、片手系、マスクがないもの、曲がったもの、汚れたもの・・・ とはいえ、こうやってまとめてみると・・・ありがたい・・・。 しかし、これらの素材、30年後、どうなっているのだろう・・・。 ひとつひとつの素材をひたすら繋げて行く作業。おもちゃの破片をひとつひとつワイヤーで繋いでゆく作業・・・ この作業を繰り返していていつも思うのだが・・・ 織の作業に似ている。 一本一本の糸を重ねて、柄を織り上げてゆくかなり根気のいる作業。 そういえば・・・知らない人も多いかもしれないが・・・大学は一応染織科で大学を卒業し、大学院も染織で修士課程を終えた。 たまたま経歴上、美術研究科での修士課程となっているので、染織を専攻していた6年間の経歴が表に出ることが少ないが、確かに大学時代は染織の研究室に属していた。 実際にはろうけつ染めの作家教授のところにいて、大学院に入るなりろうけつ染めからのりの筒描きという技法にシフトしたので織の作業を行っていたわけではないが・・・。 しかし、子どもの頃、隣に暮らしていた祖母が大島紬を織っているのを毎日のように眺めていて、一本一本の糸を丁寧に重ねて図柄を織り上げる姿を尊敬していたし、僕の初期美術体験は確かに織りだった。 タチ(性質)として、重ねる作業よりは、広げる作業。積層よりもは拡散。ぺたぺたよりはサラサラ。油系よりは水系。感覚よりは認識。色や形よりは意志や方向性。彫刻よりは彫塑・・・を好むので、微妙に苦手な面もある。 しかし、なんだか・・・作業に没頭していると時間が飛んでゆく。 ・・・今日も気がつくと・・・辺りが暗くなっていた。 この時間をもっとたくさん過ごしたい。 しかし、現実は・・・なかなかできないな・・・。 今年もまた僕が暮らす集落(福岡県糸島市二丈深江)での奇祭、百手(ももて)まつりがとりおこなわれる。まつりといっても、祭りというよりは奉り事。 豊作を祈願して行われる古くから伝わる風習だとか。 こんなてんこもりのご飯をどんぶりで3杯半食べなければならないというどちらかというと個人的には憂鬱な祭り。去年、一昨年と当番にあたってしまって、準備が大変だったが、今年は参加する側だったので、気楽でよかった。 ももてまつりについて、詳しくは去年のブログをご覧ください。 ・・・もう食えん!・・・ 久しぶりの神戸。考えてみると神戸との縁も多チャンネルで深い。 2000年ぐらいから神戸大学での夏の集中講座を毎年持つようになったり、2002年だったか六甲山にある自然の家でのNature Arts Campのために2週間六甲山にこもったり・・・そういえば、そのときのサポートスタッフと今でも一緒にいろいろな現場で仕事をしているなぁ・・・六甲山牧場でのワークショップをしかける仕組みを模索してみたり・・・新開地楽座という地域活動のためのイメージリサーチのプログラムを数ヶ月間行ってみたり・・・新開地100年祭の飾りを湊川公園で大規模に行ってみたり・・・ そして2005年の阪神淡路大震災10年事業での神戸カエルキャラバンでの数千人規模のかえっこや市内数箇所のキャラバン・・・六甲駅前の防災公園での防災キャンプ・・・それが連鎖し、神戸にNPOプラスアーツを設立することになり・・・そこから神戸市内のいたるところにかえっこが拡がり・・・神戸のシルバーカレッジでかえっこ実務養成講座を開いてみたり・・・思わぬ協力隊との関係で兵庫JICAと繋がり、HAT神戸で防災系のイベントへと連鎖したり・・・。そこから世界各地での防災ワークショップに連鎖しそうですが・・・ その活動のどの現場でも、実は神戸芸術工科大学の学生とか、学生だった人たちと一緒に活動してきたし、今もその活動が続いている。・・・みんな大人になったけど・・・ 不思議な縁だなと思う。 今日の講義を聴いた学生とも、どこかの現場で一緒に動くことになるのかな・・・。 楽しみにしています。 神戸芸術工科大学での講義のために久しぶりに関西に入る。去年の夏、2ヶ月間ほど関わった大阪の中之島・・・ ここがまたかけがえのない大切な関係の場所が増えたな・・・と実感する。 ・・・当たり前の話だけど・・・ 深く関われば関わるほど記憶の中で大切な場所として編集され、それが蓄積される。 その裏返しに自分自身の存在が大切なものとして意識的に保存される。 すべてが自分の意識の上で・・・記憶が編集されることによってつくられること。 ・・・なのだと思う。 千代田区にあたらしく登場するアートセンター「3331」
そのプレオープンの予定がだんだんと確定してきて、そのオープニングに向けて動きが活発になってきている。僕もぼやぼやしていられない。 オープニングの記念展に空間をもらえそうで、そのイメージを描いてみる。 アートセンターの入り口にはかえっこ屋が常設された「かえるステーション」もオープンし、2015年までの5年間、ここをステーションとしてかえっこ以降の「Toys Paradise」のプロジェクト拠点として付き合ってゆく覚悟。 その出発点のプレゼンテーションの空間として、これまでの活動が俯瞰できるような空間にしてみたい。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そういえば、1月30日にこの「3331」でプレゼンテーションのイベントがあるということで案内をもらい、「告知してね!」とのことなので以下に添付します。 僕も久しぶりにプレゼンテーションするんだなぁ。 ・・・・・・・・・・・・・・・ ========================================= 【 3331 Arts Chiyoda mail news 100118 】3331 Arts Chiyoda 開館直前プレゼンショー開催決定! ========================================= 3月14日プレオープンの大型アートセンター3331 Arts Chiyodaにて、 施設各階へ入居予定の団体やアーティストなどによるプレゼンショーを開催します! オープン準備中の3331 Arts Chiyodaは既に熱気に満ちています! 1月30日(土)はぜひ、秋葉原へお越し下さい! _____________________________ 〝3331 Arts Chiyoda 開館直前プレゼンショー〟 開催日:2010年1月30日(土) 開催時間:13:00~16:00(予定) 場所:3331 Arts Chiyoda 2階体育館 プレゼンテーター(現在の予定) ◎入居予定団体 アキバタマビ21(多摩美術大学) 株式会社トビムシ ストリートメディア株式会社 ゼロダテ アートセンター東京 谷門美術株式会社 東京アートポイント計画 g3/ (トリプルジー) バンビナート・プロモーション、他 ◎プレオープン企画参加団体 Dance Company Nomade~s ◎アーティスト 中ザワヒデキ(美術家) 八谷和彦(メディアアーティスト) 日比野克彦(アーティスト)/ビデオレター参加 藤浩志(美術家) ワン・ジュンジェ(アーティスト/台湾) *あいうえお順、敬称略 ____________________________ 〔申し込み方法〕 来場を希望される方は、 お名前とご職業(会社名)をご記入の上、 このメール pr@3331.jp までご返信ください。 *お申し込みは1月25日(月)頃までにご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。 _____________________________ 大阪の中之島での作業から4ヶ月経ち、ようやく次のザウルスをつくりはじめる。制作スタジオの横が竹林なので構造体となる竹材には不自由しない。 このサイズで5匹ぐらい誕生すると・・・なんだか面白い風景がつくれそうな気がする。 秋葉原とか六本木とか豊島とかいろいろなプロジェクトの現場を散歩できるといいな・・・。 とにかく・・・何かがおこりそうな可能性に対して開かれた行為だから没頭できるんだろうな・・・。 ・・・・ 思いのほかスティック系のピースが面白くなる可能性を感じてしまったので、ついつい・・・いろいろな植物の枝の曲線が気になる。「うみかえる」の庭に生い茂る雑木が気になり、桜の周りを整理することに。 面白い曲線の枝を切り出しつつ、枯れかけていた桜の老木の周りを整理する。 単に枝を切り落とすだけの作業ではなく、スティック系のための枝を想定しての切り落とし作業は・・・なんだか可能性に対して開かれている気がして心地いい。 最近、モノゴトに2つの方向性があることに気づき始めて・・・気になって仕方ない。 つまり・・・ 何らかの可能性に対して開く方向性にあるモノゴトと・・・、可能性に対して閉じる方向にあるモノゴト。 可能性に対して開く方向性にあることがらに接すると・・・意味なくても嬉しい。 あれがモンスタースチックだとすれば、 じゃあこれはレンジャースティックか・・・と連鎖を楽しむ。 ・・・・ 意味不明だが・・・なんだか凄そう。 ・・・・ かるく100レンジャーは超えているなー ・・・ こいつらがまちの隙間に潜入している・・・っていうのはどうでしょうか? この冬最大の寒波とかで、福岡でも積雪。 そんな中、スタジオでの作業。
例の松ノ木の枝を支持体として、かえっこで集まってしまったおもちゃ類の中からモンスター系のものを繋いでみる。ということで、モンスタースティックのできあがり!・・・?・・って、これなんだろう? 何?という疑問に対しては・・・「monster stick」という名称を与えることで、なんでもないものがある固有のものになる。・・・ということも興味深い。しかし、それは第一段階・・・名称を与えたからといって存在するかというとそうでもなく、・・・社会のどのシステムにどのように関係を持つかで、その存在が位置づけられる・・・というのが第2段階? 例えば・・演劇で使われる小道具になったり、こどもの遊びの道具になったり、地域の祭りの道具になったり・・・あるいは新興宗教の象徴になったり?・・・ それと並列に街でのアートプロジェクトというシステムがあるとして・・・、その街飾りのツールとして利用された瞬間に・・・それは存在しはじめ、新しい関係性をつくりだすことになる。(無視されることも多いが・・・)そこからが第3段階・・・ その存在が思いもよらぬ関係と展開をもたらし、そこからいろいろな意識や状態が流通し始める・・・場合もある・・・ そのあたりが一番興味深いところ。 こんなになんでもないものが・・・、もの凄くありえない連鎖を引き出したとしたら・・・ それはまさに、monster magic? あるいはart? Tags:アートプロジェクト
去年の今頃制作したUltra Tower(ウルトラタワー)が一年間、どこにも登場することなく前原のスタジオで眠っていて・・・、そのままひどい環境に放置していたら結構ひどい状態になっていたのでもう一度修復しつつ、再制作。
制作しながら自分自身、ずっと何をいじっているのかを考えていた。「なにをいじる性質(タチ)なのか?」という視点で作品や作家を見るとその作家の求めている方向性が見えてくるので興味深いということを最近ようやく認識する。 たとえば、絵描きと一言で言っても、何をいじっているのかで随分と違う。 絵の具をいじる性質、形をいじる性質、色をいじる性質、風景をいじる性質、湧き出る妄想をいじる性質、画面をいじる性質、絵画の文脈や美術史をいじる性質、あるいは絵画のシステムや権威をいじる性質・・・いろいろな性質の人がいるから興味深い。 しかし、絵画という文脈でひとつの地平にならんでいることに大きな違和感・・・ 建築家にもいろいろな性質がある。素材をいじる性質、図面をいじる性質、空間をいじる性質、歴史や文脈をいじる性質、人の行動や関係をいじる性質・・・時代とともに流行があったり、常に新しいいじりどころが登場したり・・・それぞれの性質については時代の中での流行り廃りはあっても、別に上下があるわけでもなく、・・・流通するかどうかはさておいて・・・性質なのだから仕方ない。 僕自身、最近になってようやく自分の中の性質が見えてきたような気がする。 常に「状態」をいじっているのではないか? 彫刻してみたり、空間を作ってみたり、まちを関わってみたり、いろいろなところでディスカッションしてみたり、絵を描いてみたり、廃墟を掃除してみたり、並べてみたり・・・ 結局、状態を過剰にいじることで・・・、ある特別な状態にすることに喜びを感じる性質なのでないだろうか? ・・・ということで、ウルトラとかモンスターとか・・・通常ではありえない状態にしている作業の結果・・・ 久しぶりに制作スタジオでの作業。スタジオで過ごす時間はとても貴重。 ・・・とはいえ、去年から掃除し切れていない部分を掃除しながらの作業。 掃除しても掃除しても掃除するところがなくなることはない。 人生の9割が掃除だなー。 壊れてしまったハッピーリングが数々あり、それを繋げ直して六本木とか秋葉原用に再編集してみる。 この犬の人形は首が取れやすくリングには向かない。 重ねてゆき接着すると強度が増す。 ライトを入れてみようかな・・・。 ライト用のバッテリーも準備したほうがいいのかな・・・。 結局、自分自身にこびりついてしまった常識とか、生き方のルールとか、活動のシステムのようなものが一番やっかいだ。それが意識されているものならいいが、無意識で、しかも無意味なルール・・・ 以前は何か起動するために必要だったので身に着けたシステムだが、それが結局自分自身の活動を阻害する場合もある。 たとえば・・・このブログを書き込まなければならない・・・というような・・・無意識のルール。 ブログについては2年ぐらい前から気づき、意識的に束縛されないようにしているが、今、問題になっているのは制作活動のルール。 制作活動や表現活動について、いろいろなことを語ってきたので、語れば語るほど・・・結局、自分の中でいろいろな束縛をつくっているようなもの。 自分の語ってきたことや意識を裏切り、「へ」と思い、そんなこととは関係なく、脊髄の後ろ側あたりに問いかけながら動くことが大切なんだろうな・・・。 「夢」というと一般的にはDreamの夢をイメージしがちだが、将来の夢というときの夢はむしろWish=意志に近い意味だと思っている。しかし、通常、その両者の違いをあまり認識せずに使われることが多いのでモヤモヤしてしまう。 例えば、夢を遠い将来のビジョンのようなものだとすると、意志は近い将来に対するベクトルのようなものなのではないか。 ベクトルとは方向性とその強さ。 ベクトルの先の将来のビジョンの類はぼかして見えない場合が多く、とにかく、今現在の地点での意志のありようが問題であり、それがとても大切だと思っている。 むしろ、将来どうなるかがわからないので興味深く、意味が深いことだと思っているが・・・、一般的には将来のビジョン・・・具体的な姿を思い描くことが大切だとされている。その常識が僕をモヤモヤさせる。 特に若者相手に「夢を持て! 夢はなんだ?」と自信満々に問いかける大人・・・。 「将来のことなんかわかるわけがない!」とひねくれてきた僕には意味不明の問いかけだった記憶がある。 遠い将来に目標を持ち、そこに向かうために盲目になることよりも、その次の瞬間にどのように動こうとするのかの意志と行動力、瞬発力、無意識に動いてしまう感性が大切なのではないかと感じてきた。 もちろん、一向に夢見て構わないし、夢やビジョンを持つことで何かが加速することは確かだが、ビジョンに囚われ、だまされ、大切なことを見失ってしまう場合がある・・・というのも事実・・・。 見えないものに向かう勇気を魅力的だと思ってしまうし、その先へ向かう強い意志の連続が結果の連続を連鎖させる現実のほうが興味深いので仕方ない。 無限に広がる未知の可能性に向かうことが可能だとすれば、つねに感覚を閉じずに現状と対話しながら、手探りで・・・見えない次の一歩を踏み出す意志こそが大切なのだと思う。 そのとき、遠い将来のDreamとかビジョンに類する夢が常識という壁になって阻害する場合もある。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 確実にいえることは・・・1年後の世界ですら誰も正確に予想することはできないのに、10年後の自分なんて予想することなんかできるわけがないということと・・・、明日の行動の連鎖が確実に一年後の周辺の状況を変化させているということ。 ・・・とにかく・・・一年がまたはじまる。 僕の今年の意志は・・・実は弱く、か細く・・・揺らいでいる。 ・・・そんな年があってもいいんじゃない? 来年は厳しい一年になるのだとか・・・運勢的には・・・。ということでローダウンにシフトチェンジして・・・ペースをつかみたいところだけど・・・。 でも相変わらず貧乏暇なしで忙しそう・・・。 かえるシステム記録集からはじまり、大阪の新世界、東京の秋葉原と六本木、そんで埼玉の北本・・・で、すぐに瀬戸内の豊島に手をいれはじめてカナダのトロント経由で瀬戸内海・・・そんで青森・・・そして大阪の此花と新世界・・・休みなさそう・・・。 写真は2009年最後の桜島・・・雪が積もっていました・・・。 うちの子どもが画用紙に落書きをして、その絵を周りの大人が好意でほめてくれる。「上手だね~」「うまいねー」とのほめ言葉。 ・・・ごく普通の光景だが、子どもとのワークショップで妙に気になる点と重なる。 子どもの行動をほめることはいいことだと思うが、ほめ方に微妙な違いがあり、・・・そこに一般的に認識されていない重要な問題があるような気がしてならない。 「うまいねー」とか「上手だね~。」とかの技術的側面をほめている言葉を仮に技術評価と名づけてみる。 それに対して、「いいねー」とか「すごいねー」とか「面白いねー」とかの、行為に対する感覚的側面に対する言葉を感覚評価と名づけてみた。(かなり乱暴だけど・・・) 感覚評価は子どもとの感情の連鎖を促し、感覚的に開放し、自由に導くような気がするのに対して、技術評価は「うまいことがいいんだ」「上手に描くとほめられる」という確信を与えてしまい、その連鎖の方向性を狭めてしまっているのではないかという危惧。 上手にふるまうことへ導く価値観と、感覚的に自由にふるまうことへ導く価値観はまったく相反するものでもある。 多くの大人がある時期に「「自由にふるまう感覚」を失い、「上手にふるまうこと」がよいことだと思い込み、常識に束縛され、・・・場合によっては、ある時点で、「技術的挫折」を体験する・・・。 日常の中での感性や情念から動ける活動力や行動力。発想力や想像力。ものごとを具体的に組み立てる力を身に着ける段階で、もちろん技術的側面は必要な場合もあるが、それ以前に感情と対話する力を身につけることが重要だと思う。 「・と」の関係。・・・つまり、誰が横にいたか・・・の関係の中で、好意的に「技術的評価」ばかりを与える大人しかいないとすれば、楽しく振舞うことの感覚や感情はどのような状況で、どのようにはぐくまれるというのだろうか? ・・・そういえば・・・ 大阪の人の「おもろいなぁー」という言葉。 これは大阪人の宝物なのかもしれない。 ・・・・ このあたりのことって子どもの教育に関わる人にとってはあたりまえの常識なのかな? 僕が知らないだけなのかな? ・・・・ 子どもの行為に対して周りの大人がついつい「うまいねー」「上手だね」に類する技術的評価だけを与え、子どもの感性の可能性を閉じたものにしていないかどうか、・・・そのことに注目してもらいたい。 関連記事:ワークショップに関しての雑感。 Tags:ワークショップ
「うみかえる」の玄関前のアロエの群れの横に金柑が実っていたので収穫。これで正月料理が一品増える・・・。 感謝。 僕らが学生の頃・・・つまり80年代前半まではシステムとフォーマットという概念は一般的じゃなかったなぁ。ハードとソフトといういわれ方が流行ったのが90年ごろだけど、OSとアプリケーションという概念はまだコンピューターの概念だった。 昔は記録メディアをコンピューターにインストールするとき、必ずOSに合わせてフォーマットするという作業があったけど、最近はフォーマットの必要のないものが増えてその概念自体が希薄になってきた。 ・・・で、最近特にこのフォーマットという考え方が気になって仕方ない。ただし、地域社会の様々なシステムにおいてのフォーマットという考え方。 フォーマットというものが何を意味するかということを問題にしているのではない。 フォーマットがあることによって加速するナニモノかと同時に、それによって束縛されるナニモノかについて・・・ 意味不明だが・・・気になっている。 そういえば、学生時代から松ノ木には縁が深い。・・・ということに気づく。深江海岸の「うみかえる」が松ノ木につぶされそうになっているので、松ノ木の枝をきって落としているうちに・・・松ノ木をまた再びいじってみたくなった。 なぜ、当時、僕にとって松ノ木は「権威」だったのだろうか・・・? 根拠が思い出せない・・・。 今年の福岡アジアトリエンナーレのカタログに寄稿した文章の中にちょっとだけ書いてみたが・・・、僕の周辺には、地域社会のシステムに介入し、活動を発しているアーティストが増えてきたように思えて興味深い。
僕が美術史を語る立場にないことは承知しているし・・・、何よりも文章下手だし・・・、それでも、地域での表現の現場に接してきて、1980年代以降の、日本の地域社会での美術表現の変遷を、・・・ある程度整理して捉えている自分に気づき・・・、乱暴に言い切ってみたのがタイトルの流れ。 特に美術の周辺で、表現者が何を問題意識としていじる傾向にあったのか・・・というようなもの。 僕が大学に入学した70年代後半はまだ「立体と平面」や「具象と抽象」の問題をいじる先輩たちが多く、その問題から「空間」の問題へと興味が移行しつつある時期だったような気がする。 80年代インスタレーション作家が多発し、僕もインスタレーション作家というレッテルを貼られ、それから逃れようともがいた時期もあった。そのうち、「空間」をいじる延長で「場」の問題が輸入される。それが90年前後。 どちらかというと僕自身も、「場と空間」の認識に翻弄され、違和感に向き合いながら、極めてまじめに動いた結果、見えてきたのが地域社会の「システム」の問題。 同時にコンピューターとインターネットの普及により、OSという概念を含むシステムという考え方が急激に変化したのも90年代半ばで、いろいろなあり方が急激に変化していった時期と重なる・・・。 僕自身、地域に内在するシステムに関わる表現に興味を持ち始めたのが95,96年代であるが、2000年あたりから、「場」というよりは「システムやしくみ」をいじり、地域社会に介入しようとするタイプの表現が見えるようになってきたと思っている。そして、近年の地域におけるアートプロジェクトの拡がり・・・。 いろいろなアートプロジェクトを検討する立場で全国各地からいろいろなアートプロジェクトの内容を読み込むと、その参加作家のタイプが未整理で・・・企画者側もそのような作家の傾向も認識していないし・・・ いまだに地域に壁画という平面をかけたり(シャッターに絵をかいてチャットアウトしようとしたり)、立体を置いたりするプロジェクトを地域のアートプロジェクトとして・・・もちろん状況によってはそれが悪いわけではないが・・・それが地域の若いエネルギーの可能性を阻害する障害物として鎮座することも多い・・・企画者がその表現の傾向を無自覚にいる状況について・・・それでいいのかな・・・と。 ・・・・・ところで、これを表現を作品化するシステムのフォーマットで見てみるとさらにその関係性は興味深い。 平面・立体とか、抽象・具象とかが問題になっていたころのアートシステムは公募展や会員制が中心だったので、そのフォーマットはキャンバスだったり、サイズや材料を限定する規格型のフォーマット。 その後空間の問題意識の発生は貸し画廊や美術館などのギャラリーシステムが広がった時代と重なり、その時代におけるフォーマットはまさにホワイトキューブを象徴する概念型。まちにおかれた無口な彫刻物が撤去できない吹き溜まりとなり、公害扱いされはじめ、サイトスペシフィックという言葉が語られ、場の問題が浮上しはじめたのが90年ごろ。 それと連動するように、地域にアーティスト主導の現場がポツポツと発生し、必然的に地域社会との深い関係のあり方が模索されはじめ、地域社会のシステムに対話型のフォーマットが発生する。それが地域におけるアートプロジェクトのさきがけ。 そして地域社会システム・対話型フォーマットのアートプロジェクトが大型のうねりとして流通し始めるのが2000年以降。場の問題から離れ、その地域社会のシステムに介入しつつも、全国のアートプロジェクトに組み込み可能なシステムの問題やネットワークの問題をいじる作品も一般的になってきたのが今の現状。 フォーマットはまさに地域社会のシステムの中にあり・・・あるいは人の関係のあり方にあり・・・いわゆるネットワーク型・・・・ このあたりに論じている詳しい本などがあれば教えてください。 僕も勉強して客観的に捉える必要があるなー・・・。 特に、AAFとか、東京とか、大阪とか、福岡とか・・・地域づくりの戦略としてアートプロジェクトを語る人が増えてくる一方で、その前提としての共通認識があまりにもばらつきがあるようで・・・困ることもあるんです。 問題はこれからの可能性であることに、かわりはないのですが・・・。 ※写真と文章はまったく関係ありません。 日本全国各地でのアートプロジェクトのネットワークをつくるアサヒアートフェスティバル。その参加プロジェクトの選考会。2日日間にわたる大変な作業・・・。 かなり論議され、その論議の争点がとても興味深い。 20年前、同じ問題意識を共有できる人が周辺にいなくて孤立してる気持ちが強かったが20年で状況が変わってきたなぁ~・・・。 それにしても建築中の新しい東京のタワー、tokyo sky treeが着々と伸びていっている・・・。 東京の風景も変化しているなぁ~・・・。 千代田区が作ろうとしているアートセンター「アート千代田3331」の下見
いよいよ3月14日にプレオープンという予定が決定し、それにむけて、一階入り口に「かえるステーション」を制作するということも決定。改装工事が本格的に進行している。 ここができれば相当変わる。 かなり期待できる場になりそう・・・。入居者の第2時募集をはじめた様子ですね。 ところで、この名称、3331 すばらしい。
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